はてなキーワード: ペヨトル工房とは
障碍者を虐待していた小山田圭吾に五輪の音楽を担当させて、政府がそれを承認し、NHKがそれを放送するわけですから、誰にも迷惑かけてない大麻使用の芸能人すべてを復権してくれないとなー。
=引用ここまで=
今回は小山田圭吾の件で一丁噛みしている町山智浩ですが、大麻使用芸能人を擁護する程度に留まるだなんて、パトリック・マシアスにパワハラしていた頃の町山智浩にタイム電話で聞かせたら「オメエのtweetは退屈なンだよ! 一般人がオメエに訊きてえことはソコじゃねえだろ!」と怒鳴られるのではないでしょうか?
では、一般人が町山智浩に聞きたいこととは何でしょうか? それは、小山田圭吾のイジメ自慢インタビューを擁護する人間たちが口にする「90年代にはワル自慢、悪趣味自慢を許す鬼畜系ムーブメントとでも呼ぶべき風潮が存在した」という主旨の主張に関してです。
この鬼畜系ムーブメントの有無については、90年代当時に物心ついていた年齢の人たち同士でも、認識には差と言うかグラデーションがあるようです。ムーブメントそのものの有無について、私の個人的な見解を述べると「有った」という人の記憶も「無かった」という人の記憶も、半分づつ当たっていると思います。「有った」と記憶している人は、何らかの形でその狂った風潮とその産物に触れた人間で、「無かった」と記憶している人は、そのような狂った風潮に触れなかった人間というだけのことです。
個人的見解としては、鬼畜系ムーブメントは「限られた領域の、少数の人間による、小規模の狂ったムーブメント」と言っても構わないと思います。だから、あんなムーブメントに触れたからと言って別に偉くも何ともないですし、むしろ「無かった」と記憶している、鬼畜系ムーブメントに触れなかった人の方が正常なのですから安心して下さい。
こういう鬼畜系ムーブメントに触れたことによって「自分は他の人間とは違う!」と、己が偉くなったと勘違いした人間が何をするか知っていますか?一例を挙げると、何か「切り株映画はセカイのシンジツを描いている!」とか馬鹿なことを言うわけです。耳(目?)にタコが出来るほど聞いた、この"切り株映画讃歌"の決り文句を此処で持ち出したのは、別に牽強付会ではありません。
例えば、90年代の鬼畜系ムーブメント、悪趣味系アンダーグラウンド文化を象徴するような出版物として『危ない1号』という鬼畜系ムックがあります(このムックは、90年代の半ばから終わりにかけて発行)。その執筆陣の中には、町山智浩と柳下毅一郎の名前を確認できます。
また別の例を挙げると、一部の精神疾患罹患者が示す"電波"妄想及びそれに翻弄される彼らを、特殊漫画家・根本敬が「電波系」と呼び始め、面白コンテンツとして消費するような悪趣味な風潮を生み出したことは有名ですが、この「電波系」を面白がる風潮に乗っかって雑誌『宝島』『宝島30』でも記事を掲載したり、別冊宝島を出したりしていました。その頃、彼らの言う「電波系」に該当する人が店主として経営する喫茶店に行って、店主が示す奇妙な言動などを陰で嗤ったり面白おかしく記事にしていた人間の一人に、町山智浩がいます。宝島における根本敬の担当編集者は、町山智浩でした。また、根本敬のツテで「電波系鬼畜ライター・村崎百郎」という悪趣味なギミックによるデビューを果たした編集者・ライターの黒田一郎は、ペヨトル工房時代から柳下毅一郎の友人でした。蛇足ですが、根本敬は、嫌韓/嘲韓ムーブメントを生み出した張本人の一人でもあると私は思います。
ここで幾つか例に挙げたのは一部に過ぎませんが、90年代の鬼畜系、悪趣味系の系譜を辿れば、その中に旧体制『映画秘宝』の源流の一つが有ることは確かです。あるいは、悪趣味系のムーブメントを作り出したのと同じ人間たちが生んだものこそが、旧体制『映画秘宝』と言っても過言ではありません。
