はてなキーワード: ドライブとは
一番の理由は、「ソーシャルゲーの何が悪いかわからない」という、(おそらく内側の人間の)発言があるからだと思うよ。
それがなければ、パチ屋なんかと同じで「下衆な商売してやがんな」という認識があるだけで、わざわざどうこう言ったりしない。
仮に、パチ屋が「パチ屋の何が悪いかわからない」と言い出したら、同じように否定する。
点数で評価するなら、この側面において評価すると-20点ぐらいであるにもかかわらず、世間的な評価が総体として-120点ぐらいであるとすると、なんだか気になりますよね。
世間的な評価はそこまで悪くないと思うよ。それははてな界隈とか、限定的な評価じゃないのかな。
できれば
同じようなビジネスで、ソーシャルゲーと比べて相対的に高い評価を与えられていてバランスがとれてないビジネスがあったら教えて。
それは「ある側面においては」だからでしょう。
点数で評価するなら、この側面において評価すると-20点ぐらいであるにもかかわらず、世間的な評価が総体として-120点ぐらいであるとすると、なんだか気になりますよね。
点数はもちろん個人的な評価なのですからばらつきはあるにしても、その大きなギャップは埋まるものなのだろうかということです。
類似したビジネスモデルに対して同じ感情を持っているとは思えないところもあるとすると、「このビジネスモデルにはクソ」には何か飛躍があるのでしょう。
「合理的な行動をとらないと事前にわかっている人に対して、それを助長し過剰にドライブすることを前提にしたビジネスなので、まあネガティブな印象」と自分で説明をしてみましたが、
ある側面を見れば、合理的な行動をとらないと事前にわかっている人に対して、それを助長し過剰にドライブすることを前提にしたビジネスなので、まあネガティブな印象をもつのもわらないではない。
それだけはっきり分かっているのに、なんで
肯定すると言うより、どうしてここまで嫌われているのかは疑問に思っている。
ようになってるわけ?
本来は和泉千晶→杉浦小春→風丘麻里→小木曾雪菜→冬馬かずさの方がいいんだろうけど私は
杉浦小春→和泉千晶→小木曾雪菜→冬馬かずさ→風丘麻里 の予定。
・千晶=若いころの関係にとらわれない。春希よりも自分を優先する「まっとうな人間」。
・麻里=若いころのかずさ→主人公の関係の反復。ただし大人。
という感じかしら。やってみないとわからんけど、千晶はヤバイ香りがプンプンする。
これだけみたら、かずささんが優遇されすぎな気がするね。
雪菜さんの不憫さがハンパないけど、逆転を期待するしかないね。
ちょこっとやった限りでは、風丘麻里はクリアしなくてもいいんじゃないかな、と思ってきた。
このキャラは、かずさ的なポジションのまま、良い先輩のままのポジションの方がいいんじゃね?と。
このキャラはあえてやるなら最後のご褒美って感じにしたい。少なくとも冬馬のあとにしたい。
冬馬にしたって、主人公が雪菜ルートまでにヘタレというか過剰な自虐的ナルシシズムを改善、せめて自覚してくれないかぎり、やる気が出ない。
そんくらい冬馬はすきなんだよな。主人公、しっかりしてくれー。
とりあえず、キャラの好みは現時点では
雪菜さん < 小春 < 千晶 < 依緒 < かずさ <麻理 となっております。
ただ、往々にして、ストーリー的でみると、
ツンデレキャラのストーリーの質はかなり下がることが多いので(ツンデレキャラは報われない時が一番輝くのにそうしない)
小春を一番手に置くのが安牌だと思われ。千晶はまぁ主人公の欺瞞をぶっ壊す立場として期待。
ここで主人公が壊れなければ、麻理投入したあと雪菜に。どっちがぶっ壊す役か微妙にわからないんだよなぁ。
しかし、この作品のシナリオライターは変態だなぁ(良い意味で)
この間ドライブで街の真ん中を流れている川の上流の方へ行ったんだ
川の上流にはキャンプ施設とかダムがあるんだけど、そこに向かう山道をしばらく登ったところの途中のトンネルを抜けたら、
急に真新しい家々が立ち並んだ風景が目の前に広がった
道沿いにはコンビニがあって、小学校もあって、子供たちがちょうど下校する時間らしくて、子供がたくさん歩いてる
妙に街全体に若々しい印象を持った
でもかなりの山の中なんだよ
その場所に行くまでには、もう寂れたガソリンスタンドとか、畑みたいのがずっと続く場所があって、
片側が壁みたいになってるせまい山道をずっと登ってくる必要があって、トンネルもあって、
正直どうしてこんなところにこの人たちは家を持とうと思ったんだろうと疑問を持った
小学校ができるくらいの数の若い世帯がこの場所には暮らしている
うちの父だったら、電話した後すぐに割引券をもらいに車でかけつけると思う
おばさんだからとか関係ない
強いて言えば、あの年代の人たちにとってはクリーニング屋の店員さんと話すのがちょっと楽しみだったりするし
ちょっとした労力を払って賢く節約した気分に浸るっていうエンターテインメントなんだと思う
半額になったパンを買うために夜中に車をとばして買い物に行くのも理解できないけど(うちの父の話)
半額のパンを口実にドライブして、ダイエット中にも関わらずいっぱい食べちゃうのが楽しいんだろうなって思ってるから何も言わない事にしてる
オシャレそのものが好きな男もたくさんいるんじゃない?
