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はてなキーワード: にこにこぷんとは

2020-07-10

二分を「にぷん」と言う上司

最初こそ失笑我慢するぐらいだったけど段々腹立ってきた

てめー上司!!にぷんって何だよ!?!にぷんって!!!

子供かよ、幼児かよ!

もういい加減歯がゆいんじゃ!なんだ「にぷん」って!?にこにこぷんかよ!!!

違うだろ、違うだろー!!!!「にぷん」じゃなくて「にふん」だバカヤロー!!

あああもう腹立つなぁ

これってむかつきません?

2018-09-13

何回も同じ事言わせないでくれる?

いつになったら覚えるの?メモしてんの?

俺いつもいってるよね。にこにこぷんって。

2017-07-27

山川啓介訃報

にこにこぷんの歌はカセットテープでいっぱい聞いたし

ドレミファどーなっつテレビ夢中になってみてた

大人になってから知ったがどっちも同じ人が脚本を書いて詞を書いていた

思い出のにこにこ島とどーなっつ島がどんどん遠くなっていく

悲しい

明日さんま食べよう

一匹でもさんま

2016-08-16

未就学児と身体障害者についての個人的な思い出【追記有】

せめてプリキュアコスプレゾーニングして欲しい、というお話

http://prehyou2015.hatenablog.com/entry/cos

上記エントリブコメにいくつか障害者について言及したものがあった。

fujixe 「難しい話をするハメになった」と言うのは、機会が無ければそんな話をするつもりは無いということだろう。説明が大変なので幼児のうちは障害者を見せてはいけない、というのと何が違うのだろう。

oskimura 子供がショック受けるからゾーニングって理屈を許すと、同性愛者やトランスセクシャル障害者ホームレスなどをゾーニングして公共空間から追い出せって話にもなるぞ

