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はてなキーワード: 包丁とは

2012-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20120119175816

まがりなりにも夫婦だったんだから包丁を向ければ殺しにかかろうとするだろう」と判断できると思われる可能性があるでしょ。

自分ビデオをセットしておいて、正当防衛と思われる状況を作ってから殺す、というのは、流れとしてあまりにも不自然ですわ。

残留した殺意

夫の浮気の確たる証拠を掴んだ妻が嫉妬に狂い、次に夫が女を部屋に連れ込んだ時に夫を出来るだけ残酷方法で殺してやろうと心に決めた。

そしてついにその時が来た。事前に夫が今日女と会うという情報を入手した妻は、包丁を握りしめたまま寝室のクローゼットに隠れた。

出来事の一部始終を記録しようと考えた妻は寝室が全て見える位置にビデオカメラを設置し、音声もレコーダーで録音している。



かくして夫は狙い通り、女を連れて妻の隠れ潜む寝室へとやってきた。二言三言交わしながら夫と女は服を脱ぎ始め、裸で抱き合う。

いざ、というタイミングで妻はクローゼットからわざと大きな音を立てて飛び出した。

「殺してやる!」妻は躊躇する事なく包丁を突き出す!しかし夫の脇腹をかすめ薄く傷を作っただけだ。

しかし妻は脇腹を伝うほんの少しの血を見て、急に自分のしている事の恐ろしさに気がついた。

包丁を取り落とすと、ごめんなさいと叫びながら泣きだしてしまう。

「今さっきまでアナタを殺そうとしたわ、でももう無理、私はもうアナタを殺す気はないわ。」なんどもしゃくりあげながらそんな事を言った。



突然の出来事に呆然としていた夫は、今自分の身に降りかかろうとしていた事をようやく理解した。

その瞬間彼の胸中を支配したのは、悲しみや後悔ではなく怒りと憎しみだった。

彼は妻が自分を殺そうとした事に腹をたて、泣きじゃくる妻に飛びかかると容赦なくその首を締めあげた。

「この野郎!殺してやる!」その顔は狂気に満ちていた。そのままでは間違いなく殺されていた。

妻はなんとか指を伸ばし、包丁をもう一度その手に収める事に成功する。

しっかりと柄を握ると、朦朧とした意志を総動員し、その刃を、しっかりと、夫の、首に、突き立てた。



「以上がその日、寝室で起きた出来事です。」

妻の手によって録画されたビデオ、音声、連れ込まれた女の証言、妻の供述

全てがそれらの出来事が真実だと告げていた。



「確かに、夫が部屋に女をつれこんできた時、私の心には溢れる程の殺意が沸いておりました。

 しかし夫に懺悔をしている時はそれはもう既に消えてしまっていて、最後の瞬間にはただ自分が生き残る事だけに必死でした。」

言葉少なに、しかししっかりと妻であった女性はそう供述している。



しんと静まり返った室内に裁判長の木槌の音が響く。

「これより判決を申し渡す―」



さて判決は?

2011-12-17

小さい頃から母はとにかく怖かった。

優しいときもあったけどでも怖かった。

ヒステリックで、怒鳴って、叩いた。

お母さんと友だちみたいに話す友だちが羨ましかった。

お母さんに好きな人を話している友だちを本当は羨ましく思った。

私もお母さんと仲良くしたかった。

お母さんが怖かった。

中学生になると、私も反抗的な態度も取るようになった。

でもお母さんが怖かったから怒られながら心のなかで「しねしねしねしねしね」と唱えるだけ。

キッチンばさみを投げつけてきた。

風邪中学を早退したときに、学校にお母さんが迎えに来た。

何かを言ったのか覚えてないけど、お母さんはものすごく怒っていた。

すごく雨がふっていた。家について玄関にあがろうとしたら

お母さんがものすごい勢いで泣き叫びながら私の肩を押す。何度も押す。

私は無抵抗にどんどん庭に押し返される。すごく雨がふっていて、お母さんは何かを叫んでた。

今まで怒られて私が泣いても、お母さんが泣くことなんてなくて、びっくりして雨に濡れた。

ちなみに私は小学校中学校生徒会会長をしたり、成績も優秀な方だった。

大学の時がピーク。

当時付き合っていた男のことをお母さんがすごく嫌っていて

何かにつけて怒られた。私も反感を買う様な態度ばかりとった。

毎日2階の部屋にいるとお母さんがお父さんに私の嫌なところを怒鳴って話していて、

お母さんが本当に大嫌いだった。

だいたい口を効いてくれなかった。

そういう期間が半年くらい続いた日、同じようにお母さんと喧嘩をして

私はどたどた2階に上がってふてくされていた。

時間かして喉が渇いたので1階に降りていくとお母さんが流しで

包丁を両手で持ち、首に当てて泣いていた。

驚いて姉を呼んだ。お母さんは死なせて、とか、うるさい、とかずっと叫んでいて、

お父さんが包丁を握ってお母さんを平手打ちして抑えた。

お父さんは手から血が垂れていた。

救急車を私が呼ぶことになった。

姉に言われて「サイレンを鳴らさずに来てください」とど田舎らしい注文をつけてみたが

おもいっきり鳴らしてきた。

お母さんは救急隊員の前では平然を装って病院には行かず、隙を見つけては包丁を持とうとした。

姉が家中刃物タオルくるみ、持って寝た。

翌日お母さんは実家に帰り、私はお父さんと2人でご飯を食べた。

そこで初めて、お母さんが実はもう何年もうつ病だということ、リスカなど繰り返していることを聞いた。

お母さんとどう接していいかからなくなった。

怖い人じゃなくて弱い人だった。

心の弱いお母さんを自分がさらに苦しめていたんだと後悔した。




自分もお母さんに似てきた。

こんなところ似なくていいのに。

心が弱すぎて疲れる。

どんどん弱くなる。

表面を繕っても、それが剥がれた瞬間よけいに弱くなる。

2011-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20111215010105

あー、あれ系かあ…

短冊切りも、確かに手でちぎってやるのは厳しいな

まあ、俺は包丁でいいや

海苔と昆布はハサミ使うけども

2011-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20111214230700

ハサミで切れるものの大半は手でちぎれると思うが…

俺なら、シンクにはみ出すぐらい大きいまな板を使うことをオススメするなあ(調理台の拡張として)

あと、初心者ほど、包丁はしっかり切れるやつをチョイス

材料出しすぎるなってのは超同意

手際よく料理するための3つの方法プラスアルファ

とりあえず独身男が、一品料理を作る前提で書いてみる。


調理ばさみを買え

献立を決めたら材料をざっと見て、ハサミで切れそうかどうか大別する。

お前らの台所はめちゃくちゃ狭いはずなので、まな板包丁は敵だと思え。

ハサミで切れなそうなものはあらかじめまな板包丁で切って皿にでも置いておけ。

まな板は早めに洗って仕舞う。

あとは必要時に冷蔵庫から出してハサミで切って残りはすぐ仕舞う。

材料を出し過ぎないのもポイント場所取るからな。

深追いするな

例えばこんなことがあると思う。

チャーハン作っててフライパンで油を熱する。その間に卵を溶いておこうとして、ボウルに割ったら殻が入ったので必死に取り除いてる間に、油はどんどん熱されて卵を入れたら大惨事

