はてなキーワード: 経産省とは
"脱原発テント村"撤去命令に市民団体らが抗議集会 「撤去するのは原発だ」
http://news.nicovideo.jp/watch/nw186165
タイトルだけ見て「震災か原発事故によって作られた臨時のテントを、撤去しようという勝手な命令出したのか?」とか思って記事を見たら・・・
なんてことはない、反原発団体が「経産省敷地内に設置」したテントに対して撤去命令が出ただけではないか。
やってることは不法占拠でしょ?
それじゃあ、共感は得られないだろう。
さらには「昨年12月30日にテントに持ち込まれたガソリン式発電機を火元とした小火が発生。同省は火気等の使用をしないよう注意したが、その後も喫煙やカセットストーブの使用が確認されたため、「防火管理上の危険性」があると判断」
こりゃあもう、人として、団体としてダメダメじゃん。
この件や放射脳な人々に見られる一部の「過激な反原発」というのは本当に迷惑だ。
なぜなら、彼らの過激な行動が「反原発=過激な人達」というレッテルを貼る材料に使われてしまうからだ。
本当に原発を廃止すべきときに、原発の利権を手放したくない側から「反原発とは頭のおかしい過激派の主張だ」というメッセージを発信されかねない。
損をするのは国民全体だ。
経産省の官僚が一丸となって情報をシャットアウトすれば、他省の官僚、与党の議員、総理の個人的なブレーン、あるいはその他の経路からも、TPPに関する情報を制限できる、というのは現実味が無いなぁ。それほどの情報を、なぜ野党である自民党議員ばかりか、2ちゃんねらーでさえも知ることが出来たのか?
野田にあげる情報をコントロール出来ると立場の人間となると、せいぜい経産省の官僚くらいじゃね。
あとは、野田個人だか民主党だか政府与党だか(国民新党の亀井が反対してるからこれは違うかも知れん)分からないけど、喫緊にTPPに参加しなければならない何らかの事情があって、自ら進んでTPPのネガティブな情報をシャットアウトしてた可能性もあるよね。農水省の官僚だって、総理やその他の大臣にレクチャーするチャンスはあったはずだし。
で、少し前に新聞にすっぱ抜かれてた文書がそれじゃないかと言われてる。「今このタイミングで参加しないとアメリカから評価して貰えない」、と。
流すなよ!Twitterで「経産省官僚や東電幹部が出荷停止になってる福島の特産品を片っ端からタダ同然で大量に買い込んでる。どうやら自分達が買い占めるまで福島県産が危険であるかのように情報を隠蔽するつもりらしい」とか絶対流すなよ!
地熱発電の利用拡大に伴い、各地の温泉地付近に地熱発電所が建設されるが、その結果として温泉の枯渇が取り沙汰されるようになる。
そんなある日、山岡夫妻行きつけの温泉付近に、大規模地熱発電所の建設計画が持ち上がる。現地の反対運動に参加している山岡夫妻たちの前に、経産省の官僚と電力会社の幹部が現れて、説得を始める。
電力不足の時代には地熱発電所が必要であること、温泉資源が枯渇する可能性はあくまで仮説であり、因果関係は実証されていないこと、たとえ仮に因果関係があるとしても経済価値を考えれば地熱発電所の生み出す経済効果の方が遥かに大きい事を説く。
山岡「ふざけるんじゃない、経済効果とやらの為に、日本の温泉文化が失われてもいいってのか」
で、山岡さんが経産省官僚と電力会社幹部を別府鉄輪温泉に連れてって(陶山陶人辺りに誘いを掛けさせて、二人を呼び込むとかなら、まあ自然な流れだろう)、地鶏の地獄蒸しやらプリンやら地獄釜フルコースを食わせる。で、昔からの長逗留文化があることを解説する。
山岡「経済成長を追い求めた結果が福島原発の事故だ。あの事故で福島の貴重な食文化や農業が大打撃を受けた」
TPPはともかく原発に関しては経産省にとってもマスコミにとっても自民党原発村にとっても不都合な人だったろうねぇ。
「死の町」発言は現にゴーストタウンになってる町に対してどうにかしないとって話なんだから、他の「失言」の例(産む機械など)と比べても内容的にも表現的にもおかしくはない。
「放射能」については本当ならちょっと不謹慎な発言ではあるが、本人は言ってないと否定してるし、報道陣の前で言ったとされているのに「私が聞いた」と言い出したのは毎日新聞だけで、他のメディアは後追いだし報道内容ちぐはぐだし何故か伝聞調で予防線張ってたりする。各メディア一斉に「私が聞いた」と全く同内容で一報した漆間発言問題の時と比べると明らかに不自然な経緯。
なんだか「作られた問題」って感じはするよね。
朝刊(日経)を読んだら「原発再開に向けて地元の説得に意欲を見せていた」「農業派なのでTPPでの調整役として期待されていた」と書かれていたので,
そういう立場の人なのかと思ったら「脱原発・反TPPなので言葉狩りにあった」とかいう話が流れていて,あれれどういうポジションの人なんだ?と混乱している次第です.
調べた限り,現実的かつ比較的良心的というか市民的(原発嫌だよね,農業も助けないとね)な立ち位置のようで.
「反原発・反TPP」と言い切るのはちょっと語弊がある気もするが,どちらかというとそのポジションのようで.
こういう人が能力的問題でクビにされるならわかるけど,「市民感情を逆なでる失言」でクビになるというのは,
なんか違和感があるというかなんというか.
まぁいまどきの政治家に最も求められる「あげ足を取られない能力」に問題があったといえばそうなんでしょうが..
