「筋肉なんかつけたって格闘家には勝てない」とか言ってくる人いるんだけどさ、あれといっしょかな?
ぶっちゃけ誰に負けたって誰に勝ったってどうでもいいんですけど。
関連してるって主張する根拠はタイミングだけだよね
後ろめたさは確かにありますね。
普段めんどくさがっているくせに、隠れて何やってるんだろうって思います。
自分はそういうチャラいのにはなれないなあと思っていたのに、影でセックスしていて結局どっちなんだよと思いながら、やっぱり見た目が良いわけでもモテるわけでもないから、かと言って努力するわけでもなく日陰で楽な方に流れて、でも所詮表立ってそういうことは出来ないなあと思うと、やはりそれはコンプレックスなわけです。やはり社会的にはあまり認められる行為でもないから、日陰者だなあという意識があります。
筋トレしてる。
だってああいうのに出れるってことは、それだけ裸に魅力があるってこと
それが性的なものであれなんであれ、他人の心を動かすものだというのには変わりない。
それを指くわえてみてるキモカマが多いのが問題なんだと思う。
だからホモネタだっていつも「盛り上がらなきゃいけない」みたいな状態が続くんだと思う。
これじゃいつまでたってもゲイはバカにされてばかりだと思う。
「学んだらすぐに、直接役に立つこと」ではなく、普遍的な真理を求めて神学や仏教学を学ぶ人が仕事のうえで優秀だろうか。
それはとにかく、神学とか哲学ほどでないにしろ、直ぐには役に立ちにくいことを学ぶ道を選んだ生物系専攻の学生に就職口をください。
ほんとうに。
マジで。
そして、特定の民族をさして知恵遅れと罵声を浴びせるレイシストは、もはや生きている価値もないクズというのが世界共通の価値観である。
何にしたって誰かに受けっとってもらいたいもんだ。
何度か自殺願望したことがある。
「死ぬことが怖い」
怖いと連呼して、死ななかった。
「どうせ、死ねないんだ」
どこかで、誰かがそう呟いたかもしれない。
確かにそうだ。
臆病で人に話しかけれない
何がしたいのだろう<
何を考えているの<
日常茶飯事だった。
たった、一ヶ月で変わってしまったのだ。
皆の話について行けず。
皆から
として、
何がしたいのだろうか私は
逃げて逃げて
逃げた結果がこれだ。
何もない
ましてや、話を聞いてくれる人も・・・
同じ年代の人も見つけて話をしたりして
少し質問したりして
今に戻れた。
だが、まだ怖いとこもある。
じぶんで
guldeen life, anond, economy, 心理, misc
職にありつけて家を買えたのは、元増田の努力もさりながら、要は『運・タイミング』の結果だよ。今の日本にはそういう場所が少ないし、それらは就活生らのせいでは無い(むしろ、オトナ側の責任)。 2013/03/077 clicks
うんよくわかる。いま、食えてるのは、出会いが良かったせい、運のせい。
でも伝えたかったのはその先なんだよ。
「運のいい人が運の悪い人を差別する社会はなんで到来しちゃいけないの?」って話なんだ。
それはそんなに「学歴の高い人が学歴の低い人を差別する社会」よりもいけないもんなのかな?
もちろん、「差別なんて存在しない社会が良い」ってのはわかるよ。でも、それは実際無いでしょ。目の前に。
まず、学歴(差別でも重視でもいいが)社会ってのがあって、そこに適応した人がこの世の春を謳歌すると共に、適応できなかった人を数十年間差別してきたわけだ。メーカーの下請けいじめとかさ。派遣いじめとか。
んでもって、ただいま学歴ではうまいこといかない社会がやってきましたよ。新卒なのに就職厳しいです。そこで言い始める言葉が、俺たちは虐められたくないんで差別反対と。そんな言説が説得力もってるんかな、と思うわけだ。ぶっちゃけ、格差闘争なんてそんなもんなんだよな。ぶん殴っておいて反撃はいやですって、そりゃ、通用しないだろ。
モンサント社がエターナルフォースブリザードの開発に成功したそうですよ。
エターナルフォースブリザードをモンサント社が開発したそうですよ。
俺こと彼女いない歴年齢の童貞が試行錯誤してどうにか彼女を作りたいんだけど
いつも酒飲みながら神風特別攻撃隊について調べて写真を眺めて感動に浸ったり特攻隊員の遺書を読んだりして涙を流す癖がある
ああやって死ねたらいいなあとか思う。俺は彼女できない、結婚もできないから子孫も残せない
何か残すとしたら命を捧げて精一杯の何かを残すしかない。ああ。死にたくもあるし死にたくもない
ダートマスから脱出してきたおっさんですが、今はPerl使ってます。使ってて楽しいから。
