はてなキーワード: 火の玉とは
都知事は都民の有権者の付託しか受けていないわけだが「オールジャパンで」などと勘違いしているよ
多分「気分は総理大臣ルンルン」なんだろう
「暑がりません勝つまでは」「非国民は排除しろ」「一億総玉砕」
「一億総懺悔」「2020年には神風が吹くので涼しくなる」(森元首相は「日本は神の国」と発言した)
といったところだろう。
ローカルな行事をナショナルな行事にすり替える、特殊詐欺レベルの詐術にまんまと引っかかったわけだ
あと「ファースト」が日本で広まったのは、イギリスでEU離脱投票の直前に、賛成派が反対派の議員を射殺した際に
本来ネガティブな意味合いのこの「ファースト」は都知事の排除発言と軌を一にする。
とにかく勘違いが多すぎる
ジャップランドであることをやめようとしたらジャップランドはすぐにでもジャップランドで無くなるだろう。
そしてなによりジャップランドがジャップランドである原因がジャップランドであり続ける事にあるのは、ジャップランドの中でジャップランドを否定しながらもジャップランドを脱しようとして動けば後ろから刺される恐怖により誰もがイヤイヤながらジャップランドであろうとし、そうするウチに頭が壊れてジャップランドであり続ける努力に加担して魔女狩りのような真似をする自分こそが正義であり一億火の玉のヒーローの1人だと信じ始める所にジャップランドのジャップランド性が宿るからである。
ジャップ民族は右に倣え国家だからお上であるアベがPTAやめろってしないと変化ないから
自分たちで変えられる素質があるなら平成終わりまでこんな問題組織残ってないっちゅーねんバカかおめーは
同じ様にNHK受信料みたいな化石みたいな法律も手つかずで残ってるわけないし
東電も何のお咎めもなし身銭切らずにヌクヌク電力利用料上げられるわけがない
個人で変化できないってのは歴史が証明してるしこの先未来永劫個人で変えられることはない
そういう人は日本を出て行ってる
増田もお前も俺も日本から出れなかった負け犬なんだから負け犬同士マウント取ろうとせず大人しく黙ってろ
全ての批判がお上に集中するからこそ日本人はお上の言う事に従って1億総火の玉になれるんだよ
でなきゃこんな狭い国で個人で主張激しくしてみろ
摩擦熱ですぐに日本劣等民族メルトダウンしちまうっつーーーーーーーーの!
なんで日本に黒人差別と宗教が八百万()なのか考えたことあんのか
日本はお上憎しで一致団結するしお上の言うことなら仕方ないな…で団結する超法規的国家なんだよ
ポリコレではなくお上が全て悪いという主張の元他の権利が保障され自由が守られる国体をやってんだよ
ここは言ってしまえば究極の個人主義たちが凍り付いた人間関係を構築してる国だぞ
そんな中で出る杭になって何ができるっていうの?
出る杭を否定することが基板の文化形態で出る杭を推奨するのは自殺幇助と同じだぞ
お前がこれから出す例の日本人でありながら出る杭になったプロフェッショナルたちなんて
所詮小物だし小さい界隈のなかで社会全体の変革を担ったわけでもないのに過大評価されてるやつは
ファッション出る杭、ファッション出る杭だよマイルドヤンキーだよ
真なら既に海外に出てしまった人材だからそいつらを引っ張ってきて個人主張の成功結果だというならやっぱりお前はバカバカバカバカカバだよ
グーグルに「ヨガファイヤー」って入れてスペースいれたら「出し方」って候補に出てきてワロタ
まあ普通に考えてゲームの技の出し方ってことだろうけど、リアルに出す方法探してる人がいるかもとちょっと思っちゃったんだよね
[調査] fire と flame の違い - 英語学習SNS Q-Eng
こんなブログ見つけた
ヨガファイヤーは口から火の玉を吐き出し相手にぶつける技です。
何かが燃えながら相手に向かって飛んでいくので、燃えている物質自体も含むという fire の定義に合っています。
ヨガフレイムは口から炎を吹き出し直前にいる相手に浴びせるという技です。
口から出ているのは flame だけのように見えるので、なるほどヨガフレイムですね。
そして、ヨガファイヤーとヨガフレイムは後者の方が入力コマンドが難しい。
