ほとんどアクセスがなくなっていたが、最盛期はアドセンスで3~4万ほどの収入を得ていた思い入れのあるブログだった。
あの衣がなんともいえない
wikipediaによると
’’アメリカンドッグはソーセージ(または魚肉ソーセージ)に串を刺し、小麦粉などで作った衣をつけて油で揚げた食品の和製英語の名称。’’
うーん小麦粉などで作った衣とはなんともいえないヤバさがあるじゃないか。
更に読むと
’’家庭においては、簡単に作れるのでホットケーキミックスと卵、牛乳を混合して作ることが多い’’
なるほどアノほんのりした甘さはホットケーキの要素だったのか。
もっといろんな人の家に遊びに行きたい
うちには入社20年で昼休みに会社のPCでエロサイトめぐりしたり会社のスマホでゲームしたり会社の電話で食事化コンサートの予約してる奴がいる
去年入社した二年目のやつがウチのところに配属された。
これがまたひどいやつで、昼休み仕事中に自席で小説を読んでいる。
「仕事場で私的な事をするな」といったら「え?ああ、はい」みたいな納得がいかないような生返事をしやがった。
そしたら数日後、昼休み中に定食屋に行ったらそいつが飯来る前に本を読んでいた。
なんというか呆れ果てた。
この分じゃ家でも読んでいるんじゃないか?
計算でなんとかなることって往々にして心理的に楽だよね
少しでも自分の意図が100%伝わるとは限らない乱数的な何かを通ってしまうと解が出せない
自営でも取引先や客から責められる
不動産屋に行ったらたいていなんか理由だして内覧すらせず他の物件紹介される
契約期間1年ってあるけどそれ以下が入力できないからそう表示してるだけで実際は数か月
部屋がたくさんあるけどシェアハウスの共有ばかりで自分が住めるのは一部屋
退職願を出すのに躊躇いはなかった。
慰留はされた。
僕は「本が読みたいからです」と答えた。嘘でも比喩でもなく、直裁的な本心だ。
もう十分、顧客と自分の動物的な快楽を満たすために、僕は己の命を削ってきた。
そういう毎日が倫理的だとは思えない。それに、人が営々と積み上げてきた智慧に浴して最期を迎えるのは、決して悪くない選択肢だと思う。
人類が滅んでも、文化芸術(英語で言うところの"Arts"だ)が遺れば良いと僕は思っている。
智慧は何よりも尊い。
高校生の頃、バイト先の先輩宅に一泊させてもらうことになったので
近所のケーキ屋で、少しお高い上品な箱入りのマドレーヌを買って持って行った。
玄関で出迎えてくれた先輩の母親に挨拶してそれを差し出そうとしたが
「こんにちは、◯◯と言います。本日はお世話になります。こちらつまらないものですが、」
と言ったところで
「つまらないならいらないわ!」と遮られ、睨まれたのがショッキングすぎて未だに忘れられない。
その後の滞在では、
フットカバー(パンプスソックス)を履いていることをねちっこく「お嬢様だ」と言われ怯え、
サザンの下品な歌詞の曲ばかりを大音量で流しながら歌う先輩一家に困惑し、
夕食に黄色くなったごはんと、汚れた消しゴムのような卵焼きと、パックのままのスーパーの半額惣菜を出され驚き、
渡せずに紙袋のまま自分の鞄の側に置いておいたマドレーヌの箱が知らないうちに空になっていたことに呆れ、
先輩とはその後疎遠になった。
小中高それぞれで同級生の家に遊びに行ったが、今まで伺った家とは何もかもが違っていた。
あれが住む世界が違うってやつなんだろうな。
人間と思われないことより苦しみを感じる方が嫌だけどな