「スペースインベーダー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: スペースインベーダーとは

2013-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20131213194555

商業ビデオゲームの祖であるPongノラン・ブッシュネルユタ大工学部

更に源流を辿るとスペースウォー!のスティーブラッセルMIT

日本ビデオゲームの父とも言えるスペースインベーダー西角友宏東京電機大学

面白いゲームっていうなら、HAL研岩田聡東京工業大学

ポピュラスピーター・モリニュー大学二つ卒業してるみたいだし、

GTAのダン・ハウザーはオックスフォード大学

大学が知性を保証するわけじゃあないけど、面白いゲーム作ってる人は

教養技術を兼ね備えたうえで面白いもの世に出してる。

木の棒を伝説の剣に見立てるとか「風の声を聴いていれば事故は防げた」

と同じセンスを感じる。

実際に作ってる人は経験センスに裏打ちしたうえでしっかり考えて、

受け手既存ゲームで積み上げてきたものから逸脱しないよう、

それでいて新しい面白さを生み出そうとしてる。

あと日本ゲームがつまらないと思うのなら、単に買わなければ、遊ばなければいい。

昨今なら目立つタイトルはそこそこにローカライズされるようになったし、

ローカライズされないタイトルダウンロードで買えばいい。

日本人日本ゲームを惰性で買ってるから、作る側も安い作りのゲームを出してくる。

買わないで潰れるなら仕方ないけど、こっちも詰まらないものを遊ぶくらいなら面白い方を選んだ方がいい。

買わないでいれば、もしかしたら潰れる前に冒険して復活するかもしれない。

ならその時にまたしれっと日本ゲームに帰ればいい。

日本ゲームを詰まらなくしたのは、詰まらないのに惰性で買い続けたり、

海外面白いゲームを探さずに国産ゲーム広告何となく買うような客のせいだよ。

2013-05-30

「俗悪流行歌」と「非実在青少年」 歴史は廻る

「俗悪流行歌」と「非実在青少年」 歴史は廻る

表現規制歴史をふりかえってみようか | DDN JAPAN - DIGITAL DJ Network

http://japan.digitaldj-network.com/archives/51565236.html

日本表現規制史年表

http://megalodon.jp/2010-1012-0424-32/homepage2.nifty.com/tipitina/HYOGENC.html

サブカルチャーという定義いまいちぼやけているので分かりまねます大衆文化という定義で捕らえるとサブカルチャーから何かしらの特別な影響を生み出す物ではないとは思っています。60年前の新聞には歌謡曲が俗悪流行歌として取り上げられています

文化というもの時間を掛けて成熟され評価される物だというのはいつの時代も同じだということです。

コンピューターゲーム日本において広く認知されたのは今から30年前のスペースインベーダーブームがだと思われます、そしてファミコン誕生から26年です。

漫画に至っては50年を超えています

統計を見てもファミコンコンピューターゲームがなかった時代あった時代少年犯罪の発生率は増えてもいない減ってもいないというのが正しいのではないでしょうか?

犯罪の質も殺人強姦、強盗といった重大犯罪よりも自転車泥棒といった横領が増えています。これは経済的にやむにやまれずと犯行を行ったり性の発散を行う術がなかった事による悲劇だと思いますがむしろ今は一人っ子によるストレス孤独による物であったり周りに常識を教えてくれる人が居なかったが故に、周りの大人達が行っている行為を行ってしま放置自転車を持って帰ってしまったり放置傘を持って行ってしまったといった類の物だと思います

子供性的創作物との距離感についてですが

の子供が自ら意識して興味を持ち見るといった行為を私は遮るべきではないと考えています

自らの意志性的な物に興味を持ち見てみたいという行動も自分の中で性を消化していく過程では必要なのです。

問題なのは性的創作物に触れる意志がない状態で見てしまう、受け入れる準備が出来ていない状態で見てしまう事が問題なのではないかと思います

たとえばティーン向けの雑誌で性の相談を載せるレベルならいいでしょうが全員が受け入れる準備をしていないのに前戯仕方が載っているなどといった事です。

成年雑誌についてはテープで封がされていて開けないようになっていたり、成年ゲームに関しては元々が相当高額であったりクレジットカードによる認証必要だったりとハードルが高くなっています

