はてなキーワード: 現実逃避とは
スマイルプリキュアが清々しいまでに現実逃避していて気に入っている
子供は元気で、仲間を思いやり、弱いものを守り、悪意にめげずにひたむきに頑張れば幸せになれるよっていう内容
主人公は自分の生き方が正しいと思っているし、自分は幸せになれると確信している。そんな姿をキチガイみたいだと素直に指摘している人もちらほらいる。
その通り。そんな生き方をすれば、自分を犠牲にしなければいけないし、嫌な思いをするし、損もする。幸せになれると感じる方がおかしい。
しかし、そんな本当のことを子供達に言うわけにはいかない。嘘をつくしかないのだ。
約7ヶ月の世界一周の旅を終えて、感じたこと伝えたいこと
この考えはすごくよくわかる。自分も旅好きだ。
この記事を見て思い出したことで、この人のことを言っているわけではないことを念頭に置いてほしい。
日本には海外にバックパックで行っている人が、意外と多いと思うし、世界一周しているという人を何人も知っている。
また、旅好きの人にはいい時代になったと思う。SNSを使えばいろんな場所に友達を事前に作れるし、遊びに行くという目的が作られる。
で、日本人バックパッカーにありがちなことは、バックパッカーもどきのニートが少なくないということ。
なんか、海外旅行というか旅に出ているのに、そこでなにをするわけでもなく、ホステルでずーーーっとぼーーーっとしたり、
漫画読んだりだらだらしたり。。。
要するに、場所場所ではテンション上がるけど、それ以外の時間は現実逃避ニートが多いのも事実。
このブログの写真の時は楽しい時だろうけど、それ以外の時間はだらだらニートの様な生活をしている人が少なくない。
だから、旅に行った人の話話半分に聞いてOK!w もちろんそうでない人もいる。
ま、そんだけ。
【父】
・地方出身/中流、しかし比較的裕福ではない/持ち家/祖父母と同居/妻より高学歴
【娘】
・周囲の評価は「しっかりしてる」/勉強はできるほう/見た目が派手ではない/現実逃避のための趣味がある
・やたら「家族」を押しつけてくる件
家族を万能な何かだと思ってるが、それは彼にだけ許された環境である
妻や娘は彼をちやほやする装置
おそらく自分の父親(私にとっては祖父)が「家族」で肯定されてきたから自分も無条件に「家族」が肯定してくれると信じている?
しかし自分以外の「家族」構成員を気遣わないし、都合も考えない
娘には妻と同等のサポートを求め、従わないことなど有り得ないと信じている
「なんでもやってみなさい」と言う …しかし必ず「あれをしろ」口を出す、「こうしたほうがいい」と手も出す
「俺がお前のことを一番よくわかっている」「娘が俺のことを嫌っているはずがない」という根拠のない自信
これをやられ続けると、娘のほうは自分の意思で何かすることすべてに罪悪感を伴う
たちが悪いのは、「家族」と「愛」でゴリ押し、拒否権は認められないということ
11~12歳くらいになると娘は「お父さんが嫌がるようなことを考える自分が悪いんだ」と思うようになる
父が嫌う発言をすると「心が貧しい」「頭が固い」など性格を否定される
そのへんのおっさんの所有欲・支配欲と変わらないと気づくのに年数が掛かった
他人は「よくできた娘さんで」と言い、
父は「いやいや、そんなことないですよ」と笑い、
隣の娘まんざらでもないような気がするが、自覚なく鬱屈がたまっていく
相手は成功者だし、俺はゴミクズだし、しかも理屈でも反論できないし、でもこんなん実行できないし、
正しいとも思えないし、でも間違いだといいきれないし、とか悶々としながら読んでた。
そういえば、もしドラ読んでる時も割とそんな感じだた。
福島なんとかさんとかもそうだけれど物語形式の自己啓発本とか、なんなんだよこいつなんなんだよって思ってしまう。
言ってることは間違いじゃないんだけれど、なんというか、しょうがないんだけれどあまりにも・・・うーん。
