はてなキーワード: キラキラとは
AKBはCD買うほどはまってないけど、テレビで流れてれば見るし、ヘビーローテーションはカラオケで必ず歌う。あとYouTubeで検索してライブとかトーク番組とかドキュメンタリー見てると結構胸に迫る。
がんばってる女の子はやっぱりかわいいし、素直に応援したいなと思う。顔のパーツ寄っていると評判の前田さんも、ライブでキラキラ笑って踊っているのは十分かわいい。
AKBでよく言われるのは「がんばってる姿が良い」って意見。で、それを否定する「がんばってんのはお前らだけじゃねぇ」って意見や「ごり押しで売れてるだけ」って意見も多い。
たしかに寒空のストリートで歌ってる人だって、海外に渡ってダンスの修行してる人だって彼女たち以上にがんばってるのかもしれない。彼らだってスポンサーがつけば売れるかもしれない。実力があるのに運がないだけなのかもしれない。AKBの成功はごり押しのおかげかもしれない。
だからといって彼女たちの努力の価値が下がるわけではないと思う。
努力は必ず報われるわけじゃない。がんばれば優勝できるわけじゃない。甲子園に行けない学校もある。だけど私は努力が報われる姿を見たいと願ってしまう。世の中に少しくらい、努力が報われることがあったって良いじゃないかと。
そしてそんな願いを、たぶんあの女の子たちにも同じように託してる。
AKBは甲子園どころか弱小チームぐらいの力で、それがズッタズタのボロボロになりながら努力と団結と涙で乗り越えていこうとするんだから、スポコンだよね。応援したくなる。
あとK-POPも中々嫌われてるけど、政治的な話を抜きにすればそこまで酷くないと思う。
私はどちらかというと個性的な濃い目の顔が好きなので、韓流グループは見た目で区別できないんだけど(みんな薄味で似て見える)、踊りなどのパフォーマンスはやっぱり計算し尽くされてて魅力的だと思う。ショービジネスを極めようとするとこういう風になるのかなとか。
ドラマも、なんだかんだいって日本の少女マンガやハーレクインみたいな展開は王道にして正道に決まってる。それをまじめに丁寧に作るんだから、面白いにきまってる。かといって日本人がおんなじ演技をしたら暑苦しくて受けないと思う。あくまでも「外国人がやってる」ことがウケたんだろうなー。吹き替えとか字幕だと、暑苦しさも自然と受け止められるし、わざとらしいのも許される気がする。
なんか支離滅裂になったわー
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
レイプについて「女が誘っていた、挑発していた」「自衛していない女が悪い」という主張が多いけど、
これ万引き主婦や泥ママ(他人の家で窃盗する主婦)の主張にそっくりなんだよね。
http://www11.atwiki.jp/doroboumama/
ここにいっぱい例があるから是非読んで欲しいのだけど。
盗んで捕まったとして、自分が悪いとは思っていない。「欲しいものを持っている人」が悪いと思っている。
私が欲しくて欲しくて仕様がないものをそいつが持っているから悪い、持っているところを私に見せてくるから悪い、という主張。
女子小学生時代に、キラキラペンが流行して学校に持ってくる子が増えて、それにともなってペンの盗難も増えたのだけど、
それで先生がとった対策が「ペンの持ち込み禁止」だったことを思い出す。
欲望の制御が出来ないのは仕方の無いことだから、欲望が生まれないようにしようという施策だった。
なんだか、欲望の制御ができない人にあわせて世の中が作られていくようで嫌だね。
大半の人間は盗みたくても盗まない、犯したくても犯さないでいることができるのに。
小学校の中学年くらいから、女子のグループは「可愛い・イケてる」グループと「ブス・ダサい」グループになんとなく分かれてくる。
「可愛い・イケてる」グループの方が男子や先生の支持を得やすく、彼女たちは自信もあるので、おのずと発言力に差が出てくる。
「ブス・ダサい」グループの女子はその差を見て、「可愛い・イケてる」グループに憧れを持つ。
私は「ブス・ダサい」グループにおり、「可愛い・イケてる」グループへの憧れを利用された。
