はてなキーワード: アマとは
木村政昭氏の地震予測を一部の人が知って偉く驚いてるようだけど、なんか過剰評価にしか見えないので。
TwitLonger — When you talk too much for Twitter
ざっとネットで調べても、どうも木村政昭氏の地震の目理論というのがよくわからないんだけど。ちゃんと見るものを見ればわかると思うんですけど今はパス。
精度を調べると、多少見たところ「少なくとも一般の利用者にとっては現時点でそんなには高精度じゃない」というのが私の結論。
せめて 科学的・論理的な姿勢で原発の廃止を求める原発懐疑派のブログ ネット反原発派の極北・「@tokaiama 東海アマ管理人」氏の地震予知は真実かデマか? 並みにチェックしたかったんだけど(これでも本来不十分だけど少なくとも東海アマの予測がでたらめであることだけははっきり分かる)、そこまではできなかった。
ざっと見たところ、東海アマのレベルよりは比較にならないほど当てになる可能性は否定できなかったが、上記ブログにあるような「木村先生が阪神淡路大震災以降、ほとんどの地震の予測に成功されていて、」っていうのは「え、ホントかいな?」というのが私の見解。
まず、見てみよう。
彼の公式サイトのうち、2011/3/11のもっとも直前2011/02/18の日本列島地震予測図だ。
2007年には一度予測していたはずの、三陸沖の予測が書かれていない。
木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)にも、やっぱり三陸沖はない。
そして、2011/3/9、後から「前震」であったとわかった地震直後
これの目があったと突然言っている。
目があったと言っている。しかし、それまでの上記引用すべての図と違うように見えるのだが。
2011/3/9の前震の予兆と2011/3/11の予兆を取り違えることはあってもおかしくはないかもしれない。また、この比較だけをもって、地震の目理論の中身をデータと比較して検討しなければ「地震の目」理論そのものの妥当性(多少なりとも役に立つかもしれない、という可能性も含めて)を否定することはまったくできない。が、現時点で「木村政昭氏は2011/3/11三陸沖地震を的確に予想していた」と言われると、まったく予測してなかったこと断言できる情報には欠けるが、的確な予想が出来ていたというのは無理ではなかろうか。実は予想してたんだけれども政治的理由等で隠していたとか言われたらちょっとまぁ私には手に負えないが。
で、本当はもっと過去の予測と実績を予測履歴と比較すべきなのだが、ぱっとぐぐっても私には見つからなかったので、
みつかったうちの最も古い前述の「木村説に基づく私案 (2009年8月6日公表)」でみてみよう。
このうち、台湾付近(2009±2)のは当たってれば来てるはずなので、とみてみると
NEIC: Earthquake Search Results
…なさそうに見えますが。M5.5以上検索。2009/8/1~本日。当たっていればLAT21付近にあるはずなんですけど(このシステムのデータ漏れがあったらわかりませんが)。そんな地震があったというエビデンスがあったら教えてください…。他のは予測期間が終わってないんで判定できませんが。。。
千葉周辺はなんか最近の他の学者が言ってるのと似てないこともない気がしますので、これは当たるのかもしれません(既に311余波で起こってたりします?)
