オカズが無くてもオナニーは出来るし、逆にオカズを見たからと言ってオナニーするとは限らないじゃん
行為としてのオナニーが主で、オカズは従って構図なんだから、そりゃ主の方に比重が傾くよ
仮に議題が『子供のオナニーのオカズどうすればいいんだ問題』であれば、身体論に偏ってるという指摘は正当かも知れんが
罪悪感があればやってもいいわけじゃないぞ
記憶が新鮮なものであるときは、その痛みは生々しくそのことを考え出すと考えるのをやめれなくなる。
しかし、ある程度時間が経つと想起した記憶に新鮮さがなくなり、そのことを考えないようにすることが多少簡単になる。
いや、仕事がなくなるだろ
釣書を見る→お見合いをする→その人と結婚するかどうか決める→プロポーズする→結婚
なので、断られるポイントはお見合いの申し込みと結婚の申し込みの二回
データを検索してお見合いを申し込む→マッチングしたらお見合いをする→仮交際に進む→本交際に進む→プロポーズ→結婚
と、お見合いの申し込み段階とプロポーズ段階に加え、仮交際と本交際(合わせて概ね半年間らしい)をしている間の毎日に常に、断られるかもしれないポイントが発生する
こんだけ長い試練を乗り越えて結婚出来るのってもはや自由恋愛以上のハードルじゃないかとすら思うし
運良く結婚できたとしても「自然に結婚出来なかった負け組」のレッテルを貼られ続けるという辛さ
結婚や子育てに向いてない程度の能力の人間の子供がバカスカ生まれても現代社会の要求水準にはついていけないだろうからなあ。結婚強制にするだけじゃなくて、立ちション煙草ポイ捨て上等だった時代の要求水準に戻すしかないと思うわ。
昔のお見合いシステムが本当に楽だったのかどうかはかなり怪しいと思うが、それは置いとくとしても、そういう楽なシステムでサクっと結婚してたからこそメシフロネルしか会話がない夫婦とか全てを諦めて耐え忍ぶだけの夫婦とか熟年離婚する夫婦とかが大量生産されてたんだと思うぞ。