もしくは、

生姜焼きの肉を焼いてる間にキャベツの千切りをして皿に移す。このときまな板にへばりつく一本一本全部皿に移そうとして集中してたら肉が焦げる。

これ全部、深追いが原因。多少のロスは気にせず捨てろ。

卵だったら殻の入ってるとこを大胆に捨てればいいし、(火を止めるでもいいが)

キャベツだったら多少まな板に置きっぱなしにしてもいい(むしろ肉を焼く前に切っておくのがいい)。

とにかく細かいとこに集中しすぎると他のことが見えなくなるので、全体を見て決めろ。

こまめに洗え

お前らの台所はとにかく狭い。

調子に乗って料理してると流しにガンガン洗い物が溜まって

結果料理どころじゃなくなるからな。

面倒でも洗え。とにかく洗え。

おすすめはお湯を沸かしてる間と、何かを煮てる間。

豆知識:漬物を買え

嫌いなら買わなくていいし男の料理から品数少なくても別にいいが、

漬物を買っとくと簡単に一品増えるし、サラダなんかより長持ちだ。

塩分には気をつけろ。慣れてきたら浅漬け自作するのもいい。

豆知識:火を通す順番

火を通す順番というものがある。

根菜>きのこ類>肉>葉野菜 だ。

根菜は時間かかる。きのこは早めに入れたほうが味が出る。

肉はよく火を通した方がいいが通しすぎると硬くなったりする。

野菜最後。沸騰してからだ。

ただし白菜の白いところとかは煮えにくいから気をつけろ。

2011-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20111208192140

http://anond.hatelabo.jp/20111208155045

女性レイプされる感覚男性ガチホモに掘られる感覚を書いた者です

ほとんど言いたいことは他の方が言ってくれているのですが、補足。



男性のケツは性器じゃない」について

確かに生物学的にはそうだが、女性の性器は受け容れられる男性は極めて限定されているのが一般的。

なぜなら妊娠リスクがあるから

一方個人差はあるが、男性用の風俗日本全国溢れていても女性風俗は圧倒的に市場規模が小さいこから

男性の方が不特定の女性との性交渉に対する抵抗感は小さい人が多いと思われる。

(据え膳食わずは男の恥とは言っても、女の恥とは言わない)

受け容れる前提がないという点で男性のケツが掘られる状況に類似



「異性にレイプされる女性と同性にレイプされる男性比較おかしい」について

妊娠リスクに加え、体格の差を考えれば恐怖の度合いは女性男性レイプされる場合の方が逆の場合より大きいと考えられる。

包丁で今にも刺さんばかりの勢いで脅されるか、素手で脅されるかの違い。

格差補正すると男性が屈強なガチホモに反抗不能状態にされた時に近くなるのでは?

実際男性レイプされた女性がその後もトラウマ心身症に罹ったりする例は多く聞くが

男性女性レイプされて心身症、という例は聞いたことがない(事例が少ないだけかもしれないが)。



「異性によるレイプと同性によるレイプ比較できない」について

あえてガチホモを出したのは、上記の点から

男性女性も、男性レイプされる方が被害が大きいため。



という観点からガチホモを引き合いに出した次第。

2011-12-06

精神病であるのならばどれだけ理不尽な主張であっても許されるのだろうか。扶養家族はそれを受け止めなくてはならないのだろうか。

姉の話です。姉は高校を中退してからというもの、もう十年以上も精神科に通っている精神病患者です。重度の欝と統合失調症とを抱えているのだそうです。詳しくは知りません。もうかれこれ何度か入院経験しています癇癪持ちでもあるようで、今なお家庭内暴力を振るいます

お陰で、愛犬からも怖がられている始末です。以前は暴走感情が昂ぶって、家族口論したり自殺未遂をしたりする状態)が始まると心配そうに間に入ってくれたそうですが、今やそそくさと部屋から逃げ出してしまうのです

私も含め、家族にはもう諦めしかありません。姉の過去にどのような問題があったのか、具体的に把握できない上に、過ぎ去ってしまったこと故に施しようがないかです。にも関わらず姉は過去のことを持ち出し、家族に、とりわけ母にあたります。どれほど謝ったところで意味など無いのに。姉自身が謝罪を受け入れようとしないのです

姉は、謝罪を拒絶し徹底的に信じないことによって、かえって母を脅迫し返してくるのです自分など居なければいいのだろう、死んでしまえばいいのだろう、そう思ってるんだとだけ繰り返し、否定は一切受け付けない。それどころか、ますますひどい猜疑心に陥っていくばかりなのです

また、暴走が始まるきっかけも理不尽まりありません。

例えば、母の体を抓ったり手に噛み付いたりしていてその行為を拒まれた場合や、恥ずかしい話ですが頭を撫でて貰えなかったりすると、暴走への種火が付いてしまうのです。そもそもにおいて姉は、自意識自己愛、プライドといったものが極端に高い人なのです。そういったものが高すぎるがゆえに、絶えず他者に対して劣等感を抱いているのです。姉自身が一番嫌っている他者との比較を、意識的にか無意識のうちにか、率先して行なっているのです

その苦しみなり憤りが内側で爆発しないのが姉なのです。自身の存在意義を徹底的に見限っているくせに、他者には、とりわけ最後の砦としての母だけには認めてもらいたいのですしかしながら、存在意義を全肯定してくれる母の言葉を信じることができない。結局、堂々巡りなのです

姉は自らの価値観を傷つけられることに敏感である割に、平気な顔して他者のことを貶してしまえる人間です。無論それは家族の前での面なのでしょうが、性根が悪いと言わざるを得ないこともまた事実であろうと思うのです家族として、こんな分析をし憶測までしてしまうことはひどい行為なのかもしれませんが、過去の問題もまた然るべきして生じた出来事であったのではないかと思ってしまうのです

正直なところ、私は姉が大嫌いです。この世の中で唯一具体的な嫌悪感を覚えることのできる相手であるです

とは言え、このまま放置することもできない。姉がどうこうと言うよりも、母の精神心配なのです

昼過ぎまで寝ていて、ネットゲームだけして、食ってまた寝る姉の歪んだ生活サイクルに、母は振り回っされぱなしなのです。昼過ぎまで寝ているので夜眠りにつきにくい姉は、睡眠導入剤を呑んではいものの、深夜になると暴走への兆しがぽつぽつ見られるようになります。気持ち悪いくらいに母に甘えたり、ろくに運動もしていないのにマッサージを強制するのです。拒めば暴走が始まって、死んでやるからと家を飛び出す始末です

母には母の生活があり、仕事があるのです。にも関わらず、毎日夜一時ぐらいに寝て、六時には起床しなくてはならないのです。姉のご機嫌を取りながらです。疲れなどとれるはずがありません。ここ数年で白髪がめっきり増えたように思います

母だけではなくて、私もまた姉という負担を負わなければならないのだとは思います。姉が母に要求をすることがないよう気を配ったり、意識を逸らしたりするべきなのかもしれません。暴走が始まった時も、上手く立ちまわることが出来ればいいのです。首に包丁を当てて自殺をほのめかす姉を、どうにか押さえ込むことができたらいいのかもしれません。