鹿児島南東沖はまだ予測範囲終わってませんが、気象庁 | 震度データベース検索とかで見る限り、鹿児島震度1以上で震源地とマグニチュードが一致するものは見当たりません。
で、2011/8/9版をみると
随分変わってますね。
まぁ、3/11で大きく事情が変わったとかいうのが地震の目理論に当てはまるかわかりませんが(311でまったく過去のデータが使い物にならなくなってたとすると多分私が見た数ページからして地震の目理論はたぶん、当分の間精度ががくおちです)。
#過去のは図から抜いてるだけで予測を撤回してないって話だと過去のも全部並べて重ねないと予測の意味がだいぶ減ってしまいそうですが)
外れが多かろうとも、一定の精度があるのであれば、まぁ備えることに無意味とは必ずしも言えないので、私が見た限り、「東海アマみたいに信じるのがバカ」レベルであるという判断はできませんでしたが、警戒情報として参考にするならともかく、現時点であまり祭り上げるのはどうだろうかと思うわけですが。
また、上記検証では理論の正しさは何も検証してないので、この理論の今後についてもなんら評価してませんので、将来この手法が精度を上げて実用化される可能性を否定するものではありません(とりたてて肯定もしませんけど)。
例えば絵を描いたり、音楽を作ったりとか。
やりたいなあって思いはあるんだけれど、実際にやってみると、
こんな事やって何になるんだって、むなしい気分になる。
「物を作る人には、自己顕示欲と創作欲が両方ある」という記述がある。
話の本筋とはあまり関係ない文章なんだけれど、胸に引っかかる。
ぼくの場合、自己顕示欲が強くて創作欲が少ないから、構ってもらえないと虚しくなるのかもしれない。
プロアマ問わず無数の作品が日々投稿されるネットの中では、レベルが高くない作品はなかなか構ってもらえない。
ニコニコ動画やpixivを見ると、華やかなランキングの影には閲覧数10以下の作品が山のように投稿されている。
そこでめげずに作れるのは、性格だったり、才能だったりするのだろうか。
憧れはコントロールされたもので、本当の気持ちではないのかもしれないと考える。
新しいアーティストを常に求めている人達の演出かもしれないし、
その中で一握りが選ばれて、世に出るようになっている。
他の大勢は、のせられていて、創造性の被害者が大量に生まれる。
それでどうするか。完全に手を引くという方法がある。
なんだか諦めきれない思いを断ち切って、もう一切何も作らない。
きっと楽だけれど、逃避しているようにも感じられて、決断には勇気が要る。
または、辛い思いを持ちながらやり続けるという選択もある。
やり続けるのは格好良く見えるけれど、のせられ続けているようにも感じられる。
あちらを立てればこちらが立たず、一体どうしたら良いんでしょうね。
あと、創造系のヌルい相互評価サイトとかあったら、結構人集まるんじゃないかなあと思う。
pixivの下の方の人達が活発にコミュニケーション出来るように、システム側でサポートする感じの。
web屋の皆さんどうですかね?
「父親じゃなく彼氏を見れない女性は結婚できない」に同意だな。まだ親離れできていないんだろうね。
しかし、まぁ
だけど、子供が興味を持つ取っ掛かりとしては悪くない。何のために教育するのかの目的による。
子供の頃にやった習い事程度でも、子供の初歩のレベルなら教えられないかな?
もし教えられないレベルだったとしたら、その人の限界を感じるなあ。
俺の周囲ではプロレベルには到底及ばず、アマといっても下手、でも子供に基礎は教えてる。
もし楽しくなって本格的に学びたいと子供が思ったらそれを本気で習わせればいいんじゃないか。
そもそも習い事をピアノも水泳もバイオリンも語学も全部やらせてじゃあ、全部プロになる人なんですかねえ?
もちろん何でも出来る人はいるけれど、ではオーケストラに入るレベルの楽器演奏で五輪選手の人ってどのくらい?
そういった超人を育てるために習わせてるわけ?
