はてなキーワード: 信長の野望とは
ゲーマーなら知っておきたいゲーム音楽における10人の名作曲家 - GIGAZINE
http://gigazine.net/news/20110803_game_music_composers/
というわけで、対抗意識を燃やして
「ゲーマーでなくても知っておきたいゲーム音楽も手がけた10人の作曲家 - MASUDAZINE」なるものを書いてみようかな、と。
選ぶ基準は主観です。紹介文は手抜きです。基本的に、ゲーム映像と合わせた動画です。ゲーム音楽の動画と、その下にそれ以外で割と有名であろう音楽の動画を紹介します。順番は思いついた順。海外のゲーム事情は疎いので割愛します。
タイトルの「ゲーマーでなくても~」というのは、あまり関係ないです。
いかがでしたか?
他にも「こいついれろよks」とか感想があればブコメでもトラバでもください。
同じコンセプトにはなりませんが続編があるかもしれません。こうやってまとめると案外自分の為になるので……。
http://anond.hatelabo.jp/20091020061931
政治を簡略化したものとして思いつくのが、歴史シミュレーションゲームだ。どのゲームでもだいたい「開発」「施し」「人事」「軍事」「商人」のような行動選択肢がある。日本の現政権は今のところ「施し」、つまり国民の忠誠度を上げることに特化しているように見える。
施しは急いで国民を味方につけるのには最適の選択だが、この手のシミュレーションゲームでは「開発」をチマチマ行うことが長期的に国を強くする基本だ。開墾、治水、商業投資…などなど。(治水、つまりダム工事はホットな話題のひとつではあるが、個々のダムの効果・影響についての議論があまり出てこないところを見ると、パフォーマンスに分類されているように感じる。迷惑な話である)
たぶんKOEIの「三国志」シリーズや「信長の野望」シリーズを念頭においていると思うけど、そうしたシミュレーションゲームって維持費に関する考えに乏しいよね。せいぜい、軍の維持費ぐらいしかない。
つまり、大軍を保有すれば、それだけの軍を維持するための兵糧と金が定期的にかかるという考えはあるが、馬や鉄砲の保管にかかる維持費の概念はない。城壁の耐久度を上げる工事にお金はかかるが、城壁の維持費という概念はない。
都市住民の君主に対する忠誠度は、税率と施しによってほぼ単純に決まる。一度施しをすれば、徴兵をしたりや災害が起こらない限り忠誠度が下がることはない。つまり、忠誠度の維持費という概念がない。(マキャベリがこれを聞いたら憤死すると思う)
こうしたシミュレーションゲームでは基本的には、開発すればするほど、徴税によって得られる兵糧と金は増える。しかも線形的に。そして都市の人口・開発度は予め決められた上限まで上昇するが、その上限を左右するような選択肢は通常存在しない。
これは、単純にこうしたシミュレーションゲームが合戦シミュレーションゲームだからだと思う。
国力・内政に関する項目を極力単純化して、プレイヤーを合戦にフォーカスさせているわけだ。
ところが、もっと俯瞰的なシミュレーションゲームである「シヴィライゼーション」を見ていくと、国力・内政に関する考えがより複雑化されている。
例えば、都市の人口増加速度を増やすために穀物倉庫が必要だ(もちろん維持費がかかる)。また、人口を一定以上に増やすためには都市に水道を敷かないといけない(もちろん維持費がかかる)。
人口が増えれば、税収もあがり、都市の生産力や科学力が向上するが、人口が増えることは、必ずしも良いことではない。
人口が増えると都市で暴動が発生しやすくなる。暴動を抑えるために、都市常設軍を増やして不満を押さえ込む(もちろん維持費がかかる)か、宗教施設(もちろん維持費がかかる)や娯楽施設(もちろん維持費がかかる)を増やさないといけない。人口が増えたら環境汚染も起こる。これを取り除くためには厚生施設(もちろん維持費がかかる)が必要だ。
こういったシミュレーションゲームのリアルさっていうのは、やっぱり欧米のそれに劣るところがあるんじゃないだろうか。外交政策にしたって、KOEIのゲームでは、せいぜい同盟とか政略結婚ぐらいしかない。謀略もあってないようなもの。しかも満寵さんの人材登用能力は異常だ。
