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はてなキーワード: 徳川幕府とは

2011-03-07

技術ギークは500年たってもえがちゃんに勝てません

ネットで有名になりたいのなら、目の眩むような技術力を持っていても、無意味です。宝の持ち腐れ、童貞巨根です

蠱惑的な文章力があっても、無駄です。豚に真珠いわきノブ子に化粧水です

豊富人生経験を持っていても、無益です大衆は小粒の砂金よりも、「ホッテントリ」という焼印が押してある巨大な糞尿袋に集ります

自己顕示欲が全てを決めます

ネットで成功したければ、自己顕示欲を持って、しょーもない意見だろうが、サービスだろうが、

ツイッターはてブSPAMフェースブックスパムSEOを使って、大々的に喧伝するべきです

理由は3つあります

理由 蓼喰う虫があなたの味方

まともな一般良識を持った人間ならばえがちゃんのように「自殺=悪の意識を徹底しよう」「若手のうちは死ぬほど働け!」とか言いません。

それがバカで間抜けなことだと理解できるからです。けれども、広大なウェブ世界ではバカな意見共感する蓼食う虫がたくさんいるのです

はてなーの反論意欲を煽り、ボロクソに叩かれたブクマを見た蓼食う虫があなたのファンになります

蓼食う虫に蓼を提供している物好きはネット界隈にはあまりいないので、需要供給の関係から、虫はあなたの大ファンにならざるを得ず、あなたサービスをせっせと応援してくれるはずです。桜チャンネルという名の精神病連にお金を払って、せっせと視聴する人たちがいるのと同じ理屈です

50万の無視はネットでは可視化されませんので、特にリスクではありません。代わりに、1000の蓼食う虫が「同意です」とあなたを誉めそやしてくれます

リアル教祖様の気分になれるので、自己顕示欲を存分に満たすことができるはずです

一方、まともな意見を言っているギークは特に他との差別化が出来ないので、有名になれません。

蓼食う虫に囲まれる方が、無視よりはマシなのです

理由 宣伝欲がない人間は生涯地を這いま

普通人間なら、躊躇するような内容、サービスをまさか個人サーバーにあげるだけあげて非公開になんかしてませんか?

しょぼくても良いので、宣伝しましょう。しょぼければ、しょぼいほど、ひどければひどいほど、あなたサービス炎上します。

炎上する過程で、あなたは有名になり、結果的に次回からサービス成功率があがります

えがちゃんが有名になったのはAPIを流用した「これ誰が使うねん」という誰得サービスの連発を発端とした炎上事件です

リリースしたサービスは愚にもつかない、「細木数子ギリギリモザイク!」並の誰得サービスしたが、西村博之小飼弾というネット大御所から

コメントすら貰えるほどの事件にまでなりました。当然、彼の知名度はうなぎ上りです

もし、良いサービスをつくれるのならば、さらに死ぬ気で宣伝しましょう。どうも技術力のある人は宣伝というものの効用を舐めすぎています。

どんなに良いものでも、人がしならなければ意味が無いのです。僕のおばあちゃんのつくるたい焼きはおそらく世界一いしく、世間に公開すればIPOまちがいなしなのですが、誰も知りません。良いものでも、それを知っている人、使う人がいなければ、無意味です

また、ネット場合ユーザー数=力 なので、技術的に優れているものでも、有名なモノに簡単に敗北します。

非モテSNSが成功した理由は、えがちゃんの必死な宣伝です。彼はVixiというVipperSNSでも会員に手当たり次第に非モテSNSへの勧誘をしていました

松屋吉野家がビラを配るような行為ですが、そんなことを気にしているようではネットスターはなれません。

一度でも、大手2chブログ自分サービス広告を打とうと思ったことはありますか?大手2chブログ企業敬遠する分、冗談たいコストパフォーマンスの良い宣伝媒体ですが、えがちゃん以外の人が活用しているのを見たことがありません。

自己顕示欲自分の姿を忘れさせ、「自分を知らしめたい!」と宣伝行動を誘発します。宣伝は良くも悪くも力を生みます技術力のある真面目なギークがきちんとサービスをつくっている間に、えがちゃんはネット覇権を手に入れていくのです