"かまってあげる"とか"グループに入れてあげる"をチラつかされて、文房具(可愛いレターセットやキラキラペンなど。当時人気だった)を貢いだり、
「可愛い・イケてる」グループの子が習字セットを忘れたときに私の習字セットを貸して、私が忘れたことにしたりした。
今考えるとばかばかしい。より上のグループに行きたいという下心をいいように使われて、思うままに動かされていた。
さすがに中学生になると自分の愚かしさに気付き、「可愛い・イケてる」グループに行くことは完全に諦めて、媚びることもやめた。
「可愛い・イケてる」グループの子たちが、「ブス・ダサい」グループのかわりにターゲットにしたのは、
上昇婚願望(自分よりランクの高い異性を手に入れたいという気持ち)を持つ、凡庸な男子だった。
16歳から26歳の10年間くらいは、そういった男子の下心(性欲と、美人嫁を得ることによるステータスが欲しい気持ち)を利用して、
私にしたような方法で金銭や労力を引っ張っていた。まさに現代のアッシー、メッシー、ミツグ君。
それから逃れられるのは、イケメンか、純粋な草食系(魅力的な異性に対しても草食スタンスを貫くガチの草食)だけだ。
彼女たちは30歳を前にして、妥協して早々に既婚者になる。彼女たちは加齢のせいで男性への支配力が衰えることもわかっている。
日々の子育てに疲弊し、もとの容姿もあまり良くない冴えないオバサンママに、
もともと優れている上にセンス良く磨き上げられた美貌・スタイルを見せ付けて憧れを持たせる。
女も美女を見るのが好きだ。だから女性ファッション誌はあれだけ作られるし、モデルに大量の同性のファンがつく。
彼女たちは、自分の性的魅力が最大化する間だけ男を狙い、それ以外のときは女を狙うという方法で、効率よく自分のファンと奴隷を従え続ける。
私はそんな彼女たちを苦々しく思うと同時に、あの人たちから好意的に話しかけられたら、また舞い上がっていいように使われてしまうんじゃないか、とも思っている。
美貌って抗えない。なんなんだろう。
ttp://www.ustream.tv/recorded/18060735
このラジオ、辻村深月も西尾維新も読んでるからすごい楽しめました。ついでに、これ観てて、瀬戸口廉也作品と比較したくなった。
他にも禁書外伝とかRetakeとかいろいろあるけどとりあえずは瀬戸口。
・・・と思ってたけどごめんなさい。案だしすらもうまく出来ないで途中挫折。
誰か私以上にもっと詳しく読んでる人がいる筈なので、その人にお願いしたい。id:dodododさんとかに期待。
どの本もすぐに絶版なって、Amazonは高値つけてしまうので、話せる人がおらんのやー。寂しいんやー。
どちらも「壊れた人=世界から決定的にずれてしまった人」を描こうとしていると思う。
違いは、その壊れた人のどの部分を、どのように描いているのか、かなぁ。
瀬戸口作品では、西尾維新の「前」と「後」が語られることに重心が置かれているような気がする。
(って、これ西尾維新読んでないとわからんよね。下書き段階なので分かる人だけわかってください。ゆるして。)
「暗い部屋」においては、「少女不十分」の少女が作られていく過程を精緻に描くことが中心になっているようにも見える。
「Carnival」もゲーム版では「前」段階が描かれる、(そして、7年後を描いた小説版では「後」が描かれている)
「ドッペルゲンガーの恋人」は「世界とずれてしまった少女=恋人」をそばで眺め続ける男性が主人公で、
ここでも、「前」部分、つまり西尾作品みたいに「そういうものだ」と割りきるのではなくて、
「少女」の形成過程や、彼女がどのように考えているのか、を遡って理解していく作業が描かれる。
まぁ、「真ん中」部分=ズレを認めて、それを前提に生きることを決心してからの生き様を描くこと、
これは意図的に避けられれいるのかというとそういう訳ではない。
ただ、その描かれ方は、西尾維新が期待を込めて読者を送り出した先とは思えないほどキツい。
「PSYCHE」においてはこの「本質が変化してしまった人間」を主人公として、その日常が淡々と描かれる。
常人には耐え難い光景なのであるが、主人公は幸せそうにしている。読者としても物語にシンクロしないと読んでて苦しくなる。
