はてなキーワード: 名ばかり管理職とは
労働者かどうかは、契約関係には依存しないという判例が出ているので、個人事業主扱いだから最低賃金とか無関係という事はない。
名ばかり管理職が脱法といっしょ。
労働者なのか?管理職なのか? 労働者なのか?事業主なのか?は 契約主と受託主の 契約関係には依存せず 指揮命令関係に依存するから
個人事業主扱いだから、最低賃金とか無関係 というのは会社がそう主張しているだけで法律上は無意味。
私が管理職だと思うから管理職、私が個人事業主だと思うから個人事業主 なんていうのが通るならこの世に犯罪なんかない。私が無罪だと思うから無罪ってのが通るって言ってるんだから。そんなわけなねーだろ。
左巻きのマスメディアがこぞって報道しそうなネタなのに報道しないって事は圧力かたんまり金貰ってるかだな
どちらにしろ、労働問題を取り上げないのに労働状況の改善なんて訴えられないだろ
平均年収にしろ、離職率にしろ、それは本社正社員っていう一部の人間だけの結果だろ
これだけ見てもブラック企業なのは明らかだし、以前自殺して労災認定された「女性従業員の過労自殺
ブラック企業公表で自らブラック企業に触れたのはいいけど、言い訳ばかりで事実から目を背けている。
加えて圧力に屈してマスメディアが一切この事実を報道しない例を見ても今後自民の参院選公約で出ている「ブラック企業」の公表も金や権力さえあれば
いくらでも変える事ができるという、強者が守られ弱者が虐げられる社会作りを実現する第一歩なんでしょうよ。
ただでさえ、比例を自民に投票するか迷ってた無党派層の支持をこのワタミ会長の擁立で一気に離れるだろうし、マスメディアがこの機を逃すのはどうかなと思う。
逆に言えば、240時間まではしっかり残業代が出るということである。
240時間ということはだ、例えば基本給が21万とすれば、21日出勤8時間労働を基本とすると、時給1250円。
割増で1.2倍でるとすると36万もの残業代が支給されている計算になる。
基本給と合わせれば総額で57万である。
明らかに、あと一人雇ったほうが安い。
これが繁忙期の1ヶ月だけ240時間残業が必要だけど、残り11ヶ月は暇で暇で定時帰りってなら、雇い入れない理由としてわかるが、ファーストリテイリングはこの殺人的な時間外労働が定常化している。
ユニクロの店長などは45時間を超える残業は1年間のうち6ヵ月しか出来ません。
当然、そんなことはないわけだ。240時間から、法定労働時間である
週40×4の160を引いた80時間が残業となる。(これすらも、
毎月やっていれば違法なので、毎月80時間分の残業代が出てるわけではない。)
ギリギリのラインに設定してある。あわよくば過労死の責任からも
逃れられるよう形式を整えるようなセコいことをしているわけだ。
元増田です。
自分のちょっとしたつぶやきに反応があって、多少なりともモラルとか接客業の暗の部分を問題だと考えている方々がいるのだと感じ、それだけでも励みになります。
いくつかの反応に私なりの考えを述べさせて頂きますと、
増田は、元増田が「本来警察が何とかするべき事だけど警察はどうせ動いてくれないと諦めている」のだと思っているのかもしれないけど、
実際は「法に反する事は何もやっていないから警察は手出し出来ない」んだよこれ。民事不介入。
それを使わない店長がアホで、その上の本部もアホということ。
民事不介入とか言ってるアホがいるけど威力業務妨害罪なり強要罪なりでググってほしい。
いくつかの法律、システムがあったとしても結局それが使われていないのであれば、それは正常に機能していない=システムに問題が、と私としては考えます。
現実問題として、上の最後の方のおっしゃるように対立的な対処方法では嫌がらせを受けたり、直接・間接など関わらず影響はあると思います。
サービス業というのはイメージが結構重要なので、店側が正しかったにせよ、事件なり何かがあればイメージ低下に繋がると思うんです。そういった考えも踏まえ、出来る限り穏便に済ませようというのは、多くのサービス業の方々が考えてらっしゃることではないかと。
元増田の文では私が言いたかったことが上手く表現出来てなかったのですが、そういった「穏便に済ませなければいけない」、あるいは、「対立的な対処をしなければならない」ような状況になったらどうするか、という現実的な問題の対策・対応方法ではなく、むしろ、そういった状況を作らせないような社会にするには、どういった社会の仕組みになればいいのだろうか、と理想論的な話として提言させて頂いたのが元文なんです。(提言というほどのもんじゃないけど)
そんな状況になれば、良いシステムがあったとしても立場上の弱者はいつまででも同じです。
現実的な対応について話をすれば、
イタ客をきちんと処理できなくても、しようがない。それがサービス業だし、接客業。
