はてなキーワード: ドMとは
それが分かってるのなら、そういう人間にウケる文章を効率的に量産するノウハウを磨いて何らかの形で実績を作り、自分の付加価値を高める方向へと持って行けばいいんじゃね?
http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1
むちゃくちゃ同意。
人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211 でも見れば一発で分る。
世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。
というか、本当に
・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」
・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう
こういう人多い。
で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。
私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。
はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。
上の記事のような、ユーモアやアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。
多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。
ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。
ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。
ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。
その理不尽な現実はますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。
頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。
そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。
特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。
ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。
とにかく泣く、怒る、やばいやばいと黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。
自殺しないで生きていくためにはこういう必死の努力が必要なんだろう。
そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。
命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。
でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルールに適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。
日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。
意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。
そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い
うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。
追記
だから、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。
H×H単行本はシリーズ累計5500万部でていてケータイ小説のトリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ
系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪
ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。
あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。
私が言いたいのは、「ただそこしか居場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。
必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になります。キャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。
分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。
これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。
形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?
・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。
ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう。
単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。
その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。
追記2
反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248
彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。
私はこれからも岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います。
今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。
そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマを提供していきたい。
最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。
あと非常に悲しい誤解があります。
またぼくの悪口がはてなに書かれていた。
私は岩崎さん個人は大好きですよ。
人前では常にニコニコしているせいか、仕事とはまったく別のところで理不尽な説教を受ける事が多い。
「大卒の癖してそんなことも知らんのか」
「お前は人をなめた態度を取っている」
なんで、30代って揚げ足取って高圧的に説教をしたがるんだろうか。
こっちは至って普通にやっているのに……。