「犬憑きさん」においても、冒頭から千石撫子と神原駿河のダメなところを足したようなキャラクターで始まる。
絵はすごい可愛いのだけれど、やはり描かれているのは異端者のギリギリの生活だ。
「SWAN SONG」とか「キラ☆キラ」は語るときりがないので、完成版でかければいいかな、と。
あと、西尾作品は、壊れた人は、その代償になにかしらの力を持っている事が多い。
力を持たない、「壊れた人」を「ただの、無力な絶対的な弱者」として少女を描いたのは多分「少女不十分」が始めてなんじゃないかと。
一方、瀬戸口作品は「犬憑きさん」と、「CARNIVAL」の学、それから「ドッペルゲンガーの恋人」の主人公を除き、すべて無力である。ただ弱いだけ。
そして、この3つにしても、途中で力を失うか、ソレ以上の強い力に屈服させられることになる。
基本的に、異端者は世界に見つかったら押しつぶされるしかない。常に逃げて、隠れることにしか活路を見いだせない。
それでも負けを理解した上で世界に堂々と喧嘩を売ったのが「SWAN SONG」で(このあたり第三勢力を形成する球磨川禊くんに通じるものがある)
それでも人とつながって行きようとしたのが「キラキラ」で、
「ドッペルゲンガーの恋人」にいたっては、自分たちのことを世界に認めさせようと働きかけるところまで来た。
ずっと瀬戸口作品を見てきた人間としては、ついに個々まで来たかと感慨深いものがあるけどこれはまた別の話。
あとなんだろ。西尾作品は、世界より人の方が好きだって発想なんだけれど、
瀬戸口作品はどんなに冷たくされても、世界=自分たちに厳しくて冷たい社会 が好きで、それを肯定できないんだよな。
まぁ瀬戸口作品の場合、殆どにおいて、主人公は家族を拒絶するので、その代わりとなるものを求めざるを得ないという事情がある。
瀬戸口作品の場合、エロゲ出身ということもあり、その応えを男女の結びつきに求めるのだけれど、
これが「同レベル同士」であるがゆえに、共依存的な関係になって、現状を打破する爆発力を持たないというのがある。
この図式を崩したのも「犬憑きさん」あたりからで、「ドッペルゲンガーの恋人」はかなり壁を越えたカンはある
あと、西尾維新の場合は、作品を読み終わった後、未来が開かれているような印象を受ける。
つまり、世界と向き合う、という部分が重視されており、ある程度結末は「生きる」という方向性で固定されている気がする。
瀬戸口作品の場合は、なんというか、あくまで登場人物の間の対話というか綱引きが大事になってるというか。
お互いの間で思う存分対話ができたならそれで満足で、その結果がどうかはそれほど重要じゃないと言うか、むしろ負け戦が多い。
つまり、綱引きをしたときに、西尾作品の場合は、「生きているものが強い」「頑張って生き抜いてきたものが、弱いものを引っ張る」というカタチになる。
あくまで結果論であり、阿良々木暦とか見てればわかるように、無敵のヒーローみたいな存在を想定しているわけじゃないがうーむ。
ここあとで説明するのか・・・?
初参戦。4枚の券の使い道に迷ったが、
という使い道にした。
大島レーンに並んでるときに前田敦子を近い距離でガン見できたんだけど、
これらのメンバーを実際にみて、思ったことは
実物の大島優子のカワイさといったらケタが違ったってことかなー。
みんなもちろんカワイイんだけど、想定内って感じはあったんだよ。
あと、大島優子はじっくり目を合わせてくる感じで握手してくるのね、
これが「釣り師」と言われる所以なのかなと思ったりしたんだけど、
まあそんなことはどうでもいいくらい一瞬だけどいい時間をもらえたなって思った。
普通に街歩いてて、見かけたら「お、カワイイ」っていうくらいの女性なんかもいたりして、
もうここまで一般的に浸透しているのかなって思った。
並んでて鼻曲がる瞬間が多々あったぜ。
次また行くかどうかはわかんないけど、
とりあえずこういう形でファンにCD買わせるだけじゃなくて、
直に触れさせて還元するシステムまでしっかり用意しているというのはなかなかできることじゃない。
だてにミリオン売ってないなと思ったね。
http://tech.g.hatena.ne.jp/itkz/20101125/1290685725
本当に無限に入るんでしょうか?
