はてなキーワード: ずんだとは
今思うと、「短所を人に見られたくなかったから」、それだけであったような気がする。
黒い乳首を、貧しくて左右に広がった醜い乳房を、下着で黒ずんだ鼠蹊部を、汚らしい剛毛がぼうぼうに茂った陰部を見られたくなかった。
毛深い身体を見られたくなかったし、太ももにあるアトピーを見られたくなかったし、体全体は痩せているのに不自然に出ている腹も見られたくなかった。
顔にも自信が無かった。真顔で写真に写っていても醜い私だ、喘いで善がっている顔など見れたものではないのはわかっていた。
佐々木希や新垣結衣のような美しい顔に、佐藤江梨子や森下千里のような美しい身体を持って生まれていたら、
桃色の美しい乳首や性器を持って生まれていたら、見せたくて仕方が無かったと思う。
モデルやグラビアの道に進んでいたかもしれない。キャバ嬢やホステスになっていたかもしれない。
合コンやミスコンなどの容姿が問われる場に積極的に参加し、簡単に裸まで見せていたかもしれない。
私自身がそういう性格をしているから、処女は純粋なんだという言説を見ていると乾いた笑いが漏れてしまう。
日本でも食べるというか、食べた時の記録を残す。
美術系の大学に進んだものの、純粋に物作りに打ち込めなくって、
沖縄県の某離島へいって、民宿バイトしながらのんびりすごしておりました。
小さな部屋をあてがわれ快適な日々でした。
そんなこんなで、夏休みが終わろうかとしていた
多分今ぐらいの時に、観光客を野良犬が襲ったらしいという話が出ました。
どこか他人事のようなそれでいて我が事のような変な気がしたことを覚えています。
お昼を食べ終わった頃、その民宿でお世話になっていたKさん(40代男性)に誘われました。
「おま、犬狩りにいくさヨ。」
ついていくと、村の集会場のようなところに、けっこうな男性があつまって、
手に手に木製の杖(お遍路さんがもっているような奴)を持っていました。
聞くところによると、犬は山の神の使者なので、
これでしとめるということでした。
寄ってくるのを待つだけという沖縄らしい、
のんびりした方法で捕まえようとしていました。
そして、村の中で犬名人と呼ばれるおじいが、
「あおぅうううん、おんんん、おん、おん」と
何故か四つんばいになって鳴き始めると、
へーと思ってみていると、
「おまが捕まえるん、何しとんのさー」
と犬捕まえ係を仰せつかり、例の棒を渡され超びびってました。
うわっうわっと焦りつつ、捕まえるのどうやって?
とか思っていたら、Kさんが少し近づいた犬を棒でどつき気絶させました。
まさに一撃でした。
「おま、くくんの手伝えヨ」とロープとブロックを渡されました。
で、いわれるがままに、犬の四肢をしばりブロックを結びつけると
「ほら、ほうりこむのさー」と
僕は小さい頃は昆虫を殺し方ことはあるけど、
ほ乳類を殺害したことがなかったので、
うわーうわー、まじかよーと思っていたのですが、
犬をしとめなかった気後れもあり、思い切って放り投げました。
その瞬間、犬が息を吹き返し、こちらを見てくぅんんと鳴いたよう気がしたけど、
気のせいと思うことにしていますw
なんで溺死させるのかと聞いたところ、
「山の神の使いなので、川に流すんのさー」
みたいなことを言われました。
で、川にしずんだ犬をどうするのかなーと思っていたら、
そしてすぐに肉になり、集まったみんなで分けました。
まさか食べると思っていなかったので、
驚いたのを覚えています。
その晩が犬汁でした。
犬食べると精がつくといわれたので、
マスをどれだけかけるかと思い3発くらい抜いたような気がします・・・・・・。
そして、翌日。
台所に泥棒猫が現れ魚を盗んでいきました。
猫も食べるのですか?って聞いたら、
とのことでした。
2ちゃんねるにこもって日本は平和ボケしてるとかなんかそれっぽいこと語って良い気になってた場合じゃなかった
そこに何の意図があるのかとか考え出すとそこでたたずんだまま行動するための解析が止まってしまう
一週間ほど滞在してみたがなんだあれはお前らどんだけ高度な世界で生きてんの?俺とお前らの世界どんだけ違ってたんだよ?w
鳥取で俺を生んで育てた両親及びそれに何の文句もつけなかった一族とかは冗談抜きでくたばってほしい もうなんかこの時点で予感できる 得に社会に影響を及ぼすことができないまま俺のシナリオ終わりそう
国家ってこういう意味で顛覆可能だよって語れない奴は為政者になって欲しくない?ああそういうことかよつまりは 10年以上前に教育しとけそれぐらい
http://anond.hatelabo.jp/20090530044416
http://anond.hatelabo.jp/20101005213121
自炊好きなので、日常生活での不便は感じていないのですが、菜食対応可能な場所はわずかなので、外国からの旅行者の方は苦労されていると思います。最近、自発的に外食するなら、菜食用レストラン(偶然近所に…)か、本格インド料理(人口の60%が菜食主義)の2択ですね。誰かご一緒する場合は、、、相手の食べたい物を食べてもらって、自分は横でお茶を飲みながら枝豆をつまんだりしています。
http://anond.hatelabo.jp/20101005213121
ご質問ありがとうございます。
8.栄養面で気をつけていることはあるか?
菜食で不足しがちな栄養素として代表的なものは、ビタミンB12とDHA/EPAがあるのですが、 前者は、海苔またはビール酵母。後者は、えごま油や亜麻仁油から摂ることができると聞き、海苔とえごま油は小まめに摂取してみています。タンパク質は、普通に生活する分には豆類ナッツ類からの摂取で1日の必要摂取量(成人女子50g)はまかなえますが、アスリートの方はむつかしいかもしれません。。
自分は今のところとくに問題がないのですが、食事と体調の関係は個人差も大きいので、一概には言えないんです。。私自身は、母方の祖父母が山深い村の出身で、母も子供時代は肉どころか魚すらめったに口にすることはなかったそうです。(その後、都市部に出てきてはじめて肉を食べたとの事。)そういう事も、自分の“肉なし魚なしで問題が起こらない”状態に関係している気がします。
9.肉風味(かつおぶしの香やコンソメやブイヨン)も苦手なの?