んで、「いやいや、勘弁して下さいよ」と反論しようとすれば「オマエは数字も出してないのに、口答えするな」と言われる。
どうやら彼らの言い分は、「会社で圧倒的な売上を立てているがゆえに、それを出せていない俺には何を言っても許される」。
「というか、そういう扱いを受けても当然だよね」。というロジックらしい。
いや、仕事に対して怒られるのは全然かまわないけど、仕事以外の事で人格を否定されても……と常々思う。
勝手に思っているのだけど、30代の頭のなかは「こんなに俺様が怒ってやってんだから、感謝しろよ」というのがあるような気がする。
そりゃ、怒られることで改善される部分なるかも知れんが、大多数は卑屈になるだけだと思うよ。
怒られてイイ気分なのって、真正のドMだけでしょ。
卑屈になった人間がどうするかって、それ以上怒られないように閉じこもるだけですよ。
決してアンタには、もう、心を開かないしね。
んで、どうやらこの性格が災いしたのか「割と何を言っても大丈夫なキャラ」みたいなのが確立されてしまい、さらなるドツボへ。
「合コンちゃんとセッティング出来なかったら、アイスピックで刺すからな」と真顔で脅してくる人もいたりして、
そんな理由で刺さなくても……。と思いつつ、笑顔を作り続ける自分がたまらなく嫌だ。
あーゆー、30代には死んでもなりたくないや。
初恋が糞みたいに終わってからというものの、女に夢も希望も幻想もなにも抱かなくなった。
反対に、「女はすごい自分の都合のいい解釈しかしないんだな」とか「なんだかんだいって結局女は訳もなく女の味方しかしないんだ」とか「男が女に怒ったらいけないってなんて理不尽」って
思うようになってきて、しまいには、「どうせ分かり合えない人と調子を合わせられるなんて、振り回されるなんて、彼氏って役回りはなんて屈辱的で変態ドMなんだろ」と思う始末。
彼女がいないと惨めだという風潮があるかもしれないけど、実際にこういう事をいっぺんに経験してしまったから、もう彼女を作ろうとか本当に思わないかもしれない。
ともだち地獄云々の記事を読んだけれど、
要するにこれは友達が云々というよりは「普通」の枠がどんどん狭く、ハードルが高くなってしまって
その気持ちはよく分かるし大変やなー、と思うんやけれど、この部分気になる。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか
こいつ「死のロングウォーク」ちゃんと読んだんか、と思ってしまう。あと進学校とか友達多いやつは別にドMじゃねー。
ネットでの受験や勉強に対するイメージというのはいろいろとおかしい。
例えば東大合格するには1日10時間勉強しろだとか、訳の解らんことを言ってる奴を見かけるし、
そもそも受験勉強をバトルロワイヤルのような蹴落とし合いだと勘違いしてることがまず変だ。
(これはあほな親の影響かもしれん。低学歴の親ほどこのイメージを持っている。受験とか勉強にネガティブイメージ持ちすぎ)
上のような理屈で言えば、進学校では弱肉強食の世界が繰り広げられる。プレイヤーは生き残るために
いじめが多発しているように思われるかもしれないが、そんなことは一切ない。むしろいじめは極端に少ないだろう。
なぜなら、進学校における受験勉強は、バトルロワイヤルではなく、ロングウォークだからだ。
ゆったりとペースを守って歩き続ければいい競技だ。しかも休憩ありだし特定の地点までいけばゴールさせてもらえるヌルい仕様になっている。
ロングウォークを知らない人に一応説明しておく。詳しくはWikipediaよめ。というか原作読め。
100人の少年が、時速4マイルをキープして休みなく歩き続けるだけの競技。
時速4マイルを下回ると警告が発せられ、警告の累積が4回になると射殺される。一定時間警告を受けなければ、その累積は消滅する。
またこの競技は強制的に徴収されるものではなく、志願者が審査の上選ばれるものであり、その点でもバトルロワイヤルと全然違う。全く違う。
ロングウォークにおいて、参加者は、ゲームで勝つという絶対的な目標がある、
ゴールという絶対的な存在に対して、にわかな友達関係や、友達どうしの上下関係などゴミのようなものである。
つまり参加者はその絶対的な対してどこまでも対等であり、孤独である。
友達が多いことには価値がなく、友だちが少ないことはマイナスでもない。競技上はそこに意味はない。
周囲の人間を殺すことは許されていないし、周囲の人間を殺すことに何のメリットもない。
殺すような奴は即刻警告を受けて退場させられるだけだ。
大事なことは「退場させられない」ことであり、「余計なことをして自分の速度を落とさないこと」である。
これが守れる範囲で自由にすることはできる。
しかし、この条件が厳しいので、いじめなどというくだらないことをやっている隙がない。
競技のルールを守る以上は、同じ競技者としてリスペクトされ、競技のルールを破る奴は、違反者として相手にされない。ただそれだけだ。
しかも、厳密かつ明確なルールと厳しいゴール条件があるとき、人は攻撃しあうのではなく、助けあう。
シビアな状況では、本来的同士のものであっても、時に助け合い、支え合うのだ。本当に争うのはゴール手前くらいである。
お互いルールを共有し、リスペクトしあっている場合、仲間でなくても人は助けあうのだ。ソッチの方が強いのだ。
もちろんロングウォークでは脱落者は出るけれど、別の受験では実際に死ぬわけじゃない。でも脱落するのは苦しいから皆頑張る。
イジメなんざ結局、明確なルールや、高めのゴールを持たない、暇を持て余したやつらの破滅願望みたいなものだろう。
イジメ以外に序列をつけるものがないんだろ? 原始人でもできるからな。力で序列決めるとか。
ようするに、イジメやってますって時点で、それは自分たちはサルと同程度の社会能力しかありませんって言ってるのと同じなんだよ。
何ひとつ明確なルールがないから、ともだちみたいな曖昧なものを無理やり旗印に掲げてしまう。
ともだちなんかマイルールの典型みたいなものだから、ともだち集団ごとのマイルールの押し付け合戦になってバトルロワイヤルになる。
子供らが考えるともだちなんて完成度が低くて脆弱な仕組みだと、クラス全体を支え切れないから、常に外部に怯えないといけないから
自分から敵を作って攻撃的になる。 なんか本当に話を聞いてても馬鹿馬鹿しい。
サルですら、序列さえ決めてしまったらあとは安定する。戦いはボスを巡る争いに限る。それすらもできない。サル以下だ。
無駄にプライドばっかり高くて、やってることはサル以下。イジメをやるってのはそういうことだ、と教師は子供に教えるべき。
まぁ教師もストレス多いのか、職場内いじめとか多そうだけどなー。派閥争いとか無駄なことやってそうだけどなー。
はい、どう考えても少しの人間だけが救われて外部の人間は救われてないですね。傲慢と卑屈が合わさって最悪ですね。
子供の浅はかな知恵で、わがままを制御して十分に機能する社会が作れるならSFはいらねーての。私にだってよく分かんねーよ。
まーでも真面目な話、進学校になればなるほど、共同体の一員であることの価値が大きくて、イジメごときでそれを台無しに仕様とは思わないし、
いじめというものが実に非生産的であることが分かるからあんまりいじめってやらないと思うんだ。
あとそもそも、ロングウォークもそうだけど、こういう「競技」に参加する人間ってたいていイジメ被経験者だから、いじめに強い嫌悪感あることが多いね。
高校に通ってもいじめやったりいじめられてるやつらってさすがにちょっと甘いんじゃないか?