私は卑怯者なのです。臆病で面倒くさがり屋で、家族とさえもそれほど距離を縮めようとは思わない、またそう思うことで責任逃れをはかっている最低な人間なのです

ただ、私にはもうどうすることもできないし、どうすることもしたくないのです無視してしまいたい。姉なんて、いなくなってしまえばいいと思うのです

それでも、現実問題として姉は依然として母に寄生しているし、お陰で母が苦しんでいる。私はどうにかするべきなんです。でも、どうすればいいのかわからない。

行動を起こすことが怖いのです。大嫌いな姉だけど傷つけることが怖いのです。私は責任を負いたくない。誰かと真っ向からぶつかって、何かが決まってしまうことが嫌なのです

反面、もう傷つけられ続けることだけには我慢ならない。自分でも我侭なことを言っていると思います。どっちつかずのまま愚痴ばかり言うしか脳のない人間なんです

ただ精神病患者から過去の出来事の被害者から弱者からといって、泣き叫び喚き散らかし、依存できる環境に浸りきったまま我欲を他者に押し付けることは、被害者であったはずの人物が加害者の側に立ち変わっていると言っていいのではないでしょうか。姉の言動を病気なのだからと受け入れ、容認することは、加害者に優しくしているのも同然なのではないでしょうか。

母を筆頭に、私たち家族は姉のお陰で随分と傷つき苦しんでいるというのに、あんまりじゃありませんか。

私たち家族にできることなどたかが知れています。そんなことはわかっているのです。私たちは耐えなければならないのだし、待たなければならないのです。いつになるともわからない姉の快方を、息を潜めたままじっと待ち続けなければならないのです。そうするしかないじゃないですか。誰の言葉も届かないのですから

母が姉の甘えをやんわりと拒むことができたらいいのかもしれない。あるいはいっそ、家族のことなんて見捨てて考えないようにしてしまえばいいのかもしれない。もちろん、私自身がうまい仲裁役を買って出るのが一番なのかもしれません。及び腰の癖に問題意識は一著前、なんていかにも卑怯で格好悪いですから

色々とわかってはいるんです。わかっているつもりではいるんです

それでも、どうすればいいのか、わからないんです。どうしようもないんじゃないかと諦めてしまいたくなるんです

2011-11-10

自傷行為について

死にたいって思ってるけどそれはどっちかというと消えたいって感情で,でも死ぬ勇気はなくて,それでも生きていかなきゃいけないわけで,だからこう自傷するんだけど,手首切ると死んじゃうかもしれないから大腿の外側切って,それも血が出るか出ないかっていう切るというよりは包丁押しあてるような感じで,でもその痛いのがじんわり来て2.3日痛みが続くと生きている感じがして,生きていこうって思うのです.でも死にたい

2011-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20111024123904

元増田へ。

貴方が会社で何年勤務したかは知らないけれど、その中でよそのお客さんからお土産をいただいたり、先輩社員がもらって部署内の人たちに分けるように指示された事もあるだろう。

その時にどんなお菓子をもらっただろうか?

ロールケーキはもらったことあるだろうか?

そして、ロールケーキをもらったとして、自社にそれを入れる冷蔵庫や、切り分ける包丁や皿が常に用意されているだろうか?

逆に、どんなお菓子だったら自分は分けやすいだろうか?

答えは他の増田に書いてあるのでここには書かない。


こういう、相手の側に立った発想を仕事でもできるようになれば成長すると思う。なかなか難しいのだけれど。

http://anond.hatelabo.jp/20111024123904

私もゆとりといえばゆとり世代だけど、完全な世代ではない世代。


会社関係の人の手土産ロールケーキはないなぁ・・・

有名とか高級なお店の、個包装されているものが一般的では?

個包装されていなくても、包丁で切る手間がないような、

持って行って、その場であけて、食べられるようなものだよね。

観光地で売っているようなお土産イメージ

(箱に入っていて個包装で、配りやすく、食べやすい)


ゆとり世代と接する仕事をしているけど、思うのは、

いいツールを持っているのに、使わないんだか使えないんだかっていうのが多い。

全員電子辞書を持っているのに、言葉意味が分からなくて、

こちらが説明しても分からなくて、辞書を使おうともしない。

今時携帯でなんでも調べられる時代なのに、しようともしない。

そこなんじゃないかな。

ちょっと人にきくとか、携帯で調べるとか、そーゆークセをつけてみてはいかがでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20111023233145

いつか夫がまともになって、包丁安心して使える日がくるのを夢見て、とっておいたんじゃないの?

「世の中のしくみってわかってる?」

遠藤浩輝さんの単行本コメントが好きです

狭いスペースにちっこい文字でぎっしり自分の体験とそこから得られた面白いぼやきが書かれているんですよ(ぼやきからいいんですねこういうのって)

特にEDENは、最初は厭世的というか暗いメッセージだったのが、巻が進むごとにだんだん前向きというか明るいものになっていったのがとても印象的でした。

作品自体はひたすらどす黒い上に終末に向かっていく世界を描いているのに、本人は明るくなっていく。その対照ぶりがすごい面白かった。

リアルタイムでこの流れを読んでいて、作品とまではいかなくとも、外に向けて自分漠然とした悩みとか鬱屈を、何らかのカタチで外に出そうとすること、

そのために真剣に考え詰めるコトってのは、自分をすくうことにつながることもあるのかな、などと思うようになりました。

ぜひ他の皆さんも、単行本EDEN」や「オールラウンダー廻」を買い求め、単行本を読んでみてコメント部分の感想を聞かせて欲しいと思います。(マテ




というわけで遠藤さんの最新作「オールラウンダー廻」の7巻の単行本コメント引用してみたり。

世の中の「しくみ」ってわかってる?