2年目までは、固形物抜きのおだしやコンソメ、大丈夫だったのですが、3年目あたりから“におい”の感じ方が変わって、受け付けなくなりました。
10.ぶっちゃけ外で食えるもの(外食もコンビニも含め)ってなくない?
お弁当を作れなかった日は、野菜ジュース+アーモンドなどのナッツ類にしています。満腹になると眠気で午後の能率も落ちるので、もともとお昼は"軽め”が好きなので。外食は、上述の通り、自発的に行くなら“菜食レストラン”か“本格インド料理”…つきあいでだったらどこへでも行き、お茶を飲んだり、枝豆を食べたり。
朝晩ちゃんとご飯をつくれる時期は、健康的な食生活を遅れていると思うのですが、忙しい時は結構ひどいです。
純粋に健康のためなら、100%菜食にするよりも、85~90%菜食+15~10%魚介類+0~5%肉類ぐらいが、日本人の体質にはあっている気がします。1度食べなくなると“匂い”の感覚が変わって体が受け付けなくなるし、そうなってくると(日本では特に)社交上の支障が出てくる場合もあるので…、家族や友人には勧めたいとは思いません。
http://anond.hatelabo.jp/20101005213121
“ベジ=本当は「肉食ってる奴らバカじゃないの?」って態度”とするのは、過度の一般化ではないでしょうか。
同じ東アジア圏内でも、『台湾の、人口の3割が菜食主義の素食文化』と、『韓国の、あらゆる部位を堪能する焼肉文化』…非常に対照的ですが、それぞれ歴史があり、優劣などなく、どちらも文化として尊重されるべきだと思っています。
多様な食文化に寛容な社会で『菜食主義』と名乗ることは、<ごはんorパン>程度の嗜好の表明にすぎないのですが、“郷に入れば郷に従え”の根強い日本で『菜食』を言うと、…-喫煙ルームに入ってきて黒ずんだ肺の断面図を掲げるような無神経な態度ー…、相手の気分を害する態度…と受け取られることがあるので、言い方や断り方にはすごく神経質になっています。
ベジタリアンなど許せない!と感じる方もいらっしゃるし、理解を示してくださる方も、もちろんいます。
これから日本の食に対する価値観がどのように変わっていくのか、それとも保守性を貫いていくのか、…見守っていきたいと思っています。
僕はとても猫が好きだ。
猫を見かければまず例外なく気を引こうとする。
でもそれとは反対に、猫は僕が近づくと必ず逃げてしまう。
いつかきっと猫を飼って。いや別に飼わなくてもいいのだけれど、あのやわらかい身体に思う存分触れてみたい。
そう思って過ごしている。
こんな夢を見た。
長い夢だったので最初の方はあまりよく覚えていない。
僕はどこかペットショップのような場所にいる。
とはいっても普通の店ではなくて、なぜか半屋外で、低い柵で囲った中に猫が
(たぶん猫だったと思う、少しフェレットみたいに痩せて細長かった気はするが)たくさんいた。
簡単にそこから出られるはずなのに、猫たちはおとなしくその柵の内側を駆け回っている。
僕はチャンスだと思った。
この猫たちならきっと触らせてくれる。
そう思って手を伸ばしたが、近くにいた猫はさっと避けてしまった。
僕は悲しくなった。
さっきまでのはずんだ気持ちは急激にしぼんでいった。
こんなところでも僕は猫に嫌われるのか。
しばらくそこに突っ立って、何をするでもなくただ猫たちを眺めていた。
すると、真っ黒な猫を抱えた男性がやってきた。
店主だろうか、そう思っていると、男性は腕に抱いたその猫を僕に差し出した。
僕は、ああ、この猫もまた逃げてしまうんだろうな、と思ったが、無意識に腕を伸ばして受け取ろうとしていた。
その猫はするりと僕の腕に収まった。
暴れない。
逃げようともせず、むしろ僕に身体を摺り寄せてくる。
僕は感動のあまり動けなかった。
猫が耳元でにゃお、と鳴いたのを聞いて、我に返った。
なぜ僕に猫を渡してくれたのだろう。
わからない。わからないけど、初めて猫に触れられたのが嬉しくてそんなことはどうでもよかった。
猫を膝の上に置いて撫でたり、一緒に走ったり、猫の好きな玩具で遊んだ。
頬ずりして、猫が軽く僕の顔を引っ掻いて、舐めて。
僕がにゃーご、と鳴く真似をすれば、猫もなーご、と返してくれた。
幸せだった。
夢のようなひと時だった。
ずっとこうしていたいと思った。
でも猫を返さなければいけなかった。
猫は僕のものになったわけではないのだ。
名残を惜しみつつ、できるだけゆっくりと歩いて店の場所へ戻った。
腕の中のふわふわした存在をもっと確かめたかった。
そこへ戻ると、さっきの店主らしき男性が、なんだか疲れたような、憐れむような目で僕を見た。
もう一人誰かいる。
その人が手を伸ばしたので、仕方なく僕は猫を渡す。
猫はまん丸い大きな目で僕を見上げた。
店主に向き直ると、彼は僕の手にスプレー状の何かを吹き付けた。
なんだ?
なにかとてつもなく胸騒ぎがした。
ベンチの上に寝かされた猫が僕を見上げてくる。
猫を撫でなければいけない。
心拍数があがる。
この手で猫を撫でなければいけない。
なぜ?