古くはダンディズム(近代ヨーロッパのスノッブの一種)、そこから派生したクラシックオタク(オーダースーツとかシャツとかね)、
ストリートスナップを席巻する人々とそのフォロワー(彼らはコーディネートやスタイリング重視)、髪型やスタイリング剤にすごく凝る人(若年層に多し)
みんな装わないと完成しないし、彼らの欲望が「モテ」にドライブされてるわけではないのは言うまでもない
そこまで行かなくても、「試着してみて気に入ったからこの服を(モテとか関係なく)買う」なんてのは、ごくありふれた感覚だしね
目に染みるようなたくさんの光に囲まれながら告白されたのはいつだかの夏だった。
しばらく一人でいたかったのは、ひとりの人と深くつながることで起きる、気持ちのせわしさが面倒だったから。
だけど、あなたは言った。ありきたりな言葉でも、真剣な気持ちなのは伝わってきて
私の考えは実に不誠実で失礼だと反省した。
まずは片足を突っ込んでみようか。私たちの付き合いは始まった。
いま。あなたは泣く。
大声で。枕に顔を埋めながら。
私の好きな車でドライブして、さぞかし彼女は喜んでいただろう。
私たちのお気に入りの街で、彼女との買い物は楽しかっただろう。
次の日、私と過ごした時間は、セックスは、罪悪感がありながらしたのだろう。
そんなことに気づかず喘ぐ私に、あなたは安堵しただろう。
あなたに包まれて眠る私を見て、大切にしよう、とでも思っただろう。
いま。あなたは泣く。
呼吸もできないほど泣くあなたを、私は包む。
恨むべきものは私の想像力か。ちがう。なによりもあなたを責めきれないことである。
あなたの望む罵倒は、できない。できるのにしないんじゃない。できない。
そして、私はあなたを許せない。
私はひどい人間だ。
あんた一昨日くらいに下のような内容を投稿して消さなかったか?
基本設定が似てる。
設定の似た作り話を何度も投稿して何がしたいんだ?ブクマ集め?意見収集?
「二番目」でいるのが辛い
そうなると、もちろん前の彼氏が初めての彼氏で、三年も付き合った相手らしいけれど、僕と付き合うためだけに別れてくれた。
初めてラーメン屋に連れていってくれたのも、初めて一緒にお酒を呑んだのも、初めてカラオケに行ったのも、
初めて一緒に映画館にいったのも、初めてドライブに連れて行ってくれたのも、初めてお泊りをしたのも、
初めての海外旅行も、初めて一緒に手をつないで街を歩いたのも、初めてふたりきりでクリスマスを祝ったのも、
初めてキスをしたのも、初めてのセックスも……前の彼氏はあらゆる「初めて」を彼女に教え、彼女のあらゆる「初めて」を持っていった。
僕は何をしても二番目。すでに恋人ではなかった前の彼氏とは今でもいい友人として続いているらしく、
彼女はとても無邪気なので、あらゆる場面で何のためらいもなく前の彼氏の名前をだしてくる。
僕と何かしようとするたびに、「これ、◯◯君ともやったことがあるんだよ」。
彼女の経験したことのない何かを教えてあげようと、いろんなところに連れていっても、どんなことをしても、
「これ、◯◯君ともやったことあるよ~」と、いつもの愛くるしい笑顔で言ってくる。
下世話な話、セックスにしたって、どんなプレイを試してみても、僕も僕で訊かないほうがいいものを、
つい「これ、前の彼氏ともしたことある?」と訊ねてしまい、その度に彼女は「うん」……。
僕は俗に言う処女厨ではないし、今まで付き合った彼女達は別に僕が初めての彼氏ではなかった(僕が初めての彼氏という娘もひとりいたけれど)
彼女が前の彼氏と何をしていようと自由。僕だって前の彼女達といろんな経験をしたんだし、僕が口をはさんだところで過ぎたことはどうにかなることじゃない。
しかし、何をしても、どんなことを試みても、彼女に「初めて」を教えてあげることができない。
僕に思いついてできる限りの彼女の「初めて」を、前の彼氏が根こそぎ持っていった。
彼女の中ではもう過ぎたことでも、「◯◯君とやったことがある」ことを彼女としている間、前の彼氏の幻影が常につきまとっているような気がする。
一体何をすれば彼女の「初めて」になれるのかわからない。彼女のあらゆる経験に前の彼氏の手垢がついている。
身勝手な理屈だとはわかっていても前の彼氏のことを、ずるいな、と思う。卑怯だ、と思う。
男としてこんなことをいうのは酷いのかもしれないけれど、せめて彼女が僕の前に、たった一人ではなく何人かと交際していてくれたなら、少しは気も楽になる。
前の彼女達にはそんな気持ちを抱くことはなかった。彼女が初めてだ。きっと、「二番目」であることが僕には辛い。
彼女にはそんな気持ちを悟られないように努めてはいても、前の彼氏の事を考える度に心がくすんでいくのがわかる。
僕にできるのはせめて彼女の「最後」になってあげることくらいだけれど、「初めて」になるのは「初めて」を過ぎてしまえば終わる話だが、「最後」になれるかは終わりまでわからない。
どうすることもできないがそれでも、醜い嫉妬を抱いてしまうのは、彼女に対して申し訳なく思う。小さい男だな、と我ながら思う。彼女の無邪気さがなおさら、僕に罪悪感を植えつける。
http://anond.hatelabo.jp/20111124082001
要するに彼が言ってるのはこういうことだから↓
「僕だって人並みに恋愛してセックスする権利があるんだ!あるはずなんだ!
僕だけセックスできないのは人権侵害だ!人権を蹂躙されている哀れな被害者だ!
僕だってお金を払わず責任を取らずに性的好奇心と自尊心を満足したいんだ!
君は『在庫一掃処分セール』に参入している崖っぷち独身女なんだから、
結婚相手候補者である僕の要求を呑まないわけにいかないだろう?
君は焦ってるんだから、僕が要求さえすればきっと僕を受け入れてくれるだろう?
さあ!君の体を僕に捧げたまえ!責任取る気はあんまりないけどね!」
だからこう態度で返答する気。
「まあーこんな私と結婚してくれるなんて嬉しいわあ!
美味しいお店に行って綺麗な風景を身に行って、映画見に行ってドライブしてカラオケして一流のホテルに泊まりましょう。
いろんなところ連れていって美味しいもの食べさせて可愛い服買って下さいね★」
じらしまくってどこまでついて来るか、賭けてみよう。
読んだ。
後述するように、この巻はあまり内容がないようなので、読感について書く。
すごく・・・つまらないです・・・(ほめてます。読みやすいと同意)。
まったくつまるところがない。スルスル読める。読み終わるまで20分かからなかった。
今まで20分以内に読めたラノベは「俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長」だけだがそれと並ぶ記録だ。
ちなみに私はめちゃくちゃ読むの遅い。みーまーなんて1冊読むのに4時間とかかかるんだぜ。それでもこれは20分で読めた。
10分読み捨てが基本の齋藤孝の本でもここまで読みやすくはない。これはすごい。
20分で読みきれた理由として、まずまず文章の絶対量が少ないことをあげておく。
まずページ数が少ない。たった255ページしかない。
ただでさえページ数が少ないのに、1つの文ごとに改行する。
さらにときどき文字がでかくなってさらにスペースを使う。
この時点で、おそらくほかのラノベだったら180ページくらいの分量しかない。
ただ、全体の文章量はそれほど重要ではない。重要なのは本当につまらず読めたことだ。
つまらずに読めることと全体の文章量は関係がない。
どちらかというと、1ページあたりの文章量および情報量が少ないことが大事なのだと思う。
(冲方丁みたく、短い文章でもやたら情報量多い記述を取ればそれだけ読むのに時間かかるしな)
文章量以外にも1ページの情報量を減らすための工夫がすごい。さらによみ飛ばしても問題ないように工夫されている。
まず地の文。
主人公の主観なのだが、主人公の精神が今ひとつ働いてないと言うか、ゆきてる日記みたいな感じで淡々と記述に徹している箇所が多い。。
そのため地の文で重要な要素が語られることは殆ど無く、重要なところは傍点をふってくれているのでそこ以外は読まなくてもほとんど困らない。
というかもともと場面移動がすくなく(ずっと部室)、登場人物による会話が主体で話が進むので、本当に会話だけ読んでればいい。
地の文の「刺身のツマ」っぷりは凄まじく、主人公が喋ると「あ、こいつ何か考えてたんだ」と感じるレベル。
で、肝心の会話だが、キャラクターの性格をそのまんま表したお約束的な発言が多く、繰り返しが多用されるため、
慣れると誰と誰が何について会話しているかさえ把握できれば良いということになる。
たとえば小鳩とマリアの会話は、この二人が会話しているということさえ把握すればやり取り自体を読む必要がない。
1ページ1秒で読み飛ばせるページがちらほら。
なんというか、読んでる時の感触がマンガだ。ライトノベルと言うか、文章で書いたマンガ、という印象。
デカ文字による強調とかも、コマ割と考えれば分かりやすい。
そういえば、ちょっと長文読むと、すぐに「長い、三行で」とか書く厨房みたいなのを最近ネットでもよく見かけるけど、
本読み慣れていない人からすると、一度に処理できる情報量って、本当にマンガと同じくらいじゃないとダメなのかもしれない。
それをちょっとでも超えると、全く別の読み方を強いられるのでストレスになるとかあるのかも。
とにかく、この作品は、マンガしか読んだこと無い奴でも読めると断言する。
読んだこと無いやつでも、すぐ読みおわれる、お勧めしやすい。
テレビほどではないにせよ、話題として共有するのにもってこい。
いや、テレビだって30分とか1時間かけてみないといけないことを考えたら、
こっちのほうがより軽い。流通させやすいくらいだと言える。
これは強いで。
ただまぁ、7巻だけでこの本を評価するのはアンフェアだと思う。
読みやすいこととその理由は分かったが内容についてはなんとも評価できない。
というのもこの巻は多分、全体の中では閑話休題的な位置づけになっているためだ。
外伝ではなくまぎれもなく本編ではあるが、ストーリはほとんど進行しない。
骨休め&次巻以降に出てくる登場人物の顔見せ&最後にちょこっとだけ予告。そんな感じ。
他の作品で言えば、みーまーの「8巻 日常の価値は非凡」と近いと思う。
本筋だけを理解するのが目的であればみーまーの8巻は
「本筋を離れて旅行に行きました。帰ってきたら○○が殺されていました。続く」で終わりであり、この巻もそんな感じ。
この巻も、本筋だけを追うなら、245ページ以降以外はパラ読みで構わない程度である。
他の巻だと多分もうちょっと色々気を使いながら読む必要があるんだろう。
ちなみに、読むのに手間がかからないのと、続きはそれなりに楽しみなので、多分8巻は読む。
6巻以前は、なんとなくわかるので多分読まないと思う。
一応気になったページ。このページは10秒以上かけて読んだ。他のページは3秒以内で読める。最初の70ページのドライブ感は爽快だった。
72、87、95、99、109,112、114、128、132、137、145、156、169、177、190
215、221、232、235、245ページ以降。
あと、ブリキ絵について。わたしブリキ絵今まであんまりスキじゃなかったんだけれど、ちょっと好きになったかも。
塗りがきらいなだけだった。白黒で見るといい感じ。圧迫感ないし。
たぶん思ったような反応が来てないと思うので、めずらしく書いてみたくなりました。
まず大前提としてですがFacebookはセックスのためにあるビジネスです。
それを認識したうえでつきあっていかないと、あなたのようにいろいろ苦労が多いとおもいます。
それに現代のビジネス(とくに若い人向け)の大半はセックスにつながっていると
言って過言ではないです。セックスのチャンスを上げるためのビジネスがほとんどです。
客の最終目的=セックスということに対して色々な物品や便益を提供してお金を得ています。
mixiやモバゲーはもちろんですが、IKEAだってそうだし、H&Mの服やAppleの音楽、
例えばソーシャルネットは知らいない人と知り合ったり過去の知ってる人と出会うことで
出会いというセックスのチャンスを上げるサービスですし、洋服なんかはお洒落になれば
相手に気に入られるチャンスが増えます。インテリアも部屋に来た相手を
その気にさせるために重要ですし、車もドライブして口説くために大事なツールです。
麻薬が禁止されてる世の中で、身近に快楽を得られるものがセックスなのです。
そのためにいろんなことが必要なので、それがビジネスになってます。
なのでFacebookでつながっている人があなたにセックスを求めてくるのは、
チャンスのひとつとしてあなたをみている自然な行為にすぎないのです。
(ん、ちょっと話し飛びましたかね。)
ちなみに都会の人も心の奥底ではヤりたいとおもってると思いますよ。
ががっつかないのは、都市という競争が激しい環境で田舎の人より
田舎の人と比べて”ダイレクトにセックスに誘っても成功率が低い”と知ってるか
どうかの違いだけです。
なのであなたが都会の人と食事なんかをしているときに誘ったり弱みをみせたら
何割かの男性はチャンスと見て口説きにくるでしょう。
食事をしても誘って来ない人やFacebookで友達登録してるだけの異性も居ると思いますが
そういう人達も、デートや相手を口説く予行練習だったり、異性が友達リストにいることで
新たな異性へ安心感を得るためにあなたを利用しているひとが大半だと思われます。
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
(1/2:コメントに返信追記)
さっきFacebookを見たら、知り合いの女の子が梅田で数人ではしゃいでいる写真がアップされていた。
率直な感想が、「うわ、うらやまし」だった。
というのも、その間自分がしていた事は家のパソコンで一人画像を見ながらオナニーだったから。
このギャップ。現実のギャップに落ち込む。リア充への憧憬は隠せない。
これは確かなことだ。嘘はない。でも、なんか違うんだよな。本当のことを言うと、違う。なかなか理解されないけど、この憧れというのは、「自分もその場に居合わせたい!」という願望ではない。「自分も女の子と一緒にはしゃぎたい!」というのとは、実際は違う。そこに落ち込んでいるのではない。リア充と僕の隔絶は、そこではない。
僕は、リア充にはなれない。それは、「土曜のこの時間に女の子と一緒にはしゃいでいないから」ではないのだ。そして、僕がリア充に憧れているのは、今の自分のこの状況に悔やんでいるからではない。では、なんなのか。
今まで何度も経験したこの感じ。大学の人達と飲みに行ったとき、朝までカラオケをした。6人か7人ぐらいで、ノリがいい男2人と僕と、女の子4人だったかな、忘れた。飲みに行って、その後カラオケ、よくある事だ。その後にも何度かあった。
ぜんぜんたのしくないんだよな。
女の子が不細工だとかそういうことではない。曲が合わないとか会話に入れないとか、そういうのも関係ない。そんなに言うほど仲いい人たちじゃないとか、そういうのも違う。男ばかりだったらとか、女ばかりだったらとか、そいうのも関係ない。ただ、こうやって集まって盛り上がるとかが鬱陶しい。自分は一人で居るほうが気が楽だ。本当に、経験するたびに思う。そういう自分に気づく。でも、誘われたら行く。なぜなら、リア充に憧憬があるから。でも、そのたびにまた現実にぶち当たる。馴染めない。
自分がリア充になれないのは、そういう環境に身を置けないからではなく、その状況を良いと思えないことにある。
僕が憧れているのは、僕が羨ましいのは、「その状況を楽しいと思えることそのもの」だった。
(コメント返信追記)
今頃ブクマがなぜ伸びてるのか謎すぎるけど、ブクマコメントを読んで思ったことをいくつか。
結構誤解されてる方が多い。俺はカラオケのくだりで断って書いたつもりなんだけどなあ。なかなか理解されていない。リア充リア充言うから余計に誤解を招いたかもしれない。
集まりの内容なんて関係ないんですよ。オフ会であろうが趣味の集まりであろうが大学の飲み会であろうが会社の打ち上げであろうがオタクの集まりであろうが、集まりそのものが苦手、で、楽しくない。全然盛りあがれない。知ってる話題でも楽しくない。詳しいと余計に喋りたくない。関心のある内容はこんな場で話したくないし話題にもあげないで欲しい。話し振られると適当にごまかす。鬱陶しい。早く帰りたい。メンバーとか内容は関係ないんです。その辺を勘違いされてる方がブクマコメントで多数お見受けできるので、再度確認のため断っておきました。
本当は全レスしたかったけど面倒だからトップ10へレスさせてください。年始暇なので。
その間ってのはフェースブック見てる間じゃないぞ。知人のフェースブック画像で抜きながら落ち込んでるとかテンションが病気。
neogratche
一人でいる事の方が楽なのに、「それは負け犬の人生だ」って社会が否定してくるから苦しい、っていうのはあるかもしんない 2011/12/31 26
一人でいるのは楽だけど別に楽しくはないんですよね。かと言って、人といて楽しいかとういうとそうでもないにもかかわらず、楽しそうにしている人を見ると自分もそうなれるのかもしれないと期待して現実を知る。その繰り返しでした。
fromdusktildawn
「数人で盛り上がって楽しむ」ということができないのは、単に感性の問題だと思ってる人がときどきいるけど、スキルの問題が大きいんだ。「数人で盛り上がって楽しむ技術」というのがあってそれをマスターすればいい 2012/01/01444 clicks 21
めんどくさいっすね。そんなめんどくさい技術ならいらないっす。よく、頑張ったら頑張った分だけ喜びも大きいとか言う人いますけど、私はそれ全く理解できないです。むしろ頑張った分だけ割に合わないと感じる方なのでそういう努力はしません。
y_u_s_u_k_e
オナフェイス充
xevra
要するに他人に興味が無いんでしょ。他人が喜ぼうが悲しもうが死のうがどうだって良いんだろ。だからつまんないんだよ。圧倒的な自己中が非モテの特徴。/大勢が無理なら異性とデートすればいいだろう。捗るぞ 2012/01/0114 clicks
大勢の場で他人に興味抱いてる人って気持ち悪い。そんなのどうでもいいに決まってんじゃん。村社会かよ。自己中ってのは他人の迷惑を顧みないとか、自分の都合で他人を動かそうとするやつのことで、俺は他人に関心がないだけで文句つけたり迷惑かけたりはしてないから、それに対して文句言われる筋合いはないんだけどなあ。一応ある程度空気読んでるから。
rin51
よう、おれ / 学生の頃 男女6:3くらいで山へドライブへ行って目的もなくダラダラ過ごしてるのがツラくて「おい、とっとと帰ろうぜ」と駄々こねたのがオレ 2011/12/31
じゃあ行くなよ!まあ、何か楽しいことあるかなって期待もあったんだよな。無かったら帰るのが正解。
feita
俺も、人間としてぶっ壊れてることへの敗北感と優越感を感じます。中二病的な意味で。/まぁぶっちゃけ単に自己中なだけなんですけどね。こっちからアクションしてあっちからレスポンスないだけでストレスがマッハ。 2012/01/015 clicks
君のそれと俺のそれは全然違うように思える。ぶっ壊れてないし、羨望はあっても敗北感はないし、優越なんかどっから湧いてくんのって感じ。自己中でもない。俺は人に場に合わせるから。俺はレスポンスなんかなくていい。
AmanoJack 本題無視
ROM専腐女子として別に何か書きたいことがあるわけじゃないけど書き手になることに憧れる、みたいな……私もそんな風に萌えてみたいよ……オタ充爆発しろ……みたいな 2011/12/31
みんながみんなそうなら分かるんだけど、みんな楽しそうにしていて自分が全く楽しくないのはなんなのでしょうね。みんな嘘ついてるようにはとても思えない。ていうか嘘ならフェースブックにわざわざ書かんやろ普通。
nymc
価値の無い集まりにしか参加したことがないからそう思うんじゃないかと思う。自分にとって価値ある、楽しい集まりはお前自身が作れ。他人に頼り過ぎ、任せ過ぎじゃないか? 2012/01/0216 clicks
親戚からも、近所の人からも、お父さんにそっくりねと言われて育った。つらかった。
学校では男子にいじめられた。暴力を振るわれたり物を壊されるようないじめではなくて、避けられてた。
そして影であだ名をつけられて、笑われてた。
苗字と動物を混ぜたようなあだ名で、ブスしかつけられないようなあだ名。
私は太ってない。標準か、少しやせてるくらいだと思う。
だからダイエットして見た目が良くなる可能性は無いんだ、良くなるには整形しかないんだ、と絶望してしまう。
父にドライブに連れて行ってもらうことがある。
そこでいつも「国立大学に行け」といわれる。
「おまえは俺に似てブサイクだから、勉強を頑張らないとな、ハハハッ」と言われる。
全然笑いごとじゃないし、誰のせいでこんな顔に生まれたと思ってるんだろうと、憎くさえなる。
そのドライブは弟は一緒じゃない。私だけ呼ばれる。
弟は顔がいいと思う。友達は、弟のことを、大倉忠義に似てるねと言ってた。
弟が家に連れてくる友達は、私を笑って、あだ名をつけているようなグループの男子だと思う。
私と弟は、階層が違うって感じがする。弟の友達に見られて何か言われるのは怖いし、最近は弟もこわかったりする。
でも父は、弟は心配じゃないんだと思う。
息子は心配じゃないけど、娘がブスで、この先が心配で、結婚も出来なさそうだから一人で生きていく方法を教えようとして、
いつもドライブに誘うんだと思う。
でも勉強さえすれば一人で生きていけるの?学校がよければブスでもいい企業に入れるの?
私はそこでも差別されるような気がしている。面接で顔で落とされるんじゃないかと思う。
父も、私が娘じゃなかったら、どうせ私をただのブスとみなしていると思う。
面食いだから母と結婚したんだと思うし。母は美人。弟は母に似たから顔がいい。
逆だったら良かったのにと思う。私が母似で、弟が父似だったら…。
見た目の差別は女のほうが絶対に厳しいと思う。
レジストリを起動する
レジストリの内容を参照/編集するには[スタート]ボタンをクリックして検索ボックスに「regedit」と入力
HKEY_CLASSES_ROOT\Applications\********.exeまでいく (applicationという似た名前があるので混同に注意)
(規定)を右クリック
その後再起動する
パーティション分割してファイルをDドライブに移動させたりすると関連付けできなくなる。
http://menushowdelay.blog13.fc2.com/blog-entry-302.html
関連付けを設定できません
以前は問題なく動作していたアプリケーションなのですが、ファイルを右クリックから、このアプリケーションで開くことだけができなくなりました。
アプリケーションを開いた後で、ファイルをウインドウ内にドラッグ&ドロップすることならできます。
ファイルを右クリック→プロパティ→全般→プログラム:変更→ファイルを開くプログラムの選択→参照→プログラムから開く
で実行ファイルを選択することで、普通は「ファイルを開くプログラムの選択」ダイアログに戻って一覧に選んだプログラムが表示されるはずなのですが、このプログラムだけが表示されなくて困ってます。
ひょっとして、導入後にフォルダごと移動したりしませんでしたか?
レジストリを一切いじらずにインストールが可能なアプリケーションでも、実はこの「プログラムから開く」の「プログラムの選択」で参照してしまった場合、Windows2000/XPでは
HKEY_USERS\(ユーザー識別子)\Software\Classes\Applications
以下に登録されます。別の見方をすると、こうして登録された後で「レジストリを一切いじらないアプリだから」 という理由でフォルダごとどこかに移動したり、フォルダ名をリネームしてしまうと、先のレジストリの記述に不整合が発生し、以降はその不整合を直接編集によって書き換えたり値のデータを削除したりしない限り、永遠にそのプログラムで開くことができなくなるという不具合を生みます。「ファイルを開くプログラムの選択」ダイアログの「参照」ボタンをたどって移動先やリネーム後のアプリケーションを指定しても、エントリは正常に書き換えられることはありません。直接編集以外に道はないのです。
「スタート」ボタン→「ファイル名を指定して実行」→ regedit と半角で入力してEnterキーを押下します。
HKEY_USERS\(ユーザー識別子)\Software\Classes\Applications
以下に該当アプリケーション名のキーが存在したら、とりあえずバックアップをとってからキーを丸ごと削除します。
バックアップとその書き戻しについてですが、今回の事象の場合はreg saveコマンドを利用する必要はなく、該当キーを選択した状態で、右クリック→エクスポートを選択し、名前は適当に「aaa.reg」とでもつけて、デスクトップあたりにでも保存すればよろしいかと思われます。
該当キーを削除しても、OSが起動しなくなったり、デスクトップ画面までたどり着かないようなことは一切ありません。
HKEY_CLASSES_ROOT\Applications\********.exe
だったという例あり。併せて確認されたし。
broco
flipback
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[場所]タブをクリックして、[移動]
Dドライブにあらかじめ作成したフォルダー「My Documents」を選択し、[フォルダーの選択]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パーティション分割
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
jane style
↑ 現在の板を閉じる
→ 新着チェック
← 新着までスクロール
wheeldown すべてのタブを閉じる
wheelup すべてのタブを閉じる
leftclick これより右を閉じる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ポート開放
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
クイック起動
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
曲に救われたとかいう人を僕は信じなかったけど、この曲でこの年でこの曲に救われた。
http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=k-110727-037
この曲はがんキャンペーンソング。
母親はかなり早期だった。
同僚は今でも辛い治療を続けている。
あまり大げさにとらえないだろうから、僕に告白したってことらしい。
僕もあまり大げさに考えずに、なんとなーく支えようかと思ったけど、
やっぱりだんだん辛くなって。
昨日もかなり辛い内容のメールで、どう返したらいいのかわからなくて、
いつもは冗談で返すけど、冗談で返せない僕も僕自身がなんだか嫌で、
大変なのは本人だとわかっているのに、
なんだか僕も被害者意識を持つようになって、
それもすごく嫌で、
なんで僕だったんだろう、なんで同性に言わずに僕だったんだろう、
まだ職場の誰も知らなくて、僕だけが知っているという状況も辛くて、
それも被害者意識みたいで嫌で。
でもこの曲は患者本人だけではなくその周りの人たちにも救いを与えているような気がする。
この曲を聴きながら大泣きしながらドライブした一日。
第七話冒頭
嫌がるおにゃのこ二人組を車に押しこみ、さあセクロスドライブGo!
そのとき!
チンピラD「うわぁ!」
チンピラE「このやろう、何しやがる!」
おにゃのこが持ってたテニスラケットを振り回し、チンピラと格闘!
しかし多勢に無勢、ボコられたその時、向こうからバイクに乗った光太郎登場!
光太郎「や゛め゛ろ゛!!」
チンピラを追いやる光太郎!
チンピラ「覚えてやがれ!」
逃げるチンピラ。
そして一刻はおにゃのこを助けた男は、
「あんな社会のダニ共は、もっと痛めつけたほうがいいんだ!!」
と言って走ってどっかに行きました。それを聞いた光太郎、
光太郎「なんて恐ろしい目をしている゛んだ」
もうここだけで面白い
>「街はゴミ箱じゃない」は、まさにモラルの問題で、モラルが欠如した奴のために必要なのが、喫煙所や罰則なわけですけどね。
そうですね。だから件の話に絡めるには不適切だと言ってます。元増田の話は「モラルの問題ではない」というのが私の考えなので。
>ごみ収集人は、風やカラスや猫が散らしたりしたものを集める義務はないし、モラルが悪化するから放置するケースもあります。(わざと引き取らせる)
そうですね。で、放置しても結局誰も引き取らないためにいっこうに環境が良くならないとかいう場合もありえるし、そもそも散らさせないのが解決として適切なわけで、
そのために町内会の人の見回りやマンション管理人さんやゴミ用ネットや例のゴミ投棄用ボックスを用意、という結論になると考えられます。
そこで「モラル向上活動をやろう」とかならないでしょ。いや、長期的にはそういう話もアリだし出てくると思いますが、基本的に捨てるべきポイントに捨てるべきものを捨ててるだけで、「捨てるべきポイント」のキャパその他のスペックの問題なので、まずそういう点から改善しないと生活が回らないという話になります。
せめて貼り紙でもすれば良かったのにね、という話でしかないでしょう。「投棄ボックス一時的に使用不能 修理までは最寄りのゴミ集積所に直接持ち込んでください(地図)」とかね。
それでも、急いでいるその朝突然そんなことになってると知った勤め人とかからは文句は出そうですが、しかし文句止りでゴミは出なかったかもしれません。
ドライブインの例も確かにそうです。ゴミ箱が一杯になって風でゴミが飛んだら危険ですね。
だから管理しきれないゴミ箱はさっさと撤去すべきだと思います。「ゴミを捨てるべき場所」をそもそも作らない。これで解決です。