■ TPP結論先送りを示唆 鉢呂経産相「関税ゼロは非現実的」(産系ニュース@2011.9.4 21:51)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110904/plc11090421530014-n1.htm
鉢呂吉雄経済産業相は4日、フジテレビ「新報道2001」で、政府が11月末をめどとする環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加判断について「日本の農業で関税ゼロというのは農業経営を行うには現実的ではない。東日本大震災もあったから果たして11月が本当のタイムリミットなのか」と先送りを示唆した。
■ 日本のTPP交渉、「世界の流れと別は難しい」=鉢呂経産相
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-23028920110905
鉢呂吉雄経済産業相は5日、ロイターなどのインタビューで、環太平洋連携協定(TPP)に対する方針について「日本経済が世界の流れとは別にということは難しいと思っている」と述べ、交渉参加は不可避との認識を示唆した。
■ 鉢呂吉雄経産相「TPP議論、対立越える余地」 (産経ニュース@2011.9.6 08:02)
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110906/fnc11090608030001-n1.htm
--エネルギー政策の見直しの中で、原子力発電をどう位置づけていくのか
「新設は難しいし、寿命がきた原発は廃炉にしていくという方針は、首相とも共有している。既存の原発の敷地内での新たな原発の建設(リプレース)もできないだろう。基本的には原発はゼロになっていく」
<中略>
「相手国との契約の中で輸出を続けていく。原発の稼働を停止しても原子炉の管理は長い年月続き、技術的なものも続くので、必ずしも輸出ができないということではない」
<中略>
--環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)についての基本的な姿勢は
「経産大臣になったわけだから日本全体の通商貿易担当として、あるべき姿を描いていきたい。TPPは『絶対反対』か『絶対推進』という議論に陥りやすいが、対立を乗り越える余地はある」
■ 地元上関、困惑と評価 経産相発言、島根は明確方針要求 (中国新聞@2011/09/07)
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201109070070.html
島根原発3号機など工事が進んでいる原発の稼働については鉢呂経産相はこの日、「なかなか議論があるところだ」などと発言。島根県の溝口善兵衛知事は「国としての考え方を早く整理して」と、具体性を欠く政府の姿勢に不信感を募らせた。「エネルギー政策は国の経済政策の根幹。政府は早く議論し、揺るぎない方針を」と求めた。
■ 鉢呂経産相:「原発の新規建設困難」発言 敦賀市長が不快感 /福井 (毎日新聞 2011年9月8日 地方版)
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110908ddlk18010686000c.html
原発の新規建設は困難で、将来的に原発をなくす方針を鉢呂吉雄経済産業相が明言したことを受け、敦賀市の河瀬一治市長は7日、「我が国の根幹に関わるエネルギー政策に混乱を招くものであり、誠に遺憾」と不快感を示した。
■ (西日本新聞朝刊@2011/09/08)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/262187
鉢呂吉雄経済産業相は7日、都内で記者団に対し、九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)3号機増設計画など、建設に向けて手続き中の原発について「まだ建設に入っていないものは相当難しい」と述べ、あらためて建設推進に否定的な考えを示した。
■ 無念の経産相、辞任 (河野太郎@2011年09月11日)
http://www.taro.org/2011/09/post-1083.php
鉢呂経産相は、野田総理の原子炉の新規立地はしない、耐用年数が来たものは確実に廃炉にするとの方針を着実に進めようとしていたし、それを実現するためのかなり大胆な人事を考えていた。
経産省内外の抜擢すべき人物の発掘を多方面に依頼していたし、ガンとよばれる幹部の異動も考えていたふしがある。
個人的にはかなり期待していただけに残念だ。
■ 鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて (田中龍作@2011年09月11日)
http://news.livedoor.com/article/detail/5852621/
小沢一郎氏の例が物語るように記者クラブと官僚の目障りになる政治家は陥れられる。鉢呂氏の場合「脱原発と反TPP」が、記者クラブメディアと官僚の機嫌を損ねていたことは確かだ。
ほむ「まず、このスレで書いてあることは全国のコンビニで起きているわ。ロー◯ンだって例外じゃない。」
Q「そんなのコンビニだけに限った話じゃないよ。どこの業界だって廃棄はある程度だすものさ。
Q「暁美ほむらきみは・・・。」ほむ「あなたたち本部が廃棄を他の業種以上に強要するのにはもう一つ理由があるはずよ。」
ほむ「それは特殊な会計方式によって廃棄から多大な利益を生むことができるからよ!!」Q「・・・。」
杏「ああっ!?そんな事聞いてねーぞ!?」Q「聞かれなかったからね。」
杏「ああ!?テメー、一番くじの一等賞にして捌くぞ!!」ほむ「杏子ちゃ人身売買はやめて!」杏「売らー!」
マミ「暁美さんその特殊な会計方式は本部に多大なメリットを与えるの?」
ほむ「ええ、廃棄だけでなく万引きなどによる棚不足からも利益を生むわ。当然、私たち加盟店からその利益分は引かれるわ。」
マミ「そんな!!そんなことしたら値引きしてみんな売り切るしかないじゃないっ!!」
Q「マミ、見切り販売なんてしちゃダメだ!そんなことしたら全国で値段のパワーバランスが崩れる。
全加盟店に迷惑をかけることになるんだよ。」ほむ「いいえ、あなたたち本部が恐れていることはそんなことじゃないわ。
あなたたちは見切り販売が行われることによって廃棄、つまり収益が減ることを恐れているのよ!
