先進国に工場置いて、末端まで先進国らしい給料を与えるには、たとえばテレビなら40型で30万は必要だろう。ところが今となっては40型は10万を割り込み、型落ち旧品は5万出してお釣りが来る価格。そしてそれを安い安いと手に取っていく。我慢したかいがあったと、喜ぶ。末端社員に金が回らなくなり、自殺者が増える。高価な値段は、私達先進国に住む人間の生活を支えるコストが上乗せされている。当然、いくらかを途上国に回せば、安くなるが、食えない人間が出てくる。

発電所の事故リスクと安定性は、私達先進国に住む人間のコストを色濃く反映している。事故リスクが高かろうと、それに見合うだけのベネフィットが、短期的にせよ享受できていたのは紛れも無い事実である。事故リスクを抑えるために何らかの措置を講じたりすれば、その措置に係るコストもまた、とてつもなく高くつくだろう。先進国の生活を支える人間が、先進国に住んで工事を請け負うのだから。癒着や談合を指摘したところでどうにかなる話ではない。私達は、事故リスクをかぎりなく抑えた上で、起きた後のリスクを無視―負の価値がないものと―して、そのコストを低く抑えたように見せてきた。私達は、運が悪かったのだろうか？いや、その運さえも、コストの算定には含まれていなければならなかったのだ。原発を絶って、禁断症状を出さずにこれからを生きることができるか、という問は、津波に飲まれて消えていった沿岸部の住人が命を以って解答を示している。

発電所は電力という現代的な生活を営む上で重要なインフラストラクチャを担っている。我々はそのインフラに、先進国に見合った高いコストを支払っている。正確には、支払ったつもりでいた、というのが当たっているかもしれない。今、その投資してきたインフラを更改すべき時期に差し掛かっている。それは、道路、橋、交通標識、信号機、電線、ガス管、水道管、建造物、歴史的文化遺産、文献、あらゆるものに及ぶ。それらはより強固に改められるものもあれば、不要なものとして廃棄されるものもある。これらは、私達の生活を支える手足の延長となるもの（文明）と、私達の生活を彩る情報を提供するもの（文化）と、視点を移すことで二つの見方ができる。
- 文明とは文字通り、文を明らかにするものである。これは私達がこれまで培ってきた文化を可視化し、何かに刻み、有形なものに残してきたものだ。私達の産み出してきたもの、遺していくものすべてが文明である。
- 文化とは、文明の文脈である。文明の要素ひとつひとつに、それは宿る。フライパンは調理するものだろうか、相手の頭を殴るものだろうか、それとも、食べものだろうか？これを理解するコード、それこそが文化である。
- これらのインフラ、すなわち文明文化、すべてに維持コストが係っているのである。そのコストを支えるのは貨幣という文明文化である。私達がまず為すべきはこの貨幣を衰退させぬこと、停滞させぬこと、遅滞させぬこと、何より広く、速く浸潤させ続けることが肝要なのだ。

貨幣を維持するためには国家の存亡が密接に関わる。国家は多くの文明文化を断絶し、貨幣もそれに漏れない。文化価値を共通化することで、国家間の貨幣衡量が可能となり、多国家規模で経済を拡大することができる。その弊害が世界恐慌やオイルショック、サブプライム問題であることは言うまでもない。文明文化の参加者が経済連携で増大した結果、私達人類は世界規模で一蓮托生となっており、ここから離脱するのはもはや至難の業である。

ところで、国家内部の社会保障もまた、維持に多大なコストを支払っているのは言うまでもない。その資産運用に確率的な問題が絡んでるのもまた事実であり、避けられぬ問題だ。年金基金が著しく減少する可能性、コストに算定できていただろうか？少子化という参与者数の減少に向き合っているだろうか？少数精鋭などと綺麗事を主張できるのは余裕がある今のうちだ。

発電所のコストの件で、「負の価値がないものとして」きたということを述べた。これは何も発電所のコストに限らず、権利に対するコストもまた、過小に評価されていると言わざるを得ない。過労死にせよ多くのハラスメントにせよ、これまでなかったものとされてきていたものが発露してくることで、その手抜き工事とも呼べる杜撰な体制が浮き上がってくるのだ。私達は先進国に住んで、先進国の生活を享受しているが、それは手抜き工事の上に築かれた先進国に似つかわないものではないか？

これら見えてきたコストに対して、それを新たに算定に加えることに抵抗を覚える人間が多いのはわかりきった話である。あらゆるものにコストが上積みされたそれを支えられなくなったとき、私達ははじめて、本当の恐怖を覚えるのだ。

とはいえ、歴史は繰り返す。「先の津波」の記憶を忘れた、その文化文明が遺した声から断絶したところにある私達は、また「先の津波」に飲まれたのだ。過ちもまた繰り返す。その過ちを防ぐコストを、私達は払えるか。未来への投資という見えないコストを―そして最も価値があり、それがゆえに最大のコストを―私達は払えるか。