はてなキーワード: ヒトラーとは
はてな民のクズっぷりがここぞとばかりに露呈されてて面白いね。
何人か「逃げた」よ。
とはいえ、君の言ってることは承知するけど、まあ現実問題難しい話だよね。
優生思想や差別をゼロにするのは不可能だし、出産するかしないかの選択権は親権を持つだろう両親が担うべきであり、
また、出産前診断にしても、障害とわかってから中絶しても、そもそも診断せずに中絶しても、それを人権だ殺人だと喚くような人間にはついていきたくないね。
それでヒトラーだなんだと言うならそれで結構だし喜んでヒトラーの側に投票するよ。
アイツらの頭の中に浮かんでは消し去りたい「自己責任」の文字との格闘っぷりが爆笑。
http://anond.hatelabo.jp/20110410165952
元記事とはあまり関係がないけど、普段から思っているとおり、私が投票にいって、それが1票として反映されても、何の意味もない。
選挙の勝敗には、どうせ影響が出ないだろう。候補者の応援、要はファンレターぐらいの価値はありそうだが、それでも1票が何の役にも立たないのは事実だ。
政治っていうのは、ぜんぶ、他人たちが決めること。
私はその動向を見極めつつ、たとえば現代だったら「人権を尊重するフリをする」「震災を悲しむフリをする」といった態度をとり、その裏腹、心のうちでは自分のことだけ考えればよい。
もし現代の日本じゃなくて、ヒトラー政権下に生きているドイツ人だったなら、積極的に戦争や差別には荷担しないにしても、へらへらと笑って現状追認するのがよい。亡命せずにドイツ国内にとどまるなら、そうするのが一番安全だろう。
他人っていうのも、社会っていうのも、私の制御がきかないモノなのだから、自然現象とおなじで、うまく利用してやり過ごし、その害を退けるようにしたい。
・健康政策
ヒトラーはドイツ民族の健康を守ることにも強い関心を持っていた。特に、1907年に母親クララを乳癌で失ったヒトラーにとって癌の治療は特別な意味を持っていた。厚生事業のスローガンとして「健康は国民の義務」を定め、喫煙に対しても反タバコ運動に積極的に行った。環境や職場における危険を排除し(発癌性のある殺虫剤や着色料の禁止)、早期発見を推奨した。医師達はとくにタバコの害を熱心に訴え、彼らは世界で最も早く喫煙を肺癌と結びつけた[39]。
また、「健全な民族の未来は女性にある」として女性の体育を奨励したことでも知られる。そのため現在のドイツでは、政府による過度の健康問題への介入や禁煙禁酒運動をナチズムを彷彿させるものとしてタブー視する傾向にある[40][41][42]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC
でも、やっぱそういう層を俺が引きずってやるぜ!
みたいなヤツがいないとどーにもならないと思うのね、そりゃ難しいけども。
こっち方面に夢を見る若者が極端に少ないのが問題だと思うんだよ。
「自己責任」とか「起業」とか「自助努力」みたいな方向へ若者を煽っても、結局若者は総体として得しないと思うのね。
もちろん、ほんの少しの有能な層はその結果得をするんだろうけど。
結局、この手の言説は社会の不満をミクロ・個人の原理に収斂させるだけだと思うんだよね。
http://www.guardian.co.uk/world/2010/nov/28/us-embassy-cable-leak-diplomacy-crisis
経済破綻による核管理への影響を懸念、政府関係者が核物質を持ち出す可能性も
アフガニスタン:腐敗した行政への懸念、マスード副大統領はUAE訪問時に52万ドルのキャッシュを持ち出しているのを確認(本人は否定)
米軍司令官やアフガン大統領、ヘルマンド州の政府関係者が英軍をけなしまくる。英軍が最も死者を出しているSanginでの失敗については特に手厳しい。
イギリス:アンドリュー王子による治安機関や某国に対する不適当な発言
中国:グーグルへのハッカー攻撃は中央政治局員が指揮。批判記事を探すためにエゴサーチを実施していたとも。
ロシア:非合法活動を実施するために諜報機関がマフィアを利用、公電は「事実上のマフィア国家」と形容
ロシア&イタリア:プーチンとベルルスコーニが仲良すぎてアメリカは疑心暗鬼。ベルルスコーニは謎のロシア語使いと破格のエネルギー関連契約を締結。
サウジ:
イエメン:
アルカイダへの米軍秘密爆撃に関するサレハ大統領からペトレイアス将軍への一言「例の爆撃はうちがやった事で、あんたらの仕業じゃないって言い続けるから」
リビア:
その他:
大使館員語録:
人口に膾炙するかどうかに関わらず、意味も使われ方も変わる。学術的な定義を問題にしているのならば、筋違い。
新たに定義しなおすことで納得していただけるのなら、いくらでも定義しようじゃないか。
ボクが意識して使ったのは(http://www.asahi.com/business/update/1120/TKY201011200289.html)ここでの使われ方だ。
というより、もう就職事情ではこのような使われ方をされていると言っていい。ガツガツした学生=肉食系との使い分けも容易で、親和性がある。
件のエントリでは、ヒトラーがユダヤ人を糾弾するように、マッカーシーが共産主義者を糾弾するように、草食系が糾弾されているけど、
エントリでは、ボクの本意とは関係なく差別を肯定的に主張したつもりだ。その例えがもらえるなら、書いてよかったのかもしれない。
自由 リバタリアニズム 政治 多様性 社会主義 日本 考え パターナリズム
bradexさんが、ナチスの「25か条綱領」というのを紹介している。
ウィキペディア - 25か条綱領
http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82..
<25か条綱領(独: 25-Punkte-Programm)はナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党綱領。1920年2月24日、ミュンヘンのビアホールホフブロイハウスで採択された>。
その25か条綱領には、次のようなものが含まれている。
・我々は、老齢保障制度の大幅な強化を要求する。
・我々は、健全な中産階級の育成とその維持、および大規模小売店の即時公有化、小規模経営者に対するその安価な賃貸、全小規模経営者に対して最大限考慮した国家・州または市町村に対する納品を要求する。
・我々は、我が国民の要求に適した土地改革、公益目的のための土地の無償収用を定める法の制定、地代徴収の禁止と土地投機の制限を要求する。
・我々は、公共の利益を害する活動に対する容赦ない闘争を要求する。高利貸し、闇商人等の民族に対する犯罪者は、宗派や人種にかかわらず全て容赦なく処罰される。
・我々の要求をすべて実行するために:国家の強力な中央権力の確立。中央議会の国家全体および組織一般に対する絶対的な権威。公布された国家の大綱的法規を連邦各州において実施するための階級・職業別の団体の形成。
これを大雑把に言い直せば、「大企業は儲けすぎだからもっと税金を取れ」「老人への保障をもっと手厚くしろ」「大きな店は潰して、小さな店だけにしろ」「不動産を貸したり転売して儲けることは許さない」「高金利の金貸しは許さない」といった話だから、いまの日本でもよく言われているような話である。
これがナチスの綱領であることを隠して、「このような政党があったら支持するか?」というアンケートをもし日本でやったら、支持する人はかなりいるのではないか。「立派な考えだ」「なかなかいいことを言っている」といった反応がおそらく続出すると思う。
ナチスについて少し調べればわかることだが、ヒトラーは「ただの極悪人」ではない。ユダヤ人への弾圧や虐殺などがひどいのは言うまでもないが、上記のように、政策の方向性としては「左翼的な正義」が基調である。いわゆる「悪人」というよりもむしろ、「使命感に燃えた善人」に近いといってもいい部分がある。
実際、ヒトラーは自分が「善」だと強く確信していたからこそ、権力を握ることで「悪」を撲滅しようとしたのだろう。そして、それに一定の説得力があったからこそ、支持を集めて、権力を得ることができたわけだ。
もちろん、ナチスの政策だから全部間違っているということにはならないし、ナチスの政策にも正しいものはあるかもしれない。重要なのは、ナチスの政策が正しいか間違っているかというよりも、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方そのものが危険だ、ということなのだ。
正誤・善悪によらず、何かを他人に「強制」するという考え方にこそ、全体主義やファシズムへの萌芽がある。何かを他人に「強制」してもいいと考えている人は、自らの無謬性(誤りがないこと)をまったく疑っていない。自らの正しさを確信すること自体は問題ないのだが、それを「他者に強制する」ことから問題が生じる。
自由主義やリバタリアニズムがこの「強制」を嫌うのは、何が正しいのか、何が善なのかということに関して、唯一の絶対的な基準があるということを疑っているからだ。自由主義者やリバタリアンは、つねに異なる意見、異なる価値観を共存させ、多様性を認めることで、社会は発展するし、また社会は安定する、と考える。