特に24時間営業の深夜の接客なんて、酔っぱらいいるし、ガラの悪い客はいるし、そういう時間。処理できなったあんたが悪いと店長は思ってるとおもうし。
と、この方がおっしゃってるように、私の処理がまずかったんだろうと思います。
元文は本問題では私や店側が被害者であるという前提のフィルターが掛かった文章なので、私寄りの表現がされている、ということを踏まえ中立的な視点で再度考えてみましょう。
実際には、注意する前のゴネられたりマナーが悪かった時点で対応する態度は悪くなっていただろうし、処理方法や対応は稚拙だったんだろうと思います。私にも大きな落ち度があったんだろうと考えています。
情報の後付けでアレなんですが、このヤクザたちは前から何度かやってきては毎回毎回同じようにマナーやモラルに欠いた行為をしていた人達なんですね。私ではないですが、他の店員が脅しに屈して商品を無料にしたり、本来しないような過剰なサービス(正直言って周りのお客さんに不公平な)をしてきていたんです。で今回、「今までは○○を○○のように提供していましたが、実は店のルールとしては○○で、申し訳ないが他のお客さんに公平ではないので、ルールを守っていただけないか」というような注意をしたんです。(言い方や処置方法が適切じゃなかったんだろうというのは前述の通り)
こういうお客には覚悟してあたらないと(この店タカれる)と思ったら、日参してくるかもしれんよ。
というように、正直もう既にタカられつつあったんです。だからこそ、これ以上になると問題だと思い、注意をしたわけです。
ただ相手側からすれば、「前はこういうサービス受けていたのに、今更サービスはもうできません、ってなんじゃあそれ!お前(私のこと)がしたくないだけちゃうんか!」と言ってくるのは筋の通った理屈で、正直一介のアルバイターが対処できた問題じゃなかったかもしれないと今更になって思っています。
お客様は神様ですと言うのは、
台風を発生させたり、地震を起こしたり、大災害をもたらすという意味も含まれているわけだが?サービス業において。
天災を恨んでもしょうがないように、イタ客をきちんと処理できなくても、しようがない。それがサービス業だし、接客業。
特に24時間営業の深夜の接客なんて、酔っぱらいいるし、ガラの悪い客はいるし、そういう時間。処理できなったあんたが悪いと店長は思ってるとおもうし。
本部もそう思う。
上記のような
「サービス業だから、接客業だから、イタ客がいるのは当たり前。」
という諦めに近い考え方を社蓄根性、と言って切り捨てるのも簡単ですが、現実的な対処論としては言っていることは正しいとも思います。
しかし、外食産業をはじめ、接客業が底辺の仕事、ブラックと言われている主な原因の一つが精神的なもの(コミュニケーションなどに関わるもの)であるので、理想としてはこれを少しでも取り除く事が良いのではないかと思うのです。
「当たり前」「しょうがない」と言う言葉は出来る限り無くしていかないと、良くなるものも良くなりません。
(なお、名ばかり管理職などと言われる底辺正社員の方々の問題はもっと深く、もっと重大であると思っています。)
様々なトコロで外食産業はブラックである、と言われていて、仕事はあるのに誰も寄りつかない、という状況なのはご存じの方も多いと思います。ちょうど去年の今頃、日比谷公園の派遣村の話題が出ていたときにも、
仕事があるのに(介護とか外食とか農業がよく挙げられていましたね)働かないやつクズが多い。(etc...) ↓ いやいや、ブラックなんだから、まずそれを解決するのが先決だろ。適正のある人じゃないと働けないような労働環境を改善するべき。 ↓ いやいやいや、あんなん誰でもできる。コミュニケーションは人間が社会で生きるための当たり前の能力じゃないか(キリッ
などというような不毛な議論もありました。
正直言うと、高級レストランならまだしも、たかが時給750~900円程度で(地方によっては差があるだろうし、そもそも金額なんてのも関係ないのかも知れない。どんな給料だったとしても→)人に暴力を受けたり謂われのない罵倒や暴言をされる筋合いはないのです。お客さんにとってもそうですが、働く側にとってももっと気軽な場所であるべきだと思うんです。
元文でニートの海外就職日記さん(http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/)の記事を一部引用させて頂いたように、
理想論かも知れないけども、互いに互いの首を絞め合うような社会じゃなく、もっとストレスフリーな社会を目指すべきだと思うんです。
で、そこで、、モラルのない人間がいても、「お客様は神様です、というような風潮・文化ではなく、お客側も供給側に感謝の気持ちを持つものだ、互いに感謝の心を持ち思いやり合うものだ」という社会になれば、少しでも社会は生きやすい、幸福を感じやすい世の中になるんじゃないかと提言したのが元の文なのです。ただし、その手段は何も思いついていません。
ちなみに、互いに思いやりの気持ちを~~とか言うと、「ようは客が我慢することになるだけだろ」とか言う人いますが、我慢することと、優しい気持ちで余裕をもって接することは違います。
結局は、思いやりの心だとかモラルってのは、精神的な、将来的な、余裕がないと生まれないものだと思うので、まず経済状況を良くするとか、将来への不満を取り除くとかそういうことも先んじて重要だとも思うんです。
あるいは、格差を前提条件とするならば、階層別に生活圏を分けてしまえば、階層別に合ったサービスが生まれてきて合理化されるだろうし、そこで働くのも、その生活圏の人だから、階層生活圏ごとのコミュニティと生活圏ごとのモラルが作り出されるんじゃないかと思うんですね。
海外なんかでは、低階層の人達による低層モラル形成がうまくいっている地域もあるそうで(スラムとはまた違う)、そういった方向も視野に入れるべきなのかもしれない。
ちなみに、階層別生活圏、ってアイデアは私のものではなく、こちらのchikirinさんの格安生活圏というアイデアを参考にしたものです。(Chikirinの日記 - http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/)
最後になるけど、現実的な対応についての話と、理想論的な話がちょっとごっちゃになっていたので、整理をしつつまた長文を書かせて頂きました。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
最近の成果主義なのに退職金前提の終身雇用という矛盾した人事制度がほとんどの日本の企業って
そもそも大部分の人は出世できないようになってるような気がする。
同期入社100人に課長は5人、部長は1人、そんな比率だと思っといたほうが良い。
あ、この場合の出世って役職ゲットって意味ね。それと名ばかり管理職は無しって事で。
だって管理職の人数規制が強いもんね。会社からすれば高い労務費を払うだけの価値のある人しか出世させないって事。
マイペース型にも色々いると思うけれど、実務の遂行能力が高くてもマネージメント能力のない人がポストを得るのは難しいよ。
ということで出世できないと思ってライフプランを考えたほうがよいとおもわれ。
給料が上がるとか、発言力が上がるとか、会社を動かしてやるぜ、とかそういうことなのかね?
出世したところで劇的に高級取りになるわけでなし。
発言力が上がれば当然責任やら高い目標やらを背負わなきゃいけなくなるんで、それなりにしんどいと思うし。
会社を動かすぜってのは会社が社会にとって価値があることに同意できなきゃいけなくなるし。
マネージメント力、コミュニケーション力があればマイペースでもそこそこには出世できるんじゃないの?とも言えるし
どんなに個人が優れていても、相対的にもっと優れた(と評価者から評価された)人間がいればポストは埋まっちゃうから
望んでも手に入らないわけだよね。
会社の中で出世したいのってどういう意味やら価値やらなんだろうか、とか
会社ってそもそも誰のためのもんよ、とか
働くって自分にとって何のためよ、とか
人に認められるってどういうことか、とか
根源的な価値観をしっかりさせてから会社のことを考えるのが良いと思う。
理不尽なのが会社だからね。あ、社会も理不尽っちゃあ理不尽だけどね。
だらだら書いてスマン。
初増田。(←これの使い方も合ってるか自信が無い)
ウザイ肉親、いわゆる実家付近に住む兄や姉。此方も家族持ち。40にリーチぐらい。
ぶっちゃけると俺は年収1千万までいったので形式上は社会で成功してる。
(実際は名ばかり管理職でたいしたこと無い)
ウザイ肉親はまぁ300万ぐらいじゃね?知らないけど。
このウザイのが、冠婚葬祭やらなんやらに絡んでいちいちネチネチ嫌味を言ってくる。
いわく、社会人としてダメだとか。そんなことでは先が思いやられるとか。
明らかに社会人としてはこっちのほうがマシ。
こっちが思いやられる。それにウチのヨメイビリも加わる。
お前に心配されるまでもねーよ。関わってくるなよ。
多分、俺に対しての僻みや妬みもあるんだろうと思う。
あんまりかかわりたくないので儀礼的なやりとり以外していないが、それでも重箱の隅をつついてくる。
仕事の関係ならウザくて自分にメリットの無い奴とは距離を置けばいいが、肉親だと置けない。
本気でモメても得は無いので、儀礼的に折れておくと、ますます頭に乗る。
話し合いで解るほどは素直では無いので、ちゃんと対話が成り立たない。
世間ではこういうのどういう風にするんだろう?
追記
改行がはてな記法では特殊なのを知ったのでちょっといじりました。
あと、1コ1コに解答するのでなく、まとめて追記の方が一般的らしいので以下ここに書こうと思います。すまない。増田を読み始めたのは最近なのですまない。
ぶっちゃけ倒すと。
いきなり、お前が悪いんじゃないとか、言い出す人居るんでその辺断っとくと。
俺が悪くても悪くなくてもどうでも良くて「やだなと思ってる相手とどうやって距離をとるか。それが兄弟などの血縁の場合。」というのが命題です。
自分は親子仲良いし、ウザ肉は親子仲悪い(誰に対しても偉そうなので親も呆れている)ので、両親をほっぽってあるのは気がかかってる。(ピンピンしてるけど)両親さえよければ、実家から離れるが此方で一緒に住むのもありだしヨメも同意してる。
この辺の個人情報は、上記の命題に対して意味を成さないし、特例っぽいのであえて出さなかったんだけど、書けば書いたで話がヘンな方向に行くし、書かなければ書かなかったで、話が変な方向に行くしで難しい。
もう一度命題を書くと
「やだなと思ってる相手とどうやって距離をとるか。それが兄弟などの血縁の場合。」
です。
上手くやってる人居たら、是非教えてくれ。下さい。マジで。
これだと、自分は「年末年始だろうが生活苦しいなら働くだろう」側なんだろうな。
ということも関係してくるね。
そういった問題を解決しなければならないのは政治の責任だし、政治に出来ていないことを補完することも派遣村をやったNPOがしてもいいんじゃないかとも思った。
だから、できれば年末年始限定の仕事を紹介するような場所を、行政が用意すれば今回のように派遣村叩きや派遣村叩き叩きもなかったんじゃないかな。いや、そもそも派遣村自体なかったかもしれない。
けど、「年末年始くらい休むのが常識・働く仕事は選ばせろ!」という人たちがいるとするならば、例え年末年始版ハローワークがあったとしても派遣村はあっただろう。
そして、そういう人たちは残念ながら性根が腐ってるとか努力が足りないとか甘いとか言われてもしょうがないと思う。
大抵、そういった社会人に成りきれてない人は、そのへんの簡単な例えば飲食店のアルバイトですらすぐ逃げ出すんじゃないかな。
もしくは、他の同僚から「なんであの人あんなに仕事しないのに同じ給料なんだ!」って周りからの雰囲気や圧力で辞めさせられることになるとか。
例え能力の大して要らない仕事でも、そういう性根の部分で辞めさせられる、仕事が長続きしないってのは結構多いんじゃないかと思う。
そういった人が本当に居るならば、最低限の生活ができるセーフティネット以上の待遇が与えられるのは、一般の社会人からすると納得できないだろう。
そして、さらに「派遣切りとか、自分が落ちぶれたことは社会のせいだ、政治のせいだ」だなんてデモされたら、さらに納得できないだろうね。
あくまでも努力できない人の場合だけども。そもそも、努力できる社会人な元派遣労働者ならば、そういう責任をすべて政治のせいにはせず、年末までになんらかの準備をしていたんだろうし派遣村にいなかったとも思う。
外的要因で落ちぶれてしまったけど働きたい、生活のために働きたいって人も、とりあえず仕事ができれば多少給料低くても、多少辛くても働きたいってなら、人手が足りてない業界でいくらでも就職できると思う。
だから、そういう本当に人手が足りてない業界と働きたい人を結びつける仕組みがまず大事だろう。
人手が足りてない業界がある→そういう業界はブラック企業だからそういう企業で働け、というのはどうか。という論調は、実際に今そういう企業で働いている人たちへの侮辱のようにも思える。もちろん、ブラックを擁護する気は毛頭無い。前述した飲食業なんかの名ばかり管理職なんかはあり得ない。
そういった所で働く能力がないのならば、そういった能力を教える仕組みが必要だ。
しかし、性根の部分とかで社会人に成りきれていない人には、そういうシステムじゃなくて、「働く」ということはどういうことかを教える仕組みが必要だ。
ただ、若い人ならまだしも、40、50超えた人を矯正するのは困難だ。金も時間もかかる。高いコストがかかる。
結局、社会人に成りきれていない大人たちを矯正するのは難しい。むしろ、無理なんじゃないか。人間って40、50歳超えてもそういう性根って変わるもんなの?(心理学とかわかるひと教えてください。)
こういう言い方すると差別だとか、弱者いじめだ、とか言われそうだけど、ある意味そういう性根が腐っているというのは、精神病だったり障害と同じようなもんだと思う。仕事とかの生産性も同じくらいじゃないかしら。(障害者差別をしているわけでも、したいわけでもないです。そこはわかってください。)
