はてなキーワード: 予後不良とは
私はサボり魔である。筋金入りで予後不良の。
幼少の頃から厭なものから逃げ続け気がついたら三十路になってた。そんな私はサボり癖が元で精神を病み社会生活を送れない体になってしまった。
ふつうの精神疾患なら投薬と適度な休養で概ね治るはずなのだが、私の場合はサボり癖という精神疾患の根元になるものがあるので質が悪い。投薬も5年以上続いているし、休養も自分でもうイヤだと思うほど取った。でも治らない。ある程度回復したと思い就職活動して仕事を始めるが長続きしない。そしてクビになってまた精神的にダウナーになり休養が必要になる。こんなのを何度も何度も繰り返した。真面目に職歴書いたら30近くになるんじゃないだろうか。20代もそんなのに翻弄され暗黒の時代、黒歴史になった。気がつけば三十路である。もう後はない。
少しづつ焦りだしてきた私はふと考えた。何故こんな風になってしまったのだろう、と。
私のサボり癖の根元を語るには幼少の頃からの話をしなければならない。
私がまだ幼稚園にも入る前の事だ。当時の私は英語に非常に興味を持っていた。よく買い物に出かけた横浜駅のジョイナス地下駐車場は英語でブロック分けされていて、それを見て初めてアルファベットという物に触れた。何故か判らないけどアルファベットが非常に気に入ってしまい英語という物に少しづつはまるようになった。
ある日TVで英語教室のCMをやっているのを見て母に「これかよいたいー」とせがんだことがある。母はその申し出に協力的で父に頼んでみる、と言ってくれた。それを聞いてワクワクしていたのを覚えている。
しかし父は「まだ習い事するなんて早い!」と、私の幼い願いを一蹴した。英才教育なんて言葉があった時代か判らない。グローバル化のグの字もまだ無い時代だったし英語の将来性を見いだせなかったのかもしれない。ともかく私の願いは絶たれてしまった。
そのことについて父を恨むつもりはない。でもちょっと根に持っている。だってもしその時英語教室に通っていたら私の人生は大きく変わっていただろうと思う。飽きっぽいけどのめり込む時はとことんのめり込む私のことだ、通訳とか外資系でエリート・・・なんて言わないけど少なくても英語には不自由しない人生を送れたかもしれない。
ある春の日のこと、私は父に呼び出された。そして「出かけるぞ」みたいな事を言われ、半ば強引に車の乗せられて駅前のダイエーに連れて行かれた。何が起こるのか全く判らない私、何も言わず私の手を引っ張る父。?マークを頭に3つくらいグルグル回しながら連れられて行き着いた先スイミングスクールの上の階の階段を下りた先の小さな部屋だった。父は「ほら行け」と言わんばかりに私をその部屋に置いてどこかへ行ってしまった。
何ここ何が起きるの?