それって、はてな星の脆弱性じゃないんでしょうか? (追記 確認したらリロードされて、小さくまとまって星の数が表示されてました。何千入れてもこういう形になるから大丈夫なんでしょう。)
最近ギークハウス関係の人がお気に入りに居る人に、よく星を贈られます。
リアル中房にも
まさかマジで厨房とは知らなかったが朝日学生新聞に顔写真付きで記事が載ってるの見て知りました。
その彼は関係者じゃありません、デマがよくないと思ったんですキラキラ☆ブリブリとツイートしてましたが、お気に入りに「こちら、大変読み応えのあるコメント欄となっておりますので、是非ご覧になってみてください」と書いた人http://megalodon.jp/2011-1025-0222-41/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/pha/20111009/1318158999%23cとギークハウスでドワンゴの人の所に星コメしてる人が居ました。
http://www.diigo.com/item/image/1wnkt/icjv
ツイートも拡散希望で困っている事協力を呼びかけたい事に関するものを、そのようにツイートするのではありません。
こちらは、その事でブログを作ってまでして訴えているのです。身内に苦しめられると言うややこしさを説明する困難とも戦いながら
どうして、こちらが支援を求めている事はやらずに、嫌がらせのようなツイートするのか聞いても、「協力するとは言っておらず一つの震災関係のデマに関する意見として見ただけです.」
それで、嫌がらせのようなツイートはします。ブクマで「warota」と入れてます。http://megalodon.jp/2011-1026-1625-52/b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/Tasmanian_good/status/129056457483235328
前に事件を起こした時も、ネットと現実がリンクしてるのを忘れてるような態度だった
ネットなら何をしても良い ネットなら何をしなくても良い という風潮が生まれたのは、法律はネット人格と言うのを認めてないので、匿名な場合は名誉毀損が成立しなかったからで、認めてないというより対応できてないので規定してなかった想定外だったというだけの事だと思います。
昔から官僚的態度と批判されるものはあったと思いますが、あの中学生の木で鼻を括ったような返信は、まるでそれのようだと思いました。最近の東電についても、エリートにありがちな官僚的態度は、国民に迷惑もかけ、不快感も与え、批判もされてます。それよりもっと変だしエリートかどうかもわからないですが。
前に増田が、はてなで敵を作ると書いた日記は、気持ちはあるけど、かえって迷惑という話でしたが、気持ちもなくて開き直って来るという場合は、どうなるのでしょう?しかも記名で。記名に繋がる状態で。ネットに実名とアカウントが繋がる状態で、この行状って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2chの物理板だったか、原子力の事がわかる板で、質問してる人にもっとこういうふうに言えばわかりやすいのに、と京大の先生の事を言ったら、なんでそんな事しないといけないんだ?と書かれた事もあったが、それは匿名だった。
http://anond.hatelabo.jp/20111022215058
この増田は支援学云々言ってるけど、傍観でも積極的傍観とも言えるこのような行為は、一緒の加害行為ではないでしょうか?
ごく普通の感性の人からしたらちょっと考えられない感覚ではないかと思います。
http://togetter.com/li/205729 光り輝くid:kabiy さんを応援してあげて id:kabiyさんは、新しいおもちゃが手に入って大変お喜びのようです。 そして、私を応援してくれる大変素晴らしい方です。 ギークハウス万歳 応援していただいたので、私も応援のお返しのエールを送りたいと思います。 光り輝くkabiyさんに、shine
http://togetter.com/li/205866 こんなに素晴らしい人権意識をお持ちのsora_hさんは、朝日学生新聞に載った大変素晴らしい栃木の中3だった!!!
http://goo.gl/ZjA77 (google cash)朝日学生新聞社に取材されました
http://backupurl.com/km7wzw googlecash保存
他にもギークハウスと初期2chの類似についてなど
ギークハウスは愛知にもあるらしいけど、そこまで巣食われてるかどうかはわからないし、全部がこうかどうかはわからないけど、みんないいひとなのに・・・(pha氏の台詞)なんてのは無いのではないかと思います。
ものすごい反社会性というか、なんていうか意地でも人の役に立たないぞ!という堅い決意みたいなものでもあるのかな?と思ってしまうほどの勢いさえ感じてしまいます。
追記
こんな超優秀な人が!!!
