だからタイガースとか、スワローズとか言うのかなと思ったら違って草
漫画も映画も全部フィクションなんすよ。全部嘘。現実を描いていたとしても絵や動画になった時点で再構築された虚構であって、感情移入しようがしまいが登場人物は実在しないし、現実との精神的な繋がりも存在しない。
その虚構の中から、一片の真実のようなもの、自分の心に刺さる何かを持ち帰ることができるか。作り手の視点ならば、虚構の中に現実の人間の心を動かす何か、人の心に何らかの傷を残すものが生み出すことができるのか。嘘の中だからこそ生まれる現実を超えた真実があるのではないか、それを抽出することができるのではないか。
地獄絵図
https://twitter.com/SNurarihyon/status/1513389316055379968?s=20&t=ssXltPRnEcGWbW2UKsn_Dw
「not for me」と「none of my business」は別物だぞ
現実と向き合うのをサボり、理念とか理想の矛盾を無視した、文系学問人の陥りがちのやつやね。
レトリックを駆使して論文をつくって、全ての結論を「啓発の徹底を図る必要がある」とかいう万能ワードで片付け、実際にどうすればそれができるか……というか、出来ない現実をどう生きるかという話と向き合わずに学問してる。
そういう風になると、相手の論の不備にぴったり対応したレトリックを出力するだけの装置であり、オブザーバーとして呼ばれた会議でやっていること実はレスバでしかない。
オブザーバーのうちは、実は一応役割をはたしているんだけど(オブザーバーごときに揚げ足を取られないために実務者が助言を求めるているからだ)、やることが批判でなく提案になると途端にバグを起こす。より良い方法を考える訓練なんかやってないからだ。
ここに問題点がありますよと指摘したら成果になってしまう社会文系学問において、一部問題があるけどこれがベスト、みたいな実務的答えはむしろ出してはならない。出したことが無い。出したことが無いからどういう反応が返ってくるか考えたことがないし、自分自身に一貫性を求めたこともない。
そういう態度のことを、自分たちでは「理想主義」と呼んでいるが、実際は現実を無視しているだけだ。
学問自体にそういう構造を産む土壌がある。シンクタンク的な現実が大事な就職先もないしね。
かなりどうかと思う。
https://syossan.hateblo.jp/entry/2022/04/11/221723
これ、図にする=パワポで作るみたいなのって悪だと思う
図は手書きでいい
「えなり」みたいだな