出来る限り心の準備が出来るまでフィルタリングソフトで見せないようにしてそれを自力で解除してまでみたいという気持ちが生まれてきたのなら黙認しつつ正しい性教育も行っていく、家庭内でもタブーにて触れないのではなく体の成長に伴う不安に思う心を和らげてあげるサポートをしていくのが良いのではないでしょうか。

by bobcoffee 2010/03/25 17:18:05 from hatena haiku 返信 初稿 2009年05月14日

2010-05-22

おい、今すぐGoogleトップページを開け

http://www.google.co.jp/

30周年ってことで、プレイ可能なパックマンになってる

効果音がでるので、勤務中の方は注意)

ちなみに、スペースインベーダーも今年で32周年。

どーでもいいけど

なめ猫がブームになったのも

任天堂からゲーム&ウオッチ1作目(ボール)が発売されたのも

ルービックキューブが発売されたのも

目指せモスクワを歌いながら、モスクワオリンピックボイコットしたのも

イランイラク戦争勃発したのも

YMOブレイクしたりしたのも

山口百恵が引退したり、結婚したりしたのも

松田聖子河合奈保子柏原芳恵田原俊彦近藤真彦デビューしたのも

Drスランプが連載開始されたのも

ニルスの不思議な旅とか、伝説巨神イデオンとか、宇宙戦士バルディオスとか、がんばれ元気とか、怪物くんとか放送されたのも

この年なのか

2009-09-22

今後iPhone AppStore で買える有名ゲームメーカーの主な移植

*基本「移植元になったゲームをなるべくがんばって再現してみた」のを掲載。だからテクモの『DOA Black Jack』とかは除外。

バンナム

メモタイトル数・質共にトップクラス(22日現在体験版含28タイトル)。巧妙にiPhoneというプラットフォームフィットさせてくる。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。やはり、コナミか。塊魂』、『ミスドリ』はシリーズ入門編に最適。    パックマンのことはいい加減忘れてあげよう。

ミスタードリラー

塊魂

Time Crisis

のびのびBOY(予定)

ACE COMBAT(予定)

パックマン

脳トレ

ギャラガ

ディグダグ

ルミネス(予定)

コナミ

メモiPhone アプリ専用ページを立ち上げる等気合は十分。まさかMGiPhoneで拝めるとは。最初に発表した四タイトル以降はどうも動きが鈍い感が。アプリひとつひとつの仕上がりは流石の出来。

Dance Dance Revolution

タイムクライシス

パワプロ

サイレントスコープ

メタルギアソリッド

サイレントヒル

パワプロ?(前はあったはずだが今は消えてる?)

カプコン

メモバイオ。それがすべて。

バイオハザード

タイトー

メモ:『スペースインベーダー』の一作目が散々だったり、バタ臭い下水ゲーム出したりと妙に迷走してきたTAITO。しかし、『SPACE INVADER INFINITY GENE』で一皮むけた……か? タイトル数・質的iPhoneでも中堅どころは変わらない。

森田将棋

スペースインベーダー

クッキングママ

・バズルボブル

スクエニ

メモ:え?

