なろう版(同一内容):https://ncode.syosetu.com/n0012dq/
「おはよう」
水曜日の朝、母さんはいつものように、リビングでコーヒーを飲んでいた。
「もう朝ごはん食べる?」
「うん」
母さんはお皿にフレンチトーストを2枚載せて、テーブルに持ってきてくれた。
「あのさ」
「ん?」
「やっぱり、ただの夢だったみたいだ」
「夢って、上履き隠しの?」
「うん。昨日、犯人がわかったんだ」
「そう、良かったわね」
今にして思えば、狐につままれたような気分だ。
俺は家を出て、学校へ向かった。
いつもより少し早く着いたけど、こんな時間でも、校庭では縄跳びをして遊んでいる奴が何人かいる。
東校舎の玄関の下駄箱は、男女別にあいうえお順に並べられている。こんな早くから教室にきている奴も結構いるんだと、収まっている運動靴の多さでわかる。
俺はプーマの運動靴を脱いで、下駄箱にいつも通り収まっている上履きに履き替えた。
ぼーっとしている奴もいれば、最近おはスタで放送が始まった『デュエル・マスターズ』の話をしている奴もいる。
タカヒロはまだ来ていないみたいだった。
「あ、ケン君」
ユカだ。
「あ、もう知ってたんだ。良かった。でも、大変だったね」
すごく大変だった。
「アヤちゃんに謝ってもらわなくていいの?」
「いや、もういいよ。早く忘れたい」
俺は本心でそう言ったけど、ユカは怒っているようだ。
その時、
「おはよー」
その声を聞いて、ユカが叫ぶ。
「アヤちゃん! こっち来て!」
良いって言ってるのに。
「なに?」
「『なに?』じゃないじゃん。 アヤちゃんのせいでケン君がどれだけ……」
「ごめん」
アヤネが呟いたから振り向くと、やはりいつものように、まっすぐ俺の目を見ていた。
「もう、良いよ。名乗り出てくれて助かったよ」
あれはそれなりに勇気が要っただろうと俺は思っていた。あの時アヤネがああやって叫んでくれなかったら、俺は今でも自分を責めていたかもしれないし、クラス中から変態だと思われていたかもしれないんだ。
「良かったね、ケン君優しくて」
タッタッタッ
「はぁ、はぁ、はぁ」
タカヒロだ。
「ケンジ、僕さ」
「よお」
「悪かった。昨日、あんな言い方して」
「ああ、あれはもう」
「違うんだ。僕は、本気でケンジが変態だと思ってたんじゃなくて……」
当たり前だろ。なに言ってるんだ。
「でも、誰もお前のこと疑ってなかっただろ」
「それがさ……」
そう言ってタカヒロは、アヤネに目を遣る。
「アヤネ、あの時、密告用紙になんて書いた?」
『密告用紙』……? なんのことだろう。
それを聞いたアヤネは一瞬驚いたようにした後、「耳貸して」と呟いて、タカヒロの耳元で囁いた。
タカヒロが同じようにして囁き返す。
アヤネはタカヒロの右手を彼女の左手で取って、彼の掌に人差し指で字を書いているようだった。
「あぁ、やっぱり」
「昨日、親に連絡網見せてもらって、ヒロミの漢字確認してさ、『もしかしてこれか』って……やっぱりそうだった」
「ケンジ、あのさ、僕の名前の『弘』って言う字、『弓』にカタカナの『ム』なんだけどさ、あれヒロミの『ヒロ』と同じなんだ」
混乱する俺の耳元に、アヤネが筒を作るようにして両手を置いて、筒の反対側から俺の耳に声を吹き込んだ。
「おとといケンジ君が休んでた時、先生が密告用紙配ったの。それで、私がその、ヒロミの名前を書いちゃったから、その『弘』の字をタカヒロ君が見ちゃったんだって」
「お前、そんなことであんなに慌ててたのかよ。マジダッセーな」
「け、ケンジだって、あんなに取り乱して、お前自分がやったと思い込んでただろ」
言われてみれば、お互い様だった。
放課後、俺はいつも通り、タカヒロと一緒に駅の側道を歩いた。じつに8日ぶりの『いつも通り』だった。
『こちらは世田谷区役所です。光化学スモッグについてお知らせします。ただいま光化学スモッグ注意報が発令されました。外出や屋外での運動、お急ぎでない方の自転車の運転は———』
その瞬間、頭の中でなにかが弾けた。先週の水曜日、9月8日も、俺はこの放送を聞いていたんだ。あの日は注意報が出ていたから、誰も外でドッジボールなんてやってなかった。遊びたい奴は体育館に行ったけど、俺は気分が乗らなくて、こいつと教室に残ってぼけっとしてたんだった。俺は下駄箱にも行っていないし、水槽にも、校庭にも行かなかったんだ。
「……よし、やろう。久しぶりに!」
「ピアノは?」
「光化学スモッグ注意報出てたら、休みなさいってどうせ言うからさ、うちの親。外で運動するわけじゃないのにね」
「は? エディットキャラありでやろうぜ」
「んー、じゃあ両方やろうぜ。合計勝ち数で勝負な」
「なんでもいいよ、僕が勝つから」
「うっざ。絶対後悔させてやる」
(完)
「先生、遠藤さんの上履きがありません!」は、第9話「ケンジ」をもって完結といたします。
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「遠藤さん。僕は、先週の水曜日に、遠藤弘美さんの上履きを下駄箱から抜き取り、廊下の角の水槽の中に隠しました。そして、自分でやったことなのに、誰か他の人がやったふりをして、自分でその上履きを見つけました。ごめんなさい。もうしません」
気持ち悪かった。男子なんてこんなもん、って思ってたけど、実際に自分がやられてみると、『こんなもん』じゃ到底気が済まない。私の上履きを、私が見ていないところで下駄箱からとって、それを水槽の中に入れた? こいつが? 自分が目の前にしているものを、到底受け入れられなかった。
