はてなキーワード: スヌーピーとは
http://anond.hatelabo.jp/20110609234509
前半は同意。そういうのは人それぞれだから。ぼくはたまたまキモイとは思わなかっただけ。相手にもよる。本質的なのは、釣り合いで評価したかどうかってこと。
いろいろな人がいろいろ言っているけど、結局僕のような人は死ぬまで周囲を気にし続けざるを得ない、と思っている。これでも中学生、高校生の頃よりは改善されているとは思うが、それでも僕の文章の端々に、いろいろな人が異常性を感じ取っているみたいだし、それはそうなんだと思う。人に言われると、それはそうなんだ・・・と思ってしまうこと自体の弱さってのも特徴かも。それでも有名なスヌーピーのセリフのように、与えられたカードで勝負するしかないわけで。キモオタとしてフィギュアだなんだに精一杯頑張ってる人っているけど、ああいう人は本当に自分の好きなことのために全力をかけている人なわけで、僕はうらやましい。周り気にしたら絶対あんな事出来ないし、よほど自分を強く持ってるんだろうなと思う。でも必ずしも全員がそれをできるわけじゃない。ただ、そのようなことの程度を小さくすることはできる。努力することはできるでしょう。
周囲の人の目を気にして、彼女との関係を釣り合いという観点でまず見てしまうのはおかしなことだと、僕はおもってるしわかってる。治さないとと思う。でもいざ実際にやってみるとうまくいかない。やっぱり釣り合いを気にしてしまう。あがり症の人と同じだ。出勤時に家の鍵が閉まっているかどうかを何十回も確認してしまう人と同じだ。精神科的には認知の問題とかいうらしい。これを、簡単に解決できるんだとしたら認知行動療法なんて存在しないわけでね。
海外については、単なる経験談だからあなたにとってどうなのかわからない。結局、勘違い組と同じことになるのか、と言われればそうなのかもしれない。でも、ちょっと違う気もする。
海外に出ると、周囲の視線そのものが消えてしまう。ていうか、ネイティブでもない限り外国語なんて究極的なところの機敏はわかんないので、外人の彼女を作らない限りは割と表層的な付き合いになって、そして読むべき空気も読めなくなる。日本では、読むべき空気を読んでいないこと自体が批判される対象になるが、外国では、それ自体は批判されない。そのかわり自己主張しないと無視されるけど。相手が、僕達釣り合ってると思ってるかどうか・・・なんてまったくわからんし、そのうちなんだろそれっていうくらいになる。そうこうするうちに、人生って割となにげなく無為に過ぎていくんだなって思えてくる。日本にいると、これをやるべきこと、あれをすべきでないこと、というのがどんどん情報として入ってきて、それを常に頭で整理して行動していて、オーバーヒート気味になると人に会いたくなくなるし、うまくいっているとうれしくもなった(まあ僕だけなんだろうけど!ブコメや増田のすごい人たちはそんなことないんだろうけど)。でも、これは外人として海外にいるからなのかもしれないが、「お前はこれをすべき、これをすべきでない」というのはなくなる。ただ自分がしたいことはするし、したくないことはやらない。したいことは、自分が主張して、これはやりたいんだ、というと、なんだかたいていやることはできる。相手がしてほしいことを僕がしないなら、別にいじめとかされないし刺すような目線もない、ただバイバイ。あるいはクビを切られる。あるいは単位を落とす。そうやっていると、自分が好きなことを好きなようにやっていないと、人生はただ単に何気なく過ぎて終わっていくことに気づく。死ぬまでの人生をなんとなく思い浮かべたりもする。
それで、彼女を深く愛していることに気づいた。ちょっとしたきっかけでバラの花束を買って帰ったりもする。日本ではそんなことしたことなかった。二人で喜び、楽しみ、悲しんでいるときに、周囲とか釣り合いだとかが意識に上ることはなくなっていた。彼女と一緒にしたいことを考えて、喜んだり喜ばせてもらったり、あとただ単に一緒にいたりする。それはなんでなんだろう。環境が変わったからなんだろう。
もうひとつは、僕はこういうことしてるんだー、こんな彼女いるんだー、とか周りの人に言いたい(もしくは隠したい)気持ちもなくなってきた。勘違い組の人たちって、ちょっとこの「周りに言いたい」「周りから隠したい」感があるように思うんだけどネ。それとは違うことになるような。自分は自分。自分の人生をいきている。所詮生まれて生きて死ぬだけだから。
