はてなキーワード: 外人とは
暇なんで他も見てみた。
・ぐぐって二番目のここhttp://www.partyparty.jp/(面倒なので新宿だけ)
ここも男性のみ条件あり(大卒・公務員・年収○万以上など)のパーティしかやっていない。
少人数制(7対7)のせいか、女性参加費は一番目のサイトより高め(勿論男性の方が高いが)
・三番目http://www.statusparty.jp/
「大手企業・医師・経営者などビジネスクラブの方々に、 人脈作り・恋活・婚活・ビジネス異業種交流会等の
幅広い目的を持ったお洒落な出会い&異業種交流パーティーをお届け!」
とか言ってるけど恋活(なんて単語あるのか)・婚活目的以外無いだろ…。
ここが面白いのは、女性にも条件付けているパーティがあること。
「20才~25才(客室乗務員の方は32才以下)」とか。そうか32歳客室乗務員は25歳一般女と同価値なのか。
「男性:2,30代医師・経営者・弁護士・会計士・税理士・上場企業・大手企業限定、参加費18000円
女性:18~25歳のモデル・レースクイーン・タレント・イベントコンパニオン・歌手、参加費2000円」
なんてのもある。男性の医師・経営者(ry の価値は18~25歳のモデル・レースクイーン(ry より遥かに劣るらしい。
女性:20~35歳の日本国籍の人(←自衛隊員は外人と結婚しちゃいけないとか?)
で男女とも参加費同額。女の方が遥かに若いのに同額。それで「女性はキャンセル待ち」だそうで。そんなに自衛隊員って人気あるのかよ。
男性の価値:自衛隊員>医師・上場企業勤務など>普通>(参加可能の壁)>年収300万以下高卒
中学高校と英語赤点だった。もう本当に簡単な文でもわからないレベル。英文法はパズルにしか思えなかった。
MtG をやって、少し英文を覚えた。ネットで調べ物してたらなんとなく何を書いてるか見当つけられるくらいにはなった。MtG でわかった事は、必要性に追われ、情報が経験と結びつけばアホでも覚えるということだった。小学生がポケモンを覚えるようなものだ。
そのあと、ネトゲで外人とチャットしてたらまた少し英語が(チャットで)通じるようになった。この通じるってのは、正しい英文を書けるって意味じゃない。ネトゲでは、その場で共有している話の流れや時間や場所やそういったコンテキストがある。これが学校で暗記としてやった英語とは大きな違いだった。でも、よく考えたら僕らが使っている言葉というのは、共有されたコンテキスト下に無い方が珍しい。FPS や MMORPG でわかった事は、共有されたコンテキスト下でやりとりする分には、正しさよりも返せるかどうかの方が重要だし、文としてあまり正しくない言葉でも、しゃべる必要がある時に何もしゃべらないよりは役をなすということだった。
通じるということのありがたみ、楽しさを知れたのが大きかった。学校時代は、英語が通じるかどうかは 0 or 1 で、間違ってるくらいなら話さない方がいいと思っていた。言葉は間違わないためにあるのではなく、少しでも通じるためにあるのだと当たり前のことに始めて気づいた。この 0 が 0.1 になる経験はとてつもなく大きかった。
そのあと、Flickr 等のコミュニティで沢山の人から英語でコメントをもらうようになった。自分の作品について言われてるわけだから当然理解したいし、僕の作品についてのそれぞれの人からの感想というコンテキストがはっきりしていて、ここでも必要に追われることと、共有されたコンテキストという条件にうまく当てはまっていた。
どう思ったか何を感じたかという文章が沢山書き込まれ、知らない表現も多く必死に調べながら読んだ。不思議と、感情のこもった言葉は記憶に残りやすかった。難しい言い回しでも、その意味がわかった時、「僕にこんなことを言っていてくれてたんだ!」と思うと、それが頭に残る。当然逆に「ばかやろう!こんちくしょう!んなことわかってんだよ!」でも頭に残るのだけど。
