悪いが実話だwwwwwwwwwww
こどもの頃に好きだったことは、どちらかと言うと社会的に後から付け足されたことじゃなく極めて純粋にやりたかったことなんだと思う。人生で一個二個やりたいことがあったら十分なんでないか。
カウンセリング受けた方がいい
男友達は彼女持ちだといろいろ為になる話が聞けるし、普通の男友達とも同コン設定してくれることがあるし
上京して一人暮らししてるけど、親がそろそろ歳だけど俺は介護したくないから今後どうするかとか親と話さなきゃだけど話したくない。今の状況が一番幸せなんだよねー。相続とか要らんからこのまま失踪したい。マジで
フェリーで出会ったバイクの兄ちゃんと意気投合して一緒に行こうみたいな結構ウマがあったんだけど元々現地のバイク彼女?と合流してツーリング旅行する予定だったみたいで
現地で彼女と合流した時の『お前要らんオーラ』はもーホントに凄まじかったな(笑)
遠距離恋愛?で何カ月もしてない訳じゃん、『早くセックスしたい。出てけ。居なくなれ』みたいな怨念が滅茶苦茶伝わって来たもん(笑)
そしてそれに気づかない彼氏・・・・ご愁傷様です。 anond:20240601002155
優秀な人は人生でやりたい事なんていくらでもあるんだろうけど、
私みたいなゴミクズ劣等種は人生でやりたい事なんか1~2個くらいしか無くて、それを親にダメって言われたら一生開花しないまま終わるのよな。
成人した頃になると子供の時にやりたかった事なんか忘れてるんですよ。やっぱ子供の時にやりたいようにやらせてあげるってのは必要だと思いますよ。親の器ガチャ
個として女性をみれてないとか、彼女をアクセサリーとしかみれてない。とかいうスター集まるの笑ってしまう。
女が優遇されてることは確かにあるし、世間はそこまで男女平等ではない、当然男性が優遇されてることもある。どっちかと言うと需給の差が出てるとしか思えないが、それを無視して性格が終わっとるからですよ。というの女性さんあるある(昔からそういうのがあった)で、プロ野球選手に打撃フォームのアドバイスするそこら辺のおっさんと何ら変わらん、全く役に立たん素人意見。
あ、追加の質問ね。いいよ、答えるよ。ビッグマックの片手に頑張る!
リオで初めて「ボサノバ」と認識される音楽を演奏したのは、ジョアン・ジルベルトっていうギタリストなんだ。彼が1950年代後半に、リオデジャネイロのクラブや小さなバーでギターを弾きながら歌い始めたのがきっかけだったんだよ。
ジョアン・ジルベルトのスタイルは、すごく独特で、サンバのリズムをもっと静かで控えめな感じにしたものだったんだ。これが「ボサノバ」のリズムって感じになって、みんなに広まっていったの。
彼の演奏スタイルは「バチーダ」とか「スウィング」って呼ばれることもあって、ギターのストロークとリズムがすごく特徴的なんだよね。このスタイルが新鮮で、多くの若いミュージシャンたちに影響を与えたんだ。
それと、ジョアン・ジルベルトの歌い方もすごく重要だったの。彼の声は、サンバの伝統的なパワフルな歌い方とは違って、もっと柔らかくて控えめで、まるで囁いてるみたいだったんだ。このスタイルが「ボサノバ」の歌唱スタイルとして定着したんだよ。
だから、ジョアン・ジルベルトは「ボサノバの父」って呼ばれていて、彼の演奏がボサノバの始まりとされているんだ。彼の影響でアントニオ・カルロス・ジョビンとか、ヴィニシウス・ヂ・モライスとか、他の才能あるミュージシャンたちがボサノバをさらに発展させていったんだよ。
そういうわけで、リオで初めて「ボサノバ」と認識される音楽を演奏したのは、ジョアン・ジルベルトなんだ。じゃ、今度こそビッグマック食べるね!