はてなキーワード: 愛玩動物とは
猫を「愛玩動物」としてではなく「害獣」として見てる人は猫を虐待したり、殺すこととに躊躇いがない。
私の父や祖父など野良猫が家や庭に入り込んだりすると殺しはしないものの「このナグレが」と叫んで追い出す。
おかげさまで私の家族の顔を見ると近所の野良猫達は決して近づこうとしない。即逃げる。
犬みたいに番犬代わりになるわけでもなく役立たずな猫を保健所に持っていって殺すことで、兄へのストレスを発散したいようですが
(それが悪い事とは思いませんが)兄の目の前で猫をかごに入れて「父と一緒に保健所に持っていくから」と言わないと
後から処分したと聞かされたら凄い恨まれるぞ。下手したら殺されるかも。
私は8歳の頃、「イシ亀」を2年飼っていたのだが、ミドリ亀の病気がマスコミで報道されて私が病気になることを心配した母から
「川に放してきなさい」と命令されて、仕方なく父の車に乗って川へ捨てに向かった。父は川辺まで行くのを面倒くさがって
「下は川だから亀は高いところから落としても大丈夫」と私を騙して、私の手で亀を端の上から捨てさせた。
落ちた亀は浅瀬の石にぶつかって動かなくなった。家に帰って母に話すと、母は父が面倒臭がって川辺まで行かなかったことを
怒り、私は騙されたと知って父に殴りかかった。
動物の命を「虫けら」だと思っている人は大体そんな感じ。善悪の基準ではなくてそうできている。
婚約者がいます。私はその人のことが好きで、この人と結婚できなかったら一生独身でも構わないと思うほど愛しています。
婚約者も私のことが好きで、生活に金銭的余裕ができたら子供を作ろう、とお互いに話し合っています。具体的な金額や貯金方法なども、まだ夢物語程度ですが、話題に出てきています。
婚約者(以下恋人)とは長年連れ添った夫婦のようです。このまま二人で生活し、老いて死ぬ。これ以上の幸福はありません。
ただ一つだけ、厄介なことがあります。
私が子供に苦手意識を持っていることです。犬も猫も好きじゃありません。特に中学年以下の子供には嫌悪感さえあります。幼児連れの家族を見ると、心の中で舌打ちをするほどです。
犬猫に何万もかける飼い主は理解できません。生産性のないただの愛玩動物である畜生に、手術代金で15万円を払う人がいるそうですが、私はとてもそのような「金銭をいとわない愛情」を注ぐことはできません。
さすがに自分の子供には手術をさせると思いますが、もしそのような状況になったとき、私はどういう気持ちでお金を稼ぐのでしょうか。純粋に子供に生き残ってもらいたいからでしょうか。子供を見捨てる鬼と後ろ指を指されないためでしょうか。はたまた、周りの抗いようのない雰囲気からでしょうか。
私は他人に無関心すぎるのです。ゆえに、弱者も強者も自己も十把一絡げにし、同じ偏差値で考えてしまう。そうすると、自然と弱者を「どうでもいいもの」と考え、ついには「邪魔者」と捉えてしまいます。
弱者は効率が悪い機関です。私も弱者側です(だから同属嫌悪が発動するのだと認識しています)。子供のかわいさはわかりますが、奇声を発したり走り回ったりするのは不快です。この行為は人生経験の浅さゆえだと十二分に理解していますが、やはり「分別のある大人」と「さわがしい子供」という、本来天秤にかけることさえできないものを同一の目線で語ってしまうのです。
私はまだ子供です。身体も、考え方も、価値観も、まだなにも大人になりきれていません。ついさっきまでゲーセンで遊んでました。
こんな私が、人間の一生という、気の遠くなるような長い歳月の責任を、負うことができるのでしょうか。責任は歳月だけではありません。自分の子供が他人に及ぼす影響や、一緒に育てていく夫への負担の責任も負わなければなりません。もちろん、責任は家族と一緒に負うものです。しかし、割り振られた責任すら負いかねます。
産んだ人間にそんな末路をたどらせるなんて、私は怖くてできません。