負けたくなければ、宣伝しましょう。誰も、知らない隠れ屋的レストランを評価することは出来ません。

理由 ネット絶対値世界です

あなたがいくらスゴイ人間でも、周りの人があなたを知らなければ凄さは伝わりません。

地下にうまった徳川幕府の財宝を誰もしらないように、宣伝をして知らしめなければ、あなたの実力には誰も気が付きません。

100の絶賛のPVよりも、憎悪の1万PVの方が価値があります憎悪の1万PVを積み上げていけば、その中から天邪鬼なファンが生まれます

天邪鬼なファンはたいてい濃い人なので、あなたの動向に注目し、あなたを広める宣教師になってくれます

ネット絶対値世界で、賞賛の1000PVも、罵倒の1000PV広告主様から見れば同じようなものです

無難意見を書くのは絶対にやめましょう。できるだけはてなーの反論欲を鼓舞して、叩かずにはいられないバランス感覚のない意見を書きましょう。

他人の人権なんかに考慮するのは絶対にやめましょう。出来るだけ弱そうな人間を選び、罵倒し、侮辱し、罵りましょう。

人権意識なんて、あなたネットスター街道に一ミリほどの貢献しません。

煽ることで、+であれ、−であれ、知名度はあがるので、サービスリリースすれば、人が集まります

普通人間なら「このエントリーアップするのはどうだろう」と思う意見でも安心のセルフ3Usersブクマを繰り返しましょう。

まぐれあたりがあった時に、寛大なはてなーは「やっぱいいとこあるな!」とみなおしてくれますバカ丸出しですね。

俗世の営みを嫌って食を拒むソクラテスより、乞食の方が長生きするよ!

無闇に宣伝するのは悪と思うのはやめましょう。宣伝はまっとうな行為です宣伝するものがまっとうである限りにおいて。

宣伝をためらう方もいるかもしれません。でも、ソクラテスが毒杯を飲まずに哲学を続けていたら、人類思想史にどれだけのものを残したか?

を考えれば、そんな戯言は言ってられないはずです悪貨が良貨を駆逐するのは、悪貨の方が量が多いかです

良貨をつくれるギークたちがおとなしくほそぼそとやっている間に、うんこスプリンクラーはさらに半径を増大し、世界中うんこを撒き散らします。

そうなる前に、いいものをつくれる人たちは適切な自己顕示欲を持って、自分サービスをつくり、宣伝しましょう。

あらゆる広告チャネルを使って、サービスを伝えましょう。学んだ技術ネットシェアしましょう。スゴイ技術者として、勉強会をひらきましょう。

ツイッターで何気ない日常を報告しましょう。そうすることが、うんこスプリンクラーに対抗する唯一の手段です

ヒーローが悪者の技をラーニングするように、えがちゃんのあざとい宣伝の必死さは真似るべきです

もちろん、このエントリーの本旨は力のある技術者への宣伝のススメとえがちゃんへの皮肉です

終わり。

2010-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20101008001916

「ちがうちがう、徳川ですよ」といわれて、

「失礼しました。徳川幕府を開いたのが足利尊氏ですね」

っていうレベル...かな?

2010-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20100128133535

超長期的に侵略しなかったトクガーバクフは結果的に侵略されてオワタわけですが、どでしょ。国益に適ってましたか?(いや、それはそれで良かったのかもしれんけど)

“トクガーバクフ”とやらはそうなのかも知れんな。

でも、徳川幕府は、単にクーデターないし内戦で倒れただけ。

侵略しなかった文明、というか文化圏が滅ぼされて国自体がなくなるなんてのは良くあること。

それは、単に内部に瓦解要因があって、外部からの圧力とあいまったというに過ぎない。

2009-08-04

年功序列起源

2009-08-04 / Economics

城繁幸氏のブログに、台湾メディア日本年功序列が理解できなかったという話が出ている。年功序列儒教の「長幼の序」の影響だと思っている人が多いが、違うのだ。儒教の本場である中国にも台湾にも、年功序列はない。中国科挙は、基本的に試験だけで昇進を決めるので、10年以上受験勉強して中年になってから合格する人も多かったから、年齢で人事を決めることは不可能だった。韓国には日本以上にきびしい年功序列があるらしいが、日本のように入社の年次ではなく年齢による序列だという。

では日本年功序列は、どこから生まれたのだろうか。笠谷和比古氏によれば、徳川幕府にも年功序列はなかったという。武家の序列の基準は石高だったが、幕末には財政が苦しくなり、管理能力の高い下級武士が昇進するようになった。たとえば勘定奉行として日米修好条約を結んだ川路聖謨の家は「御家人株」を買って武士になった町人だった。勝海舟の家も、無役の最下級武士だった。このような能力主義を可能にしたのは、徳川吉宗のつくった足高制度だった。本来の石高とは別に足高として加算され、形式上の序列(石高)とは別に、実質的能力主義による俸給制度になっていた。つまり年功序列は、家柄とは別の経験や功績による序列だったのである。

ところが明治時代官僚制度ができたとき、高等官/判任官の身分制度や15段階の俸給制度ができ、昇給は年次によるものと(非公式に)定められた。これが戦後実質的継承され、Ⅰ種(戦前の高等官)は6級に編入され、「キャリア」と呼ばれる。民間では、長期雇用の定着と年功賃金は、ほぼ並行して広まったと考えられる。特に戦後、労使紛争が激化した1950年代に、安定した賃金を求める労働側の要求に対して定期昇給制度採用したことが年功賃金につながったとする説が多い。

つまり年功序列日本の伝統でも儒教の影響でもなく、官僚制度によって原型がつくられ、戦後の労使紛争の中で両者の妥協として大企業で成立した雇用慣行なのである。これは結果としては若い労働者に「強制貯蓄」させることによって、その忠誠心を高めてモラルハザードを防ぐ役割を果たした。しかし老人に生産性以上の賃金を払い続けることができるのは、企業が成長し、若者が増え続けるときだけである。賃金原資が減り始めると、ノンワーキングリッチに「配当」を払うことはできなくなる。

これは年金財政破綻と同じ構造である。日本企業組織財政も、戦後の高度成長を前提にしてつくられ、それに適応して相互補完的なシステムができ上がっているのだ。その結果、老人と若者の利害の対立する問題では、つねに組織内の権力を握っている老人の既得権を守る決定が下される。この構造の前提となっている成長が止まった今は、官民ともにシステムを見直さなければならないのに、問題を先送りしてきたのが「失われた20年」の根本的な原因である。

2009-02-13

書評: 中村彰彦・山内昌之黒船以降 政治家官僚の条件』(中公文庫

 あまりに面白いので休日に半日を費やして読了した。

単に幕末維新の歴史の知識だけなら、百科事典講釈師のような物知りも沢山いるが、この対談は人物評が現代的で、政治家として官僚としての力量を問う通信簿的な作業でもあり、ことごとくがリアリスティックなのである。

 しかも幕末維新を、本筋を外さないで不思議な逸話で溢れさせ、しかし歴史観の骨髄をしっかり守っている。

 経済視野から薩長会津を比較してみると、京都守護職を越前松平春嶽から押しつけられた会津松平容保は、財政的艱難辛苦に耐えなければならず、藩士1000名の京と駐留経費の捻出は並大抵ではなかった。京都島原遊郭で遊ぶカネがなく、だから会津武士京都人から嫌われ、薩長はすかれた。

なぜか。長州竹島経由で、薩摩沖縄を梃子に「密輸」をやっていて資金が潤沢、最新鋭の軍艦鉄砲も買えた。中村彰彦によれば加賀前田藩も日本海の北と密貿易を展開した銭屋五兵衛を黙認した形跡があるという。

密輸で設けた諸藩の志士らは、経費をちょろまかして島原で遊興もできた。

 本書で両人からコテンパンな酷評を受ける一つは御三家のなかでもイデオロギーの強い水戸藩、天下の副将軍勝手に僭称した水戸光圀は、伝説では「名君」だが、じつはとんでもない御仁だった。

水戸学が、やがて水戸藩を分裂させ、悲惨な内訌が天狗党の悲劇を生んだが、じつはその後も明治三年まで復讐劇が続き、難を逃れて群馬栃木あたりに逃げ、その末裔現在もいるという後日談も、なんだか、西南戦争に負けた西郷軍のうちの1500名ほどが台湾へ逃れ、現地民に同化したという歴史の裏面の話に通じる。

結局、水戸藩の“正義”の史観徳川幕府を毀した。

 

本書は、薩摩長州歴史意識政治構造科学天文学への心構え、軍事思想など似ているようで全く異なることを、これまた目から鱗のように別の視点からえぐり出している。

たとえば坂本龍馬が斡旋した薩長同盟の基軸の発想は公武合体の実現だった。

山内教授は「オーストリアハンガリー二重帝国」の例があるように、天皇を頂き、徳川薩長が二分するアイディア存在を告げる。

イギリスオールコックなどの歴史観世界の情勢から、倒幕に踏み切っていくプロセス西郷大久保坂本邪魔になったという闇の部分にも光を当てる。これは中村がまだ直木賞受賞前にかいた『龍馬伝説を追う』(世界文化社)にも詳しい。

また榎本武陽の「蝦夷共和国」構想も、じつはハプスブルグ家の「オーストリアハンガリー二重帝国」が発想にあった、と示唆する。

 脱線ながら、評者(宮崎)が鹿児島指宿の「伝承館」でみたパリ万博記録展示の或る部分に驚いた。パリ万博薩摩徳川幕府が出展した。薩摩焼など、パリジャンの度肝を抜いた。ともにそれぞれの勲章をつくった。

 薩摩は「薩摩琉球国」として勲章をだした。つまり独立国として、国際社会にアピールしていたわけである。

 もう一人、こっぴどく批判されているのは福沢諭吉だ。

福沢が欧米派遣のおりに経費を誤魔化して図書を買いあげたが、それは小学生程度の英語の本が多く、小栗上野介は「あの男の選択眼は節穴、語学能力はその程度だ」と評した逸話は有名だろう。

福沢は本来なら切腹ものだが、ばれて詮議にかかろうとしたとき徳川幕府が瓦解した。

他方では講釈やら近年の小説の裁き方や世評はともかくも、食えなくなった旧幕臣らの面倒をよくみた勝海舟と榎本武陽への評価が高い。

 

 さて表題も示唆する「黒船来航以後」の話であるが、アメリカロシア日本にとって最初の接触だったのは、幕末の混乱期における日本にとって僥倖であり、もし英仏のような『ならず者国家』が日本に先に乗り込んできたらどうなっていたか。

 シナにしかけたアヘン戦争のような略奪と、国内分裂は防げなかったのではないか。幕府フランス薩摩英国に頼ったが、本気で内戦にのめり込んでいったら、日本は良いように利用されたあげくに英仏の植民地化されていた恐れがあった。

 しかし幕末徳川幕府をさしおいて薩長が最新鋭の武器を大量に買えたのも、その先見性や薩英戦争、馬関戦争敗北の体験から軍事知識と実践があり、おりしも南北戦争が終わって大量の武器をもてあましたアメリカから大量に買い付ける。

 市場開拓を狙うドイツ人武器商人だったスネル兄弟は河井継之助長岡藩にガットリング銃を売りつけたが、会津に強力にテコ入れし、最後は榎本軍に従って函館戦争をともに戦った。

 ドイツはむろん、英仏米露の隙間を狙って日本での武器外交が主眼だった。

 しかし幕府敗戦により、スネルは代金を回収できず、兄はやがて会津武士団の食い詰め組を率いてカリフォルニアに移住したり、弟は御維新後、浅草落語を聞いていたとか。脱線する逸話もまた本質に付随した、人間の描写なのである。

 それにしても幕末維新を縦横に語る中村彰彦は歴史作家だから回天の内幕に詳しいのは当然にしても、なぜイスラム中世専門家である山内昌之が、ときに中村を唸らせるほど幕末日本精通しているのだろう。

 もう一つ不思議に思ってきたことがある。山内昌之教授は、『世界』と『諸君』の両方に論文を書く器用な論客でもあり、保守なのか旧左翼なのか、いまもよく分からないところがある。

 山内がいみじくも「後書き」に書いている。

国際会議で、オスマントルコ帝国解体過程やイスラム政治歴史と、日本近世近代との比較をよく問われる。国際的要請でもある。まして日本史を知らずして世界史を語れる筈があろうか、と。

 最後節あたりの日露戦争から大東亜戦争に至る山内の歴史講釈には、ちょっと首肯できない史観部分があるが、山内教授主観だから、その部分は聞かないことにする。

2009-02-04

われ思う、故にわれあり。

「今まで学んできた日本の歴史が全てデタラメかもしれない。」

歴史はいつの時代にあっても時の権力者によって都合の良いように書き換えられる。

日本教科書には真実が書いてあるか。世界教科書はどうか。徳川幕府明治維新日韓併合

世界地図も全てデタラメかもしれない。

相対性理論も嘘っぱちかもしれない。

真実はどこにある。

2009-01-16

テレビ東京歴史バラエティー番組

2008-01-09

○○はなかった! ○○はいいこともした!

元寇はなかった。日蓮一派のプロパガンダ

信長一向宗焼き討ちはなかった。そんなに大人数を殺せるが訳ない

ソンミ虐殺はなかった。ヴェトコンプロパガンダ

ホロコーストはなかった。そんなに大人数を殺せる訳がない

チベット虐殺はない。資本主義陣営のプロパガンダ

徳川幕府キリシタンにいいこともした

ソ連シベリア抑留者にいいこともした

北朝鮮拉致被害者にいいこともした

中国チベットにいいこともした

南京大虐殺論争はなかった。アルファーブロガーを貶めるためのはてなサヨク陰謀

まぁボクは○○なんか本当は関心ありませんけどね。それよりも女の子(ry

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://bogusne.ws/article/77280369.html

2007-02-18

日本人宗教アレルギー檀家制度

http://anond.hatelabo.jp/20070216195203

そういえばこのネタ江戸時代徳川幕府が作った「檀家制度」との関連を書く人っていないねぇ。

要はキリスト教の流入を防ぐべく、誰もがどっかの寺の檀家になることを義務づけられたってヤツなんだけど。

で、寺請証文がないと結婚就職もできなかったわけで。

事実上仏教が戸籍みたいなもんだったわけでしょ? で、それ以外の選択が許されなかったと。

その名残で、それ以外の宗教というものに対して拒絶反応を示すようになったということじゃないかなぁ。

しっかし徳川幕府宗教まで完全に統制してたんだよなー。今考えたらすげえよな。

実質的に宗教というものを骨抜きにしちゃったんだから。

参考:寺請制度 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E8%AB%8B%E5%88%B6%E5%BA%A6

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