猫の上15センチで僕の手が止まる。
触るのが怖くなっちゃったのか。
店主がひどく憐れんだ顔をして僕を見る。
僕は相当怯えたひどい顔をしていたらしい。
猫を撫でればいい。
かわいい猫を思う存分撫でられる。
誰も何も言わない。
みんなわかっている。
なぜかわかる。
僕が触ればこの猫は死んでしまう。
にゃぁご。
猫が目を閉じる。
甘えた声で猫が鳴く。
撫でてほしいのか。
撫でたくない。
だけど僕がやらなきゃだめだ。
ごめん、ごめんね
泣きながら僕は猫を撫でた。
にゃあ。
そう言うのがやっとだった。
これほど心を込めてありがとうと言ったのは初めてだ。
泣きながら目を覚ました。
猫の手触りと体温がまだこの手に残っている。
意味の分からない夢だった。
冷静になって考えてみれば、現実離れした夢だ。
手に吹き付けたあれはきっと薬殺用の薬だったのだと思う。
なんで猫が殺されなければならなかったのかはわからない。
きっと、僕が触ったから。
僕が触れたいと思ったから。
言うならば僕の一方的な思いが猫を殺したのだ。
僕は猫の首を絞めたわけでもない
刃物で切り付けたわけでもない
撫でただけだ。
だけどそれで猫は死んだ。
夢の中とはいえ、
僕がこの手で、
猫を殺した事実に変わりはない。
目を閉じると、今も
猫の柔らかさと、猫を失った悲しみを思い出す。
帰り際、道路を横切る猫を見ても、
今はただ遠くから眺めるだけだ。
50年近くひとりで生きてきた私が、自分の家族を持ちたいと思った。
金もなく独り身の私がニナにできることといったら、配偶者ビザを与えることくらいだった。そのお礼と言ってニナは裸になったが、私が彼女を抱くことはなかった。ニナにしてみればこれはビジネスライクな契約だったのだろう。しかし私は対価としての体を拒むことで、そこにビジネスではない情を差し挟もうとしたのだ。それはニナにとって負担だったかもしれない。だが私はわずかでもニナに負い目を感じさせたかったのだ。
ニナは母国に家族がいた。親兄弟、祖父母、叔父叔母、従兄弟。あらゆる血縁が、中には血縁のないものまで、ニナの収入にぶらさがっていた。別にアジアの貧困を憂う気持ちはない。彼らがいたからこそ私はニナと出会い、法律上の夫、そして法律上の父になることができたのだから。
ニナには16歳になる娘がいた。名前はティナ。日本人とのハーフでありもちろん私生児だった。父親の行方は知れないらしい。手足が長く整った顔立ちのティナを見ると、おそらくティナの父親も容姿の整った男だったのだろう。ティナは案外に義理堅く、私のことをお父さんと呼んだ。若く美しい娘にそう呼ばれると、さえない自分が申し訳なくなる。ニナも40歳前だったが美しい女だった。若さとは違う魅力が年を重ねるごとに増していくように思えた。そんなふたりが働く「ルカルカ」はいつも客で賑わっていた。16歳のティナがそういった店で働くことはもちろん認められていないが、ティナは20歳と偽って働いていた。ニナとティナはまるで仲の良い姉妹のようだった。
私たちは婚姻後も一緒に暮らすことはなかった。ニナとティナはパトロンが与えたマンションに住んでおり、私の住むアパートを訪れることは滅多になかった。寂しくないと言ったら嘘になるだろう。嫉妬に身を焦がすことも少なくなかった。私は都合の良い男であることを自覚しながら、心のうちではそれに抵抗していたのだ。そんなときニナとティナは私のアパートにひょっこり顔を出す。「お父さん元気だった?」 それは水商売に身をおく人間特有の愛想の良さだった。それでも私は嬉しさを隠せなかった。私たちは家族なのだ。不遜にもそんなことを考えてしまうのだった。
孤独にさいなまれた夜、私はひとりチェリーパイを作る。私はそれをチェリーパイの夜と呼んでいた。菓子職人だった頃の記憶を呼び起こしながら黙々と作っていると、どうしようもない孤独が少しだけ和らぐような気がした。まだ腕は衰えていない。しかし私はもう菓子職人ではなかった。薄汚れた作業着、黒ずんだ爪、日焼けした肌、軋む身体、生気を失った目。今の私は限りなく底辺に近い場所で働いていた。憤りも諦めも通り越し、あらゆる感情が削ぎ落とされ、疲労だけを身体に積み重ねる毎日を過ごしていた。私はチェリーパイを1ピースだけ口に放り込むと、残り7ピースをそのままにして床についた。ひとりで始めてひとりで終わる。チェリーパイの夜とは、ありていに言えばそういうものだった。
しかし翌朝目覚めると、そこにはニナとティナがいた。私が寝ているうちに来たのだろう。よほど疲れていたのか、台所の床にそのまま寝転がっていた。ふとテーブルの上のチェリーパイを見ると6ピースに減っていた。背中を嫌な汗が伝った。
仕事場からその薬剤を持ち出すのは容易いことだった。耳かきひとさじで致死量のそれを、私はいつもチェリーパイの1ピースに混ぜ込んでいた。そしてロシアンルーレットの要領で皿をぐるりと回し、ひとつだけ口に放り込むのだ。確率8分の1の命をかけたルーレット。これは運試しだった。ただ私はいつも運が悪かった。運悪く生き残っていた。
ニナとティナは甘いものに目がなかった。特に私のチェリーパイは好物だと言ってくれた。時間は深夜、体重を気にする年頃のティナはきっと、ひとつのチェリーパイをニナと分け合ったのだろう。姉妹のようによく似たふたりは、床に寝転がったままぴくりとも動かない。もちろん寝ているわけではないだろう。そろそろ私は目の前の現実を受け入れなければならない。ふたりはもう死んでいる。チェリーパイの夜、私は生き残り、その代わり法律上の家族を失ったのだ。