なんというかなんというか違うんだよーって叫びたくなるような本を読んだ時に、
つい感情的に否定しようとして、それができなくて、言いくるめられるような感触を味わうことが多かった。
それで納得できるような本を探してはモヤモヤするという悪循環を続けていた。
とある本のレビューでこういうのがあって、これはしっくりきた。
本の内容は、癒されるには都合のよい本である。
ただなにかすっきりしない。いきなり来た布団のセールスを聞かされているようで、内容は良いのに腹の具合が悪くなる気分だ。これはあくまで個人的な感じ方の問題だが、同じように感じる人はいると思う。こういう時は「間に合ってます」とはっきりというべきだろう。
これが本当に幸せをもたらす流れだと常日頃思う
あ、そうかと思った。
私は押し売りとか弱いというか、目の前の良い事にふらふらとなびいて抵抗できなくなるとか
とにかく意思が弱いのだな、と。 意思が弱い段階で、あんまりすごい話とか聞いてもダメだな。
もうここで意志強くする本とか読むんじゃなくて、とりあえずもうちょい自分を理解してまず日常をうまく過ごせるようにしよう。
不景気の折、働いている会社や仕事が無くなった場合のことを考えた。
高校を卒業して、無意味で無駄な専門学校を出て、10年間ぐらい働いた。
税金をたくさん取られるので、想像していたほど金持ちにはならなかった。
中小企業の特徴かもしれないが、10年続けて働くと、古い人も新しい人も
含めて、8割ぐらいの人が入れ替わる。
上からの命令は何でも引き受け、仕事で潰れなければ、自然と出世する。
でも中小で10年も続く会社は、少ないため運が良かったのだと思う。
不景気にさらに災害に世界的不況も加わり、大手企業もつぶれる時代になった。
今までは考えたことが無かったが、自分も仕事を失ったどうなるのか、
最近考えるようになった。
現実的には、類似同業者への転職か、社内のメンバーで類似事業の立ち上げ
があり、そこで働く可能性が高いと思う。
現在の水準の給与も見込めないであろうし、類似事業同業である以上、市場の
先行きは明るいものではない。
ではまったく別の新天地を求めると考えると、果たして自分の10年間で得た能力
は、外に通用するものか、内部だけで通用する能力なのか、検討がつかない。
何とかなりそうな気もするが、年齢もフレッシュではなく、特定の資格もない。
経験もあり、仕事ができているのは、今の会社があり、その中でのノウハウが
外に出たら、只の小さいおじさんかもしれない。
そんなことも考えつつ、本を読んだり、ソーシャルを始めてみたり、学校にも
通って見たりした。それだけの目的でないのだが。
はっきり言って、どれも問題を解決できる何かが見つかる可能性は感じなかった。
見つける人もいるんだろうけど、自分には合わなかった。
哲学(自己啓発)やハウツー本は、著者自身の自己啓発(自分自身に言い聞かせ
ている)だったり、ハウツー本は一見良いけど、志が伴わないものは、頓挫する。
他人の上っ面だけ借りても意味が無い。
ソーシャルで著名人や有名人とつながり、未来の可能性もなんて、まず自分に相応
の価値がなければ可能性もなく、同じケツの穴のムジナ同士が、ごちゃごちゃして
いるようにしか感じない。意味が無い人には、意味が無い人しか集まらない。
学校で勉強する知識など、仕事では弱すぎて使えない。それなら仕事で実践で
導入して使ったほうが、ずっと経験値になる。
より生きるように、本は良質だと思った定番のビジネス本を繰り返し読み、
行うことは志となる土台や社会的正義などスジとなる、主張を持つようにしている。
ソーシャルや学校で勉強したことは、事業に入れ、業務の拡張につかっている。
そうこうしている内に、話は戻ってしまって、結局は今の仕事だけになっている。
だから、もし今の仕事が無くなったら、台湾に移り住み中国語を覚えようと
