はてなキーワード: 頭脳とは
「学生は勉強が仕事だ」とか「いい成績をとってればそれでいい」とか言うくせに,
社会人になると「勉強ができるだけ仕事はできない」とか言い出すからこの世界は理不尽.
勉強しかできない風に育った私はどうすればいいんだ,と,途方に暮れながら就活している.
死にたい.
とよく思う.生きていくのが不安で苦しく思う.
*
記憶はないけれど,母はきっと相当悲しんでいたんだと思う.
それが影響してか,母を悲しませまい,苦労させまいと,
自分はひたすらいい子ちゃんに育った.
勉強をがんばって,通知表ではよくオール5をもらった.委員長もやった.
公立の中学へ行き,公立の高校へ行った.
やりたいことも,夢も希望もなかったけど,
そのうち見つかった時のために,選択肢が広がればいいかと思ってた.
3年生までをサークルもせずにだらだら過ごし,
就職活動が盛り上がってきて,なーんにもできない自分に絶望している.
*
やりたいことの選択をいつも先延ばしにしてきた.
そのつけがいま回ってきたけど,やっぱりやりたいことなんて分からない.
集中力がない,逃げてばかり,計画性もない,効率悪い,アイディアも出せない.
研究室は優秀な人が多くて,自分のくずさがよく分かって悲しい.
作業量が多いのもつらくて,進捗報告は毎週すごいプレッシャー.
あってもうまく言えなかったりで,だめだって手応えしかなかった.
こんなくず,入ったってまともに働ける気がしない.
研究室に迷惑をかけてる申し訳なさと,逃げ出したい弱い気持ちでいっぱい.
くずには相応な,名も知らぬ会社にそっと入って,そっと辞めるのが似合ってるのかな.
体を売るか?女を売るか?でも,コミュニケーションだってできないくずなのに.
染み付いた「母を悲しませまい」という気持ちはなくならず,
頼れないな,学費は返さなきゃな,こんなくずに育ってごめんな,と思ってる.
*
いつか,こんな風にくるくる悩んでた頃を,懐かしく思えるのかな.
それか,地球はやく滅びればいいのにな.
あぁ,生きるのがツラい.
贅沢な悩みだこと.
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こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。
あー男のオタクって
・バカじゃない女で
・男側がある程度自由にコントロールできて
みたいなやつ好きだよねー。
みたいなことを言われた。
お前めちゃくちゃ詳しいじゃないか。
そして否定できないどころか全くもってそのとおりですがなにか問題でも?
いや、別にあのキャラだけが好きなわけじゃないけど、あのキャラが好きにならない男っておっぱい星人くらいだろう?
返信してみた。返信してほしいのにされてねーぞ!って人がいたら指摘よろ。
それだ。ジト目のミンゴスが、ハイハイクリスは可愛いでチュねーって口調で言って、それに宮野が突っ込んで、ミンゴス赤面&プチ嫉妬。みたいな。
牧瀬紅莉栖と桐生萌郁がものすごい不細工で小太りとか病的に窶れてるとかだと俺の中での丁度良い塩梅のSTEINS;GATE
laisoさん、laisoさんじゃないか!観測範囲がずれてたのか、はてブで見かけるの久しぶりだ。遅れながらお気に入り登録しました。
牧瀬紅莉栖については同感。個人的にはバタ子さんのイメージ。 しかし桐生は今の状態でメガネ外した状態がベスト。
牧瀬紅莉栖への執着または愛が足りない。足りなすぎる。
では 「僕が一番牧瀬紅莉栖の可愛さを判っているんだ」 会議を始めよう (西尾維新風 by FTTH
引きこもっていた頃こういう会話を脳内でしていた。
私は今でもやってますが何か。
そういう人は、多分スターオーシャン3rdをやっても都合がいいとかいうんだろうな。釜井たちの夜でもやっておけばいいと思うよ。
もっと欲望を強く持とうぜ。
説明会におけるツンツンを通り越して変質者扱いでオカリンを見つめる牧瀬紅莉栖こそ至高。黒ストで踏んでほしい。
