SHIROBAKO4話の声優のオーディションの胃がキリキリする感じを見て改めてそう思った。
一生安泰な大企業でも無い限り、面接、面談の機会は大人になってからでも何度でもある。
いっぱしの大人になったはずなのに、何度も見知らぬ他人に品定めされる居心地の悪い感触。
就職してしまえばもう一生味わうことなんてないと思ってたのに。
自分が就職したのがプログラマ派遣会社だったってのもあるけど。
就活が始まったと思うけど、ぜひ大企業に入ってこういうみじめな気持ちを就活以後ずっと味わう必要のない環境に身をおくことをすすめたい。
世界についてまともに考えると絶望するしか無いと思うんだけど、
絶望しないで生きてる人ってどういう思考回路してんのか理解できない。
何も考えてないんだろうか?
セックスの話と精神を病んだ話と職業に対する不安とその他もろもろの絶望とそれに対するクソリプで主に構成されてて闇が深いと思った
追記:
このように連なってる、トラックバックがクソリプなわけです。闇深いまじ。
長らく一人でいると、人間としてどうなのかっつー価値観になってくる
周りの人がイキイキと、友人と遊びに行き、恋人と買い物に行き、地元の家族にはしょっちゅうあいにいく
それに比べて私の楽しいことといったら金を使って、落書きするだけ。
でも人ごみの場合は誰も好きで人ごみになっちゃってるわけじゃないから思い直すけど
自分の話ばっかりするために適当に接触してきたのが露骨にわかる奴とかきらい
最近のガキ連れはガキを遠くから愛おしそうに眺めてほったらかしで人にあたっても何も言わないしきらい
親が悪くても子供がうざく見えてくるよ
子供は悪くないのに
だから私は絶対親にはならない
女性の言うとおり結婚し、妻の希望どおり、よく働いて給料を入れる。
保育所が不足していようと、収入が上がれば、妻が家で子育てをすることができる。
「高い声」「口を出させない」「頑張ってるアピール」「諦めさせる」「泣く」「期待させる」「ごほうび」
案外、小保方などが詳しいかも知れない。
農協勤めは公務員のようなもので、安定しているとか言われているけれども、実体はとんでもないものだった。
そんなわけでちょっとだけ、思い出を綴る。
まず今でもすぐに思い返されることと言えば、離職率の高さである。
例年定年退職者1~2名以外に15名ほど依願退職者が出るような職場、というのは今思い返せばぞっとする。
中小規模であるにもかかわらず、氷河期の時代に私を含めて18人余り採用があったわけだが、今なお残っているのは片手で数えられるくらいだったはずだ。
さらに、余り詳細なことは書くことが出来ないが、少なくともある出来事が起きてからの半年間で職員の約十分の一が退職してしまったこともある。
流石にその時ほど大規模な退職ラッシュはもう起きないだろうとは思うが‥‥‥
はっきり言って、永年勤続褒賞が『丸五年』で出てしまう辺り、終わっていると言ってもいいんじゃないかとは思う。
割とすぐ思い浮かぶのは、有名な『ノルマ問題』と『自爆』だ。その辺りは業界関係者においては共通の話題だし、割と有名だと思う。
車の整備担当も、金融窓口のお姉ちゃんも、営農指導員の若い男も、ノルマばかりは平等に背負う。
業務終了後のサービス残業なんて当たり前で、軽トラで民家の隙間を駆け巡っては訪問販売をする、というのが正しい農協職員の姿なのだ。
売るものに関しては各農協の特色もあると思うが、私個人としては30ケース分のチケット付きジュースの販売が一番厳しかったと記憶している。
業の深いノルマ問題だが、実はこれが離職の『直接的な』原因となることはそこまで多くない。
一番問題となっていた、と私が感じたのは――業務内容による労働環境の差、である。
金融窓口につけば、認知症の方々の相手大変だわ、クレーム半端ないわ、金融商品のノルマはあるわだが、一応なんやかんや定時近くに帰宅できる。
共済窓口も似たような感じだ。
だが、渉外担当(営業)になってしまうと、深夜残業、休日出勤当たり前、プライベート?なにそれおいしいの?状態に早変わり。
ろくな研修もなく、人員が足りないため指導のようなものもされないまま現場に放り込まれて、困惑して、それでも契約を取るしかない、なんて状況に追い込まれる。
そしてノルマが達成できなければ非常にえげつないパワハラの世界に突入だ。
もちろん残業代は出ない。基本給は定時で帰る人々同じ額。
そうなれば馬鹿馬鹿しくなってしまうものだろうし、退職してしまうのもとてもよくわかることだ。
(ただし、一部の仕事ができる渉外担当に関してはそれが当てはまらない。契約数によっては、意外と馬鹿にならない成果給が出るので、不満は少なくなる)
彼らもまた休日のない人々であるが、『どこまで仕事をするのか』という裁量が意外と自由なので、働く指導員と働かない指導員の差が恐ろしく出るのだ。
ちなみに、関わりが深かった一人の指導員については、私より先に帰宅する、ということを一度たりとも見たことがなかったほどである。ちゃんと家に帰っていたんだろうか。
日付が変わったのは覚えている、という恐ろしい言葉とともに、朝、ソファーから起き上がった指導員の姿は、今でも鮮明に思い出せる。
あと、私がいた農協は完全週休2日制ではなかったので、結構な頻度で土曜及び日曜出勤があった。これもまた退職理由に地味なブーストをかけている。
これもまた業務内容によって休日当番の内容が変わるというとんだ鬼畜ぶりで、若い渉外担当及び指導員はガソリンスタンド勤務であることが多かった。
ほとんどの職員が悠々自適に空っぽの事務所で電話番なんぞしているときに、炎天下や寒空の下で「オライッ、オライッ」とやっているわけである。
その他にも、イベントだなんだと休みに駆り出されることはとても多い。やはりこれにも休日出勤手当は出ないし、振替休日もとりづらい。
作業服で走り回りながら、一体何やってるんだろう‥‥‥とむなしくなったことは正直1度や2度ではきかない。
定期的に胃を庇いながら薬を飲んで仕事をしていた同僚。
体重が40キロを切ってしまって、水しか飲めなくなっていた先輩。
でも、彼らは皆、共済のノルマが達成できなければ、基本給すら削られる。
度重なる若手の離職のせいで30代の職員は数えるほどしかおらず、補充されるのもアルバイトの窓口ばかり。
引き継ぎはうまくいかず、人員不足の解消のめどはいつまでも経たない。
26歳を過ぎれば大卒すらベテランと呼ばれ、馬鹿みたいに個人の仕事量は増えるばかり。
これが私の見た、農協職員の姿だった。
だからこそ私はそんな実態に絶望したし、早く退職しようと焦った。
『準公務員?とんでもない!』
今なら本当にそう思う。
ただ、農協が何もかもが悪いわけじゃないとは思うし、これはあくまでも私から見た一面的な話である。
他県には素晴らしいホワイト企業然とした農協があるということも聞いた。
少なくとも今は、あの地で死人が出ないことを祈るばかりだ。
Twitterにハマる層のことを考えよう。
運動したあとは疲れて何もする気がなくなるんだけど