それを見て、未就学児時代出会った「マジョリティではない人」のことを思い出したので書いておく。

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そもそも私の故郷田舎だ。

3~5歳くらいのころは、近所に住んでいる子供の家に遊びに行くのと同じように、

近所のおじいさんおばあさんの家に遊びに行くことが珍しくなかった。

本人も把握しきれないほどたくさんの猫を飼っているおばあさんがいた。

まだ囲炉裏のある家のおばあさんは、怖い話の名手だった。囲炉裏のある部屋は広くて天井が高くて変な人形があった。

特に何にもなくたって、単に近所だという理由でよく遊んでもらった。

朝ご飯を食べてにこにこぷんが終わったら、一人で外に遊びに出て、おばあさんと遊んだり近所の子遊んだりして、お昼と夕方チャイムで家に帰った。

私が特別放置されていたわけではなく、地域性時代問題だと思う。近所の子供もみんなそんなもんだったから。

「ごめんください」という言葉はその頃にもう覚えていたと思う。


Aおばちゃんはそういう、「遊んでくれる近所の大人」のうちの一人だった。

Aおばちゃん、と呼んでいたが、おいくつだったのか今となっては定かではない。

Aおばちゃんは、足が深く曲がっていた。片足はしゃがんだ時のように曲がったままで、片足は真横にぴんと伸びたままだった。

から子供私たちと目の高さが同じくらいだった。

家の中では、曲がったほうの足を踏みしめ、伸びたほうの足を引きずって移動していた。

家の外では車いすに乗っていた。なんかでかくてかっこいいやつだった。

一度、Aおばちゃんて足どうして曲がってんの、と聞いたら、河童につかまって曲げられたのだと言っていた。

私は彼女の足についてそれ以上の理由を知らない。

何をして遊んでもらっていたのかは、今となってはよく覚えていない。

ただなんとなく遊びに行って、子供のおしゃべりに付き合ってもらったり、おばちゃんちで他の子と遊んでいたりした。

アルプス一万尺」を友達のなかで私だけ知らなかったときに、教えてくれたのはAおばちゃんだったかもしれない。

それだけだ。特に足にまつわる特別な思い出も感情もない。

今思えば彼女身体障害者だったのだが、そもそもそういう概念さえなかった。

猫を山ほど飼っているおばあさんがいて、怖い話の名手のおばあさんがいた。

Aおばちゃんは、近所の、河童に足を曲げられてしまったおばちゃんであった。

小学生になるとさすがにほいほい遊びには行かなくなったが、冬休みはAおばちゃんちの雪かきをした。

地区子供会というのがあって、近所の子供でかわるがわる当番を決めて毎朝やっていた。

特にボランティアとか障害者の方のためにとかそういうお題目があった覚えがない。

なぜ自分達がやるのかという疑問もなかった。

1年生のころからそうしていたから、そういうもんだと思っていた。

おばちゃん来たよー、といって、家の前を雪かきして、じゃあねーと言って帰った。

そんなもんだった。

特にこの話から結論はない。

ただ、自分がどうだったかな、というのを思い出したので書いた。

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【追記】

watto こだわりを持たなかった子どもが、やがて成長して、なにごとかを察して離れていく瞬間が、一番つらいだろうな。

上記ブコメがなぜかスターを集めているようだが、少なくとも私は「なにごとかを察した」記憶など全くない。

近場でしか遊べない幼児の頃はAおばちゃんを含め近場の大人によく遊んでもらったし、

次第に行動半径が広がる小学生になるとその機会が減っただけのことだ。

Aおばちゃんはふつうにいた。

あなた方の近所のおばちゃんと同じように。

2016-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20160316203834

じゃじゃまる!

ピッコロ

ぽーろり~

のところか

にこにこぷんの歌でこの部分だけしか覚えてないって人めっちゃいそう

2015-03-13

おかあさんといっしょ視聴歴一年の私が選ぶ名曲ベスト10

おかあさんといっしょはいい曲が多いです。

以下おかあさんといっしょのことをおかいつと書きます

異論は認めます

10地球ぴょんぴょん

坂田おさむお兄さんの作詞作曲

おかいつを見始めてびっくりしたのは、おさむお兄さんがたくさん曲をかいていることでした

9位 パンパパパン

おかいつのお兄さんお姉さん4人がパンコスプレをしている。そのPVシュールさが私の中で話題に。途中のさんどいっちにーぱんの部分に注目して欲しい。

8位 ぱわわぷたいそう

よしお兄さんとじゃんけんができるのでブンバボーンより好きです。

7位 あしたてんきになーれ

おかいつED曲。にこにこぷんを見ていた私は♪そろそろ門がしまちゃう!ほーらつかまえた!の部分で毎回大爆笑していた。あした…は門ではなくトンネル。門は閉まらない。でも毎回人員整理をするたくみお姉さんやたくみお姉さんやたくみお姉さんがかわいいのと、あといい曲。

6位 じゃくじゃくあまのじゃく

世の中のイヤイヤ期の親を勇気づける名曲

イヤイヤ期の子供ってきっと後から思えば可愛いのかもしれないと思える。

5位 きみ

玉子の黄身や木の実などおかいつだけではなくEテレがとにかくこだわるだじゃれをふんだんに盛り込みつつ最終的には生まれたばかりの赤ちゃんのきみを優しく見守るという歌詞ほっこり誤用

4位 おめでとうを百回

ありがとうの花とよく混同する。

3位 ようかいしりとり

えらくノリがいい。PVたくみお姉さんがロリかわいいざしきわらしコス

2位 みんなのリズム

1位 ぼよよん行進曲

中西圭三=神

2013-03-13

UFOキャッチャーターゲット年齢はあがってきている?

30代

上級者にコツを教えてもらって

さびさにUFOキャッチャーをやりだしたのだが楽しい

学生時代に少し遊んだがぜんぜんとれないのと景品がしょぼく

また意外に金がかかるのですぐやめてしまった。

コツをおぼえてとれるようになり、また景品の質もとてもよくなっている。

今はハマっている状態で、だいたい週に数千円使ってしまっている


気になることがある。

にこにこぷん」のキャラクターが景品になっているのを見たのだが

私くらいの年齢のものでないとわからないのではないだろうか?