でも、こう言わなければならないんだろう。
「いいよ」
せめて、ケン君に軽蔑の気持ちが伝わるように、自分にできる限り最大の軽蔑を込めた声色で、私はそう言った。でも、どうせ『素っ気ない』くらいにしか思わない。男子はそんなもの。まして、こんな変態に、私の気持ちがわかるわけがない。
お決まりの儀式が終わると、私はできるだけ無表情を保ったまま、席についた。
「園田君は、勇気を出して自分がやったことを告白して、三人にきちんと謝ってくれました。間違いは誰にでもあります。でも、間違いを認めて謝るのは、誰にでもできることではありません。園田君、ありがとう。そして、高橋さん、広瀬さん、そして遠藤さんの三人も、園田君の話をきちんと聞いて、許してくれてありがとう。人を許すのも誰にでもできることではありません。みなさんも、間違いを犯したり、悪いことをしたりして、だれかを傷つけたり、また誰かに傷つけられたりすることが、これからたくさんあると思います。そういうときは、高橋さん、広瀬さん、遠藤さん、そして園田君のように、間違いを認め、きちんと謝り、そして、誰かが謝ろうとしているときは、きちんとその話を聞いて、できれば許してあげてください」
くだらない。先生だって、「ごめん」の一言で許せることと許せないことがあるのはわかってるだろう。ただ自分がクラスを指揮したいから、こんな風にしているんだ。
「園田君、こんなことをしたのは、理由があるんですよね? それをみんなの前で話してくれますか?」
「クラスのみなさん、僕は、高橋さんと広瀬さんと遠藤さんの上履きを隠して、それを自分で見つけてヒーローになったつもりで楽しんでいました。豊島さんの上履きがなくなって、それを山崎君が見つけたとき、山崎君がみんなに褒められて、豊島さんに喜んでもらっていたのが羨ましくて、自分もああなりたいと思って、やってしまいました。みなさんを騙して、不安にさせて、それを今まで黙っていて、本当にごめんなさい」
どうして当事者じゃない他のみんなが、「いいよ」、「いいよ」と言っているのか。本当にくだらない。迷惑をかけたというけど、だったらそれは、当事者の問題をクラスみんなの問題に仕立て上げた浦木のせいだ。『先生』という立ち位置は、そんなに気持ちいいんだろうか。
周りのみんなを見渡して見ても、本心で「いいよ」なんて言っているやつはいないだろう。いや、ひょっとしたら、ケン君と仲良しのタッ君くらいは、本心かもしれない。
そう思って彼の方に目をやった時、私は自分の耳を疑った。
アヤちゃんだ。ケン君が犯人じゃない? アヤちゃんは、何かを知っているの?
次の瞬間、タッ君が立ち上がって叫ぶ。
「僕じゃない!」
状況が理解できなかった。
「犯人は……」
「だから僕じゃないって言ってるだろ!!」
「黙って。タカヒロ君疑ってな……」
「黙るのはそっちだ!」
「だからそうじゃないって言って……」
「うるさい!」
「私はケンジ君じゃないって……」
「違う、違う、違う! 犯人はケンジなんだ。それでいいんだ。ほら、本人がそう言ったじゃないか! あいつは、アヤネの上履きを見つけたユウヤが羨ましいって言ったんだ! 『ヒーローだぜ?』って言ったんだ! あいつは、みんなに褒められて、女子に感謝されるのが羨ましくて、自分で上履きを隠したのに、それをまるで、『俺は頭が良いから見つけられるんです』って言うみたいに、わざと知らないふりをして、自分で隠したのを自分で見つけて、自慢げに『先生、あった!』なんて言ってたやつだ! あいつは、表では優等生ぶって、裏では女子の上履きを盗む変態だ!」
そんな言い方しなくても、と心の中で言いかけた時、自分もそう考えていたことに気づいて、ゾッとした。でも、タッ君のいうことは間違ってない……はず。じゃあアヤちゃんはなんでケン君をかばうの?
「園田君待ちなさい!」
割って入るように先生が叫ぶ。思わず教壇に向き直ると、ケン君がいなくなっていた。状況に耐えられなくなって、逃げ出したのかもしれない。弱い奴。あいつは私の上履きが隠された日もこうだった。いや、隠された、じゃなくて、あいつが隠したんだ———アヤちゃんの言うことが、本当でなければ。
「みんなは静かに待ってて」
音の方に向き直ると、涙目のアヤちゃんがタッ君を睨みつけ、タッ君はほっぺを抑えて俯いていた。
「上履きを隠したのは、私なの!」
「マジかよ」
私にだって、にわかには信じられない。アヤちゃんが私たちの上履きを隠した? ケン君がやったって、さっき言ったばかりなのに。
私はあの時、ユッちゃんとアユちゃんと一緒に、体育館で遊んでいて、上履きは体育館の下駄箱に置いたままだった。アヤちゃんは、いつも一緒に遊ぶのに、あの時はいなくて、私が上履きがなくなっていることに気づいて、二人と一緒にギリギリまで探した後教室に戻ったら、自分の席に座ってた……ような気がする。だから、アヤちゃんにアリバイは、ない……の、かな。でも、アリバイがないのはケン君だって一緒……。
「私は、ユカちゃんと、アユミちゃんと、ヒロミちゃんの上履きを隠しました。でもそれは、三人が私の上履きを隠したからです」
はっとした。アヤちゃん、まさかあの時のこと……。でも、それは違う。
「アヤちゃんそれは違うよ」
私の思ったことをそのまま言ったのは、私の口ではなくユッちゃんのそれだった。
「何が違うの!? あの時私の上履き袋を持ってたのはあんたたちじゃん!」
そうだけど、と私が言う間も無く、口の早いユッちゃんが続ける。
「アヤちゃんが途中でいなくなっちゃうから、私たち、ずっと体育館で待ってたんだよ。でも、用具のおばさんがもう体育館閉めるよって言うから、仕方なく、アヤちゃんの上履き袋も一緒に持って出たんだけど、アヤちゃん戻ってくると思って、用具のおばさんに言って、上履き袋を体育館の入り口のところにおいておいたの」
体育館は普段、授業とか式典で使う時以外は閉まってるけど、昼休みに校庭が使えないときは、昼休みが終わる10分前まで解放してくれる。その日はちょうど、光化学スモッグ警報が出ていて、校庭が使えなかった。
「でも私、体育館に戻ってきたら、もう閉まってて、入り口に上履き袋なんてなかった」
アヤちゃんが嘘をついているとは思えなかった。でも、ユッちゃんのいうとおり、私たちは確かに、アヤちゃんの上履き袋を体育館の入り口に置いて教室に戻った。あとでユウ君がそれを見つけたのは、体育館のそばにある、西校舎の給食用エレベーターの脇だ。だから、アヤちゃんの上履きを隠したのは、私たちじゃない。
「私たちは体育館の入り口に置いたんだから、アヤちゃんが戻ってくるまでに、誰かが移動させたんだよ」
「じゃあ誰が!?」
……
「俺なんだ」
沈黙を破ったのは、ユウ君だった。
「は?」
「お前、自分が見つけたって言っといて、隠したのも自分だったの?」
「こいつがほんとのジサクジエンかよ」
ユウヤは立ち上がって言った。
「俺、アヤネさんに、良いとこ見せたくて……ごめんなさい」
信じられない。こいつがアヤちゃんのこと好きなのは薄々知ってたけど、上履き隠して見つけたふりしてポイント稼ごうとするなんて。
……
「黙って!」
アヤちゃんの声。
「へーんたい……」
「私、嬉しかったのに……」
教室に先生が戻ってきてからは、みんな何も言わなかった。先生がいない間にわかったことは、アヤちゃんの上履きを隠したのがユウ君だったってこと、ユウ君はアヤちゃんの気をひくために、自作自演をしたと言うこと、私とユッちゃんとアユちゃんの上履きを隠したのは、アヤちゃんだったってこと、アヤちゃんは、自分の上履きを隠したのが私たちだと思い込んで、仕返しのつもりでそれをやったこと。わからないことは、どうしてケン君と仲良しのタッ君が、ケン君を犯人だと言ってあんなにキツく罵っていたのかと言うこと。
先生はそのままホームルームを解散して、放課になった。ケン君が犯人じゃないってアヤちゃんが叫ぶのを、先生は確かに聞いていたはずなのに、何も言わない。結局先生は、偉そうなことを言って私たちを指揮することにしか興味ないんだ。
放課後、アヤちゃんと話がしたかったけど、ユウ君と何か話してたから、また今度にすることにした。アヤちゃんだって、被害者なのはわかる。でも、自分の思い込みで私たちを一週間も振り回しておいて、まるで自分ばっかりが悲劇のヒロインみたいなあの態度は、ちょっとムカついた。何も水槽に入れなくたって良いのに。自分のは、上履き袋に入って出てきたくせに。
ユッちゃんとアユちゃんにバイバイした後、駅の近くの電話ボックスに向かった。ケン君にはちゃんと伝えておかないといけない。ママにもらったテレホンカードは、まだまだ度数が残ってたはず。ママの前じゃなく、落ち着いて話がしたかった。
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「みなさんを騙して、不安にさせて、それを今まで黙っていて、本当にごめんなさい」
これで良いんだ。
悪いことをしたら、認めて謝れば、許してもらえる。『自分はやってない』だなんて、最初から考えるべきじゃなかったんだ。さっさとこうしていれば良かった。
「いいよ」
「いいよ」
「いいよ」
「いいよ」
……
その時だった。
アヤネが突然立ち上がって、そう言った。俺の目をまっすぐ見ながら。
俺が犯人じゃない? なんでこいつがそんなことを言うんだ。
———俺は水曜日、確かにヒロミの上履きを隠した。昼休みが始まったら教室でぼーっとして時間を潰し、外で遊ぶやつらが出ていくのを待った。ヒロミもその一人だった。俺は誰の注目も浴びないように、まるで俺もドッヂボールをしに行くんだと言う風に教室を出て下駄箱に向かい、俺の下駄箱から3列ずれたところにあるヒロミの下駄箱に、彼女の上履きが入っているのを確認した。そして、誰にも見られていないことを確認して、その上履きを取り、教室の反対側にある熱帯魚の水槽に入れたんだ。あの時、「ポチャン」と言う音がして、跳ね返った水が少しシャツにかかったのは、はっきり覚えている。誰にも見られずに計画を遂行した俺は、何事もなかったかのように校庭に行って、ドッヂボールに合流した。———
確かにそうだった。だから俺は、今こうやって、わざわざみんなの前にたって「ごめんなさい」したんだ。それで、やっとみんなも許してくれるところだったじゃないか。それなのに、こいつは今更なにを……。
「犯人は、……」
アヤネが続けようとした時、後ろのタカヒロが飛び上がって叫んだ。
「僕じゃない!」
「はぁ? なにそれ。誰もお前の話なんかしてねえだろ」
全くだ。
クラスの視線は、一気にアヤネとタカヒロのふたりに集中した。「いいよ」コールも止まっている。
「犯人は……」
「だから僕じゃないって言ってるだろ!!」
「黙って、タカヒロ君疑ってな……」
「黙るのはそっちだ!」
「だからそうじゃないって言って……」
「うるさい!」
タカヒロの怒声で静まり返った教室を、アヤネの涙声が濡らした。
「私はケンジ君じゃないって……」
『俺じゃない』……?