それから何時間経っただろうか。今私の目の前では美味しそうなミートパイが焼きあがっていた。ひとりきりの部屋で私はミートパイを口に運ぶ。噛む度に口の中に肉汁があふれ、ほどよい塩気と豊かな甘みが広がっていく。そしてゆっくりとミートパイを飲み込んだとき、私たちはようやく本当の家族になれた気がした。
死んだ魚のような両目に、明け始めた東の空は少しばかり刺激が強すぎた。先ほどからずきずきと網膜が痛みに喘いでいる。眼球も横から釘をずにゅうと差し込まれているような鈍痛に悲鳴を上げている。深夜まで及んだ仕事の疲れと、その他諸々の精神的疲弊、底が抜けた樽に流し込むように煽り続けたアルコールとが混濁しながらぐるりぐるりと私の身体を蝕んでいる。
もたれかかった始発電車のシートは、なんだか変なにおいがしていた。煙草の、汗の、口臭の、蒸れた靴の、新聞の、雑誌の、香水の、化粧品の、ありとあらゆるものをひとつの鉄釜にぶち込んで煮出した、グロテスクに澱んだ悪臭がつんと鼻腔の奥を突いてくる。胃の中身が飛び上がりそうだった。たくさんの人を乗せて運び続けてきた月日の賜物は、疲れきった人体に悪影響しか及ぼさない。
がたん、がたん。振動するたびに、ひとつ、またひとつと猛烈な吐き気のうねりとなって押し寄せてくる。波高は順調に成長し続けていた。まずいな、と止まりかけた思考の片隅で考えながら、その更に奥に残っていた後悔が、計画性もなく酒を呑みすぎた私自身に対して呆れかえっていた。
嫌なことが重なって、ついつい馴染みの居酒屋に浸ってしまったのだった。ビールを二瓶に日本酒を三合ほど流し込んだことまでは覚えているけれど、以降の詳細はついと忘れてしまっていた。
泥粘土のような身体をどうにかこうにか支配下に置いて、窓の外を流れていく景色に視線を投じた。目覚めだした街並みは、その内部に鬱屈としたエネルギーを滾らせながら、今日も刻々と息を吹き返し始めていた。気だるげな風景に、朝日はいやに綺麗に照りつける。
不意に、こんなにも私自身のことが惨めに思える朝は、後にも先にももうないだろうなと思った。仕事でへとへとになって、つまらないことで恋愛に失敗し、自棄酒で酩酊した上に、酒臭い呼吸を繰り返しながら始発電車でアパートに帰っている。他の人たちは仕事に向かったり、学校に向かったり、そりゃあ面倒で行きたくないこともあるのだろうけれど、やらなければならないことに向かっているというのに、私だけがぐでんぐでんに身体を弛緩させてしまっている。
その浅ましさ、情けなさといったらなかった。頬が緩んでしまったほどだった。自嘲気味な笑い声が、くつくつと腹の底を痙攣させる。ずっと、向かい側で音楽を聴きながら座っている大学生らしき青年の眼差しが痛かった。出勤途中のサラリーマンのおじさんが向ける迷惑そうな視線が、鞄を肩に掛けたOLさんが寄こしてくる好奇に満ちた眼光が辛かった。
疲弊し悲しみに翻弄されて空っぽになった心には、今日という日に真正面から向き合わねばならない彼らに対して優越感を抱く余裕なんてなかったのだ。むしろ、こうやってだらしのない恰好で朝を迎えていることが恥ずかしくて、なぜか悔しくて、どうしようもなく頭を下げて謝りたくなっていた。無論、泥人形と化した身体は思うようには動かない。生き地獄にも似ているなと、再び自嘲気味に思ってしまった。
アナウンスが次の停車駅を伝えてくる。まだ降りるべき駅ではなかった。ぼんやりと霞がかった頭で残りの駅数を勘定する。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。ゆっくりと瞼が覆いかぶさってきた。
そうだ。帰ったら冬眠中のヒグマのように寝てやろう。心拍数を抑えて、呼吸回数もうんと減らして、できるだけエネルギー消費を抑えつつ、気を失ったように布団にくるまり続けるのだ。うん、それがいい。日の目から逃れて、薄闇の中で横になっていればいい。
思いつきは、幸い翌日のシフトが空いていたので実行に移せそうだった。一日中寝て過ごしたって構わないという事実は少しだけ嬉しくて、底が見えないほどに虚しかった。何も食べず、飲まず、そうっと息を潜めたまま時間を過ごすことができる。その代わり、くるまった布団の中で私は途方もないほどに空虚な夢を見なければならない。
電車が速度を落とす。駅に滑り込む。通勤途中の人たちが乗車してきて、少し車内は狭くなる。走行再開。がたん、がたんと振動する電車。再停止。乗客の乗り入れ。走行再開――
ルーティーンな繰り返しにまどろみかけた身を委ねていた時だった。不意にいままでとは比べ物にならないほどに強烈な吐き気が込み上げてきた。両肩がびくんと跳ねて、脈打った胃袋から熱いものが込み上げてくる。反射的に掌で口を覆うと、堪らず屈みこんでしまった。第二波、三波と酒と胃液とどろどろに黒ずんだ感情とが混ざりに混ざった液体が食道を駆け昇ってくる。
びしゃり、とか、べちゃり、とかいう液体の音を随分遠くで聞いたような気がした。涙に滲んだ視界が、ぶちまけてしまった吐瀉物を映し出す。
やっちゃったかと、変に静観している自分と、ごめんなさいごめんなさいと声を大にして謝り続けている自分とが、内心せめぎあっていたものの、実際に声などは出せなかった。断続的に続く吐き気が、まったく治まる気配を見せなかったのだ。どうしようかと、冷静な私が考える。ごめんなさい、醜態を晒して気分を害してしまってごめんなさいと、もうひとりが叫んでいる。
みっともない。恥ずかしい。情けない。消えてしまいたいよ。どうしてこんなことになったんだろう。
目からは涙が、鼻から鼻水と胃液が、口からはどうしようもなく響いてしまう声が流れ出し続けていた。今世紀最大の失態だ。今生の汚点に違いなかった。
きっと、冷たい視線が注がれていることだろう。あるいは、私の周囲に輪ができあがっているかもしれない。近づきたくない、関わりたくない心境の表れだ。私だってことの原因でなかったのならば離れる。舌打ちをしてしまうかもしれないし、車体を移動するかもしれない。それが普通の対応なのだし、だから特別な何かを期待していたわけではなかった。どうするべきなんだろうかと、ようやく治まってきた吐き気の残滓を感じながら考えていた。
そんな折だ。そっと、背中に誰かの手が触れた。
「大丈夫ですか?」
手を汚し、口許を汚したまま悄然と見上げた隣の席に、肩に鞄をかけていたあのOLさんが近づいてきてくれていた。
「これ、よかったら使ってください」
目の前にハンカチが出現する。綺麗な花が描かれた、清潔な一枚だった。彼女は私の背中をゆっくりと擦りながら、心配そうに眉を顰めていた。
「……ありがとう、ございます」
辛うじてそれだけ口にして、私はハンカチを受け取る。口に当てると、再び吐き気が襲ってきた。突如として屈みこんだせいで、OLさんが少し大きな声を出した。ぎゅっと両目を瞑り苦しみに耐えながらも、一方で私はとても温かな気持ちが胸の奥に芽吹き始めていることに気が付いていた。
「大丈夫かね」
野太い声が頭の上から降り注ぐ。答えられない私に代わってOLさんが何かしらのリアクションを示したみたいだった。よっこらせと口に出しながら、その人は私の前にしゃがんだ気配がした。荒い呼吸を繰り返しながら目を開くと、迷惑そうにしていたはずのサラリーマンのおじさんが、読んでいた新聞で吐瀉物を片付け始めてくれていた。
「もう少しで次の駅だ。それまで頑張りなさい」
下を向いたまま穏やかな声が放たれる。頷くことしかできなかった。ありがとうございますの一言は、蚊のようにか細く空気を振るわせただけだった。
「あの、よかったらこれどうぞ。俺、飲んでませんから」
ゾンビのような顔を持ち上げると、イヤフォンを外した大学生らしき青年がペットボトルを差し出してくれてきていた。ずいっと前に出されたボトルを空いていた左手が受け取る。
「飲まなきゃ駄目っすよ」
思いのほか強かった口調に、かくんと首が反応した。はい、分かりました。言うとおりに致します。
反応に安心してくれたのか、彼は困ったように頭を掻くとその場を後にした。背中に向かって小さな声でありがとうと言った。背中越しに上げられた掌は、少々気障っぽかったけれど、とても格好良かった。
アナウンスが次の駅に到着したことを伝える。ちょうど私が降りなければならない駅だった。OLさんは相変わらず背中を擦ってくれていて、おじさんが立ち上がろうとした私の身体を支えてくれた。
声に、私はがくんと頭を垂れる。
「……本当に、ご迷惑を、おかけして」
「迷惑だなんて思っていないさ」
「そうですよ。それより、本当に大丈夫ですか?」
OLさんにも頷いて見せた。
「……ハンカチ、洗って、返します」
言って私はよろよろと、電車の出口へ向かって逃げるように向かっていく。ベンチに腰かけるのと同時に、扉の閉まった車体が再び動き出した。遠く離れていく車窓に、OLさんとおじさんを探そうと思ったけれど早くて無理だった。
ミネラルウォーターを口に、青年のことを思いながら何とか飲み込んだ。少しだけ、けれども確実に気分がよくなってきたのを感じていた。
朝陽というのは、どんな時でも美しいものだと思う。陽の光そのものにしてもそうだけれど、色付いていく空の変化とか圧倒的な効能で見ている人の心を浄化していく作用があるように思える。
でもきっと、本当はそれだけじゃないのだ。朝陽が差し込んでいるからだけで、私の気持ちが澄み渡っているわけではなかった。
とぼとぼとアパートへの道を歩きながら、この大きな世界の、辛くくだらないことだらけの世界のことを考えてみる。それから、与えてもらったぬくもりと、芽生えた感情とを大切に抱き締めてみた。
そしたら急に、なぜか部屋の掃除をしようと思った。それから外に出て、買い物をするのもいいかもしれないと考えた。
見上げた空に雲はひとつも浮かんでいなくて、どこまでもどこまでも飛んでいけそうな、無限に広がる可能性を見たような気がした。
最初は面白い話をしてたが、終り頃になって一人が暗い顔であこがれていた先輩にご飯に誘われた話をはじめた。
ご飯はおいしく話もはずんだところで先輩が「○○は黒髪でおとなしそうでかわいいよね、××は茶髪で、ねぇ?」と言ってきたそうだ。
友達はさめたらしく悲しそうだった。
私もそれは気持ち悪いなと思った。
確かに彼女は一見大人しそうではあるが自分の意見はっきり言うほうで、その先輩の感想とは逆だった。
そして黒髪を重視してるあたりにもひいた。髪の色は確かに印象に影響を与えるけど、初めて会ってから一年とかたっててどういう性格かわかってるだろうに、黒髪だからってだけで大人しそうと考えてる人って気持ち悪い。そのうえ知っている人の悪口も言っているし。
よくよく話を聞いたらご飯の誘い自体がもともとみんなで食べに行く、というはなしだったそうで、悪く言うと友人は騙されたことになる。
そしたらもう一人は私の体験だとほめられ慣れてない人は褒められるとひいちゃうんだと嬉々として言ってきた。
彼女は地味で天然というかボーっとしているところがあるので、他人からは変わった人と思われていることが多い。話をしてきた友人は優秀な人で、人からも頼りにされるすごい人だ。
ほめられ慣れてないとか失礼じゃないかと思う。
彼女はときどき自分も××だった、という話をするけど、自慢とかではなく自分の立場から物を言う時に言っているだけだと思っていて、それに対して嫌な感情は持っていなかった。何年もの付き合いがある友人でももう付き合いたくないと思うのは一瞬なのかな。今回はあまりちゃんと聞いていなかったとポジティブに考えるべきだろうか。
たった一言で縁を切りたいと思うことってよくあることですか?