タイトルと違うけど、
http://jkondo.hatenablog.com/entry/2011/11/19/114109
おしゃべりする相手はともだちだけじゃありません。それだけではあまりに退屈です。
ともだちだけが社会ではありません。人は、自分の興味があること、自分が専門としていることを通じて、もっと社会とつながりたいと思っています。ともだち以外の人とつながりの生まれる場所に行きたいと感じています。
個人的には全くもって同意。
で、これ、80年代は、これを全くひっくり返したことが言われてた。「もっとともだちを大事にしたり、友達を作らないとダメよ」「友達がすべてだよ」みたいなね。
生まれてこの方、この「ともだち第一」メッセージには心底うんざりさせられ続けてきたので、こういうメッセージはとても嬉しい。
「ともだち幻想=友達がいないやつは人間として問題がある」や「ともだちについての強迫観念」が生まれてきたのは70年代の末ころだったらしいです。
なんでもそうだけれど、誕生した当初はそれなりに合理的な理由があるもんです。 だいたいそれをおかしな方向にねじ曲げちゃうのがコマースメッセージなわけですが。
最初はあまりにもこの時代の日本社会が仕事一辺倒で、仕事以外で人間の価値をみとめられないこと、男社会への傾倒が急激すぎて、それへの反発が強くなったという話からスタートしてます。
(日本の男優位社会は伝統でも何でもなく、敗戦後に作られたものであるって話も大事ね)
人間関係も全部仕事がらみ、家族ぐるみの付き合いといっても結局仕事に縛られる。女の人や子供はさぞストレスだったろうと思う。
この当時は、必要があったとはいえ、仕事頑張りすぎて脳がおかしくなった男性が調子乗りすぎて、ソレ以外の人間を犠牲にしてヒャッハーしてた時代だったということやね。
(団塊世代の人とかが、「俺たちは毎晩徹夜する勢いでがんばってたのにいまどきの若いものは」とか言ってるのを聞くと、
ああ、日本人ははやく複式簿記を必修科目にスべきだ、と思う。こういうバランス無視の考えだからバブルが起きたんだよ、責任取れとはいわんがちょっとは反省しろボケが。
ああ、彼ら的には悪いのは全部日銀で政府でアメリカの陰謀なんですよね。 本当に信じられないくらいにナイーブな方々だと思う。反省したくてもできない脳のつくりなのね)
そんで、仕事における負け組や、仕事オンリーの人間関係に虚しさを感じる人達が、仕事以外のものをもとめたときにそれがともだちの存在だった、という流れ。
そういえば、この年代も、若者の連続殺人犯とかが立て続けに発生して問題になってたな。
当時から、社会的な問題があると、若者がカナリアよろしくまず発狂し、ソレを見て年寄りは「最近の若者は」って言うのは変わらんかった、と。
で、そこはなんでも極端な日本人、なんでも二元論で考える日本人。
日本人は、なにか新しいことを始めるときに、前のものを否定しなければ気が済まない上書き志向の持ち主です。
「仕事だいいち」に見切りをつけると、どっと「ともだち至上主義」に流れ出した。女の子は「恋愛なんちゃら」かな。