つまるところ、増田が想定しているシミュレーションゲームである「三国志」シリーズや「信長の野望」シリーズは、合戦で国士無双の武将や知将が大活躍するゲームだ。
あれ、これって・・・。
そう、「大艦巨砲主義」的なのだ。
「巨大な国力、優れた人材」というドグマに囚われすぎているゲームなのだ。
巨大な国家の維持は難しいし、優れた人材だけで戦争をするわけではないのに、だ。
日本人の政治観は未だに「大艦巨砲主義」だし、維持費に関する視点も乏しい。開発すれば税収は増えると思い込んでいる。
こうした「大艦巨砲主義」シミュレーションキャラクターゲームが日本の政治を拙くさせているのではないか。KOEIにしても、こういう形のゲームにしないと売れないと思っているのだろうけども。
ゴッドがホールで稼動していた頃(といってもほとんど誰も触ってなかったけど)けっこうな頻度でスロットを打っていた。夕方から万枚出したりもあったし、かなりウマい思いをさせていただいてたと思う。あの頃は確かに一台での短時間における出玉感はすさまじかったのかもしれない。100k負けてたのに、結局40k勝ちなんてザラにあったし。特に島唄でくってたときはひどかった。
そこにきてゴッドだけど、打ったのは3回くらい。その中で1度だけPGGを引いたことがあった。それも1000円で。一撃で5000枚出して即ヤメ。打っているときはほぼ毎ゲーム15枚役がそろうのでマジで箱がおっつかなかったのを覚えている。ただの作業だったけどさ。ちなみに今のART機では2027とか鬼浜が純増枚数は多いけど、それでも1Gあたり2枚を超えない。
勝てるなら往復1時間以内を目安に大小様々なホールに足を運んでた。あの頃は万枚が今に比べると珍しくなかった(もちろんその影にはクソ負けしているヤツラが死屍累々)ので、店によっては客の射幸心を煽り倒すため、歴代の出玉を仰々しく張り出しているところもあった。もちろんゴッドも上位に食い込んでいて、見たことある中で一番腰抜かしたので65000枚くらいだった。そのときの獲得枚数を示す液晶も写真に貼られていたので、本当なんだろうと思う。
これは本当に例外中の例外だ。キングオブ例外。あんだけほぼ毎日ホールに足を運んでた俺が言うのだから間違いない。信長の野望で20000枚出した俺が言うんだから間違いない。どう見てもウラモノの大花火で30000枚出して(てろーんで100%BIGとかいうワケわかんない状態だった)、その後3000Gハマった俺が言うんだから間違いない。5日間連続で夕方から打ち、述べ30000枚出した俺が言うんだから間違いない。吉宗でストック飛ばされてた俺が言うんだから間違いない。吉宗で1918Gでバケを連続で引いた俺が言うんだから間違いない。あの日は確か135Kほど負けたぜ! 勝てば120万とか書いて、ゴッドを神格化してももう打てないんだし、TB先の人が言うように120万勝ちなんてマジで都市伝説だから。ゴッドで食ってたなんて人いないと思うよ。ゴッドを神格化とか意味わかんないけど。
スロットって運で勝負するようなものじゃないんだよ。全てはデータよ、データ。
ああ・・ベーマガとかテクポリとか懐かしいな。
昔は円を一つ描くだけでも、だらだらとしたBASICかマシン語が必要だったのにな。
でも、その苦労が楽しかったんだよな。
信長とか殆どBASICだったからLINE文でちんたらちんたら描画して、BREAKキーかなんかでプログラムストップさせたら
まんま、ソースコード丸見え。
で、まぁ・・そこで信長の名前や表示コメント変えたりしてオリジナル信長の野望でプレイした。
ハイドライドくらいまでくると、殆どマシン語になっちゃったからいじくれなかったけどPSG3和音の
音楽は今でも耳につくな。
たくさんのブックマークと期待コメントありがとうございました。続きを書いていきます。
※これは連載です。初めての方は下記から見てください。
衰退していくIT業界に向けて、30半ばシステムエンジニアが昔の思い出を語るよ 0001
兄貴のFM-7で、初めはゲームばかりやっていたのだが、しばらくすると「信長の野望」には裏技が存在する事を知ってしまった。裏技を使い、稼いだ金に物を言わせて増兵をしまくり、簡単にクリアできるようになってしまった僕。(ど忘れしたのでどんなのか調べたら、『いったん年貢率を0にしてから収穫前に上げることで米収入が上がり、その米を元手に富国強兵を行うといったテクニック』らしい。)