自由主義者が政府より市場を好むのも、政府は「強制」するものであり、市場は「自由」な取引で成り立つものだからだ。
私の見たところ、日本というのは「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方がわりと強い国だと思う。そういう考え方の人は、たいてい「悪人」ではなく、むしろ「善人」だったりする。「いい人」なわけだ。しかし、他人に「強制」すべきでないということや、異なる考え方をあえて共存させる「多様性」の重要性については、あまり理解されていないように感じる。
菅首相なども、「善人」なんだけど、「強制」することが問題だとわかっていない人の典型である。左翼的な考えの持ち主はわりとこのパターンが多くて、弱者を思いやる「善人」なんだけど、「強制」することでどういう問題が生じるかがわかっていない、と感じられる場合が多い。こういう人は、弱者を思いやるのはいいのだが、その一方で、金持ちや経営者を「悪」だと決めつけてしまいがちだ。
「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方は、まさに「パターナリズム」である。それは、親が子供に対しておこなう場合であれば許されるだろうが、社会のなかで他者に対して「強制」をおこなうことは許されない。しかし、この「強制」が唯一、合法的に許されているのが政府である。
よって、政府は「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方の危険性や副作用をよく理解して、どうしても「強制」を行使しなければならない場合にのみ、きわめて慎重に行使すべきなのだが、日本政府はそれをあまり理解しているようには見えない。最近また大店法の話が出てきたりしているのを見ても、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」ということを、むしろ無邪気に信じているかのようだ(特に民主党は、以前からこの傾向が目につく)。その規制が経済をブチ壊すことを理解できないのだろう。それも経済産業相が、である。
民間人は「ゲームプレイヤー」であり、政府は「ゲームデザイナー」である。企業や民間人は、政府のような「強制」力を一切持っていないのだから、社会問題になるような「構造」問題に対しては、企業や民間人には責任が生じようがない。これは「システム」の問題なのであり、よって責任があるのはもっぱら、「強制」力によって制度設計をおこなった政府である。それなのに、民間の企業を「ワルモノ」扱いして、その行動をさらに規制すれば問題が解決すると考えているのだから、まるで逆だ。セーフティネットは必要だが、市場を規制してもセーフティネットにはならない。
http://mojix.org/2010/10/11/national-socialist-program
関連エントリ:
http://mojix.org/2010/01/23/libertarianism_kimo
どんなに素晴らしい価値観であっても、価値観の「強制」には反対する
http://mojix.org/2009/08/01/kachikan_kyousei
地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)
こういう発言をみつけた。
http://twitter.com/natrom/status/24741381125
どうやら元増田のいいたかったことは
NATROM 「『ホメオパシーを批判している人たちは、ホメオパシーを根絶・撲滅させようとしている。魔女狩りだ』というのは、藁人形論法だ。ホメオパシーを撲滅できると思っている人なんて、そうそういないだろうに。」
ヒトラー「『ユダヤ人を虐殺している人たちは、ユダヤ人を根絶・撲滅させようとしている。ホロコーストだ』というのは、藁人形論法だ。ユダヤ人を撲滅できると思っている人なんて、そうそういないだろうに。」
ということらしい。
元記事ではどこまでがNATROMの発言なのかわからないが、いきなり読んですんなり理解できる人がいるだろうか?ヒトラーを出して当てこすりするのも下品に思えてならない。
なに言いたいんだかわかんない。
NATROMなる人物が「ホメオパシーが魔女狩りの対象にされている」と主張しているけど、実際にはだれもそんなことを言っていないのでこれは藁人形だ、という意味?
