ペアが一番人気がないのが解せん。
アイスダンスはそれぞれが勝手なことして意味分からんし、技に制限もある。
やっぱペアだろ。
ジャンプの前の助走もペアだと様になる。
最高だろ。
他人の商売を気にしすぎ。
加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように加害者は死にますように
誰にでも優しかった可愛いはてなは、春休みが終わると、似合わない金髪のソバージュに、真っ赤なルージュをひいて、校門の前に停まる黒塗りの高級車にのって汚い男の前で股を開く下卑たアパズレに変わっていた。
はてなブックマークは大きな改悪をブックマークコメントに施した。
その改悪の要旨は、
・デフォルト表示コメントをスターのついた人気コメントと新着コメントに限定
・全てのコメントをすぐに一覽で見られない
というものだ。これははてながその本質をかなぐり捨てるような、大きな改悪だ。
新着コメントとスターの多くついたついた人気コメントだけを表示するというアプローチは極めて旧世代的だ。旧世代とは、ベストセラーしかおかない本屋、人気歌手のCDしかおかないCDショップ・・・時代とともに滅びさろうとしている『人気のあるもの、新しいものだけが価値あるものだ』という『恐竜の頭』的考え方のことだ。この馬鹿げた考え方を恐竜のロングテールで引っぱたいてきたのが、Amazonであり、appleであり、はてなだったはずだろう。
いまさらになって、恐竜の頭を選択するのは、はてなの自殺というしかない。
スターがついたものは見るべきコメントではない、ただ単に10人の人が気に入ったということだ。10人の人が気に入ったということは、そのコメントが『僕にとって』価値のあるものだということにはならない。上地雄輔のブーンブンシャカブブンブーンがいくらヒットしていても、僕にとってはオリモノ以下の廃棄物なんだから。
見るべき価値のあるコメントはユーザーごとに異なる、異なるからこそ楽しいし、多様性が生まれる。ユーザーがコメント一覽の中から探す、探すのもまた楽しい。そのニッチなコメントを評価しあい、好意を好感しあうのがはてなの楽しさだった。
その過程を台無しにすることで得られる利益はなんだろう?たぶん、「たいして見やすくもない、見やすさ」だろう。見やすくもない見やすさを目指すために、本質的な価値を犠牲にするのは、度のあわないメガネを買うために内蔵を売り払うようなものだ。誰にも利益なんてありゃしないんだ。
50000000歩譲って、人気のあるものか新しいものが見るべきものであるという旧世代のアプローチが現在においても価値をもっていたとうしよう。
けれど、「人気がある」ということを判断する為の指標として、はてなスターを使おうというのならば、間違いだとしかいえない。なぜなら、はてなスターは個人が何個でもつけられるから価値の基準になりえないからだ。AKB48の曲がいくら売れようとも、誰もが知っている国民的歌謡曲にはなりえないのと同じで、一人が何度も投票できる人気投票は人気投票として機能しない。そんな曖昧模糊とした基準で見るべきコメントを抽出する意味があるなら教えて欲しい。
ブックマークコメントが改悪されてから、明らかにコメントを書きこむユーザーが減った。
昔の「ニッチなコメントでも誰かが見てくれて評価してくれるかも」という楽しい期待が失われたからだ。どうせ新着からも落ち、人気コメントにもならず、誰にも見られないコメントなんて誰も書こうとは思わない。当然の結果として、コメントの数も多様性も面白さすら減った。一部の常連のコメント頻度も下がった。濃い人達が積極的にブックマークをしなくなり、クズみたいな手垢のついた胡散臭いライフハックばかりが目立つようになった。
なおして
付き合いたい、あわよくば結婚を前提に付き合いたい
ああああ、俺がブサイクだから押しの一手しかないんだけど、押してもいいのかなあ
飯誘うくらいいよねええ?
