「貞潔」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 貞潔とは

2023-05-26

いろいろな「三大欲求

プラトン法律』(紀元前350年ごろ)

I see that among men all things depend upon three wants and desires, of which the end is virtue, if they are rightly led by them, or the opposite if wrongly. Now these are eating and drinking, which begin at birth—every animal has a natural desire for them, and is violently excited, and rebels against him who says that he must not satisfy all his pleasures and appetites, and get rid of all the corresponding pains—and the third and greatest and sharpest want and desire breaks out last, and is the fire of sexual lust, which kindles in men every species of wantonness and madness.

私は、人間あいだではすべてのことが三つの欲望依拠していると見ています。それらは、正しく導かれれば徳であり、誤って導かれればその反対となります。まずは「食欲」と「飲欲」であり、これらは生まれときからまります。あらゆる動物自然とその二つの欲望を備え、激しく興奮させられ、己の快楽や食欲を満たしてはいけないと言う者に逆らい、付随する苦痛からは逃れようとします。そして第三の、最も強く鋭い欲望が、最後に噴き出します。それは人々のあらゆる種類の淫気と狂気燃え上がらせる「性欲」の炎です。

今のところこれが最古である。さすが西洋哲学の祖。「食」と「飲」が分かれているのが特徴。プラトン著作明治時代翻訳されていて日本人にも知られていたと思われる。

法雲『翻訳名義集』1134年

欲界三欲

(一)飲食欲,即凡夫於種種美味之飲食,多生貪愛之心。(二)睡眠欲,即凡夫之心多暗塞,耽著於睡眠不能修道業。(三)淫欲,即一切男女由互相之貪染,而起造諸種欲事。

欲界三欲

1. 飲食欲、すなわち凡夫はさまざまな美味の飲食において、多くは貪愛な心を生む。2. 睡眠欲、すなわち凡夫の心は暗く塞がり、惰眠に耽って修業に励むことができない。3. 淫欲、すなわちすべての男女は互いに貪欲に染まり、それがさまざまな欲事の原因となる。

翻訳名義集』は中国南宋時代編纂された仏教系の書物。もちろん日本にも伝わっている。というかこの組み合わせが現在スタンダードである

貝原益軒養生訓』(1713年)

いにしへの人三慾を忍ぶ事をいへり。三慾とは、飲食の欲、色の欲、睡の欲なり。

養生訓』は江戸時代の大ベストセラー貝原益軒儒学者だが、この組み合わせは仏教の「三欲」と同じなので、「いにしへの人」というのは僧侶ことなのか。三欲を「抑えるべきもの」と捉えているのも仏教である。「睡眠を減らすと健康になる」みたいなことも言っている。

内山真弓『歌学提要』(1843年)

そもそも飲食男女と、言語とは、天下の三大事なり。

歌学提要』は幕末歌人香川景樹理論をその弟子内山真弓がまとめたものだという。

山本友一『私の短歌入門』(1977年)によれば、

人間の根源の欲望を、食欲・性欲・表現欲に三大別して言うそのことは、江戸末期の巨匠香川景樹以来、歌界ではならいとなっている。

ということで「食欲」「性欲」「表現欲」を表しているらしい。

官報』(1885年

人生の三大欲望すなわち黄金健康・不死

これはイギリス科学振興協会の当時の会長であったライアンプレイフェアのスピーチ翻訳されたもののようだ。原文を当たると「かつての錬金術師黄金健康・不死のために賢者の石研究していた」…みたいな内容だったらしい。

they hoped to attain the three sensuous conditions of human enjoyment -- gold, health, and immortality.

直訳すると「人類享楽感覚的な三条件」か。

村上専精『宗教観』(1906年

思ふに人生の三大慾望たる知識慾、資財慾、生存慾は直ちに人生の三大不可能と云ふを得べし

村上専精は僧侶だが仏教の「三欲」とは異なるのか。「生存欲」は戦時中文章で「日本人は三大欲求生存欲を抑えて国家に殉じるからすごい!」というふうに使われているのを見かけて面白かった。

滝沢秋暁『愛の解剖』(1907年

人間の三大慾望たる衣食住

個人的に「衣食住」は欲望というより「基本的もの」「必要もの」というニュアンスで捉えていたのだが、井原西鶴の『世間胸算用』でも「分際相応に人間衣食住の三つの楽の外なし」と書かれているそうなので、あながち欲望」的な捉え方でも間違いではないのか。似たようなパターンだと三大欲求を「福・禄・寿」に割り当てることもある。