「これこれこういう、特定の公約をするような奴に投票してはいけません」
なんつーのは、明らかに特定思想の持ち主に対する被選挙権の剥奪だろ。
これやったら、もう民主主義でも何でもないよ。
銀河英雄伝説じゃないが、例え祖国を滅ぼすような候補者を国民が選んでしまうとしても、それを選ぶ自由を奪えば、もう民主主義でもなんでもなくなる。
例え選ぶものがヒトラーだとしても、だ。
「自由からの闘争」……を論拠に挙げるのはちと古いかも知れないが、まぁとにかく、ヤバイ公約する奴を選んでしまう国民感情の流れが生まれることを抑止するべきなわけで。
これは子育ても同じかと。
結局、これこれこういう奴はヤバイ、という事前の判断なんて出来ないんじゃないかなぁと。
どうあがいても、選定者の趣味に基づいた独断になるというか。
「ヒトラー的政策を公約する候補者であっても、投票して良い」のか。それが民主主義の基本とは思わなかった。
個人的には「どう考えても実行能力がない奴も子供育てていい」とは思えない。これは断種どうこうの話じゃない。責任感皆無、注意力極端に散漫、サボり癖あり、無断欠勤多数、職業倫理観絶無、という人間に原発勤務を選ぶ「職業選択の自由」を行使させたってろくなことはない、という程度の話だ。自由には義務もついてまわる。
「ヒトラーのような政治家に投票しない規範」を作ろうとしているように見えるんだが、それはまずいだろ。
「どんな候補者であっても、投票して良い」のが民主主義の基本だ。
その上で、「ヒトラーの唱える政策を支持してしまう心境に国民が陥っていた」のが問題なわけで。
これを取り上げるルールは、基本ないというか、そんなんあったらそれこそ断種政策だ。
その上で「ヤバイ子育て状況にならないためにはどうすればいいか。いざヤバイ子育て状況になりそうな親がいた場合、親からどう子供を救出するか」が問題なわけで。
未来をみている人は、一定のひどい母親がいることは確率論として起き得る。しかし、それは放置できない。では、
そういうひどい母親が発生したときに、育児放棄が起きないようにするには、どうしたらいいか?と話している。
前者と後者は相容れないんだが。(後者は母親に責任を追わせず、システムとして子供を救うことを目的としている)
母親ひどいよね?という人は、どういう再発防止策を考えているのか、ぜひあわせて書いて欲しい。
書いてあることちゃんと読んでる?
「ひどい母親が発生したときに、育児放棄が起きないようにするには、どうしたらいいか?」はそれはそれでいくらでも話せばいい。
でも、金はある/子育てに友好的態度の人間は何人もいる/働き口はひとまずある、そして単なる「うまくいかなかった」レベルではなしに凄惨きわまる殺人をした、という今回のケースについて、貧困がどうの/友好的人間がいればどうの/働き口がなければどうの、という分析をしたって何の意味もない。再発防止策うんぬんをいうなら現実を把握しないでそれができるわけもない。認識しろ、という話だ。
で、ヒトラーの独裁を生んだ原因は、当然社会にもあるだろう。ヒトラーを生んだ社会状況を繰り返さない、という対応はもちろん必要だ。そして「ヒトラーの独裁は駄目だ。なぜか?」「ヒトラーという政治家は駄目だ。なぜか?」という認識も必要に決まっている。
駄目な親のイメージがみんなに理解されれば、明らかに不適な人間が親を目指すケースはある程度減るだろう。隣の家を見て「これは駄目だ」と理解して通報もできるだろう。
認識は防止に繋がっている。体罰が減ったのは体罰を生む状況が省みられたからであり、同時に、体罰が駄目で体罰を行なう人間が駄目だ、という認識が広まったからだ。
「どういう再発防止策を考えているのか、ぜひあわせて書いて欲しい」というか、このくらいのことは例えば「なぜこの親は駄目なのか?」を自分できちんと考えたりできる人間にとっては当然に判っているものだと思うんだが。
途中で腹の立った人、題名で既に私の言いたいことがわかった勘のいい方、時間のない方は「本文」を飛ばして「おわりに」を読んで頂きたい。
あなたは、
あなたの旦那さんは、
あなたの息子さんは、
戦争に負けて、巨額の賠償を強いられて、ハイパーインフレの国に生まれたら、家族を養えますか?
父親が貴族やユンカーでもないかぎり自活は無理でしょ。本人の資質や努力、やる気なんて関係ありません。どんなに能力、やる気があっても、恐慌と重税下で家族を養える20代の男性なんてほぼ皆無です。外国を侵略したとか言われてるけど、外国を侵略せずに必死で働いてたら、食べていけたと思います?
多くの若者を死なせた国が終戦したら、自動的に“誰かが支援する必要”があるってことでしょ。
支援するのは誰?
・旧敵国(賠償免除、借款)
・米国
でしょうか。現実的には、戦火を交えた旧敵国(旧敵国も戦争で荒廃してるでしょうし)が自分の生活物資に加え“7000万の敗戦国民の生活物資”を維持し続けるのも、このご時世では苦しいでしょう。
(2)旧敵国に相当の稼ぎがあり、敗戦国民7000万名の生活物資を何年にもわたって供給し続けられる
(3)中立国が助ける
で、ないかぎりは、
(4)東方拡大により生存圏を確保する
しか、敗戦国に生きる道はありません。
・父親が貴族やユンカーではなく、
・政府が支払うと約束した額と現実的な支払い見通しが不十分で、
・旧敵国に、生活物資を支援する財力と予定があると確認できなければ、
「では、このままオーストリアとズデーテンラントに行って、手続きしていってくださいね」と、講和条約を調印する係の人が、講和条約と引き替えに合邦協定草案を渡しながら言う必要があるんじゃないの?
違うのかな・・
「育てられないのに降伏するなんて無責任」という人は、1910年代で帝国主義をしちゃダメだと言ってるの?
“敗戦する可能性”は誰にでもあるでしょ。“敗戦しても自活できる経済力を付けてから戦争しろ”ってこと?それが責任ある態度だというの?それいったい何世紀くらいのこと?22世紀くらい??何世紀まで働いたら“賠償しても国民7000万人養える経済力”なんてつくの?
民族自決ってのは、同じ民族は一つの国家に住みましょうね、っていう政策なんじゃないの?そのために国際連盟まで設立したりしてんじゃないの?
★★★
記録のための事件概要
・1914年7月、兄弟国は戦争を決意。当事国に最後通牒(後に期限切れで宣戦布告)。
・1914年8月、国家防衛のため総動員を開始、自動的に戦争に突入
・1918年11月 革命と共に終戦。隣国は皇帝を引き取り、共和国としての歴史が始まる。
・1921年の3月 ロンドン会議が開催され、賠償額が決定。総額1320億マルク。
・7月頃から国内争乱開始か。大統領緊急令を連発するなどし法によらない解決を繰り返す。
・国内に賠償踏み倒しの声が聞こえ、隣国による保障占領が相次ぐ。イギリスが調停を試みるが、国会が運営できず。
・1930年にヒンデンブルク(当時大統領)が議会に依存しない内閣の結成を命じる。
・1933年1月、軍部による反大統領クーデターの噂(未確認)
・ポーランド西部のアウシュヴィッツでは、虐殺されたユダヤ人無数が遺体で発見される。
・1945年4月30日 ベルリンが陥落したところを、ヒトラーは自殺。
★★★
“ホロコースト”の意味は、虐殺とか、抹殺という意味だと思うのだけど、
この事件では、誰が何をホロコーストしたの?
★★★
この総統が苦学生だった20世紀初頭、ヴィーンでの親友だった音楽家の証言より再構成
彼が総統となってヴィーンに来たときですか?私を接見してくれましたよ。
監視?もちろんなしです。本当ですよ。
それではどうしてあなたはあのいまわしいヒトラーを殺さなかったのですか、ですって?
どうしてって…。彼は私の親友だったからです。
民族自決もいいけど、既に分裂している国家も、もうちょっと合併したらどうかな、旧敵国。
600万人のユダヤ人のご冥福をお祈りします。
言うまでもないが、改変元→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100801
冗談抜きで、ふざけるなと言いたい。「盗人にも三分の理」というが、同情する余地のない人間などどこにもいないのだ。しかしだからといって、追いつめられれば何をやってもいいかのごとく触れ歩くのは単なるデマゴーグに留まらない、犯罪的な言説だ。そもそもこの手の言説は、子供を虐待することなく立派に育て上げている圧倒的大多数のシングルマザーに対する侮辱であることに気がつかないのか。恥を知れ恥を。
まして、「なんでも環境のせいにするな、全ては自己責任」という俗流過激ネオリベ思想を推進しているこのデマゴーグブロガーが、こういうときだけ全て環境のせいにするなど、ふざけるにも程がある。
そして、「ジェンダー」という錦の御旗を振りかざされれば目が眩んでことの本質が見えなくなる馬鹿なはてな民よ、恥を知れ。
人を殺すぐらいなら、もっとまともな手はいくらでもあったはずなのだ。いくら追い込まれての行動とはいえ、同情の余地にも限度があるに決まっていよう。同情の余地があれば全てが免責されるわけでもなければ、悲惨な境遇に追い込まれれば誰もが罪を犯すわけでもない。
勿論、仮にヒトラーが生まれた時期があと50年遅ければ、誰一人を殺めることもなく平穏に生を終えることができたのかもしれない。逆に、私が当時のドイツに生まれていたらヒトラーと同じことをやったかはともかく、その下手人にぐらいはなっていた可能性だってあることは重々承知している。それぐらいの「想像力」は当然ある。しかしそんなことがヒトラーを免罪することになどならないのは言うまでもない。もしそれを赦すことができる者がいるとすれば、神仏のような超越的な存在でしかあり得ないだろう。いずれにせよ、現実社会ではヒトラーは赦されることは未来永劫あり得ない。それが世の道理というものだ。
この事件、いったいそれと何が違うのだ。「ネグレクトしない自信はない」そんなことはあたりまえだ。母子家庭であろうとなかろうと、ネグレクトをしてしまう可能性はある。人間とはそういうものだ。しかし、その責任を自ら引き受けることなく子育てなんてそもそもできるわけがない。育児に限らず、一寸先は闇の現実世界というのはすべてそういうものだ。誰も、他人が過ちを犯す可能性を零にしてやることはできないのだ。なんとか自分を律するように最善を尽くすしかない、それが本当の意味の「自己責任」ではないのか。
発端:http://i.imgur.com/VlwP6.jpg via Reddit
オリジナル:http://www.galactanet.com/oneoff/theegg_mod.html
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おまえが死んだのは帰宅の途上のことだった.
車の事故だ.なにも特別なことはない.ただ命取りだっただけだ.お前は妻と2人の子供を残して逝った.痛みはなかったはずだ.救急チームはベストを尽くした.でも駄目だった.おまえの身体は完璧にぶっ壊れてたから,死んだほうがよかったんだ.嘘じゃない.
そしておまえは私と出会った.
「一体……何が起こったんです?」お前は尋ねた.「ここはどこなんですか?」
「そう」と私.
「わたしは……死んだ?」
「そう.だがまあ気を落とすな.誰だって死ぬ」と私.
おまえはあたりを見渡す.まわりには何もない.おまえと私だけだ.「ここはどこなんです?」お前は尋ねる.「死後の世界ってやつですか?」
「そんなところだ」と私.
「あなたが神様ですか?」とお前.
「ああ」と答える.「私は神だ」
「子どもたちは……わたしの妻は……」とお前.
「彼らがどうした?」
「今後上手くやっていけるのでしょうか?」
「うれしいことを言ってくれるじゃないか」と私.「死んだというのに一番気にしているのは家族のことか.善い振る舞いだ」
おまえは魅惑されたように私を見ている.おまえには私はまったく神様らしく見えない.ただの男,あるいは女性のように見える.多分,ある種の漠然とした権威を示す姿形だろう.「全能者」というよりも学校の文法の教師のほうが近い.