子供の育て方・育ち方次第で、20年30年がいっぺんに「無駄なこと」になるのが、子育てです。そんなことに膨大な時間とお金をかけるなら、恋人と二人だけでずっと手を繋いでいたい。
恋人は、私と付き合う前から「安定した家庭を築いて子供を育てたい」と言っていました。私もそれは素晴らしいことで、もっともなことだと理解しています。世間の目にかないますし、親孝行にもなります。
当たり前のことができない。
「やればできる!」
できてしまうからこそ、こわい。
たとえば、犬を飼っている。
犬はいつもそばによってきてくれるし
ぐてーってリラックスしてる姿を見たらこっちもリラックスしてくるし
何でもない時に頬を舐めてくれたりすると、愛してくれてるのかななんておもったりする。
でも、餌を与えた時の食欲、ガッツキ方を見るとすごく不安になる。
この犬は俺のこと餌くれる人としか認識してないんじゃないだろうか、なんて風に。
そばに寄るのはたまに飯くれるからで、ぐてーってしてるのはお腹が減ってないだけで
頬を舐めるのは空腹のアピールなんじゃないだろうか、なんて風に。
被害妄想って思うかもしれないけど、実際確かめる術がないじゃない。
本当にそうおもってるかもしれない。
実際、俺は餌や散歩意外にこの犬に好かれるような事が出来ているのか分からない。
プラッシングやいいこいいこなんかはしたりするけど、本当は嫌がってるのかもしれない。
人間相手なら、嫌かどうか問いただして、
嫌ならば改善、最悪関係を絶ち切って生活することもできる。
でも、犬と飼主にそんなことは出来ない。
まず会話が出来ないし、
捨てる、他の飼い主のところへ行く、なんて、犬にそんな選択肢も主張権も無い訳で。
だから、この不安は解消されることが無いのだと思う。
せいぜい、好かれる努力だけしてみるつもりだ。
この問題が人間相手じゃなくて良かった。
いつか不満が爆発して大げんかして別れて嫌な思いすることは、犬に限ってはない。
どうあがいたって、この犬が俺を裏切ることは出来ない。
暴れたり、逃げだす事は出来るだろうけど
それでも自殺したくなるほど、心に傷を負うような事は、言わない。
言わないし言えない、犬だから。
愛されてないのかもという不安さえ目をつむれば、
決して俺を裏切らない愛玩動物だ。
「捨てるなら保健所にもっていった方がいいですよ・・・猫にとっても」
「殺すなんて残酷じゃない!」
残酷という言葉を口にしながら女は飼っていた猫をあっさりと捨てた。肌寒い初秋の山の中に。
産まれてからずっと人間に飼われていた猫が野生に放り出されて生きていけるわけないのに。
「だって引っ越すんだもの。しょうがないじゃない?」
女の目の端には涙が浮かんでいた。
山中に唐突に捨てられた猫はかつての飼い主を見ている。
いや、猫にとっては今もなお飼い主のままなんだろうが。
女は手を小さく振りながら鼻をすすった。「バイバイ・・・」
謝罪に何の意味があるというのか。謝るぐらいなら最期まで面倒をみるか、保健所に連れていけばいいのに。
きっと、その両方が嫌になったのだろう。それが本音に違いない。
女は車に戻った。背後で猫が鳴いた。
「早く乗りなよ」 女は俺にそう促したが、俺は「いやいいです。歩いて帰ります」と言った。
女は怪訝そうな顔をしていたが、結局車を走らせて去った。
女は引っ越すから猫を捨てると言っていた。引越し先がペット禁止の建物なのかと言えば、そうじゃない。
何故なら女の運転する車の後部座席には室内用の小型の犬が乗っているからだ。
つまりそういう事なのだ。欲しくなったら気軽に何も考えずに購入し、飽きたら捨てる。愛玩動物とはよく言ったものだ。
無知なる愛誤の認識なんて所詮その程度。残酷だから保健所に連れて行かないとか、片腹痛い。
これから冬を迎える山の中に捨てられた猫がどんなに残酷な末路を迎えるかあの女は少しでも想像できるのだろうか?