この記事を読んで、知的障がい者の雇用支援施設で聞いた話を思い出した。
ドキドキして、その施設に行った。
よだれをたらしたり、奇声を発したり、動き回るような人がたくさんいる場だと思った。怖かった。
行くと、驚くほど彼らはまじめに、講師の話もしっかり聞き、訓練に取り組んでいた。
・親からも特別扱いされ、甘やかされていることが多いため、精神的に弱いこと。
・人間関係が狭くなってしまうために、いわゆる「かまってちゃん」になること。
・自分が障がい者だとわかっていない人も多いこと。そして、それが就業を妨げていること。
健常者と障がい者が、まったく同じラインに立って、勉強したり、働くのは、非常に困難だ。
健常者にも、障がい者にも、彼らにとって最適な勉強の場や、仕事がある。
障がい者が「健常者と同じように勉強し、働く」ことで、彼らの力の存分発揮されるとは、どうしても思えない。
きっと、いろいろな不便があるだろう。彼らの力にあった勉強や、訓練が、本当に出来るのだろうか。
身の丈にあった勉強や、訓練や、仕事をすることで、彼らに力がついていくのではないか。
障がいを持つ親は、どうなりたいのだろうか。目的は、何なのだろうか。
自分たちが満足したいのか。
子どもに将来、自立して欲しいのか。
形だけ、取り繕いたいのか。
そんなことを考えた記事だった。おわり。
前々から計画を立てていたのだが、主な目的は牛タン定食とずんだ餅と岩ガキだ。
バナナマンのバナナムーンのポッドキャストを聞いていたらゴールデンな定食は牛タン定食だ、と言っているのを聞いたらどうしても食べたくなってしまったがキッカケ。
カミさんには一応松島を小さいときに見ておくことが娘にとっても意味があるんだ、と言っても理解されなかったが、上記の3つをあげたらGOサインがあっさり出た。
世間の皆さまは安い高速道路を使うことが多いようだが、優先事項はビールな俺としては車で行くなんて発想はもともとない。
ちょうど12時ぐらいに大宮から新幹線に乗り1時間ちょっともすれば仙台についた。
降りて早速向かったのは利久。るるぶを見てもいろいろ牛タンの店は紹介されていたけど、こういうのは一番大きい店に行けば大きな失敗はない。
時間は昼を過ぎていたこともあり、20分も並べばあっという間に牛タンにたどりついた。
娘にもしっかり1人前を注文して残した分をハイエナというなの俺とカミさんが食べて満足。
設楽がラジオで言ってた「牛タン定食は、タンとテールスープという先と端でここまでウマイからスゴイ」みたいな言葉をパクってカミさんに語ると
「テールってなんだっけ?」
という得意げに言った俺が恥ずかしくなる結果が待っていた。
2日目は市内観光バスを使い、伊達政宗的なものを一通り見て回りつつ、ずんだ食べたり疲れたが満足。
正直娘には悪いことをしたと思っている。
それなりに、すごーいとか言っていたがつまらなかっただろう。仙台城とかないし。
夜はまた違う牛タンの店言った。店内にプロレスラーのサインが多くて、興味のないカミさんにこのレスラーはとか説明したらうんざりされた。娘はえらくホヤが気に入っていた。ちょっと将来が心配だ。
3日目は松島。
大人になった今なら松島観光の楽しさがいろいろあるが娘にはつらいかなと思ったが予想以上に楽しかった。
松島観光のために船に乗ったのだがまあカモメがいっぱい船についてくる。
船内でカッパえびせんを買えばそれを目当てにどんどんカモメが奪いにくる。
ここはお父さんのスゴイところを見せてやろうとえびせんを片手に窓から手を出すと勢いよくカモメが奪っていく。正直ドキドキした。
娘は目を輝かせながら自分もやると騒ぐ。
物は試しにとも思ったが怖くてトラウマになっても困るなーということでカミさんに判断を任せようと思ってカミさんを見たら餌のカッパえびせんを食べていたのでもうどうしようもないなコイツはと思い、娘には怖くないように窓からえびせんを投げさせることで満足させた。投げたらカモメがきれいにキャッチしてくれるのでなんだか楽しい。
昼飯は松島にあるさかな市場という海産物の土産売り場とフードコートが合体したようなところにした。
俺はアナゴ丼、カミさんはイクラ丼、娘はふかひれラーメン。ほぼふかひれはカミさんが奪って食べていた気がする。
連休最終日のフードコートなので非常に混雑しておりうちもほかの家族と相席のように座ることになった。
どうやら彼が1学期の成績が悪かったようで、旅行先にまで来て非常に怒られていた。
「どうすんのこんな成績とって」
「どこの高校に行きたいの?」
「黙ってないでなんか言いなさい」
「こんな成績じゃ高校からお断りです!って言われちゃうのよ!」
一方的に母親が責める。
父親は目の前にある寿司を食べたそうにしている。
子供はうつむいている。
正直、家族旅行にまで来て学校の成績で怒るなんてナンセンスだと思うし子供にとっても松島自体が楽しくない土地になりかねない。
またお母さんが非常に大きな声を出す方もあり、周りの家族にも丸聞こえでうんざりしている様子だった。
娘もなんだか不機嫌になってきた。
まだカキの浜焼きだとかあら汁とか食べてないけど気分も悪いしさっさと食べてここを去るかと思っていたところ、
女男←ここに座っていた青年が振り向いて怒った。
母子父
俺娘嫁
「さっきから聞いていたらちょっと言いすぎじゃないですか」
「周りの人にも迷惑なんですが」
「成績がすべてじゃないでしょう!」
おお勇ましいなとも思ったが、家族の問題、特にこういったナイーブな問題で頭が沸騰している人に第三者が口出しすると面倒なことになるのも事実。
「なによあなたは!」
「どうせ、大した大学も言ってないような人になにか言われたくありません」
このおばさんもなかなかクズなことを言いやがると思ったがその青年が一枚上手だった。
「大した大学じゃないかもしれませんがそれでもここで子供の成績について騒ぐことが非常識だということだけはわかります」
なんだ、このやりとりは、とちょっと興奮しながら見てしまった。
娘もカミさんも固唾をのんで見守っている。
おばさんは結局言い返すことができずに黙ってしまった。
ずっと黙っていた子供と父親は食事に手をつけだしていた。
青年は最後に
「あなたがどちらの土地の方か知りませんがわたしは塾の講師をしています。」
「高校生向けの塾ですが、その中には中3のこの時期から成績を伸ばした子もたくさんいます。」
「怒るだけで成績が伸びたら苦労はしません。」
「成績を伸ばすために何をするか、それをまだ話し合った方がいいんじゃないですか?」
正論だなーと聞いていたら
「そうですね、その通りですね…」
とおばさんも折れた。
ウニ丼を食べていた父親が箸を置き
「どうする?」
と息子に声をかけると
と勉強について決意を固めていた。
母親の叱責よりも簡単に子供の学習意欲を高めるものになったようだった。
なんとなく空気が軽くなったのでまだウニ丼を食べているカミさんを置いて娘とカキの浜焼きを買いに席を立つとちょうど、さっきの青年も浜焼きの列に並んだ。
「よくぞ勇気を出して注意してくれましたね」
と声をかけると青年は照れたように
「いえ、わたしも大人げなかったです」
と反省したように答えた。
どうやら東京の人のようなので思い切ってどこの塾かと確認をしてみると
「鉄緑会です。」
と衝撃のお答えが。
確実にこの青年は東大だ。でも鉄緑会って中高一貫の私立限定とかだから中3から成績伸びるとかありえないっすよねーと聞くと
「そうですね、あれは大ウソです」
とはにかんで答えた。
嘘も方便というものだろう。
誰も傷付けないウソだから咎める必要もない。
そのあとはカキが焼けるまで他愛もない話をした。
彼と別れてからあら汁売り場に並んだときに娘に
「あれぐらい賢い人と結婚したらいいかもねー」
と初めて俺から勧めてみた。
非常に冷静に
「あの人ここ(自分の股を指しながら)のチャックあいてたからダメだよ」
と返答された。
うん、お父さんも認めない。
チラシの裏だと聞いたので書いてみます。
いやまぁ、ゲーセンでの話なんですけど、特定してもナイショにしててね。
その子とは2年くらい前に、近くのゲーセンで会ったんですよ。
もうね、かわいいのよ、とにかく。眼鏡っ子だし。
何がきっかけだったか忘れたけど、同じゲームをやってたのもあって、プレイ待ちの椅子に座って話す機会があったんですよ。
お互い同じ大学の学生で学科は違ったんだけど、同い年、同じ地元で、とにかく話がはずんだのを覚えてる。
その時、ちょうどGW前で実家に帰る話をしてたから、思い切って一緒に帰ろうって言ってみたのよ。
今考えると信じられない。まともに話したのはその日がはじめてなのに、いきなり一緒に帰ろうなんて。
自分では考えられないくらい積極的だったとおもう。どこかでダメ元だと割りきっていたのかもしれない。
結局一緒に帰る事になったんだけど、今考えると実は彼女、相当しぶってたのかもしれない。
それから半年くらい、ゲーセンではあんまり会わなかったけど、何度かメール送ってみたりしたんですよ。
残念ながら向こうからメール来たことはなかったけど。
携帯なくして彼女のアドレスがなくなったのはちょうどその時期だった。
うまく書けないけど、手応えなかったし、なんとなく肩の荷が降りたような気がした。
その後も何度かゲーセンで会ったけど、軽く会釈する程度になってしまった。
で、今年の4月になって割と頻繁に見かけるようになったんですよ。
今日も22時くらいに一人で来たのを見て珍しいなー、とか思ってました。
夜道は危ないんじゃないかと思って、送っていこうか?とか、
しばらく見ないうちに上手くなったねーとか、プレイ後に声かけようかとも思ってました。
彼女のプレイが終わって話しかけようと立ち上がったところまではよかったんです。
その男性のことは以前から知っていて、何度か話したこともあったんですけど、彼女と面識があることを知りませんでした。
正直ショックでした。勝手ですけど。
その後、その男性がプレイを始めたので、僕は違うゲームを始めました。
実はチャンスだったのかもしれないけど、そんなこと考えられないくらいショックで、彼女に話しかけられませんでした。
プレーの合間にちらっと、彼女の方を見ると、新たにやってきたお兄さん方に囲まれていました。
そうか、だからこんな時間に一人で来たのか。
彼女はこの後、そんなかの誰かと楽しく帰って楽しいことするんだと思うとね。
もうね、久々に泣きたくなりました。
何て言うかもう、本当に勝手だけど、
以上、チラシの裏でした。
俺だよ!!(http://anond.hatelabo.jp/20080929213709)
ようやく気分が落ち着いて穏やかな俺に戻ったよ。数年振りにブチギレてもう先日のような勢いは無いから只の後日談・報告だけ
失敗したなと思うのはこれだけの人が読むならタイトルに「バナナダイエット」という単語を加えれば良かったことだ。
Google先生の上位に入れてたら主婦の方々の目にも入ったはずだ。悔やまれてならない。だから今回は入れる筈だったタイトルにしといた。
昨日はバナナを買いに行くバナナの日だから帰り道先日とは違う別のコープに寄った。小さなバナージュ2個しか無かった。少な過ぎる。
続いて近所のピーコックに向かい同じく高地栽培の甘熟王(298円)を買おうと思ってバナナ売り場に目をやったら黒ずんだ見たこともない
(13-4cm)くらいのとんでもなく小さいバナナだけが2房死骸のように転がってた。怖えよ!
「田辺さんのバナナ」やいつもは腐る程ある189円のバナージュは一つも無い。しかし横の359円以上もする台湾バナナや有機栽培バナナは
手を付けた痕跡すらない程残ってる。・・・
しかし俺は高地栽培と気心知れた仲なので家に自転車を取りに帰り先日の巨大なコープに向かった。
なんか先週の金曜日にまたバナナダイエットについて放送したらしく、どうせ荒野の雑草状態だろうと思ったんだよ。
そしたらなんといくつだったと思う?!0個だよ!!!!ついに我が町からバナナが消えたwwwwwwwオワタwwwwwww!!!!
代わりにバナナの棚に申し訳無さそうにいちじくが並んでた。ふざけんなコラ!!。横に墓石のように「先日テレビでバナナが大きく
取り上げられコープ全店でバナナ入手困難となっており供給が追い付かず輸入量にも限界が云々」と印刷された張り紙があった。
あの身近でフレンドリーなバナナが全国の店で入手困難wwwwwどんな出世だよ!!さすがのバナナマンもこの事態は予測出来なかった。
ここ数年欠かさず週3回決まった日に買いに来ていた俺が初めて来なかった訳だから「あのバナナ男が買いに来なかったwwwww」と笑われたと
思うと非常に悔しい!もう太った主婦がバナナ売り場の前に立っていようものなら後頭部を(バナナの)形が変わるぐらい殴打してやろうかと
思った程だ。
この3日で散々怒ったり悲しんだり嘆いたり、もう疲れ果てた。これから毎日こんな日が続くのかと思うと気が滅入るよ。
大した事ないと思うだろうがご存知の通りもはや俺にとってバナナは皆さんにとっての米のような物で、とうに好き嫌いなどの表現は超えている存在だ。
1日でも切れると思うとソワソワしてくる。およそ4年間家でバナナが姿を見せなかった日など無いというのに。極論だがバナナを米に置き換えて
しばらく食べれない生活を想像して欲しい。
今回みたいな本の著者は流行るかもしれない物を常備菜とかにした場合まずどういう事になるか考えて欲しいよ。