「違う、違う、違う! 犯人はケンジなんだ。それでいいんだ。ほら、本人がそう言ったじゃないか!」
……。
「あいつは、アヤネの上履きを見つけたユウヤが羨ましいって言ったんだ! 『ヒーローだぜ?』って言ったんだ!」
やめろ。
「あいつは、みんなに褒められて、女子に感謝されるのが羨ましくて、自分で上履きを隠したのに、それをまるで、『俺は頭が良いから見つけられるんです』って言うみたいに、わざと知らないふりをして、自分で隠したのを自分で見つけて、自慢げに『先生、あった!』なんて言ってたやつだ!」
やめろ。
「あいつは、表では優等生ぶって、裏では女子の上履きを盗む変態だ!」
やめろ!!
気づくと俺は教室を飛び出していた。
俺は変態だ。いや、違う。俺は本当は、やってないんだ。俺は変態なんかじゃない。
『全部あいつが隠したんじゃねえの?』
違う。
違う。
違う。
俺はやってないんだ。
『俺は陰湿で、変態で、嘘つきで、自分がやったんじゃないと都合よく思い込んで、タカヒロを怒鳴って追い返してしまうような、ひどいやつだ』
違う。
『謝っちゃえば良いじゃない』
違うって言ってるだろ!
「ただいま」
声の震えが悟られないように、精一杯いつも通りにそう言った。
「だめじゃない、勝手に帰ってきちゃ」
「うん」
「無事帰ってきましたって連絡入れておくから」
「うん」
「何かあったならお母さんに言いなさいね」
「うん」
とにかく一人になりたかった。
俺は自室に入ると、鍵を閉めて、ランドセルを放り出し、ベッドに突っ伏した。
あれは、夢だったのか……?
『ポチャン』
水の音。
俺は壁にかかっているカレンダーに目をやった。父さんが会社でもらってきたもので、世界のいろんな場所の綺麗な写真がプリントされている。9月は、オーストラリアのエアーズロックの写真だ。
あれが夢だったとしたら、俺はあの日の昼休み、何をしていたんだろう。
確かこの時は、廊下の窓の外に上履きが落ちてたんだ。俺がやったのか?
この時は、理科実験室のゴミ箱。俺は昼休みに理科実験室に行ったんだろうか。
この時は、俺じゃない。ユウヤが見つけたんだ。上履きがどこに隠されていたのかも、俺は知らない。
アヤネの上履きを隠したのは、誰だったんだろう。
『犯人はケンジなんだ。それでいいんだ。ほら、本人がそう言ったじゃないか!』
そういえばタカヒロとは、俺があいつを怒鳴って追い返してしまってから、話してない。『チョコボ』もやってないし、先週は卓球も行かなかった。あいつは、行ったのかな。
考えれば考えるほど、気が重くなった。もう終わりにしたかった。どれもこれも、上履き隠しのせいだ。誰が犯人かんなて、どうでもいいじゃないか。みんなの前で謝れば、許してもらえる。それでみんな忘れてくれるし、また元どおりドッヂボールでもなんでもできるんだ。
……そうだ。今朝も俺はこう考えていたんだ。真実なんてどうでもいい。謝れば終わるんだから、それでいい。みんなとも仲直りできるし、タカヒロにも謝れるはずだ。そんな風に思っていた。
……
プルルルル、プルルルル
母さんの声。
『え、うん、ちょっと待ってね』
誰だろう。
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火曜日のホームルーム。今日もケンジは学校にこなかった。僕があんなことを言ってしまったことで、ケンジをさらに追い詰めてしまったのかもしれない。ケンジは犯人ではない。それはわかっている。でも……。
昨日先生が『密告用紙』を集めたっきり、先生は何も言っていない。結果はどうなったのだろう。犯人は誰かわかったんだろうか。いや、あんなもので犯人がわかるわけがない。あんなもので、何もわかりっこない。そうだ。僕が彼の名前を書いたからって、それで何かが変わるわけがないんだ。
僕の心を読んだかのように、先生がそう言った。
「園田君、入って」
前の戸が開き、ケンジが教室に入って来た。神妙な面持ちだった。
「みなさんはまだ3年生なので、わからない人もいるかもしれませんが、悪いことをしたと告白するのは、とても勇気がいることです。誰でもできることではありませんし、立派で、素晴らしいことです。これから園田君に、何があったのかを話してもらいます。『自分には関係ない』というのではなく、これからの長い人生、みなさんの誰にでも、勇気を出して謝らなければならないことがあるでしょう。責めたり、馬鹿にしたりせずに、みんなでよく話を聞来ましょう」
「じゃあ園田君、できるわね」
ケンジが小さく頷いた。
先生に促されるまま、ユカ、アユミ、ヒロミの三人が立ち上がって、教壇の隣に立つケンジの隣に立った。何が行われるかは、明らかだった。
「高橋さん。僕は、先週の月曜日に高橋由佳さんの上履きを下駄箱から抜き取り、理科実験室のゴミ箱に隠しました。そして、自分でやったことなのに、誰か他の人がやったふりをして、自分でその上履きを見つけました。ごめんなさい。もうしません」
ケンジはそう言って頭を下げたあと、頭を上げて、不安げにユカに顔を向けた。
「高橋さん。園田君は悪いことをしましたが、きちんと自分がやったことを認めて、反省して、謝りました。高橋さん、許してあげられますか?」
ユカは無表情のまま、小さな声で「いいよ」と呟いた。
「高橋さんは上履きを隠されて辛かったのに、園田君を許してくれました。人を許すのは難しいことですが、素晴らしいことです。じゃあ高橋さん、席について」
