本当に芸術作品なら、それを売ろうとしてるのが間違いだよね。
活動やそれに付随するだろう生活に対してパトロン的に払うのが正しいんじゃないの。
娯楽目的で消費者がなら今の若者(笑)が買うわけないのはいつものパターン。
あ、そうか。有名アーティストに1枚だけ作らせて価値を作ればいいんだ!
これで中国が買ってくれるんじゃね!
付き合ってもうすぐ4年になります。関係は良好で、そろそろ結婚も考えています。
最近友人たちに彼のことを話すと、必ずと言っていいほど言われるのが
はじめは腹が立ったのですが、最近はそう言われると不安になるようになりました。
私自身、一回りくらいの年の差なんてお互いが好きであれば関係ないと思っていました。
しかし、もし友人が私と同じような状況だったら、私も同じことを言ってしまうかもしれません。
知り合いでもなんでもない人なら、「年の差なんて関係ないよ!」と言えるかもしれませんが、
これが友人や兄弟だったら、「もう少し慎重になったら?」とアドバイスするような気がします。
自分の気持ちを信じるのが一番なんでしょうか。
なんとなく気に入らないブログ書いてる奴がいるので、著作権法違反の疑いで警察に通報する
だって、毎日漫画のこと書いてるし、きっと違法ダウンロードにも手を出しているに違いない
パソコン調べてもらえばきっと何か出てくるだろう
なんて未来がもうすぐ(ワクテカ
自分の twitter をもとに、セルフ togetter +α してみる。
「音楽はなぜ○○になったのか」(例:売れなくなった、つまらなくなった)というエントリが方々のブログに上がっている。
発端らしい発端はだぶんこれ:
http://masahidesakuma.net/2012/06/post-5.html
その追加分
http://masahidesakuma.net/2012/06/post-6.html
※1つ目のエントリが上がった時点で「本当に良いものを作ってないからだ」「金かけることばっかり考えやがって」みたいな批判が相当数あったみたいだけど、2つ目を見ると真意は「試行錯誤するコストが掛けられない」ことであることが分かる。本当に良いものでなくても、大金を掛けるものでなくても、何かを作る時は必ず試行錯誤があるのに、ほんの少しの試行錯誤のための人件費さえ回収できないほど成果物が売れないと。
で、それにまつわる幾多のエントリ群は、大昔の哲学の「○○とは何か」論争に重なって見える。内輪で賛同したり喧嘩したりしてるけど、後世から見て全然違うみたいな。理由は、あらゆるモデルは現実から乖離するから。
■モノが売れなくなるのに理由はない
何らかの業界は、ピークを打って世の中のニーズを満たした後は縮小するのは当たり前だし、可処分所得が減れば物は売れなくなる。そこで「品質が落ちたから」とか個別な理由を持って来てもピンとはこないし、そもそも音楽業界なんて区切りが存在するのかという認識の問題で話は大きく変わる。
■売れない理由があるとすれば「代わりに買われたもの」
ソニーが「ゲーム機のライバルはケータイ」と言ったように、違う業界と見なされる物が同じ市場を取り合っていることはあるから、今まで音楽に使われていた金が丸々貯金されたのでもない限り、新しい消費先になったものが「音楽が売れなくなった、つまらなくなった」理由と考えるのが、とりあえず妥当さは高そう。
■全ての分析が必ず外れる理由
そして、そうやって業界や市場をあれこれ分析したところで、それが当たることはない。なぜなら、視点次第で答えが変わるのに、どんな視点も取れてしまうから。歴史や経済学は、後になってから「あれは実はこうとも考えられる」の連続で、いつまでも正解が出ないのと同じ。構造上、正解はあり得ない。
■どこまで遡っても…
「○○はなぜ××になったのか」という問いが噛み合わない話の応酬になるのは、「そもそも○○とは何か、それは本当に××か」という同意がないままスタートした時によく起こる。そして、ここに書いた私の考えも私の認識に過ぎないので、これが正解であるはずがない。
■おまけ
http://livedoor.blogimg.jp/kat_nitta/imgs/e/0/e0c06513-s.png
溢鯖
一応違法に当たるんだけど、「女性が多く活躍する職場」とか「20代の女性が頑張ってます」とかそういうのって
傍から見れば、「じゃあ男性でも活躍したり頑張れたり出来るよね?」ってなると思う。
職種でいうと、「一般事務」ね。
暗黙の了解になってるこの職種だけど、大手になると男性女性の区別なく一般事務を募集し採用してる。
でも中小企業になると、問い合わせすると「女性限定」となる。求人情報との内容が異なってこの時点で違法っちゃ違法なんだよね。
それならいっそ「女性のみ募集」と書いてくれた方が潔いし、その会社を信用できる会社とみなすことができるんじゃないかと。
例えば、「残業なし」求人よりも「残業月平均30時間or100時間」とか書いてる求人の方が正直でいい。
後になって「実は残業があった」ことになるよりは残業に臨む覚悟がある人を取りたい求人主にとってもかなりメリットが生じると思う。
その意味でも「オフィスが綺麗」とか「夢や希望、お客様の笑顔で溢れてる」とかありふれた事を書かれるよりは求職者にとっても求人者にとっても現実的で信頼できる情報といえる。
ビアンカは同情や後ろめたさや責任感によっても選ばれる。そんな恋愛以外の気持ちで選んだ奴はかなり多いはずだ。恋愛至上主義や洗脳された価値観以前のお話として、増田にはドラクエ5が提供した情緒的イベントを遊べるだけの情緒的能力が無かっただけなのだと思う。だからこそ、多くの人が嵌められた情緒的扇動の罠にかかることなく、道具の優劣だけを判断基準に決定できたのだろう。
もう永久に分かり合う事はないような気はする。
俺の自己満足なのでしょう。
そちらも素直さだか従純さだかを求めるのであったらまず弟君とやらに言ってはいかがですか。
あるいはそれができないから猫ちゃんをたくさん勝手いたりするのですかね。
何をしようがあなたの勝手かもしれませんが自分が明日にでも死ぬかもしれないからと言って(五文字不明?)生きていてもいいというわけでもないと思いますよ。
先進国に住んでると競争、成長、価値と意味が求められるから、それを特に持ち合わせていない、興味が無い人にとっては生きづらいだろうね。
まぁ、コミュニケーション能力問題があるやつほど 他人にコミュ障っていう傾向はあるなぁ。
コミュ障って、ようするに、お客様は神様ですとおんなじだろ。私の気持ちを悟って、私に都合よく動きなさい。って 甘え。
空気読め は 甘え。
うーん。新しいおもちゃが出てこないだけで、やる気なくす人を アーティスト(技巧を凝らすもの)と呼んでいいのか?
芸能人と呼ぶことに違和感は感じないけど、アーティストと呼ぶことには疑問を感じる。
アーティストの語源はアートでアートの語源は 芸術でもあるけど同時に技巧を凝らすでもある。 もともと芸術と技巧を凝らすは同義だったからね。
そして、ザグラダファミリアしかり、なにしかり、技巧を凝らすって10年20年軽く1つのことをやり続けることだからね。
音楽業界ではなく、芸能界関係の音楽業界なんじゃないかな?すべての音楽業界が、POPじゃないし。新しいもの好きだけが音楽業界じゃなかろ。
アーティストと呼ばれる人たちは、世の中のことなんて関係なしに、自分の人生をかけてたった1つのことをみんなやってるよ。