先日は感情のままに少し書き過ぎたかも知れない。バナナを愛する一人の人間であるなら彼女らを微笑ましい目で見守る余裕を見せないと駄目だよな。
現に俺は数年間毎日食べ続けた訳だし今回は身を引くべきだよな。俺がきゅうり齧ってれば済む話だしな。
見方によってはマスメディアの言う通り単純に買っちゃうなんて可愛いもんじゃないか。軍隊アリなんて書いちゃったけどどう見てもイナゴの大群の
間違いだよな。
また明日から元の一バナナマンに戻るが今回の騒動の事は忘れないよ。
ポイント1・・・「なんと巨大なバナナ・・・!!」しかしここで踏み止まらなければならない。巨大過ぎる物は甘味が拡散され大味な物が多いのは
この業界では常識である。しかしこれは経験を積んだプロでも難しい。どうしても自分の欲と戦わねばならないからだ。
基本であると同時に極意でもある。
ポイント2・・・バナナの向きに注意する。向きが明後日の方向に向く物は経験上水分含有量が少ない物が多く、また芯が固い物に当たる確率が
非常に高くなる。
ポイント3・・・皮の角張りに注意する。一見他の物より大きく見えるが1を学んだ方ならもうお分かりであろう。無論ここでも紳士たるものすぐに
飛び付いてはならない。中身は通常サイズのそれすら下回る。
*この時売り場から一歩下がると視野が広がり視線移動が楽になる。
以上の選別眼は真剣にバナナと接すれば1つ1つポイントを確認せずとも瞬時に見極められる様になる。
誇れる物が何一つ無い俺でもバナナ両手に見比べる主婦の隣で縦横合わせ100房程のバナナの中から5秒程度で最低基準を満たすそれを
発見する事が可能になった。ぜひとも修得して欲しい。
別れたっきりどうしてるのか全く分からなかった元彼に、昨日偶然会った。
半年前、別れを切り出したときの自分の態度がとても悪かった。最悪だった。ものすごく傷つけたって気付いたのは、冷静になってからだった。私は自分が嫌いになった。それから自分の悪いところばかりが露呈して、憂鬱になり食べ物が喉を通らない日が続いた。
とにかく彼に合わせる顔がなかったので、会いそうな場所は極力避けた。好きなカフェにも行けなかったし、行きたいイベントからも足が遠のいていた。
きっと今も恨んでるんだろうな、とか、付き合った2年間も嫌な思い出になったかな、とか、ずっと考えていた。恋人である以前に親友だったのに、こんなふうに避け続けるのはとても苦しかった。またこんな事になるなら、恋愛なんてしたくないと思ってた。毎日忙しいんだし、自分の事で精一杯だと思った。
昨日ばったり会った時、ぎくっとしながら会釈をした私に、彼は笑いかけてくれた。
彼が隣に座ると、空白の時間がうそのように埋まって、いつもの空気に戻っていた。私も最近あった楽しい事とかいっぱい話しはじめていた。そうだこんな風に大声で笑ってくれるところが好きだったって思いながら。
最近徹夜つづきで体調が優れないという私に、「あんたは頑張りすぎるところがあるから、無理して身体壊したらあかんで、そこだけが心配やわ。」と言ってくれた「でも、そこがあんたの強みなんやけどね」と。
私が制作に打ち込むあまりに、彼に当たってしまったのが別れの原因だったのに。
そして、彼が何気なく目を落とした腕時計は、私がプレゼントしたものだった。ふと取り出したタバコは、私が吸ってたものだった。
心の中がひどくかき乱れた。ごめんねごめんねって何度も思った。もっとあっけらかんとできれば、会話ももっとはずんだはずなのに、もう何も言えなかった。忙しい時期に追い込まれるとちゃんと心遣いもできなかった自己中心的な私を、私はすっかり憎んでいたけど、彼はもしかしたら愛してくれてたのかもしれないと思った。
帰って来てから、久しぶりにわんわん泣いた。ありがとうとごめんなさいがいっぱい溢れた。
恋愛なんて、時間に余裕のあるひとがするもんだなんてもう思わない。「今度もし付き合う人ができたらどうやって大切にしていこう」って考える様にするんだ。
夕暮れ。をバックに尖ったシルエット。は少し傾いた鉄塔。から黒い線が伸びて視界を上下に分断している。そしてゴムの匂い。ゴムの焼ける臭い。
すぐに夢だと気付く。自分は夢を見ていると。私の行動範囲内に、こんな場所はない。
唾液を飲み込む。咽喉が少し痛んだ。風邪を引きかけているのかもしれない。明晰夢なんて見ているのも、体調を崩しているからか。
このまま起きようと思えば起きられるのだろうか、と考えて、ふと、起きるのが惜しいような気分になりはじめた。妙だと思いつつ、しかし一方で納得してもいた。こんな夕暮れは見たことがない。こんな見事な夕日を実物で見たことがない。否、これも実物というわけではないが。
背後で音がした。私は夕日から眼を逸らしたくなかったので振り返らなかった。しかし、その音は、弟がゴムを焼いている音だと気付いた。あるいは、気付いたのではなく、知っていた。見もせずに知ることが出来た。夢の中だからだ。
二つ下の弟は、小学生の頃、使い込まれて小さくなった消しゴムを熱心に集めていたのだった。消しゴムのカスを固めて筆箱に詰め込んでいたりもした。それも、自分が消しゴムを使うことで出たカスを集めるだけではなく、周りの級友達からも授業が終わる度にカスを回収していたという。流石に奇行が過ぎるといって、担任の教師によっては親へ電話が来たこともあった。小学生だった私はいつでも真新しい四角い消しゴムを使っていたくて、だから、買った消しゴムはある程度使うとすぐに弟へ受け渡し、次の消しゴムを親に強請ったものだった。
弟は小さくなった消しゴムを集めてどうしているのか。それは私たち家族の間では永遠の謎で、弟は決して喋ろうとしなかった。私は私が中学校を卒業するまで弟と共同で八畳間を使っていたのだが、弟の雑然とした机の周りで、ちびて黒ずんだ消しゴムは一度も見たことがなかった。
その消しゴムは、今、私の背後で焼かれている。そうか、弟は、集めた消しゴムをこんなところで焼いていたのか。妙なことをしていたものだ。
弟は高校を卒業する前に事故で死んだ。免許を取ったばかりの同級生の車に同乗したのだった。弟も運転手の同級生も即死だったという。その他の詳しい状況はよく知らない。その頃、私は日本にいなかった。
空はもう半分以上が藍色だった。鉄塔のシルエットが闇に溶け込んでしまうのは時間の問題だと思われた。
不意に風が変わった。周囲に漂っていたゴムの臭いが薄らいだ。しかし、依然背後には弟の気配がある。きっと、彼は熱心にゴムが焼けるのを眺めているのだろう。口を半開きにして、眼を輝かせるその表情が目に浮かぶようだった。そんな光景を見たことはなかったが。そんな弟を実際に見たことはなかったが。否、これも実際ではないのか。
私はいよいよ、この半端な夢から起きる決心が付かなくなっていた。