・・・と、えらそうに言ってはいるものの、まだまだ昔よりずっとよくなったってだけで、どこかで日本人にあったらすぐにお互いの服装チェックとかしちゃってんだけどね。
もちろん日本にいるだけでこう言うことをちゃんとやれちゃう人、最初っからわかってる人はいっぱいいるはず。僕は日本より欧米が上だとかそんなことは全く思わないので(生活レベル日本のほうが上だし)。でも人はそれぞれ持っているカードが違うので(これほんといい言葉だ)、そのカードに合っているデッキもそれぞれ違うんだろう。
病院行けとか簡単に言ってる人いたけど、まずそれで治るのかを考えるべき。最初に書いた二つかそこらの病気以外で、精神科医が確実に何とかできる病気はそう多くない。失敗されると、よくいるメンヘラのように薬漬けになる。そうなる前に為すべきことは山ほどあるし、あと、そんなレベルの障害とかじゃないでしょうにこれ。みんな心に弱いものを抱えながら、他の人と比べたらちょっと異常性を持ちながら、人間は生きてんだよ。なんか問題あれば病院行けってんなら日本人全員精神科送りだよ。そんなことしたって何かが変わる人はほとんどいないし、そんなことしたら本当に精神科医療が必要な人に、医療が行き渡らないんだぜ。防げる自殺を防げなくなるんだぜ。パニック障害起きたときに誰がみるんだい。
英語が必要とされる職場に、TOEICの点数が低いイケメンと、点数が高いブサメンが応募したとする。
そこで点数が低いイケメンが採用されたとなれば、これは不当な容姿差別だろう。
業務に必要とされる技能をより高いレベルで持っている、ブサメンの方を採るのが正当だと思う。
美形は広報担当や求人用写真のモデルなど、容姿を必要とする他の仕事にも使えるから、企業側のメリットが大きいのだ。
これは差別なんだろうか?
でも男女が逆だったら?スキルが同等の美女とブスが応募してきたとして、自分が採用担当者だったらどちらを採る?
当然のように美女を採ると思う。
どうかすると「美形の方が採用後も使い道が広くて社にとって有用だから」なんていう理由すらなく、
「やっぱカワイイ子のほうがいいよねー」なんていう私的な理由で採る低能も居るだろう。
自分は容姿が悪いが容姿の良い相手と結ばれたい場合、そのギャップを他の多くの要素で埋め合わせるしかない。
たとえば性格が良くて相手を癒せるとか、歌が上手い等のスキルで格好良く見せることができるとか、
仕事や勉強やスポーツで尊敬を集められるとか、金持ちだから相手にリッチな体験をさせてやれるとか。
そういった埋め合わせの方法を持たないただの不細工は、そのままただの不細工でしかない。
何の魅力もないただの不細工が、容姿の良い相手に片思いしても、たいていは笑いもので終わる。
それを「俺が恋愛できないのは容姿差別だ!」とわめくのはあまりにも見苦しい。
見た目だけでなく心までクリーチャーだと思う。
「配られたカードで勝負するしかないのさ」というスヌーピーの名言があるらしい。
(家が金持ちで、家族関係も良好で、運動神経抜群、美形、健康、成績がよい、話が上手い)と、
(家が貧乏で、DV離婚虐待など生育環境最悪な上、運痴、不細工、持病・障害有り、成績が悪い、コミュ障)が居る。
あまりにも良いカードばかりの人間は、余裕で勝ちすぎてゲーム自体がつまらないだろう。
状況判断によって勝つか負けるかが変わってくる、良いカードも悪いカードもいいバランスで振られている「普通」の人間が、
悪いカードを振られていても勝てる人間というのは、短所を長所で補って勝っているのであって、
(たとえば努力の才能があるとか、精神力が強いとか、多少無茶しても大丈夫なだけの健康があるなど。これらのカードは一枚だけでも強い。)
本当に長所がひとつもない人生には、悲惨な敗北しか待ち受けていないと思う。
クソカードの人に衣食住の保障をするのは、憲法に定められた社会の義務かもしれないけど、
彼らの性欲や恋愛への欲求、承認欲求を社会が満たしてやる義務はまったくないと思う。
というかそういうものは社会が仕組みを整備することで満たせるものじゃないし、
クソカードの人がどれだけ社会に当り散らしたところで、その手の欲求は死ぬまで満たされないと思う。
全部クソカードに思えていたけど、良いカードを一枚だけ発見した、それを生かして頑張ろうとか思える人は、変わるんだろうけど。
たいていは一生ダメだと思う。
好きにすればいいじゃないか。
見た目無理難題でも、元気を出せば本気になればできるんじゃないか。
2000いったら、時を待てということか・・
そんな罪はないよ
はぁ~~~~~~~~~~このすっとこどっこい。
なんでもいいけどぶっとばすよ。
世界の向こう側を信じるよ!!