http://megalodon.jp/2011-1027-2233-41/www.atmarkit.co.jp/news/201104/14/sora.html
「デジタルネイティブ」の素顔
2011/04/14
オープンソースのプログラミング言語「Ruby」の開発コミュニティで、いま注目されている人がいる。福森匠大(Shota Fukumori、sora_h)さん、14歳だ。国籍、性別、年齢などは無関係というオープンソースの世界だが、これほど年若い参加者が「コミッタ」と呼ばれる開発のコアメンバーに迎え入れられることは珍しい。Ruby開発に加わった時点では中学2年生。「最年少記録」を塗り替えた。
訳すると「お前のことはどうでもいいから、もう私に連絡してくんなよ」ってことだな。
似たようなことが何回かあって、もう恨むのも疲れたわ。
女とはそういう生き物だと思うことにした。
茂木健一郎さん@kenichiromogi 「夢」についての連続ツイート(2011/8/14)
を読むことにしている
より一部引用。
『ゆめ(8)フロイトが看破したように、誰もが無意識の中では人には言えない欲望を持ち、嫉妬や怒り、哀しみなどの感情を持つ。それが夢において現れる。精神の無菌主義は禁物である。無意識の海に浮かんで、その上で他人に善意を向けねばならぬ。』
という言葉にどれだけ救われることか。
話は俺と元彼女のことに移る。
学生時代に付き合い始め、相性は良かった。周りもお互いも結婚するもんだと思ってたぐらい。けど2年前、彼女が俺より先に社会人になった時から歯車は狂い始めた。
が彼女をどれだけ寂しくさせたか。友人も家族も恋人も近くにいない。仕事では新人として足を引っ張る毎日。そのストレスと孤独をどう紛らわしていたんだろう。それを気遣って、支えてあげることが俺はできなかった。その結果、今年の年初に別れを告げられた。
その時の気持ちは辛かっただろう。それは理解できてるよ。
だけどな、
その辛さから脱却するために俺を女ゴコロの理解出来ない悪者に仕立て上げようとすることは間違ってる。
メールをすれば何かしらにつけて俺の言葉尻をとらえて「やっぱり、愛されてない」って勝手に決め付けること数度。その後俺の言葉は一切聞かない。
別れる3ヵ月前、「会わせたい人がいる」と会社の同僚に会わせようとしてたことがあった。多分、恋愛についての相談をしてたんだろうな。で、その会話の中で全部俺が悪者にされて、その悪者の虚像が彼女の中にどんどんできあがってたんだろう。)
で、最後は、
甘言で言い寄ってきた男との浮気を正当化して、俺と別れて、「今の選択肢は間違ってなかった」「私は今は幸せだよ」だとさ。
今は幸せ?当たり前だろ?略奪できるぐらい恋愛慣れor想いを寄せてきた男が不誠実な対応をするわけがない。ましてや愛されてない俺へのアンチの心情との相乗効果でさぞ幸せに感じるだろうな。付き合って数ヶ月で何がわかるの?その幸せ脳天気な頭で。
少なくとも、あんたがそうやって幸せを感じようとしていることが俺には悔しくて、死にたくなるぐらい悔しくて。不幸を感じることしかない。
「私は今はキラキラしてて頑張っちゃってる。けど全然辛くない」
↑
彼女は周囲にいる優秀な同僚=仕事も恋愛も休日もバリバリエンジョイしてキラキラしてる
になりたかったんだろう。
その人生観が合わない。だからやっぱりつきあい続けることはできない。そんな話し合いの末での別れ方なら納得もいったかもしれない。けど、彼女は急に俺を蹴落とすことで楽に幸せになろうとした。
元彼女の心情も、状況も理解できる。たぶん、俺だってその選択肢をする。
けど、それを見ないで、逃げるようにして、俺を不幸にして、自分だけ幸せになろうとしたそのツケは払えよ。昔からの女友達との仲を犠牲にしてまで幸せになろうとするなんて、いつか後悔してほしい。
友人の前では綺麗なことを言って。
って言い聞かせて。
だからせめて匿名でいいからドロドロしたことを全部言わせてくれ。フロイト先生、夢なんかじゃ発散しきれないぐらいの感情なんです。
なんか、はてブの人気記事にあがってた「今話題の!」みたいな扱いで取り上げられてた記事を見て初めて知ったんだけど、これはさすがにちょっと気持ち悪過ぎない?
