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2009-10-14

http://anond.hatelabo.jp/20091014155843

技術者技術さえわかってれば英語わからなくてもいいのか?

いい。先端領域ならともかくたいていの分野では日本語で話ができる。

お前が話してるのはトップ0.1%の連中のことだろう。増田に平日昼間に書き込みしているような三流技術者勘違いさせるからやめろ。

上を見ればきりがない。教養人としてはラテン語ギリシャ語だってできた方がいいだろうし、古典芸能歴史に深く通じていればビジネス人脈を広げる上で有用かもしれない。だが「技術者として」要求されるのはまず技術だ。

2009-07-16

やりたい人がやればよろしい

芸大や音大の作曲科卒を何人か知ってるけど

当たり前だけどこんな時代に専業作曲家で食ってる人はいないし

就職率は非常に低い。フリーアレンジ仕事受けたり、ピアノ弾いたり

派遣やったり、知り合いの会社バイトしたり

でもそうした人脈は、やっぱ大学でこそ得られるから

学校って重要よねー。

 

あと、いわゆる作曲で食ってるげな先生方は

みなさん文字通り先生やって食べてるわけだし

古典芸能世界だからあれこれ政治的に立ち回る必要もあるしw

いずれにしても「音楽をやりたい」だけで生きていける世の中ではないのは確かよね。

今日び他の学科もあるのにさー、なんでわざわざ作曲科なのか?というのも考えどこです。

というのはもうわかっているものとして。

 

や、でも大学生ぐらいというのはどのみち世間知らずだし

それゆえに学業に打ち込めるエネルギーというのもありますし。

こと今世紀になってからの日本現代音楽とかもう惨憺たるものですのでw

イコール日本大学レベル、ということもあろうかと思いますがっ)

もしそっち方面目指してたら超がんばれと言いたいわ。

 

そんなことはいいとして。

芸術とか音楽なんてものは、先生や他人がどうこう言おうが、生活に苦しかろうが

やりたい人は勝手にやるし、やりたくない人は勝手にやめるんじゃない?

命を賭けるなんざーナンセンスの極みだが

要はあなたは音楽やりたいの?やりたくないの?

それだけが基準であり、それ以外の意見とかどーっでもいいですし

曲聴かせろとか(あんた何者w)、向いてる向いてないとかうっせーなー、余計なお世話ってやつよねw

 

生きるのが上手下手とかコミュ力というも、音楽に関して言えばほぼどうでもいいと思います。

(私のまわりを見た限りでは。)

あればあったに越したことはないけど。

 

例えば武満は芸大落ちましたよ。

あと昨今の日本の音大がアメリカ現代音楽をどんだけフォローしてるんだか

私にはわかりませんが、ライヒが昔作曲やりながらタクシーの運転手もやってて

あと自分演奏団体を作った、というのは有名な話で

このように、勝手にやる人はやるし、かといって浮世離れしているわけでもない

というようなことも、大事な勉強だと思うんですがねー。

少しは職業研究したかー?

 

いやになったらやめればいい。よくまあ音楽できなきゃ生きる意味がないとか言う人いますが

死んだら音楽できねーだろーがwwwなんなら死んでみてから言えよwww

等等と思いますが、まあそんなこと考えても特に意味はないということですね。

べつに思い詰めた奴ばかりが面白い曲を書けるわけでもありませんしー

まあつまらん内面お話とか、ほんとにつまらんです。

 

音楽なんてやりたい人がやればよろしく、やりなくない奴までが無理やりやって

その上死なれたら、やりたいだけの人たちはいい迷惑だわw ということですが

ああそういえば受験勉強中なんでしたね。ウェブとか見てる場合か。

あと彼女とかもどうでもいいです。

受験が終わるまでは適当自分で処理してください。

 

http://anond.hatelabo.jp/20090715014831

2009-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20090620014154

教育とか教養って別に金銭を得る仕事としてのみ還元されるわけではないと思う。

たとえばその東大卒専業主婦さんが子どもを育てたとしたら、立派な社会への還元にはならないかな? 

母親学歴が子の学歴に比例するとかいう統計もあったような。

それにいまや文化や芸術世界専業主婦(というか有閑階級)が担っているといっても

過言ではないらしい、という記事をどこかで読んだことがある。

よくわからないけど古典芸能とか観劇とか和服とかボランティアとか? 



だから別に専業主婦になる女性への教育はもったいなくはないと思うよ。

2009-02-23

いつの間にミステリは閉塞感のあるジャンルになったんだろうか?

ttp://d.hatena.ne.jp/g616blackheart/20090223/1235290371を読んでいてふとタイトルのようなことを言われていると気がつきました。

トリックアイデアが行き詰っているように見える現代ミステリの新たな道を切り開くきっかけとなりうるのではないかと思うのだ。

や当の竜騎士07氏の

ミステリはもっと楽しいものだったはずなんです。今のファンの方にはそれを思い

出して欲しい。

という発言をしている。

ミステリばかり読んでいる自分としては毎年毎年新しい人、新しいトリックやその新しい見せ方、プロットのひねり方に他ジャンルとの融合など結構ダイナミックに変化のあるジャンルだと思っていたのですが……


古典芸能に例えられることもありますが多くのミステリ作品エンターテイメント本位の作品が多いと感じていました。本格ミステリでも先行する有名古典作品を読んでいないと面白くない、なんてのは小数派だし、好きなものを手にとって読めば構わない気楽なジャンルです。


勿論先行作品に目を通しておかないと楽しめないものもありますが、そんなものばかりでは無い。出ないと最近ガリレオブームや京極、森といったメフィスト賞からのベストセラー作家の輩出は一部のミステリオタクだけでなす事は出来ないでしょう?多くの人を巻き込んだからこそ、じゃないのかなぁ?


更に言えばトリックの面でも最近は新しい物も出てきてます。紅楼夢の殺人の逆トリック(そう正に逆に仕掛けられたトリックでした)、蛍のトリック、厭魅(まじもの)の如き憑くもののネタアリスミラー殺人事件のネタも良かった、ウルチモ・トルッコの大胆なトリックも新しかった、エコール・ド・パリ殺人事件やトスカの接吻のような新たな息を吹き込むような作品も面白い。トリックもここ10年くらいは「トリック必然性」を重視している作品が多いですし、なんか言ってる事が古臭いというかなんと言うか


余りミステリを読まない人が簡単にジャンルの閉塞感を語ることは勘弁願いたい。多くの作品を読まないことには上っ面を適ッ当になでただけの言説になる上にそれを読んだ人が勘違いを起こすと思うんですけども。一時期唐突に「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」を語る人が増えたときにも感じたことなんですが…… ミステリ好きなら今更これは無いよと思うんじゃないかなぁ。竜騎士07氏の言うことにも10~20年ぐらいのタイムラグを感じます。今更感がすごいと言うか、「なぜ、今、それを言うのか」みたいな。アンチミステリにしても後期クイーン問題にしてももう一段落着いて数年たってからの蒸し返しですから本当に「なぜ今更?」

まぁ愚痴です。知らんまにミステリが狭っ苦しいものとされるのには我慢ならなくて。

2009-02-03

古典ゲームに埋め尽くされてしまったゲーム業界

コンピュータゲームが生まれて以来、ほとんど進化がない状況が現在まで続いている。

うわべだけのキレイさで本質的な部分が進化してないことを覆い隠してるだけのゲームが多すぎる。


特に物語を語るタイプゲームに多い。

RPGアクションシューティング、どのジャンルでもそうだけど、製作者がつづった物語ユーザー押し付けるだけ。

ゲーム機進化しても同じ事の繰り返し。一向に進歩をしない。

物語を左右する重要な場面に遭遇したとき、プレイしているユーザーはまさに千差万別の考え方をもって

そのイベントに参加しているはずなのに、誰がプレイしても同じ内容。

いちいちブレーキがかかる映画みたいな感じ。


ガッチガチに固定されたスクリプトで動いてるから、ユーザーの行動に対して動的に対処できない。

最短ルートを進んでいき、敵にとって相当な脅威となっているようなプレイでも、寄り道に寄り道を重ねてボケーっと進んでいようと

同じ対処しかしない敵。

RPGだと敵は世界を掌握していないのにボケーっと待ち構えているだけ。

アクションなら、ザコをスルーしてボスを瞬殺し続けているような猛者に対しても決して対策を取ろうととしない敵。


いつまでシナリオキャラが違うだけの似たようなゲーム作り続けるの?

こっちの行動に対して動的に対処できないの?


コストがかかる?商売にならない?

まぁ、そういう言い訳して既存のフローに沿ってゲーム作ってるほうが楽なのはわかるけどね。


まだ初期段階だけど、ValveなんかはLeft 4 Deadユーザーの状態を定量的に測定する手法を実装してるよね。

コレが即革命的な何かになるわけじゃないだろうけど、着実に進歩してる。

ユーザーごとに異なる体験を届ける、っていう壮大な目標に向けて着実に歩を進めてる。


日本はどうなの?ゲームらしいゲームとかホザいてる人たちは進化について考えてるの?

ほっとけば誰かがするようなグラフィックの向上じゃなくて、ゲームとして別の次元に到達するような何かを作ってる人いるの?


別に古典ゲームは滅ぶべき、とはいわない。

歌舞伎相撲、能、雅楽といった古典芸能のように存在し続ければそれなりに需要あるだろうけど、

それだけじゃ面白くないじゃん?


俺も考えてるけど生きてるうちに何か出来上がりそうにないから、考えをここに記して誰かに期待する。

誰かよろしく。

2008-07-20

ボーナス自慢

古典芸能に棒にナスを刺して「ハイ、ボーナス(ハァと」というのがあるが、

アレをやると殺人事件に発展するので世のおやじたちは気を付けたほうがいいと思いました。

沸点の低い世の中、自分の身は自分で守るしかないのです。

さて、そんなこんなで私もありがたくボーナスを頂いた。

実は、私はボーナスにほろ苦い思い出がある。

アレ新入社員の頃、ヒヨッコだったオレはピヨピヨと毎日毎日手探りで仕事を頑張ってた。

寝る間も惜しんで、毎日毎日働いた。休日も含めて毎日。

生まれて初めて、病院で点滴をうった。

そして初めての冬のボーナス

その支給日の前日、オレは上司に呼ばれた。

内容は

ボーナスには評価があること

・その評価は相対評価であること

・だから誰かに最低の査定をつけなければならないこと

・オレに今回最低の査定をつけるが、コレは新人の通過儀礼のようなものであること。

であった。

この時のオレのショックは大変なものだった。

帰りの電車で泣いた。

カイシャを辞めてやろうと思った。

金が少ないのは別に何とも無かった。

自分の仕事が評価されなかったのが本当に口惜しかった。


そして、今回。「S」評価でした!!

はい自慢。

社内では自慢できないからな、せめてネット内で。

つか、「S」査定は「社内で何人」みたいな枠なので、ホントにウレシイのです。

ハッキリ云って全然まともに働いてないのですが・・・。つか、絶対入社1年目の方が頑張って働いた。

もう、上司との相性だな。ナンノカンノ云って人事評価って。

去年は最悪だったし。

まぁ締め切り守らない、遅刻普通にする、深夜にテレビを見て朝起きれずにそのまんなカイシャを休むと、去年は誰がどう客観的に査定しても最悪の査定になるんだろうが。

2008-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20080412232655

総論賛成、各論反対、かな。たぶんあなたとは考えの根本は似てると思うんだ。でも結論が違う。

現在使われている言語(つまり、英語国語数学、あるいは今後は中国語なども)を習得することは、それ以外の学科を学ぶ基礎になるでしょ。だから、優先的に学ぶ必要がある。まず、国語の読み書き能力が無ければ、数学理科社会も理解できない。

えーとね、俺はむしろ古文や漢文が「現在使われている言語」の特殊な一部分、あるいはその基礎を形成すると思うんだよね。数学理科と似たような意味で、ね。

で、どういう分野かというと文学とか歴史とか古典芸能。というと、そんなの一部の人趣味だろって言われるかも知れない。そこが俺は違うと思うんだ。この手の文化は観光資源というか国のPR材料だと思うのね。だから、どこの国も古典国民に教え込もうとしてるんだと思うし、それは戦略として正しいと思う。

たとえばイギリスシェイクスピアオーストリアモーツァルトでどんだけ金を儲けてると思う?世界中からファンが集まってくるし、関連製品を輸出することもできるし、専門家派遣して国に対する好感度を高めることができる。勿論、イギリスのその辺のオッサンはサッカーに夢中なんであってシェイクスピアなんてのは学校で一部分を抜粋で教えられた退屈な作品の作者にすぎないはず。でも、シェイクスピアの名前すら知らないってことはないはずだろ。俺たちが誰でも源氏物語存在を知ってたり、そこから「あさきゆめみし」なんて派生作品が現代でも生まれたりするように。そうすれば、シェイクスピアのファンはみんなイギリスシンパになるし、イギリス旅行をしたいと思うだろう。

というわけで、古典文化を学校で教えることは、商売のネタになると思うんだよね。少なくとも、「この国は伝統ある文化国家だ」と思ってくれれば、勘違いして敬意を払ってくれる人が増えるでしょ。それだけでも現在の商売に有利になるわけだしね。

ところで話は逸れるけど、国語数学を教えれば理科社会が独学でなんとかなるってのには賛成できないな。早い話、理科実験学校で絶対やらないといけないことだと思う。科学机上の空論でないことは体で覚えてもらわないとね。

「選ばれた人」は、ある特定の価値基準で「選ばれた人」なわけだ。ある特定の価値観競争したピラミッドの頂点にいる人が「エリート」。そういう人を生み出すための公教育なんて、くそ食らえだとおれは思ってる。

感情的には賛成。だけど、公教育も含めて国ってのは結局商売なわけで、国民に飯を食わせて安全を守る義務があるよね。特に日本みたいに資源もなく農業が弱体化した国は、外国にものを売って資源と飯を買ってこないといけないわけだし、国民を商売人として教育せざるを得ないのは仕方ないんじゃない?実際、日本を含めたアジア諸国で数学理科を頑張って教えてるのは、それが商売のネタだからでしょ。

もっといえば、俺は英語なんて大嫌いだから本当は勉強したくないんだけどさ。言語学的にも英語というのは世界言語の平均像と乖離した部分が大きいし外来語が多くて語彙体系が一貫してないしで、共通語としては日本語と同レベルに不適格だと思う。本当はラテン語(せめてイタリア語スペイン語)あたりを共通語にするのが一番合理的だと思うけど、そんなこといったって世の中はおさまらないでしょ。だから俺は仕方なく英語勉強するしTOEICの点数を上げようともするし、イギリス人子供シェイクスピアだのラテン語だのに苦しめられる。しゃあないんですよ。商売なんだから。

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