俺40になったけど未だによくわかんね。

かつて我が家生業木材店だったのだが、父が具体的にどんな仕事してるのかさっぱり分からなかったので、

高校の頃「手伝わせてくれ。そしてバイト代くれ」と申し出てみたが、何だか現場でひたすら重い角材を担がされただけだった。

次に弁当工場バイトに行ったが、ひたすら稲荷鮨のシャリにごま油ぶっかけてかきまぜる、という作業を続けるだけで、

これが1パックいくらで売られ、利益がどう分配されるのかさっぱり分からなかった。

さらにイタリア料理店でバイトしてみたが、ひたすら鍋を磨いたり、バジルソースを作ったりしただけで、

なぜ親方が俺の後頭部を包丁の柄で殴ったり、ローキックして来たりするのか分からなかった。

今、漫画家をやっているが、この原稿がどういった行程を経て印刷されて本屋に並ぶのかよく分からないままだ。

若い頃は、世の中のシステムが分からないことが不安だったが、今は何となくわかった振りをしていて、今のところは差し支えない




まぁ世の中が平和でうまく回っている間は「ボク歯車」でいいんだけど、

どうもここ最近日本マイナス成長だの年金問題だの天下りだの沖縄基地問題だの、

要は「お金」がなくなっただけでこの国はこんなにハリボテだったのね、と思ってたら大震災原発事故ですよ。

世の中がマズくなったおかげでシステムのポンコツぶりがわかってくるというのは皮肉だなぁ。





とは言え、願わくばこの先もこの国で生きていきたいと思ってる次第なので、

できることといえば「投票する」「デモに参加」みたいな「当たり前」な事しか言えないのが何ともいやはや





10代の頃なら、「ブッ壊セェー」とか言ってたかもしれんが、実際は何も壊してなんかなかったし





システム」や「制度」が最早ポンコツなら、あまりそれに頼らないで生きられるようにするべきだし、

そのためには相互扶助が欠かせないけど、今度はそこにしがらみが生まれるし、それが嫌で都会に来た奴もいるわけで、やれやれ(春樹風)。

とにかく政府メディアの言うことは信用できんし、学者だって言ってる事バラバラ。

すべてを疑いながら情報を集めて、自分哲学に基づいて判断するという、楽じゃないがアタリマエのことをするしかないという、何だこのツマラン結論は

とりあえず地上波TVはムカつくから無視な。ラジオネットで今ん所足りてます

つまんない結論を、つまんないと言いながらも受け入れて胸張って自分意見として言える人はもう大人だと思う。

それにしても7巻のマキちゃんは反則だろ! 40のオヤジのくせにこれはひどい!!(超褒めてます

2011-10-23

家には菜切り包丁しか無かった

うちの実家の台所には菜切り包丁しか無かった。

長方形の平ぺったい切っ先のない包丁

野菜を切るときも、肉を切るときも、魚をさばくときも、母はその包丁一本しか使うことは無かった。

学校家庭科室にある包丁文化包丁

遊びに行った友だちの家の台所で調理する友だちのお母さんが使うのも文化包丁

外で見る包丁は皆一様に文化包丁で、実家包丁はなんだか少し違うぞと思っていた。

からと言ってそれ以上特に考えた事も無く、私は大人になった。

大人になって結婚して、私は自分包丁を買った。

本当は母と同じ菜切り包丁にしたかったのだけれど、どのお店でもメジャーなのは文化包丁なようで、だからまぁ良いかとそちらを買うことにした。

でもどうして母は菜切り包丁を使っていたのだろう。

使ってみれば文化包丁のほうが格段に使い勝手が良いのは間違いが無い。

生まれて初めて、何故なのか深く考えてみた時、ふとすっかり忘れていた小さな記憶が蘇った。

確かそれは私が10歳だかそこらの時だったと思う。

母がこっちこっちと手招きして私を呼び、洋服ダンスを開け、その奥の奥から新聞紙に包まれたモノを取り出して見せた。

それは立派な出刃包丁文化包丁だった。

「どうしてこんな所にこれがあるの」と聞くと、母は「危ないからね」とだけ言ったのだ。

そこまで思い出してハッとした。

危ないからね、の前には多分、命が、と付いていたのだ。

何故あの時気づかなかったのか、今にして思えば不思議で仕方無い。


私の父はろくでもない人間で毎晩酒に酔って暴れていた。

母の髪を鷲掴みにして振り回したり、更にヒートアップするとそこら中の物を投げてぶつけたりもした。

一番怖かったのは包丁を取り出した時で、けれど台所にあった包丁には切っ先が無かったから母が大怪我を負うことは無かった。

母はそこまで予期し、あえて切っ先のない菜切り包丁を使っていたのだとようやく思い至った。

実家に帰れば、未だに台所には菜切り包丁しか無い。

あの新聞紙に包まれた包丁は、今でもあの場所に隠されているのだろう。

でも、では何故母はそうまでして包丁を持っていたのか。

危ないならば捨ててしまえば良い。

だって菜切り包丁だけで事足りていたのは間違い無いし、事実母があの隠された包丁を使っている姿は今までついぞ見たことも無い。

しかすると、ここからは私の憶測にすぎないが、母はいつかそれを自分が使う日が来るかもしれないと思っていたのでは無いだろうか。

本当の意味での「防衛」の為に。

私の家は決して平和な家では無かったけれど、あの包丁が眠っている限りは少なくとも平和に見えるのだろう。

この先もあの包丁が出番無きままな事を切に願う。

2011-10-04

母が自殺した

9月30日、母が死んだ。酔っぱらって衝動的に自殺したっぽい。

部屋は綺麗だった。昔からきれい好きだし。一軒目は何処で飲んだのか未だに不明。部屋にも酒は無かった。

とある出禁の店に泥酔状態で行って追い返されて、警察保護されて深夜の2時頃に自宅に返された。その3時間後に海で見つかった。

その日の朝9時頃地元警察から電話がかかってきた。最初は前の日に話をした地元友達かと思った。俺の会社で働いていて色々な人から金を借りて逃げたからだ。半年ぶりに連絡がついてそしてそれを凄く怒った。金のことも怒った。本当に自分もびっくりする位怒ったのでびっくりして警察に駆け込んだのかと思って電話を出た。

海で遺体で上がりました、と警察。頭が真っ白になるってこの事だったんだ。

電話を切って結構ボーとしてた。月末で仕事もまあまあ忙しかった。

近所の公園をふらふらしながら離婚した親父とか、母の弟とかに電話した。人嫌いで親戚・友達づきあい殆ど無かったから連絡はこれで事足りる。

ボーっとしすぎってチケットを取ったのは夕方だった。すぐに電話すればすぐに帰れたのにボーっとしてしまった。

母とはずっと疎遠だった。ヒステリックで酒乱で本当に嫌だった。

帰ったのは17の時に上京して友達事故った20歳くらいの時、じいちゃんが死んだ22歳くらいの時、あとは半年くらい前。

半年前に帰った理由は説教するためだった。

近所の習い事先生に酔っ払って「俺君を返せ!隠してるんだろ!」と。

更に飲み屋で俺の同級生に金を借りて飲んだ事も聞いた。

酔ったら俺に電話してくるのもやめて欲しかった。当たり前のように100回以上は電話が鳴った。留守電もいっぱいになった。

鍵を開けて入っていくと久しぶり過ぎてびっくりした後に大泣きして土下座して謝っていた。痩せていて、老けていた。

部屋を見てみると綺麗にはしているがカップラーメンばかり。薬も色々な種類の薬(うつ、糖尿、痔、等)を飲んでいる。

これはやばいなと思った。

ホテル厨房で働いていたから飯はめちゃくちゃ旨い。なのに何でカップ麺ばかり食っているのかと軽く怒った。

んで東京に住むか、と誘った。でもずーっと住んでいるこの地が良いらしい。

素面の時ならいつでも電話しろと言った。素面でもこの何年かは話が通じなかった。

内容としては、

・金はあるのか?

・何でそんなに高いマンションに住んでるのか?

やくざになったのか?

・誰を頼って東京に行ったのか?

等。

母の中では金持ちヤクザらしい。儲かったってヤクザなんてやらないのに。

なので一度でも俺の会社を見て欲しかった。色々とやっていてひとつひとつ見せながら説明したかった。

そこで2時間位で家を後にした。

そんな事が前にあって、飛行機に乗って帰り、警察空港に迎えに来ていた。

母の死体警察署にある。当然見ることになる。隣には一緒に来てくれた彼女がいるけど、ずっと緊張、というか過呼吸になりそうな感じだった。なったことはないけど。

上記に書いた時系列を説明してもらい、発見地点など地図に書いてもらった。

母と対面した時には冷たくなっていた。冷蔵してるし当たり前かと考えていた。

1分ほど見つめて、後にした。司法解剖に行くことになった。事件性の有無を調べるためだ。

でも俺はそんなものは無いと思ってるし今でもそう思っている。それは間違いない。

地元の街中の殆どの店を出禁になり、飲む所がない。1件だけあってそこによく行っていたようだ。葬式にもいきなりそこのママが来てくれた。

俺も明日明後日くらいに謝罪に回ろうと思ってる。

その後隣町の実家に帰った。ひどく部屋は綺麗だ。いつも通り。

彼女が台所を見て言った。歯磨きに俺が小学生の頃に作った焼き物の湯のみを使っていた。そこでその日初めて泣き崩れてしまった。前の日にも彼女の胸で泣いた。泣き顔は5年のうちで初めて見せた。