あんな2チャンコロとなんて口もききたくないですね個人的には
オタならキャラに不満があったら自分の脳内で改造した牧瀬紅莉栖Ver2を発表すべき。
キャラに嫌悪を示すところで止まりとかオタの風上にも置けないやつだ。俺の脳内でツンデレ女子にしてやる
まゆりさんと話してると苛々してRT連打しちゃう
???ごめん玉拾えない。
牧瀬紅莉栖の魅力はこういう常識レベルに留まらないよね。その点を論じ合わないか。
それでも地球は回っている。まぁ地球の回転数に比べれば何周堂々巡りしようと大したことではない。
ある程度コントロールってところは意味不明としか言いようがない。自分に都合が悪い部分が多いなら恋愛すら成立しないと思うが。
クリスティーナ(天才科学者だけどねらー)きりりん氏(読モだけどエロゲーマー)肉(理事長の娘だけど幼女趣味)AKB48(アイドルだけど芸人)
「アイドルだけど芸人」吹いたww俺の中ではすでに同じ意味なんだが。わっほい。
まゆしぃはどうなんだろう
僕は鈴羽ちゃん
大事なのは彼はおっぱい星人ではないしスパッツ星人でもないということなのだ。
わかってねえな!その程度で語り尽くせると思うな!・・・すみません調子乗りました。
現実「牧瀬紅莉栖の文句はおれに言え」 やだ現実さん格好良すぎて濡れるっ!
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120104/p1
似たキャラクターも、似たシチュエーションも、似たストーリーも、ないことはない。
けれども牧瀬紅莉栖という登場人物は、『Steins;Gate』のなかにしかやっぱり存在しないのだ。彼女の物語も然り
あえていえば、キャラありきじゃなくて物語ありきの作品でキャラだけ抜き出して語るみたいな流れはどこから出てきたのか教えて欲しい。
こういう女の人がいるから二次元がより輝くんだから、女を叩く暇があったら感謝の一万回マウスクリックを実行すべき。オートモードは認めない。
別に「独裁」を連呼はしてないけど、橋下も、その支持者も嫌いなので一言。前出の動画を見て簡単に要点をまとめるけど、
まあ、おおむねそういうことを言ってる。ここまではOK?
でも、この上段と下段は矛盾してる。そこが理解できているのだろうか。これをなぜ矛盾というか、順に説明したい。(これが矛盾だと理解できる方は、一気に下の「矛盾について」までジャンプしていただいて構わない。)
まず、橋下や多くの橋下支持者の言う「民主主義」とは何か。本当に理解しているのか? たとえばそういう人に、民主主義って何?って聞いてみると、それは多数決のことだとか言う。馬鹿!としかいいようがない。少しはググれ。多数決というのは、民主主義の本体ではなく、言ってみれば糞のようなものだ。生きていれば必ず出る。それが糞。だが、それはものの本質ではない。やむを得ず出す余剰や排泄物を本質だと言ってみるのは、スカトロプレイに人間の真実がある、というSM愛好家の口吻と同じ程度の説得力しかない。要するに一種の自己弁護と詐欺である。
政治とは意思決定だ。その意思決定の主体を、どこにおくか。大昔は神に預託された巫女が、あるいは神権をもった王がもった。しかし、徐々に一人の意見の過誤を防ぐ意味から、多くの頭脳による方法が用いられるようになり、君主制(一定の中からトップを選ぶ)、寡頭制(複数で決める)、貴族制(階級全体で決める)、あるいはそれらを組み合わせることで意思決定がなされるようになった。古代に一度行われていた民主主義は、近代に入り、社会や経済の成熟と歩を並べ、自由主義・資本主義社会の進展とともに、「みんなの意見を合わせると、おおむね正しい結果になる」という知見の下、選挙による間接民主制という形で、多くの国で採用されることとなった。(余談だが、間接民主制をとる場合、大前提として、投票する大衆は、現下に起きている事態について、必要かつ十分な知識をもつ必要がある。そこで、間接民主制をとる集団では情報を適切に配分する方法が必要となる。多くの近代国家では、そのために民主制とセットで、権力から自由なメディアを発達させてきた。自由なメディアの無い国に、民主制は成立しない。)
で、「みんなの意見」をまとめるために、民主主義はどのような方法を取るか。それは「話し合い」である(というより、それ『しか』方法はない)。集団での意思決定であるから、理でもって他者と交渉し、協調の精神で話し合いをすすめながら、最終的に合意を得て決定する。その際、たとえ少数であっても、その少数意見を尊重すること無しには、集団で合意の形成などできない。特に、間接民主制の下では、たとえ一人の意見であっても、その一人の背後には膨大な人間が存在しているため、軽視することは許されない。少数意見を採らない場合、反対を主張する多数派には「採らない理由を合理的に説明する」義務があるのは当然だ。
ただ、もちろん政治は現実のものであり、現実の人間は不完全なので思想・信条や見解の相違がある。時代の要求する文化によっても、物の価値は変動する。その変化の前後で人の価値観は異なるだろうし、そうなると、どれだけ理を尽くしても最終的に対立が解消しない、という事態は起こり得る。だがそれでも、もちろん政治は決断をくださなければならない。だから、理を尽くして越えられない壁がはっきりしたときには、それを越えるため万やむを得ない解決手段として、『多数決』が用いられることになっているのである。
本来、とにかくひたすら話し合うのが民主主義である。だから、決定を多数決に持ち込むような事態は、民主主義が敗北するときと言ってもよい。だが、民主主義が敗北しても我々は民主制を放棄するわけにはいかない(それよりマシな方法が存在すると知られていない)から、その場合に意思決定を行う最終手段として『多数決』は許容されているに過ぎない。多数決とは民主主義の糞だというのは、つまりそういう意味だ。現代日本の民主制は、理と協調の精神による話し合いを通して多くの素晴らしい意思決定を行っているが(与野党がケンカばかりしていると思っているお子様は、日本の色々な法律がどのように成立しているかちゃんと確認すべき)、不完全な決定のいくらかを多数決という糞としてひり出してもいる。それだけを見て、多数決は素晴らしいなあ、とか思ってる人間は、スカトロジスト(糞尿愛好家)と呼ばれても仕方ない。そう呼ばれることに誇りを覚えていて、一緒にするなと怒る人もいるかもしれないな。すまん。
さて、以上を踏まえ、比喩として、もう一度言う。多数決は糞だ。少数意見を最終的に「採らない・採れない」ことはもちろんある。それでも、一定の合意を得るための様々な譲歩や協調のための配慮は必要なのであって、それは民主主義のコストなのではなく、民主主義による意思決定を可能な限り正しいものにするために絶対必要な手続きだ。だから、多数決をタテにして少数意見を圧殺する人間は、そもそも民主主義者ではない。数の暴力を振りかざして権力を握る人間は、端的に言って独裁者である。
最初に【矛盾】と言ったのは、「少数意見を尊重する」ことこそが民主主義のルールそのものであり、少数意見を尊重しないのは単なる独裁(あるいは数の暴力)であるにも関わらず、「民主主義のルールを守る」と言ったその口で彼が「少数意見を尊重しない」と述べているからだ。少数意見を尊重しないなら、それは民主主義ではない。彼は法律家であり政治家であるのだから、そんな初歩の初歩をしらないわけがない。
あるいは、彼は「ここで民主主義のルールとは選挙のことを言ってるのだ」と言い逃れるかもしれない。だが、「選挙」とはあくまで「間接民主制」を成立させる手続きの一つに過ぎず、民主主義における意思決定システムの本質とは無関係であることもまた、言うまでもないくらい当たり前のことだ(首長が選挙で通ったからといって、その主張が議会の全体合意もなく自動的に「承認」されるような詐術が成り立つなら、最初から議会は必要ない)…これもまた、政治の初歩の初歩であり、法律家であり政治家である彼が絶対に知らないはずはない前提だ。ではなぜ、彼は平気でこういうことを言うのか?