黒田鵬心『美学芸術学概論』(1917年

美慾は字に示す如く美を求める慾で食慾、色慾と共に人間の三大慾の一つである

美術評論家が三大欲求に「美欲」を入れるのは、歌人が「言語表現欲」を入れるのと似通っているか

依田今朝蔵『日本風土を主としたる保健衛生論』(1920年

人生の三大慾とも稱すべき食慾と性慾と名誉

明治以降経済発展もあってか「金銭欲(利欲・財欲)」や「名誉欲(出世欲)」を挙げることがかなり多い気がする。

ロス・ロックリッジ『愛情花咲く樹』(1958年

そうすれば一日にして人間の三大慾望を果たすことになる、性慾と食慾と戦争――つまり殺傷慾だな

もとはアメリカ1948年刊行された小説だが、原文だと「three main pastimes」なので「三大娯楽」かな。

小松武樹『囲碁将棋の泉』(1959年)にも、

また囲碁将棋は、人間の三大欲望、つまり、食欲、性欲に次ぐ、闘争欲の中和剤の役目をしてくれます

といった記述がある。

鍵谷幸信『食欲と性欲の谷間に顔を埋めてしまったフェリーニ』(1974年

食欲、性欲、排泄欲の根源的意味に比べたら、人間の他の欲望である出世欲とか名誉欲とか権力欲とか支配欲とか金欲とか知識欲など、それこそ屁以下の価値しかない。

いわゆる「生理的欲求」のひとつとして食欲や睡眠欲と並べて語られる「排泄欲」だが、「三大欲求」として挙げられていることは少ない印象を受ける。ただ「性欲(射精欲)」を排泄欲の一種とみなすこともあるようだ。

梶矢文昭『読者を想定した教材解釈と授業展開』(1978年

本来、仲間と一緒にいたい、集団の中で自分の安定した位置を占めたいという欲求――集団欲は、食欲、性欲と並んで三大欲と言われる程のものである

この「集団欲」を三大欲求とみなすのは戦後にかなり広まった感じがする。近年の書籍でも睡眠欲に代えて集団欲が挙がることがあるようだ。

吉田聖『誘惑に負けない勇気、強い意志』(1979年

貞潔清貧従順修道誓願人間共通の三大欲求(肉欲・所有欲・支配欲)にかかわるものとして、生涯の一大試練と誘惑になりうる。

これはつまりカトリック修道士が守る三誓願対義語となるような欲望貞潔↔肉欲 清貧↔所有欲 従順支配欲)を「三大欲求」と見なしているらしい。カトリックあいだでポピュラー解釈なのかは知らないが、三誓願のもの3世紀末くらいまで遡るらしいので、当時からそうした発想があったとしたら面白い。

実用日本表現辞典『三大欲』(2015年

一般的には、生存にかかる根源的な欲求とされている食欲、睡眠欲、性欲を総称した言い方。

現在一般的認識。「金銭欲」「名誉欲」「集団欲」あたりを含めて「諸説あり」と言われていてもおかしくなかったと思うが、最終的にほとんど「食欲・睡眠欲・性欲」で固定されてしまったのは面白現象である

2020-09-16

ソープに行って賢者になって考えたこ

ソープに行ってきた。7月にも行ったからこれで2回目だ。それまで童貞だった。自分の心に変化があったので書いていこうと思う。

まずは「色々な見方が変わった」事。大きく分けて2つ。

①男は女とヤルするためなら割と全てがどうでも良い

これが一番最初に気付いたポイント

そもそもソープに初めて行ったのはソープコロナで安かったしコロナお上から金貰ったのが切っ掛けだった。

この時点で自分の考えはおかしかった。なんせ普段2000円くらいのSteamゲームを買うか迷っているのだ。10万あれば高いの買っても1年くらい持つ。

普段吝嗇家(これはケチを格好良くした言い方だ。りんしょくかと読む)の自分がそうだ!ソープに行こう!と考えるのがまずおかしい。

ジム行って筋トレして富士山登るとかだって実行可能だった。童貞だし一回くらいと思っていたが今日二回目に行っている。行って来たのは7万の高級である。3万+7万で見事に給付金消滅している。しかも今現在次行くことを考えている。

本当におかしなことに、全くソープに金を突っ込んだ事に後悔が湧いてこない。強いて言えば何も考えてない。気持ちよかったかと聞かれれば玉を下からペ---ロってやられるのは電流流れるようでとても気持ち良かったしマン射精するのもなかなか良かった。正直今までで3番目くらいに出た。