先生がそう言い終わると、ユカは静かに自分の席に歩いて行った。
「広瀬さん。僕は、先週の火曜日に、広瀬あゆみさんの上履きを下駄箱から抜き取り、廊下の窓の外に隠しました。そして、自分でやったことなのに、誰か他の人がやったふりをして、自分でその上履きを見つけました。ごめんなさい。もうしません」
「いいよ」
次はヒロミだ。
「遠藤さん。僕は、先週の水曜日に、遠藤弘美さんの上履きを下駄箱から抜き取り、廊下の角の水槽の中に隠しました。そして、自分でやったことなのに、誰か他の人がやったふりをして、自分でその上履きを見つけました。ごめんなさい。もうしません」
「いいよ」
ヒロミはことも無げだった。
「園田君は、勇気を出して自分がやったことを告白して、三人にきちんと謝ってくれました。間違いは誰にでもあります。でも、間違いを認めて謝るのは、誰にでもできることではありません。園田君、ありがとう。そして、高橋さん、広瀬さん、そして遠藤さんの三人も、園田君の話をきちんと聞いて、許してくれてありがとう。人を許すのも誰にでもできることではありません。みなさんも、間違いを犯したり、悪いことをしたりして、だれかを傷つけたり、また誰かに傷つけられたりすることが、これからたくさんあると思います。そういうときは、高橋さん、広瀬さん、遠藤さん、そして園田君のように、間違いを認め、きちんと謝り、そして、誰かが謝ろうとしているときは、きちんとその話を聞いて、できれば許してあげてください」
やっぱり、そうだったんだ。そうだ。僕は自分が犯人にされるのが怖くて、ケンジに疑いを押し付けたんじゃない。ケンジと話していて、ケンジがやったんだとわかったから、だからそう書いたんだ。これで良かったんだ。
先生が続けた。
ケンジが頷く。
「それをみんなの前で話してくれますか?」
「クラスのみなさん、僕は、高橋さんと広瀬さんと遠藤さんの上履きを隠して、それを自分で見つけてヒーローになったつもりで楽しんでいました。豊島さんの上履きがなくなって、それを山崎君が見つけたとき、山崎君がみんなに褒められて、豊島さんに喜んでもらっていたのが羨ましくて、自分もああなりたいと思って、やってしまいました。みなさんを騙して、不安にさせて、それを今まで黙っていて、本当にごめんなさい」
先生がそう促すと、クラスのみんなが口々に「いいよ」、「いいよ」と言い始める。お決まりのプロトコルだ。
これでよかったんだ。これで全部終わる。そう思った矢先、目の前の背中が立ち上がった。
アヤネが言った。
『………弘』
恐怖で頭がいっぱいになった。
「犯人は、」
「僕じゃない!」
恐怖が口から押し出したその自分自身の言葉を聞いたとき、僕の体は椅子から立ち上がっていた。
「はぁ? なにそれ。誰もお前の話なんかしてねえだろ」
目の前が真っ暗になった。
前話:http://anond.hatelabo.jp/20161211080009
第1話:http://anond.hatelabo.jp/20160131184041
月曜日の朝、俺は4日ぶりに普段通りの時間に起き出した。いつものように、リビングで母さんがコーヒーを飲んでいた。
「お腹すいてるでしょう」
左手にコーヒーカップを持ったまま、母さんはコンロに手をかけた。
「風邪は良くなった?」
風邪なんかじゃなかった。ただ、学校に行くのが辛くて、学校であったことを話すのが怖くて、体調が悪いふりをしていたんだ。
「母さん、」
「ん?」
母さんは何でもないようにそう返事をしながら、白い平らなお皿に、三角形のフレンチトーストを2枚載せて、テーブルに持ってきてくれた。
「みんな俺が犯人だと思ってるんだ」
フレンチトーストを見つめながら、俺は声を絞り出した。
「犯人って、何の?」
「ケンジが隠したって疑われてるのね」
「最初は俺はやってないと思った。俺はただ、隠された上履きを見つけただけだと思った」
「でも、今は?」
母さんが優しく問いかけた。俺は心のどこかでは、今でも自分は潔白だと思っていた。
「夢を見たんだ」
「そう。どんな夢だった?」
「そんなの、ただの夢じゃない」
確かにあれは夢だ。でも、
「思い出せないから、夢で見たことが本当の記憶かもしれないって思ってるのね」
俺は黙って頷いた。
「そうね、お母さんはあなたがそんなことするの想像できないわ。でも、もし本当に自分がやったと思うなら……」
もし、俺がやったんだったら、怖いことだ。俺は陰湿で、変態で、嘘つきで、自分がやったんじゃないと都合よく思い込んで、タカヒロを怒鳴って追い返してしまうような、ひどいやつだ。だから、そんなこと考えたくなかった。
「謝っちゃえば良いじゃない」
気が抜けるほどシンプルに、母さんはそういった。
「大したことじゃないのよ、上履き隠しなんて。あなたはまだ小学3年生なんだから」
「小学生の男の子は時々そういうことをするのよ。あなたは少し大人びている方だから、お母さんも驚いたわ、でもね、」
手が止まった。
「お母さん、少し安心したのよ」
背中が急に軽くなった気がした。俺は、母さんを心配させるとばかり思っていたから。
「あなたは小さい頃から大人しくて、本当に手がかからない子で、お母さん、すごく助かったのよ。うちには、落書きの跡とかないでしょう、あなたが生まれてから、一度もリフォームしてないのよ」
母さんは昔を思い出しているようだった。