考えている。親戚もいる。
そうすれば、実態もわからないし結論も出ない悩みの種となっている、
次の仕事は、同業種の仕事か、他業種の仕事にするべきか考えずに済む。
台湾で中国語を覚えられるまでバカンスしてすごそうと、今は楽しみしている。
現実逃避とも言うが、現実進行も現実逃避も、人より飛び越えたほうが
得てして良い結果が出る。マイノリティーとも言える。
2010年になった。
彼を亡くして半年近くが経っていたものの、もちろん彼の事を考えない日など1日もなかった。
その時の私は、大きな問題を抱えていた。
私は心臓病で、ペースメーカーを入れていた。その電池が既に切れている状態だった。
電池が切れてもバックアップで3ヶ月は動き続けることができるものの、
設定は初期値にリセットされるため体調は悪く、また、完全に電池がなくなってしまえば突然死の危険もあった。
電池が切れていることは、もちろん知っていた。
でもその時の私は、とにかく目の前の面倒な事や嫌な事から逃げようとしていた。
だから電池の問題も後回しにして、考えないようにしていた。
しかしいよいよ電池が完全になくなろうとしていた。
私の心臓の状態から言えば、電池が完全になくなるということは死を意味していた。
でも、電池を交換する手術を受ける気にはならなかった。
死にたい、と思っていたわけではない。彼を亡くしてからも、後を追おうとは考えなかった。
でも、積極的に生きたいとは全く思っていなかった。
通っていた病院の、循環器の師長が私に言った。
このままだと、本当に危険なのよ?どうなるか分かってるでしょ?
ねぇ、お付き合いしてる人とかいないの?その人も、悲しむ事になるのよ?
どんな言葉も響かなかった。悲しむ人は、もういなくなってしまった。
それから数日後、彼が夢に出てきた。亡くなってから一度も出てきた事はなかった。
彼は、ただ微笑んでいた。何も話さなかった。手を伸ばして、追いかけようとして、目が覚めた。
結局その後、私は手術を受けるために入院した。
しかし入院したその日、主治医から思ってもいなかったことを告げられた。
ペースメーカーと心臓を繋いでいるリードがだめになっている可能性があるけど、開けてみないとわからない。
だめになっていた場合、今入っているリードはそのままにして、新しいものを新たに入れる。
そんな話は全く聞いていなかった。外来で検査を受けた時にも言われなかった。
リードはずっと使えるものではなく、いつかだめになるかもしれないのは知っていた。
でも、使えるかどうか、開けてみないと分からないというのは知らなかった。
ペースメーカーを入れたその日から、体内に異物が入っているという違和感を、
ずっと抱えて生きていた。自分の胸部XPを直視することもできなかった。
仕事で行った病院で、たまたまペースメーカーを入れた人の胸部XPを見てしまい、ひどい吐き気に襲われたこともあった。
私は手術を拒否して、同意書を書かなかった。
このまま退院させて欲しいと言った。もちろんだめだと言われた。
そんなわがままな患者に、ついに循環器科の一番偉い先生まで出てきた。
先生、というより、威勢のいいおばあちゃんだった。
旦那さんと離婚して、女手ひとつで医師を続けながら娘を育てた事。
その娘も今は医師をしているということ。高速道路で事故を起こし、死にかけた事。
それを聞いて私も、少し自分の話をした。
大学2年になる直前に意識消失発作で倒れ、ペースメーカーを入れた事。
大学を休学しなければいけなくなったこと。手術の後遺症の事。両親に理解されなかったこと。
その事を、人に話したのは初めてだった。
一通り自分の身の上話をして、私の話を聞いて、先生は病室を出て行った。
もしもリードが使えなくなっていたら、古いリードを抜去できる病院に転院する。
その病院には既に受け入れの体制を整えておいてもらっている。
自宅からは遠かったものの、循環器が有名だったその病院は良いはずだと思っていた。
