ライトノベルより更に対象年齢が低い児童書は割とブンガク扱いされてるものも多いよね。「児童文学」と言うくらいだし。
本読みというか意識の高い系の子供は児童文学を卒業するとそのまま大人向け読んでるような。
【保険】
入社して何年か目に生保レディーの言われるがままに加入したが、夫婦共働き、子供なし、住宅ローンあり、貯金まああり、の状況から不要と判断、すべて解約。その分投資信託に回してる。
【年賀状】
だらだら続いていた年賀状、今年は一枚も書かなかった。ああ、年末の何と平和なことよ。返事も一切書きません。FacebookもLINEもあるしね。
朝食を食べない
割とマジで
胃結腸反射で便意を催すのだろうけど、それが時折下すようになったりしたから、
小6くらいから朝食はとってない
むしろアラフォーになっても旧姓が無いと誰だか分からないレベルの付き合いしかない同級生からの年賀状が続いてるのが凄い
年一回義務的に交換しているだけだとしてもどちらかがうっかり忘れたりしたらそこで途絶えないか?
同級生からの年賀状が「家族そろっての写真」になっている事が多い。
嫁に聞くと「子供だけの写真だと旧姓が書いてないと誰だか解らない」とも言う。
ウチは嫁との結論で「選択子無し」にしてるけどなんだかモヤモヤする。
自分達で下した決断だから後悔はしないけど「もし子供がいたら」と思うことはある。
産む・産まないどっちが正しいのかは判らんけど、考える事はある。
自分の感覚だが、ひとが鏡で自分の顔を見ている姿が、あまり美しくないから疎まれるのではないかと思う。
化粧そのものよりも、鏡を見る人間が気持ち悪いんじゃないかと。
なんでかは知らん。
あと、路上で踊っている連中に対しては特に何も思わないけど、ガラスに映る自分の姿を確認しながら練習している奴は何となく不愉快だ。
今の小学生にとって、YouTubeはコロコロみたいな感じらしい。
で、そこが自慢げに話をして、
他の生徒は親のスマホでおねだりして見せてもらう。
子供にYoutube見せてる=無制限で見せ放題、って認識がそもそもおかしいよね
お前が子供の頃はテレビでもゲームでも何でも無制限だったのかよと
テレビは居間にしか無い(子供部屋に子供専用のテレビなんて置かない)とか親が認めたゲームソフトしか買って貰えないとかが当たり前で
いまどき!
腹巻きかよ!
そう思ったけどな。
今はヒートテックタイプの腹巻きがあってな、薄くて外から見たら全然わからん。
その割に驚くほど保温効果がある。
言いたいことを自分の頭でまとめて言い散らかす。
このくらいの価値はある。
リアルだと言いたいことを言うだけ、というコミュニケーションは取りにくいので、その点でも匿名の場というものには価値があると思う。
日本にもヨシユキ・トミノっていう人がそういう趣味を持っていたんだけれども、もしそういう人とガチでトーク出来たら自分の考え方に影響が出そうとか思わないか?
影響が出るかもしれないけど、それは考えを咀嚼して別のところに適用して、という過程を経て自分のものに出来てからだな。
その場で「考えを改める」なんてことはない。
討論で考え方を替えられないのは、ほとんど同じ知識・前提を共有してしまっているからだよ。生まれも育ちも違う、言葉も文化も違う人とガチ討論してみればきっと何かが変わる。
これは逆。まったく知識と前提が共有できなくて、まったく共感できないから、考えが変わらないの。
考えが変わるときっていうのは、そのまったく共有できない人間と、どうしても共存しなければならない状況に陥ったとき。
そういう緊急事態に陥ったときに、自分の中に共存できるための考え方のフレームができるわけ。
ただ討論するだけなら物別れで終わりだよ。
アドルフ・ヒットラーが。浅原彰晃が。自分よりも優れた才能を持った人たちを口説き落とせたっていうのはそういうことなんじゃないのか?