幼いながらも恐怖した。
部屋には私と同い年くらいの子供が数人いた。大人も何人かいて、何か冊子のような物をを配っていた。私の順番がきて冊子を渡される。そこでようやく理解した。冊子の中身は全て英語だった。
父がどう心変わりしたのか判らないけれど、私は数年越しに英語教室に通うことができたのだった。
しかし、だ。
それは遅すぎた。
小学校3年の私はもうすでに英語に対する興味を失っていた。正直、いまさら?だった。
それから4年間英語教室に通った。楽しいこともあったし、友人もできたけど根底にあったのは「苦痛」だった。
その苦痛が形としてでることがあった。それは「逃避」。有り体に言うとサボリだ。一人で自転車でダイエーに行くのでサボることがバレることは基本的に無かった。何度か買い物に来た母親にサボってコロコロ読んでるところを目撃されて大目玉を喰らったことがあるがそれでもサボる事は止まらなかった。年数が経てば経つほどサボリはエスカレートしていき週一回の教室に月3回サボるなんて酷い事態になることも多々あった。何が厭だったのかは今となっては思い出せないがサボりたくなるくらい苦痛だったのは覚えている。
初めの頃は問題もスラスラ解けて楽しかったのだけど、ランクが上がって難しくなってくると少しずつ「苦痛」になってきた。苦痛になると私は逃避を始める。サボリ始めたのだ。きっかけは些細だった。友人が「今日サボんね?」と言ってたのだ。それに乗ってしまって後はそのままズルズルと・・・。これも週二回の教室で月数回しか通わない程になり公文の講師のおばちゃんに「ちゃんと毎回来なさい!」と毎回言われたものだった。
それから中学に入って少しして英語教室は辞めた。学校でも英語の授業が始まったしこれ以上受ける意義を当時の私は見いだせなかったのだ。
公文はサボリながらも中学卒業まで続けた。高校受験の時はさすがに真面目に公文で勉強した。でもそれは友人が周囲にいっぱい居たからであって、私一人だけだったらどうなっていたかは判らない。
一番の志望校じゃなかったけど目標にしていた地元の公立高校に入学した。
高校時代は楽しかった。今までの人生で一番楽しかった。友人もたくさん居たし、心から楽しいと思える授業もいくつかあった。そのせいもあって驚くことに三ヶ年皆勤で卒業式の時に表彰されメダルを貰った。
なんというか極端だな・・・と。
しかし、その影にも私の逃避、サボリ癖はあった。
高校では三年間図書委員だった。特に理由はなかったけれど図書委員になっていた。
図書委員の活動は図書室の貸出係の業務と月一回の委員会活動があった。貸出係は昼休みと放課後に当番であったのだけどこれに私は全くでなかった。当番は殆ど放課後だったのだけど、早く帰ってゲームしたい盛りだった私はとにかくサボってサボりまくった。たぶん3年間で10回出てないんじゃないかと思う。委員会は強制参加なので仕方なく出たのだがその時よく「貸出係をサボる輩が居ます。ちゃんと出ましょう!」とほぼ名指しで委員長に言われることがあった。挙げ句には「てめぇいい加減にしやがれ!!」とキレられたこともある。それでもゲームがしたい、寝たいばかりにさっさと自転車で家に帰る自分が居た。救いようがない。
この頃まではサボっていても何とか回っていた。学力はそこそこあったしテストでも苦手科目の数学以外はそれなりの点数を取っていた。
しかし、だ。努力する者としない者。その差をまざまざと見せつけられることになると当時の私は知らなかった。
高校二年の冬のこと。そろそろ大学受験も視野に入れなければならなくなってきた。周囲でも予備校に入学して対策を講じる者が増えてきた。
私も「予備校かー、どうしようかなー」と脳天気なりにも意識し始めていた。ある日、図書室の前にあった予備校案内のチラシを見て何枚か持ち帰り検討し、その中から一行選んで入校することにした。両親は特に何も言わずに入校を許可し私は予備校に通うことになった。
地域ではマイナーな予備校だったが友人もいることが判り喜び勇んで予備校行く・・・はずだった。
予備校は私が想像していた以上に過酷なモノだった。英語は毎回英単語テストがあったし数学は高校よりもずっと高度だった。正直ついていけなかった。ついていけない結果はテストでダイレクトにアウトプットされる。志望校合格ランクDとかEとか当たり前だった。
今までどうにかなっていたモノがどうにかいかなくなってしまった。劣等生。そんなレッテルを貼られた気がした。
高校3年になって予備校に行かなくなった。辞めたわけでなくサボるようになった。劣等生な自分を認めるのが厭だった。劣等生であるという事実を突きつける予備校に近づきたくなかった。英語の授業は友人が来いとうるさかったので月に数回出た。数学は全くついていける気がしなかったのでチューターの人に怒られるまで殆ど出なかった。高3から受講し始めた化学は授業がすごく面白かったし得意科目で余裕でついていけたのでこれだけは出席率が高かった。それでも7割ってところだけど・・・。
がんばった者とがんばらなかった者
逃げなかった者と逃げた者
大学受験--
無論私はボロボロだった。無惨だった。
センター試験で自己採点。数学は2点だった。得意の化学でも5割いかなかった。
死を覚悟した。
一般入試が始まった。
私は高校担任教師の薦めで無名のFラン大学の化学科を受けた。目標にしていた大学は「絶対に無理だからやめろ」と言われた。返す言葉もなかったので大人しく言われた大学を受験した。
結果。補欠合格。
はは、引っかかちゃった。
当時の私は安堵した。浪人生活をしないで済んだから。浪人は落第者で敗北者だと思っていた私は本当に喜んだ。
でも、気がつかなかった。おまえは運が良かっただけだ。
だって・・・「努力したのかい?」
大学生活が始まった。中学からずっと同じの友人が一緒の学校だったので初めはよく一緒に登校した。学科は違ったので登校と昼休みくらいしか一緒ではなかったけど知る人が居ない学内ではとても安心できるものだった。
大学1年の授業は楽しかった。特に有機化学と分析化学が好きだった。2年から生物化学の授業があってそれを目標にしていきたいと思った。
しかし、異変は訪れる。とある教科を落としてしまった。有機化学の概論。難しい授業だったけど好きな授業だった。ただ落としただけなら来年取り直せばいいだけなのだが、この授業はとても大きな、そして致命的なものがあった。
偏屈で有名だった生物化学の教授が設けたハードル。私はものの見事にそれに引っかかってしまったのだ。
何かが壊れた。
大学2年。目標の生物化学を受講できず腐った。さらに悪いことにほかの授業が難しくなった。特に物理化学は私が苦手だった物理の概念が入って手に負えなくなってきた。
苦痛になると訪れる甘い囁き
「逃げちまえよ」
それにあがらえる訳がなかった。
初めは大学内の図書館で本を読むだけだった。それから街のゲームセンターになって・・・兎に角大学に近づかなくなった。金だけは親から必要額貰っていたので不自由はしなかった。適当に旅に出て時間つぶして家に帰るとかざらだった。
その差は歴然と表れる。
いままでどうにかなっていたものがどうにかならなくなった。
背中に火を付けられたような感じがした。
兎に角焦った。
焦って勉強をする。でもついていけなかった。下の学年の授業を受けることも多々あった。誰あいつ落とした上級生?だせぇ。そんな声が聞こえてきた気がした
「ニゲチャイナヨ」
でも逃げると今度は留年だ。
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
14歳の少年は逃げずに立ち向かうことを選択したのに20歳のアホは逃げることを選んでしまった。
不安焦燥感、誰かに笑われてる感覚、必要以上に自分を責める。木の棚にカッターで何度も切りつけて酷い跡が残ったこともあって母親にそれを見られて酷く心配されたことがあった。
ロクな精神状態じゃないときにロクな思考はできない。
真っ暗な夜道の中をひたすら逃げているような状態だった。
次の年の春。私は留年した。
その日私は父親に叱責された。この後どうするんだ、と
ロクな精神状態じゃなかったので思考は回らず兎に角逃げることしか考えられなかった。
がんばるから、がんばるから
この時はそれで何とかなった。
留年生活のことは正直覚えてない。思いだそうとしても頭がアクセス拒否をする。
唯一判るのは焦ってどうにもならなかったこと。そして逃げ回っていたこと。
翌年、再び私は留年した。
二度目の父との対話。
今度はなかった。
そして社会に放り出された私は働かなければならなかった。当時は引きこもりもニートという言葉もなかった。父親には働けと強く言われたので働くしかなかった。
ハローワークにあししげく通って何度も何度も追い返されてとある会社の研究所に拾われた。
そこは農薬を作っている会社の研究所で初めはそこの農場のアルバイトと言うことで面接を受けた。
でも、せっかく化学のバックグラウンドがあるんだしということで話が少しぐらついた。
とっさだった。とっさに私はこう言った。
何でこう言ったのか今では判らない。
しかしそれは項をそうした。「じゃあそういうことなら勉強する意味も込めて」と研究所の助手で採用してくれることになった。
運が良かった。
研究所での仕事は本当に楽しかった。学校で習いきれなかった事も学べた。とにかくがんばったので会社も評価してくれた。
「今はアルバイトだけどがんばったら正社員にもするよ」なんて総務の部長さんが冗談めいて言ってくれた。
本気にしてがんばろうと思った。
でも、なんでなんだろうね。上手く行かないときはとことんうまくいかない。
入社して少し、変な奴が研究所にいると言うのを知った。
「同じ位の歳だし仲良くしたら?」と言われてそいつに会いに行った。
すんげぇイヤな奴だった。
京大大学院卒というのをさりげなくアピールしてFラン中退の私を見下してくる。
正直あんまり関わりたくなかった。
なんでだろうって。
殆ど歳同じなのにあのいけ好かない奴は京大大学院卒で正社員、私はFラン中退でバイト。この差はなに?
それがずっとこびりついて離れなかった。
それはそいつと顔合わせなくても研究所内に居るだけで考えてしまう。
「苦痛」だった。
とにかくとにかく苦痛だった。
また別の日、通勤のバスに乗っていると不思議なことが起こった。
降りるべき停留所に近づくにつれて妙に息苦しくなるのだ。そして頭が真っ白になって「ニゲロニゲロ」って告げてくる。
そして降りるべき停留所が来た。
降りられなかった。
こんなことは初めてだった。なにが起きたか判らなかった。
その日は慌てて次のバス停で折り返して事なきを得た。
それから数日同じ事が何度も何度も続いた。症状はエスカレートする。降りるバス停が延びていき遅刻が酷くなる。それを上司に注意されたら今度は体調不良で休むととっさに電話で言うようになってしまった。
さらに数日して何とか出勤できた日、所属部長に呼び出された。
怒っているわけでなく本当に心配しているようだった。なので症状を正直に話すと
「無理はしないようにしてほしいけど、勤怠が悪いと正直こっちも困る」
と言われた。
その日早退し精神科を探した。
小さなクリニックで老医師がこう言った。
「そりゃウツだ」
そう診断され一日三日分のホリゾンを貰った。
ホリゾンを飲んだけど少しぼんやりしただけであまり変わらなかった。
それからも朝の戦いは続いた。負け戦ばかり。
「大切な話があるから明日は必ず来るように」
と
翌日。何とか私は出社した。
そのまま会議室に連れて行かれた。
そこには研究所の所長と所属部長が居て3対1の面談が始まった。
「単刀直入に言う。辞めてくれないかな?」
総務部長がそう言った。
あぁ、クビか。
後は事務的に話は進みその日のうちに私は解雇された。
どこも悪いところではなかったけれど、必ず不思議なことが起きた。
朝起きて家を出ることはできるけど電車やバスで最寄り駅に近づくと呼吸が荒くなって怖くなる。頭は囁く「ニゲロニゲロ」と
そんな状況に陥り全く出社ができなくなってしまったのだ。
最長で半年、最短で一日。これはクビになるまでの日数。
職歴は正確に書くと30は行くんじゃないかと思う。
ここ1・2年はさらに酷くなり、部屋から出られなくなってしまった。
朝起きてその時点で恐怖発作と「ニゲロニゲロ」という囁きが頭を支配する。
精神科にはもう6年かかっている。
はじめはホリゾンだけだったけど今は抗鬱剤3種類と抗不安薬、睡眠薬まで貰って飲んでいる。
挙げ句には自立支援の申請をして精神障害者手帳まで交付された。
ふと思った。何でこうなってしまったんだろう、と
最近また会社をクビになったので少し考える時間ができた。で、考えを整理するためにこれを書いている。
結論を言うと私のこの病気の根元は「サボり」だと思っている。
「苦痛」からの「退避」。小学校の頃の英語教室からずっと続いているこの癖。これが原因じゃないかと考えている。
おそらくこれは正しい。
正しいことは判ったが対策がわからない。
生来のサボり魔たる私はどうしたら正常の社会的な生活を送れるのだろうか?