「あなたくらいの年の男の子なら、高価なものを壊したり、お友達をいじめたり、おもちゃやゲームを友達と取り合って喧嘩したり、女の子をからかって泣かせたりするものなのよ。でもあなたは一度もそういうことしたことがなかった」
だから、と母さんは続けた。
母さんはそう言って、二杯目であろうコーヒーをカップに注いだ。
「母さんは、俺がやったと思う?」
「そんなこと、お母さんにはわからないわよ。本当のことを知っているのは、あなたの心だけでしょう?」
「まだ、わからないんだ」
「そうね」
少しのカップを見つめた後、母さんは俺に向き直った。
前話: http://anond.hatelabo.jp/20161109170519
アヤネの上履きが隠されたのが、先々週の木曜日のこと。それから週明けの月曜日、火曜日、水曜日に立て続けに他の女子の上履きが隠された。
隠された上履きを見つけたのはアヤネのときこそユウヤだったけど、先週の3件はぜんぶケンジが見つけた。でも、そのせいで彼は疑われている。
「これからプリントを配りますから、帰る前に記入して前に出してください」
そう言って先生は、藁半紙の印刷物をクラス全員に配り始めたーー欠席のケンジを除いて。
「みなさんも気になっていると思います」
「先々週の木曜日、先週の月曜日から水曜日、最近だけで4回も上履きが隠されています。残念ながら、誰も自分がやったと名乗り出てくれていません。クラスの中に隠し事があるのはみんなの問題です。誰がやったのか先生は知りませんが、もし理由があるなら、もう二度と同じことをしなくてもいいように、それを解決しなければいけませんし、誰がやったのかわからないままでは、みんな不安になってしまいます。みんながみんなを疑うことになるのは、とても悲しいことです」
誰が犯人でもみんなの問題にはされたくない。もし理由があるならそれはそいつの問題で、僕たちには関係のないことじゃないか。
「ですから、無記名で構わないので、何か少しでも心当たりのあることがあったら、ここに記入してください。『自分がやった』でもいいですし、『誰かがやっているのを見た』とか、『やったと話しているのを聞いた』でもいいです。少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください」
つまり、『もしやったのがあなたで、それでも黙っているなら、証言を集めて見つけ出しますよ』ということ。こういうことに意味があるのかは疑問だった。誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめる方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言で犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。
「はい」
前の席のアヤネからプリントを受け取った。A5の藁半紙に、大きな枠が一つ。完全自由記述。
犯人を知りたくないわけじゃなかった。疑われているのはケンジ。でも、3回連続で見つけたってだけで疑うのはフェアじゃない。もともとこういうのは得意不得意があるんだ。ケンジはたまたま、見つけるのが得意だっただけだ。彼は普段から目ざといし、頭もいい。そんなにおかしいことじゃない。
とはいえ、心当たりがないわけじゃなかった。
アヤネの上履きが隠された翌日の、金曜日の放課後の帰り道、ケンジがそう言ったことが、ずっと頭から離れない。彼はヒーローになりたくて、3日連続で女子の上履きを隠したんだろうか? でも、
『俺はやってないんだ!』
あの怒りが嘘だとは思えなかった。だいたい、もし彼が犯人なら、あんなこと自分から聞くだろうか?
思考が頭の中をぐるぐる回った。
他のみんなは何を考えているんだろう。鉛筆が走る音があちこちから聞こえていた。もしかしたら、真犯人が名乗り出るかもしれない。先生の脅し文句が全く効かないとは限らない。あるいは、真犯人が名乗り出なくても、誰かが犯人を証言するかもしれない。そうだ、そうすれば、ケンジの疑いも晴れる。
『誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめる方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言で犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。』
そう思った途端、教室の景色が全く違って見てた。37人のクラスで、一人欠席。僕以外の35人が、自分以外の誰かに罪を着せようとしているんだ……。四方から聞こえてくる、藁半紙の表面が鉛筆の先を削り取る音が、自分を刺し殺すためののナイフを研ぐ音のように聞こえた。
頭の中で誰かが言った。
違う。ケンジはそんな馬鹿なことしない。いくらヒーローになりたいからって、そんなことするわけがない。それに、もし彼が犯人なら、自分から話題を蒸し返したりするわけない。あの怒りが演技なわけがないんだ。
でも、もしも、もしもあれが全部カモフラージュだったら? 予想外に疑われてしまって、完璧だったはずの計画が狂って、クラス中が敵になった中、一番懐柔しやすい僕に『無実だ』と印象付けるための方策だったら? 言葉尻を捉えて急にキレたのが、僕に罪悪感を覚えさせて、味方につけるための作戦だったとしたら?