何のために習い事させてるのかな、と本気で考える。
http://anond.hatelabo.jp/20120105011601
の増田に聞きたい。
大学生の行動ってなんでも就活に巻き取られるのか。嫌いな写真を毎日上げるより楽しいと思えることをやった方が絶対いいでしょ。プライドとかないのかね。
俺は楽しいと思って何かに打ち込んで結果を出した奴を評価したいし、将来的にはそいつの方がいい仕事をしてくれそうな気がするんだけど、採用してる人はどう思ってるんだろうか。自分から道具になってくれる人間の方が便利っちゃ便利なのかな。
それじゃダメなんだよってことをちゃんと伝えるのも大人の役割だった気がするけど、それすらできないんじゃ大人もダメだってことだね。
ていうか彼女の話って全然インターネットっぽくないんだけど、それ認めちゃっていいのみなさん、というのもあり。
まあなんにしろクソだわ。
なんか2chまとめブログとかですげー叩かれてたからどんなもんなのかなと思ってYoutubeで見てみたら意外と好感を持ってしまった。ものすごい冷静というか、全くトップアイドルと言う立場に舞い上がってないというか、そういう意味では客観性があってまともだ。けど、AKBはブームが去ったらみんなに忘れ去られるんだ、心にずっと残るような価値というのはないんだ、というある意味ではAKBファンよりAKBアンチに近い見方をしていて、しかもそれをそのまま言ってしまうというクソ正直さというのは、なんだろう、アイドル=偶像と対極にある姿勢だと思う。ファンの方が怒るんじゃないだろうか。大島優子も、前田はストイックだ、みたいなこといっていて、アイドルとストイックっていうのも対極だよな…と思う。いや、アイドルをやるにはある種ストイックでなければならないんだろうけど、そういうんじゃなくて非社交的な感じのストイックさだ。アンチアイドルという感じだ。
でも、だからこそ、前田敦子がセンターである意味というのが見出せた。
今の素人はテレビ慣れしていると言う。街頭インタビューでも、よどみなく、それっぽいことを喋れるという。プロとアマの垣根が小さくなってきた。
そういう時代にあって、素人よりもテレビ慣れしていない…わけでもないんだろうけど、不器用な振る舞いを見せる前田というアイドルには価値がある。等身大で。身近な。会いにいけるアイドル。まさにそれだ。AKBのコンセプトを最も体現しているのが前田というわけだ(もちろんAKBという器なくしては芸能界で生きていけないだろうけど、その時はカンボジアとかいって国際貢献をするのが本人にとって一番幸せなセカンドライフかもしれないよ、なんて超おせっかいな提案)。
バサーニオーとか、借金があるのに金持ちの美人女に惚れて、んでこの女をゲットするためにさらにカネを欲しがって、
んでリア充友だちのアントーニオーにカネ貸してと無心する。
アントーニオーは、それこそ歯の浮く様なセリフで俺とお前の仲じゃないかいくらでも貸すぜとか言う。
(アントーニオー「きみはぼくという男をよく知っているはずだ。それなら、ぼくの友情を遠巻きに攻めたてるような暇つぶしはやめにしてくれ。
言語道断だよ、きみにたいするぼくの好意を秤にかけるなどとは」)
⇒何だよ借金こさえときながら、女を落とすためにさらにカネを欲しがって、しかもそれを友だちにたかるとかって。
しかもキモいんだよ友情のこれみよがしな語りとか。J-popかよ。
んでアントーニオーは船に投資して手持ちの現金がないから、信用貸しをアテにしてユダヤ人のシャイロックに融通を申し出る。
⇒なんだよ、心の友の言うことなら全財産だって貸してやるさ!とか威勢のいいこと言って、やることは結局別口のカネの無心じゃないか。
⇒しかもなんだよ、無心のアテってのが、昔っから蛇蝎の如く嫌っていたユダヤ人相手とかって。他にいねえのかよ。
(シャイロック「アントーニオーさん、今日までいったい何度になりますかな、あんたは取引所でこのシャイロックの顔さえ見ると、
きっと毒づいてきなさった、…おれのことを、やれ邪教徒の、やれ人噛み犬のと。そしてこのユダヤ人の着物に唾を吐きかけなさった…」)
で、この金持ちの美人のポーシャが、これまたリア充にお似合いの手合いときてる。
リア充同士で惹かれ合うってのはまあ分かるわ。
だけど、バサーニオー以外の求婚者に対して言う、こき下ろしの文句のまあ極悪なことときたら。
(ポーシャ「そう、あの方は文字どおりの頓馬…」
「ああいう人たちと結婚するくらいなら、口に骨をくわえた死人の首と暮すほうが、まだまし。…」
「たとえ気ちがいのように愛してくれても、こちらはなんのお返しする気がないのだもの。…」
「まあ、どんな悪い籤を引こうと、あの人の手にだけは落ちたくない。…」)
⇒なんだよ口に骨くわえた死人の首と暮す方がましとかって、どんなに人を嫌ってたってそうそう口の端に出てくるような言い回しじゃねえよ。
こんな感想をナチュラルに吐き出せるとか一体どんな神経してんだ腐ってんだろ頭とか根性とかいろいろ。
あり得ねえよこいつどう考えたって童話に出てくる意地悪婆の役どころだろこのアマ。
それでシャイロックが千載一遇のリベンジをしてやろうとしたときの、リア充なクリスト教徒のみなさんの罵詈雑言は本当に酷かった。
よく禁書にならないもんだと思うよ。
(「この因業爺め、こんな野良犬は見たことがない」
「相手はユダヤ人だ、渚に立って、盛りあがる高潮に鎮れと命じるようなものではないか。
狼に向かって、なぜ仔羊を食い殺して牝羊を泣かせたかと問うても仕方はない。」
「きさまの欲の深いこと、狼さながら、血に飢えて飽くことを知らぬではないか。」)
⇒全世界ユダヤ人協会は、今すぐシェイクスピアを提訴して謝罪と賠償を要求するべきだと思います。
小学生のときとか読書感想文なんて誰が好きこのんで書くかとか思ってたけど、
原稿用紙とかに。久々に。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
ニコ動の「○○してみた」について考えてみる
記事でも触れられているが、今の「してみた」クラスタは、もはや多くが「してみた」ではない。
してみた、というのは一種のテストであり、そのテストは多義的である(してみることそれ自体のテスト、己の技術が評価されるかというテスト、etc)
つまり、これ自体が開拓の色を併せもち、開拓され、整備された今の環境ではそのテスト自体は殆どが後者の意味合いを持つし、ほぼ形骸したといえよう。
だからと言って、じゃあ「してみた」という名前を変える必要があるか?というと、その必要はない。今のままでいい。
むしろ気にかけるべきはそこで持ち出される「アマチュアリズム」という言葉だ。
フラット化するフラット化する、とさんざん叫ばれた電脳世界において、ニコ動が与えたのはむしろ格差の促進である。
再生数、コメント数、マイリスト数などあらゆるものが数値化され、ランキングでそれは大きな意味を持ち、ランキング動画にも影響を与えている。
ただし、そこにプロとアマの壁は存在せず、ニコ動で評価されるものとされないものという枠組みに改まった。
というのも、多くとは言わないがそれなりの仕事をしている人が参加していることは疑いなく、ならばそういう人が評価されているかといえば、そうでもない。
ユーザーに受けるかどうかが評価の差であり、技術の巧拙は幾分無視される。
そのような環境で持ち出される「アマチュアリズム」という言葉にどれほどの意味があろうか?それこそ、記事冒頭に出てきた「してみた」という言葉に対する「下手だけど勘弁して」な思考と同じ位相にある。
これは要するに「賞賛>批判」という格差を是認するものだ。一方で表現者を標榜していながらアマチュアリズムを盾にし、その口で批判は従者等と言うのだからおそろしい。
こんにちは、恋愛マネジメントを専攻したい、大胸筋ピクピクさせ男です。私は学歴も知識もありますしイケメンで親が金持ちですが、恋愛に関してはアマフェッショナル。今回は、モテない男子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
1. あえて2~3世代前の服を飲み会に着ていく
あえて2~3世代前の服を着るようにしましょう。そして飲み会の場で好みの女がいたら話しかけ、わざとらしくファッションを見せびらかしましょう。そして「あ~ん! このジーパン本当にマジでチョーイケてるんですけどぉぉお~!」と言って、女に「なんだこいつ?」と思わせましょう。思わたらもう大成功。「ファッションとか詳しくてぇ~! ずっとコレ着てるんですけどぉ~! そろそろ汗臭いんですぅ~! ぷんぷくり~ん(喜)」と言いましょう。だいたいの女性は新しいファッションを着たがる習性があるので、古かったとしても1世代前の服を着ているはずです。
そこで女が「新しい服にしないの?」と言ってこないはず(言ってくる空気が読める女はその時点でガン無視OK)。無視されているにも関わらず、あなたは「なんかなんかぁ~! 最近しまむらが人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいの欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! ボクかわいそーなコ★」と返します。すると女性は「しまむらはないだろ? 一万歩譲ってユニクロ(笑)だよ。本当は良くわからないみたいだね。死ね!」となって、次の休みの日にふたりで服選びのデートに行けるわけがないです。あなたの男子力が高ければ、女に服を買って送りつけよう!!
「ミンスは売国奴」とか「中韓死ね」などを表現する「小さい日の丸」をアイコンに入れると、Twitterの女性ユーザーは「なんかこの人コワイなぁ」や「なんかヤバいかも」と思ってくれます。インターネット上では現実世界よりもイメージが増幅されて相手に伝わるので 「日の丸アイコン」 を使用することによって、女性はあなたを思想の偏った人と勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対にネトウヨに好かれますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず女には「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言わない
飲み会などで女が男性に話すことといえば自慢話や趣味の話ばかり。よって、男性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「ふーん、そうなんだ?」とか「よくわかんないですけどすごいね」と返してしまうと、さすがの女も「この男ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ男だとバレたらこちらのものです。
無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」と言っておくのは間違い。興味がない話題でもテンションと積極性でその場を乗り切ってしまうと、モテることがあります。積極的に話を聞いてくれる男性に女は弱いのです。
うっかりいろいろと話を聞いてしまったときは、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! メモメモ!」とコメントすれば大丈夫。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「キュンキュンキュン! キュンキュンキュン!」と言って、「どうしたの!?」と女に思わせるのもアリ。そこで「ボクのハードディスクに記録しているのでありますっ☆」と言えば男子力アップ! そこでまた女は「うわぁ…… うわぁ……」と思ってくれます。私は学歴も知識もありますしイケメンで親が金持ちですが、こういうテクニックを使えば知識がある私のようなイケメンのほうがモテなかったりするのです。女にも選ぶ権利はありますからね。
女とレストランに入ったら、真っ先にトイレを探して「あーん! ボク一人でおしっこ出来ないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「えっ、突然何? キモい。ていうか良い歳して何言ってんだ」と思われるので、すかさず「怖くはないし出したいけど出せないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「怖くないのにどうして……。ていうかもう帰りたい」と思われるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、ボクまだ童貞じゃないですかぁっ! おちんちんかわいそうですぅ! まだヤってないのにぃぃ~(悲)。おしっこにしか使えないんですよ……。いっしょにトイレに入っておしっこ介助してください。ボクのおちんちん、見てくだしゃい。合体合体」と身を震わせて言うのです。
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以上は検索してザっと出てきたものだけ。
というわけで、
害虫君は国語力が見知らぬ他人と語り合うに足る標準に達してねえから叩かれてるのを理解しような。
ボンクラな頭で頓珍漢な受け答えをする奴と話がしたいのは、極論を言えばそいつのかーちゃんだけだ。
「それとおばあさんには好かれるのはなんでだろう。」を
記載した意図を華麗に説明してくれたまえよ。君は天才なんだろ?
「プロ」とか「天才」とか、馬鹿が必死で搾り出した語彙は実に小学生じみている。
実際こういう奴の最終学歴を聞きたくてしょうがない。
中卒なのか?
