地域性があるような気がするな。
うちは実家暮らしが標準で、結婚でもすれば家を出る、ってパターンが多数派。
ケチな県民性なんだろうか、職場が遠すぎるとか結婚のような特別な事情がない限りわざわざ別々に住むのは経費の無駄って考えが主流。
お母さまのお記事が青くブクんでいるのだ。
結婚する気ないけど、一緒に遊びにいこうよ
腰掛けのつもりだったから好きな仕事でもなく、正直もうモチベーション持たない。
今の仕事やめて興味のある仕事始めようかなとも思うけど、それには資格を取るために勉強しないといけない。
勉強なんかしてる暇あったらこれ以上年とる前に婚活してさっさと結婚した方がいいのかも。
あー、時間がない。年とるのは嫌だなぁ...。
http://anond.hatelabo.jp/20130102142639
丁度3年経ち、近況を書いてみる。
元の日記を書いてから程なく、ヴァイオリンのソロレッスンを再開した。
そして、今年からモーツァルトの協奏曲(某有名教本のラスト2巻に載ってるアレ)を習うことになった。
あれから更に色々調べたのだが、普通はモーツァルトの協奏曲の3・4・5番のいずれかを弾き、メンコンという流れらしい。
なので全てが順調に行けば、年内にも念願のメンコンに取り掛かれる可能性が出てきた。
「メンコンで学ぶことはメンコンでしか学べないことだけにしましょう。つまり、それ以外に必要な技術はより簡単な曲で身に付けておいて、メンコンに取り掛かったら一気にクリアする方向で」
と約束しているので、自分の実力次第ではメンコンの前に「寄り道」する可能性はゼロではない。
結局、ここまで来るだけで3年かかったわけだが、これが早いのか遅いのかは良くわからない。
正直レッスンは厳しかったけど、付き合ってくれた先生には感謝している。
当時はわからなかったが、レッスンを通じて自分の実力を正確に把握できるようになって、自分の目的がいかに身の程知らずだったか痛感させられたからだ。
狩りに例えるなら
「弓矢の基本的な使い方は分かっていて、小動物くらいは狩ったことあったかな」
くらいのレベルで
「トラを狩りたい!」
と吹いたようなものだ。
普通だったら
「あなたさー、もういい歳なんだから寝言は寝てから言いましょう?」
と門前払いされかねない話なのに
「なるほど、つまり増田さんは本当に上手くなりたいんですね?」
ちなみにこの3年間でやったことは以下の通り。
これらを体得するためのレッスンは、上述の通り厳しかった。
もう毎回
「ああ、今日も弾けなかったな」
と半泣きで帰ってくるのが当たり前だった。
え?レッスンでそんなの普通だろって?うん、そうだね、変なこと言って悪かった。
そんな厳しい修行っぽいことをここまで続けられたのは、レッスン以外でアウトプットの向上が確認できたからかも。
オケは毎週練習があるので、レッスンで教わった時はたとえ半信半疑の指導内容であってもオケでは即実践、それも非常に難しい曲を弾く中で実践し
「おお、確かにこれはいい!」
と必ず納得する結果になった。
そして最近は
「増田さん上手いから」「増田さんと同じプルトだったので本番は安心して弾けました」
と言われるようになり、更に今まで全く相手にされていなかった「主にコンマスと2ndトップ+αで構成される、よく弾ける経験者の互助会的仲良しグループ」から、トップサイド(トップの隣の席)へ頻繁にお呼ばれするようになった。
これは別に偉くなったわけではなく、狩りに例えるなら「この人なら確実にこの獲物を狩ってくれる」という信頼を得たことを意味する。ってモンハンかよ!モンハンやったことないけど。
逆に言うなら、以前の自分の腕前は「幼少からやっていてその程度」だったわけだ。それどころか、率先してノイズを出しまくっていた自分は、パート内でも腫れ物ないしアンタッチャブルな存在になってしまっていた。
その頃と比べたら、今の周囲の扱い方の変わりようは驚異である。
一方、カルテットはオケと違って本番という期日がないので、同じ曲を数カ月ぶりに弾いてみる機会が結構あるのだが、弾くたびにより弾きやすく、かつ綺麗な音が出るようになっていて、メンバーからの評価も上々だったり。また、弾ける曲も徐々に増えてきた。
こうした実践の場があったことが、レッスンを続ける原動力になったのは間違いない。
「弾けないと楽しくないんですよね」
と言われたことがあって、その時は全くピンとこなかったけど、今だいぶ弾けるようになって、確かにその通りだった。
何しろ、今が一番弾いていて楽しいのだ。もっと上手くなればもっと楽しくなるだろう。
勿論、弾けないなりに楽しみを見つけるやり方も全然アリだと思うけど、自分はそこまで器用じゃなかった。
だって物心ついた頃からやってることはもう体の一部であり、心の一部であり、人生の一部なのだ。
それが誰からも評価されず、自分でも納得できないとか、ケツの座りが悪くて仕方がない。
そんなことに今頃気付かされた。
とにかく、こうなったらもっともっと上手くなって、プロにはなれないにしても、セミプロ級くらいには高めたいと思っている。
その為に、メンコンの更に先、最終的に目標とする曲も既に決めつつある。
今はまだ夢のまた夢だけど、夢に若い若くないは関係ないし、希望はいつだって大切だと思う。
そんな決意を新たにした新年だった。
シコるために100冊なんか買うやついねーと思うけど、オトコとして解説すると、別に1冊1シコじゃねーからな。
盛り上げるために使える場面と、射精したい場面は別物。
いきなり絶頂シーンみてもなんともならないから、気分を盛り上げるために複数のムーディな本を選ぶ。
1冊イキたい本があったら、サブが4冊ぐらいだ。いわば4冊は噛ませ犬だ。
もちろん、この冊数は数量によって左右されるが、絶頂を迎えたいシーンってそんなにない。セレンディピティだよ。体調や性癖にもよる。
新しい性癖に目覚めたらそこからは覚醒だね。もう、この新しく素晴らしい性癖があったのかと、1時間3シコぐらいの勢い。
そこまでいけば冊数とか関係ない。その1冊、いや、その1話でガンガンシコる。
それが終わったら1週間ぐらい栄養素としてのエロが必要なくなるんだけど、その間に10冊くらい消化するかな。シコなしで。いわゆる賢者タイム。
そのときにちょこっとチンピクしたら、あとで絶頂候補としておいておく。
こんなかんじかな。
あけましておめでとうってそんなにダメか?
つらい年を越えたんだからとりあえずおめでとうでええんじゃないの?
俺はそんなんでおめでたいみんなの輪の中に入れないほうがつらいぞ。
だから鬱がはやるんじゃねーの?
そりゃあつらくてそんな気分じゃない人もいるんだろうけど、それとこれとは別。
おれはそんな鬱々と故人をしのんでたくはないわ。生きてる人、今の瞬間が大事なんじゃねーの?
俺にも新年祝わせてくれよ。みんな、今年も無事だったな!おめでとう!
みんなで今年をいい年にしような!
おチンチンびろーん
∩____∩ | ノ ヽ/⌒) /⌒) (゚) (゚) | .| / / ( _●_) ミ/ .( ヽ |∪| / \ ヽノ / / / | _つ / | /UJ\ \ | / ) ) ∪ ( \ \_)
当たり前のように毎日、何食ったどこ行ったどのアニメ見た電車臭いとかほぼ全思考垂れ流してるような奴いるけど。あれ四六時中スマホでいちいち書き込んでるんでしょ。そんなめんどくさいこと続けられるモチベーションは何なの?特に反応が得られるわけでもないだろうに不思議でしょうがない。
そうして或る朝、おそろしいものを私は見た。