が、東方紅魔郷ノーマルクリアした方が圧倒的に脳汁出たし河原恋人に抱き着いた時の方がドキドキしたし皆で貧乏旅行に行った時の方が思い出としては上である

正直快感自体にとても3万使う価値があったかと言われればそこまでではない...と理性は思っている。

とはいえ初めての時は1回出した時点で舐められながら次はもっと良いとこ行こって思ってたし、もっとお金出せばもっと凄いのかなって感じだったので7万の所に今日行った。ベテランでマットと接客に自信がある人だったっぽいけど実際とても良かった。3万と比べれば2倍以上は良かったのは間違いない。

でも7万の価値があるかと言えばやっぱりなかった。思い出、体験としての価値すべてを合わせても7万の価値ソープそれ自体にはない。少なくとも理性はそう言ってる。

しか大金に値する価値を理性が感じてないのにワイは買ったことを後悔していない。絶対に何かおかしい。

Q.7万でソープに行く価値はありますか?

A.  ない

どう考えてもソープに7万は間違ってる。そんだけの価値絶対ない。気持ちよかったけどそこまでじゃなかった。

そして7万なにも考えずに突っ込んだのは憂慮するべきだ。だって7万もあればそれなりの勉強できるしジム一年も余裕で可能。友人に旅行をおごることすらできる。正直割と何でもできる。金の使い道として少なくとも初回はともかく今日ソープ絶対おかしい。

ソープ経験自分が1回目の後の自分を見たら間違いなく、次はもっと金稼げるようになってから行けというはずだ。これは間違いない。

しかし1回目2回目を通してソープに行ったのに何の後悔も反省の念も浮かんで来ない。むしろもっと生きたいとすら思ってる。今のワイは何かおかしい。今日消えた7万で色々なことが出来るはずなのに...

あるのはただ疑問のみである。理性は7万使用おかしいと考えおり、無意識は7万使用肯定している。明らかな矛盾である

間違いなくソープ7万には謎のバイアスが発生している。

とりあえずわかったのはソープに行くためなら7万なんてどうでも良いという気持ち無意識のうちに発生しているということ。

そんで7万という大金すら(実家貧乏だったせいで7万を大金と感じている説もある)ソープ嬢のような発展性が何もない女性とヤル事の前にはどうでも良いのだから、男は女とヤル為なら本当にすべてがどうでも良くて安いものなのだろうなと思った。

無意識価値を増大させる。

喜助はことばをついだ。「お恥ずかしい事を申し上げなくてはなりませぬが、わたくしは今日まで二百文というお足を、こうしてふところに入れて持っていたことはございませぬ。...

とは鴎外の高瀬舟である。ワイ金なし。でも実際のところ金はあったようだ。結論ソープ前のワイはケチだった。とにかくケチだったようだ。

初めてソープ行くまでのワイ、今考えるとどう考えてもちょっと金使わな過ぎであるソープにすら7万払う。いわんや生活投資をや。ワイは今かなり生活投資している。

ソープのお値段7万をワイの無意識脳みそ動物的な部分は安いと感じているようだ。7万の無ですら安いのだから千円万円の利器を高いと感じる心が薄まった。

ソープ初回に3万使った時点でケチさがかなり薄まった。ゲームを買う金を惜しまず、衣服を買う金を惜しまず、部屋を片付ける時間を惜しまなくなっている。

というか考え方が完全に逆になっている。せっかくソープ行くんだからソープ嬢さんに失礼ないように髪切りにいくか!で4000円飛ばしている。1000円カットで十分、できれば髪切るのに金なんて使いたくないとソープ前は思ってたが今はそんなこと何も考えず金使ってる。

どうやらワイは自分で考えるよりもケチだったようだ。

無の価値を多めにとる。多分そんな考え方を今してる。これから価値がなんだかよく分からないブランド品とか、服とか、センスだけは良い何かとかも買えると思う。だって今日7万の無を買ったんだし楽勝楽勝!ソープ嬢との記憶よりは実用性がある何かを買うのにためらいはもはやない。

高い値段はそれだけで他人に財力や見る目があるみたいなのを示せるのでそれだけで価値があるし、実際高いものは質もおおむね良いものだ。理性が価値理解できなくても、価値存在し金は使えるし皆使っているのだ。