それは、選挙民のほとんどが「民主主義とは多数決のこと」であり「多数決=選挙のこと」である、と二重に勘違いしていることを知っていてそれを都合良く利用するためだ、としか解釈できない。その二つの勘違いを利用することで、「選挙に通ってしまえば独裁してもよい」という思い込みを形成し、支持者がそれを支持する「空気」を作りだして、反対する良識派(というか当然起こる反対)を封じ込め、本来通るはずのない法案を作成し議会を通過させようとしている…それが、目下彼がせっせとやっていることではないか。そして、そういうところがヒトラーの手口と酷似していると指摘されているところであり、彼に警察権や軍事力、立法権があるかないか、ということが問題なのではない。まあ、個人的には彼は、ヒトラーの尻尾というより劣化矮小版のコイズミジュンイチローだと思っているけれど。
以上を踏まえて、彼の言っていることはシンプルに嘘だと私は考えている。嘘から発生する利益を享受する人間をなんというか。その呼称は各自に判断に任せるが、いずれにせよ、民主主義の破壊者が、口先だけ民主主義を唱えながら権力の位置にあるという現状を、どのように見るか、これは呼称なんかよりも重大な問題だと考えている。
これは、彼個人が善意の人であるか悪意の人であるかという問題ではない。民主主義のシステムそれ自体にそもそも脆弱性があって、その脆弱性がまさに攻撃されており、ウィルスチェッカー(メディア)も、そのウィルスがまさに自己の中から(メディアが創りあげたスターとして)誕生したために有効に機能していない、という状況をどう見るかという問題である。
以上、簡明に反論してみたつもりだが、随分長くなった。反論があれば伺う。
発達障害は怖いなぁ。
発達障害の人って、周り中がシャーロック・ホームズとマイクロフトばかりの世界に紛れ込んだトロいワトスン君みたいな気分?
「遠回しな表現を理解できません」「否定的な言葉かけに過剰反応します」” こんな人が職場に来たら… 迷惑。迷惑。
発達障害者恐るべし
「誰か、あるいは何かに対して、強い恨みを持っていることはありませんか?」の問いには、「ある」と答えた人は112人。全体の33.9%に上った" 恐るべし。
「俺は発達障害だった」... だって。近年は単にちょっと頭が悪い程度の事にまで病名っぽい大仰な名前が付くのか。
福祉大国スウェーデンにおいては、発達障害含む精神病患者は、犯罪を犯す前から全員政府の監視下に置かれていると聞く。
教え子に乱暴、「嫌がらないと思った」と元教諭 - MSN産経... "奥田哲也裁判長は、被告に広汎性発達障害の傾向があるとする弁護側の犯罪心理鑑定書などを証拠採用した。" 広汎性発達障害者恐るべし
知障は幼女への性犯罪多いそうだしな。予備拘束すべきかもな。発達障害もヤバげじゃね?予備拘束だな。
広範性発達障害人間というのは刑務所に入れた方が治るのか少年院に入れた方が治るのか、どっちなんだろう。
出生前の脳の異常である故、改心の見込みは皆無、我々健常者に出来る事は、力関係に応じて逃げるか追い出すのみ。
町田・高1殺害事件、元同級生の少年に2審も懲役11年 : ... 発達障害は怖いなぁ。
所詮は知障の一種に過ぎぬと。
只の我侭で能無し嫌な奴。
異常者恐るべし。
ところで健常者の事を定型発達者と表記すると、あたかもこれは機能不全ではなく只単にタイプが違うだけの互角並列同格の関係であるかのような誤解を与えかねない。
アスペルガー症候群とハッカー:中年での診断が増加 | WIRED... こんなのが我々健常者の間に何食わぬ顔で紛れ込んでいるのか…
おいおいIT業界も他人の気持ちを推し量るの結構重要。偏見の助長は如何なものか。向いてるのは「芸術家」とかにしといて。ちなみに特定の分野に於いても秀でた能力を持っていない人の方が多いんじゃね?