確かにマジでクソみたいな技術しか持ってない作家もいるけどさ。
そういう人ですら(いやむしろ、パッと見で測れるような技術が軒並み低い、生き残ってる理由がわかりにくい人ほど)
あんたが言ってるのって
を思いつけば「ターミネーター」を作ったも同じ、みたいなレベルだよ。
・そのようなコンセプトを思いついた人はきっと何千万人と居た。
でもそのコンセプトを大ヒット作に出来た映画監督は多分キャメロンだけだったわけ。
・コンセプトの要件を満たして映画の形にする、までなら出来る監督はプロアマ含め何十万人も居た。
でも「ターミネーター」を作れるのはキャメロンだけだったわけ。
漫画も同じことだよ。
元々誰でも出来ること・アマチュアでも出来ることをソフトで手早く出来るようになっただけ。
どっちかって言うと漫画家みたいな分野は代替されにくい。
他業種と比べてもデジタルに追い詰められるのはかなりあとのほうだと思うよ。
テレビは金払ってるようなもんだよ。コマーシャル見させられてるってのはそういうことだ。ただで予算使ったコンテンツ見せるバカはいない。視聴者は立派な客。
NHKやなんかの有料放送なら100%金払ってるし。だからコマーシャルはないわけで。
君と友人の行き違いは、けっきょく「できる人の中で比較的できない人を言い表す言葉」の不在が招いていると思う。
例えばプロ野球選手の2軍の補欠とかは毎日1軍の試合を見てる目から言うと見る価値がないわけだけど、単に野球のうまさで言ったらもう超超超人的にうまい。そりゃもう想像を絶するほどうまいんだ。想像できるのは「この近辺でめちゃくちゃうまい奴」レベルなんだけど、普通思いつく想像だと、その近辺レベルと2軍レベルを何かすごく近い、地続きで考えてしまいがちなんだけど、実際は地続きなんてとんでもないくらい隔たってる。近辺レベルの遥か向こう側に2軍はいる。もう遠すぎて見えないくらい。でもそんなすごい人でも試合に出てダメだと「へたくそ!」とやじられる。実際へたかと言うと下手じゃないのにだ。
芸能の場合は測定の基準があいまいだから、難しいところはある。さらに金を生む基準も能力と正比例というわけじゃあない。
だから誤解を生まないためには、とりあえず金を生み出す力は別にしてダンスならダンス歌なら歌の実力について、プロもアマもインストラクターも混合でざっと偏差値の分布を作って、そのどこに位置しているかを指し示す方がいい。
例えばダンスなら、ダンス教室のインストラクターをめざすなら偏差値このくらいが必要で、その人たちが集まってやってる大会のレベルがこのくらいで、習いに来てる人がこのくらいで、始めたばかりの人がこのくらいで、まったくやったことない普通の人がこのくらいで、運動が苦手な人がこのくらいで、そしてそのアイドルグループはこのくらいだ!ってやればいいんだよ。
「ブラよろ」無料公開の効果は 佐藤秀峰さん、赤裸々な数字明かす
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1010/26/news084.html
……という記事を読みました。
佐藤氏以外の売り上げは散々とのこと。
そもそも、漫画onWeb(http://mangaonweb.com/)
に掲載されている漫画のレベルが低すぎる(佐藤氏以外)のが、一番の問題でしょう。
ここ1週間で、ブックマークされた漫画関連のエントリーを見ていたら、以下が目につきました。
http://fladdict.net/blog/2010/10/omoshiromanga.html
http://anond.hatelabo.jp/20101021133228
ざっと目を通した感じ、私には漫画onWeb(佐藤氏以外の漫画)より、上記の無料漫画のほうがレベルが高いと感じました。
上記のアマチュアの方が集まって、有料版をつくったほうが漫画onWebより売れるのでは?と思うぐらい。
個々にファンもついているでしょうし、名のないプロより名のあるアマのほうがお金になる世の中ですしね。
漫画onWebよりも、面白いものが無料でたくさんあるのに、わざわざ、有料のものを買うわけがないでしょう。むしろ、
「比べるのがおこがましいくらい圧倒的に面白い」と思ってもらえないと、ユーザー側としてお金を払うわけがないと思います。
話が変わりますが、かつて作家の大沢在昌、京極夏彦、宮部みゆきがコンビを組んで、
大極宮を作りました。http://www.osawa-office.co.jp/
これが、宮部みゆき+アマチュア(か、プロだけれど売れていない)ぐらいだったら魅力ありますか?
組む相手によって、自身のレベルまで落ちるということは、想像できるでしょう。
例えが悪いかもしれませんが、AKB48の中身が前田+あとは魅力のないブサイク、だったら人気が出たでしょうか?