SEGA

メモ米国版ストアと値段設定や出ているタイトルが大きく異なったり、『ぷよぷよ』だけ名義が微妙に違ったりとやる気があるんだかないんだかよくわからない。

ソニック

ぷよぷよ

モンキーボール

ハドソン

メモiPhoneオリジナルタイトルが多い。タイトル数では日本ゲームメーカーではおそらくナムコに次ぐ(ゲームロフト除く)。『クレヨンフィジックス』などインディペンデント系ゲームローカライズも手がけている。セールス的にはどうも苦戦してらっしゃるよー様子。

http://game.watch.impress.co.jp/docs/series/iphone/20090807_307860.html

パズループ

ボンバーマン

・さめがめ

洋ゲー

日本市場EAとGameloftの独壇場。Gameloftは先日アプリ総販売数600万本を達成した屈指の勝ち組工作員? ああ、そんなこともありましたっけ(笑)

テトリス

Myst

ブラザー・イン・アームズ

Doom

・The Sims

Sim City

Grand Theft Auto(予定)

Need For Speed

Tiger Wood PGA Tour

アサシンクリード

プリンス・オブ・ペルシャ

Civilization

ワークジャム

探偵神宮寺三郎

エンターブレイン】(アスキー

ペンギンくん WARS


「お、こんなんもあるのか。面白そうだけど、iPhone/Touchじゃどうなんだろ……?」とお悩みのかたは体験版youtube動画を参考にしよう。

アプリ購入レビュー欄はヤフーニュースコメント欄並に(特にゲームは)知能水準が低いので、バカを鑑賞したい時以外にはおススメできない。

2009-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20090617013133

俺は別にそういう会社とか就職する気は(今のところ)ない文系学部に所属するパソヲタなんだけど、

趣味ゲームでも作ろうかなぁって思うとなんだかんだRPGが一番手っ取り早くなっちゃうのよね。

ていうか、正直なところアクションゲーはハードCG進化しすぎてて大したもんが作れない。

じゃあコマンド式の古典的なもんでも作ろうかなと。そうなってしまう。

いまの20前後のガキって、

・後期ドラクエ

3D化後のFF

スマブラ

マリオカート

パワプロ

ぐらいしかやってないやつも結構多い。

割とやってる方の俺でも、STGとなるとスペースインベーダー(SFC版)と東方しか経験なかったり。

別に彼らを擁護する気もないんだけど、(いい意味での)ヲタでもねぇくせにそっちの分野の専門学校行っちゃったやつらなんて、

そんな程度なんじゃないのかな。まぁ、覇気もプロ意識のかけらもないけどね。

話変わるけどとりま肩慣らしにしょぼいRPGでも作ってみようかと思い、

今そのための勉強と思ってFFDQwizオリジナル版を1から順番にやっている。(ハードソフトはなんとかした)

ああこんな風に発展していったのね、と色々勉強にはなっているんだが、

そこからさらなる新しい要素を作りだそうとなるとなかなか思い浮かばない。

まぁそんな革新的なもんアマの俺がアッサリ編み出せたら苦労しないんだろうけどさ。

2008-10-11

私のプログラム

初めは小学生の頃か。

実物のスペースインベーダー記憶はない。

しかし、それを皮切りにアーケードゲームのみならず、ゲームウォッチ、ケームセンター嵐などを経て、ファミコンが登場する「ゲーム」の時代だった。

「ゲーム」コンピューターゲーム意味になった時代だった。小学生も「コンピューター」にワクワクした。

21世紀コンピューターにより人工知能ができる。そんな時代だった。

でも、アルファベットを知らない小学生BASICは難しかった。ぴゅう太がせいぜいだった。

中学生学校PC-9801があった。後のパソコンである。

PRINT」で文字を表示する。「GOTO」で行き先を変える。それは分かった。でも何をすればよいか分からなかった。

だから「ベーマガ」で16進数を打った。でも動かなかった。何度も調べ、直し、試した。デバッグした。

してようやくゲームが動いた。ゲームはつまらなかった。

でも動いた。自分の入れた文字で数字でコンピュータが動いた。自分で動かした。動かせた。

BASICで線を引きマシン語で文字を動かした。

高専に進んだ。Turbo Pascalコラムスもどきを作った。

初めてフルスクラッチで書いた。配列も使った。

小学生のころから6年が過ぎていた。

Turbo Cも使った。IDEで使うそれは、インタプリタのノリだった。

FM-Rレイトレースもした。一晩かけて、エラーが起きていた。

でも、構造プログラミングを学んだ。ポインタも学んだ。マシン語の知識が役立った。

Solarisも使った。EmacsやXも使った。オブジェクト指向も知らずC++にも触れた。

GC構造体を代入して使い回し、Xサーバを落した。

家のノートFreeBSDを入れた。rootになった。

awksed正規表現を学んだ。そしてperlに出会った。

コラムスもどきを作ってから6年が過ぎていた。

テレホーダイにした。Mewを使った。チャットをした。

perlで掲示版の書き込みをチェックし、madokaで遊んだ。CGIを書いたりした。

脆弱性を見つけた。作者にメールした。ドキドキした。

perlと出会ってから6年が過ぎていた。

オープンソースプロジェクトに参加した。

はてなに出会った。JavaScriptに出会った。

BookmarkletgreasemonkeyAjaxオブジェクトだらけだった。

初めはゲームだった。でも最初だけだった。

ハードを叩き、ライブラリを叩いていた。

サーバを叩き、ブラウザを叩いてきた。

気が付いたら24年が経っている。

今、pythonで書いている。

ようやく、言語の違いには慣れてきた。でも、まだLISPを使った事はない。

道はまだまだある。未知の世界につながっている。

作りたい物が本当は何かは分からない。作れる物が本当は何かは分からない。

でも、何かがあるような気はする。だからプログラムしてみる。

どんなふうに動くのかは分かってない気がするけれど、分かっている事もある。

今も「コンピューター」にワクワクしている。

それが今の私のstatusだ。

http://anond.hatelabo.jp/20081011173016

2008-05-27

任天堂に対抗するだって?w 無駄な抵抗はやめておけ ~最強の55歳~

任天堂宮本茂Wiiに関するNew York Timesの記事。

http://www.nytimes.com/2008/05/25/arts/television/25schi.html より拙訳。タイトル含め、所々意訳。

追記:原題の " Resistance Is Futile (抵抗は無意味だ) " はスタートレックに出てくる有名なフレーズだそうですね。これはそのままのほうがよかったかもしれません。教えてくれた人どうも



任天堂に対抗するだって?w 無駄な抵抗はやめておけ 〜 最強の55歳 〜」



宮本茂ゲーム界のウォルト・ディズニーと言っても決して言い過ぎではない。


ディズニー1966年に亡くなったとき、宮本さんは14歳の少年だった。学校で教鞭を執っていた父の元、彼は日本古都京都で育った。当時漫画家を目指していた彼はディズニーキャラクターに夢中になり、ひたすら絵を描いていたという。絵を描いていない暇なときは、自ら遊び道具を作った。祖父の工具を借りては木彫りの人形を作ったり、予備のモーターを見つけてはそれに糸とブリキの缶を組み合わせてカーレースをしたり。


かの有名なドンキーコング、そしてマリオゼルダといったゲームを生み出し、最近ではWiiを世に送り出した宮本さんは世界で最も知られ、影響力のあるゲームクリエイターだ。世界中ゲーマーにとっても憧れの的である。しかし有名人になっても彼の仕事への態度は微塵も変わることはない。その姿勢はまるで謙虚な職人さんと言ったところだ。


ミッドタウンマンハッタンのとある高層ホテルの特別室にてインタビューは執り行われた。彼は部屋に設置されたソファの一角に座っていた。今年で55歳になる男とは思えない天使のような笑顔の彼は、長年人々を楽しませてきた人が持つ独特のオーラを発していた。


宮本さんの生み出した数々の作品は世界中の人々に文化の壁を越えて受け入れられ、経済的な成功をもたらした。その成功はエンターテインメント世界で比べるならば、ディズニーのあの伝説級の成功と肩を並べると言ってもいいほどだ。


そんな宮本さんがもし西洋人間だったら、早々に会社を辞めて自ら会社を興していたかもしれない。きっと何千億もの大金を得られたに違いない。セレブになってエンターテインメント界の象徴としての地位を築いていたかもしれない。


しかし彼自身は任天堂王様として人々の憧れの対象になったにも関わらず、妻と子二人という家庭のごく一般的なサラリーマンという印象を与える。ただ一般のサラリーマンと違うのは、創造力に満ち溢れて特別幸福な点だが。そのためタブロイド紙を賑わすセレブのようにマスコミの餌食になることもなく、比較的平凡な生活を送っているようだ。


インタビュー中、宮本さんをウォルト・ディズニーに例える話が出た際、宮本さんはディズニーの功績にはとても及ばないとした上で、こう補足した。「僕にとって大切なことは、僕だけでなく任天堂で活躍する人たちがもっと世間に認められて会社全体のブランドが今以上のものになることです。もし皆さんが任天堂ブランドディズニーのそれと同等のものと見なしてくれるのならば、それは会社として大変光栄なことですし、私自身も嬉しいです」


宮本さんが30年近くも前に生み出したひげ面のイタリア人配管工・マリオは、ある調査によれば地球上最も有名な架空のキャラクターだそうだ。彼と肩を並べるのはミッキー・マウスぐらいだという。


宮本さんが生み出したゲームのうち、ドンキーコングマリオゼルダシリーズだけでも売上合計は3億5千万本はくだらないという。そして彼が生み出したのはゲームだけではない。任天堂ゲームばかりを買い求める熱狂的なファンも生み出した。全人類が今までゲームに消費した途方もない時間のうち、そのほとんどは宮本さんが関係しているのではないだろうか。ちなみに、今春に行われたTIME誌によるインターネット調査では、宮本さんは世界で最も影響力のある人物に選ばれている。


しかし宮本さんの最新の作品・Wiiに群がっているのはなにも古参ゲーマーだけではない。少し説明を加えよう。


ほんの18ヶ月ほど前、ビデオゲーム市場マニアだけが喜ぶニッチ世界へと沈みかけていた。だがそんな折、この産業に大革命をもたらしたのが何を隠そう、任天堂社長岩田聡とこの宮本茂宮本さんの正確な役職は代表取締役専務情報開発本部長)だったのだ。彼らのアイデアシンプルであるがゆえに革命的だった。ゲーム作りにおいて、コアゲーマーを刺激する次世代技術ばかりを追求するのではなく、家族で遊べることを重視し、複雑な操作の必要がない安価でお手軽な娯楽を追求しようとしたのだ。それがWiiの発売へと繋がる。そして特に従来のビデオゲームとは無縁だった女性層を呼び込むことに成功している。今のところ、Wii世界で2500万台以上を売り上げている。これはライバルのソニーマイクロソフトを上回る数字だ。


この成功をさらに積み上げようと、先週任天堂北米においてWii Fitを発売。従来のゲームドライブしたり物を投げたりジャンプしたり銃で撃ったりという動作を楽しんできたのと同じ感覚で、テレビの前に立ってヨガなどを楽しめるゲームだ。今のところ明らかにできる具体的な売り上げデータはないが、既に売り切れの店舗が多数報告されているようだ。


世界中アメリカメディア文化が幅を利かせているが、ビデオゲームに関しては日本が最も成功している。そしてWiiDSの成長により、任天堂日本で最も価値のある企業のひとつとなった。また経済誌・Forbesによると、前経営者山内溥氏が総額8000億円ほどで日本一資産家となったと報じている。(任天堂宮本さんの報酬を公開していないが、彼は資産ランキングには参加していないと思われる)


宮本さんがいなければ任天堂はただの花札屋に戻っていたかもしれない」 No.1ゲーム雑誌・Game Informer 編集長、Andy McNamara氏は任天堂1889年創業当時からのビジネスに言及して指摘した。「彼はおそらく、ゲーム業界にいる99%の人間に影響を与えている。宮本さんと任天堂がいなければビデオゲームなんて存在しなかったに等しい。彼はすべてのゲームクリエイターの父の父なんだ。ゲーム業界に数々の遺産を築き、業界を象徴するキャラクターをたくさん生み出してきた。それでもおかしなことに、いまだに彼はWii Fitなどを通じて自らの限界を超えようとしている」


宮本さんは1975年金沢美術工芸大学卒業後、2年ほどして工業デザイナーとして任天堂に入社している。そして彼の作った初代ドンキーコングは、スペースインベーダーアステロイドパックマンとともに、当時急成長していたゲームビジネスの立役者となった。その後も初代マリオブラザーズによってアタリショックで疲弊していた家庭用ゲーム機市場を救い、1980年代以降、彼は社内で頭角を現し始め、任天堂と言えば宮本茂と言われるほどだった。


市場クソゲーが氾濫し、アタリ社が失脚した際に登場したのが、かの有名なNESNintendo Entertainment Systemである。任天堂NESによって人々の家庭用ゲーム機に対する熱を再び燃え上がらせることに成功した。西洋1985年に発売されて以降、瞬く間に当時最も普及したゲーム機となったのだ。


それ以降宮本さんは、最近マリオカートWiiスマブラXスーパーマリオギャラクシートワイライトプリンセスなどといったヒット作も含め、70近くものゲームに直接携わってきた。下請けメーカーの作るゲーム監督し、今までにのべ400人ほどのゲーム開発者と関わってきた。


Wiiによってゲームには無関心だった層を魅了する一方、馴染みのタイトルの最新作においても宮本節は健在で、ゲーマーたちの信頼も厚い。


彼はなぜこれだけのヒット作を生み出せるのか。彼のゲームデザインに徹底して一貫しているものは、細部への気配りと拘りの積み重ねである。それだけだ。ディズニー社がしゃべる動物たちであそこまで会社を大きくできたのにちゃんとした理由があるだろうか。それと同じだ。青い作業着を着た風変わりなおじさんが人気者であることにも、これといった理由はないのだ。


あえて言うなれば、宮本さんがゲーム世界において生き神のように崇められる理由、ひいては私が20年以上前スーパーマリオブラザーズを遊ぶためにピザレストラン行列に並んだ理由はこうだ。彼のゲームには、もうワンコイン投入してコンティニューすることを厭わない魅力があるからだ。現代風に言うと、もう一時間ソファに座っていたいという魅力だ。


また、映画評価が特殊効果の質で決まるわけではないのと同じように、ゲームの評価もまたそのグラフィックスだけで決まるわけではない。この基本を大概のゲームクリエイターは忘れてしまっている。しかし宮本さんはその基本を忘れることはない。それは映画マニアが例えば…そう、先日公開された「Iron Man」なんかよりも昔の白黒作品を好むように、宮本さんの初期の作品群もまた、今でも娯楽としての役割を充分果たし、広く楽しまれていることからもわかるであろう。


ディズニー副社長で、Disney Interactive Studios社のゼネラルマネージャーを務めるGraham Hopper氏は電話インタビューを通じてこう言っている。「ビデオゲーム産業において幾度も成功を重ねて来た人物、しかもそれが世界規模で、となるとそんな人はほとんどいません。宮本さんはそのうちの一人です。しかも彼の場合、長期にわたり成功を重ね続けて来たわけです。同じレベルで肩を並べられるクリエイターはおそらく存在しないでしょう」


宮本さんの生み出すキャラクターマリオドンキーコングだけではなく、ピーチ姫ゼルダ、そしてクッパリンクゲーム界の有名キャラ目白押しであることを考えると、彼がキャラクター中心のゲーム作りをしていると思われるかもしれない。しかし実際はまったく逆だ。宮本さんによれば、ゲームシステムや仕組みを考えるのがいつも先で、キャラクターゲームデザイン全体を見て考えられ、配置される駒に過ぎないという。それは一見平凡で退屈に見えるゲームの基本要素に注力するということだ。ゲーム全体の流れや設定をどうするか、ゲーム内で達成すべき目標や克服すべき障害はなにか……。


「自分としては、私たちが作ったマリオリンクなどのキャラクターを皆さんが好きになってくれるのは、ゲームそのものが楽しいからこそだと思います。ゲームに夢中になれるからこそ、結果的にゲーム同様、キャラクターも好きになっていくんだと思います」と宮本さんは語る。


宮本さんの最近の作品はマリオキノコ王国ゼルダのハイラルのような風変わりな架空の設定や創作キャラクターに頼らないものとなっている。彼のペットであるシェットランドシープドッグに触発されたNintendogs を始めとして、Wii SportsWii Fit、そして次回作Wii Musicのようなゲームを見ればわかる通り、宮本さんはペットボーリングヨガフラフープ音楽といったいわゆる"趣味"に根ざしたゲーム作りに惹かれているようだ。まるで抽象画を極めた画家が最後には写実主義に目覚めたかのように。


「ここ5年間で自分のゲーム作りの方向性は変わったのかもしれませんね。昔はもっと自分自身の想像力を使ってゲーム世界観を練り上げていったと思うのですが、ここ5年間は自分の私生活での興味を引っ張りだして、それを何かしらの遊びに繋げられないかなと考えるようになっていったと思います」


このイカれた配管工はなんで亀を何度も踏み続けてるの? この緑のナイスガイはなんで同じお姫様を何度も助けにいくの? そんな考えを微塵も起こさないほどゲームに無関心な人たちの目を向けさせることに任天堂は成功している。それは宮本さんのこれらの考え方が強力な武器となったことの証ではないだろうか。


そして強力な武器はもうひとつある。


さて、プレイヤーゲームに直接参加したいと思ったときどうすればいいのだろうか。インターネットにはSNSMySpaceがあるし、テレビにはオーディション番組American Idolがある。何を隠そう、それを実現してくれるのがWiiMii機能だ。MiiWiiユーザーが自由に作れる変幻自在のアバターだ。そう、最新の任天堂ゲーム主人公マリオでもゼルダでもない。あなた自身なのだ。


「私はMiiに関してはマリオゼルダと全く同じ任天堂財産だと思っています」宮本さんはMiiに関してこう述べた。「Miiが面白い点は、子供であろうと大人であろうと、ひとたびゲーム画面のMiiを見てプレイし始めれば、もうその人はゲームに没頭できるんです。通常のキャラクターで遊んでいるときは、ゲーム世界から一歩下がって遊んでしまうことがありますが、自分のMiiを作成して遊べばゲームとの一体感はより増します」


任天堂は今夏にWii Musicの続報を発表すると期待されている。その基本コンセプトは、既に完成された楽曲を楽しむGuitar HeroRock Bandとは大きく違い、作曲即興演奏の楽しさを体験させてくれるものだという。


ところで、宮本さんは学生時代からBeatlesLovin’ Spoonfulのような洋楽を聞いて育ったという。ピアノカントリーギターも弾けるし、カントリー音楽マニアでもあるという。インタビューの後、宮本さんと会食の場を設けた際にこんなことがあった。その会食があったレストランのショーステージカントリーミュージシャンのRicky Skaggsが数日後に上がる予定だと聞いた彼は、即座にその名前に反応し、半ば冗談ではあるが「滞在期間を延ばしたい」と苦悶の表情を浮かべたのだ。実際には予定通り彼は帰ったのだが。


そんな音楽好きの宮本さんが作るWii Musicに関して彼はこう言及してくれた。「遊ぶ人がまるで本当に作曲しているかのような体験が簡単にできるものをお届けしたいと思っています」


これだけ彼のゲームがヒット作ばかりだと、次回作がヒットするかどうか賭けをするのはさすがに馬鹿らしい。誰よりも"遊び"を知り尽くしているのはデジタル時代のウォルト・ディズニーこと宮本茂なのだから。

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