で、生まれもって障害を持つ人や途中で発症した人を保護する政策は誰も文句言わないし、むしろそういう社会を作りたいと思っているんだと思う。
だけど、30年40年50年という人生において、そういった性根になった人たちにに、多くの税金を投入してもいいか、と言われると多くの人はイヤだと言う、と。
と、こんなこと書いてきたけど、すべて「努力する気がないって人がいて、そういう人が派遣村に(一部だとしても)いた」という仮定の話が前提にあります。
で、そういう仮定だった場合の状況を想像している話です。
「努力する気がない人なんていない」っていう耽美的な事言われたらそれまでのエントリ。
個人的には、そういう人は結構居るんだと思う。
そして、そういう人が生まれてしまったのは=「社会が悪い」という責任転嫁じゃなく、その人自身の責任も半分くらいはあるんじゃないかなーと思う。
まあ結局何が言いたいのかよくわからんエントリになってしまったな。
どこへ載せたら良いか教えて頂けないでしょうか?
お願いします。
関連情報 アズ設計は違う。
tp://ntthotel-manila.com/ntthotel_toiawase.html
高見は馬のとことtp://www.ipr.ne.jp/~kousoku/
ここで名誉会長やってるよ
(息子はいろんなとこに名前出てる)
使ってた。
訴えないからいい気になってる。セクハラなんかもあったが
人間だと思うが少し問題もあるから。
藤田は一部しか知らないし提出した不正見積書なら今すぐ出せる。
県議会の野党議員と言っても関わってる人間(高見)が大きいから
難しいのでは?
わからない?
話題になって消される問題無くなれば関係書類も出るだろうけど
まだ難しいのかな?
何が言いたいのかよくわからないけど、あなたがそれでいいと思ってるならそれでいいんじゃないの?
あなたもその友人も、自分の行きたい道を歩んでいるだけ。それに不満はお互いないんでしょ。だったらそれ以上何も言う必要ないじゃない。
それとも、あなたは自分の努力を褒めてもらいたいわけ?言っておくけどそれは期待はずれだよ。世の中はあなたのためにある訳じゃないから。
彼が学生身分を謳歌して旅行を重ね、或いは遊び呆けていた時、私はビジネス系のセミナーに通ったり、インターンをしていた。卒業寸前の3月も続けていたので海外なんてとても行けたものではなかった。
それはご苦労なことだが、それを「すごいな」とか「偉いな」とか「自分も見習いたい」って思う人はそういないと思うよ。かく言う俺も、「あー、そうなの、頑張ってね」ぐらいしか思わない。
俺の乏しい経験からすると、そういう自己啓発系の活動が仕事で実を結んで当然ということは全くあり得ない。そういうのが合う人もいるのかもしれない。でも、合わない人もいる。人によっては、そういうセミナーに行くことよりも、旅行を重ね「遊び呆ける」ことのほうが仕事のスキル向上に有益であることさえある。たとえば、暇があれば本にかじりついてるタイプの人間が営業職なんかに就いた場合はそうだ。そういう人間がビジネス系のセミナーなんかに行くのは有害でさえある。人が相手の仕事まで、「お勉強」でクリアできてしまうと思ったりするからだ。逆に、メーカーの研究所なんかに勤めてる人間は、「自己啓発だのなんだのと下らんことに時間を使ってる暇があったら勉強でもしろ」と考えるのもごく当然。
セクショナリズムや名ばかり管理職などの大企業病や100人以上いる同期を目の当たりにして、出世できるのか不安なのではないかと。
悪いけど、そういう本の聞きかじり知識で偉そうに言う奴ほど役に立たないよ。もしそんな奴がコンサルだったら全く使えないと考える。確かに大企業にはそういう病理もあるところにはあるが、ないところにはない。だいたい、入社当初から「出世したい」なんて野望を持ってる奴ばかりではないよ、大企業は。田中耕一さんなんて、あの人は出世を自分から拒否してた人だぜ。表で祭り上げられちゃったから役員待遇になったけれど、そんなのは最初から期待してたことじゃないはず。
大企業の強みというのは、そういう風に「いろんな奴」がいて、いろんな生き方が許容されることなんだ。ベンチャーみたいに、野心に燃える粒ぞろいの精鋭を抱えている組織とは全然違う。組織の目標自体が違うんだ。だから、君の価値観でその友人を割り切ることはかなり無意味。
将来を悲観視していて、その箇所を突かれて怒っちゃったのではないだろうか。
言っちゃ悪いけど、なんでそんなに傲慢なの?