ヨガフレイムの方が、完全に flame を制御することで成立する技であり、制御が必要なことがコマンドの難しさに反映されているってわけだ。
そして、ヨガフレイムのコマンドを失敗して flame を制御しきれずに fire になって飛んでいくのが実はヨガファイヤーだったんだね。
数メートルしかない横断歩道でも、信号に従う自分を誇らしげにしている人。
決められた事に従う事に何の疑問も持たない人。
守らない事でさほど害がなかったり、むしろ非合理的であるような事でも、守る事が偉いと思っているからだ。
正しい事さえしていれば、守ってもらえると。そして、そうでない輩を大っぴらに批判する事ができるし、優越感、守ってて偉いねという承認欲求も満たされる。
優先席のマナーも、それが本当にペースメーカーに悪影響なのか知ろうともせず、ただルールだからと盲目的に従い、あまつさえ他人に強要してくる。私は正しい事をしてるんだと鼻息荒く。
そう聞かされて来た。
それに対してどうのこうの言うつもりは毛頭なく、ただ、何かに似てるなと思ったら、
日本は9条があるから守られていると言う変な幻想を未だに唱えてる集団と、根本は同じじゃないだろうかと。
戦前、日本はその特殊なメンタリティ、国民性、さらに外交の稚拙さ故に世界から孤立し、戦争へ走った。
きっとばあちゃんの「神の国」という言葉も、そういう中で周囲からそう教育されて来たんだろうと。
でも、その周囲を作ったのは誰なんだろうと考えると、それは当時の政府・軍部もあるだろうけど
それを煽り立てたメディアであると言う事は、今では誰もが知っている事。
翻って現代、「戦争法案」を唱え、本質を歪曲し誇張して煽動しているメディア。
9条と言う実体のない「神」が居れば救われると思ってるお花畑の人達。
そういう意味で、「戦争は悪だ」「日本が悪い」だけを植え付け、「なぜ戦争に走ったのか」について
正面で向き合ってこなかった戦後教育の恐ろしさが、ここに凝縮されている様な気がする。
神である9条を唱え、自分たちは独立独歩でやって行くと、他国に一切干渉せずやって行くと、
それが出来るならそれでいい。だが、それならば尚の事軍備を強化する以外、自国を守る手段が無いよ?
おいおい、これって戦前と同じ構図じゃないか?
競争において勝者と敗者が生まれるのは必然であることも、現代社会の中に競争の形を取るものが散見される事を否定するつもりはない。
誰かを貶めてのし上がるものがいて、反対に奪われ続けた事で人生を台無しにするものがいる事も否定する気などない。
だがその前者が勝者だとはとても思えないし、後者が敗者だとも考えられない。
また同様に、生まれつき恵まれ生涯に渡り恵まれ続けたものとその反対に居るものを勝者・敗者と分けるのも相応しとは思えない。
では何故、世の人は己や他者の人生を勝ち負けで区切ろうとしてしまうのか。
競争に勝ち続けた者は自然と人生の良い側に進みやすく、反対に負け続けた者は悪い側に進みやすい。
知能の程度を下げれば一見正しそうに見えるが、知能の程度を標準レベルに戻せばすぐに誤りであると分かる。
だが人はこんな簡単な事になぜか騙されてしまう。
何故なら、多くの者が同じ間違えをし続けているからだ。
人間は暗示に対して脆い。
レミングスは集団であるからこそ崖に飛び降り、帝国海軍は一億総火の玉であるが故に神風と化す。
一匹のレミングスは崖の危険性を知り、1人の日本人は勝機の無さを理解しているが集団となった時それは失われる。
だが、もしも正しくなくてもそれが人を幸福にするのならば辞める必要はない。
だがこの信仰は人を救わない。
邪教である。
簡単なことだ。
勝者と敗者に別れる時、それは戦である。
そして戦において、そこには敵と味方が生まれる。
そして勝者と敗者の概念が個々人の判断に委ねられる時、回りにいる大部分が敵となるのだ。
あいつは俺よりも金があるから敵、あいつは俺よりもブサイクだから敵。
下手をすれば回りの全てが敵に変わる。
そしてその敵の群れに勝つためにその場その場の勝利ばかりを目指す。
他者を敗者と思い人に辛く与えればそれは真の敵になる。
己を敗者と思い人にへつらえば誰もが真の敵になる。
そうして回りの全てが本当の敵になるのだ。