頭脳労働は向かない奴だったなぁ。思い出すだに腹立たしいあの薄馬鹿は。
アスペルガー社会人のBlog : 何故こんなことしたの? ← 馬鹿と働かざるを得ない上司は大変だなぁ。常人なら1分の説明で判る事を30分説明させられたり。しかも往々にして判ってなかったり。/いや、原因が何であれ馬鹿は馬鹿。
広がりを見せる自閉症者ソフトウェアテスター育成プログラム... ”現在、同社の収入の60%は寄付によるもので、売り上げは40%に過ぎない” ← やっぱ使いものにならない模様。
お父さんの[そらまめ式]自閉症療育: 今般のトラブルについて... ← 自閉症は怖いなぁ。絶対に関わりあいにならないようにしないと。
常時ゼッケンつけるのはどうだろう。黄色地に黒で「単鬱」「統失」「自閉」とか。私なら見かけたら道を譲る等の配慮をする。10m離れて
http://anond.hatelabo.jp/20111016174509
服装、化粧、頭脳だ。第一印象が良ければ、わざわざ悪いほうに印象を訂正する奴はいない。自分に一番似合う服。自分に一番合うメイクは研究済みなんだろ? だったら、あとは、狙った獲物を飽きさせない話題の提供があればいい。
適当に男をあさっちゃダメだ。引っかかってくるのは、やはり適当に女をあさっている男だけだからな。それと誤解しているようだが、女は「デブ」というのは、そんなにマイナス要素にはならない。「巨乳」や「でかい尻」から目を離せない男どもを見たことがあるか? 繁華街に夕方行って、待ち合わせのふりして観察してこい。男が目を向けるのは「スタイルの良い女」の次には「でかい胸の女」だ。痩せてる女はスルーする。見てて楽しくないからな。ブスは化粧で隠せる。だから、真剣に男を探せ。「この人と付き合いたいっ」という相手が見つかったら、急接近していけばいい。モテるのが嫌いな男はいない。元増田だって、モテて嫌な気分にはならないだろ。単純に好みじゃないから付き合えないというだけのことで、振られたって元増田の印象が悪くなるわけじゃないからガンガンいけ。
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
人間たちは、これまでいつも、自分自身について、自分たちが何であるか、あるいはなにであるべきかについて、まちがった諸観念をつくってきた。神、標準的人間などという自分たちの諸観念に、彼らは彼らの諸関係を適合させてきた。
彼らの頭脳の産物が、彼らの手に負えなくなった。自分たちの被造物に彼ら、造物主たちは屈服した。その軛のもとで彼らが萎縮するもろもろの妄想や理念やドグマ、すなわち願望による思いこみから、彼らを解放しようではないか。諸思想のこのような支配に反逆しようではないか。これらの空想を人間の本質にふさわしい諸思想ととりかえることを彼らに教えよう、とある者は言い、それらの空想に批判的な態度をとることを教えよう、と他の者は言い、それらの空想を頭から追い払うことを教えようと第三の者は言い、---そうすれば、現存の現実は崩壊するであろうというのである。
これらの無邪気で子供じみた幻想が、最近の青年ヘーゲル派哲学の核心をなしており、この哲学は、ドイツにおいては、公衆から恐怖と畏敬の念をもって迎えられるだけでなく、哲学的英雄たち自身によっても、世界を転覆する危険性と犯罪者的な仮借なさなさというもったいぶった意識をもって言いふらされる。
この出版物の第一巻が目的とするのは、自分を狼だと思い、またそう思われているこれらの羊どもの正体をあばくこと、彼らがドイツの市民たちの諸観念をただ哲学的にまねて鳴くだけであり、これらの哲学的解釈者たちの大言壮語がただ現実のドイツの状態のみじめさを反映するだけであるのをしめすことである。この出版物が目的とするのは夢見がちでもうろうとしたドイツ人にふさわしい、現実の影との哲学的闘争を、笑いものにし信用を失わせることとである。
あるけなげな男が、かつて人間が水におぼれるのは彼らが重力の思想にとりつかれているからでしかないと思いこんだ。彼らが、たとえばこの観念を迷信的な観念、宗教的な観念と言明することによって、それを頭から追い払えば、彼らはすべての水難を免れるというのだ。生涯にわたって、彼は、重力の幻影とたたかったが、この幻影の有害な書結果については、どの統計も彼に新しい多数の証拠を提供した。このけなげな男こそが、ドイツの新しい革命的哲学者たちの典型であった。
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嘲りや揶揄で終わる人⇒溺れる人
3年目の後輩が職場を去った。
本人も周囲もやれるだけのことをやって、そういう結論になった。
可能性だけは腐るほどある若い人に辞められるのは正直辛いけど、それ以上に彼の行く末がとても心配だ。
というのも彼の場合、技術職であるこの業界云々以前に、頭脳労働そのものが無理なんじゃないかという感じだからだ。
一番の問題は、「○○を××する」という業務があったとして、その抽象的な目的を具体的な作業にマッピングするという能力が、遂に身につかなかったことだ。
それどころか、ある程度噛み砕いて指示した作業であっても、常に色々と抜けがあったようだ。
さらに、一人で分からないことを抱え込み、質問することも、自分で調べて解決する能力も育たなかった。
一人前の担当者に求められる、今そこで起こっている事象から原因を推察し、適切な解決策を組み立てるなんて夢のまた夢。
もちろん新人がいきなりそれを出来ることは期待していない。
しかし数年やっても全く進歩がないというのは、「いつまでも新人じゃないんだし・・・」ということになってしまう。
だから今回のような「方向転換」という結論になったわけだ。
「今画面に出ている、このステータスはどういうことだと思う?」
「・・・●●ということじゃないでしょうか」
「ちげーよ何言ってんだよ」
「違うだろ!!□□だって何回も言ってんだろ?お前いい加減にしろよ!」
(中略)
「とにかくちゃんと考えろ、考えてやれ」
というやり取りが常態化していた。
というかいくら教えても、新しいことを教えるそばから昔教えたことを忘れるのを目の当たりにした時のショックは察するに余りある。
もちろんちょっと体育会系過ぎというか、オメーテメーでやり過ぎだろうとも思う。
綺麗事かも知れないが、叱って育てるばかりが能じゃないし。
でもウチみたいな中小企業は、正直なところ「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」なんて教育はできない。
そもそも具体的作業を1から10まで全て説明出来るほど単純な業務でもない。
またチームの中に、破滅的にできない担当者をいつまでも抱えておける余裕もない。
しかし同時に、常に求職者が殺到していて、そこからとことん選り好みできるような会社でもない。
むしろ応募してくれた人はそれだけで感謝しなきゃいけない立場だ。
どんな人であろうと一刻も早く仕事が出来るようになって欲しいし、そうならないと困る。
だから彼みたいな人が泣く泣く会社を去る結果になったのは無念だし、こんなことは二度とあって欲しくない。
それこそ一人前になって「キャリアアップしてこんなクソ会社辞めますサーセンw」とかほざいて出て行くくらいになって欲しかった。
せめて彼の明るい顔を見たかったんだけどなー。
とはいえ・・・彼みたいなタイプはどうやったらまともに動けるようになるんだろう。
「自分が昔そうだったけど、今はなんとかなっている」とか「後輩が昔そうだったけど、今は一人前になっている」なんて事例はあるのだろうか。
こういうのは本当に辛いので。
20代女性です。私はipodがないと不安なんです。音楽をいつもボリゥムを最大にしてイャホンで聞ける状態でなければ電車に乗ることができません。出掛けに忘れたりする事があってとても不便な思いをします。その場合はたとえ約束があっても取りに戻ります。そうしないと音楽をイャホンで聴いていない状態で外出を長時間続けると背中やこめかみ足の裏掌に汗をかいてきます。不安で顔を上げることができません。なるべく他人に見られないように脇をしめて肩幅を縮めて両肩のラインより後頭部を上に出さない心持ちで早足になっていきます。そうして早くこの状態から逃れるためにipodのところへ向かいます。この時が最も危険で心臓の鼓動も早くなり耳鳴りと頭痛で倒れそうになってしまいます。光の粒が頭の周りを囲むようにたくさん浮遊しながらジグザグに降りてきます。その数が段々増えてくるとまた動きも早くなり、見てはいけないと思いながらもつい目で追ってしまい眩暈を起こして転んだ事もあります。また出かけるときになってipodを用意していると充電が不十分ですぐに電池が切れてしまいそうな時があり、出かけるのを中止してしまう事もあるのです。出先で電池が切れてしまったら恐ろしくてどうしていいのかわかりません。ですから電池が満タンの時でも常に充電するためのコードを持ち歩いています。コードはカバンの底の進行方向右手のポケットの中とカバンの外ポケットの中と肩掛けベルトの中に(縫い目をほどいておもて地と裏地の間にはさみ込んで軽く縫い合わせてあります。我ながらとてもうまく考えたものだと思います。)、それぞれ計3本を常に持ち歩いていて不測の事態に備えています。しかしご存知かもしれませんがipodは充電式なので電池が切れてしまった場合はたとえこうして充電コードを持っていてもコンセントがなければ意味がありません!そのことを考えるとまた掌が湿ってきて心臓も早くなり息を吸っても苦しくなって耳も聞こえなくなってきて頭が朦朧としてきてしまいます。みんな他の人は平気なのでしょうか? 私だけがこんな風になっているのでしょうか。
最近よく思うのですが耳にイャホンやヘッドホンをつけてなくっても音が直接聞こえる新しいバージョンのipodが出ていてみんなはそれを使っているので平気なのではないでしょうか? そしてその新しいバージョンは直接頭脳に音楽が聞こえてくる仕組みでもちろん手術で頭の中に埋め込まなくてはいけないでしょう。高いのではないでしょうか。今の私には新しいバージョンで手術を受けるだけのお金が用意できないでしょう。でもとっくにみんな多くの人がその手術で新しいバージョンになっていてそうしたらどんなに楽しくて快適でいやなことがひとつもない暮らしなんだろうと羨ましくて悲しくなってきます。相談できる友人にも聞いてみたのですがそんなことはないと私だけではないと言ってくれるのですが私はやっぱり信じられないのです。その友達がイャホンをしていないのに音楽が常に流れているように楽しそうに笑ったりしているのを見ると憎くて裏切られた気持ちになってきます。私だけが新しいバージョンの知らせを受けていないのでしょうか?ご存知かもしれませんがipodはパソコンに繋げると時々新しいバージョンのお知らせが来たりします。ある時私は間違ってその時のお知らせをいいえでクリックしてしまったのです。その日からお知らせがくる回数が随分減ってしまっているようなのです。その友達のパソコンを覗いたことがあるのですが私に来ているよりもたくさんのお知らせが来ているのです。もちろんそう言って見せてくれるように頼んだのですが友達は意地悪でそんなことはないと見せてくれなくなりました。どう考えてもその時を境にパソコンのガードが固くなったとしか考えられません。クリックでいいえをしてしまった(たとえ間違っていたとしても)場合はその人に絶対に情報を教えてはいけないというようなお知らせも同時に送られているのかもしれません。私はしてしまったのでもうそのお知らせも見る事ができませんが。どうかいいえをクリックしないままでそのお知らせを見せてもらえないでしょうか。そしてあたらしい最新の直接聞こえてくるタイプのバージョンのipodの手術を受けさせてもらえないでしょうか。万一お金が高くて足りない場合もこれからちょっとずつ貯金をしていくのでその具体的な情報が知りたいのです。お願いします。
はてなに投稿したさっきの記事が、0と1だけでその間の数は表現できるかその是非は?、的な妙な議論になってて、
まあ調べもしない独善的な僕のものの定義の下手さをそのまま言葉にしてしまったことがだいたいの原因なんだけど、ともかくおもしろい。
これだから文系は理系はとかいってて、僕は何も言ってないし第三者がトラックバックで盛り上がっててちょっとテンション上がった楽しい、
けど0と1あれば二進数で全て表せますよねとか、デジタルの例で考えれば0は1以外の全てって意味だからそれは間違いとか、でもそもそも有るとも無いとも定義してないものを無いと決めつけるなとか、
理系脳黙れとか、文系頭脳黙れとか、そゆ変遷を経てたけどほんと途中でデジタルの話を電気電子回路の例で説明されて実際に電気電子回路の講義とって、
まあ正直手ごたえなくて落としちゃった感あるのにそれを無邪気にリフレインさせてくれてウッ;;てなった。
すっげ!
ソースをどうぞ!
ほれ。
http://livedoor.r.blogimg.jp/hamusoku/imgs/6/3/6309104b.jpg
どう見ても800人近くいる。
横40列、縦20列あれば、それで800人。
この画像、横は40列以上あるよね。
あとサイゾーに掲載されてた動員チラシが捏造だって言う君の確信のソースもはやくな!
いそいでくれよな!
おまえ、馬鹿か。
動員チラシが捏造かどうかなんて知るか。
捏造なら話にならんし、
ホントだとしてもサクラが80人いたところで何だっつー話だよ。
全くフジテレビ批判と関係ねーじゃん。
ちとは考える頭脳を持て。