なんでもいいけどアレをくださいな。
書いても書いてもキリがないな。
なんとなく楽しみを作っていけたらな。
俺は本気で想うんだよ。
悲しみを分かち合える友と共にありたいと。
ドナルドマジック!!
∩(*・∀・*)∩ファイト♪俺自身!!
何もできない俺が、何かをつかむための旅。
ロックンロールは生きている。
俺はロックンロールに生きる。
多筆家。そうスヌーピーのように。
駆け巡るシンドローム。誰も触れないふたりだけの国。
なんてことはない、なんということはない、などということはない。
ぴっぴりーーーーーーーーーリズムでいくぜ!!
暴れたきゃ塩を飲み干して
眠気が襲ってくるお年頃。中断だ中断だ。フォローするのは中断だ。
死の秘宝。期待しすぎたかな。
元気にやっていけばきっと大丈夫!
へい!
さ、就職面接での「何か質問はありませんか」OK/NGガイド(日本企業版)の解説だ。
さて、まずは例え話をする。
誤解を恐れずに言えば、就活は男女の仲、つまり婚活や合コンに良く似ている。
一方が相手のことを熱烈に望んだとしても、もう一方が嫌がればカップルは成立しない。
ある程度の傾向はあるけれども、特定の相手を"落とす"手法は存在しない。
細かなことを積み上げ、相手に選んでもらえる確率を上げて行くしかないのだ。
だから、とても重要なこと(わかってる。愛だけじゃ結婚できないとかさ)だけど、
相手から「何か聞きたい事ってあります?」と聞かれて、
「長男ですか?」「年収は?」「どこに住んでいるの?」「親とは同居希望?」とか
「一人暮らし?」「淡泊そうって言われない?」「SMって興味ある?」とか
そういうことは聞くな。
重要なのはわかる。
大切なのもわかる。
世の中きれい事だけじゃ生きていけない。
でも「俺のことが財布に見えてるんだな」とか「風俗に行けばいいのに」とか思われたら駄目なんだ。
さて、といったことを頭に入れてから、質問内容のガイドを見て欲しい。
前提として「なにか質問はありますか?」というのは、単に聞いてるだけ。
実は、あまり評価には関係ない。単に印象が少し変わるぐらい。
でも、その差が大切。
ほんの少しの差が、次の担当者に書類を渡すかどうかを決める差になったりする。
実はさっきのリストは、実際に聞かれたことがある質問を分類しただけ。
(凄い質問もあったと思う。でも本当なんだ)
さっきの極端な例え話に似て、相手がどう感じるかを考えればわかる分類だと思う。
基本的には「うちを選ぶ基準ってそれなの?」という疑問を抱かせない質問ならOK。
言い直すと「キミはうちじゃなくてどこでも良いんだね」と思わせたらNG。
繰り返しになるけどセミナーでNGに分類した質問をしたからって評価が下がったりはしない。
(そもそも説明会で質問する人が少ないから、そういう点でチェックはされるかも知れないけど)
でも、面接時とか面接後とかに「ああ、そういやこの人はあれ聞いてたな」とちょっとトーンダウンしたりする。
待遇が良いところで働きたい、別にその会社の事なんて知らない、同業他社はどこも同じに見える。
でも「どうして我が校を選んだのかな?」「家から近いからです!」と言って素直で宜しいと評価されるのは高校が最後だ。
「説明会ではステッパーが主力事業と言われていましたが、Nikonさんのシェアが高いと聞いています。どこで差別化しているのですか?」
なんて質問をしたからといって、選ばれるとは限らない。
でも「残業は多いでしょうか?帰りにくいとか感じることありますか?」と質問した人と比べたら、
面接官だって人の子だ。どっちを上にあげたくなるかは、察して欲しい。
「質問はないけど、と断ってからの雑談」というのが、質問ではないというのも、
場所によっては「それだって質問だよ」と面接官が笑顔で応じてくれるかも知れない。
でも、会社に関しての質問を期待されていたら?
コレを読んでいるあなたがもしも面接官で、課長とか部長とか決定権を持つ人に推薦する立場で
「おまえが推薦してくる学生はみんな落ちてるな」とプレッシャーをかけられていて、
質問はありますかと聞いて、パンフの2ページ目に書いてあるのに「企業文化について教えて下さい」と質問されたら?