生きていればいいことがあるような気がする。
ナチスは巨大組織だったが、ニュルンベルク裁判では幹部だけでなく
組織ごと(つまり末端の構成員まで)犯罪組織と認定され、今なお社会的な非難対象だが。
だから欧州では著名人がかつて親衛隊や突撃隊に所属していたことが
僕は考えた、平和を実現するものは、人間ではできないのではないだろうかと、人間は互いの距離を測り壁を作り出す、その壁を越えることは容易ではない。平和を実現することというのは政治が不可欠となっている、しかし本当は政治がなくても平和が実現できる状態ということが理想であると考える、すなわち政治とは今現在においては必要悪となっているのではないだろうか、政治という行為には多くの問題をまた生み出している、それは人間の弱さである。人間は人間社会を安定させるためにその行為を行う、そのために人間は人間を裁くのである、人間が人間を裁くということは不合理には考えられないだろうか、人類は選択の幅をどんどん広げている、「彼は人なり、我も人なり、すなわち彼は我なり。」と言えるのではないだろうか、科学の進歩、これは人間にとってすさまじい影響を与えてきた、だが、我々はその大きさにいまだ気がついていないのではないだろうか、今、科学というものに飲み込まれようとしているのではないだろうか、いや、科学というもの、学問というものは、過去において今までにおいてもわれわれの立つ位置、見ることのできる世界を変えてきた、自分たちにとってこのことは不変の真理であったはずだ。だが、今感じるこの焦燥感のような部分は何なのだろうか、科学の進歩が人類にとって必ずしも幸福を与えるものではないということは、昔から言われていた、それは科学が悪いわけではなく、その力を行使する人間に問題があったからだ。過去の過ちを繰り返してはならない、それは人間にしかできない利点である、決して繰り返してはならない、だが、繰り返してしまうのも人間である、そこも人間の特性といえる。故意に間違えること、これは機械にはできない、だが、これからにおける、科学の失敗は発生率が減少しても、そのリスクというものは人類の存亡にかかわるものとなっていくのではないだろうか。故意にドッペルゲンガーを作り出せる時代が来る、そのような時代において「自分」を発見することは難しくなっていく。果たして、人間は機能となっていくのか、それとも人間は人間のままであるのだろうか、はたまた、将来人間に安定をもたらすものは、「人間」なのだろうか、人間以上の存在が現れるかもしれない、それはコンピューターなのか、はたまた遺伝子操作された人間なのか、それともその二つの融合なのか、また今現在まったく感知しないところからその存在が現れていくのか、まったくわからないが、自分は思う、人間が人間を安定状態に置くということは傲慢であると、また不可能であると、人間にはそれを補助するものが必要である。それは例えば・・・神である。いっておくが自分は神などを特別、信じてはいない、自分が考える「神」とは、「価値」である。その時代その時々に通用していた価値体系というものがそれにあたると考える、それは特定の宗教を信じる人にとっての価値、また宗教を信じない人にも持たれる価値観というものである。この時代において、人々を貫く価値というものが崩れ始めている。新しい秩序を作るという時代が終わり世界は画一化の時代へと進んでいる、価値の画一化、グローバル化、自分たちに影響を常に与えてきたその価値観、新しい世代と古い世代間に生じる、その差、開放される自由、神とは脳みそを支配する特定の一部分である、その価値に基づいてその時々の人間は行動する、しかし科学の発展はことごとくそれを破壊していく、人々は反乱を起こすが新しい世代が生まれ続けるかぎりにおいて、その動きは進んでいく、最終的にはとってもよい社会が創造されると信じて、人間はその価値がなければただの動物と変わりない、むしろ価値などはじめから存在しない、そんな時代が来てしまうのかもしれない、人々は価値を、追い求め価値あるものを大切にする、たとえそれがナンセンスに映っても、それがその人、個人を守るためのアイデンティティであるかぎり、そう行動する。
あなたは生きながらにして他人に迷惑をかけているという加害者意識が足りません。
ひとりの国民の死を減らすことは免罪にあらず。
あえて釣りじゃないと仮定して。
あれは例外ということはあなたは標準的な東電社員なのでしょうか?
だとするとやはりもっと叩かれないといけないと思います。加害者意識がまるで足りていません。
あなた個人の責任はほぼまったくないと思いますが、それでも社内の空気を変える試みぐらいはやってください。
ただの社員を恨む理由が理解できん。
責任者・役員級が恨まれるならまだしも、
まともな脳味噌があれば分かるだろうに。
だけど近い将来起こりそうで怖い。
できるもんならなwwww