で、こんどは「仕事がデキない奴はクズ」「学歴低い奴は賢い奴の奴隷」みたいなカーストに復讐するかのように
「友達がいない奴は人間のクズ」「いくら偉くなってもあいつ友達いないんだろうな」って言えばなんとなくスカッとする傾向が生まれましたとさ。
とはいっても、おじさんたちは頭が硬いからそう簡単に変わったりはしません。つまり「勉強や仕事第一」主義も残ります。
夫に全面的に依存して思考停止している母親も基本的には夫の方針に従って子供を調教します。なので、勉強第一主義は根強く残ります。
「勉強・仕事だいいち派」と「ともだち100にんできるかな」が勢力闘いをするようになります。
まぁホント日本人くらいですよ、仕事とプライベートを対立関係に置いて、どっちか片方しか取っちゃいけないと考えてるのは。
仕事と私とどっちが大事なの?って慣用句自体、日本人の性格をこの上なく正確に表現してるよね。
不完全なものでも絶対の軸において、ソレにすがってないとアイデンティティを確立できないのは、やっぱり無神教国家だからなのかねぇ。とか知ったかぶってみる。
そうやって、自分だけが幸福になりたいばっかりに、それに適応しない人たちを踏みにじることを何とも思わないことがとっても生き物っぽくていいですよね。
こうやって仕事vsプライベートで対立しあって、お互いがお互いの素晴らしさを主張しようとハードルを上げ続けた結果、
もはや両立不能なレベルまでどちらも要求レベルが高くなって、両立できないからどっちか選ぶ羽目になってまたケンカする。アホかと。
両立するためには、超人的な体力を持つか、仕事時間を自分でコントロールすることが許されるくらい偉くなるか、
あるいはちきりん女史のように、全力で仕事頑張ったあと、途中で退職する以外に方法はないんだろうなぁ。いずれにしろ無理ゲー。
自分で無理ゲー作って、クリアできないとか言って文句言うのって楽しいのかなぁ。
ここで終わればまだ笑い話で済むんだけれど、さらに続き。
当然として「勉強・仕事が出来ない」「友達もいない」人はベン図の外側に追いやられて、「かのものは人にあらず」と迫害の対称になります。
まぁ簡単に言うといじめですね。いじめって人間を測る評価基準があれば必ず発生しますが、まぁ日本のいじめは馬鹿馬鹿しいのが多いですね、クソッタレです。
でまぁ、いじめられたやつがどうなるかについて全く考えてない、フォローしないのも問題ですね。で、そのつけは当然数倍になって返ってくるんですけどね。
社会から切り離されたまま長時間放置されて、社会性を失った人が大勢います。
人間以下の扱いを受け続けると、本当に人間であることを辞める人がたくさんいます。
匿名で振る舞い続けていると、人間であることの節度を失う私のような人間もたくさんいます。
で、そういう奴らはどうするでしょう。
隣人部作ってはぐれ者どうしで連帯する?そんなのフィクションです。サバイブSNSってのがありましたけど多分うまく言ってないんじゃないかと思います。
(はがないはアニメしか見てないけど、あれはともだち教へのアンチテーゼだよね。「きみらがいってるともだちとかはどうでもいいし少ないですがそれが何か?」ってことやろ?)
