そう言う時はまだ読むべき時じゃないから途中でやめて違う本を読んだ方がいいらしい
もともと冬場や春先はインフルエンザや花粉症への対策でマスクをしてましたよね。
インフルエンザや風邪なんてまさに飛沫や空気を介したウイルスによる感染という、コロナウイルスと同じような経路で感染するわけですが、あれも「同調圧力に屈した」と評価しているんですか?
欧米等でもマスクを推奨する傾向にある国や地域がほとんどですが、それもあなたの中では同調圧力なの?
マスクをしない判断は勝手ですし事情によりマスクができない人もいるでしょう。でも、マスクをする人を悪く言うのはやめてもらいたい。
それと、必要であるという証拠が様々示されている中で、マスクをしなくても大丈夫だなどという言説を広めるのもやめてほしい。
マジョリティは毒されている愚かな人間でマイノリティこそ真実を知っている、と考えているのでしたら自分の判断を過信・英雄視しすぎです。
友人と会ってラーメンを食べた
沿道には桜が咲いていて綺麗だったので散歩をした
歩き疲れたのでカフェでお茶をして、見たかった映画を観に有楽町へ移動した
本を衝動的に4冊買った
今までは自己啓発本とかビジネス系書籍ばかり読んでたけど、今のメンタルで読むのがきつかったから小説を買った
あと、エッセイ漫画を買って読んでみたら久しぶりに声を出して笑うことができた
映画は楽しみにしていたのに淡々とした内容のせいか、薬の副作用のせいか観ながら寝てしまった
でも活字を読むのがキツくなって30分くらいで出た
わかってないやん…
いまのこと、これまどのこと、を何回見直しても視点をかえたらいくらでもかわるので
いちいちわかっただのわかってないだので振り返りをする必要ってないんじゃない?
なにができてなにをするかを決めることがその一般にみんなが言ってるいわゆる「わかった」とかいうのじゃない?
その少ないできるなにかをやればいいんじゃない?
「キラキラネーム→頭悪い」を全称命題と読んだので、その意図がなければよいです。内容が内容だけに相関であれば統計学だけど、全称命題だとすると差別やスティグマになる命題なので。
「猫さんが死んじゃって、その次の日に私がコロナで入院しちゃってね…」
「私は大丈夫なの。でも、私のウイルスが猫さんに感染して、死んじゃったんじゃないの?って姉さんに言われて、もしかしたら、って思うと…」
とメソメソと泣き出し、おばちゃんも勝手なことを言うもんだとため息をつきながら
と強く、ゆっくりと話すと
「良かった。喉の小骨が取れた気分。ありがとう」
と、鼻をグズグズ言わせながら明るい声に変わった。
猫は、俺が中学生の時に拾って、今年の夏で20才、人間になおすと100才だ。
「猫さん、私が仕事から帰ってきたら玄関の真ん中で座っててね。小さい声で、かすれた声で、にゃー、にゃぁ、にゃ、って鳴いた後、そのままになっちゃった」
お互い看取り看取られの大往生じゃねえかよ、と、今度は俺が泣きながら言う番になった。
おっさんは「ウエー」ってなりました。(全部読み進められんかった)