家中探してもやっぱり酒を飲んだ形跡はない。やっぱり何処かで飲んだんだ。未だに判明してないけど。

とても自殺した人の家とは思えないくらいに綺麗で、色々と行き届いていた。生活感もあった。

ふと思った。冷蔵庫を閉めた後に。ちゃんと色々買って自炊している。言うことを聞いている。カップ麺は一個もない。

携帯電話を見た。全く何も入ってない。俺の携帯電話をしてみた。鳴らない。通話ができません、と。

他の携帯にかけてみた。鳴った。どうしようもない気持ちになった。

母は俺に迷惑をかけまいと俺に電話できないように設定していた。

でも10日前くらいに公衆電話から電話があった。病院からかけていると。

何で携帯からかけて来ないのか不思議だったけど、特には聞かなかった。これで謎は氷解した。

その電話の時もやはり話題は誰を頼って東京に行ったのか。前までは素面でも話が通じなかったけど、多分今回の電話電話する理由が欲しかったんだと思う。ちゃんとそこは説明している。

それが最後電話になった。もっと話しておけば良かったと眩暈がするくらい後悔してる。

というか、親孝行をもっとしたかった。これは一生後悔し続ける。

日本中の殆どの人が、世界中の人かもしれない。日常的に言っている「親孝行は生きているうちにしておけ」と。

何でそんなことが、そんな簡単でいつでもできることが俺には出来なかったのか。

いつかは思う存分孝行しようとしていた。というかその時期だった。

ある程度東京でも成功し、月収も1000万を超えた。なんでもできるはずなのに。なんでだろう。そればっかり考える。

ビジネス成功して、親孝行は失敗する。親孝行のほうがはるかに簡単でいつでもできるのに。

俺の存在意義を疑う。何の為に生まれてきたのか。

小さい頃から毎日喧嘩してきた。

小学生になる前にはママママと呼んでいつもおやすみキスを求めていた。

小学校低学年になったら取っ組み合いの喧嘩をするようになった。習い事も初めて色々な賞を取って喜んでいた。

小学校中学年は他の習い事も始めた。その習い事世界大会ベスト3に入るまでになった。本当に誇りだっただろう。

小学校高学年は両方の習い事でグングン伸びて全国をかけめぐっていた。これは中学校も続く。ママと呼ぶのが恥ずかしくて母さんと言うようになった。

中学1年になって初めて喧嘩に勝った。蹴りがみぞおちに入って唸ってうずくまってしまった。これからは手加減しないとまずいと感じた。

中学2年は包丁を投げられて必死でかわした。この頃からお前というようになった。毎日夜遅くまで友達の家で遊んだり泊まり歩いたりが始まった。

中学3年は同上。もっとひどくなっていった。

高校1年制は不良友達のたまり場になった。6畳の部屋に10人はざらだった。彼女もできて家には殆ど帰らなかった。

高校2年制は停学3,4回目で首になった。もうこの頃はほぼ帰らなかった。母が知っている友達の所にいるといきなりやってきて窓を全力で開けて叫び始めるからだ。

溺愛されていた。でもその愛情表現の仕方が本当に常識とかけ離れていた。俺もわかりつつも心から嫌いになっていった。

17歳の時に求人誌を取り寄せて片道の飛行機代で上京した。本当につらい毎日だった。

家の引き出しを見てみるとその頃に振り込んでもらった振込用紙が出てきた。勝手に出ていったくせに。俺に関連するものはどんなものでも綺麗にとって置いていた。

アルバム学校通知表習い事の全国のおみやげインテリア、載った新聞の切り抜き等。

彼女も溺愛しているのは簡単にわかると言っていた。友達達も溺愛しているのは言うまでもないと。

俺の為だけに生きていた。99%。それ以上かも知れない。

生活保護を6年ほど受けていた。俺は生活保護手紙みたいなものを受け取ったが関わりたくないので面倒見切れませんと返信した。

引き出しには通帳が入っていた。

6年間で120万程度貯めていた。実際使えるお金は6万程度なのに。光熱費とか食費とか色々あるのに。その中から月に15000円以上も貯めていた。

よく見てみると、大きい買い物はテレビだけだった。チラシも、領収書も入っていた。俺に言ってくれればそんなものすぐに、もっと大きい、もっといいものを買ってあげるのに。

もっとよく見てみると、服も、布団も、何も新しいものがない。全部見たことがあるものばかり。

何を楽しみに生きてきたのか。

涙が止まらない。

今日の朝、いらないものは全部捨てた。捨てるのを迷うものばかりだ。

全部持って帰りたい。

このまま部屋を借りるかどうか迷う。

全部このまま残したい。

今もまだ考えている。

形見と呼べるものは少ない。

遺体発見された時も小銭入れと、部屋の鍵とタバコだけだ。今乾かしている。

母子家庭一生懸命育ててくれた。

取っ組み合いの喧嘩をして父親替わりもしてくれた。

全ては俺が最後まで素直になれなかったのが原因だ。

東京に来いといったが完全に命令口調でいった。

久しぶりに会ったからと肩でも揉んでやればよかった。

東京に来て生活するよりも、そのほうが嬉しかたかも知れない。

わざわざ電話する理由まで作って電話をしてきたんだし。

今、遺体の前で号泣しながら書いてる。

会社人間には言ってない。下手な気を使わせたくない。俺も気を使われたくない。

1年間は何も言わないつもりだ。

1年後、俺は人生初のボランティアをしようと思う。

うつアル中で親の事を好きだけど素直になれなくて、でも何かしてあげたい人の為に。

もう俺みたいな一生後悔するような事は誰にもさせたくない。

今日さっきまでお通夜だった。母だけの知り合いは一人だけ。上記の唯一飲みにいける店のママだ。

そこでも喧嘩して出禁になりかけたらしい。でも素面に戻って飲む所がないと泣きついてきたらしい。

大人たちが帰って、地元の友人10人程度で飲んだ。こんなに皆が集まるのは高校生以来だ。腹を抱えて笑った。ずっと皆で笑ってた。母もそのほうが喜ぶだろう。

明日火葬だ。本当に肉体もこの世からいなくなってしまう。

このまま保存できるならずっと保存したい。ずっと一緒にいたい。俺が死ぬまで一緒にいたい。

でもそんな事は叶わないから焼く。

生き返るなら全財産出しても借金してもいい。そんな気持ちになったのは初めてだ。その為に人生を賭けてもいい。

本当に母が好きだった。なのに優しい言葉をかけたのは記憶がない。

どれだけ母は俺の優しい言葉を望んだだろうか。

別れた父もお通夜も来なかった。母の弟は遠くで死ねばいいのにといった。完全に回りの鼻つまみものだった。

俺もそういう気持ちだったはずだった。なのに何でこんなに愛おしくなるんだろう。

金を稼ぎたかった。だから親は後回しにした。でも本当にいい暮らしをさせてやりたかたからなのに。

増田はいつも見ていた。でも俺が書くとは思わなかった。たまにホッテントリで見るくらいなのに。

でも何処かに吐き出したかった。今の気持ちも忘れたくなかった。だからこの場を借りる。

【追記】

本日火葬を無事終えました。本当にありがとうございました。お骨ってあんなにもろくなるものなんですね。

結構発覚したことがあったのでメモ

・第2発見者が親友のお父さん(漁師

・引き上げてくれたのが親友のお父さん(消防士

・爺ちゃんが亡くなって10年近く経つんだけど、亡くなってからずっと行っていなかったお参りに今年は2回も行っている。

・今年の7月からこの3ヶ月で泥酔で4回も保護されている。

・今年の7月親友のお母さん(母の同級生でもある)に素面電話して、出なかったので役所で働いている旦那さんにまで電話をしている。同級生と久しぶりに話したかったのか?

とか色々。

何らかの予感があったのかも知れない。

月収に対するネガティブコメント→こんなにあるとは。本当の事なので何とも言えません。

生活保護に対するネガティブコメント→概ね同意です。今回の残っていたお金ボランティア活動に使おうと思っています

2011-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20111003203440

料理能力を測るっていうスタンスがそもそもズレてるっていうツッコミは別増田に譲るとして、

料理の技量ってのは、レシピ見てもどうにもならないような包丁使いや火加減といった部分に反映されると思う



というわけで俺からは、人参もやし・豚肉あたり(それぞれ火加減がシビアで、タイミングを外すと不味くなる)を含む炒め物を挙げておくよ

肉や野菜の切り方・方向を見ることで、包丁の技量や歯応え・舌触りへの理解の度合いもある程度分かるし、

味付けの加減も感覚によるところが大きいので、技量を反映しやすい

定食材以外に何を入れてくるかで、センスも判断できる

http://anond.hatelabo.jp/20111003203440

つーか、料理がちゃんとできるかどうかなんて台所の調味料の揃い具合・使い込み具合と

調理中の包丁の使い方を見れば一発で分かるだろ。

完成品を見るまでもない。

2011-09-21

親父とワインの好みが合った件

障害を持って生まれ、父母からの愛を得られなかった親父。

ひとり自転車で旅に出るという少年時代をすごした親父。



なんとか嫁を見つけた親父。

嫁に子供を産ませることに成功した親父。

結婚当初は実家に同居していたのだが、嫁いびりの耐えない姑や舅達から逃亡するように安アパートに一家三人で引っ越すことを決断させられた親父。

子供が増え、3人目を産むときに、経済事情実家へ戻らざるを得ないという逃げを打った親父。



親父の元嫁いわく、妊娠中の腹を蹴って流産に至らしめた。

4人目が生まれたのは人生設計<性欲の結果。



結局、実家に帰ってから嫁との折り合いが悪くなり、一ヶ月は家をあけることもしばしばだった親父。

酔うと包丁を振り回していた親父。



当時小学生だった俺と行った旅行先で、若い女をナンパし夜の街に消えていった親父。

中学時代、家事を放棄した嫁のかわりに毎日弁当を作ってくれた親父。

ただし、その弁当は他人に見せれた代物ではなく俺は人前で弁当を食うのが堪らなくトラウマになった。

はいえ、親父の嫁の作る弁当も同じレベルだったため、そのトラウマは親父だけのせいではない。



結局、成人した俺の勧めと後見で離婚成功した親父。

離婚後も、別れた嫁からいやがらせ職場への数分おきの迷惑電話や怒鳴り込みにもめげずに定年まで勤めた親父。



そんな親父がワイン蔵を見学に行き、さんざん試飲した挙句選んだ3本のワイン

一本は俺。白ワイン。あとの赤ワインと濁りワインは妹達の下へ行ったのだろう。



そんなワインが、ほのかに甘くてフルーティで非常に飲みやすい。



さすが、美味しんぼをわけのわからない法則で仕入れてきては、読んでいただけのことはあるのか無関係なのか。



そんな、親父のワインと俺。



2011-09-20 記

2011-09-15

どのようにして気が触れて自殺したように見せるか

娘の誕生日の当日。

いや、翌日ぐらいの方がいいか。敢えて何かある日を外した、なんでもない日の方が現実味がある。

移動ルートと道具をきちんと準備しておこう。

まり居間から。午前中がいい。晴れていると尚良い。

さりげなく手近に鈍器を用意しておく。

そして妻が携帯電話を置く。

それを奪ってまずヒンジを逆方向に折り、携帯を壊す。

そのあと間髪入れずに自分iPhone破壊する。

連絡手段を破壊するという行為は被害が大きいし、印象に残る。

ただしか破壊目的ではない。どうせ死ぬのだし。

つの携帯破壊したら台所に走り、包丁を手に取る。

そのまま玄関から外に出る。

娘もまだ小さい、おそらく妻は追ってこないだろう。

追ってきた場合は振り切るまで高台の方に走る。

追ってこないにしても高台へ。

どこがいいか

遺体が見つかるにしても、人目に触れにくく、かといって遺体を回収しにくい場所であってはいけない。

少し林が茂っているところの、道路から少し入った程度の場所でいい。

辿り着いたら、そこで命を絶つ。

あしかし、包丁は痛いなぁ。痛みはない方がいい。

毒物も用法を間違えると長く苦しんでしまったりするらしいし。

筒井康隆の「敵」では、濡れタオルを喉に巻くことでさほど苦しみ無く死ね作法があると聞いた。

あれが本当なら、絞首もいいかもしれない。

それは検討しよう。

死に方を選びたい自殺者というのも身勝手ともとれるが、「死にやすい」と思えてこそ実行の決意も固まるというものだ。

話が逸れたが、茂みで命を絶つ。

この通りにやれば、あまり狂いごとに耐性のない妻や周りの人は、気が触れて命を絶ったと思ってくれるのではないだろうか。

必ず、気が触れて死んだように思わせないといけない。

少しでも思考が残っていたように思われれば、何か悩みや動機があって命を絶ったのではないか類推されてしまう。

妻や周りの人に後悔の念を残させてはいけない。

妻も娘も愛している。だが自分は行動では示せなかった。

「あの男を愛したのは、何かの間違いだったのだ」として決着をつけさせてやるのがせめてもの最後の愛かと思う。

このような思い切りがあるのならば別れるなり別の形で愛を示すなりとそちらに思い切るべきとも思うが

愛している妻と別れるのもつらいし、愛を伝えるどころか憎悪を深めるばかりとなるのもまた、つらいのだ。

死ぬまでいかずとも行方くらますだけでも、とも考えたが

消息が分からない」という白黒つかない状態にさせ続けるのもまた妻はつらかろう。

圧政を敷く政権を滅ぼして多数の民衆を助けるということが存在するように、

本人が望もうと望むまいと、

社会の得にならない人間自殺するという益は確実にあるのだ。

2011-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20110909184000

いや、だからね、それがきもちわるいって話なんですけど。

主観からそうですかって、たとえ客観だったとしても「そうですか」だよそんなもんw

つうか客観的にもきもちわるいよね…キャバのおねーさん方と同じ評価基準で娘に評価されたいって、どんだけ女から承認に餓えてんだよって感じだぜ。



カモり商法自体はなんつーか、本来の資本主義機能からは外れてるけどまあそういうのが出てくるのは必然だよね、って感じやね。みんな食い詰める時代だしね的な。

でも

斜に構えた奴が「踊らされたアホ」と指差してようが、それが「世間一般の認識」にならなければ全く問題ない。

これは認識が甘いよね。

何故なら「本来気にすべき身の周りの実在の人物」が指差してくるかもしれないからだ。

指で済むならそれでもいいけど、包丁で刺してくるかもよ。だってこんなアホに人生振り回される羽目になったらぶっ殺したくなるしw

アホ側だって黙って刺されるわけにいかないよね。だってアホは自分が悪いことしたと思ってないもん。

大義名分があって、自分は納得していて、それで販促に乗ってシャドウボクシングよろしく実体のない「世間一般」と戦ってきたつもりになってんでしょ?