こうした作品に対するやりとりで学んだのは言葉の方向性のようなものだ。気持ちの方向性というか意思の方向性というのかな。言葉の一つ一つには今の自分の気持ちはこっち向きでこのくらい、とかこのくらい離れてる気持ちとか、このくらい近づきたい気持ち、という何かベースになるものがあると思う。日本語に翻訳してしまうと沢山の関係ない意味があるように思いがちだけど、それは表面的なもので・・・うまく言えないな。新しい言葉を覚える時に日本語訳を覚えるんじゃなくて、その気持ちの向きと強さを感じるようにするというのかな。気持ちのある言葉を投げかけられると、それが結びついて記憶に残るから、引き出しが増えるのかもしれない。
そうすると、自分の言いたい事を英語にするときも、日本語にしてからその通りに英語にするんじゃなくて、自分の中にある気持ちの向きと強さを直接英語にできる時があってびっくりする。多分これは英語力とはあまり関係ないと思う。語彙がなくても、そういう感覚がわかれば、そういう風になってくる気がする。
(追記: 僕がそう強く思い始めたのは、Flickr や deviantArt でコメントをもらうようになってからだ。おそらく、写真や絵といった言葉ではないものについて言葉をもらうことで、その作品が与えた事――これは日本語でも英語でもないもっと原始的なもの――につながる言葉という視点を得られたのだと思う。当然、小説でも一般の会話でも言葉は他者の内面で理解されてそれぞれに意味を発するので、本質的には絵や写真となんら変わらない。ただ、言葉を使ったコミュニケーションがあまりにも一般化されていることが、言葉も表現でしかないことを人に忘れさせ、自分の思う通りに伝わって当然の魔法のようなものだと慢心させてしまうのだと思う。)
僕は学校英語教育を否定したいわけじゃない。正しい英語を学ぶ事は必要だし。僕が言いたいのはそういうことではなくて。
学生時代の時は英語が使い物になるには "正しい英語を覚える→英語でやりとりできるようになる→英語で考えられるようになる" という順序をふまないといけなくて、前の段階がうまくいってなければ、到底次の段階にいくわけがないと思い込んでいた。
でも実際はそうではなくて、その三つは全て平行してるんじゃないかなって。学生時代に、英語の必要性に追われたり、もしくはすごく英語が役にたったり、ちょっとでも伝わって 0 が 0.1 になる経験や英語で気持ちが直接伝わってくる経験をしていれば、英語に対する印象も取り組み方も、当然正しい英語を学ぶことについてのやる気も、違ったんじゃないかなって。
そうしたものは、学校ではカバーできないから、あなたの努力と向上心がたりなかっただけですよ、勉強の出来る人はみな当然それもやってるのですよ、と言われると反論できないのだけど。僕が中学生だった時には、FPS や MMORPG はまだ一部の人の遊びだったし、スカイプなんてなかった。今ならもっと敷居は低いのかな、とは思う。
オライリー本の値段は高いが、質も高い。
自分の専門分野のオライリー本は必ず一冊は持っているのが当たり前だった。「サイ本」とか本にニックネームが付けられてそれで通用するぐらいに、とにかくオライリーの本はwebエンジニアにとって特別な本であった。そして時代は変わる。
日本語で出版されるオライリー本の価値がゆっくりと毀損する間に、技術評論社の書籍の評価はうなぎ上りだ。
うん、ここ最近ではHadoop本は秀逸だった。トレンド技術を捉えてうえで数年は価値が落ちない網羅っぷり。
まだ枯れきっていない分野で日本語オライリー本が存在感を示した最後の例になるかもしれない。
乱立するKVS分野において日本語オライリー本は無力極まりなしで目も当てられない。
