はてなキーワード: ホールデン・コールフィールドとは
今日という日は四月も終わりだというのにやたらと寒かった。件の病院に向かうのに外へ出たら季節を間違えたかと思うような肌寒さだったんだ。受付の30代前半くらいの女のまたかと言わんばかりの不快な表情も近頃はあまりお見かけしていない。こちらに目も向けずただ機械的かつ事務的に僕を処理しようとしていた。
「忘れました。」
僕は答えた。
「お名前を教えてください。」
「...忘れました。」
女はうんざりしたように僕の手首に括り付けられた忌々しいJEIを小型リーダーで読み込んだ。なんせこんなやり取りを今までに何十回と繰り返しているんだ。うんざりもするだろう。僕だって教えて欲しい。でも忘れてしまったんだから仕方ないんだ。女はまるで始末の悪いガキを追いやるみたいにして僕を出入り口付近の腰掛け椅子に座るよう指示した。僕のような悪ガキを何百人座らせたらこんなふうになるんだろうと思うほどカチコチな腰掛け椅子だった。まるで冷たい岩にティッシュペーパーを敷いてやったみたいなんだ。本当さ。つくづく嫌な女だが僕のような12級3号の国民にとっては国営医療を受けられるだけでもありがたかった。下級国民に世間は冷たいんだ。しかし彼らは言うだろう。必要なのは平等と多様性の受容、そして怠惰で猥褻な思想を排除することだと。
「先日、新元号が閣議決定され、令和の時代も残り3日となりました。グエンさんは令和をどのような時代だったとお考えでしょうか。」
「この53年間、我々第三移民にとっては激しい差別と闘争の時代でした。ハノイ郊外のスラムで育った私にとって当時の日本は電気羊の縮れた腸のように思われました。労働を求めて重金庫にホールデン・コールフィールドのハンチングを閉じ込めた私は...」
僕はひどく座り心地の悪い椅子に腰掛け、受付に座っている冷血な女の言葉をすっかりスカスカになってしまった脳みそで反芻していた。
僕は15、6の頃、祖父の家の屋根裏で見慣れないディスクを見つけた事がある。ホコリを被った古い型番の汎用リーダーで再生してみると「教えて欲しい 教えて欲しい 教えて欲しい」と歌う男の声がノイズ混じりに聞こえてきた。頭がおかしくなったのかと思うかもしれないけど、それからしばらく裸電球が灯る薄暗い屋根裏で一人うずくまって泣いていたんだ。おかしな話かもしれない。当時僕には教えて欲しいことが山ほどあった。誰でもいい。何でもいいから答えて欲しかった。何をと聞かれても、それは対数計算の解き方でも、化学教師の本当の国籍でも、質の良いマリファナの見分け方でもないことは確かだった。僕は本当のことを求め、渇望していた。まるで冷たい宇宙に漂う北斗七星のようなもの。今ではそれが何だったのか、思い出すことすらできない。
「点数配分を誤った第一移民たちが私たちに馬の目を抜くような大量の綿菓子を抱え込んでいました。我々は令和という時代のカタルシスに翻弄された夜鷹として...」
ほとんど家を出られなくて、鬱々とした気分が続きました。
食欲はあって、眠れて、薬も飲んでいたんですけど、身体が動きませんでした。
それで、死にたくなったんです。
記憶の中の死んだ旧友や親族が輝いて見え、自分も彼らのようになりたいという思いがこみ上げてきました。
『ライ麦畑でつかまえて』で、主人公のホールデン・コールフィールドが、死んだ弟のアリーが好きだって言うシーンあるじゃないですか。
妹のフィービーに好きなものを挙げなさいって言われて、ホールデンは即答できなくて、追い詰められた末の答えがアリー。生きているやつらよりはずっといいやつだってホールデンは答える。
社会とうまく折り合いをつけられないホールデンは、もう死者にしか魅力を感じない。
彼みたいな気持ちになったんです。
それで、プラグ部が分解できる昔の延長コードを使って死のうとしたんです。
引き裂いた導線の片方を左胸に、もう一方を背中につけ、電源タップに接続しました。
すごく怖かったんですけど、心臓が拍を打つタイミングによっては、わずかな通電時間でも心室細動が起きて死ねるから、やってみようと思ったんです。
布団に入ってしばらく逡巡してから、電源タップのスイッチをオンにしました。
ものすごい出力の低周波治療器を当てたみたいな痙攣に襲われました。それと導線が触れている部分に焼けるような痛み。
それで、あまりに強い衝撃だったから、びっくりして電源タップのスイッチを切ってしまったんです。
しばらく胸と背中には違和感が残って、全身の震えが止まりませんでした。
自殺未遂はこれで二度目です。最初は睡眠薬をお酒で流し込みました。
その時は吐いて気を失ったあと目が覚めて、死ねませんでした。
今回も失敗です。怖くて怖くて、とても二度目はできませんでした。
SWの間、故郷に帰っていたベトナム人(20歳・男)のお隣さんが戻って来ました。結婚して、嫁を連れて。
もうアラサー童貞の私としては困ったクマった鬱だ氏のうdeathよ。
ベトナム語なんで何言ってるかは分からないんですけど、イメージとしては……
「Oh, yeah......Hey, come on......」
みたいに5単語くらいを繰り返しうめき続ける洋モノAVの音声だけが、壁越しに聞こえてくる感じです。
たぶんベニヤ2枚くらいの厚さで、押すとちょっぴりしなります。レオパレスも真っ青です。
掛け布団がめくれる音、ティッシュを取る音、イヤホン端子が机にカツンとぶつかる音まで聞こえます。
そんな住環境なので、
「Oh, yeah......Hey, come on......」
が細大漏らさず聞こえてきちゃうわけです。
このベトナム人新婚カポーがまたなんとも香ばしくてたまりません。
代わって新婦はちょいブスだけど愛嬌があって、数多の童貞を勘違いさせ打ち倒してきた、枯れ葉剤も物ともしないアマゾネスです。オタサーの姫やサブカル女子っぽくもあります。
だいたい5つくらいの単語が、姫に結婚をキメさせた材料だと推測されます。さっきから語彙少なすぎるぞ。
情報が不完全な分(かみさんは英語話せるけど、旦那は片言の日本語だけ)、妄想が広がリングです。
少年ジャンプ的な幼稚さを引きずる男の子ならいざ知らず、知性豊かな腐女子の皆々様方にはこの愉悦がご理解いただけるはずです。
二人が互いのA10神経を乳繰り合っている間、私の快楽中枢は高橋名人に16連射され続けます。
「Oh, yeah......Hey, come on......(優しく……して……(恥ずかしそうに目を伏せつつも本当は床上手。受け身でしとやかに振る舞いながら、愛撫・体勢・締め付け具合で完全にリード。実家は男の子を望んでいるから秘め事は排卵日当日。フィニッシュの体位は……))」
一番困るのは外で夫妻とエンカウントした時です。特に""翌朝""は、神妙な面持ちで異文化コミュニケーションするハメ、違う、羽目になります。
私はおもてなしジャパニーズの精神というか、察しと思いやりの信条(葛城ミサト談)で迎えるわけですが、童貞独り身なのでコールド負けDeath。そしてRebirthできなくてAirになります。真実は痛み。溶け合う二人が私を壊す。
江戸期の長屋では、聞こえないふりをしてご近所仲良く暮らしていたといいます。
聾唖者を夢見るホールデン・コールフィールドですよ。笑い男ですよ。
「I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes」