はてなキーワード: ミニチュアダックスフンドとは
同級生にミニチュアダックスフンドのアリビツって子がいたんだけど、体育はホントだめで、みんなバカにしてたんだけど、逆上がりは得意だったんだよねっていう妄想をしました
韓国映画パラサイトの金持ちが住んでるような1階はガラス張り、広い庭、愛玩動物ミニチュアダックスフンド付きで、若干雑然としていて生活感はあるもののアイテムの一つ一つが洗煉されオシャレな一軒家に暮らす幼い主人公。
彼は妹が生まれたことで両親の愛情や関心が妹にばかり向かってしまい嫉妬し泣いてしまう。
妻が職場復帰したことで在宅勤務の仕事(恐らく相当な高給取りであろう)とそんな2人の幼子の育児に忙殺される父親の苦悩。
両親の実家との関係も良好そうで、祖父母からは孫である主人公と妹に多大なる愛情が向けられていた。恐らく実家の方もそれなりには裕福であろうことが覗かせる。
冒頭ではそんな様子がいろいろと描写されていた。
こいつらに苦悩があるなら俺の人生はなんだ?
こいつらからすると俺の住処などうさぎ小屋にでも見えてるのだろうか?いや俺みたいな階層の底辺、視界にすら入ってないんだろうな。
そんなに辛いのだったら俺がお前の人生変わってやろうか?こいつらは明日俺と身分が変わってたら絶望し発狂して死ぬんだろうか?
そんなことばかりが頭に浮かんだ。本編など何も頭に入らなかった。いや正確にはあの辺りから先を見ることができなかった。
気づけば涙が止まらなかった。
俺の生きてきたすべてが侮辱された気がした。
俺にはわかる。
謎の格上感:ラブラドールレトリバー 謎の格下感:ゴールデンレトリバー
謎の格上感:アラスカンマラミュート 謎の格下感:シベリアンハスキー
謎の格上感:ミニチュアシュナウザー 謎の格下感:ミニチュアダックスフンド
謎の格上感:ジャックラッセルテリア 謎の格下感:コーギー
今日、十四年飼っていた犬が死んだ。ミニチュアダックスフンドのオス。名前は書かないでおく。
耳の中に腫瘍ができていて、摘出には手術が必要だったけれど年齢的に全身麻酔は厳しかったこともあり、消毒と薬でこれ以上大きくならないように対処していた。
視力も大分落ちて、いろんなところにぶつかりつつノロノロと家の中を歩いたり、自分で排泄することはできていたけれど、十日ほど前からそれもできなくなった。
一日のほとんどを寝て過ごしていた。頭を撫でると顔を上げて、床に這ったしっぽが左右に揺れたりした。水飲み場にも自分で行けなかったので、こまめにお皿に入れた水を口元に持って行っては飲みたいかどうか確かめていた。
四日ぐらい前から排泄したい、というアクションもなくなって、寝たままおしっこをするようになった。トイレシートを何枚も重ねて引いて、その上に犬を寝かせた。
おしっこをしたらシートを取り換えて、汚れた体を拭いて、また寝かせた。
耳の腫瘍のせいだと思うけれど、体液が耳から鼻へ流れて呼吸が苦しそうだった。鼻水が垂れるたびに拭った。
毎日、今日で死ぬかもしれないと思ったし、こんな状況だけど寝ているだけだからまだまだ生きれるんじゃないかと思った。
呼吸する犬の胸に耳を近づけて、人間のよりもずっと早い心拍の音を聞いていた。
六日の夜、自分が寝る前に犬を撫でた。痩せて、撫でると骨の形がわかる。固形のごはんを受け付けず、痩せぎすな体だけど、温かくて、心臓が動いてて、呼吸していた。
撫でたのは深夜一時過ぎ。犬の短い呼吸を聞いて、それから自分も寝た。
七日の朝四時過ぎ。家族が泣きながら自分を起こした。犬が息をしていないという。
犬に触ると死後硬直が始まっていて、体が硬かった。あー死んじゃったんだ、と思った。動けなくても、寝てばっかりでも、ずっと生きてくれるんじゃないかって思ってたけどそんなことはなかった。
体を撫でても温かくない。でも毛並は変わらなかった。この十四年、撫で続けた愛犬の感触だった。
家族で犬を囲んで撫で合った。それから犬とのお別れ方法を話し合った。結果、市のゴミ処理場のペットを火葬してもらう部署へ連れて行くことにした。
九時前にゴミ処理場を訪れて、犬を預かってもらった。大きい冷蔵庫に案内されて、その一角に犬を置いた。「ばいばい○○」と名前を呼んでお別れした。
アッサリ犬を置いて冷蔵庫から出てきたけど、犬を預ける料金を支払ったり署名をしたりするときに本当にこれでお別れだと思ったら泣けてきた。
今日一日、犬のいない家に帰るのを無意識に避けていたみたいで、映画を見て時間を潰したり、本屋を何軒もまわったり、用もないのに車を出して出かけたりした。
それでも帰らないわけにはいかないから、帰ってきたけど、犬がいないのはショックだった。
毎日犬に話しかけて生活していた。家族がまだ帰ってきてなくても、留守番している犬にただいまって声をかけて頭を撫でていた。もういない。
ついさっきスマホの待ち受けが愛犬だったことに気付いて、可愛らしくカメラに目線を向けている(正しくは自分が犬の視線にカメラを持っていったんだけれど)写真を見ながら泣いた。
随分前から同じ待ち受けにしてたから、犬が生きてる時にはそんなに気に留めてなかったんだろう。
悲しくて、苦しくて、誰かに聞いてほしくて匿名で投稿することにした。
自分のツイッターに書くことはまだ出来ない。ツイッターを開くたびに泣いてしまいそうだから。
十四年、よく生きてくれたと思う。犬に噛まれて血が出たことも何度もあったし、腹が立ったことも数えきれないぐらいある。
なんで犬なんか飼ってるんだってイライラする時もあったけど、でも楽しくて笑い転げる時間の方が多かった。
今は寂しいし、本当に悲しいけれど、泣いてばかりいても生きるのが楽しくないだろうから早く笑顔で犬のことを思い出せる日がくるといいなと思う。
ばいばい○○。十四年間本当にありがとう。とっても楽しかった。ずっとずっと忘れないよ。お星さまになって、みまもっててね。それで私が死んだら、むかえに来てね。
読者が六百人ほどいたから、半分意識を失いながら書いたような記事に対してもなんらかの反応があって、とても居心地が良かった。
精神が疲弊したらそのままの感情を書き出した。すると数時間後には誰かが看病してくれた。乳幼児にでもなった気分だった。二足歩行する乳飲み子であった。
だがしかし、ネットの民衆なんてのは所詮ネットのマミーに過ぎない。
我が身と現実世界の相性の良さに、自分の事ながら驚愕し、来る日も来る日も森羅万象を肌身で感じ、頭を垂れながら優しい風を感じ続けた。
木造住宅に火炎瓶を放り込んだ経験のある方であれば、きっと分かってくれるだろう。
二次元に傾いていた体を力尽くで戻し、その反動のまま猛烈に三次元に飛び込んだ。
瞬く間に俺の心は震え出した。それは決して畏怖などではなかった。
太陽の祝福と、満月の賞賛と、雷雲の拍手に迎えられて、俺はやっと現実世界へやって来られた。
燃えるように踊った。
見知らぬ犬を撫でた。
「ごめんねごめんね……」
見知らぬ花をもぎ取った。
「うれしいうれしい……」
見知らぬ女をナンパした。
はてなブログの外で必要とされる常識や倫理を全く知らなかったからだ。
俺は気がつけば、近所の厄介者となり、白い目を向けられるようになった。
それでも嬉しかった。
表情のある争い。
俺が求めていたのは、皮膚が貫かれる音、風に吹かれ抜けて行く毛髪、容赦なく地を汚す血反吐の嵐だったのだ。
それこそが俺の追い求めていたものだったのだ。
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やはり、追い求めるべきものは質であり、量ではない。