だから、加盟店の裁量で値引きしようとすると、契約の破棄を匂わせて、私たちの生活権を脅かす。
つまり、公正取引委員会から排除命令が出た今でも見切り販売の制限は秘密裏に行われているのよ。狡猾にね。
未だにコンビニで見切り販売をあまり見かけないのはこうした理由からだわ。」
杏「テメー!!おでんの具にして捌いてやるよー!!」ほむ「杏子ちゃんQ肉販売はやめて!!」杏「食うかい?」
Q「やれやれ、君たち加盟店はいつもそうだ。契約した後になって騒ぎ出す。
僕たちはあくまで君たちの合意を前提に契約しているんだ。なんの問題もないはずだよ。」
ほむ「しかし、口頭のよる説明は必ずと言っていいほどしないわ。それにあの記述だけでは誰だって何のことだか分からないわ。
事実、コンビニ会計を知らない加盟店の方が圧倒的に多い。これだけでもあなたたち本部の説明義務違反だわ。」
Q「じゃあ、公取にでも申告すればいい。」ほむ「無駄よ。あなたたちの経産省側の議員への献金が効いているわ。」
まど「ほむらちゃん、私たち加盟店は一体どうすればいいの・・。」
ほむ「FC法よ。議員に呼びかけて本部の暴走を規制する法律をつくるしかないわ。」
マミ「でも議員は献金で抑えこまれてるのでしょ?私たち加盟店は円環の会計に導かれて搾取されつづけるしかないのよ。」
ほむ「いいえ、世論を動かすのよ。世論が動けば議員も動かずを得ない。このことは一般的には知られていないわ。」
さや「そうだ!!マスコミよ!!新聞社に駆け込めばいいんだわ!!」
ほむ「無駄よ。」さや「えっ!?」ほむ「マスコミにとって本部はスポンサーであり、流通元だわ。耳を貸さない。」
さや「そんな・・。私ってホントばか・・・。」杏「さやかー!!」マミ「逝ってしまったわ。円環の・・」
まど「そんなのってないよ。それじゃ電力会社と変わらないじゃない。」
ほむ「そうよ、それがコンビニ業界、あなたたち本部の正体よ!」Q「・・・。」
ほむ「マスコミがだめならネット発の情報発信しかないわ。高岡蒼甫のように。それが最後に残った道しるべだわ。」
動画が30分以上もあってとても見切れないから、文字起こししたものを読んだ。以下感想。
今から原発を増設・新設すると言っても、どこの地域も受入れないだろうし。
現在稼動している原発がストレスチェックに引っかかった場合、稼働を停止しても節電だけで必要な電力は確保できるのか。
代替電力が確保できるまでは稼動し続けるべきなのか。この辺を明確にしないと電力不足への不安が解消されない。
エネルギー政策転換というなら、そこまで踏み込んで欲しかった。
当事者間で話がまとまった後で真逆の指示を出すから、ただの思いつきかスタンドプレーにしか見えない。
今まで支持率を落としてきたのは、場当たり的で組織のマネジメントがまともに出来てないのが原因ではないか。
計画策定の頃まで政権が続いているのか、次の政権でまともに引き継がれるのかすら不確定で、実効性のある意思表示にはならないんじゃないか。
そりゃ記者も解散や退陣時期を突っ込まざるをえない。
【総評】
良くも悪くも、いつもの菅さんの演説。せめて不信任案採決より前の時点で言えばよかったのに。
「絶対安全は有り得ない」と口でいいつつ、事故が起こったときの対処を真剣に考えていなかったらそれは結局危険について殆ど考えていなかったことと同じだと思う。
勿論その点は責められて然るべき。ですがチェルノブイリと違って避難が迅速に行われた結果健康被害が回避できたことは無視できませんよ。
フランスのような対応がなされていなかった原因の大部分は電力会社と政府にある(ただしヨウ素剤の事前配布は誤飲リスクを考えると微妙です)。それは当然です。しかしそうなった理由に、「ナイーブ系反原発派」があることを無視してはいけませんよ。「事故を想定した訓練」などやろうものなら「事故が起こりうるならやめてしまえ!」と理不尽な要求をはじめるのは明らかだった。この人たちは最初から目的がイデオロギーなので原発を叩ければ何でもいいわけですよ。違いますか。どうやってもこの人たちを説得することは不可能です。最初から原発は親の敵なんだから。
そういう意味でナイーブ系反原発派が現状の悪化に一役買っていたことは間違いなく、調子に乗って「どや顔」している現状(飯田哲也なんて文字通りいつも嬉しそうに「どや顔」している)は到底許されるものではありません。
福島原発での点検不正を告発したGE社員の名前を、経産省が東電に報せたり、
その通り。マスメディアが「原子力村」に乗っ取られていたのが嘘であるというよい証拠ですね。
反原発派の極端な例を一般化したり、
それは誤読としか言いようがありません。反原発派の一部(といっても人数的には圧倒的大部分だと思います)やマスメディアが常軌を逸したことをやっているのは確かで、それを批判してはいけないなんてことはあり得ないし、それを批判すれば原発推進派を利するなんて党派的思考はおかしい。そもそも原発推進派を利すること即ち悪ってのもおかしいでしょう。別に原発推進派はショッカー軍団ではありませんよ。
なんのことかわかりませんし、推進派の論法が「事実」として正しければ使っていけない理由などありません。
そもそもあなたの言っていることは「政府・東電の安全対策は『不十分』だった」という話で、それは実際正しいのだから「欠けていた部分」を批判すればいい。別に「不十分」だったということは「これまで安全対策の名の下になされていたことは全て、リスクを全く低減しないか逆効果だった」という意味ではないのです。既存の安全対策でリスクが抑止できたことは評価するのが公平な態度というものです。そうでなければ「何が足りなかったか」という建設的な話に進めません。
http://anond.hatelabo.jp/20110709015539
>>そもそも「絶対安全」を喧伝されてきた、とか言われてるけど、そんな覚えなんて全然ないんだよね。原発見学に行ったこともあるけど、むしろ「絶対安全なんてことはあり得ないし、過信が最大の敵です」って向こうに言われたよ。
「絶対安全は有り得ない」と口でいいつつ、事故が起こったときの対処を真剣に考えていなかったら
それは結局危険について殆ど考えていなかったことと同じだと思う。
(朝日デジタルには記事有り。7月中は無料なので確認してみて)
フランスで以前、原発の事故訓練を見学したが、そのリアルさに驚いた。参加者は機器の状態などわずかな情報だけを与えられ、どんなトラブルが起きているかの想像力を鍛える。既定シナリオに基づいて形式的な訓練を繰り返す日本と違い、危機感の差を感じた。