女は知らないだろう。野良猫の最期の惨めさなど。そんな野良猫を捕らえては楽しく虐待する人間が居る事など。
哀れな猫を抱き上げる。腕の中が小さな命が発する体温で暖かくなった。
人間に慣れきった猫は媚びるように鳴いた。
捨てる神あれば、拾う神あり。
そうある意味、命を自在に弄ぶ神に等しいのかもしれない。猫にとって人間は。
生かすのも、殺すのも。飼うのも、虐げるのも。
家路を辿りながら、頭の中で猫をどんな風にしてやろうかと考える。
せめて寒さとは縁遠い、暖かさの中で死なせてやろうと思った。
赤の他人と同居して、他人を理解して、受け入れて、生活していく。
間違いなく大変。でも、その困難を知って乗り越えてこそ一人前だと思うんだよ。
こんなもん結婚(というか人生)の大変さのごく一部でしかないだろ。
いい歳こいてこの程度の精神年齢ってことだから、せっせと容姿を磨いて(若いうちに)、女を愛玩動物として一生飼ってくれるような金持ち男を捕まえるしかないと思うけど、そんな男捕まえられるほどのスペックではなさそうだから難しいかもなあ。(男の)頭の方を妥協して、金だけはあるけど頭がイマイチなボンボンみたいなのを狙うといいかもな。
http://b.hatena.ne.jp/entry/h.hatena.ne.jp/umevoshi/9234073158546346500
okome_chan ていうかそもそも、「いる」とか「いらない」って言葉で人間を語れること、そこに何の疑問も挟まないことが嫌だ。女を、というより、「他人」を何だと思ってるの?と思う。愛玩動物にだってそんな言葉使わないよ。 2009/11/06
またまたご冗談を。「愛玩動物」を扱うペットショップに客が足を運ぶのはペットが「いる」からであり、ペットを買った後に足を運ばなくなるのはもう「いらない」からだ。かりに「そんな言葉使わない」としても、実質は使っているのと変わらないわけでねえ。
でだ、人間に対しても「いる」「いらない」の判断があるのは当たり前だわな。例えば入社試験はそれを行なうことそのものだし、結婚式に知人全てを呼ぶことはない。誰かが心の底から思い出を綴り、気持ちを切々と書いた本があるとしよう。本の形になった「人生」や「人間の精神」に対しては、さあ、どうか? これにも「いる」「いらない」の判断はされて何の問題もない。
え? 本は「単なる物」だって? じゃあそういう本を、書いた人間の前で破り捨てられるか? 普通はそういうことはできないだろ。それはもちろん、その本はあきらかに「単なる物」ではないからだ。「単なる物」も、「単なる物では無い物」も、動物も、人間も、「いる」「いらない」の判断をされて何の問題もない。
ただしだからといって、「いる」「いらない」の判断をすることと、理不尽に扱うこととはぜんぜん違う。よほどのバカでない限り分かるはずだな。ペットを「いらない」ということは、ペットをぶち殺したりすることや(人に飼われて)生活力のないペットを野に放り出すこととはぜんぜん違う。人間に対しても同じだ。「いらない」とすることは殺すことや理不尽な仕打ちをすることと同義じゃあない。
元の流れで言えば、「ラブプラスがあるから女はいらない」というのは、これを真に受けたとしてもせいぜい「ラブプラスがあるから(恋愛をする相手としては/恋愛を味わう対象としては)女はいらない」というだけのことに過ぎないだろ? 隣人として、友人として、職業人として、一人間存在として女がいらない、存在を認めない、というのとはぜんぜん違うはずだ(まあ「隣人として、友人として、職業人として、一人間存在として女である『必要』はない」くらいは言うかも知れんけどな。それはそれで、言ってみれば「男でも女でもどっちでもいい」みたいなもんだから、これはまったく男女平等だ)。にもかかわらず、ここにある区別をごっちゃにして「人権も自由も何もかもなくなる」だの「何をされても訴えもできない」だのいうのはただの妄想でしかない。というか、恋愛的価値=人間として存在する価値、とでも思ってんじゃあなければそんな発想そのものが出てこないはずなんだが。
なにかを過剰に「見積もる」ことがいい状態につながるとはとても思えない。それが実現可能なら、どう見積もろうと勝手にすりゃあいい。だが、実現できない過剰な「見積もり」を叫んだってどうもなるわけがねえ。それを人に押し付けたりするようならなおのことだ。「いる」「いらない」の判断を、人に対してしないなんて本当に徹底できるのかね?