社会性の訓練とか人間扱いとか、匿名から引き剥がして一個の人格として扱うとか、
そういうレベルから世話焼いてくれるとこがない限り、いちど脱落したものはよっぽどのことがない限り復帰できません。
結局人はひとりひとり自分でなんとかして助かるしかないでしょうね。
ほとんどの人間は、それぞれが「人間以下のなにか」として、ずっと劣等感抱えながら生きていくだけです。
あるいは「人間以下の何科ですがなにか?」と開き直って、twitterやら増田なんかで有名人にからんだりなんなりと社会に迷惑をかけながら生きていくしかない。
人間であるための条件として「友だちがいること」「勉強ができること」ってのがかっちりと決まっているかぎりはもう人間に戻ることはない。
というような感じなんですが、そういうともだち地獄に対して、
「ともだちともだちともだちってそればっかかかお前らは、そんな人生つまんねーだろ」ってのが当たり前に言われだすとまた話が変わってくる。
「ともだち地獄」のいく末は「22世紀少年」であり「原理主義者たちの祭典」ってのがようやくわかってきたみたいで、さすがにみんなうんざりしてきてるみたいです。
勉強もともだちも大事ですが、それを必要条件のように考えると、ほんとにしんどいだけなので、そろそろやめようぜ、って話になってくると嬉しいです。
生きるのは、ただでさえしんどいことだと思うので、そこにわざわざ重荷を載せないでもいいやんか。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。
「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか、私にはよくわからんです。
阿呆な頭で平等主義を誤解したままお題目みたいに唱えるから、能力ある人に引っ張られて自分たちもがんばらなきゃいけないハメになるんですよ。
阿呆なら阿呆でいいやん。 南無阿弥陀仏言ってたら幸せになれる頭の持ち主が、TPPのこととか考えなくていいよ。
あんまり他人のことを気にし過ぎないで、ともだちがどうとか言わないで、自分が好きな事やってりゃいいと思います。
生きるほうを、選ぼう。
青山学院ってこんなところ http://anond.hatelabo.jp/20110831231802 のブコメで
というコメントがあったので書いてみる。
ネット上で同やんと言われている事があるけど、そんな言い方はされない。同志社は同志社。
地理的に立命館の人と会うことが多いけれども特に意識していない。優越感もない。
立命館の入試で落ちた事がある同志社生は立命館を強く意識しているかもしれない。
関関同立と言われる大学群の中で、もしかしたら日本中の私大の中で最も屈折した熱さを持ってるかもしれない。
一歩間違えたらメンヘラ一直線。表面的にはいい人だけど内面にドロドロとしたものを抱えている人が多い。
それは立地的にも難易度的にも社会的にも、同志社が超微妙なポジションの大学である事と深く関係している。
なんていうか、私大の入試しか知らない関西人は行かないほうがいい。
http://momotaro.boy.jp/で偏差値65以上ある、まともな高校に行っていたなら国公立大を受験するように指導されているはずだけれど。
上位国公立大合格者が現役卒業生数の1割にも満たないぐらいの中途半端な偏差値の高校を出た人が勘違いしがちです。
日本で第二の経済圏である関西でトップの私大だと間違った勝ち組意識を持ってる人が
間違って同志社に入学すると痛い人と見なされてアホにしか相手してもらえない4年間を過ごすことになります。
同志社に入学したら出身高校と入試形態と受験歴は絶対に話さないようにしましょう。
同志社の中にいる京大阪大神大、名大九大などの地底、その他国公立大、早慶上智に落ちてきた他の地方出身者等のメンタルを刺激して人間関係がギスギスしてきます。
表面上はいい人ばかりですが、内面はドロドロした感情を抱えている人が多いからです。
内部進学組が多いのは付属高校を持つ私大ならどこでも一緒なんですが
なんでしょう、内部生とわかるだけで外部からの入学者と心の壁が生まれます。
国公立至上主義の関西では私大進学は早慶でさえ負け組のレッテルを貼られるので、
私大の付属校に入学してそのままエスカレーターで大学に進学する行為は首都圏ほど評価されません。
ですから、私立大学付属校受験は人気がなく、付属校の偏差値は首都圏のそれよりも低く表れます。