やっぱりよろしくないですねえ。

2011-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20110905154232

じゃぁ俺も便乗してみよう。

基本自炊だけど冷凍ものは味が落ちすぎて食わない&常備菜は勢いで作るけど平日はだらすぎるので食べ損ねる&整理整頓が致命的に下手な俺のずぼら術だ。

刮目してみよ!むしろ何も言わずにタブを閉じるべきかもしれん。

強迫症なところがあって、やらなきゃいけないと思うとできなくなるタイプ(だけど味が悪いものは絶対に食べれないとか、汚いトイレには入れないとか、ごみ洗濯もののにおいがすると発狂するとかそういうこだわりはある)なので主に俺のメモですすみません。あと料理は好きだな。


料理

主食
おかず
道具

そうじ

トイレ

これだけ。掃除機かけ忘れ安いのだけ注意だ。

風呂
  • 基本湯船に湯を張るので、水を抜くときに湯船・壁をこする

でもなんとなくあいシャンプーボトルとかが転がってたりする……

あと髪の毛困る

台所
  • 掃除は年に一回でいいや。見える所だけきれいにしておく
  • 食器置きに食器が伏せたままになっているのは気にしない(そもそも量が少ないので気にならん)。邪魔にならないところに置いておけばよいだけ

料理しやすいように配置すれば決まったところに戻すので特に散らからないなそういえば

ごみ
  • 虫が怖いのでごみだけはすぐに出す。
  • 部屋を借りるとき24時間ごみ出しOKの物件を選ぶのが多分コツ
  • あと分別の少ない地域を選んだほうがよい(選べるならだが
部屋
  • 基本的に棚の中に本を山積みする。
  • いたるところにものをかけられるようにする。
  • ありとあらゆるところに箱を置く。
  • ちょっと置ける隙間をできる限り作って床に置かないように気をつける
  • 紙類のごみごみ箱に捨てるようにこころがける(なぜかとっておいてしまう)
  • 掃除する気になった時に床にあるものはすべて捨てる

とにかく場所をとらない・作業を毎日の日課してめんどくささを半減させるということを重視しているので道具はあまり買わない。

あと機械動かしている間にほかのことができるとかだとマジで忘れるので、基本的に便利道具は使わない。洗濯機掃除機冷蔵庫があれば俺には充分なんだ…それ以上はキャパオーバーだ(つうかやってたこと忘れる

布団乾燥機とか買ったはいいけど埃かぶったまんまになるのは目に見えているので買っていない。

食器洗い器・乾燥機炊飯器も同様だ。洗濯機だけはないとどうしようもないので持ってるが、一時間つのが辛い(忘れる)。

せんたくもの

2011-08-16

単純であることと複雑であること

単純であるとは、全てが一つになっている状態

複雑であるとは、全てが分離している状態



ものごとを分けるという行為がある。

実はこの分ける、区別するという行為が、ネガティブの始まり

区別はやがて差別へと行き着くからだ。

差別ではなく区別、と誰かは言い訳するが、実は言っていることは同じ。

何かを分けるとそこに優劣や好き嫌いを考えたくなるのが人間

から、元々一つであったものを二つに分けると、今度はその二つのどちらが優れているか、どちらが正しいものか、決めたくなる。

それが差別人類は一つであるのに、人種という概念を作ってしまった。人種という概念を作ると、そのうちのどれが優れていてどれが劣っているかを決めたくなる。

個性を別の視点から見ると優劣になる。




さらに、人種民族に分けるとさらなる差別が生じる。この民族は劣っているから支配すべき、この民族は優れているから他の民族自分達に組み入れる権利を持つと勘違いする。

戦争国家というシステムがなければ起きない。さらに言うなら、グループという存在が起きない。このグループというのは人々を二つ以上の集団に分けたもの。すなわち人間を分離させたところに原因がある。

分けるという考えは恐ろしいほどに人類社会の全てに渡って行き渡っている。

これに気づくと、あれとこれと分けるのではなく、あれもこれもと全てを一つに統合することが平和への道であることに気づく。



もちろん、これは人類だけに当てはまることではない。

動物植物、あらゆる生き物と自分は同じである、一つであると気づくと恐れが消えていく。

恐れ、恐怖とは、自分と繋がっていないもの対峙したときに感じる気持ちだからだ。

あらゆる生物は一つであると気づくと、恐れがなくなる。繋がっているという感覚が安心をもたらすからだ。




さらに先を進めば、あらゆる無機物、一般には生物ではないとされるもの自分と同一である

この世の全てはある一つの光が形を変えたものであるからだ。

これは別にオカルトではない。全てが一つという考え方を進めていけば、

生物と無生物という境界は無意味になり、一つにしてしまっても何も問題はないからだ。

目の前にあるパソコン包丁も壁も家も水も雲も空も土も山も、地球太陽銀河系宇宙も、全てを一つにすることが出来る。

全てが一つになれば、恐れがなくなる。恐れが消えていく。恐れる必要がなくなる。




からものごとを複雑に考えすぎる人というのは恐れのかたまりであるとも言える。

一般にものごとを複雑に考えるのは大人である。大人は「世の中は単純じゃない」が口癖で、複雑なものを好み、単純なもの子ども騙しだと笑う。

そう、一般的に言えばものごとを単純にとらえるのは子どもだ。子どもは大人よりずっと自由で、恐れが少なく、一瞬一瞬輝いているように見える。

ほとんどの人が気づいていることだが、幸せになるには子どもの気持ちに戻ればいいのである

子どもの気持ちとはすなわち、すべてを一つに統合すること、ものごとを単純に考えるということ。

世の中が幸せで満ちる方法は簡単だったということだ。それは、分離、区別、差別、複雑、をやめて、シンプルに考えシンプルに生きること。

2011-08-03

皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!

とある予備校で)

授業をするにあたって、

絶対意識してほしいことがあります

 

皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!

 

どういうことかというと、

「授業ではわかるんだけど、自分で解いてみたら、解けなかった」

そういう経験あるでしょ?

それはもうやめにしましょってことです

 

授業を聞いて、先生の解き方を聞いて、

「たしかに解けた!」ってなっても、

これを何回やっても進歩しませんよ。

 

たとえ話をすると、こういうことです

 

皮剥き器の通販番組があったとします。

 

きっと最初は、普通包丁を使って、

人参の皮剥きはめんどくさいわよねー」

という話から始まって、

あるところで、

ジャパネット高田さんみたいな人が

「ちょっと奥さん!」

と、こうくるわけです

 

「この皮剥き器を使えば、あっというま!」

 

ね、実演するわけ。

で、お客さん、「うわーすごーい。簡単に皮が剥けた!」となる。

で、お客さんは、皮剥き器を欲しくなって買うわけじゃないですか。

 

でね、でね、話し戻すよ。

 

授業で、先生が「こういうふうに考えると、解けます」となったときに、

あなたたちが「うわーすごーい。簡単に問題が解けた!」となったら、

あなたたちが欲しいものは何ですか?

 

「こういうふうに考えた」

「こういうやりかたがある」

「背景となっているのはこういう知識」

という部分ですよね?

問題を解くための道具ですよね?

その道具の使い方ですよね?

それを持って帰らないで、

ただ「簡単に問題が解けた!」っていう

結果だけ持って帰ったら、どうなりますか?