その頃やっていた他のゲームは、ハイドライド、ウィザードリィ、ザ・ブラックオニキス、デゼニランド、ポートピア連続殺人事件など。自分で買ったゲームがほとんど無いので記憶は薄いのだが、みんなテープ媒体だったように思う。
一方、兄貴はというと、なにやら熱心に毎月雑誌を買って、どこかへ投稿しようと試みているようだ。当然、それとなくその雑誌も読んでみる事となる。それが僕と「マイコンBASICマガジン」、そしてプログラム言語との出会いだった。目の前にある機械がゲーム専用機ではなく、自分の思い通りに動かせるのか、と気付いた時の驚きと快感。今も忘れられない。
前述の通り、その当時のマイコンは、電源を入れるとROMから「BASICモード」がいきなり立ち上がるのだけど、この状態から自力で何かを動かしたい場合、BASICと言われるプログラム言語を実行することにより、色々出来るようになる。
マイコンBASICマガジン(長いので以降「ベーマガ」)は、主にBASICのソースコードが掲載されている専門雑誌だ。基本的に、雑誌の構成は読者からの投稿で成り立っており、自ら投稿したBASICのソースコードがベーマガに掲載されるかどうかが、その当時マイコン小僧たち最大の憧れであり、ステータスだった。
ご他聞に漏れず、ベーマガを読み始めてから僕はBASICの虜となってしまい、今までやっていたゲームの頻度は自然と減り、BASICへ時間を割くようになった。
今思えば、兄貴は本気でBASICプログラムを投稿し、掲載される気満々だったので、かなりの難しいコードを書いていたんだと思う。結局、彼の思いが果たせたのかは分からない。掲載されたコードを見せてもらった事が無いし、それなりに競争率が高かったので多分ダメだったんだろうと思う。
一方、僕といえば、ベーマガで面白そうなゲームのソースを見つけては、一生懸命コードを入力し、誰かが作ったゲームをやることに専念していた。しばらくの間、記憶する媒体がテープレコーダーしか無かった為、目の前にある「ベーマガ」のゲームがやりたければ、一字一句間違えずにソースコードを打ち込まなければならず、何回も何回も間違えながら入力していた記憶がある。テキストエディタなんてものがそもそもなかったので、ただ入力するだけでもかなりの難作業だった。
そのうち入力しているだけでは我慢できなくなり、なんとなくBASICというものが理解出来て来たので、自力でゲームと言うものを作ってみる。しかし、「作る」と言っても一切の独創性はなく、ベーマガに載っていたゲームのアイデアをほとんど流用していた。
一番初めに作ったのは、縦スクロール型のスキー風障害物除けゲームだった気がする。僕みたいな初心者がこれを選ぶのには理由があって、RND(乱数発生関数)とPRINT(画面表示)だけ知っていれば縦スクロール自体はターミナルが勝手にやってくれる為、後は壁の判定処理を入れるだけでよい。特に難しい事を考えなくてもある程度作れるからだ。
当時、知っている命令語のレパートリーは極めて少なかったし、現在のwebのように、簡単な方法で調べる手立ても無かった。綴りや文法が分からない命令はいちいち調べるのが面倒くさいので、とにかく使わない方針で押し通していた。
ロジックも見よう見まねで無理やりひねり出してたものだから、乱数が過激に発生して、スキーのゲレンデが右側から大きくはみ出して表示がぐちゃぐちゃになったり、両側の壁に隙間が出来てプレイヤーがそこをすり抜けてしまったり。しかし、こういう試行錯誤の中で、ロジックの作り方や、エラー処理と言うものを知った。
立体迷路とか、横スクロールのゲームとか、ベーマガで輝いていたあのゲームを自力で作りたかったけど、その当時はそこまでのレベルに達することは出来なかった。
ブクマを燃料として書き続けます。
昔話をつらつらと書いてみる。僕が子供の頃、コンピューターには夢があった。
今就いているお仕事は、SE(と言う名のIT雑用係)なのだけど、幸か不幸かこの職種に就いてしまったきっかけを考えるに、昔家に置いてあった『FM-7』と言うマイコンピューターがまず1つの大きな要因なのである。