他人の金の使い方が少しわかった気がする。7万で無を買える無意識様にかかれば有を買うなど楽勝だ。

無の価値は多分人気投票とかブランディングとかで増えるんだろうけどここでは割愛

という訳で自分価値を見出せるオタグッズとか実用品以外の、理性基準価値がないものを買えるようになった。

③すべての女にはマンが付いてるし男はがっつく

ワイはいわゆるモテない男で、昔一瞬だけ居た恋人一人を除いて女性セックスしたいとも思ってなかった(嘘である消極的だが機会があればやる気はあった。正確にはその恋人以外のマンにがっつく程の価値を感じていなかった。その恋人マンにはがっつきたくなかったので結果的にがっついたことがないだけである。その恋人は見るたび惚れ直すし今でも見るたび惚れ直すので正直面倒がられている。たまに会うたびに発作でデートに誘うのも断られるのも恒例と化しており、ワイも自分で面倒だと思っている。なんというかコレと決めた女だった。また会ったらそう思うと思う。他に恋人作っても視界に入れたらまた惚れるだろうから困る。)

この考え方は今日までなかったのだが、全ての女にはマンが付いている。そのパワーで7万使った事実すら無に帰すあのマン、実際気持ちいいが7万の価値は感じなかったが無意識の方はとにかくそれをもっと寄越せと叫んでいるっぽいあのマン。なんと女性には標準装備であり世界に30億程度存在する。

隙あらばワンチャン狙ったり、良い服装良い髪形にしてみたり、格好つけたりデートの度にバイト代を貢いだり相手が喜ぶような言葉をかけ続けたりして皆アレ好きねぇと思っていた。ソープ行って分かったが実際それだけの価値があると無意識の方は叫んでいるようだ

問題はこっからなんだが、これ価値の割に世界にあふれすぎじゃないか

そんなに価値があるものそんな気楽に持ってていいんですか?

その気になればレイすれば手に入るし、レイ日本じゃ少ない。実際買えるしレイする必要すらないほど世界にあふれてる。人間と付き合う動機はその頭にあると思っていたが、女と付き合う動機マンで十分すぎるほどあるようだ。

どう考えても隙あらばワンチャン狙ったり、良い服装良い髪形にしてみたり、格好つけたりデートの度にバイト代を貢いだり、相手が喜ぶような言葉をかけ続けるだけで手に入るのは安すぎ。

7万じゃ理性君は高いと叫ぶけど無意識君の方は7万程度ならそれを問答無用で0で認識させる。

最低7万円の投資までなら0円、しか服装とか話術とかは多数のマンに使いまわしが効く。そりゃみんな欲しがるわ。

色々な場所で女にモテる為に人間性まで捧げてる報告見るけどそれも納得。どんな事してでも手に入れようとしてる当たりに一貫性の美すら感じる。

ワイが気付いてなかっただけだが男はもっと色々なものマンのために使えるようだし使っている。進化心理学によると人間ほとんどすべての行動は生存生殖にかけられているらしい。予想以上にマン価値は高い。

④思い出

女性との思い出の見方が本当に変わった。

今考えると高校の頃ワンチャンありそうだった女性は二人いた。

一人は例の恋人、もう一人は別の高校課外活動で同じになった子だった。ワイに好意があったらしいその子とはデートに誘われて出かけたりしたんだがワイは例の恋人と上手くいった段階でデートすることはなくなった。(先輩には別れ方?に苦言を呈された)

例の恋人とは結局川で並んで無理やりキスまでで終わってしまった。

今思い返すなら好意があったらしい子とは絶対セックスするべきだった

何というか自由な子だったので普通にやらせてくれたと思うし、当時もそう思ってた。童貞DKなワイはそういうのは良くないなと思っていた。

例の恋人彼女セックスさせてくれるように扱えば良かった。

例の恋人は真面目であろうとするが真面目ではいられないタイプだった。河原で無理やりキスした時は割とうれしそうだったがダメだと言われそれ以上しなかった。今だったら絶対もっとしたし彼女の真面目であろうとする性格無視してでも彼女を喜ばせるだろう。

結論チョロいタイプだったから他の誰かに食われてると考えると腸が煮えくり返る。昨日までは彼女ダメ言われたことはしなかっただろうからこれは間違いなく大きな変化だ。今だったら彼女の持つ貞潔さへのプライドより自分欲望を優先するし、そちらの方が良い結果になっただろう。卒業した後みんなで飲んだ時は彼女はあまりにも無防備でその時襲えばよかった。

視点だととにかくヤレば勝ちみたいな考え方があるが口座から消えた7万を全く考慮させようとしないワイの無意識を考えるとそれはかなり正解のようだ。少なくとも世の男はそうしてるようだし、今のワイの理性の方もそれにかなり同意している。

童貞だったかマン価値わからんかったわ。二人とも絶対ソープ嬢よりも美味しかったのに。ヤレば勝ちだったわ。


色々つらつら書いたが総合して童貞で良かったことはないようだ。ソープは行っておいた方が良い。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん