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【ニュースソクラ編集長インタビュー】武藤正敏元駐韓大使に聞く
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170714-00010001-socra-int
知韓派として知られた武藤正敏元駐韓国大使が著した『韓国人に生まれなくてよかった』(悟空出版、1250円税別、6月1日)が多くの韓国メディアから「嫌韓本」と批判された。袋叩きのリスクを犯してまで、出版したのはなぜか。真意を聞いた。
――韓国の多くのメディアに、バッシングといえるような記事が載りましたね。
見出しはほとんどが「嫌韓本」というトーンでしたが、記事のなかでは冷静に内容を紹介してくれたところも多かったのです。中央日報の記事などがそうでした。そのなかでは、「文政権の登場が韓国民全体を不幸にする方向に進めたように思えてならない」というこの本で訴えたかった点も取り上げてくれています。
主に保守系の方々からはタイトルは刺激的だが、内容は納得できるものだという声もいただいています。
実は韓国から日本語の本なのに60部ほど注文がありました。韓国語に翻訳したいというお話も3件ありました。しかし断りました。
――どうしてですか
冷静に読んでもらえないことが分かっているからです。内容は、嫌韓派ではなく、ごくごく一般的な日本人からの視点を意識してまとめています。しかし、文在寅政権が80%以上もの支持を得ている今、特に若い世代は読まずに嫌韓と反応しだします。韓国社会全体としても本を出せば「けしからん」という反応になることは明らかです。
タイトルが少し刺激的に過ぎたとも正直感じてはいます。(タイトルで踏み込んだことで)私自身ダメージを受けましたが、それでも文政権のありようや、韓国社会の問題点は訴えておきたかった。
――先週から週末にかけ、文大統領は米、中、日本と首脳会談をしました、いわゆる外交デビューです。韓国メディアは評価する論調が多かったようですが。
メディアはブリーフ(政権側の説明)に引きづられます。確かに、安倍首相との会談では慰安婦問題への直接的な言及はないなど、日中米のどことも無難にこなした。しかし、よく発言を分析すれば、新大統領の最大の関心事が浮き彫りになります。北朝鮮問題です。韓国が主導権を取り、対話路線で北朝鮮問題を解決すると、各国首脳に伝えました。安倍首相、トランプ米大統領、習近平中国国家主席のいずれに対しても、対立は避けながら、北朝鮮との対話路線を主張しています。
対話で北朝鮮の核・ミサイル開発を止めることができないのは過去20年の経緯から明らかです。しかし、文在寅大統領は本気で言っています。少なくとも中国とロシアは対話路線の方が都合いいと思ったのかもしれません。韓国の提案に乗る形で米韓軍事演習の規模縮小などを言い出しています。その一点では、文在寅外交は成果を上げています(苦笑)。
文政権の対話路線で、北朝鮮に圧力をかけていこうというムードが殺がれています。トランプ大統領がどう出るかが焦点です。
現実感のなさには驚かされます。都鍾煥・文化体育観光相は来年の平昌冬季五輪のスキー競技の一部を北朝鮮のスキー場で行う案を明らかにしました。兄を毒ガスで殺すような人物が治める国に、世界一流のアスリートと世界のメディアを入れ、各国の応援団も入れ、そこから全世界に生中継しようということです。
IOC(国際オリンピック委員会)も北朝鮮も、受け入れられるはずがありません。それを提案するわけです。
経済政策、財閥改革、南北統一政策、文在寅政権の政策にはいずれも現実感がありません。一人あたりGDPや有効求人倍率が日本より低いのに最低賃金を東京以上に上げるなど、経済を知っていればありえないことですけどね。
――韓国国内でそのような指摘はないのですか?
文在寅がすべて正しく、朴槿恵がすべて間違っているという「感情」が今、韓国を動かしています。文さん自身も、外交をうまくやっていると確信しているように見えます。
――大使館、総領事館の前の慰安婦像の撤去を声高に言う段階ではないとお書きになっています。
それは戦術的な問題です。基本的に慰安婦合意は断固として履行させるべきです。あの合意は日韓両政府が互いに譲歩してまとめた歴史的なものです。これまでの日韓交渉は日本が譲歩ばかりしていましたが、その時代にはもう戻れない。日本がそれではもう持たないことをうまく伝える必要があります。彼らが理解するためにも、合意からの譲歩はあり得ません。
文在寅大統領の対北朝鮮対話路線が世界の流れになってしまうことを恐れています。その兆候はすでに出ています。肝心のアメリカがそちらの方向に向かっているのではないかと思わせるサインを、マティス国防長官の発言などから感じています。
――どうして韓国の左翼勢力は力を維持してきたのでしょう。なぜ、左翼政権が誕生したのでしょうか。
政府と財閥の癒着が強く、コネ社会である韓国では、財閥批判が政権批判に直結するからです。韓国がIMF管理下になった時、大統領が左派の金大中だったことは韓国にはある意味幸いでした。金大統領は財閥との関係が薄かったため、いわゆる「選択と集中」に成功したと言えます。
――文在寅外交が対話を推し進めるなか、北朝鮮が核実験をすれば、対話路線は失敗となるのでは。
一時的には北朝鮮を批判しても、文政権は対話路線を変えないでしょう。ある種の信念を持ってやっているのでしょう。それは人事にも表れていて、北朝鮮との実質的な責任者である国家情報院長には、これまで2回の南北首脳会談を仕切ったソ・フン氏を、青瓦台(大統領官邸)の秘書室長には、左翼学生運動の元議長で国会議員のイム・ジョンソク氏を選んでいます。ほかにもありますが、どの人も対話派ばかりです。文政権は安倍政権以上に「お友達内閣」ですよ。
仮に、核実験があっても彼は「外交的に成功している」と主張するでしょうし、外交面で大統領を批判する大きな流れは起きないと思います。文在寅政権が崩れるとしたら、最大の要因は経済でしょう。もしくは北朝鮮を統合する負担が大きいと分かったときです。対話路線への反対で政権が崩れる可能性は極めて低いと見ています。
米中が北朝鮮の将来についてビジョンを共有することでしょうね。その際には日本も韓国も蚊帳の外になるでしょう。それは文在寅大統領が最も嫌うところですけれど。
■武藤正敏(むとう・まさとし) 横浜国大卒、外務省入省。韓国語研修の後、在大韓民国日本国大使館勤務。クウェート大使を経て2010-2012年韓国大使。著書に「日韓対立の真相」「韓国の大誤算」(悟空出版)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設