兄貴がかなりのそっち系コンピューターおたくで、まず電子ブロックから始まり、自作でトランジスタラジオ作成、ワンボードマイコンいじりと家の中には常にそれ系の物が置いてあった。行きたかった秋葉原はうちからは遠かったので、同じ県内にそれ系のショップがあって、バスと電車を乗り継ぎ、たまに連れて行ってもらっていた。
その影響か、血筋か、僕もそれなりにそっち系への興味があって、ハンダゴテをもって基盤を触るまではやらなかったものの、子供の時の遊び道具は、もっぱら電子ブロックだった。
ワンボードマイコンの時代が終わり、次にやってきたのが、マイコンピュータブームだった。当時、コンピューターと言えば、NECのPC-8000シリーズが全盛期で、まず買うとすれば選択肢はPC-8801だったのだけど、なぜか兄貴が選んだのは富士通のFM-7だった。その理由は定かでないが、おそらくやりたいゲームがFM-7しか売ってなかったのだと思う。
その当時、家は裕福でなく、どちらかといえば貧乏な部類で、6+6畳くらいのフロアスペースに家族5人で住んでいたのだが、その狭いスペースにマイコンとディスプレイが一角を占有し、かなりな圧迫を強いられていたと思う。おそらく兄貴に対しては、それなりの期待があり、貧乏ながらもそっち方面の出費は優先的に出ていたのだろう。
そんなこんなで、僕も暇なときはFM-7を触っていた。Windowsとか、MS-DOSとか無い時代で、立ち上げるといきなり「BASICモード」と言うものが立ち上がる。それがその当時のパソコンのスタンダードだった。はじめは「信長の野望」とかゲームだけやっていたと思う。ゲームの媒体はテープレコーダー。まず、ゲームをやるのにテープから「ぴーひょろろー」と音を出し、データを全て読み出すのだけど、ロード終了まで1時間くらい掛かる。そこからようやくゲームが始められると言う今ではとても考えられない、壮大な時間が費やされていた。
それに加えて、テープの調子が悪く読み出しが出来ないときなどはロードの最後の最後で失敗し、結局頭からテープを読み出し直し、半日くらいを費やして、結局ゲームができなかったり、色々面倒だった思い出がある。必死だったけど、楽しかった。
もし、ブックマークが付いたら続き書いていきます。
Real Money Tradeの略称。ネットゲームなどで、ゲーム内で得られた架空財産を現金で売り買いする行為。サイトを立ち上げて取引しているプレイヤーもいるが、この行為を公式に認めているゲームはほとんど無い。UOのように黙認状態のサービスにおいても、公式HPに自己責任でおこなう様にとの一文がある。
テレビなどでなんとなく耳にしてはいたんだが、RMTで検索していろいろ調べていると、その市場が膨らんでいる事に気づき驚いた…。
94、95年あたりにインターネットを初めて、まず友達に薦められたのがディアブロだった。
懐かしいが、その時、今のネット世界を予想できたか?と思えば、できてなかったなぁ。
すごいなと改めて思った。以下はメモ。調べれば調べるほど複雑な気持ちになれる。
しかし、俺なんかはゲームを辞める時の清算として、今までの努力のようなものを売れるとありがたいかも(ファミコンのカセットを中古で売るような感じで。)。
飽きたらそれまでっていうのもあるしなぁ
http://jp.youtube.com/watch?v=ketOtwjAdO4
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%bb%a5%ab%a5%f3%a5%c9%a5%e9%a5%a4%a5%d5
http://d.hatena.ne.jp/napsucks/20081025/1224963645
セカンドライフは一時騒がれていたが、今はどうなってるんだろ。
Massively(またはMassive)Multiplayer Online Role Playing Game(マッシブリー マルチプレイヤー オンライン ロール プレイング ゲーム)。
数百人〜数千人が同時に参加できるオンラインロールプレイングゲームの事。この他に数人で一つの世界を占有するタイプのオンラインロールプレイングゲームもあり、こちらはMORPGと呼ぶ。特に参加者を募る場所(ロビー)がMMOスタイルになっているMOを、ゾーンインターフェイスMOと呼ぶ。MMOとMOを規模の違いと勘違いされやすいがそうではなく、ゲームスタイルの違いである。