「企業文化には美意識を大切にするとあったのですが、茶道部とかそういったクラブ活動も社内で行っていたりしますか?」
そういって質問してきた学生と、どちらが良さそうだと判断するだろう。
まあ、最初に断ったようにどんなに熱望してもうまくいかないこともある。
なんであの2人が?というカップルも世の中にはたくさんいる。
でも「結局は※なんだろ」と言って腐っても意味はない。
Yシャツの袖が汚れてたって、寝癖が付いてたって、それで人間性や能力が決まる訳じゃない。
どうせ入社しないと社内の事なんて判らない。それも判ってる。
もちろん判ってる。
でも、スヌーピーも言ってただろう?どう転んだって、配られたカードで勝負するしかないんだ。
ほんの少しの差でも、出来ることは全部やっておくべきだと、そうは思わないか?
You play with the cards you're dealt. Whatever that means.
だな。スヌーピーはマジかっこよすぎる。
そこでも自分は少数派に属することが多かった。
ある議題で「レクレーションを放課後にやるべきか」という討論になったのですが、
自分とある女子生徒の二人を除いてそれ以外は全員賛成ということもよくあった。
自分としては、元々悪名高いクラスでもあったし、放課後も拘束されるのは勘弁なのと、
文化的な活動をする時間が削られるという理由で、午前中にして欲しいと発言した。
もう一人の女子生徒はSさんと言って、
男勝りで、スカートを履いたのをあまり見た事がない。
母親を早くに亡くしたらしく、
多分、家事など家庭を切り盛りする役目を担っていたんだと思う。
子供心に、この人はちょっと違うぞ?という予感はしていた。
しかしながら実際には大多数の力には勝てず、レクレーションは決定してしまいましたが、
学級会が終了した後で、Hata君の意見に賛成すれば良かったという人も出てきて、
やるせない気持ちになりました。
レクレーションは2,3回やったものの、結局はダレて、いつのまにか消滅した。
その時に、大多数の論理というものを学んだ気がする。
そのSさんとは、中3でも同じクラスになり、
文集委員を共に全うするというご縁がありましたが、
そこでも色々あって、まー戦友みたいな感じでしたか。
ただ生きていく為には大多数でいた方が楽ではあるんだけど、
最近の広告とか政治とか見てると、今世紀ではその享受を受けられないような気がします。
■この記事のURL
http://skyportpub.blog77.fc2.com/
(谷啓版チャーリー・ブラウン/お試し版(5))の案内アリ
You play with the cards you're dealt...Whatever that means.
スヌーピーを見習うべき
毛布を引き摺っているのはライナス・ヴァンペルトだよ。
卵アレルギーの人に卵を食べさせる事も、
ライナス・ヴァンペルトが引きずっている“薄汚れた毛布”を無理やり取り上げる事も。
http://anond.hatelabo.jp/20090402142657 ←これを書いた横増田。
id:cambrian (http://anond.hatelabo.jp/cambrian/)
マンナンライフ事件やアレルギーの件については id:Terra-Khan 氏のエントリーが詳しいのでそっちを参照してください。
http://d.hatena.ne.jp/Terra-Khan/20090310/1236615975
(Double Side ~こんにゃくゼリー問題について2側面からのエントリ~ 当直医の警告)
http://anond.hatelabo.jp/20090402172919の増田には悪いんだけれどもね?
アレルギー離婚(http://bakatumi.hp.infoseek.co.jp/ar_1.html)に出てくる子供のような目にあうのは、小学校低学年の頃までは割りと良く有ったのだよ。日常茶飯事とは言わないけれど、2回や3回じゃぁ納まらない。おかしなもので、蕁麻疹の出る食べ物というのが毎年ように違ったから、その度にアレルギーで蕁麻疹を発生させては寝込んでいたものだ。
最初が牛乳、次の年が卵、山芋(とろろいも)なんて事もあったっけ。
最初の1回は止むを得ないでしょ?誰も知らないし、分かってなかったんだから。だけれども、蕁麻疹が出るから嫌だと言っているのに、「アレルギーだなんて只の言い訳だ」「甘えてるんだ」「残していいと思っているのか」とか言われて無理やり食べさせられて、後で死ぬほどのた打ち回った事も2回や3回ではない。
担任が変わる度に、あるいは団体行動で監督する人間が変わる度に同じ事が繰り返されてきた。アレルギーで苦しんでいるのを見てきたはずの周りの連中が何かしてくれたかというと、黙ってみているだけだった。だから、「無知や無理解、無関心」が原因で人死にが出得るというのは、実体験としてよ~く分かっているともさ。
まぁそんなわけで、軽々しく「べき」や「教条主義」を振り回したがるような種類の人間に対しては恨み骨髄。おきてしまった事を今更如何こうしてくれとは言わない。そんなことは誰にも出来ない。
知らない事が無礼だなんて事がどこに書いてあるのかね?>http://anond.hatelabo.jp/20090402192746
繰り返しになるけれども、
「知らない事は理解しようがない。理解できていない事は実践できるはずも無い」
これが事実であり、真理。知らなかった事は防ぎようが無いけれども、それが原因で取り返しが付かない事態のトリガーを引いちゃったら、その罪悪感や後悔は「トリガーを引いちゃった人」が背負う事になる。
誰も肩代わりは出来無いでしょ?違うの?
ライナス・ヴァンペルトやアレルギー離婚については、いずれまた改めて書くことにしましょう。
追記:http://anond.hatelabo.jp/20090403000323
毛布を引き摺っているのはライナス・ヴァンペルトだよ。
指摘があったので修正しました。記憶違いで面目ない。
下から目線全開の韓国人が、日本人を貶しているような事と、同一に見えてしまう。
ツライ目にあった韓国の人の事を理解してあげられるのは、非モテや非リア充の人達かもしれない。
モテ/リア充の連中の為にどれだけ苦労したか解ってる人達じゃないと、韓国人の苦しみは理解できないかもしれない。
モテ/リア充である限り、非モテや非リア充の考えてる事なんてわからんからなあ。何をそう悩む事があるのかすら解らない。
これって残酷なのかね。
http://fetia.blog34.fc2.com/blog-entry-431.html
しかし実際に見かける「恨」は、そんな悲壮なものでも切実なものでもありません。むしろもっと低俗で卑近で幼稚なものの方が多いと思います。
例えば、「入りたかった大学や会社に入れなかった」「買おうと思った物が(品切れや予算オーバーで)買えなかった」「日本料理屋でキムチをオーダーしたら断られた」「全財産をはたいて宝くじを買ったが、期待した当籖金が当たらなかった」などに起因するものが、よく見聞きする「恨」です。
朝鮮人は、「自分の望みは常に十全に満たされるべき」と考えています。その十全に満たされるべき望みが実現されなかった時、「恨」が発生するようです。
単なる不満と違うのは、不満を不当と考えている点でしょうか。不当な現実を押し付けられことに対する悲しさや憤りを心の底に蓄積させ、発酵させたものが「恨」になるのでしょう。
要するに「恨」とは、「果てしなく生じる願望に対する果てしない追求に応じ切れない現実世界に対する不満から生じる負の感情」と考えれば、だいたい間違っていないのではないかと思います。
ちなみに、「日本人が世界中から嫌われ孤立し、孤独に耐え兼ねた日本人が韓国人に土下座して友誼をこいねがう」というのも彼らの切なる望みですが、それが叶えられないこともやはり彼らの「恨」になっています。
しかし、自らが抱いた願望を貪欲に追求したいのであれば、自らの生活や技術の改善も積極的且つ貪欲に行われるべきだと思います。しかし、なぜか朝鮮人が生活や技術の改善を積極的に行っているという話を聞きません。そのかわり、改善の過程をすっ飛ばして結果だけを貪欲に追求する余り、日本で行われていることを片っ端からパクリまくるという話は鬱陶しいほど聞こえてきますが。
http://d.hatena.ne.jp/SAGISAWA/20051127
259 名前:('A`) 本日のレス 投稿日:2005/11/26(土) 04:31:47
≫258
俺も見てなかったがとりあえず。
202 ('A`) sage New! 2005/11/26(土) 04:12:06 0
「男には四つの階層にわかれてるんですよ・・・イケメン、フツメン、ブサメン、キモメン」
「女性が相手にしてくれないから、負け組男が二次元キャラの萌えに走るんですよ」
「女性がアッシー・メッシー的価値観のまま高望みしている間にも、
「私が間違ってたら銃殺刑でいいですよ!」
260 名前:('A`) 本日のレス 投稿日:2005/11/26(土) 06:17:59
これをどうやって救うのか・・・」
http://blog.livedoor.jp/news2chplus/archives/50533529.html
スヌーピーは何で犬なんかやってるのか訊かれてこう答えてる。
「配られたカードで勝負するしかないのさ」
韓国人のそれは駄々っ子の不当要求。非モテのそれは酒の場での飲み話。
もっと言えば、自分が犬である事を自覚した上でクダを巻いているのが非モテで、自分が犬である事を不当であるとして他者攻撃に走るのが韓国人。
そもそも前提条件が違う。