さて、今回ようやく小山田圭吾は断罪の火刑場に引かれていく羽目になった訳ですが、爆笑問題の太田をはじめ有象無象のギョウカイジンは、小山田圭吾、Rockin' on、Quick Japanを擁護する為に「90年代には悪趣味系が流行ってたという、時代の空気も考慮しないと」などと言っています。
これらの擁護を見た時に私が感じたのは、関東大震災当時の朝鮮人虐殺事件や、戦争当時の性暴力や虐殺のことについて「当時の時代の空気を考慮しないと」と言う人間を見た時に似た気持ちです。
百歩譲って、90年代当時「一般人」だった人間が言うならば、たとえ許容は出来なくても、まだ理解が可能です。90年代後半からはインターネットが少しずつ一般人に浸透し始めていたとはいえ、Twitterのような高い情報拡散性と手軽さを兼ね備えたSNSの普及以前には、まだ名も無き一般人が社会的な流行や風潮を生み出すレベルの情報発信を行うことは、事実上の不可能に近かったからです。また、虐殺事件などにおいて、武装した多数の暴徒を目の前にして怖じ気づいた一般人が、独りで立ち向かうことができなかったと告白・懺悔するのも、これもまだ理解は可能です。
しかし「90年代鬼畜系ムーブメントの流行」を根拠にして、小山田圭吾を擁護しているギョウカイジンの多くは、既に90年代にメディア活動、芸能活動をし始めていて「ムーブメントを作り出す、或いは、影響を与えることが可能だった立場の人間」ではないですか。「オレたちギョウカイジンは、お前ら一般人と違って、世間を動かせるんだよ!」という考えの持ち主だったはずです。例えば、爆笑問題の太田は、当時から過激な発言が売りだったのだから、得意の毒舌で小山田圭吾を「アイツ、イジメ自慢して格好悪いな!」とか攻撃することも、やろうと思えばやれたはずです。反権力的な言動がウリのミュージシャンや文化人も同様です。なのに、それをやらなかったのは、結局は彼ら自身の打算や保身が理由でしょう。ならば彼らは「90年代の時代の空気や風潮」のせいにするのではなく、せめて己自身の問題として「打算や保身、我が身かわいさから、自分という個人は、小山田圭吾の蛮行を批判せずに見過ごした」とハッキリ言うべきなのです。先に虐殺に立ち向かえなかった一般人を例に出しましたが、90年代当時のメディア関係者や芸能人が「当時の空気」と言い訳するのは、関東大震災当時に「不逞朝鮮人」などと世間を煽っていた官憲の人間が、いざ朝鮮人虐殺が起きたことの批判を受けたら「時代の空気が」と言い出すのと同じぐらいには無責任且つ卑劣だと、私は思います。
更に、小山田圭吾を擁護する人間たちを卑劣に感じるのは、彼らが小山田圭吾のしていることを勝手に「過去の話」にしようとしているからです。私は「していること」と書きました。そうです。あの暴力事件を犯して以来、そして雑誌インタビューによって一般人に広く認知されて以来、小山田圭吾は被害者に対して謝罪も償いもせず、謝罪や反省を促す一部のファンからの真摯な声さえも無視し、逃亡し続けているのですから、これは「したこと」ではなく「していること」つまり「終わってしまった過去の話」ではなく「継続している現在の話」です。小山田圭吾の盟友である中原昌也も、小山田圭吾のしていることを「あの頃は」と「終わってしまった過去の話」にしようと画策した卑劣な人間の一人です。渋谷系って本当にダサいですね。石原慎太郎を罵倒することは出来ても、オトモダチのギョウカイジンの悪さは批判出来ない、そんな自称"反権力"作家は、毎朝鏡を見て恥ずかしくなったりしないんでしょうか。
長くなったので、今回は一旦ここまでにします。