Massively Multiplayer Online Role-Playing Game (マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム、MMORPG) は、「多人数同時参加型オンラインRPG」などと訳され、オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。MORPGとの違いは同項目を参照。
「ゲームで資金洗浄可能」・・・になってない読売の記事 - ぽてのっき
中国で仮想アイテム売買(RMT)への課税を検討 - |x・)つ[あれげ日記]
RMTとはなにか - フォーカスして空想する、世界を変えるには
http://anond.hatelabo.jp/20080226133616
http://d.hatena.ne.jp/potez/20081106
ばかやろー
http://anond.hatelabo.jp/20081009113256
http://anond.hatelabo.jp/20081009164207
の続き。
つか、49ブクマ!?
今日帰るときに
「心配してくれてありがとう」
とか言うから、お前心配してもらう相手が違うじゃねーか彼氏とかに心配してもらえよって言ったら
「彼氏は心配しないし、そういうの」
だとさ。
あーん?
彼氏と一緒に仲良く午前半休かましといて何を。
「あれは偶然」
しーるーかー。
知りたくもねーよバカ。
聞かせんな。
つか聞くなよ俺。
「心配してくれて嬉しかったな」
そんな割の合わないトコだけアウトソースに出すんですかそうですか喜ぶなよ。
こっちは割と心配したんだぞ。
昨日株価下がったから飛び込んだんじゃないかとか、彼氏とトラぶって北に旅に出たんじゃないかとか、いろいろ考えただろうが。
それが嬉しいとかもう許せん。
そんなやつを心配した自分に腹が立つ。
しなくてもいい心配した自分に腹が立つ。
オレの人生の数パーセントでもやつにリソース裂いたことが許せねー。
「でも心配はしてほしかったり」
何様だお前ふざけんな。
割にあわねーって言ってんだ!!!
いってねーけどさ。
そんな感じです。
なんか気持ち落ち着かないから信長の野望・烈風伝でもやって寝ます。
8年ぶりくらいにゲームをやってみようと思って売り場に行ったけれど、何を買ったらいいのか分からずそのまま帰ってきた……。よかったらゲームに詳しい増田のみんな、オススメのゲームを教えてくれませんか?そのソフトを買って、それのゲーム機を買います。
俺が今までハマったゲームのベスト5はこれです(昔のしかないけれど)。
1 ロマサガ2(1と3も好き。サガフロは2までやった。まあまあ面白かった)
2 ウィザードリー2(1と3も好き。4以降はやっていない)
3 風来のシレン(1を1000回はやった。2以降はやっていない)
5 信長の野望
FFは1から8までやったけど、ドラクエの方が好きかもしれない。格ゲー、シミュレーション、シューティングも好きだけれど、やっぱりRPGがいいです。よろしくお願いします。
あんただけでなくApeman支持者全員に言いたいのだが、「比喩の適切性」というのがそれほどまで強く求められるという価値観は社会的に一般的ではないよ。たとえば「産む機械」騒動というのがあったが、あれも話の構造としては似たようなものだ。そして、「産む機械」という言葉を比喩と断ってでも使ってはいけないという意見はさほど広く支持されてはいなかったはずだ。少なくとも、比喩に目くじらを立てることに懐疑的な人間は多くいた。そのことには注意を喚起しておく。
当初の女子学生の「かわいそう」という発想の彼の考えるところの女性性への揶揄を踏まえて読めば、それ以上の含みがあったように読むのが自然だと思うけどね。
あんたらはそういうことを言うが、あれを「女性性への揶揄」と読むのは勘繰りが過ぎると思うし、仮に女性性への揶揄だとしてもどういう含みになるのか俺には理解できん。
現地でトリアージに当たった医師が専門家じゃないってのはとんでもない発想だなあ。
福耳先生という経営学の専門家も謝ってんだけどな。お前はどういう立場で専門家としてこの二人の専門家の判断に異を唱えてるわけ?