その友達は大企業なんでしょ。確かにど派手な成功は望めないかもしれない。社長でも年収1億ない超有名企業なんて結構ざらだ。だけど普通の人間は、年収1000万を手に入れられれば大満足、1500万なら大金持ち、そう考えるものだぜ。そういう価値観の人間にとっては、普通の大企業はリスクとリターンが見合った環境なんだよ。君みたいに誰もがハイリターンを目指してハイリスクに賭けるのが正解ではない。価値観が違うんだから。君の価値観で全部を割り切っちゃいけないよ。
「つまんなくねぇよ。オマエな、人の仕事を馬鹿にすんじゃねぇよ。絶対良くない。自分が貰ってるからってな、いい気になってんじゃねぇよ。」
「あぁ、ごめん。確かに気悪くなるよね、ごめんね。」
大学を卒業して約3ヶ月、某大企業へ入社した友人の仕事を「つまんなそうだね。」と言ってしまったが為に叱られてしまった。
明らかに私は悪だ。言ったところで建設的な事は何一つない。誰も得をしない。だから素直に謝った。今でも反省している。
しかし私はなんとなく違和感を覚えている。
実は先の会話はもともと彼の仕掛けたもので、
私「30数万/月だけど。」
彼「はあっ?!何それ。お前絶対そんな仕事してねーべ。」
私「へぇ??、つまんなそうだね。」
というくだりがあるのである。
この場合、彼は私の仕事、というより私そのものを卑下している事にならないだろうか。
彼が学生身分を謳歌して旅行を重ね、或いは遊び呆けていた時、私はビジネス系のセミナーに通ったり、インターンをしていた。卒業寸前の3月も続けていたので海外なんてとても行けたものではなかった。お陰でITリテラシーやビジネス知識は彼に比べてかなり高い自信がある。先の不明瞭なベンチャー企業に入社し、上司に「自分で考えろ。」とタスクを丸投げされるような事もしばしばで、しょっちゅう頭から汗が噴き出ている。さらに毎日怒られる。折れそうになる時も多々あるが、自分で仕事をし、成長している自負がある。
私だって彼に物申しても良かったのではないだろうか。「俺はお前と違って自己投資してきたし、今だってリスク踏んでんだよ。給料上がる保証だってないんだよ。」と。
しかし実際怒りが込み上げなかったのは、仕事に対する姿勢や誇りの差異ではないだろうか、と思っている。
確かに私は彼の言う通り30数万/月貰えるような仕事はしていないかもしれないが、上記のように自信と誇りを持って前向きに取り組んでいる。だから人に何と言われようが気には留めない。
それに対し、彼は本当は自分の仕事をつまんないと思ってるのではないか、と私は疑っている。イメージの良い大企業に入ったものの、ダラダラ続く単純な研修が本当に実を結ぶのだろうかと。セクショナリズムや名ばかり管理職などの大企業病や100人以上いる同期を目の当たりにして、出世できるのか不安なのではないかと。(ちなみに私の同期は7人。こちらは皆優秀であるが故に焦っているところではあるのだが、それはまた別の話。)給料は本当に上がるのかと。
将来を悲観視していて、その箇所を突かれて怒っちゃったのではないだろうか。
先にも書いたが、人の仕事を馬鹿にしてメリットなど何一つないので、それは禁じ手。反面、ちょっと馬鹿にされた位でも怒らない自信と誇りは必要だと思う。
と夜の街に消えていった彼は仕事と闘っているのではなく、ストレスと闘っているように見えた。
この差、10年後はっきり表れると思っている。