他のメンバーに魅力があったからこその、今の人気ですよね。
とりあえず、漫画onWebに載せる作家を厳選していないことが、佐藤氏の足を引っ張っているし、
同時に厳選することをしないと、確実に未来がないと思われます。
『サイトに出展している佐藤さん以外の漫画家の売り上げは「平均数千円程度」にとどまる』とあり、思わず
お茶を吹いてしまいました。漫画onWebの作品を何作か、twitterやWebで検索してみましたが、話題にすらなっていませんでした。
佐藤氏の漫画以外に欲しいのもないし、余ったポイントで買ってみたけれど……というところでしょうか。
今後は、漫画onWebを単独でやるか、あるいは、佐藤氏と同じくらい名のあるプロと組むか、
あるいは、Web漫画からプロになった人(例えば、ヘタリア・堀宮・くるねこ、など)を集めるか、
アマチュアの中で人気・実力・今後の話題性が見込める人を集めるか、あるいは……というところでしょうか。
今後の動向が楽しみですね、応援しております。
元増田だけど。
ツリーが長過ぎて自分も今どういう話になってるかわからんけど、
自分の議論はここで完結してます。
http://anond.hatelabo.jp/20101007113723
まぁ、ある意味では昔の坂本龍一のインタビューがすべて語ってくれてます。
こういう種類の葛藤。
http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200812180219.html
まとめると、
・ネットがプロもアマもなくしちゃってみんな平等に。誰でも配信、流通が可能に。
・金とか肩書きとか名声とか?
・今の時代にそういうものを求めて音楽やってる奴ってもうつまんないやつばかりなんじゃないの?
・「それは精神論だ!万人向けに作る作品がメジャーだ!」みたいな反論。
・で、その万人の答えが今のヒットチャートなり、業界の状況なんじゃないの?
っていうことです。
元増田だけれども。
【本人の考え=作品】
って構図でしか見られないならそれは仕方がない。
いや、そうは言ってないよ。
ただ、全く切り分けられるとは思ってないだけで。
これはまぁ同意かな。
自分は元増田と全く考えは真逆で、ネットでの配信という敷居の低さは
作品の質そのものが見出せる物だと思っている。
いや、これもほぼ同じ意見。
だから、純粋に作品で勝負したいって言う人は
メジャーに行くより、ネットで満たされたちゃうんじゃないのっていう話だから。
これはまぁ半分はそうだなーと。
ただ、アマとプロの違いってもう限りなくなくなってきてるよね?
坂本龍一とかもこの辺り(http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200812180219.html)で言ってるけどさ。
古い記事の引用で申し訳ないけど。
ネットは一種の民主化を起こした。それはよいことだと思っています。かつては、多額の投資をして工場を運営する一部の人や企業しか音楽の複製と頒布ができなかったが、この独占が崩れた。ネットの登場で、工場もお店もいらなくなった。質を劣化させずに、大量複製ができるようになった。誰でも曲を発表し流通させることができる。プロとアマチュアの境目はなくなりつつある。マイスペースなどネット空間では素人も有名人もフラットに扱われる
さらに、何のために音楽を作るのかについて、こう語っている。
ネットのおかげで、ぼくはたくさんの人に聞いてもらうことが音楽を作る動機にならないことが逆に分かった。アマチュア時代に戻ったような新鮮な感覚だ。顔の見えない、何をおもしろがるのか分からない大量のユーザーのために音楽を作る必要性を感じない。作りたい音楽があるからやっている。
結局、こういう感覚がある人はやっぱりこの先の音楽業界をどうしたって悲観的にしか見れない。
「万人に受ける音楽」を作ることが、そもそも創作のきっかけとして違うんじゃないかっていう
ところを考えるか、それを割り切って考えるかっていうのは、もうそれは人それぞれだからいいんだけど、
今の業界の状況が、その「万人」が出した答えなんじゃないの?
っていうことは言っておきたい。