だから、内部生の中にも突出して優秀な人がいるのは認めますけれども、アホが混入することが多くなります。
自分たちが苦労していた間に遊んでいた奴らが許せないという意識の表れでもありますが、内部生というだけでアホのレッテルを貼られがちです。
同志社で自分が大学に入学した入試形態を口にしてはいけない、というのはこういうことで、
内部進学者と一緒で推薦入学者も、心の壁を作られて心の中で差別される事があります。
国公立大学受験に失敗して同志社に入学した人は私立専願入学者を心の中で下に見ている事があります。
偏差値の高い高校を出た同志社生は偏差値の低い同志社生に後ろ向きな感情を抱いている事があります。
国公立大学の入試に失敗して下宿も浪人も許されていないのであれば、(それでも黙って仮面浪人する同志社生もいますが)
早慶を受験していないのに早慶に落ちたと見なされるなど、真剣に大学入試に取り組んで同志社に来た人ほどメンヘラ一歩手前になります。
関西は首都圏から見て一地方ではありますが、衣食住足りてしまう都市圏でもあるので大学進学を機に他の地方に一人暮らしするという意識が希薄です。
東大一橋東工大早慶を率先して受験する関西の進学校は今でも少ないままです。
同志社が第一志望だった人、非一般入試で入学した人は学歴コンプとは無縁に大学生活を送る事が出来るでしょうが、
能力問題で社会に出るときor出た後に蹂躙されることになるでしょう。
この大学の関係者は愛校心と学力が反比例の関係に立つという特徴があります。(受験と無縁に過ごした内部進学者、かなり昔の卒業生はそうでもありませんが)
私大に行くのは早慶を含めて負け組という意識が大学受験とは無縁の庶民層にも浸透している関西なので、
でも、首都圏における早慶と違って、同志社に行ったからといって尊敬される事はありません。
いちいち自分から大学名を言って自慢するような同志社生、卒業生がいたら間違いなく下位層のアホです。
しかし、同志社よりも上位の私立大学がなく、国公立後期入試は募集定員が少ないために、
選択を間違えれば京大A、B判定だった人であれ同志社行きになってしまう怖さがあります。
理系は大阪府立大学中期日程で逃げきることが出来ますが文系はそうは行きません。
大学入試を頑張っていた人ほど精神を圧迫される大学ですが、心を破壊されずに生き残る事が出来ればどんな逆境にも耐えられるでしょう。
付き合った当初から私が居る横で「ただイケ」とか「女は結局金」とか言うんだよね
私もニュー速とか見るし要求高い婚活女がクソってことには同意するけど
仮にも女の前でよくそんな話できるなあとは思ってたんだ
男女交際って初めて経験したけどカップルの現実ってこんなクソみたいな感じなの?と思ってた
で、彼氏が「処女しか愛する気になれない」みたいなこと言ってたから
ニュー速民が愛とかよく語れるよねと思って
だから普段私ほとんど黙ってるけど彼氏に思ってること言ったんだ
愛っていうと聞こえがいいけど
俺のために処女やその他の○○処女を捨てて中古スクラップになってまで尽くしてくれたとか、
俺の子を産むために腹の皮や膣伸ばして体質変わって太ったり授乳のために乳垂れさせたりして性的価値を下げてくれたとかさ、
他の男の手垢がついてない状態でゲットした新品女の価値をどこまで下げてやるかみたいなさ、
で、下げきったら次の若い子に目移りでしょう、
そういうことをしない男って結局モテなかったり金が無かったりして出来ないか、
すでに関係した女にキレられてモメるのが面倒でやらなかったりしてるだけで、
本当のところはイスラム教徒みたいに72人の処女の膜を次々に破って孕ませては捨てることに憧れてるんでしょう、
孕まされた72人もそういう扱いを受けることに大喜びするドMでさ、そういうのが理想なんでしょう、
既婚でも未婚でもイケメンでもブサメンでもヤリチンでも童貞でも結局似たようなもんなんでしょう、
私に告白したのも見るからに処女で容姿のレベル的にも手ごろだったからでしょう、
そこでなんか怒鳴られて(何言ってるのかわからなかった)彼氏が部屋出て行った
いやここ彼氏の部屋なんですけど、鍵持ってないから出て行かれたら私帰れないんですけど
鍵持ってないから鍵かけられないってメールしても帰ってこないから
普通に家に帰ってきたけどなんなんだろう
なんでキレたの?図星?女に言い当てられること自体が腹立つってこと?
もしくは私がこういう割り切ったこと言いながら彼氏と一切性的関係を持とうとしないから?