最近なんでもかんでも頭に『ソーシャル』って言葉つけて、人と人との繋がりを絡めたモノとかコトを作ったりするのが流行ってるみたいだけど、こんなソーシャル系のサービスは流石にちょっと、なんていうか、気持ち悪いと思うよ。すごく。
なにが気持ち悪いって、やっぱりあれだよあれ、他人と触れ合いたい人たちが集まって、「なんでもきいてくれていいよーこたえちゃうからー^^」とか「じゃあ質問させてくださいー^^」とかやって、「ぼくたちこんなに楽しいですー^^」とか「素敵な出会いが生まれちゃいましたー^^」とか得意げに見せびらかしちゃう、なんていうの、見てて心にクるムナシサ!哀愁!
単純に「気持ち悪い」っていう感性でしかないから言葉でなんとも言いにくいのだけど、「え?お前らそれで楽しいわけ?素敵なわけ?充実しちゃってるわけ?^^;」って感じなんだよね。
ほら、ネトゲーとかでレベル上げまくったり強い武器集めまくったりしてるの見ても「え?楽しいわけ?」ってなるけど、あれはなんか、吹っ切れてるじゃん。「俺らは俺らの楽しいことやってますから^^」って感じでてるじゃん。だから気持ち悪くないんだよね。「へー楽しいんだねー」程度なんだよ、ネトゲー廃人は。
でもなんていうの、ザ・インタビューズはなんかそういうのがない感じなんだよ。トップページからして「僕たち現実が充実している輝く素敵人間です^^」みたいな、なんていうの、薄っぺらーい変なキラキラを感じるんだよね。「え?お前らそれでリア充のつもりなの?^^;」って感じなんだよね。「え、あ・・・うん・・・充実してるんだね^^;」みたいな感じなんだよね。うん。
いやだってそもそも、インタビューって「してくださいね^^」とかやんなくない?
なにかしらに秀でている人に対して「インタビューさせていただけませんか?」じゃね?
「いやいやおめーに質問なんかないけど^^;」とか思っちゃう僕は冷酷な人なんですかね?オバマとか天皇とかにならものすごい勢いで質問させてほしいと思うけども。うん。
有害だとか不利益だとかは思わないけど、なんかやっぱ、気持ち悪いと思った。うん。
なんか最近、気持ち悪いの増えたよね。
http://anond.hatelabo.jp/20110824130137
読んでいて誰もが感じるところであろう。
起業しちゃうようなキラキラのリア充に嫉妬している、貧相な大学生の顔が浮かぶ。
ようはこういうことだ。
「ザッカーバーグ目指してるのってどこの誰よ?」
そういう具体的な情報が一切、無い。
自分が2~3回クリックするだけでアクセスできるような価値の低い、
「僕が考えた日本の現状」の域を出ない。
具体例を挙げよう。
はてなもmixiもyahooもgreeもDeNAもブロガーが作ったわけじゃない。
無名の人がはじめ、今では多くの人がそれで食っていっている会社とそのプロダクツだ。
そういう、実際にそこで働いて、食っている人はきっというだろう。
「ブログなんて書いてる場合じゃない?確かにそうだ。君も増田なんか書いてないで何か作ったら?」
以上、終了である。
具体的に誰をディスる事も無く、具体的なサービスを批評する事も無く、
「たくさんブックマークがついて嬉しいなあ」で、終わり。
誰がAnonymousdiaryを保守してんのよ。
誰がそれらを維持するインフラを整備してんのよ。
そこに実際に働く人達がおり、その人達が作ったサービスに触れているにも関わらず、
しかし、それならタレント家業とはいえ「自分や誰かを食わせる」ために
働いている人を馬鹿にできるほどの内容を伴ったものをせめて書けよ。
嫉妬ってさ。
私、彼氏が知り合いのブスのことを、可愛い可愛いって言ってても
私自身がこの子ブスだなって思ってたら少しも嫉妬しない。
でも、私の感覚で可愛いな、こんな顔になりたいな、と思ってる子のことを
で、彼氏も、私が身長高い男友達のことをスタイルいいって褒めたら、嫉妬してた。
あと雑誌なんかで濃い顔のイケメンが載ってると「お前もこういうイケメンが好きなんだろ」
みたいなことを言って勝手にすねることがある。
私は濃い顔べつに好きじゃないのに、彼が濃い顔に憧れてるからそういう発想になるんだと思う。
女はジュニアアイドルに憧れないもん。なりたいと思ってないから嫉妬もしない。
キモ男に好かれてもね…
(元増田が彼氏に冷めたのはこういうキモ男と彼氏がおんなじってことに気付いたからじゃない?)