富岡町の人口は約1万5千人。約20キロ離れた隣村などへ全町民が逃げたが、避難計画は十分ではなかった。街なかは大渋滞し、普段は車の少ない山道にも長い車列。途中にトンネルや高架橋が多くあり、崖崩れなどがあればパニックだった。国も自治体も東京電力もこれまで、部分的な訓練だけで、お茶を濁していたと思う。
放射線は身体にどのような影響を与えるか
http://niben.jp/or/kankyo/houkoku/h_20110328.pdf
特徴的なのはフランスです。フランスは5キロ以内の圏内にいる家庭には,
全部,家庭配布をしているんです。事故がなくても家庭に配布して,いざと
いうときに自分で飲める。5キロ圏内は学校にも配布しています。5キロか
ら10キロ圏内は,学校、保育所に配布していて,希望すれば自分で薬局か
らもらえることになっています。
日本は,こういう家庭配布は
所で与えるということになって
います。
フランスも日本と同じように少数エリートが原発についての決定権を握っているらしい。
http://globe.asahi.com/feature/110417/01_1.html
フランスでは原発事故がとてつもなく多い。8段階の国際評価尺度(INES)で下から2番目の「レベル1」の事故は、仏電力公社(EDF)の原発だけでも2010年に74件、09年には95件あった。「レベル2」も両年で1件ずつ起きている。
だが、国民の関心は小さく、報道も少ない。高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故(1995年)や関西電力美浜原発3号機の蒸気噴出事故(04年)など、「レベル1」の事故が日本で大騒ぎになったのとは対照的だ。
フランスの鈍感さの理由は、原子力の情報を一部のエリートが独占し、厳しく管理していること。そして、「地下資源に乏しく、エネルギーを確保するには原子力しかない」という国民意識だ。
でも、日本は「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故などで大騒ぎをしたかもしれないけれど、
福島原発での点検不正を告発したGE社員の名前を、経産省が東電に報せたり、
省庁再編の時、原子力安全委員会が経産省傘下に完全に入れてしまったり
柏崎刈羽原発事故でのIAEAの指摘(原子力保安院と安全委員会が共に推進側の経産省内にある)にも
なんら対処はしていなかった。
事故の多いフランスに比べて、日本の原子力エリートの対応は甘いどころか何もしていなかったに等しいと言えるんじゃないか?
というか、事故後の対処以前に日本はそもそも事故を防ぐ気持ちも希薄だったのではとさえ思う。
これはどうみても「絶対安全なんてことはあり得ないし、過信が最大の敵です」っていう人の態度では無いよね。
安全のために幾重にも対処していますと口で言いながら何一つしていないか、
それとは正反対の事さえしてしまい、
しかし心の何処かで事故など起こるはずがないと信じてるかのような
原発管理側の「安全信話」、もしくは「安全信者」とも言うべき「態度」に名付けられた言葉だと思う。
増田もその事を指摘したいのかもしれないけれど、
反原発派の極端な例を一般化したり、
(設計図では良くてもその通りに作られていなかったりきちんと点検されてないのだから、
今建っている原発には当てはまらないという指摘は大昔からあった)
という、原発管理側の手法をそっくりまねても(そうよ、この方法は管理側「も」というか、むしろ管理側の常套手段だった)
説得力はない。
《次の時代》(1):私と風力発電 /菅直人直筆のページ (2011/06/06)
http://kanfullblog.kantei.go.jp/2011/06/20110606-2.html
---私が初当選して、30年余。この間、風力や太陽光発電は、電力会社からは邪魔者扱いされ、その結果として、せっかく優れた技術を持ちながら本格的な開発ができず、ヨーロッパ諸国に比べて大きく立ち遅れてしまいました。今回の原発事故を契機に、エネルギー基本計画を白紙から見直し、風力や太陽光発電などの自然エネルギーを、《次の時代》の基幹的エネルギーとして育てることにしたいのです。
その為の大きなステップとなるのが、「自然エネルギーによって発電した電気を固定価格で買い取る」という制度です。これが出来れば、新人議員の時に私がぶつかった法の壁は、突破できます。そこで、固定価格買い取り制度の法案を、閣議決定にまで漕ぎ着けました。今年の3月11日のことです。しかし、その当日に、大震災は起こりました。
まじ?と思ってググってみたら本当のようで.へーへーへー.
http://www.re-policy.jp/jrepp/FIT-portal.html
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」および「電気事業法及びガス事業法の一部を改正する法律案」が3月11日に閣議決定され、通常国会に提出されることになった。
なんかG8でも20%ではなく30%と言いたかったとかなんとか日経新聞に載っていました.
http://japan21.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/index.html
菅首相は、サミットの直前まで、再生可能エネルギーによる発電比率を20%でなく30%と言いたいと事務方に主張していたそうだ。周りの官僚が、実現の目途の立っていない数字を口にすべきではないと押しとどめたそうだが、菅首相は20%よりも30%の方が受けがよいと考えていたようだ。このあたりの国際感覚の無さが菅直人という人の限界を示している。 他のG8首脳にとっては20%でも30%でもどうでもよいことなのだ。むしろ、日本が福島第一原発の試練を乗り越え、より原子力の安全性を高めることに貢献してくれることを期待していた。 菅首相はそのことに気付かず、原子力から再生可能エネルギーへという自身の言葉に、ひとり酔っていた。
米国もフランスも原発にケチつけてほしくないから全面的にサポートしているさなか,
よりによってフランスでのG8で「やっぱ再生可能エネルギーっすよ」と宣言するのは,
よーやるわーあんたーと思ったんですが,それなりに思い入れの強い話だったんですねぇ.
正しいかどうかはさておき,これは空気を読む一般的な政治家にはできない技な気がします.
こういう政治家だから,みなさん大連立前になんとか管さんを下ろしたいんですかね.
あとはこういう話もあるらしいので,ぜひ気をつけていただきたいものです.
太陽光発電 スペインの教訓―固定価格買い取り制度の光と陰 /日経BP社 (2011年4月8日)
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/column/20110406/106293/
地震発生当日の朝、政府は再生可能エネルギー促進を目的とした「電気事業者による再生可能エネルギー電気調達特別措置法案」を閣議決定した。固定価格買い取り制度(FIT:フィードインタリフ)の導入・拡大により再生可能エネルギーを大幅に増やす。特に太陽光発電については、2020年の発電容量として2800万kWと2005年(140万kW)の20倍(2009年比でも9.3倍)を目指している。
<中略>
スペインの教訓は明白である。あまりに経済合理性から離れた高値の買い取り制度は一見、太陽光発電の促進に役立つように見えるが、最終的には電力料金の大幅引き上げによる国民負担と、それに伴う経済への影響や企業の国際競争力喪失という犠牲を強いることになった。たびたびの政策変更によって政府の信頼性も損なわれた。スペインほどではないが、太陽光のFIT政策の見直しが進むドイツに関しても、国際エネルギー機関(IEA)ではCO2削減の限界費用が1tあたり1000ユーロにもなるとして、「高値のFITは費用効果的ではなく、これ以外の政策の採用」を勧告している。
ここのところ、それほど大きな声にはなっていませんが、福島第一原発事故に絡んで(または震災に絡み)陰謀論的な言辞があります。地震兵器のような本家本元の陰謀論から、次々に明るみに出る新事実(?)に対して、悪いヤツラが知ってて隠してたろう!という陰謀論まで。
株式投資の世界では、圧倒的に強い支配者が相場を好きなように左右して、庶民の金を吸い上げるという陰謀論がよく語られます。だが、そんな勢力はいません。相場はみんなの動きの総和であり、はめてんのも、はめられてんのも自分たち自身なわけであります。
同様に、原発事故と政治の世界でも、一部の人間の利益のために情報が制御され、安全でないものが推進されてきたというような陰謀論が語られます。たしかに東電には隠蔽体質があり、それは過去の検証から明らかであります。よって東電が槍玉に挙げられるわけですが、その隠蔽体質は今になって明らかになってきたわけでなくて、ここ20年なんども報道されてきました。また原発に本質的な危険(核廃棄物処理等、エコサイクルが成立していない。事故が起きたら地域的な封鎖もあり得る。等)があることも我々はとうの昔から知っていたわけです。つまり、隠蔽の黒幕がいるとするならば、本質的な危険を知りつつあえて目を瞑って放置してきた我々自身が真の黒幕と考えます。なので、原発に一部頼る現状を変えるなら、国や東電の責任を追及するだけでなく、自分達の責任も追及せざるを得ないはずです。自分達自身が痛みを受けて、それでも脱却したいならするべしと、個人個人が決断を引き受ける必要があります。
福島第一原発事故について次々と新たな話が今も出ています。だから現段階ではそんな決断なんかできやしないという人もいます。それも分かります。隠していた事実がやっと明るみに出始めたわけだから、悪いヤツラがそれを隠している限り判断なんかできないよと陰謀論的に捉えることもできるでしょう。
ですが、実際のところ、最初から「誰もわからなかった」のであり、計器等の修繕により「薄々は勘づいていたことがやっと分かってきた」というのが真相でしょう。誰も本当のところをつかんじゃいないし、どうしていいかもまだ分かっていないということでしょう。
陰謀論的に捉えるということは、ある勢力が実は知っているのに隠していたと考えることで、反面しっかりした人たちがいて最終的にはなんとかしてくれる、それを頼りたいという心理の裏返しなのではないかと想像します。
しかし、おそろしいことに、しっかりした人はだれもいなくて、とりあえずの格好を当座つけている人がいるだけだという現実があります。いま起きている現実はそういうことではないでしょうか。
その中で、我々ができることは、福島第一原発事故が収束するように願うこと。実際に第一線で動いている人たちへの支援を怠らないこと。そして陰謀論的心理から脱却して、今後の原発行政について個々人がしっかりした意見を作り、それをブログやTwitter、経産省や地元出身の国会議員、地方議員へ届けること。そして使える電気が今後減少しても、それがために雇用が減っても、痛みとして甘受していくこと。そういったことではないでしょうか。
悪いやつらなんかいなくて、あえて言えば自分たち自身だったという認識を一度持たないと、「結局のところ偉いひとたちがなんとかしてくれる」というお上頼りに戻るだけではないでしょうか。
101 :名無しさん@十一周年:2011/05/12(木) 01:38:05.71 ID:/uk5GVXT0
>>77
老朽化していた福島第一原発を、積極的に使っていたのは、
菅民主党政権自身。
よく、原発と言うと「自民党の利権が」とか言う脊髄反射的な人がいるが、
福島第一原子力発電所2号機における原子炉自動停止について(平成22年6月17日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10061703-j.html
定期検査中の福島第一原子力発電所1号機の発電開始について(平成22年7月29日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10072901-j.html
調整運転中の福島第一原子力発電所1号機の原子炉の計画停止に関する調査結果について(平成22年9月22日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10092202-j.html
定期検査中の福島第一原子力発電所3号機の発電開始について(平成22年9月23日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10092301-j.html
(コメント)福島第一原子力発電所3号機におけるプルサーマル開始について(平成22年10月26日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10102601-j.html
定期検査中の福島第一原子力発電所2号機の発電開始について(平成22年11月18日)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/10111803-j.html
東電福島原発1号機、40年超の運転認可=経産省(平成23年2月7日)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201102/2011020700679
38 :名無しさん@十一周年:2011/05/12(木) 01:21:53.03 ID:/uk5GVXT0
>>27
東電顧問に、経済産業省資源エネルギー庁長官の天下りが行われたのは、
今年の1月。つまり、菅民主党政権の時だよ。
49 :名無しさん@十一周年:2011/05/12(木) 01:24:40.36 ID:/uk5GVXT0
浜岡停めて菅民主が偉いって言っている人は、
本当は福島第一原発を停める方が良かったって思わないのかな。
福島第一は、去年電源喪失事故と、タービン建屋の水漏れ事故を起こしているのに、
炉が再起動され、プルサーマルが初めて営業運転されているんだよ?
http://news.livedoor.com/article/detail/5548107/
60 :名無しさん@十一周年:2011/05/12(木) 01:28:15.21 ID:/uk5GVXT0
これが、今年2月の福島第一原発の利用延長につながった可能性が高い。
この数字決めたの、いったい誰なんだ?
規制側と推進側が同じ省の管轄というのも構造的欠陥だろうけど、
経産省次官の東電天下り(法律の定義では違うらしいが)とか自公時代より短期間で認めてるくらいだから
その組織図、元々の原子力行政が原子力安全保安院(経産省)と原子力安全委員会(内閣府)に分かれててしかも両方が機能不全(というか元々重大事故に対して機能しない組織)なんでどうしようもねえんだよ。それに加えて法的には一応民間である東電の自主性って奴が入ってくるので更にややこしい。おかげでトップは全部菅と海江田なのにその下に縦割りの数だけ系統が出来る。ほんとはこれに加えて文科省系の原子力安全課って奴もいるんだが立場が1ランク低いので強制的に黙らされたようだ。その結果として統合本部置いてるのに保安院と安全委がバラバラの数字発表したりする縦割り行政の極みが発生する。
残念ながら誰がやっても組織図はこうなるぜ。この辺はヒゲ氏も知っていると思うがなぁ。
別に現実的な批判は大いにありだと思うし、SPEEDIの試算を公開しろとか、リアルタイムで放射線レベル測定を公表しろとか、そういう指摘は重要だよ。今の原発対応はこれでも自民時代よりはずっとマシな情報公開していると思うが、まだ完璧とは程遠いのだから足りないところは一杯ある。
でも今の政局ってそうじゃないだろ。現実的でなかったり、事実に反していたり、そもそも具体的な内容が無かったり、そういうふんわりした論拠なのに言うことは「全部お前が悪いから退陣しろ」だぜ。これが足引っ張ってる以外の何だと言うんだ。せめて明らかに必要な法律くらい党利党略抜きで通そうぜ。瓦礫の処理が法律通すの大変だからって自治体の判断でやってよろしいと通達とか何だよそれ。
リーマンショックごときと比べてるのは最早論外なので触る気にならん。サブプライム問題からリーマンショックに連なる時期で民主が仕掛けた最大の問題行動が道路特定財源の失効だった。この辺の事情も知らん奴と何を語れと言うのか。
正直今ですら当時の想定に問題があったとか言ったら嫌な顔して「当時の対策で問題はなく菅が悪化させたんだ」とか平気でほざき出す自民議員少なくないでしょ。現に今そういう口ぶりだし。
http://www.asahi.com/politics/update/0418/SEB201104180025.html
元経済産業事務次官の広瀬勝貞・大分県知事は18日の定例会見で、経産省時代に原子力発電を推進してきたことに責任を感じるかとの問いに「ありません」と答えた。続けて「とにかく安全を第一に、しかしやっぱり安定的なエネルギーの供給という意味で、原子力をやらざるを得ないだろうと進めてきた。そのことは間違ってなかったと思う」と述べた。福島第一原発事故の後、経産次官経験者が責任について会見で発言するのは初めて。広瀬知事は九州地方知事会長も務めている。
広瀬知事は「責任を感じたり、あの時こうすればいいと思ったりしたことはありますか」との問いに答えた。知事は原発の安全性についても言及。「もっと地震や津波を大きなものに想定してやっていかねばならない。二重にも三重にも安全対策があるはずだったんだが、実は二重三重になってなかった面もあるわけだから、そうした面をしっかり生かしていかねばならない」と述べ、安全性を高める必要があるとの認識を示した。
自公系無所属の知事だが本気で「安全基準は問題なかった」という脳内正史のようだ。こいつに任せたら間違いなくもう一度やらかすな。
12日に菅が原発乗り込んでベント指示出した時点で既に直接介入してるし、15日早朝に統合対策本部設置発表でしょ。定型パターンで設置される災害対策本部の類と違って事前に全く想定されてないような対策本部と考えるとこれは相当早い。多分12日の時点で既に設置作業に入ってる。正直これより早いタイムラインって思いつかないよ。
つか逆に政治主導で介入しすぎ全部官僚任せにしろって批判する奴もいるくらいで、タイムライン的にはまだそっちの方が有りだ。あの無能極まる保安院に全部任せろとか脳沸いてのかみたいな話を横に置けばだが。
自民党だと統合対策本部は作らなかったんじゃないかな。事前想定は全く外れてましたとか、保安院は経産省のフツーの人がやっていて許認可出す以外能力ゼロですとか、そういうのはその仕組みを作ってきた自民党には絶対に認めがたい話なので、事前想定は無謬だったので事故発生時点の状況まで含めて全て東電の人災ですとか、こんなこともあろうかと自民が作っておいた保安院はとても優秀なのでお任せですとか、そっちに行くしかなかったかと。
少し前まで、日々震災情報や原発情報を読んでは鬱々としていました。特に原発関連はつい気になってしまい必要以上に情報を追ってしまった感があります。東北地方では何万人も亡くなっているというのに、原発や電力の話ばかりに気を取られている己の卑小さに、ただ恥じ入るばかりです。そろそろ気持ちの整理をつけて自分の胸中に溜め込んだモヤモヤを成仏させるために駄文を書き連ねることにしました。
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放射性物質について。
放射性物質が汚染したものは何だったのでしょうか。今後の影響も考えると、物理的な汚染もさることながら風評被害の問題のほうが大きいような印象さえ抱いています。
少し観念的な話なのですが・・・。人は主観的な世界に生きており、その外に出ることは出来ません。真に客観的な世界などというのは存在しないのです。「私」が住んでいる世界は「私」の脳によって理解されているのですから、「私」の外の世界は実は「私」の脳の中に入っているのです。「私」と「あなた」は別の世界に住んでいます。
放射性物質が汚染したのは空気や水や土壌だけではありません。むしろ、人の脳に形成された主観的な世界を汚染したと感じています。呪いや憑き物と同じです。放射性物質は「情報」を媒介して飛散し、人の脳に入り込んだのです。そういう意味で、「放射能」というよりも「放射脳」と呼ぶべきかもしれません。
卑近な例えで適切か分かりませんが、放射能はゴキブリみたいなものではないでしょうか。たいていの人はゴキブリに対して大なり小なり嫌悪感を抱いています。実害以上の嫌悪感を抱いているように思います。そういう嫌悪感に対して、「ゴキブリが発見された状況から推察して今夜の夕飯に使う食材を這い回った可能性は0.1%以下である」という専門家の意見が嫌悪感解消に役立つものでしょうか。ゴキブリが生理的に受け付けない人はこう言うでしょう。「そういう問題じゃない」と。
ゴキブリが出たレストランは評判が落ちるでしょう。例えゴキブリが食材の上を這いまわったわけではないと説明されても、もう二度と行きたくないと思う人は一定数いるでしょう。それを風評被害と呼ぶ人はいない気がします。
放射能がゴキブリのような嫌悪感を抱かせるものであるということは、事実として受け入れるしかありません。ゴキブリを必要以上に嫌悪するヤツは馬鹿だと罵ったところでレストランに客は戻ってこないと思うのです。こういった人々の嫌悪感というものを事実としてまず受け入れるところから、いわゆる「風評被害」対策の第一歩が始まるのかもしれません。・・・と思ったところで具体策など思いつくはずもなく、ただただ心を痛めるしかできない自分に無力感を感じます。
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「安心」や「信頼」について。
原発に対して安心していることと信頼することは全く異なる心理状態だと私は思います。安心とは、そもそも危険性に対して無関心であるということです。安全なのか危険なのか考えてもいない状態です。対して信頼するということは、危険性に対する情報を咀嚼した上で大丈夫であると判断する積極的な行為です。つまり、人の抱く心理状態は次の3つに分類されるのではないでしょうか:1.安心している、2.不安だが信頼している、3.不安でかつ不信感も抱いている。
もう私たちは安心することは出来なくなりました。つまり原発の危険性に対して無関心でいることは出来なくなりました。国や電力会社は逆立ちしたって市民を安心させることはもう出来ません。どんなに頑張ったところで、不安は拭えないが信頼してもらう、という状態を目指すことしか出来ません。
しかし、しばしば「不安を煽る」情報を隠蔽することによって市民を「安心させ」ようとする動きが見受けられます。これは悪手であると私は思います。安心するどころか、信頼を失う一方だと考えます。情報隠蔽は不信を煽ります。
原発の近くに住まう全ての住民は不安であり、かつ不信感を抱いていることと思います。しかし、原発を巡る議論がどんな結論に行き着くにせよ、今日本中で稼動している原発を即時運転停止することは非現実的だと思います。せめて信頼を回復するような真摯な動きが出てくることを祈ります。
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原発というのは、なんだか妖しい魅力を備えているような気がします。
原発は「科学技術」の結晶というイメージがあるように思います。私は科学と技術はまるで異なるものだと思っていますから、これを合成した科学技術という言葉も実に変だと思います。しかし何故だか、原発に対するイメージは「科学技術」という変な言葉の持つイメージとダブるのです。
原発が利用している核反応は、サイエンスとしてはとうの昔に終わった分野であろうと思います。私には物理学の知識はありませんから実際どうなのか知りませんが、実際に現象が発電所に応用される段階まで来ているわけですから既にエンジニアリングのフェーズに入っているわけで、サイエンスとしては既に終わっているのだろうと予想しています。しかしながら核反応というのは日常生活で触れる現象ではないだけに、サイエンスの側面から関心を抱く人が一定数いると見受けられます。
しかし原発は間違いなくエンジニアリングの観点で検証されるべきものです。例えば以前もんじゅが起こした事故では、冷却管に突き出した温度計が疲労破壊で破損しました。これを聞いて工学部を出た者なら誰もが思い当たるのがカルマン渦です。しかし、カルマン渦なら流れの方向に対して垂直な方向に振動するはずですが、疲労破壊の破断面の観察からは流れと同じ方向に振動していたことが指摘されています。そして、流体力学の観点からもレイノルズ数など特定の条件下では縦方向に振動する場合があることが分かっています。(←記憶があやふやで自信がありませんが、ググッたら同様の内容が見つかったので多分間違ってないと思います。)つまりこの事故は、材料力学と振動工学と流体力学の3つが関係した容易ならざる現象であったことになります。このようにエンジニアリングの問題とは複数の分野が高度に絡み合ったものとなります。
エンジニアリングでは、こういった問題をひとつひとつ潰していく地道な努力が求められます。科学的に見て原理的に可能だから出来るというものではありません。タコマ橋やコメットの連続墜落事故などの事例からも分かるように、数々の失敗を繰り返さないと設計というのは成熟しないのだと思います。非破壊検査なども必要でしょうし、地味で泥臭くて厄介なエンジニアリング上の問題というのは必ずあるものと予想しています。
にもかかわらず、経済や金融の人が原理となるサイエンスを少しかじっただけで専門家であるような言動を繰り返していることに、違和感を感じずにはいられません。原子力発電というのは、どうも科学的な原理を理解しただけで全体を理解したような錯覚に陥る、妖しい魅力があるのかもしれません。その妖しい魅力が国家予算も惹きつけてきたのではないかと邪推もしてしまいます。なんとも不思議に私には感じられます。
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「人災」について。
東京電力や保安院には苛立ちを感じていました。ふと気づいたのですが、あれは「私」の姿だったのかもしれません。私は彼らの会見を通じて私自身を見せられ、苛立っていたのかもしれません。そんな思いが頭をよぎりました。
彼らは発電所やそこで起きている「事象」についてよく理解しているようには見えませんでした。突然の事故に慌てふためき、パニックになり、右往左往して要領を得ない報告を繰り返していました。危機対応の訓練や準備が出来ていたようには到底思えません。どうせ事故は起きないだろうとタカをくくっていたことが透けて見えます。
そして、それはそのまま私自身に跳ね返ってくるのです。私は原子力発電について何も知りませんでした。朧気ながら東京はリスクを地方に押し付けているらしいとは知っていましたが、結局のところ電気なんてスイッチを入れれば点くものという程度の認識しかありませんでした。事故が起こって初めて実態を知り、事の深刻さに絶句し、国や東電を罵ることで自身の罪を免れようと必死なのです。
彼らはごく普通の人間だと思います。平均的な人間と比べて著しく能力が劣る人たちではありません。著しく欲深い人間でも、著しく悪い人間でもないように思います。陰謀論のような話で総括しようとすると、問題の焦点を掴み損ねるような気がしています。むしろ、ごく普通の、ごく平均的に善良でごく平均的に俗悪な人達が引き起こした結果であるように思います。
今問われているのは、原発の「技術」ではないように思います。原発の「運用」であり、それを担う人間です。原発の設計が問題なのではないのです。原発を運用する人間組織の設計が問題だと思うのです。
原発は技術的に安全だから安全、という主張はあまりにも人間というものを知らなすぎると思います。私が生きてきたたかだか三十数年の間にも、技術的に安全なものが幾つも事故を起こしてきました。電車、エレベータ、回転扉、ジェットコースター、と枚挙に暇がありません。そのたびにマスコミが組織の腐敗を暴き立て、私たち市民はそれを糾弾して溜飲を下げ、そして忘れていきました。これと同じことが東京電力や原発問題でも繰り返されるのでしょうか。それとも今度こそ私たちは歴史に学ぶことが出来るのでしょうか。
地震や津波は天災だが原発事故は人災だ、という意見をあちこちで見ました。確かにそうかもしれません。しかし人災だからといって犯人探しをして糾弾して終わりでは、同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。責任者個人の人格や属性に原因を求めると今後の対応を誤ります。地球を裁判にかけても地震は無くならないように、責任者個人を糾弾したところで今後の人災防止にはつながらないと思うのです。それよりも人間という生き物の行動パターンや組織の力学などを冷静に分析し、この再発を防ぐような運用体制を設計するべきではないでしょうか。
例えば、原子炉は仮に圧力容器が破損したとしても格納容器で放射性物質の漏洩を防ぐという設計になっていました。運営組織も同様に考えて、電力会社の運営が機能不全に陥った場合に備えて、有事の際には別の組織が指揮系統を引き継ぐような仕組みを予め用意しておく案はどうでしょうか。そもそも平常業務と危機対応では求められるスキルが全く異なるように思えますので、有事の際に別の指揮系統を用意しておくのが合理的に感じます。
また、電力会社は民間企業で営利団体ですから、安全対策にコストを掛けることにインセンティブが働きにくいという問題があります。ですので、電気代の一部(数%?)を「原発管理費」のような項目で積み立てるという案はどうでしょうか。マンションの管理費と似たような扱いです。地域住民もその管理費の用途の決定に参加できる仕組みとし、使途明細は公表を義務付ける必要があります。
情報開示の点では、モニタリングポストやそれに準ずる測定器をもっと設置するべきと思いました。情報の透明性を確保するためにモニタリングポストは電力会社とは別の団体(例えば地域住民が構成する団体)で管理されるものとし、常に現在の測定値をリアルタイムでウェブに掲載するような仕組みが必要なのではないでしょうか。
原子力安全・保安院が経産省の管轄にあることも疑問です。経済と産業の発展を目的とする経産省は、安全を監視する役割にはそぐわないように思います。そもそも原発を推進している経産省が安全管理も行うというのは、アクセルとブレーキを同じ組織がやっていることになるわけで、無理があるように思えます。例えば災害対策を専門に扱う省庁を一つ設けて、そこが原子力の安全性を監視するのはどうでしょうか。災害時は各省庁に横断的な指揮系統が求められますから、そういった役割を果たす省庁があるほうが危機管理もスムーズではないかと思います。
以上は所詮ド素人の浅知恵に過ぎません。プロが見れば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すような考えかもしれません。あるいは、とうの昔に指摘されていることなのかもしれません。とにかく私が思うのは、今後の議論を技術的な設計に終始するのではなく、あるいは原発賛成と反対で二極に分かれて不毛な争いを繰り返すのではなく、こういった運営体制も大いに議論し改善していく必要があるのではないかということです。原発の推進派と反対派がいたずらに衝突し疲弊するのではなく、こういった建設的な議論が行われていくことを切に願っています。
「原発から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。状況が悪化している時は特にそうだ。」 「何の話だ。少なくともまだ非常事態など始まってはおらん」 「始まってますよとっくに! 気付くのが遅過ぎた。民主党がこの国の政権を取る前、いやその遥か以前から原発震災は始まっていたんだ。」
「保安院内部には経産省OBも多数いることを知らん訳ではあるまい。事は既に政治の舞台に移されている。今は彼等を刺激することなく、その行動において協調を図り撤収の早期実現を模索すべき時だ」
とか、
「原子力の安全を預かる保安院が自らの失態を認めるがごとき行動は徒に社会の不安を増長させることにもなる」
とか本当に言い出しかねない。