「心配しなくていい」と私.「みんな大丈夫だ.子どもたちはおまえを何事にも完璧な父親だったとして記憶する.彼らにはお前のことを思ってうじうじと悩む暇なんてない.お前の妻は外では泣くだろう.だが内心ではほっとしている.公平に言えば,おまえたちの結婚は終わっていたんだ.ただし,彼女は自分がほっとしていることをとても後ろめたく思っていると言えば慰めになるかな?」
「あぁ……」とおまえ.「で,これから何が起こるんです?わたしは天国か地獄かそんなところへ行くんですか?」
「いや」と私.「おまえは生まれ変わる」
「おぉ」とおまえ.「それじゃヒンズー教徒は正しかったんですね」
「どんな教えもそれ自身の意味では正しい」と私.「ついてきなさい」
おまえはついてくる,私が虚空を歩くに従って.「どこへ行くんですか?」
「どこへ行くというわけじゃない」と私.「ただ,歩きながら話したほうがいいと思ってね」
「それでどうなるんですか?」とおまえ.「わたしが生まれ変わったら,まっさらな状態になるんじゃないですか?ただの赤ん坊に.わたしがこの人生で得た経験も何もかも意味がなくなってしまう」
「そうではない!」と私.「おまえは過去の人生で得た全ての知識と経験を持っているのだ.ただ今はそれが思い出せないだけだ」
私は歩みを止めておまえの肩を掴む.「おまえの魂はおまえが考える以上に素晴らしく,美しく,莫大なのだ.人の心というものは存在のほんの断片しか保つことができない.ちょうど水の入ったグラスに指を浸して,水が熱いか冷たいかを確かめるようなものだ.おまえは自分自身のほんの一部分だけを水に入れている.そこから出してしまえば,得られた経験は全てお前のものになるのだ」
「おまえはこの48年間ずっと人間の中にいた.だからまだ広がりきってないし,浸っていたときの意識の名残りを感じている.もしも私とおまえがずっとこうしていれば,おまえは全てを思い出すだろう.だが,それぞれの人生の間でそうなることはない」
「一体,どれくらい私は生まれ変わったんです?」
「多く.とてもとても多く.様々な人生の中に」と私.「今回,おまえは西暦540年の中国の農家の娘になる」
「何ですって?」おまえはつっかえる.「あなたは私を過去に送るのですか?」
「まあ,言ってしまえばそうだろう.時間というものは知ってのとおりおまえの宇宙にしか存在しないものだからな.私が来たところとは違うのだ」
「あなたはどこから来たのですか?」とお前.
「ああそうだな」と私は説明する.「わたしはある処から来た.ここではないある場所だ.そこには私と同じような者たちがいる.そこがどんなところか知りたいだろうが,正直なところお前には理解できないだろう」
「あぁ」おまえは気を落とす.「でも待ってください,もしわたしが同じ時代に別の場所で生まれ変れるのなら,わたしは自分自身とやり取りできるということではないですか?」
「もちろん.それはいつも起こっている.そして二人は自分自身の人生を意識しながら,それが起こっていることに気づかないのだ」
「ではこれら全てに何の意味があるのですか?」
「本当に聞きたいか?」私は尋ねる.「本当に?おまえは今わたしに人生の意味を問うているのだぞ.あまりに型にはまった質問じゃないか?」
「ええ,しかし利にかなった質問です」おまえは抗う.
私はおまえの目の中を覗き込む.「人生の意味とは,わたしがこの宇宙全てを創った理由は,おまえを成熟させるためだ」
「違う,おまえだ.わたしはこの宇宙全てをおまえのために創った.おまえが新しい生命の中で育ち,成熟してより大きくより偉大な知性となるために」
「わたしだけのために?他のみんなは一体?」
「おまえの他は誰もいない」と私.「この宇宙には私とおまえだけだ」
お前は呆気にとられて私を見つめる.「しかしこの地球上の他の人々は……」
「全てお前だ.お前の別々の生まれ変わりだ」
「ええっ,わたしがみんな!?」
「分かってきたようだな」とおまえの背中を励ますように叩いて言う.
「わたしは今まで生きた人類全て?」
「あるいはこれから生きる者も含めて,そうだ」
「わたしはアブラハム・リンカーン?」
「そしてジョン・ウィルクス・ブースだ」と私は付け加える.
「そして彼が殺した何百万人でもある」
「わたしはイエス?」
「そして彼に付き従った者全てだ」
おまえは押し黙った.
「おまえが誰かを犠牲にしようとするたび」と私.「おまえは自分自身を犠牲にしているのだ.おまえが行った全ての親切は,おまえが自分自身に行ったことなのだ.人類が経験した,あるいはこれから経験する全ての幸福と不幸,それを経験するのはおまえなのだ」
おまえは長いこと考えていた.
「なぜ?」とおまえ.「これら全ては何のために?」
「なぜならいつの日かお前は私のようになるからだ.なぜならそれがおまえという存在だからだ.おまえは我らが種の一員だ.おまえは私の子どもなのだ」
「なんという…」お前は言う,信じられなさそうに.「つまり,わたしは神の一員だと?」
「いや.まだそうではない.おまえは胎児だ.まだ成長の段階にある.全て時代の全ての人生を生きれば,おまえは孵るのに適したほどに成長するだろう」
「それではまるで,この全宇宙は」とお前.「それはちょうど……」
「ちょうど卵のようなものだ」私は答える.「さあ,次の人生に移動する時間だ」
そして私はお前を送り出した.