ある種のポエムは、書き手が何かを隠蔽したいと考えている時に立ち現れる。書きにくいことを書かねばならない時や、書くべきことを書かずに済ませようとする時、散文は、詩の似姿をとることで、その場をしのぎにかかるのだ。卑近な例では、グラビアのキャプションがそうだ。アイドル水着写真には、必ず編集部のオヤジが書いた似非ポエムが添えられる。「ク・ミ・コ。声に出して言ってみる。ボクの心の日記帳はキミの名前でいっぱいなのさ」こんな詩は単独ではもちろん成立しない。が、グラビアがポエム抜きで成立しないこともまた事実で、結局、グラビアを見ている少年の恥ずかしさは、添えられたキャプションのこっ恥ずかしさで中和しないと解毒できない。そういことなのだ。
格闘技のイベントでも、リングアナウンサーの語りはいつしかポエムになる。「孤独な求道者の鉄の意志とぉー、血に飢えたプレデターの魂がぁー いまぁーリングに連なる獣道でひとつになったぁーーー。宿命と呼ぶにはあまりにもうつくしいー、バーリトゥードの旋律がぁ、いまぁー幕を切って落とされたぁああああ」こういう時、「旋律に幕なんてあるか?」 と突っ込む者はいない。ポエムは、殺伐とした空気を撹拌するための風だ。意味なんか要らない。むしろ、意味は有害。リングサイドの男たちは、あまりにも興奮していて、ポエム以外の日本語が理解できない。それだけのことなのだ。
神様のメモ帳とかまさにそんな感じ。読んでてイライラするのだな。
だから 前の時のように墓を暴いてまで自体を追求する義務はない。
「・・・証拠が見つからなかったら、適当に決めつけろってこと?」
「きみはどうしようもなく散文的な男だな」
終始こんな感じ。めんどくさい。アメリカドラマ好きな人が見たら発狂するレベル。
ポエミィや電波なヒロインと、どこまでも散文的な主人公。奇想天外なヒロインの行動を主人公がちくいち解釈する。
あるいはその反対の中二病の主人公と、現実的な幼なじみ。突飛な主人公の行動をちくいちたたきつぶすヒロインを見せる。
こういった組み合わせによって
人生経験も感性も乏しい読者に対して彼らにでもわかるような卑近な物事を、
電波なヒロインをドラッカーにかえたら200万部オーバーの作品ができることもあるわけでこういうものに対するニーズは根強くあるんだろうな。
もちろんそれ「だけ」と言いたいわけじゃない。ラノベ大好きだし。当てはまらない例のほうが多い。
はてブめぐりをしてると時々、俺以外の全員が天才なんじゃないかと思って心拍数が高くなる時がある。
そんな時、ゆるーいライフハック系の記事がホッテントリ入りしてるのを見ると、
あ、なんだこういう記事をありがたがる人もいるんだ。はてなも天才ばっかりじゃないんだ、ボクはここにいてもいいんだ、と気分が落ち着く。
向上心がない私は今日もそうやって他人ばかりみて一喜一憂してる。それでいーのだ。
ちなみにライフハック系の記事については
自分自身はどうせ読んでも実践しないと思ってるのでいつも本文とばしてブコメしか読まない。
そうすると、毎回のように、例えば「わかったブログ」という記事がホッテントリを取るたびに
「こういう記事がはやるとははてな村の衰退の兆候じゃあ」といって嘆くお爺さんみたいなキャラがいたり
実際はどうか知らないけど見ていて飽きないライフハック系のホッテントリはずっと見てると
「いろんな年齢層」の人々が見れて楽しいと思うのは俺だけかな。
ごめん、やっぱやめとく、なんかあんまり紹介とかそういうのってちょっと、と言いました
友人からの返事は短いものでした やっぱりなw 大丈夫、冗談だから!w
思い出します あれは小学生の頃です プールの時間の前 塾に行く前
なんだかとても情けなくなりました
どうして、おれ、この年で、恋愛も出来なくて、友達にも小馬鹿にされて、こんな、みじめで、
いつまでも子供のまま置いていかれて、寄ってきた女は気持ち悪いやつで……
まともな恋愛も出来ないなんて。
黒髪ちゃんへのメールの返信は投げやりになっていました そして文章は攻撃的になっていました
「うん」
「うんってw 遊びませんか?」
「忙しいんで」
「そうですか(´ ・ω・`) …なんか、わたし、怒らせるようなことしました?(´ ・ω・`)」
こんな具合のやり取りが増えていきました
「ごめんなさい」「怒らせたんなら謝ります」なんだか黒髪ちゃんのメールはストーカーみたいです
めんどくさい処女って こういうことか
そもそもどうしてそんなことを信じていたのでしょうか
童貞がこんなに駄目で気持ち悪くてクズみたいなんだから、そりゃ処女にも駄目で気持ち悪いクズもいるよな
あははははは
もうよく分かりません、頭が混乱しています
どうしておれはいつまでもこんななんだ 処女厨は子供時代を思い出しました
漫画、ゲーム、アニメ、サッカー部への入部、流行の音楽、バラエティ番組、女の子と遊ぶこと……
処女厨が楽しそうなものに興味を示すと そんなもの駄目! 不良になるよ! と叱られました
ライトノベルだとバレないようブックカバーをつけて 自分の部屋で読むのです
それから、塾帰りにバレないようにゲームセンターに行くこと と インターネット これが彼に許されたものでした
処女厨は、頭のどこかで、恋愛をよくない、不良のやることだと思っていたのかもしれません
そして同時に、漫画や、TVや、恋愛を、自由に楽しんでいるかっこいい男の子や可愛い女の子を心底憎んでいました
リア充たちは大勢の友人に囲まれていて、キラキラして見えました
いつも楽しそうです
自分のような人間に、キモいと言ったり、非常識なわがままを無理に通したり、ずるい手段で成功を手に入れたり……
それに連中はミーハーです 流行ものにすぐ飛びつきます 気をつけていればだまされないようなデマにすぐ引っかかります マスコミの仕掛けた罠にすぐにハマります 下らないものをすぐに買いあさります
バカです、じぶんより
そんな、「スイーツ」の女が告白してきても、そしてそんな女が絶世の美人でも好きにならない自信がありました
ライトノベルにもいろいろありますが、処女厨の好きな物語は、いつも主人公はヒロインと結ばれてハッピーエンドをむかえるのです
ヒロインは、主人公だけを好きになり、喧嘩をしながらもなかよくすごします
処女厨が好きになるのはいつも 生身の人間ではありませんでした
彼は今まで、おれは結婚もしないし、趣味もあるし、これが自分の人生だと割り切って生きていました
一人の世界を作り上げ、すばらしい作品を生み出してきたアーティストもいます
そして処女厨はお兄さんを思い出しました 昔、彼の隣にいたのは兄です
でも兄は、整形手術をしてイケメンになり、日のあたる人生を堂々と生きています
死んでしまいたい。いなくなりたい。消えてしまいたい。消えてしまいたい。
黒髪ちゃんも本当は気持ち悪いメンヘルビッチ予備軍だったんじゃん。
なんであんな、喜んで、おれ……
そういえば、おれ、黒髪ちゃんにドキドキしたんだよな……
それまで苦しい気持ちで混乱していた処女厨は、何故だかこんなことを思いつきました
もう一度あの子に会ってみよう
処女厨は、メンヘルビッチだった黒髪ちゃんに告白する気はもはやありませんでした
でも、もう一度黒髪ちゃんと会って、ちょっとでもドキドキできたら……
そう思った時の彼は、高揚した、なんだか嬉しい気持ちを取り戻しました
それでも処女厨はそのあと、二、三回メールをしました 今暇ですか、遊びましょう、飲み行きませんか?
返事は、ありませんでした
危ないからと事務所から出されました 電車は止まってしまいました 処女厨は行き場を失ってしまいました
たくさんの人がいます
本当にたくさんいます、急いで歩いているのやら、人並みに飲まれそうなのやら、手をつないでいるのやら
歩いている人は茶髪が多いです そして、立ち止まっている人は携帯をさわっている人が多いです
なぜだか知りませんが、処女厨は、黒髪ちゃんに会いたいと思いました