 

それってさっきのたとえ話でいうと、皮剥き器の通販なのに、

皮剥いた後の人参を持って帰っているだけなんですよ。

そんなのいつまでたっても自分で皮剥けないじゃないですか

 

ね、通販だと、わかりやすいんですよ。

これが商品ですって言ってくれるから

値札ついてるものが商品だもん。

 

でもね、勉強は違うんですよ。

形がないんだもの。考え方だったり、知識だから

値札もついてません。

 

授業の時にね、君たちは、

ついつい、結果の方に目を奪われて、

「解けた!」ということに満足しちゃったり、

あるいは

「うわー間違えてた、ショックー」

みたいな部分に囚われたりしてね、

「どうしてこういう考え方をしたのか」

というね、

先生が教えたい部分を素通りしちゃうことが多いんですよ。

から意識してください。

 

皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!

ってことです

 

ただ、皮剥き器を買うだけじゃダメですよ。

ちゃんと、自分で使ってみないと。

同じやり方で、自分で問題を解いてみる。

商品買っただけで満足しちゃうってのは、

参考書買っただけで勉強した気になったり、

スポーツジムに入会しただけで

ダイエットした気になるのと同じですよ。

ちゃんと、自分でやってみて、使い方も身につけてください。

いいですか、使わないと身につかないですよ。

 

でね、

もうちょっと広い視点の話をすると、

試験は結果でしか評価されないんですね。

点数がすべてなんです

あなたがどんなに一生懸命勉強しても、

結果的に合格点に達しなかったら、不合格なんだよ。

からね、だからこそね。

結果ではなくて、プロセスの部分を意識してほしいんだよ。

どういうふうにやるのか?

どうしてこうするのか?

ね?

僕らが自分の意志でもって変えられるのは、

プロセスの部分だけですから

 

いやね、剥き終わった後の人参を買う、結果だけ手に入れる。

そういう方法ありますよねって、

確かにね、例えばレストランで食事するってのは、

食事という結果だけ手に入れてるわけだし、

社会にでると、普通にね、何か外注したりするわけですよ。

全部、自分でやるわけにはいかないから。

誰かにやってもらって、

その成果を自分が使って、

自分の商売をするわけですよ。

 

でもね、もう言わなくてもわかってるでしょ?

受験世界で結果だけ手に入れるって、裏口入学ですよね?

受験外注したら替え玉受験だ。

まさか、君たちはそういうことを望んでるわけじゃないでしょ?

 

他の先生の授業でも意識して聞いてご覧なさい。

「こういう知識が必要です」とか

「これこれこうなので、こういう方針で解いていきます」とか、

そういう教え方をしてますから

 

いいですか?

皮剥き器を買って、使い方を身につけろ!

 

これを意識して授業に望んでください。

2011-06-19

カオスラウンジ界隈雑感

http://togetter.com/li/151267

Togetter - 「カオスラウンジ騒動に対する、東浩紀村上隆の対話。」

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/151267はてブ


この梅ラボ関連の話題は、東浩紀の言うように、かなりめんどくさい。でも、思ったことをまとめていこうと思う。

n次創作著作権

なんというか、周期関数かとツッコミを入れたくなるぐらい同じ話題が繰り返されているような気がしますが、こういう創作に関しては、原則として「やっていけないものはない」という前提があります

極端な例示をするなら、「無差別殺人をしてその血をテンペラ画のように塗りたくって、最後にその包丁を突きつけなければ作品が完成しない」として、じゃあ人を殺してはいけないかケチャップじゃいけませんか、というとそうじゃない。

人を殺した代償として裁かれるのであって、人を殺していけないわけではない。

まり量刑と藝術を天秤に掛けて、藝術の方に重きがあるなら殺しても仕方がないでしょう、殺された人には気の毒ですが。やっぱり刑は嫌だな、となれば別な作品を探すしかないでしょう。

まり、何次創作を作るにせよ、著作権なんて屁じゃねーよ!っていう無敵の人にとっては「著作権違反だ!」も「愛がない!」も説得力ゼロなわけです。まあ私自身も、ああいう手法を以て「誠意がない」とか言う批判は正直アホだと思ってます

繰り返しますが、著作権は明らかに違反していますよ。あとは訴えられるかどうかです。そして、その訴えられたかどうか、刑に処されたかどうかというのは、作品評価の是々非々とは一切無縁だということです

むしろこの騒動自体は、騒げば騒ぐだけ大成功ということになりますし、私はもう成功したとみなしていますふたばがどうだ4chがどうだというキメこな起源の文脈はあまり本質ではありません。


引き合いにだすなら

たとえば、まあこういうところで引き合いに出されるだろうものとしてマルセル・デュシャンの「泉」があるでしょう。男性用小便器に署名だけして出品したあれです

今同様のことをするなら、それに小水でも引っ掛けて署名の代わりとし出品するでしょうか、もうされたかな?

作品に関して端的な説明とデュシャンの人となりはここが短くて分かりやすいかと思いますのでどうぞ(http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/nakaoku(06-7-31))←括弧付き年月日までURL

そしてもう一人、アンディ・ウォーホルも取り上げるべきでしょう。Togetterまとめの中では、鶉アイコンが今作とウォーホルとを態度の違いで「同列には語れない」などとアホ臭いことを語っておりますが全身全霊をもってスルーしてあげてください。(ウォーホルの言う「表だけを見てください」というのは、裏がないことを意味しない。逆もしかり)


今回の騒動は明らかにこういった系譜の延長上にあります。ゆえに、「もう面白くない」というのはまっとうな言い分であると私も思いますデュシャン以降、何が独創性たりうるのかという問題を突きつけられた芸術家達は、常にデュシャン意識せざるをえないのです。あの藝大アカデミズムから反動ガチ保守村上隆さえも。

最近の騒動界隈に対する雑感

このキメこな騒動(そもそもキメこなが使われてるのは一部なんですが)以前にも、近い話題としてChim↑Pomのいわゆる岡本太郎絵画に添えつけた「原発アート」の話題がありました。

これも同じく私は成功したとしている(というか基本こういうやり方もある、という人が界隈では多いのですが、社会との関わりもあって留保的な回答にせざるを得ない)のですが、権威を借りただけだどうだといろいろな反響がありました。

しかしながら、こうもたてつづけに同じような反応を見ていると、何かを感ぜずにはいられません。

藝術と法律というのは別レイヤーで処理されるべきものであり、例えば貨幣偽造にしても千円札裁判のようなものは、法律で裁かれるのはともかく、「裁かれたのだからこれは藝術ではない」と看做している人が一定数存在するような気がしてならないのです(すなわち、同じレイヤーとして法律>藝術という階層がある)

そして著作権違反だという申告をする人々らは、おそらくその人が裁判にかけられるということそれよりも、「こんな表現が藝術として認められるわけがいから、法律で裁いて非芸術にしろ」という動きのようにも見えるのです

それ自体はひとつリアクションなので、どうということはないのですが、様式美にハマっているような気がしないでもないです

(まとめ中で村上隆が「赤瀬川原平との呼応矮小化だ」とこきおろしますが、彼は矮小化意味をわかっていないのではないでしょうか?あるいは、本質であるところを意図的にずらして矮小化捏造しているのだろうか?もっとも、彼の態度は藝術と非藝術は明確な区切りがあると考える立場だと察するので、何か藝術階層から退けられる言葉があれば何でも良かったのかもしれませんが)


まあ僕の意見としては、こうして日本にも藝術が浸透していくのは大変喜ばしいことであり、みなさんどんどん騒いでください、というぐらいの感想です

- 転職ならen
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