向こうから言ってこないからこちらからもアクション起こさないだけなんだけど、
まあされても断るんだけどね
この感じってミサンドリーなのかな
いい年して番じゃないのは欠陥品みたいな風潮はあるけど別に欠陥品でいいし振られたら別れよう
というかもう振られなくても別れたい
ミサンドリーでもないや、友達一人も居ないし、女の本音とかも醜いゲロ、クソ以下だと思ってるし、
同い年の処女なら誰でもいいのかっていうね
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
結論 → たぶんわたしの人生に、これよりおもしろいことはない。
わざわざ苦しい思いをしないと生きていけないように、どういうわけかこの世はなってる。
日常だって人生だって、9割はどうでもいい糞つまんねぇ苦しいことでできてる。
たった1割がすげーきらきらきらきらきらめているように見えるから、
そこにやりがいとか生きがいとかクッソ気持ち悪いものがあるようなフリしてどいつもこいつも生きていやがる。
超ドMでもないかぎり、普通そうする。自分の居場所が薄汚れたクソマミれの場所だなんて誰だって思いたくない。
クソマミレでもちょっとはきらめくものが合ったんだよと思いたい。
でもさ、どれだけきれいな一部分にだけ着目しても、生きてることと行き続けることは基本的にクソまみれだ。
今日一日の、愉快なこと書き出してみ?
どう考えたって他の物体なんて自分の思い通りにならないんだから不愉快。
それを指して「思いどおりにならないんだからいいんだよ」ってのはただの処世術。
でまあ結局心の置き場所なんか他人の股間にしか ねぇよ
って三回まわって絶望して四回目にはっと気がついたの、19の時。
もうどうだっていい。
幸せとか心の置き場が(実在するしないに限らず)他人の股間にしかないのなら
どうせなら存在しないものがいい。存在しないものなら1から作れる。
それなら傷つかない。遠くにいたい。
前提として、友人達の事は好き。
ただよく言われる「あんたはドMだよね」の発言が引っかかるだけで。
苦しい状況や痛い状況を好きだとかを気持ち良いなんて一度も言った事無いのに。
多分、自称ドSで口がよく回る友人達に何も反論が出来ないからだろうけど。
100歩譲って、それを言われるだけのからかい程度なら流せるし我慢出来る。
だがどうしても嫌な気分になってしまうのは、「ドMだから」と理由を付けて過剰な弄りをされる時。
弄られるのは仲が良い証拠なのはわかっているけど、そういう弄り方って他の人にはしないよね。何で私だけ?と問うと、
と返される。
子供の頃はそれでも反発する事はあったけれど、ここまで付き合いが長くなると、
もう半分諦めているし、今更本気になって空気を悪くするのはもっと嫌。
断ることができないなんてもう完全に陵辱フラグ立ってたじゃないか。
いいなぁ。
でも元増は愛がないからなんとかとかで諦めて外から見て、他に目をつけた男が
その子のところにいっちゃって、断れないの見抜いてこれから好きなように
弄ばれるんだ。
まぁ仕方ないね、元増は諦めちゃったんだから。
それにしてもいいなぁ、やりたい放題だよなぁ。
ドM女とかってこういう過程で生まれるんだろうなぁ。
結局しんどい思いするのは君だからすっぱり諦めな。
ほんとしんどいよ。
めんどう。
相手に彼氏がいるのを知って付き合うと、なんだかんだで彼女はそれを盾にして
「だってもともと彼いるの知ってたじゃん」とかなんとかいろいろ。
君が超ドMで奴隷人生を生きていたくて何にも自由にならない生き方に問題がないのなら
行って見てもいいかもしれんね。
俺はすごいしんどかった。何も自由がなかった。
最後は彼女の気まぐれで理由も分からず縁を切られてさようならーって。
彼氏持ちの子、2~3人と付き合ったことあるけど毎回終わりは意味不明であっけなく
突然。
開き直ると女は異常な強さ発揮するよ、ほんと。
元増田です。
増田にはなんとか厨とかなんとかでこういう批判や意見を言ってくるのは知ってるけど脱線気味だな。
