はてなキーワード: 羽手とは
前回 → anond:20200914214630
自宅に帰った新入社員の増村は、苦渋に満ちた表情で会社から貸与されたばかりのタブレット端末を見つめていた。
(この会社に入ってよかったのだろうか…)
大学でソフトウェア工学を専攻し卒業研究にWebアプリケーションフレームワークをテーマにした増村は、Webエンジニアになることを志望して入社したのである。採用選考において、部署配属は研修後に決定するので志望するWebエンジニア部に配属されないかもしれないと面接官に言われたが、Webに関われるのなら何でもやりますと二つ返事で答えたのだ。入社してから気づいたことだが、Webエンジニア部は小規模な組織であり、会社としては広告事業に携わる営業マンや企画マンになることを新入社員に望んでいるのだ。
(こんなことなら、WebにこだわらずSI(システムインテグレーター)業界を志望すればよかったな…)
しかし、皮肉なことに増村には自信があった。はてなスター研修でトップの成績を収める自信が。増村ははてなブックマーク(以下、「はてブ」と略す)とはてな匿名ダイアリー(以下、「増田」と略す)のヘビーユーザーであった。自宅ではてブと増田に熱中するのはもちろんのこと、大学で講義の空き時間にもスターの通知や増田ユーザー数の伸びに目を光らせているほどであった。そんな増村にとって、羽手生部長の説明は退屈で的外れなものだった。俺が代わりに壇上に立ってスター獲得のノウハウを伝えてやるよと言いたいほどであった。
羽手生部長ははてなの会社経営や事業内容については同業他社としての見識を持ち合わせていたが、その名に反して肝心のはてブの知識があまりなかった。はてブの使い方を説明すると言い、プロジェクターにはてブのトップページを表示させて500ユーザー超のライフハック系エントリーを開き、
とスターをもらえそうにない互助会ブロガー文体のブックマークコメントを残した。そして、新規にブックマークを追加する方法についても説明した。新聞社のWebページからスポーツの記事を探し、巨人が逆転負けしたというニュースにはてブして、
前半リードしていただけに勝てると思ったけど残念です
という、これもまたスターのもらえそうにない残念なコメントをした。
新入社員もはてブを知っている者はほとんどいない感じだった。はてなスター研修を羽手生部長が説明した時も、「はてなってなんだ?」、「名前は聞いたことあるけど使ったことないな」というつぶやきがざわめきとともに聞こえたくらいだ。「ブックマークコメントはいくつしてもいいのですか?」、「アイコンは変更できるようですけど、変更してもいいですか?」などとあまり本質的ではない質問を羽手生部長にする者もいた。それに対して羽手生部長は同一ページのブックマークに二つ目のコメントを入れられないかを試行錯誤していたが、近くに立っていた武隈課長が1ブクマにつき1コメントしかできない仕様だと説明した。その流れでアイコンの変更方法も武隈課長が説明した。
武隈課長ははてブに対する知識はあるようだが、基本的に置物のように立っているだけで研修に関してはあまり実権がない感じだった。しゃべり方や所作に覇気はなく、閑散部署の名ばかり管理職といった風情だった。増村は羽手生部長ではなく武隈課長に以下のようなはてなスター獲得方法についてのクリティカルな質問をしようとしたが思いとどまった。
はてブの経験者だと感づかれたくなかったので、増村は何も質問しなかった。はてブをするものなら誰しも、はてなユーザーであることを隠匿するのは当然のことであろう。FC2・発言小町・ガールズちゃんねる・ふたば☆ちゃんねる・爆サイなどの利用していることを公言しづらいWebサービスのユーザーでも、人と場所を選び酒の席で興が乗った時ならばカミングアウトが許されるだろう。しかし、はてなユーザー(特に増田)であることを公言することは冗談では済まされない。ネット上で誹謗中傷を交わすだけに飽き足らず、現実世界で凶行に及ぶ可能性を秘めた危険人物扱いされてしまうがオチだろう。増村はその日、言いたいことをこらえながら研修の説明をじっと聞いていた。
ちなみに研修としては、スター獲得の最適解を追求するのが目的ではないと増村は感じた。どのようなコメントをすればネットユーザーの好意的な反応がもらえるのかを新入社員同士が競い合いながら探っていき、広報能力を向上していくことを人事としては望んでいるようだった。そのような研修で部署配属を決定するのもどうかと思ったが、研修する側も初めてのことを試行錯誤している感じだったので真意は測りかねた。
増村はタブレット端末をじっと見ながら考えた。はてなユーザーであることは絶対に悟られてはならない。だからと言って、稼げるはてなスターを獲得しにいかないのもプライドが許さない。それに、配属はどうなるのだろうか。スターを大量に獲得してトップの成績を収めたら志望通りWebエンジニア部へ配属してくれるのだろうか。研修で優秀だったからと本人の志望を無視して、Webエンジニア部でなく広告事業関係の部署へ配属するのではなかろうか。
――いったい、俺はどうすればいいんだ…。
「みなさんおはようございます。人事部長の羽手生(はてぶ)です。昨日はここにいる三十名が入社式を無事終えたと聞いているので、細かい挨拶は抜きにして早速本題のはてなスター研修の説明をします。
当社はWEB広報を主力としているので、皆さんにはその能力を研修で身に着けていただきます。そして、研修で好成績を収めた順に、志望する部署へ配属する予定です。
ここにいる皆さんの学歴は高卒から大学院修士まで様々で、専攻も文系から理系まで様々です。また、中にはYouTuberやブロガーなどインフルエンサーとして活躍している方もいれば、ネット経験の乏しい方もいます。このように様々な学歴の人がいる中で、どのような研修をすれば皆さんのWEB広報能力を平等に測れるのかを考えていました。
例えば、YouTubeやTwitterで再生数やフォロワー数を集めるというお題も考えたのですが、すでに経験のある人が圧倒的有利で、ただただ経験者だけが好成績を得る結果となる危惧があります。それに、再生数工作や炎上工作を知っている人がその手法を用いれば、バズることの代償として悪印象を広めてしまう危険性があります。WEB広報を主力とする当社としては、そのようなことはできる限り回避したいところです。
そこで、はてなブックマークでブックマークコメントを付けてスターを集めるというお題に決定しました。スターの獲得なら、経験の差は小さいですし炎上コメントでスターを稼ぐこともできません。ブックマークをして100文字以内のコメントを書くだけなので、画像や動画の編集能力だったりプログラミング能力は不要ですし、長文を書く文章能力も必要ありません。著名なはてなのユーザーに協力してもらってスターを分けてもらうなどといったことも不可能です。純粋に大衆の賛同を得るコメントをすることが、スターを獲得する方法となっています。
本日ははてなブックマークについて説明する予定で、夕方ごろに説明が終了する予定です。終了しましたら、皆さんにタブレット端末を貸与します。その端末に設定されたランダム文字列で生成したはてなIDを皆さんは使用してください。3ヶ月の研修と並行して皆さんは、休憩時間なり定時後なり休みの日なりに、はてなブックマークをしてください。そして、全てのブックマークコメントで獲得したスターの合計で皆さんを順位付けします。その結果で部署配属を決定する予定となっておりますので、皆さんがんばってください」
続き → anond:20200917214908