俺は現在大学2年生だが、1年のころからサークルの女の子たちから、かわいいと言われてきた。
さらに、俺を一番気に入ってくれているのはサークル内で一番かわいい女の子(もっともその子には他に彼氏がいたが)で、飲み会の時はだいたい隣の席に座り、話をしながら頭をなでられたりしてた。他の男達からの視線が痛かったが、軽い優越感と、もしかしたら将来その子とつき合えるかも、という考えから、いい気分になっていた。
ここまでだと人から羨ましがられるような状況だと自分でも思うのだが、俺の悩みは、俺が女の子と話すとき、女の子たちは決まって猫なで声なのだ。ペットに話しかける時の飼い主の声、というのがしっくりくると自分でも思う。そう考えると自分は彼女らにとって愛玩動物か何かなのではないか、という気がしてくる。飼い主たちは俺のどうでもいい言動にいちいちかわいいかわいいと反応し、頭をなでているのだ。
彼女らにとって自分は男でも人間でもないのではないかという気になる。しかも俺はイケメンではない。ただ単に、かわいいものならなんでもいいのではないだろうか。かわいいもので飽和状態になっている今の世の中、俺はアニメキャラか何かのように代替可能なモノになっているんじゃないか?
そういう事を考えてから、サークルの男子たちを見てみると、みんななにか売りというか、自分の魅力をもっているように感じる。お洒落で頭がいい奴だとか、地味だけど面白い事が言える奴とか、バイトをバリバリやって稼いでいる奴とか、すごくサークル内で人望がある奴とか・・・・。まあ隣の芝生が青いだけなのかもしれないが、俺もなにか人間としての魅力が欲しい。
誰かに相談もしたいけど、サークル内では女の子とばかり話してたせいで男子とあまり仲良くない。その事のせいで、俺は代替されるのが余計に怖い。
いやよく知らないんだけどさ
このテの作品に明るい作風のものが割と増えてきたように思うのですよ、pixivなんかを見てるとね。
それをあんなに大っぴらに求め合うのが普通かのように描きたくる創作家はけしからんわな。
・ヘテロセクシュアルの男性に比べてホモセクシュアルの男性の自殺率は六倍!
http://www.gaylife.co.jp/news/533.html
とのような話もあるように、本来救いようのないくらい暗い世界観が厳然と現前しているのを、描き手は理解するべきだと思うなー。
まあ俺が言いたいのはアレだ、ちょっとはネタにされてる側の気持ちも考えて見ろよ腐女子共ってこった。
もっと高度なステップに上がるべき時が来てると思うよ。
こんなの女の種類によるだろ。
男の愛玩動物になりたい派の女だったらそりゃ愛想つかされるだろうし、
過剰なフェミ女だったら割り勘にしないとキーキー言い出すだろうし。
子育ては趣味じゃないと言うけれど、じゃあいったい何なのだろうね
パッと思いつく点を挙げてみました
子育ては趣味──┬──社会派────┬── 少子化なので子供を作って社会に貢献するよ(社会貢献派) │ ├── 子供がいると頑張れるよ(モチベーション派) │ ├── 子供から学ぶことも多いよ(自己成長派) │ ├── 幸せで充実した人生が送れるよ(人生充実派) │ ├── 自分の代で増田家を終わらせることはできないよ(責任派) │ └── 親に孫の顔を見せることができるよ(親孝行派) │ ├──労働力派───┬── 将来働いて親を助けてくれるよ(子供は労働力派) │ └── 老後の面倒を見てくれるよ(社会保障派) │ ├──愛玩動物派──┬── 子供は可愛いよ(子供かわいいよ子供派) │ └── 子供は天使で宝物だよ(天からの贈り物派) │ ├──動物派────┬── 意図せずできちゃったよ(とりあえず育てる派) | └── 生まれたからには子孫を残したいよ(DNA派) │ └──無責任派────── 子供をもってみればわかるよ
人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて
おごかましいとは思わんかね
本間丈太郎の言葉なんだけど、上の図を見る限り親ってほんと身勝手だよね
子供は産まれたいとも思っていないのに、勝手に作っちゃって空気読めと思う
どうぞご利用ください
女の方は男ばっかり「処女厨」とか「癒し系とか天然に騙される」とかいってバカにしてくださるけど(※)「乙男」とか「草食系男子」みたいに、「性的にガツガツしてない男」のような都合のいいものを想像してるあたり、女だってたいがいひどいと思わないか?
http://anond.hatelabo.jp/20081221002720
自分で自分のことを「草食系」と自認している人は初めて見たが、なんだか本当に情けない。自分も男だけど、もし女だったら、そんな「他人任せ」の男は不安でしょうがないと思うがなぁ。なんかもっと、こう、「執着心」とか「独占欲」みたいなものはないのかね。繰り返しになるけれど、いざ恋人になれたとしても、自分をものすごく大事にしてくれそうな気がしない。好みにケチをつけて悪いが、そんな男が理想なのか?「恋愛ごっこ」「バレンタインデーごっこ」ならともかく、本当の恋愛の相手がそれで満足できるのか?
男は男で、普通の男だったら、好きになったものがあったら、しがみついたり、自分から追っかけて手に入れようとするもんだろ?本当にそういう感情がないのか?それって男としてというより人間としてどうなのよ?
肉食のケダモノであるという点では、他の元気の良い狼達となんら変わらない。単に、“狩りが出来ないから”“肉の歯ごたえに負けてしまうほど、牙がだめになっているから”そうみえるだけであって、彼らとて、したたるようなステーキが上げ膳据え膳で出されれば、大喜びでくらいつく
(中略)
ステーキのフルコースが上げ膳据え膳で出てくるのが「正しい社会」と主張している人もあるようが、勿論、そういうのは、飢えた狼たちの願望が作り出した、蜃気楼といわざるを得ない。
「危ない獣」よりも「飼いならされた愛玩動物」を所望する女性がどうやら増えているようなので、そういった女性達のおめがねに適うかもしれないという、ちょっとした希望に賭けてみる線もある
を地で行ってる感じ。というより、そういう女性が自分のもとにあらわれてくれ、という哀願がにじみ出てる印象。まさしく「逆白馬の王子様」待ちというか、「逆シンデレラシンドローム」というべきか。ママの教育がいきとどきすぎて、考え方も女性の妄想に近くなっているんだろうか。そんな女性的な男は、彼女からしたら「恋人」というより「友達」か「着せ替え人形」の扱いなんじゃないのか?増田は「そういう女性に飼われることを本気で喜んでいる」みたいなので幸せなのかもしれないが、それを周りに薦めるのはどうかと思う、かなり本気で。
なにより女性側はそれでいいのか?というのが気になる。男女関係を「ペット」みたいな形で描いている少女マンガがドラマ化した時は、こんなん需要あるんかい、とびっくりしたものだ(※2)。もしかしたら最近は、そういう願望って結構あるんだろうか。女性の方は「乙男」とか「草食系男子」のような「友情」程度の関係を希望して、そのあとは「ペット化」をご希望ですか。そんなに男が怖いんだろうか。もっとドロドロギラギラしたところを受け入れていこうぜ、とか他人ごとながら思う。
とまあ、「草食系男子」って言葉にすごく嫌悪感があるので、つい過剰に反応してしまった。スマン。増田を批判するつもりはない。君はまぁなんというか、幸せにな。
バカはお前だ。いまさらのこのこ出てきて何言ってんだこのカス。
いつも人の影に隠れて意味のないコメントしか書けない恥知らずが。
普通の人にDQNといわれるのは構わんが、お前のような阿呆から言われるのだけは御免こうむるわ。
というか、heartlessなついでに頭レスなクズが、何人様に対して偉そうにしてるわけ?
白クマに粘着するしか能がない、ろくに自分の主張も書けない人間以下の分際で
他の人間と同じようにはてブでコメントする権利があると思うなよ。
(※)ちなみに、だまされているわけじゃないから。わかってて、そのお約束を楽しんでるだけだから
(※2)トラバからするに、どうもそういう話ではないみたいです。指摘してくださった方、ご親切にどうも。「きみはペット」と「乙男」は読んどくね。少女マンガにわかでごめんね。
「ひなみ」は女性なのかという「かんなぎ」のあの問題なみにきもい問題。
そもそも「ひなみ」とは何か?ニコニコ動画の一部でWiiマリオカートでネットで対戦し、その動画をアップロードするのが流行っている。この局所的ブームを引き起こしたのは「囲炉裏」というユーザーである。彼の動画はこのあたりを参照。彼がネット対戦マリオカートの実況をアップロードしてから、局所的ブームが発生した。ネット対戦は彼とフレンド登録をした者の間で行われるのだが、その一人が「ひなみ」である。ここまでの記述で、もしかしたら「ひなみ」とはマリオカートがうまい人であり、尊敬されているプレイヤーだと思う人もいるかもしれない。その考えは間違いだ。「ひなみ」はマリオカートが下手なプレイヤーなのである。「ひなみ」はほとんど対戦でビリをとる。ニコニコ動画においてゲームのプレイ動画では一般的にうまい人が好まれる。ニコニコ動画におけるマリオカートの局所的ブームにおいてもうまい人がいて、ネタになっている。「ジャガイモ」というプレイヤーで、「炭水化物」と書いて「たんすいばけもの」と呼ばれ、冗談半分に賞賛されている。それから類推すると下手な「ひなみ」は馬鹿にされるか、無視されていると考えることができる。しかし逆で、人気があるのだ。その証拠にニコニコ大百科に「ひなみ」の項目があり、そこでは
とされている。「ひなみ」はなぜか人気者である。「ひなみ」の人気を個人的に考えると一種の庇護欲がそそられるからだろう。あまりにビリばかりなので、かわいそうになって応援したくなってしまうのである。「ひなみ」は一種の愛玩動物、「萌えキャラ」になったのだ。
ではなぜ「ひなみ」が女性なのかということが問題なのか。男が多いからだ。「ひなみ」はいってみれば愛玩動物である。だから男からすると男ではなく女性であってほしかった。男に庇護欲を感じていたとすると、正直に言って気持ち悪い。この考え方には同性愛者に対する差別意識と女性を庇護対象とする女性蔑視があるのは事実であり、否定できない。しかしやはり事実なのか、「ひなみ」が話題になると「男だろ」というような煽りがあった。煽っている人間もこの考えが理解できているのである。
しかしこの問題について今日結論が得られる。「ひなみ」が動画をアップロードしたのだ→「【ひなみ視点】マリオカートWii 囲炉裏組の愉快な仲間達 Part1」。これをみれば女性なのかはっきりする。
でも俺は男だったときがいやなので、あまり見たくない。つくづくきもい人間である。
ひさしぶりにid:hashigotanの日記を読んだら、こういう記事があった。
http://d.hatena.ne.jp/hashigotan/20080704/p1
■[クマ]…
最近飼い主さんのおうちに遊びに来るおじさんは、ボクのかぶっている水玉帽子を見てこういいました。
「なんだこいつ。パンツ被ってるのか」
ボクは深く傷つきました。
ボクはたいへんな事実を知ってしまいました。飼い主さんがねこを飼いたいといっているのです。ボクというものがありながらボクに見知らぬおじさんの名前をつけてボクのこころをもてあそぶだけにあきたらず今度はねこを飼いたいといっているのです。
ねこがもしこの部屋にやってきたらボクはねこにおもちゃにされて滅茶苦茶に引き裂かれてしまうかもしれません。ねこは残酷です。ボクがやめてくれと叫んでもねこは止めてくれないでしょう。ボクは自分の意思では動けないのでねこと戦うことはできません。
飼い主さんにかわいがられるボクに嫉妬したねこは、飼い主さんが留守のあいだにボクの体をにゃーにゃーと滅茶苦茶に引き裂いてしまうかもしれません。ボクは動けないので内心激怒していてもねこと戦うことができません。
……。
単刀直入にいう。
なぜならば、過去に更新していたブログの中にこういうものがあった。
以下引用
http://heartbreaking.web.fc2.com/funamushi2/me/2006/1125.html
2006-11-25 14:51:28 俺の話
白いハムスターのメスを2匹飼っている。そのメス同士は、つい最近までは仲良くくっついていたのだが、この間から突然血みどろのケンカをしはじめたので、あわてて2匹を別々の水槽に隔離した。
小さい子は、足から血をだらだら流し、腹も赤くただれていた。俺が気付くのが遅ければ、小さい子は内臓を食い破られて死亡していたかもしれない。
思えば… メス同士だというのに、彼女達はいつも変態行為をしていた。大きい子が、小さい子の生殖器に鼻や口をつけるので、小さい子は鳴きながらじたばたもがき、肛門からうんこを出し、尿も飛ばしながら抵抗していた。体中をびくびくと痙攣させながら、なすがまま生殖器を犯されている小さい子を見ながら、自分の幼少期の性的虐待を思い出して微妙な気分になったものだ。でもそれを見て楽しんでいる俺が居たのも事実であり、俺は自分の中で守り続けた何かが少しずつ崩壊してゆくのを感じる毎日を送っていた。…たかがハムスターに。
小さい子は、目の周りにびっしりとまつ毛が生えていてとても愛らしい顔をしている。目をうるませながら、俺の手に縋りついてくる弱さだ。そんな愛らしさの一体どこに、あのような色気を隠し持っているというのか… 俺は毎日、大きい子に生殖器をまさぐられ鳴いている小さい子の嬌態を見るのを密かな楽しみにしていた。
大きい子は、まつ毛がほとんど無く、いつもムッスリとした顔だ。いつも俺の手に噛み付こうとする。そのとき俺の頭に、どんよりとした悪魔的思考が渦を巻きはじめた。
コイツ… イラナイ…
俺は空き箱を探し始めた。小さな空き箱を。その中に、じたばたもがく大きい子を詰め込んで蓋をしてガムテープで封印した。お前は、乱暴者だからこの中でしばらく独房生活だよ…
箱の中で大きい子が暴れる音がする。
俺は、ガタガタ揺れる箱を見ながら、ふふ…と笑っていた。
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俺は昔、ロボハムのオスを二匹飼っていたのだが、ある日突然その二匹がケンカをし、俺が気付いた時には小さい方のロボハムは背中からごっそり肉をかじりとられ1/3程度の肉の塊と化していた。その隣で、生き残ったほうの大きなロボハムは口をもぐもぐと動かしていた。どうやらその口の中に、食べられて絶命した子の肉が入っているらしい。
やはり畜生だな…
俺は興ざめして、その生き残っているロボハムを近くの山に捨てに行った。そこは野良猫がたくさん出る危険な山だったが、俺はもうこんな恐ろしいロボハムなど見たくはなかったので、バイクに乗って山へ爆走し、箱に閉じ込めたまま山の茂みに投げ捨てて脇目もふらずに帰ってきたのだった。俺はその事については、今でも罪悪感など微塵も感じてはいない。
それでも俺は、平気な面して新しいハムスターを可愛がっている。人間なんて都合のいい生き物だ。ハムスターなんて、500円以下でいくらでも売ってる。代わりはいくらでも居るんだ。
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そして、現在飼っているハムスターの大きい子の独房生活は三日を過ぎた。
大きい子にとっては地獄の日々だったに違いない。小さな箱がガタガタ揺れなくなって、しーん…としているので俺はさすがに心配になった。3日間、独房生活をさせていた、その箱を開けてみると、中からツーンと目をさすようなアンモニア臭がした。うっ!となったが、自分の垂れ流した糞尿にまみれながら、泣きそうな顔をしてボロボロになっている大きい子が、まだ生きていた。
俺もさすがに良心が痛んで、申し訳なく思い、広いプラスチック容器の中に移してやった。
三日間の独房生活で、大きい子はかなり老け込んでいた。背骨が突き出している。背中の丸くなっているお婆さんみたいな体系だ。二本足で立ち上がってもバランスが上手く取れないらしく、背中から転んで 壁に何度も頭を打ちつけている。
コン、コン、と頭を打つ、乾いた音が聞こえる。
それでも俺は、背中から転んで頭をコンコン打ち付けている大きい子を見ながら、ふふふ… と笑っているもう一人の自分に気付いていた。それでも俺は、飼い主の面をして、エサをやるんだ。欠陥だらけの愛玩動物ほど、見てて飽きないものはない。
暗闇の中で糞尿まみれで三日間過ごしただけで、平行感覚にまで異常をきたしてしまったらしい。…これが人間ならばどうかな。そうだな、幼児虐待をするような犯罪者は真っ暗な狭い独房に閉じ込めて糞尿垂れ流しで監禁生活を送らせればいいだろう。そして頃合をみて、独房からそいつを出して、皆の前で見世物にすればいい。勿論そいつの親族や配偶者も全部呼びつけてな。俺だってカエルみたいに股を開いて好き放題扱われたんだ、お前だってもっと惨めで哀れな気持ちってのを味わってみろよ。
俺はハムスターが好きだ。安いし、犬みたいにうるさくないし、死体の処理も手間がかからない。これからもハムスターをとっかえひっかえ飼ってゆくつもりだ。
どんな人間にも、天使の面と、悪魔の面がある。俺はそれを語ったに過ぎない。所詮、ネズミだがな。
この時のブログにたびたび登場していたハムスターはこの日のエントリを最後に存在すら書かれなくなった。
それが何を意味するのか推測するしか私はできない。
今は男とうまくいっているから可愛がれるかもしれない。
しかし、男に猫が噛み付いたら?男が猫をうとましがったら?男が変わってその男が猫アレルギーだったら?