そもそも私の病気は何だ?
精神科で投薬治療は受けているがこれだけでは改善にいたっていない。というかここ最近悪化しているとすら思う。直近でクビになった会社では不安の恐怖、あと鬱的思考から自殺をほのめかすメールを送ってしまい大騒ぎになった。
年々悪化しているこの「現象」
いったいこれは何なんだ?
どうしたら治るんだ?
どうしたら社会的な生活を送れるんだ?
だれか、教えてほしい
・・・なんてヤリたい盛りの中高生が言うことであって、いい歳こいた魔法使いが言うことじゃない。
んなことわかってるのだけど彼女が欲しくなったしセックスをしたい。
そう思うようになった事の発端はこうだ。
某月某日失恋した。
失恋なんて言うにはあまりにも烏滸がましい酷いものだった。
ネットで知り合った女性に勝手な幻想抱いて「好きです好きです好きです」とスパムじみたラブコールを送り続け、その想いは暴走し挙げ句勝手に自爆して終わった。
図々しくもその恨み節をここに書いたらその女性に「あんた何にもせず勝手に自爆しただけやん(爆)」と言われ、他にも気色悪い気持ち悪いと言われ果てはネットストーカー扱いされた。
それらは全て正しい。
仲良くなるためのプロセスとかまるっきり無視し、その女性の本当の部分も見ようとせず勝手に幻想を抱いて「好きです会いたいです想いを伝えたいです」とか言っているんだ。誰だって気持ち悪いと思うだろうし、その女性は相当恐怖を抱いたに違いない。
本当に救いようもないド阿呆である。
その後、その女性には謝罪し「自分勝手な恋」は終わりを迎えた。
後に気がついたというか発覚したのだけど女性には彼氏のような存在がいたらしく(明確に恋人同士と言っていなかったので気がつかなかった)その二人は先日明確に恋人同士であると明言しその日の夜はいちゃいちゃしまくりで見ていられなかった。キスしたとか言い出した後に二人して音沙汰がなくなった空白の1時間には何が一体あったのかと問いつめたい。
そんなやりとりを見ていた私と周囲は恋人だかセックスだか云々と割と酷い話をしている中、一人悶々としていた。
女性とその彼氏(当時は女性の友人だか兄妹だと思っていた)とは実際に何度か会ったことがある。顔も見知ってるし(私の好みどストライクだった)、女性は過去に身長とスリーサイズを公表していた(このサイズもまたどストライク)ので・・・あぁ、あの人があの人にあのサイズのあれをえーと、あの・・・と酷く童貞臭い妄想をしていた。
正直持て余した。
ーーしばらくお待ちくださいーー
その日の夜、私は寝床で一人考えていた。
ここでこんな事書いている時点ですでに処置なし予後不良だと思うのだけど、私は今後どこかで女性と出会って仲良くなってカップルになってセックスできるのかな・・・と。
齢31になって初めてこんな事考えた。
先の女性を好きになったときはなぜ好きになったのかはよくわからなかった。具体的にどこが好きになったのかと聞かれても説明できないと思う。仮に想いが成就したとしてもその先どういう事になるかも想像もできなかった。
その後今回の「失敗」を経て、親友にお説教食らって、30歳の保健体育恋の始まり編を読んでようやく女性とつき合うためのプロセス、その先にあるものなどを学んだ。
それをふまえて、だ。
私は今後どこかで女性と出会って仲良くなってカップルになってセックスできるのかな・・・と。
ただセックスがしたければソープにでも行けばいい。5万持って吉原に行けばとびきりの泡姫と夢のような90分を過ごしセックスが成就できる。
でもそれは違う。違う。
ただセックスという行為がしたいのではない。好意を持った人と好意を持たれその結果結ばれたい。セックスがしたい。恋人同士のセックスがしたいのだ。
まだ童貞臭い幻想を抱いている気はしなくもない。いや、しているね。童貞なんだから仕方がない。しかも魔法使いだ、質が悪い。
こればかりはどうしようもないので取りあえず置いておいてどうしたらいいのか考えた。
必要なのは女性に好まれる外見と思考、それに出会い。
外見の時点ですでに怪しい。
背だけは無駄に高いのでそれはプラスポイントだけど顔はこの年齢の割にはガキ臭いし髪型もとっぽい。服装はまるっきりオタク臭くはないとは思うけど脱オタしているかどうかと言われれば微妙な状態(参考に現在の服装:おされ服屋の閉店セールで買ったノーブランドのグレーのタートルネックセーターにユニクロのジーンズ、Reebokの無難なスニーカー、古着で買ったPコートに祖母の形見のマフラー)。
髪型よくすれば少しは変わるのかな、と思うけどよくわからない。
思考になるとさらに怪しくなる。
先の好きだった女性に迷惑をかけた自分勝手で一方的でお子さまじみた未熟な思考。夢見がちで幻想を抱きやすく、物知らずでオタク。
学んだ分少しは改善されたとは思うけどまだ怪しい。さらなる改善したいとは思うけど、どこでどうやって学んでいけばいいのかがわからない。
出会いはどうだろうか。
リアルでの出会いは正直怪しい。理系で知り合いの女性は皆無。仕事は転職活動中なのでどうなるかわからないけど女性が少ないことは確実な分野。
ネットでの出会いに希望を見いだしたいけど先の件で自信がない。
古くはパソコン通信、今だとTwitter。ネットで出会い恋人同士になったり結婚するというカップルは多数いる。昨日もTwitterでカップルになったよ、って増田読んでうらやましいな・・・と思った。
そういう人たちはどうやって出会って仲良くなったのだろうか?
私もネトゲやTwitterやったりとネットのコミュニティに属したりしている。ネトゲのギルドやTwitterのfollower等に女性はいるけど、ただのギルメンやfollower以上になるのにどうしたらいいのかわからない。
先の好きだった女性は別だ。あの人だけはとにかく異質だった。出会ってしばらく話したりしているうちに急に熱病にうなされたかのように好きになっていった。属性がはまったというか特殊な事例だと思う。
果たして31歳魔法使いの私は彼女を作りセックスを遂げることができるのだろうか?
魔法使いが魔術師になり、そのまま独りで生きて人生を終えると云うのが天命なら仕方がない・・・とか思えるかボケ。
足掻きたい。おもいっきり足掻きたい。足掻いて足掻いて足掻きたおしてその結果どうにもならないっていうなら仕方ないと思うけど、それまではとにかくじたばたしたい。
ネトゲで知り合った親友に3次元女なんてクソだ、俺は二次元幼女と結婚するぜぇぇぇ・・・という賢者がいるけどその領域に至るには私の経験値は低すぎる。
私は知らないことが多過ぎる。恋愛のこと、女性のこと。何もかも。学びたい、知りたい、彼女欲しい、セックスしたい・・・思考はどんどんカオティックに悶々としていき、それをどうにか整理しようとポメラでこんな文章として書き上げて増田にあげようと思った新年開けの夕方。
にゃふん
お前ら!俺の増田で盛り上がりやがって!
童貞乙だな。
といっても、女も一応いるんだな。
だから
と言う事で一応優しい俺が貴様らインターネット糞女共に教えを説いてやる。
残念だが、そこの竿をもった人種の方々は 橘れもん のAVでもみてマスでもかいておいてくれたまえ。
■■■1.だからインターネットやめろって■■■
お前ら、インターネットマジやめろ。
男もだ!
根暗なインターネッツボーイ&ガールと絡んで何の得になるねん。 アホか?