プログラミングは急な坂を上る時代に入ると90年代に例えられましたが、これからは崖を登ることになるでしょう。
プログラミング巨石文明が終わり、数学に裏打ちされた摩天楼を作る時代が、すぐそこまで来ています。
でも、まだ大丈夫かな。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
それじゃ、またね。
はじめに。
おそらく俺は早晩自殺に追い込まれるし、恐らくその頃には俺もそれを望んでいるだろう。
それゆえ、まだ自身の心身が比較的マシである時にこれを記そうと思った。
身内の元からは文字通りいつのまにか消えている形式を取りたいと考えている。
しかし遺書というものは読まれるために存在しなければ成立しない。
とりとめなく書いていく。
俺は世間様からは職人だかクリエイターだかデザイナーだか、そう言われるような仕事をしている。
しているというか、仕事の体をなしたのは最近の事で、少し後に大き目の仕事を営業をかけて取ったが収益の予測はまるで立っていない。
規模と利益率としてはせいぜいひと月寿命が延びるかといったところだろうとは予想している。
そこから続く仕事はあるだろうか。というか、それは仕事なのだろうか。
そういった状況であるからこそ、こういった文章を仕上げるのは今のうちしかないと思った。
次の失敗に気力は耐えられないだろう。せめてただ息をして生きていくにも何らかのモチベーションは要るということを分かってほしかった。
残念だ。
前のようには創作というものをやっていけない。数年前の失敗が気持ちも熱意も何もかも持っていってしまった。
だいたい、上手く行かない就活の最中にある日いきなり芸術だとか言い出した人間に本当の感情なんて存在しない。
手を動かすのも実際のところ苦痛を感じるようになった。暇さえあれば紙に何か書いていたり手を動かせる人間の気持ちがついに理解できない。
時間を忘れるという感覚も、行為そのものをずっと続けていたいという欲求の感じ方ももう思い出せない。
やったところで碌な反響も無い行為を続けていくには精神が老けすぎたのだろう。
結論から言えば、俺はこうなって戦って死ぬために独立したのだと思うし、間違いなくこれ以外に方法は無かった。
専門教育さえ受けていない若くも無いクリエイターもどきに与えられる仕事など存在していないし、同い年くらいで一線に居る人間の仕事を見ればなお理解できた。
俺には才能がなく。運よく生き延びても、30や40になってもあるのは経験にも実績にも金にもならない仕事を「ギョーカイ」の隅でつつき回る未来だけだろう。
俺は就活に失敗して戦う前に舞台から降ろされたが、屈辱を漱ぐ機会をこうして得ることができた。
自分が作品という形で生み出したものにも本懐を遂げさせてやることができるだろうと思う、
こぼれ落ちていく人間関係を維持する事も、新しく作って育てていく事ももはや困難だ。
自分では上手くやっていたはずの相手が突然無関心になるのも、人気者の気を引くのに腐心するのにもうんざりした。
周りと遊んでいたと思ったら一斉に走り去られるような人間関係しか築けない自分にも。
あの頃の経験で、人の顔色を伺うのだけは上手くなったのではなかったのか。
一留したらアメリカでバブルが弾けていた。運が悪かったとも思うし、大量絶滅を生き残れない遺伝子であったのだ。
どうやら世間では普通は潰れる環境で潰れない人間が一流になっていくらしい。
俺は独立資金を稼いでいたはずの非正規の仕事でさえ体を壊し、肉体労働すら難しくなった。
馬鹿げた妄想を持ってからしばらくした時期に世話になった人がいる。
俺は出来る人間だと思い込んで些細な事から喧嘩別れか、それ以下のような別れ方になってしまったが、
今でも厳しい環境の中でどんどん成長して一流になろうとしているらしい。
願わくば、あの人が本気で創った作品をもう一度見たいと思う。
そして、そこに行きたいと願ったほどの鮮やかな世界を俺も見てみたかったとも思う。
これらが全て終わったら自分の行くところはあそこではないのかと、誰にも言ってはいないが内心では考えている。
覚悟という言葉を使った以上はケジメを果たさねばならない。逃げて生き延びるる事では救われない。
就活だとか労働市場だとか、あるいは政府だとかが歪んでいるのか正常なのかは俺には語りようもないけれど、
少なくとも俺の世界はことごとく歪んでいたのだろう。
残念だ。
自分にとっての最後の戦いが終わってもまだしばらく生きていられたなら、
生きているうちにお世話になったあの人に心から謝罪して、一度だけ何かに誘ってみようと思う。
誰も悪くは無かった。