でも、検査の度に嫌な思いをさせられていた。患者の事なんて全く考えていない対応だった。
そんな話を彼にしたら、こんな事を言われた。
嫌な思いをして通い続ける事ないよ。別の病院探そ。
その後、彼を助手席に乗せて家の近所を走っている時、ある病院を見つけた。
最近の病院って、スタバとかタリーズとか入ってるよね。仕事中の息抜きにいいよねw
あの病院、いいんじゃない?綺麗だし、確かあそこはウチの電子カルテ入ってないよw
その後彼はその病院の事について調べてくれた。
神奈川県内では一番ペースメーカーの症例数も多く、評判のいい病院だった。
その後、私はその病院に通うようになった。
そしてその2日後、私は手術を受けた。
結局リードはそのまま使える事が分かり、3時間程度で無事手術は終わった。
手術が終わった後、あのおばあちゃん先生が私に言った。
あんた、よく頑張ったよ。頑張ったから、神様が味方してくれたんだよ。
先生は「神様」と言ったけど、私は彼が助けてくれたんだと思った。
入社当初は会社を辞めたいばかり言っていたが、彼のあの言葉によって
この仕事を続けられるところまで続けてみようという気持ちになった。
嫌になって途中で諦めて投げ出すのだけはやめようと思った。
ただ、入社して5年目という区切りの年に、これから先どんな仕事をしていきたいか
ちゃんと考えようと思った。このまま電子カルテを作りたいかどうか。
これからの1年、どんなに辛くても全力で仕事をしよう、と決めた。
全力でやって、そのまま続けたいと思ったら残る。思えなかったら、別の道を探す。
復帰後すぐに、かなり大きな仕事が入ってきた。
当時27歳のひよっこSEには重すぎた。
でも、これだけはやり遂げないといけないと自分に言い聞かせた。
そのプロジェクトの定例の会議は福岡で行われたため、毎週金曜日に福岡に行っていた。
でもあの時のように、彼との事を思い出して押し潰されそうになることはなかった。
1年前のように現実逃避から仕事に打ち込むのではなく、自分の目標のために仕事をした。
仮にそいつをA男としよう。A男は中学で知り合った時から全くもてず、社会人になるまで一度も彼女ができなかったんだ。
仮にB子とするよ。B子は身長が低く、華奢な体つきをしていた。
そして小顔で目が大きくパッチリしており、黒目が大きく、鼻も口も整っていて、色白美肌だった。19歳の女子大生だけど童顔で、女子高生か、どうかすると女子中学生に見えるくらいだった。
比べるとAKBが色あせて見えるくらい可愛かったんだ。本当にアイドル級という感じ。
髪はきれいな黒髪で、服装は地味でおとなしい感じ。しかも趣味は読書だという。
当然処女で、彼氏もA男が初彼氏。A男はB子をとても大切にしていて、キスより先は一切していないと言っていた。
A男に紹介されたときは本当にびっくりしたね。
なんでこんな可愛い子がコイツと付き合ってんだ?って。
A男は別に金持ちなわけじゃないし、顔だってよくない。しかもキモオタ趣味まで持っているヤツなんだ。
しかもB子はオタクじゃないのに、A男のオタ趣味を理解して付き合っているという。
本当にいい彼女ゲットしたな!と冷やかしてやったよ。
それから2週間くらい経ったとき、地元の道を歩いていたら、道路の反対側をB子が自転車で走っているところを見かけたんだ。
そうしたらB子のほうも僕に気付いて目が合い、B子がこっちに何か言おうとしたのか、会釈でもしようとしているような様子を見せたんだ。
その瞬間B子が自転車ごと転倒し、車道に転げ落ちたB子の頭を大型トラックが轢いたんだ。
一瞬のことで、何が起きたのか理解できなかったよ。
B子の後ろを歩いていたおばさんが、鋭い悲鳴をあげた。
僕は、なんだか混乱してしまって、B子がどうなってしまったのかそれ以上見ないようにして、そのまま早足で駅に向かって電車に乗り、用事を済ませて普通に家に帰ってしまった。
翌日、A男から、B子が死んだという電話が来た。「濡れたマンホールでタイヤが滑り、転んだところにトラックが来てはねられてしまった」という話だった。A男は泣いていた。
頭を轢かれて…という話はされなかった。でも僕は見てしまった。B子の頭だけが轢かれてしまうところを。
形を留めているどころか服を着たままのきれいな身体と、赤黒くなった道路が、何度もフラッシュバックする。
あれから僕はただでさえ二次元オタク傾向があったのに、三次元を一切受け付けなくなってしまった。かわいいなと思う子はたくさん居るけど、そう思った瞬間にB子の死体がフラッシュバックして、全く恋愛感情や性的興奮がわかないんだ。
こんなこと誰にもいえないよ。
アレにリアリティを感じているならお前はもう少し現実を見た方がいい
桐乃のキモオタっぷりや、黒猫の痛さウザさなどの残念要素が「萌え」に取り込まれたことに反吐が出る。
はがないで、友達が居ないという残念さが「萌え」に取り込まれてしまったことにも虫唾が走る。
「残念かわいい」とかいって残念要素を愛玩している豚ども一人ひとりの顔面にガソリンを塗って火をつけて回りたい。
元々「貧乳コンプ萌え」とか「低身長コンプ萌え」みたいな、残念要素を本人が気にしている様子に萌えている連中に対しては
スパイクで股間を踏みつけて回り、一人残らず不能にしてやりたいとかねがね思っていたんだけど、
その憎悪が「残念系美少女」というジャンルの誕生で火を噴いた感じ。
キモい。そして憎い。顔の皮膚をおろしがねですりおろしてそこに塩とタバスコを塗り込みたい。
なにを二次元で残念な現実を取り入れようとしてんの。二次元なんて100%現実逃避の塊だろうがよ。
おとなしく完璧美少女にブヒブヒ言ってりゃいいものを、なに「顔は完璧だが、リアリティある残念要素を持っている」なんていう
半端に現実取り入れんじゃねーよきめーんだよ死ねよクソどもが。四肢壊死しろマジで。
顔が可愛けりゃ残念要素も愛玩要素になる?きっしょ。マジきっっっしょ。溶鉱炉に落ちて死ね。下水で溺れて死ね。焼け死ね。速やかに死ね。
理由は説明できないけど(容姿が悪いとか、極端に意地が悪いとかではなく)あの人はたぶん女性から見て恋愛対象にならないだろうなって男性がいるとおもうんですが、どうでしょう?
好きではなかった人を、だんだん人を好きになるということはあるのですか?
裏を返せば、人は好かれるべくして好かれ、そうでない人にチャンスはないのですか?
この人とは恋愛には発展しないな、この人とはあるいは、そういうクラス分けという感覚が女性には絶対にあるような気がする。
どんなに一緒の時間を過ごしても、この人とは恋人には発展しない、それは嫌だという直感が女にはあるのではないでしょうか。
それはいつ決まるかというと、かなり初期の段階なんだろうと思うのです。
悩みや問題を抱えた時、同性、あるいは男友達に具体的なアドバイスを求める。
あるいは現実逃避できるようなことを求める。
彼女の役にたてば、尽くせば、好意を得られるかもと、下心を隠して男は東奔西走するけれど、具体的なアドバイス、具体的な行動は友達の仕事。
尻を叩き、自らも彼女と共に行動し、時に彼女の知らないところで彼女のために動いて、ありがとうと言われるのが友達。
そうだね、そうだねと相槌をうって、息抜きにどこかに連れ出す男が愛を得る。
非正規雇用と正規雇用の差のようで、その壁を越えるのは容易ではない。
契約社員、派遣社員は飼殺されたまま、新卒が正社員として雇用採用される。
100人の女性がいたら100人に恋愛対象とされる才能がある人もいれば、女性10000人に1人しか恋愛対象に見てもらえない男もいる。
ただしイケメンに限るとかいうんじゃなくて、顔関係ないしに二分されると思うのですよ。
で、最初のとこにループしますが、理由がなく誰にも異性として好かれない男というのもいると思うのです。
どうでしょ?
アスペの無神経な発言によって傷つけられた人についての話を聞くと、加害アスペ側に肩入れする。
理由は自分の中にアスペ的要素があり、アスペに共感しやすいから。
知的障害者や脳性まひなどの重度障害者は社会に貢献できないから見下していい、関わりたくないと考えるが、
アスペは「本人も苦しんでいる」から庇護されるべきで、アスペという病気を学校や企業が理解すべきであり、
人事や上司はアスペへの理解と愛情をもってアスペが能力を発揮できる環境を整えるべきと考えている。
多くの女性がアスペを恋愛対象として避けるのも差別だと考えている。
理解と愛情をもって接するべきなのは常に周囲だけであり、本人は「病気だから」という理由で好きなように振舞ってよいと考えている。
オタクが非常識な行動をして非オタクに迷惑がかかった話を聞くと、加害オタクに肩入れする。
空気を読むことを強制される日本の同調圧力への批判などにつなげて、なんとしてもオタクを擁護する。
虐待や母子家庭、貧困家庭など本人には避けようの無い不遇な環境で育ち、
結果としてグレたり低学歴になった人間に対して「自業自得」「ざまぁ」と叩く。
しかしいじめが原因でコミュ障になり、就活などで不遇な目に遭った人間は擁護。
結局低学歴DQNには共感できないから叩き、コミュ障には共感できるから擁護しているだけ。
ストーカー被害に悩まされ、暴行を受ける恐怖に日々怯えている女性に対しても、
「そこまで思われること、欲望されることをありがたく思え」と考えている。
女性から需要の無い非モテ男性は「誰からも欲望されない最も不幸な存在」と吐き散らす。
結局、強烈な欲望を向けられて恐怖を覚えた経験が無いから被害者には共感できず、
「男は何歳になってもモテ続ける優れた存在、女はあっという間に羊水腐って可哀相」を、状況に応じて使い分ける。
前者は低学歴・貧乏・母子家庭などのスペックの低い女性を「女ってだけで恵まれてたはずなのに何やってるの?w」と叩くときに使い、
後者は高学歴・高収入・勝ち組などのスペックの高い女性を「調子に乗ってるようだけど女ってだけで負けだからねw」と叩くときに使う。
男が「調教しやすいから」という理由で処女を選ぶのは当然の権利であり正義だが、
企業が「調教しやすいから」という理由で新卒を選ぶのは「再チャレンジを阻む日本の悪習。欧米を見習うべき」と叩く。
男が女を年齢で選ぶのは「妊娠可能年齢を考えた上での本能的な判断」であり正義だが、
企業が「伸びしろが無いから」「高給を要求されるから」「研修などの投資を回収しきれないから」などの理由で、
採用を年齢で差別するのは「再チャレンジを~」という理由で悪。
男が女を「若い」「美人」「処女」「育ちがいい」などの高付加価値スペックで選ぶのは当然の権利だが、
女が男を「イケメン」「背が高い」「高学歴」「安定高収入」などの高付加価値スペックで選ぶのは「卑しい」「これだから最近の日本の女は」と叩く。
男の理想を叶える二次元美少女は至高の存在であり、二次元をたしなむ男は最善の選択をしている紳士だが、
おばさんの理想を叶える韓流ドラマやスターの存在は韓国による攻撃であり、ファンのおばさんは反日キチガイ。
韓流に限らず女の理想を叶えるフィクションの存在は「ブスやババアの哀れな現実逃避」とみなされ嘲笑の的となる。
第1条
ひとりでいられる能力を意識して開発する。親は子供が十分に安心してひとり遊びに励めるよう、ついつい過干渉になりがちな自分を抑えつつ、子供とはいつも一緒にいて心地よい環境作りと十分な保護に努める。子供にテレビやビデオを見せる時間はなるべく短くしたい。
第2条
親は、子供が病気の時こそ、何が何でも子供のそばに居てやるようにし、子供を十分に甘えさせてやる。
第3条
子供をきちんと叱る。そして何故叱られたのか理由を十分説明する。叱った後は、子供にいらぬ不安を抱かせないように十分なケアをする。
第4条
自立した家族として日々の生活を重ねて行くことこそ人の幸せであるということを、言葉でなくて毎日の静かな生活そのものによって子供に伝えて行きたい。そのために親自身が毎日を楽しんで暮らせるようになる。見せるべき親の背中とは、楽しんで生きている親の日常だと思う。仕事の愚痴などは子供の現実逃避を助長するだけなので決して家庭に持ち込まない。
第5条
家庭の中で、どんどん子供に仕事と責任を与えて行く。また、子供をボランティアなどに参加させることで、実社会の中でも、徐々に仕事と責任を得る体験をさせて行く。
第6条
独立自尊の精神を養うため、子供には、自らの限界を推し進める喜び、成長を実感する喜びを出来るだけ沢山経験させる。
第7条
家に本棚を作り、広い分野の本を集め、図鑑など気軽に親子で本を手に取ることで、子供が読書に親しめるような環境作りに配慮する。子供が自主的に一人で本を読めるようになるまでは、意図的に読書をしている親の姿を子供に見せるようにし、読書は生涯続けて行くべき大切な習慣であるということを、身を持って伝える。子供が小さい頃は、子供が読書に慣れ親しめるよう、絵本の読み聞かせを日課とする。
第8条
現実として人間社会の厳しい競争に打ち勝つという視点を大切にしつつも、相対的な問題として、物事に対して「楽しみながら自発的に」チャレンジして行くという姿勢に価値を置いた教育をして行きたい。そのために、子供の内発的な好奇心を刺激することに努め、いわゆるアメとムチによる脅迫を前提としたコントロールをなんとか最小限としたい。
第9条
人生の本質である「退屈」と向き合い、自ら「楽しさ」を発見して行く機会を子供から奪わない。子供が何かへの熱中を示したとき、それが中毒ではないかを気にかける。子供がある程度の年齢になったら、刺激との付き合い方に関して、きちんと親子で話せるようになりたい。
第10条
教師と生徒の間に生まれるピグマリオン効果を利用するために、積極的に多くの教師と子供を出会わせる。子供には自分を「ひいき」してくれる先生をたくさん発見してもらいたい。また、こうした家庭の外にある社会とのポジティブな接触の体験を増やすことで、子供の自立を促して行きたい。
第11条
子供が親に反抗したときには、子供に「今、自分はどんな価値を守ろうとしているのか」を意識させる。それがテレビを見たいだとか、おもちゃやお菓子が欲しいといった自分勝手な価値であれば、親としてはそれに厳しく当たり、リスクを取った結果としての罰を慎重に判断して与えたい。子供が守ろうとしている価値がそれなりに意味があるものである場合、子供に親を説得する機会を与え、ときには十分に子供に反抗をさせてから、折れてやるようにする。いかに子供に説得力があっても、人間社会はロジックばかりではなく情緒によっても運営されているのだから、ロジックだけでは折れないように注意したい。
第12条
子供がケガをしたときは、焦ったり泣いたりしてもどうにもならないことを伝え、出来る限り子供自身にケガを観察させる(もちろんケガの程度にもよるが)。
第13条
きちんと自分の意見を持ち、衝突を恐れずにそれを主張することを奨励しつつ、同時にその怖さも伝えていきたい。何かを得るということは、多くの場合、何かを失うことでもある。
第14条
笑う側ではなく、笑わせる側にあることの重要性を伝えたい。誰かに「明るくしてもらう」のを待つのではなく、積極的に「明るくある」こと、そして誰かを「明るくさせる」ことに喜びを感じてもらいたい。
第15条
すでに「ぼんやり」と認知しているであろう「システム」という概念を固め、レバレッジ・ポイントとボトルネックの存在を感じさせつつ、あらゆるシステムの構造(機械論的世界観)への好奇心を刺激したい。
ttp://nedwlt.exblog.jp/i13/ カテゴリ:我が家の教育論 ( 20 )
まだ途中らしい。これが完成する日が来るのだろうか。興味深い。書籍になったらまた読み返したい。
さっきまでいたみたいな「エロゲに考えさせる内容なんていらない」って人とか「現実逃避したい」って人とかがメインユーザで、受け入れられなさそうだから。
gdgdになったのでまとめ放棄。
「~は現実逃避」系の批判についていつも思うんだがこの手の「ただレッテルを貼ってソレ以外何も言わない」系の発言について文句を言っておく。
ちなみにはてブのコメントの半分はこの手の安易な理解、安易なレッテルで成り立っています。バファリンさんに謝れ。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111104135814
最初の発言に対して、別の増田(Bさん)が特に根拠もなく現実逃避だってコメントを書く。
で、それに対して「何を持って?」と返す。
根拠を示さず言葉だけで批判できると思ってる思考停止馬鹿は高い確率でこの反撃を受ける。
増田に書き込みしていることは許してやるとして、
現実逃避じゃないことって胸を張れるのは何かね?って問にすら応えられないのにレッテル使うなっての。
すると、このBさん、説明するんじゃなくて、さらに例を追加していくことで返す。
類似の例を挙げることで理解しろ、というわけね。
まあ日常会話ならコレでもいいんだけれど、これ法律だと考えると限定列挙方式やね。
これはまず権限のある人が決めなければまったく効力を発揮しない。
説得力がないから権力で無理やり従わせてるようなものだから。(この場合ですらある程度合理性は求められる)
自分は関係ないと思ってたらいつのまにか対象になってたなんてことはザラにある。
そういう意味でネットでの会話ではまず無意味だし、なによりブーメランになりやすいのでやめたほうがいい。
リアル社会でレッテル貼るだけで相手を黙らせるって芸当はよく見かける。
正確の悪い課長とか、仲の悪い親ほどこういうのを巧みに使って自分を黙らせる。
でも、それが通じるのはレッテルという手法のせいじゃなく、単に権力の違いのせい。
レッテルを貼るって行為は、基本的には最もコストが安上がりだけど効果も低い。
ただ日本は権力大好きかつお上に弱い国民性があるからこれだけでもうまくいっちゃう。
下手にレッテルに反論すると、余計ひどい目に合わされるよね。
そういうわけで、親や教師や上司を見て、レッテルを貼るというのを学習しちゃうわけだけれど
ネットでは基本的にこれ通じない。
ネットの匿名性って、日本のリアル社会における無意味なくせにやたら強力な権力の網に嫌気がさしてそこから逃げ出した人ばっかりで成り立ってるから、
無自覚にでもこういう権力性を匂わせるような言動を取る馬鹿は叩かれる。そいつに実力や需要がない場合、血祭りにあげられることが多い。
実名だから偉いんだって匿名を煽るしかない自称ジャーナリストに実力がない場合はボッコボコにされる。
実名やら著作権やらを勘違いしてるソラノートなんかもわかりやすい例。
実は俺的ゲームなんちゃらのほうが著作権侵害でも人権侵害ひどい事をやってるけど、実力というか需要があれば多少は許される。あれは需要がない奴がやってはいけない芸当。
炎上マーケティングで成り上がるコツは、場を提供することであって、自分自身を燃やすことではない。
閑話休題。
リアルではお父さんとか社会からこのレッテルだけで黙らされるけれど、
ネットではいくら相手にレッテルを張った所で、周りが同意してくれなきゃ相手を屈服させることはできないってわかってくる。
結局地道にやるのがいいよね、というはなし。