カービィ最近非常によくみかける、カービィは幅広い年齢層に人気があるが

夢の泉世代であれば

もうあのUFOキャッチャーカービィがつめこまれているのを見たら

100円玉を入れずにはいられないだろう


ちなみにカービィは球形をしており重心が偏っておらず

人気台なのかやや難しめに設定されている台もあるので

注意が必要

2008-06-05

非コミュ努力してないという思いこみ

これとかこれとかを読んで思ったこと。


この手の話題が出ると必ず、「普通の人」は人間関係の維持に多大な労力を払っているという論が出てくる。これは大抵の人が肯定することのようだが、ここから程度の差はあれ「非コミュ努力していないのだから自己責任」という論に繋がっていきそうでどうも怖いものを感じてしまう。

確かに、非コミュ努力しない結果非コミュになったのであれば、「その選択も含めてお前の自由だ」と言われても仕方ない気はする。しかし自分の記憶をたどってみるかぎり、とてもそうは思えない。人間関係には常に悩んできたし、人間関係以外のことで悩んだことはないと言ってもよいくらいだが、結果として多数派に解け込むことはどうしてもできなかったのだ。


俺は幼稚園に入るか入らないかの頃から周囲に対して浮いていた。物心ついた頃には、周囲の同年代の子供の話についていけないのが当たり前だった。語彙も話題も全然違った。だが、それが当たり前だと思っていたのだ。俺は早生まれだったこともあって実際に精神的に幼稚だったのだろう。周囲が「聖闘士星矢」や「ドラゴンボール」を見始める頃、俺はまだ「にこにこぷん」を見て喜んでいた。

その差がいつまでも縮まらないばかりか、ついにどんどん年を重ねるに従って拡大していってしまった気がする。俺が女の子と一言でも口を聞こうものなら「エロい」だの「怪しい」だのと囃し立てていた奴らが実は自分の誕生会に女の子を呼んでいたことにツッコミを入れられなかった頃、コミュ格差はさらに確固としたものとなっていたように思う。

中高生になるとますますひどくなった。俺は私学の男子校にいたのだが、こんなところに来る奴の大半は4月・5月生まれで、早生まれの俺は周囲より明らかに未熟だった。人間関係が急にしんどくなった。部活人間関係に悩まされ、自分の趣味での腕の拙さに悩み、それで精一杯の学生生活を送っているつもりだった。だがその間にませた奴らは、女子校文化祭やらグループ交際やらに手を出していたらしい。一方で俺は、中学生の間にはついに「彼女」というものがいったいなんであるのかということすら理解できなかった。小難しい本を読んで「人生とはなんぞや」などと考えていればそれで満足だったのだ。


その後の惨状はネット上で多く語られていることなので繰り返さない。ただ何にせよ、これまでの人生のどこかで挽回するチャンスというものがあったようにすら思えないのだ。問題意識が同年代の周囲とは常に周回遅れで、俺が真面目に何を主張しても大抵の場合は「幼稚な奴」と馬鹿にされるだけだったのだ。馬鹿にされることに腹を立てて真面目に考えれば考えるほど、さらに「幼稚だ」「未熟だ」と馬鹿にされた。そうして劣等感が積もり積もっていってどうにもならなくなっていったのだ。


確かに的外れだったことは認めよう。しかし、周回遅れのテーマに対してであれ、常に必死で考えて努力してきたのだ。俺は人間関係以外のいろいろな分野では多かれ少なかれそれなりの結果を出せているし、「人並み程度に努力する」というのがどういうものなのかも理解しているつもりだ。その俺が、どれだけ必死で考えてどれだけ必死で取り組んでもどうにも対応できないのが人間関係だ。誰かが「ハードウェア処理できなければソフトウェアエミュレートしろ」と言っていたが、あいにく俺のCPUはそれほど優秀でないらしく、話に乗るタイミングもつかめなければ、とっさに気の利いた応答もできない。まるでお手上げだ。


お願いです。頼むから、「非コミュ自己責任」だけは勘弁してくださいよ。「あんたは運が悪い」と言われるならまだ諦めもつこう。他の分野で挽回することもできる。しかし「努力不足」と言われては、今までの俺の苦労はなんだったのかということになってしまうのですよ。

 
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