いや、そんなことあるわけない。考えすぎだ。犯人は別にいる。それに、僕が犯人にされる心配はない。疑われる理由は何もないんだ。だいたい、もしランダムに当たるとしても、確率は37分の1じゃないか。
すでに何人かが藁半紙を教卓に提出していた。
ガタッ。
アヤネが立ち上がった。彼女の左手から垂れる藁半紙の真ん中に、数文字の漢字が書いてあるのがちらりと見えた。
『………弘』
『でもいいよなあ、あいつ』
『全部あいつが隠したんじゃねえの?』
『少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください』
鉛筆を手に取って、僕は精一杯の正直さで記入した。
http://anond.hatelabo.jp/20161108120656 の続きです。あと2回くらいで完結しそうです。
大丈夫だ。何も心配はない。昼休みのチャイムが鳴ってから10分。人の移動がなくなるのを待って、俺は行動を開始した。
簡単だ。昼休みの中頃、1人で下駄箱のある玄関に向かう。昼休みには外で遊ぶやつと教室に残るやつがいるけど、外で遊ぶやつは休み時間が始まったらすぐに出て行くから、そいつらがみんな出て行ったあと行けばいい。教室を出て行くところを目撃されても怪しまれる恐れは全くないし、校庭で遊んでいるやつらはいちいち玄関に誰がいるかを見たりしない。あいつらはただボールを投げたいだけだ。
万が一下駄箱の前にいるところを誰かに目撃されても、そこにいるというだけでまさか女子の上履きを取ろうとしているなんて思う訳がない。女子の下駄箱と男子の下駄箱は隣り合っているから、立つ位置が多少ずれるだけで、遠目から見れば全く不自然なところはない。もし誰かに見られても、何事もないふりをして自分の外履きに履き替えて校庭に走って行けばいいだけの話だ。
幸いにして教室は一階だから、目的の上履きさえ取ってしまえば、あとは事前に決めた隠し場所に素早く置き去りにすれば良い。ここが唯一リスクが大きいステップだけど、所要時間は十数秒。見られる確率は十分小さい。それに、もし誰かに見られても、口止めする手段はいくらでもある。
完璧だった。何もかもがうまく行った。誰にも見られることなく、俺はヒロミの上履きを、玄関を挟んで教室の反対側に置いてある熱帯魚の水槽に、入れた。
「ポチャン」という音がして、水が跳ね返った。シャツに水滴がかかったが、この程度なら目立つことはない。
昼休み終了のチャイムが鳴って、ヒロミが校庭から戻って来れば、彼女は自分の上履きがないことに気がつくだろう。
このまま教室に戻ってもいいが、万が一ということもある。ドッヂボールをしているタカヒロたちに合流しよう。一緒にドッヂボールをしていたという記憶さえあれば、それで十分アリバイになる。人は誰と一緒に遊んだかは覚えていても、誰がいつ来たかということは簡単に忘れてしまう。俺が途中から来たことなんて、誰も気に留めることなく忘れてしまうだろう。
いつものように外履きに履き替えて、タカヒロたちのいるところへ走って行った。
計画通り。あまりにも思い通りにいきすぎて、笑いがこみ上げてくる。
「じゃあみんな伏せて」
助かった。笑いを堪えるのに必死だったんだ。伏せていれば、笑いを隠す必要はない。
「心当たりのある人は静かに手を挙げなさい」
心当たりのある奴なんている訳がない。俺は誰にも見られていない。俺を疑う奴なんて誰もいない。
「残念ながら、名乗り出てくれる人はいませんでした。前にも言いましたが、悪いことをしたら、隠していると一生後悔します。でも、それでも名乗り出ないということは、仕方がないのでまたみんなで探します。見つかるまで、家には帰れません」
いよいよだ。ただ、ここで真っ先に水槽に向かったらダメだ。あまりにも迷いなく見つけると、最初から知っていたんだと疑われるかもしれない。まずは誰でも思いつきそうな場所を『探す』。男子トイレに入って、個室を順番にチェックする。洋式トイレが詰まっている以外、おかしなところは何もない。
男子トイレから出て、いかにも「どこだろう」とでもいうように辺りを見回す。これ以上もたもたしていると他の奴が偶然見つけてしまうかもしれないから、カモフラージュはこのくらいでいいだろう。
「先生!あった!」
「遠藤さんの上履きが見つかりました。水槽の中に入っていたそうです。園田君が見つけてくれました」
ヒロミのほうにちらと目をやってみたけど、こっちをみてはいないようだ。まあいい、俺が彼女の上履きを見つけたということさえわかってもらえれば……
「全部あいつが隠したんじゃねえの?」
耳を疑った。
「そうだよな、3回とも見つけられるなんておかしいよな」
「私知ってる!そういうの、ジサクジエンっていうんだって、ママが言ってた」
違う、俺は……。
「俺が隠したんじゃない」
「じゃあなんで毎回お前が見つけるんだよ。超能力でもあるっていうのか?」
「違うって言ってるだろ!」
恐怖で気が狂いそうだった。
http://anond.hatelabo.jp/20160131184041 の続きです。当初2話完結のつもりでしたが、完結しませんでした。
金曜日の学校帰り、いつものようにケンジと駅の側道を歩いていると、彼は突然そう言った。
アヤネの上履きが隠されたのは昨日のことだ。よせばいいのに、先生は大げさに「名乗り出ないと後悔します」とか言って、犯人が名乗り出るのを待とうとする。自分から言うわけないのに。
「ゲームねえ」
ピンと来ていないようだ。ケンジは頭が良くて、なんでもよく考えるけど、ときどき考えすぎる癖があった。今だって、僕たちが小学3年生の男子だと言うことを忘れて、バレた場合のリスクを考えると割に合わないだとか、家に早く帰れれば他にもっと楽しいゲームはあるとか、考えているに違いなかった。
ケンジの家は僕の家と違って広くて、大きなテレビとゲーム機が揃っていたから、僕たちはよくそこで『チョコボ』を遊んでいた。おばさんのジンジャー・ミルクティが美味しくて、高級そうなケーキも出してくれるのだった。
おばさんのジンジャー・ミルクティとケーキが恋しかったけど、「友達の家に遊びに行くからレッスンを休みます」だなんて言えるわけがない。
「じゃあ、土曜日は?」
「嫌だよ、そんな忙しいの」
「お前、ほんと朝弱いよな」
「しょうがないじゃん」
「じゃあ、日曜日」
「その日は塾の体験授業があるんだ」
「あ、本当に行くんだ」
次の春から4年生になると言う時期になって、僕たちのクラスでは、中学受験を見越して塾に行くと言い出すが多かった。ケンジは頭が良いから、受験すれば絶対良い学校に行けるのに、こいつの考えすぎる悪い癖が出て、優柔不断になっているんだと、僕は思っていた。
「ユウヤもするって言ってたよ」
「たまたまだろ、そんなの」
ユウヤはケンジと違って、なんでもよく考える方ではない。でもユウヤはユウヤで、『鋭い』ところがあった。アヤネの上履きを見つけただけじゃない。授業で使うビデオデッキの調子が悪くなった時に、設定をあれこれいじろうとする先生に、再起動すれば良いとアドバイスしたのはユウヤだったし、男子トイレの幽霊騒ぎの正体がハクビシンだと突き止めたのもユウヤだった。
「でもいいよなあ、あいつ」
ケンジが言った。
小説家になろうにも掲載しています。 https://ncode.syosetu.com/n0012dq/
「じゃあみんな伏せて」
「心当たりのある人は静かに手を挙げなさい」
物音ひとつしない。
「もう一度言います。心当たりのある人は、手を挙げなさい」
あまりに静かだから、時間の感覚がわからない。10秒くらいだったような気も、2分くらい待っていたような気もする。
「みんな顔上げて」
やっとだ。
「残念ながら、名乗り出てくれる人はいませんでした。前にも言いましたが、悪いことをしたら、隠していると一生後悔します。でも、それでも名乗り出ないということは、仕方がないので–––」
今週に入って、もう三回めだ。
「またみんなで探します。見つかるまで、家には帰れません」
クラスのみんなが立ち上がった。またかよ、と不満そうに言う奴もいれば、宝探しを楽しんでいる奴もいる。俺はワクワクしていた。もし今回も俺が見つけたら、3回連続でお手柄だ。ヒロミも、喜んでくれるかもしれない。
まず最初に探すのは男子トイレだ。上履きなんて隠して何が楽しいのかさっぱりわからないけど、女子の入れないところに隠されているのは、ありそうなことだ。
俺は教室を出て右手にある男子トイレに入って、個室を順番にチェックした。洋式トイレが詰まっていた以外、おかしなところは何もなかった。
念のため用具室も開けてみたけど、モップと雑巾とバケツがあるだけだ。バケツの中にも上履きはない。
男子トイレじゃないとすると、どこだろう。一昨日、ユカの上履きがなくなった時は、階段の脇にある理科実験室のゴミ箱の中に入っていた。昨日はアユミの上履きがなくなって、廊下を挟んで教室の向かいにある窓の外に落ちているのが見つかった。
今回も教室の近辺に違いない。あと他に上履きが隠せそうな場所は–––。
廊下の真ん中に立って見回していると、廊下の角に置いてある水槽の中に、大きな白いものが入っているのが目に入った。
「先生! あった!」
「園田君、よく見つけるわね」
先生は、昨日ほどは驚いていないようだった。
「みんな、戻って」
先生が叫んだ。散り散りになっていたみんながそれぞれの机に着席していく。
「遠藤さんの上履きが見つかりました。水槽の中に入っていたそうです。園田君が見つけてくれました」
俺は鼻高々だった。ヒロミの方を見てみたけど、こっちを見てはいなかった。
これで犯人が名乗り出たためしはない。今回もどうせ誰も手を上げない。
「みんな伏せて」
2秒。
「心当たりのある人は静かに手を上げなさい。これが最後のチャンスです」
1、2、3、4、5、6、7、8、9…98、99、100、101。
「みんな顔上げて。ずっとは待てません。今日はこれでおしまい。遠藤さん、後で職員室にきて。靴、乾かしてあげるから」
やれやれ。でも、名探偵になったみたいで、悪い気はしなかった。ヒロミはちょっとかわいそうだけど。俺は立ち上がって、ランドセルに手をかけた。その時だった。
「全部あいつが隠したんじゃねえの?」
「そうだよな、3回とも見つけられるなんておかしいよな」
「私知ってる!そういうの、ジサクジエンっていうんだって、ママが言ってた」
教室のみんなが口々に言った。
「違う、俺は…」
そうはいってみたものの、確かに、なんで毎回俺が一番最初に見つけられるんだ?
「俺が隠したんじゃない」
状況は完全に黒だった。
「じゃあなんで毎回お前が見つけるんだよ。超能力でもあるっていうのか?」
全くだ。
「違うって言ってるだろ!」
俺はそう言って、ランドセルを抱えて逃げ出した。
翌朝、俺は布団から出られなかった。母さんが心配して部屋に入ってきた。頭が痛いと言った。
こうしていると、本当に頭が痛い気がしてくる。そうだ、俺は風邪を引いたんだ。きっと昨日体育の授業の後うがいをしなかったから。きっとそうだ。明日には良くなっている。何も問題はない。
どれくらい時間が経っただろう。12時は過ぎたかな。そう思っていると、母さんの声が聞こえた。
あいつは一番の親友だ。でも、今は顔をあわせる気がしない。寝て過ごそう。俺は返事をしなかった。
「寝てるみたい。いつもありがとうね」
次の日、俺はやはり布団から出られなかった。学校に行こうと思うと、水曜日の出来事が頭をよぎって、体が動かなくなった。
犯人は誰なんだろう。3日も連続で女子の上履きを隠すなんて、どうかしてる。
そういえば、昨日は上履きは隠されたんだろうか。俺は昨日学校に行かなかったから、昨日も隠されていれば、犯人は俺じゃないとわかるはずだ。
希望が見えた気がした。布団から頭を出して、壁に掛けてある時計を見た。11時40分。
今日は5時間授業だから、タカヒロは2時過ぎに来る。そしたら、聞いてみよう。俺はまた目を閉じた。
「タカヒロ君が来てるわよ」
母さんの声で目が覚めた。
「はーい」
返事をした時、悪い予感がした。
もし昨日から上履きが隠されていなかったら? 俺が休み始めた途端、誰の上履きも隠されなくなったら?
「起きてるみたい」
母さんの声の後、ノックが聞こえた。返事をしようとしたけど、声が出なかった。
ドアが開いた。
「よう」
タカヒロが動揺しているのがわかった。
俺は目を合わせなかった。俯せに寝て、喉の奥から声を絞り出した。
2秒。
「え、あ、ああ。今日で5日連続だよ。全く何考えてるんだろうな」
「誰の?」
「え?」
「え、えーっと、誰だったかな」
「……」
ため息が漏れた。
もう気にしてない…? こいつは一体何を言ってるんだ…。
「俺はやってないんだ!」
俺は怒鳴っていた。
「ち、違う、そういう意味で言ったんじゃ……」
こいつだけは味方だと思っていたのに……。
「帰れ! 今すぐ帰れ!」
母さんが部屋を覗いた。