あんた、学部生かなんかだろ。「専門性」ってものがわかってない。ある意味では過大評価してるし、ある意味では過小評価しすぎてる。
たとえば、俺が数学の話をちょっとしたら俺の専門が数学だと断定したが、俺が披露した程度の知識はたとえば経済学においても常識レベルの話だ。そもそも、あの話は普通は工学に分類するものだが。
そういう意味で、あんたは「専門性」を狭くとらえすぎている。トリアージの話が経営学の話と極端に乖離しているように誤解しているのはたぶんそのせいだろう。
一方、専門家は自分の専門以外の分野では素人だ。福耳氏も医者氏も倫理的判断においては専門家ではない。もっと言えば、そんな専門家などいない。倫理学や宗教学はやや近いが、それであってさえ「倫理」や「宗教」という現象を説明しようという営みだ。従って、この件の倫理性に関する判断で、福耳氏がどういっただの、あるいは医者がどういっただのという意見は一当事者の主観以上の意味がない。
じゃあ、その「平易な言葉で過不足のない説明」を抜き出してみてくれ。それはいったいどこにあるんだ。あと、自分を基準にして物事の難易度を測るのはやめた方がいい。あんたはいい意味でも悪い意味でも特別な存在ではないから。
俺は「抗議されるのはもっともだ」といってるだろ。問題が有るからに決まってる。それとも、何の問題もないと思ってんのか?
あんたの話題の設定が曖昧すぎて何とも言えない。だからあんたのゲームの比喩については答えようがない。
露悪的にユダヤ人を描いたのであればそりゃもちろん問題があるだろう。だが、本人の内心に秘めていたはずの秘密が何らかの形で暴露されてしまったとかいうケースならそれはよくわからない。
似たような話として、ワーグナーの話がある。ワーグナーは死後に作品をナチスによって政治利用された人物で、イスラエルでは現在もタブーなのだが、彼が本当に反ユダヤ主義者だったかどうかはグレーゾーンとしか言いようのないところだ。
で、ワーグナーの曲をイスラエルで敢えて演奏したバレンボイムという音楽家がいて、非難を浴びたことがある。そしてバレンボイムは自身がユダヤ系のイスラエル人なのだ。
つまり、ちょっとのことで話の性質は変わってくる。一般的にああだこうだと言うことはできないだろう。ワーグナーとバレンボイムの件などは、もはや当事者の主観の枠内だけで話を付けるしかなかろうと俺は思う。程度の差はあれ、ゲームの問題(テトリスであろうと囲碁・将棋であろうと)にも似たようなことが言える。
ついでに言うと、俺は戦争ゲームが好きではない。たとえば、信長の野望や三国志には抵抗があるし、大戦略などは頼まれてもやりたくない。ホラーも嫌いだ。一方で、ドラクエやFFや囲碁・将棋はむしろ好きだ。こういう好みはあり得ることだと思うが、ただその線引きに倫理的な必然性があるとも思えない。単なる俺の主観だ。
そういうことから、ゲームの件にせよトリアージの件にせよ、「これが絶対正しい、これが絶対間違い」なんてことは言えると思っていないし、トリアージを比喩に用いるのは言語道断不届き千万という言説には強く反発を覚えるのだ。
俺は「左翼」という言葉を使っていないし、「人文系」という言葉は「今までのお前らの説明は高踏的な人文系用語の羅列と、過度に込み入った構文によるはしょった説明ばかりでとうてい理解できん」という一文で一度使ったのみだ。そして、「高踏的な人文系用語」を羅列する人間は別に人文系に限らんよ。俺も一時期やってたことがあるしな。