何くそ暑いのに彼氏とデート出来ずに匿名ダイアリーで巣くってるんだよ
遊びに行けよ。
外いけ わかったか。
彼氏ゲット!とかしてると思うのか? アホか。
BL(笑)とかアホか。
そして自我をもてよ。
回線切って海へ行けよ
母なる海を清掃しようぜ。
肌が黒くなるから嫌だってか?
白豚も黒豚も神の前では平等だ。
豚は豚だ。
ネットに巣くってるだからカレシできなぃんだとぉもぅょ☆
なにこの条件。
http://anond.hatelabo.jp/20080725220456
こんなのあったけど、おまえな、よく考えろよ。
彼女ができない為の特効薬を書いてるんだ。本当にゴブリンレベルのバカだな。
何、釣れてるんだよw
本題に戻るが、そこの女、モニターの前にいる女だよ。
鏡見ろ。
そして、可愛いかどうか考えろ。
自分で不細工だと思ったやつ。
あきらめろ。それが自分だ。
しかし整形がある。助かったな。がんばれ。
自分で可愛いと思ったやつ
お前らの感覚ははっきり言ってあてにならん。
地図みさせてもまともに見れない馬レヴェルの頭脳をもってして
自分のレベルを誤ってみている。
位置をわかってない。
だから男に全てを評価してもらえ。
彼氏ができないの☆
そして、さんざん悩んだ挙句の果てに出会い系かよ。
本当に脳タリンだな。
そんなのゆるされるのは北川景子様レヴェルの美貌を持つ女だ。
本気でイケメン彼氏&金持ち彼氏欲しいなら 最初はザクレベルの男を1日で落とせるようにしろ。
なんとかグフぐらいは撃墜できるかもな。
とにかく手段は選ぶな。
結果を出せ。
男は馬鹿だが女はもっとバカだ。男尊女卑(笑)を地で行くからな。
増田に巣くってる女に教えてやるが、
男は股間で物事を考えてるんだ。
要は簡単。
やりたい か やりたくないかだ。
もう少し条件を緩やかにしても
やれるかやれないかだ。
例えばだ
今週末あいてる??と男に聞かれたとしよう。
男の股間はチェルノブ状態だ。
万が一の可能性があるから教えてやろう。
そいつはお前に興味がある。
よかったなおめでとう。
でも、そこで スパイディーネットがあそこに張り巡らされている女はこう答える。
もうね ●●子との予定入ってるんだ?? とか 予定もう入ってるんだ(笑)等など
死ね。
本気で死ねよ。
前にも言ったが男は単純だ だから誘われたら行け。
すべての予定をキャンセルして男に集中しろ。
■■■4.ぽっちゃり?ただのデブだ。■■■
そこのお前、自分のことをどう思う?ガリか?デブか?
ぽっちゃりか?
言ってやろう。 ガリはまぁいい。
ぽっちゃり?
それはただのデブだ。
じゃあ、おまえはデブか?
今すぐ養豚場に行け。
お前の名前は今から豚山トン子だ。
あほか。
そこで ずっと橘れもんのAVでマスかいているデブ男も一緒だ。
とにかく痩せろ。もしくはデブ専が集まる国(主に南国)へ移住しろ。
日本ではデブ女はもてない。これは事実だ。少しはCO2排出規制に参加しろ。
男は相撲取りになれ。
■■■5.スイーツ(笑)になれ■■■
男はスイーツ大好きです。
はっきり言ってやろう。
世間はそうじゃない。
そして流れを読める。(奴らが多い)
進化しろ。今を変えるんだ。
でも、やりすぎだけはよくない。
残念だが、予後不良だ。
予後不良(よごふりょう)とは、治療後の経過あるいはその見通し(すなわち予後)が良くないこと。
アラフォー(笑))とか言ってるが、んな奴ら男は相手したくありません。
ちなみに有名歌手が羊水腐るっていったのも中々素晴らしい指摘だ。
尼になる為にダーマ神殿への旅準備すべき。
でも、なんとなるが、男の理想は捨てろ。残念だがな。
条件は??????
童貞をミジンコと非難した私からすると お刺身のタンポポ以下だ。
クリスマスイブの24日かもしくは25日が最高に美味しくて
キリストは粋な死に方してくれたもんだ。
とてもわかってらっしゃる。
どうしてもレギュラーとして戦いたい??
レギュラーに入れてやるよ。
甘い。
お前には
ズッ婚バッ婚(ずっこんばっこん)がお似合いだ。
祝辞は俺がしてやる。
中田氏乙とな。
本当、この文章に出会えてよかったね。
ぎりぎり君たちは生き残ることができる。
シーン的にはラディッツと闘っているピッコロとゴクウみたいなもんだ。
あ、ちなみに魔貫光殺砲(まかんこうさっぽう)で次回 ゴクウ・ラディッツ諸共死ぬからねっていう状態。
本気でやばいから お願いだから頑張れ。
一応男性っぽいのとゴールインできる。
■■■7.自分の性別を変えて考えろ■■■
正直に言ってやろう
お前はキモイ。
どれぐらいキモイかというと毛嫌いするお宅男と同じだ。
お前ら同じ穴の中で生きてるんだよ。
おい そこの女! 竿触ってる男!自分をそのまま異性にしてみろ
愛せるか? 愛せないだろ。
だったらだめだ。
自分で自分を愛しろ。
愛せないなら変えろ
わかったかこのボンレスハム!
異性に好かれる前にな 同性に好かれろ
そして自己を愛せよ。
■■■8.彼が何を考えているかわからないの><■■■
グランドスラム級のバカだな。
ヤリたいに決まってるだろが。
デートに誘っていただけるだけでも幸運と思え
デートに誘ってくれて一緒に映画?食事?ゲーセン? どっかに連れてってもらえた女!
この先10年間は祝うがいい。
それなのに 彼が何を考えてるかわからないの><
とか 本当に頭が空なんだな。
君とヤリたい。そうおもってますから。
■■■まとめ■■■
女は素晴らしい生き物だ。
都合よく生きれる。
喪男よりは幾分ましだ。
それをわかってない女はただのバカだ。
図に乗って楽に生きている奴は訓練された雌豚だ。
条件を提示するならそれにあった人間になれ。
ヤモリが窓から落ちてきて、ホイホイにかかってしまった。
無事に救出できたのでやり方を書いておく。
■準備するもの
・食用油
・つまようじ
■前準備
ホイホイのシートは、ヤモリの周囲を残して小さめに切り落とすと作業しやすい。
一旦シートごと水につけてふやかすと更に良さそう(ヤモリをおぼれさせないように!)。
■救出
残ったシートに油をたらしてなじませる。
ヤモリの周囲、特に手足のあたりは丁寧に。
油がなじんできたら粘着力が弱まるので、つまようじを使って慎重にヤモリをはがしていく。
手足と頭、尻尾など細かい部分を重点的にやるといい。
手足の骨が折れないよう、ゆっくりゆっくり。
ガムみたいにみょーんと伸びてつまめるようになる。
ヤモリの細かい部分が外せたら、あと少し。
ヤモリがくっついてない面の紙をはがして薄くし、裏からも油をなじませる。
手足が自由になると彼らは自力でモゾモゾ動くので、油さえなじめばお腹は勝手にはがれる。
■後処理
ヤモリを水洗い→薄い石けん液に浸す→もう一回水洗い
これぐらいで普通に歩けるようになって、元気に庭へ帰って行きました。
元気でね!
※追記
>chishiro ペット 似たような記事をブックマークしたことがあります。こちら → http://deniu.exblog.jp/7049755 救助後のケアの方がはるかに問題で、予後不良の公算大なんだとか…。
その記事も救出時の参考にしました。
今回の場合
・大人ヤモリ
・目の前でホイホイにかかった
・すぐに救出開始 → 一時間後には庭へ
という条件だったので、ヤモリの体力低下を免れたのだと思います。
とても元気に去っていったから、多分大丈夫!