とりあえず言ってくれた意見をまとめてみようと思う。
だから基本女はMなんだよ。だから引っ張ってくれるドキドキさせてくれる男らしいSな男が好きなんだよ。
今時の優しいだけの草食系みたいな男の彼女は家族みたいな安心を持ちながら、
ドキドキしない所を不満に持ってる、そこでSの男らしい奴が現れると、簡単に股を開くんだよ。
確かに彼女は周りに流されて、人に甘えるタイプという点ではかなり典型的なドMであると思う。
正直、俺もそうだけど彼女を引っ張っている時の自分はすごく生き生きできた瞬間だったように思う。
彼女は物足りなかったのかもしれないけど。
無理だと思うよ。彼女の好みが違うんだもん。
つまり、こういうことだったのが今の結果なんだな。
まあ、否定はできない。
リーダーではないけど、頼りになるとはサークル仲間から言われているけど、一人の女の子に対して頼りになっているかはわからない。
まあ、本人いわく彼女の大切にしていた過去を俺は否定したらしいことが本命にならない理由であるとのことらしい。
意中の人はそれを肯定したんだと。
そうだろうね。俺もそうだよ。
チャンスはない、その子はイケメンとよろしくやって増田は都合のいい男。
で完了だよ。
一緒にいて当たり前だなんて思っていたけど、彼女は不満だったんだよな。
触れた時に安心できる相手だと言ってた。
本当に積みだと思うよ。俺には安心感というか安らぎを与えられなかった。
そうだね。
一緒にいて当たり前の友達だから、これからも一緒にいましょなんて言われたけど、それって都合のいい男なんだよな。
都合がよくても構わないから一緒にいたいと思った自分は、惨めだけど最悪でダメな男なんだろうか。
簡単には彼女から離れられないな。
彼女の望む俺でいることは人形になることだけど、俺の精神が持つかわからない。
だからといって、彼女が視界に入らないところに行くのは、関係上難しいけど、よそよそしくすることも優しく居続けるのもわからない。
意中の相手を殴りつけてしまうかもしれないし。
東京で大学三年生やってる。彼女はいたことあるけど童貞。相談にのってほしい。
連絡取り合ってて、何度か二人で遊びに行った。周りにいる女の子とは違ってわがままでビッチなとこに惹かれた。
ただ、彼女は同僚で俺とも仲のいい男の子(B夫)が好きだと言ってたし、実際デートにも行ってたようだった。
しだいに俺とB夫はお互いのA子との接近に気付いたが、そのことについて触れることはなく今まで通り接していた。
そうこうしているとA子から、B夫に告白したけど冗談だと思われて超ショックーという話を聞かされた。高田純次みたく軽いキャラの俺は「そうなんだ!けどやっぱ増田のほうがいいと思うけどなー」「増田にしとけば楽しいのにな」とか言ってた。
実はそれまでもよくB夫のことが好きだとかさっきまで電話してたとか増田なんか二番手と言われていた。嫉妬心を煽るような言いかたをされ、そのたびに高田純次で返してふたりでアハハ、みたいな。
普通はそれであきらめるんだろうけど、ドMかつ追いかける恋が好きな俺は友達にマジキチとか言われながらもA子を好きでいた。A子とB夫が付き合うまではこのままでいいかなと思っていた。B夫B夫言われるのにつっこみをいれるのがなかなか楽しかったし。
さて、B夫はA子のことを好きなのに俺に気兼ねして付き合わないのかなと思いきや、B夫といるときは増田岡田、いや増田増田言ってることが友達を通じてわかった。ビッチ節が炸裂してる。ただB夫が一番手、俺が二番手であることは一貫してるようで残念というかハアハアというか...
ホルホースで行こうと思ってたのに最近になってポルナレフになった。あ、ありのまま...ってやつ。やっぱり増田が好き、付き合ってほしいとか言われた。あれだけ好きと言ってたけどいざ告白されると付き合いたくないと思った。その場では茶を濁して別れたんだがどうにかしないと。どうやって断ればいいのか教えて欲しい。
何で付き合いたくないのかはおれにもわからんが、遊び半分でキャッキャやる分にはいいけど増田家末裔の童貞をやるわけにはいかんぞ!みたいな先祖の声は聞こえる。