そして、「制約条件の下での最適化」を教えるのにトリアージという例示を使う必然性はまったくなく、それがデリケートな話題であるのに敢えて使った意図的な例示というわけでもおそらくはなく、だから現場の医師に怒られたらあっさり謝っている。不適切だったんだよ。話終わってんじゃん……。
終わってない。当事者がどう考えようと問題が消滅したことにはならない。少なくとも俺は、福耳氏は謝罪すべきではなかったと思っている。もっとも、福耳氏の立場なら、理非はどうあれ謝罪しておかなければ実害が及びかねなかったから、それはそれで仕方のない判断だとも思うが。
何度も言うが、デリケートな例を持ち出してはいけないという根拠はどこにあるのだ?不快感を覚える人間がいるかも知れないというのは理解できる。だが、不快感は倫理的判断の根拠にはならないぞ。
ついでに言っておくが、俺はトリアージに近い扱いを受けたことがある身分だ。
俺は阪神大震災で負傷した。全治十日程度の怪我だったが、しかし命に別状はなく、相対的には軽傷と言ってよかった。そこで、病院に行ったところ、俺の治療は徹底的に後回しにされ、重傷者ばかりが優先的に治療されていた。そして、包帯が不足していた当時、俺は包帯を没収されてガーゼと絆創膏だけで我慢させられた。当時は包帯を洗濯して使っていたのだ。
俺はまだガキだったが、それでもこの判断には感銘を覚えたものだよ。俺は不利益な扱いを受けたにもかかわらず、な。
家に一人でいると、ふと変なことを考えるじゃないか。
本当に脈絡もなく。
それで考えたんだ。
10年前って何をしていたのかって。
おっと、俺の年齢を詮索するのは無しだ。気にはしないでくれ。匿名日記なんだから。
で、10年前のことを思い出していたんだ。
まぁ今と変わらないことと言えば、PCを弄くっていた。
けど、完全自作の今と違って、GatewayのPCを使っていたなぁ。
10年前なら、1997。
Windows 95は使っていたか。
HDDの一部にMS-DOSとWindows 3.1のパーティションはあったけど、ほとんどWin95に移行していたと思う。
不安定なOSだったなぁ。
一太郎は古いバージョンをDOSで動かしたりしてたような気がする。ver 4だっけ?
けど、ゲームの移行は早かったなぁ。みんなすぐにWin95に行った気がする。
そういや、エロゲーも遊んだ。
さすがに思い出せない。
とりあえず、alice soft と elf なら俺が遊んだの出してただろう。
おおお、96年末に鬼畜王ランスとこの世の果てで恋を唄う少女YU-NOが出ているじゃないか!
当時お世話になったなぁ。
懐かしいので調べて回ると、アリスソフト アーカイブズというサイトを見つけ、鬼畜王が現在配布フリーだと知る。
で、まぁしばらく悪戦苦闘してなんとか、イメージを入手、XP上で鬼畜王を起動させることに成功した。
懐かしい。若返った気分。
(いや、だから年齢詮索するなって)
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しばらく遊んでみた。
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なんていうか、あんまりエロくない。
そういや当時、同級生とか闘神都市とか見ると、まぁ興奮するけどいまいち感があった。
色数でこんなに違うんだってCD-ROMの偉大さをたたえていた気がする。
当時で5年前の差。
その後音声が付いたりとしばらくは遊んでいたけど、ここ数年はさっぱりご無沙汰。
日進月歩のドッグイヤーより早いエロの世界で、このメディアはどう発達しているのだろうか。
とも思ったけど、妻帯者の身で買うのは流石に憚られるので止めようと思う、深夜の独り言。