cassandraがようやく出たがversion0.8だ。外人さんが書いた原本を数ヶ月から一年かかって日本語に訳し終わる頃には技術自体が進化してしまって日本語版が出版される頃には賞味期限切れ間近という切なさ。時代にそぐわないとしか言いようが無い。以前のように大型技術が確立されたら五年十年それで食えます!ってな時代じゃないんよ。PerlとかMySQLのような大型で枯れきった技術はなかなか出ない。ああそうだいまだにMongoDBの日本語オラ本は出ていない。英語ではもう4冊か5冊は出ているというのにだ。乱立KVSの先頭を走っているMongoDBについて紙媒体の情報がほとんど無い切ない状況はいつになったら変わるのだろう。
この手の話題になるとすぐ「紙が悪い!電子書籍わっふるわっふる!」と叫ぶ人がいるが問題はそこではない。英語を日本語に訳しているタイムラグが問題なのだ。そこに日本語オラ本の致命的な欠陥がある。
一昔前のように大型OSS技術が出て枯れきる、なんてことは滅多になくなってしまった。英語原本を訳してる間にも日々技術トレンドが変わってしまうんだ。なぜ日本人のほとんどは英語が読めないんだろう。文科省のせいにしたって何も解決しないけれど、webエンジニアなら英語ぐらい読めるようになれやお前ら。
おっと話がそれた。そろそろ技術評論社について語ろう。面倒なので三行で語る。
日本人のスタープレイヤーが書いた原稿を元に出版される技術評論社の書籍の評価が最近うなぎ上りだ。
特にWEB+DB PRESS plusシリーズはどれも凄まじい出来で恐れ入る。
公式サイト http://gihyo.jp/book/list?series=WEB%2BDB%20PRESS%20plus
ますます技術トレンドの移り変わりが激しくなった今、翻訳という形態の技術書の価値が無くなろうとしている。オライリーとて例外ではない。
オラの功績はすさまじいものがあるし、足を向けて眠れないぐらいなのだが、それでも俺はこのエントリを書かざるをえないぐらいに最近の日本語オラ本にはガッカリせざるを得ないのだ。
日本語の本は日本人が書けばいい。訳なんていらない。それが当たり前の時代がそのうち来るだろう。
あとwebエンジニアならいい加減英語読めるようになろう。努力すればすぐに読めるようになるさ、来年はそういう年にしよう。
じゃあおやすみお前ら。
よいお年を。
最近ゲームやってると、外人からなんか凄くフレンドリーなメッセージやらフレンド申請を頻繁に貰う。
外人ってどいつもこいつもこんなものかと思ってたけど、俺より外人率の高そうなゲームを沢山やってるのに全然貰わない奴がいたりと、どうも違うらしい。
なので、割と初期にフレンドになった在米アメリカ人に「何で俺にフレンドの申し込みしたの?」と尋ねてみた。
参入が後発になればなるほど、IDに使われる単語の組み合わせも減っていくので、便宜上末尾に数字(19**のような生まれ年など)を入れたりせざるを得なくなる。
しかし俺はゲーム機発売直後に購入しアカウントを作ったので、そういった制約がまだ殆どない頃だった。ちなみに英和辞典に普通に載ってる5文字の英単語。
「だから、お前にフレンド登録を申し込んでる奴の中には、お前の事を全く知らない奴も結構いるんじゃないかな。とにかくせっかく早い者勝ちで取得したIDなんだから、乗っ取られないよう大事にしろよ!」みたいな事も言ってた。
コメント(トラックバック?)下さった方がいらっしゃることに驚いています。
変更前→元増田
変更後→増田
先日に帰りの電車内であったこと。
駅のホームで、先頭の方で電車を待っていた20代のメガネをかけた僕。
その駅は、時間帯の関係で、先頭で待ってたら、間違いなく座れる。
後ろの方で待ってる人が全員座れるかどうか分からない。
ましてや、隣同士で座りたいグループになると、
バラバラに座るか、誰かが立つ必要がある。
電車が来たので、真っ先に空いている座席の端に座る。
まるで、オセロの角を取るかのごとく狙いすましたように。
遅れて、後ろの方で待っていたと思われる、
ちょうど、僕の隣が空いていたので、外国人の一人が座る。
もう一人の外国人が僕の前に立つ。
とりあえず、僕は座っておくことに。
電車内の人の席争いが一段落をして、一つ空いてる席があったので、
外国人が、日本語で「ありがとう」と言う。僕は微笑み返しをする。
空いてるせきに座る頃に、電車は発進。
お年を召した方(以下、お)が、話しかけてくる。
お「君の厚意にありがとうって言ってたね。」
僕「あっはい。(大事なことだから、同じこと言うのね、分かります。)」
お「君の厚意は、素敵だけど、あんまり外国人に気を遣いすぎたら、ダメだよ、
なめられるかもしれないから。」
iPhoneをいじりだす僕にお年を召した方は、
慎重に話しかけてきた。
お「所で、君のやりたいことについてもいいかな?差し支えなければだよ、差し支えなければ。」
それは、自分の為にもなるし、人を喜ばせることも出来るので、プログラミングで、
多くの人の役に立ちたいです。」とたどたどしく緊張しながら言う。
※自分は、説明が下手意識があるので説明する時は、若干の緊張を伴う。
お「プログラミングって具体的にどんなことが出来るの?」
ブラウザの説明をする。
Webサイトの説明をする。
誤解を招くようだが、MicrosoftのOfficeを例えに出して、
それをブラウザでやれるようにするのが
僕のやりたい(Webプログラミング)ことです。的な説明をする。
お年を召した方は、途中途中、相槌を打ちながら、理解してくれたみたいで、つぎのやり取りをする。
お「ということは、沢山の人にとって簡単に操作出来るものを作らなきゃいけないね。」
僕「(おっ、理解してくれたというような感じと思ったので)素晴らしい、素晴らしいです。」と言う。
それに気を良くしたのか、
そこから、暫くは、お年を召した方がこうしたらいい、
こういうものを作らなければいけない等と助言を僕にする。
ちなみに、僕は相槌が上手い方だと思われる。
加えて、iPhoneをいじっていた僕に対して、iPhoneを指差しながら、次のことをいう。
お「全ては、それで操作出来るものを作らなければならないね。」
助手が手放しで喜びを見せるように。
ただの話好きのお年を召した方という感じで終わる。
ここからが、違かった。
お「ところでね、私は、(A5orB5ぐらいの大きさをジェスチャーをして、)これぐらいのパソコンにも興味を持っていてね。」
お「あれだと、重くてね。(iPhoneを指さしながら)これで全て出来るようにならなきゃならない。
私たちみたいな一般人は、それを求めている。」的なことを畳みかけるように言う。
僕「あれは、けっこう年配の方も普通に使ってますよ。」ちょっと無視。
お「これから、高齢化社会になるから、君はそういうもの作らなきゃならない。」
そして最後になぜか自分が消費者の中心的発言の断定。これでちょっと、僕にスイッチが入った。
僕「ですから、iPadも実際に年配の方も使っているのを知ってます。
お「・・・。(iPhoneを指差して、)これをつかって、君は年寄りが分かるように作らなきゃならない。」
また無視。都合が悪い場合に、話題を変えるのは、社会人のやることである。
お「我々のような年寄りにそれを求めちゃいけない。」
僕「だから、なぜ分からないんですか?何が分からないんですか?」
お「我々にそれを求めちゃいかん。」
僕は我慢をせずに、不満な顔をあらわにして、
降りたい駅が近づいてきたこともあり、席を立ちドアの前で待つことに。
年寄りだから?このPCのアプリケーションが使える使えないで、年寄りが理由になるの?
年を取って、身体機能が衰えることは知ってる。
だけど、頭とかを対して使わないようなアプリケーションに年寄りって関係あるの?
まるで、高齢化社会だから自分中心の世界が待ってるみたいな意見とかむかついたし、
恐らく介護は日本人だけでなく外人に頼るようなケースはけっこう出てくると思う。
加えて、日本はTPP参加表明をして、外国人労働者が増えると叫ばれている。
と、こんな思いがあって、かなり腹が立った。久方ぶりである。
とりあえず、腹がたったということは、
外人差別と、高齢化社会に対して、割と興味があるんだなって思った。
こういう感じで腹が立つっていうのは、気が短いだろうか?
※会話は一語一句正確ではなく、あくまでもこんな感じの言い争いでした。
両者とも、声は荒げてないです。僕の方が冷静なトーンで、不満な顔で言ったレベルです。
この長い日記を最後まで読んでくれた方がいたら、お礼を言います。
ありがとうございました。
なにが日本人のいやな特徴、だ。いやならお前が日本から出て行けばいいだろう。
日本を受け入れて、日本人の特徴に染まりきってこそ、おまえ自身の国際交流だろう。おまえがいやだと感じるからといって、日本人の意識改革を望むなどとは、どこかかの偏狭ナショナリズムの押し付けだろう。いやなら出て行くか、受け入れろ。ここは日本であり、それがお前自身のグローバル化というものだ。
この得体の知れない外人さんの戯言にいちいち付き合って、日本の教育のあり方だのを持ち出して真剣に日本人とは・・とか考えている奴も同類だ。
一日本人が海外へ出てその国で生活する場合、その国の人のいやな特徴を挙げて「この国の人たちの意識改革を望む」のは道理に適っているだろうか?自分から望んで彼の地に赴いたくせに、自分に受け入れがたいいやな特徴を目にすると「直したほうがいい」と指摘するべきだろうか? 指摘は指摘として受け止める。だがこれからもこの国で生きていくつもりなら、お前自身がそれを受け入れろ。それが出来ないならば出て行け。 あと反対意見もいわず実直にイエスイエス言ってる日本人も日本の恥だ。一見まるで世界の常識を身につけている風に聞こえるが、そんなこといちいち真に受けるのはこのような日本人だけだ。恥ずかしいこと極まりない。
そうなの?日系韓国系中華系などのアジアンスーパー以外で売ってるの見た事ないよ?
醤油はどこでも売ってるけど。ポン酢もよく見る(ライムポン酢と言う謎商品もある)。キッコーマン頑張り過ぎだ。
材料が無いんだよね。調味料の類は大体手に入るけど、生鮮食品が無い。
魚はろくに売ってないし、肉も薄切り肉が無いし、挽肉は牛肉しか売ってないから合挽き欲しければ自分で豚をミンチにして合わせないとだめ、
アジアンスーパー行けば一部は手に入るけど、大都会でないとそんな店無いし高いし
アジアンならともかくそれ以外でわざわざそういうスーパー行くアメリカ人なんてそうそう居ないだろう。
そもそも日本料理は白飯に合わせて食べるのが前提だけど、白飯炊く所から始める外人なんてなかなか居ないだろうしねえ。
外人が日本料理食うと何食っても醤油の味しかしない、とも聞いた事が(確かに大体の料理に醤油入ってるもんな)
つか世界に日本家庭料理広めたいだけなら、何もクックパッドの素人レシピなんて使わなくてもプロのレシピ翻訳した方が良いよなあ。
クックパッドの利点ってタダ&数が多いというだけで地雷レシピも多いし。やってるのが素人だから仕方ないけど。
そういや随分前に栗原はるみの外人向け日本料理本(英語)がヒットしたらしいけど、あの後柳の下のドジョウ狙いは無かったんだろうか。
スポーツも競技になるものはレギュレーションってのがあってね・・・
子供の遊びのゴムとびだって勝ち負けのルールやこれをやったらダメってのを決めるよね。
古いモデルの焼畑式チョンゲーMMOや殆どのソーシャルゲームは例えるなら、レギュレーション違反の道具を買えたり、勝負で八百長したり、自分だけ外人選手入れたり、勝ちをお金で買えたりするくらいのチート感があったんだよ。そもそもお金払わないと遊ぶ場所を確保できないとかね。
人が複数集まる以上、それは競技としての性質を帯びる。大多数が楽しいと思うためにはバランスを崩さないことが必要。アイテムなどよりも、プレイヤーの腕や経験や人脈やらが勝敗に関与する割合を増やす。そうしないと、交流したり競争したり協力することが楽しいと思えないし、ゲーム自体が短命になる。
その方向性を究極まで突き詰めて、プレイヤーの腕だけが差になるのが FPS。これらは eスポーツといって、スポーツの一種という扱われ方もされてる。プレイヤースキルやチームワークが大事というのは、たかがゲームでもその楽しさの根源はスポーツやチェスなどと何らかわらない。
そこまで削ぎ落としたモデルにしなくても、ネットゲーム全般にだってその要素はあるし、「交流したり競争したり協力することが楽しくて、自分で工夫したり努力することが結果に繋がる」という根本を崩さないようにしながら、アイテム課金も両立するというのはもう常識になってきてる。まぁ、大量生産ハンコ型クリゲーは初期動員さえ稼げればいいのでレギュレーションもクソッタレもない焼畑式が多いけど、そうじゃなくてまともな MMORPG は随分前から変わってきてる。
まあ、MMO もユーザーはずっと前からこのことに気付いていて「こうしてくれたら気持ちよくお金を払うのに」と 10年位思っていたけど、製作側が頭が固すぎたつーのがあって。ソーシャルゲームも同じ歴史を繰り替えすのだろうなと思う。