なんか北海道の坊さんが出てきて歌ってたのよ
歌上手いなーってボーッと見てて
そしたら決勝で中島美嘉の「僕が死のうと思ったのは」っていう歌を歌い出したの
そこから時が止まったかのように食い入って見てしまって気がついたら半泣きになってた
曲が素晴らしいっていうのもあるんだけど歌も素晴らしく上手いし
何より坊さんだからなのか歌詞の一つ一つの重みも凄くて本当に久々に歌で感動した
審査員の評価も無茶苦茶高かったんだけど、まぁその辺はクソ番組だから最終的には2位だったね
確かに歌は上手かったけど、坊さんの歌が圧倒的すぎてちょっと可哀想だった
そんで「僕が死のうと思ったのは」を調べたらFIRST TAKEが出てきたから聞いてみた
まぁ流石に本物は凄いね
世の中にはさまざまな文体があります。Web記事の文体は、見る人に簡潔に、わかりやすく見えるように書かれています。
一見簡単に見えますが、レギュレーションが厳しく書くことに時間がかかることが多い傾向にあります。
スマホで見やすいように2~3文書いたら一度改行を入れるなど、面倒な部分が多く私はあまり好きではありません。
紙媒体の記事の書き方の方が慣れ親しんでいるので、自分にとっては書きやすいです。もちろんレギュレーション等はありますが、とにかく情報量を詰め込み書けるので取捨選択がいりません。
無駄な改行を見ると正直イライラしますよね。それでもガラケー時代のスカスカの文章に比べるとマシにはなりましたが、やはり紙媒体の記事の方が実際の読むスピードは速くなる気がします。
【ガラケー】
これが太古の昔の
『文章』のかきかた……
あほくさ
【小説】
一番好きなのが小説を書く時の文体ですよね。小説に慣れ親しんでいるという部分もありますが、小説は漢字を大切にする書き方をする場合が多いので好きです。
勿論、商業的なものを書く場合はレギュレーションで平易な表現や平仮名に書き直されることもありますが、小説は芸術に近いので、点を何回打ってもその表現が面白ければ怒られません。
手を繋いで帰ろうぜ
作詞:俺
早く死んだ方がお得
死んでから考えようぜ
死んでから考えよう
手を繋ごうぜ
手を繋いで帰ろう
繋がなくてもOK
どうでもいいよ
全部どうでもいいです
だから手を繋ごう やっぱいいや
汚ねえし
もういいよ 帰ろうぜ
手は繋がないで帰ろう
汚いから
0時を震えて待て
もともとは(主に)近代国家を成立させた国が主にキリスト教だった関係で、罪を裁くのは神であって、人間ではないのが基礎。
ただし教会が政治と一体だった頃は「神の代行者」として死刑が行われていた。
が、政教分離の原則が広まり、政府(行政)は神の代行者ではないのだから死刑を執行できる立場ではないし、教会も政治を執行できないのだから死刑を執行する立場ではないというデッドロックが死刑廃止論の基礎となる。政教分離した結果、死刑を執行する立場の正当性を成立させる芯がなくなったわけだね。そんなものを「ある」ことにできるのは、まさに宗教あってのもので、それ抜きで理解の及ぶところではない。
まあ日本の死刑廃止論者は、たんに白人様がそうおっしゃっているのだから、それにのっとって作られた今の政治体制ならば、それが正しいあり方である、みたいな出羽の杜だと思うけどね。
それはそうだけど、苦味や酸味を楽しみたいのに柑橘ぽさっている?
意見がないなら黙っとけ
いーっくいくいく
いやどっちも古いという意味では大差ないだろと思うんだが
12歳的にはガンダムはマジンガーZと大差なく野暮ったいが、エヴァは現代的で洗練されているように見えるんだそうだ
前者に関しては「物語や絵の中に入り込んだ人の神話」が元祖だと思う。
呪いみたいな行為だってある意味では「自分が作った物語の中に相手を引きずり込んでその中で傷つける」っていうバーチャル転移みたいな所あるし。
ゲームで冒険に関してはまずゲームって概念の誕生が必要だろうな。
この場合は古代メソポタミアにもボードゲームみたいのがあったからそこかな。
と見せかけて、「ごっこ遊びをしていたら本当にそのルールの中に入ってしまった」みたいな物語もある意味では「ゲームの世界に転移」になるのでは?
ヤベーな。
人類が長期保存の可能な記録方法を発明する前にもう産まれていた可能性があるわ。
こりゃ駄目だ。