はてなキーワード: プライズゲームとは
デパートの1階になんで化粧品売場があるかっていう擦られたトリビアがあるけど、ふとゲーセンもその辺考えてフロア分けされてるんだなって思った。
1階は大抵プライズゲームとかプリクラ、ジャリ向けのカードゲームとか、ゲーセン通いが趣味って訳でもない若人が入りやすいようになってる。
ちょっと上がってコインゲーム、そのまた上に格ゲー音ゲー麻雀とかのACゲームがある。
オタクくんや中高年は隔離されてるって訳だ。まあ格ゲーとかだと煽り煽られがあるらしいしなあ。昔はレベチだったみたいだけど。
音ゲーなんかいい晒し者だし、棲み分けされてるのは有り難い話。
逆にたいたつみたいな馴染みのあるゲームは1階に置かれてるな。バンナムは太鼓一本だけど、たった二つの入力で老若男女、初心者から上級者まで惹き付けてすごいや。前に新しいのやってコケたのは知らん。
アーケードなんてどこの会社でもお荷物部門の斜陽らしいな。社会の隅のゲーセンのそのまた隅の居場所を守り続けて頂きたいもんだぜ。
一定金額を投入しないと絶対に取れない仕組みになっているのが一般的だったんですね。
"プライズゲームは、「景品を獲得するゲーム」ではなく「操作をする事を楽しむゲーム」です。
飽くまでも、棒やクレーン等を動かす事に対してお金を払っているのです、
建前上は。景品は「ゲームプレイへのお礼」とか「オマケ」でしかないのです。
景品獲得に高額の金が必要だろうが、何億円つぎ込もうが取れない代物だろうが、
金を払っているのは「クレーン等を動かす」事に対してであり、それが果たされている以上、
むしろ「絶対に取れないプライズゲームこそが最も適法」という事になります。
現状は触法行為を見逃してもらってるだけです。"
地方を出て何年か余り、出勤前にゲーセンに寄って、退勤後にもゲーセンに寄るような生活からしばらく経ち、ふと地元に戻ってきて最初に思った事はそれだった。
学生の頃は貪欲に外で遊べるビデオゲームを求めていた。自転車で片道1時間くらいの範囲は、ゲームをする為に毎日でも通える距離だった。休日はもっと遠くのゲーセンに行っていた。
近所のスーパーのゲームコーナーは、面積が数分の一になり、わずかなガチャガチャとほこりを被ったようなよくわからないキャラクター物が景品のクレーンゲームだけが残っていた、この景品数年前にも見たような気がするけど気のせいだろうか。
郊外の大型激安スーパーの隅の子供向けゲームコーナーに放置されていた変なゲームをやる為にずっと通っていた時期もあったが、もうメダルゲーム(大型筐体ではなく、小さい筐体の、ジャンケンマンとかペン太みたいなタイプの奴(たとえが古くてスマン))ばっかりになっていた。ちょっとやってみたけれどコインを入れた瞬間に勝敗が確定しているかと思うと余りやる気が起こらなかった。
バッティングセンターの隅にあるようなゲームコーナーも全て見て回った。当時は化石のようなゲームが時代の流れに逆行するかのように残されていたが、今ではエアホッケーのようなゲームと、ボールを打ち出すゲーム(スマートボールの亜種? 詳しくない)ばかりになっていた。寂れたボウリング場の隅にあるゲームコーナーもなくなっていた。いつも建物全体の明かりが落ちていて、俺が行くとたった一人のために建物のライトを付けてもらって気の毒だった。
パチ屋の敷地に小さなゲームセンターがあるのも見つけたが、いつしか無くなっていた。古い旅館にゲームコーナーが無いか、泊まりもしない旅館やホテルを幾つも出入りした。学生の頃ずっと通っていた近場のゲームセンターそのものは全て潰れたか、プライズやスロットばかりになったか(プライズゲームやパチスロを否定するわけではないが、ビデオゲームがやりたくて仕方なかった)、とにかく俺が思っている「ゲームセンター」という言葉のイメージからは遠くなったなと思った。
田舎には何もないのか。何をおっしゃるウサギさん、コンビニは増えたし、ゲオだって出来た。大きなカラオケボックスも、流行のカフェチェーンもある。それなりに広い敷地を誇るショッピングモールも出来ている。ただ外でビデオゲームを遊ぶ事だけが困難になっていた。俺は時間の潰し方をゲーセン以外知らずに育ってきたからわからないけど、今は外で時間を潰したり、あるいは没頭する趣味にゲーセンって時代遅れなのかもしれないなと思った。ゲームがやりたいだけなら家庭用でもPCでもスマホでも一生かけても遊びきれないゲームが激安で手に入るし、たとえ外での暇つぶしを求めててもスマホを開けば世界中の人とすぐに会話出来るし、一緒にゲームを遊ぶ事だって出来ちゃうし、1回ゲームを遊ぶのにわざわざゲームセンターまで行って何十円とか何百円とか掛けたりするのってバカらしいよな。
地元にいた当時は徐々に変化を受け入れていただけだったんだろう。アーケードゲームという大ブームが去り、家庭用ゲーム機がアーケード機にスペック面でほぼ劣らなくなり、消費税が上がり、大型筐体が続々とリリースされ、様々な何かが起こる度に中小規模のゲーセンという業務形態の存続は危ぶまれ、実際に少しずつその煽りを受けていたんだと思う、ビデオゲームがないゲーセンなんてゲーセンじゃないみたいな思い上がった事を昔の俺はよく言ってたけど、ビデオゲームや専用筐体のゲームが田舎の回転スピードでどれだけのインカムを確保出来てるって言うんだろうか、どれだけのゲーセンがプライズやパチスロのインカムに頼る形で専用筐体や採算の取りようがない最新ゲームの基板を購入してきたんだろうか(って、客の目線から店舗経営の話をするのは実情に即してないだろうし、おこがましいだろうけど)。JR東日本の倍近くの高い電車賃を払ってでも何度も通った繁華街や都市部の方のゲーセンも次々と閉店の話が聞こえてくる。都会にいる間興味を持っていなかった地元の事象が、戻ってきた瞬間にまとめて襲いかかってくる。浦島太郎の気持ちってこういう感じだったんだろうか。そりゃ鶴になりたくもなるよ。