そうだ、パイプを繋げてくれる適任者として尊師をカサコちゃんに紹介してみようよ!「この人優しくて、ネットで低学歴者のサルベージ活動してるすごい人だよー」って。
以前成形肉を批判する記事がBIZ誠に載っていたと思う。(確か時事通信出身の相場英雄氏の記事)
この筆者は「成形肉はマズイ」という前提で記事を組み立てていたと思うが、私見だが、
「クックパッド」の登場で、伝統的料理や高い料理(例:普通の肉)と新料理や安い料理(例:成形肉)の食味格差は、
急速に格差縮小、ないし逆転していくと思う。
昔なら、食味向上のノウハウは、個々が分散保有していて、共有化されなかった。
フォルクスはフォルクスで黙々と成形肉食味向上に取り組み、ロイホはロイホで黙々と取り組む。
家庭料理の食味向上も、それぞれの家庭(主婦)の孤独作業に委ねられる。
と言うか、食味向上は面倒くさいから、主婦は自分が知ってるレシピを墨守する。いわゆる「お袋の味」
⇒クックパッドの登場で、無数の「素人」「ボランティア」が料理の食味向上に、無給で取り組むようになった。
その気になれば食味向上のスピードが加速的に、指数関数的にスピードアップする
「数万人が試作レシピにチャレンジし、数万人が試食し、数万人がコメントするプラットフォーム」を、
外食産業が積極活用しない手はない。自社の、せいぜいスタッフ数が数人の新レシピチームに新レシピ開発委ねるより強力では?
要するに、クックパッドの人気メニュー、或いはクックパッド内で人気はないが美味しい料理を、
外食産業が新メニューとしてデビューさせればいい、という提案である。
(こういう場合、「著作権」が成立するのかどうか、知らないが)
逆に言えば、クックパッドにアップロードされた膨大なメニューは、日の目を見ずに埋もれている状態。
一種のビッグデータ状態と化しているが、これを外食産業が「掘り起こし」すればいいのでは?
ところでいつも思うが、クックパッドって、そもそも海外にあるのかな?
「今日の晩ご飯、献立何にしよう?」と思い悩むのは、日本の主婦だけなので、クックパッドの類のサービスは海外では成立しない、と言う話もある
余談だが、「ミールソリューション」と言う単語が食品スーパー業界にあるが、その中身は日本とアメリカで違う。
嫌なら転職してもいいんだよ。
敬語なんてなくなれば簡単なのにね。
BI論者みたいな頭の悪さ丸出しの文章だな
Mac、iPod、iPhone、iPad、iTunes Storeいずれもそれぞれの分野の先駆的な製品で商業的にも大成功しています。これだけでも空前絶後の業績と言えるのではないでしょうか。
アップル追放期間中はあまりイケてないイメージがありましたが、今振り返るとピクサーとNeXTという驚くべき業績を残しています。NeXTは一般には知られてないと思いますが今のMacとiOSの核となるOSを作った会社です。NeXTがなければAppleは潰れてたかもしれません。そうなれば結果としてスマホもタブレットもまだこの世に登場していないでしょう。
ジョブズの凄さとしては以上で十分説明できていると思います。以下は、よくあるジョブズ論についての私の考えです。
●「ジョブズ自身は何もしてないよね」
ジョブズはたとえばエジソンのように自らが手を動かしてモノを作ったわけではない点が特徴的です。
まず大きな絵を描いて周囲をその気にさせ、超がつく優秀な人物を集め(実際に集まってくるのです)、デザインもテクノロジーも素人でありながら仕様に深くコミットして注文を出し、できた製品は自らスポークスマンとして売る。Mac以前からiPadに至るまで、基本的にはこのスタイルだったかと思います。
自分で手を動かしてないという点を捉えて「ジョブズは大したことしてない」と言う人もいますが、ビジョンを示し優秀な才能を集め、プロジェクトを理念・アイデア・デザイン(見た目、使い勝手)・意思決定・プロモーションのすべてで牽引した人物に対する評価としては、適切でないと思います。
何もしてないどころか、最も大切でパワーを要する役割を一手に握り、一手に握っていたからこそ、スピーディにエッジの効いた製品を世に送り出せたのではないでしょうか。この辺は組織の中で働いたことのある人なら、その難しさや凄さがわかると思います。
●「ジョブズのプレゼンは神」 or 「ジョブズはプレゼンがすごかっただけ」
プレゼンについては私は枝葉末節であると考えています。あくまでよい製品ありきだと思いますし、凡庸なプレゼンでもMacもiPhoneも売れたんじゃないでしょうか。
ただ、プロジェクトを立ち上げ人を集め夢を語る部分で、彼のしゃべる才能が存分に発揮されたであろうことは想像に固くありません。
「現実歪みフィールド」というありがたくないニックネームもありますが、人を説得し巻き込む才能があったことは間違いないでしょう。
パソコンもスマホも今はあまりに一般的になりすぎて、また多くの人が日々使うことで細かな不満も個人レベルでもたくさん気がつくことができてしまうため、世界の歴史に与えた(与えるであろう)インパクトが、一部で過小評価されているのは残念なことです。
身近で見たことがないからわからんのだが、あれってどういう人種なの?生で会うといい人なの?
バカが社長になったの?
どうすれば防げるの?世の中わからないことだらけ
648 ソーゾー君 [] 2013/08/08(木) 20:21:59 ID:lY048HDA Be:
「消えた年金」とか騒いでたが自民党とマスコミの妨害でウヤムヤになったけど
何処に行ったか理解できた?「消えるわけねーだろ?」
年金制度が廃止させれば政府は「国民の生活と健康と安全を保障する義務」を放棄出来なくなる。
政府の義務と責任を放棄する為に設立されたのが年金制度なんです。
「年金受給者より生保受給者の方が良い生活できるのはおかしい!」
月給30万以下の国民は望めば生保受給が出来るようにしたら良い。
生保が有り望めば受けられる仕組みを作らないと賃金は下がり続けるぞ?
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1341399267/l50
「宮城エリアで、半澤直樹を始めとして、ドラマの視聴率が軒並みダウンしてる」というネタがあった。
仮にそうなら、「震災以降、不急不要の視聴を控え、選別視聴してるから」の仮説成り立つと思う。
要は「有限の可処分時間の配分」の中で、ドラマは「視聴リストラ」の第一候補となる(ニュースや情報番組より優先度低い)ということじゃないかと思う。
現代人は多忙で、多量の情報を高速処理する必要に迫られてるから、「情報摂取を最大限に効率的にしたい」。
だからいわゆる「フィクションの消費量」(ドラマ視聴率・映画視聴回数・小説読書量)は
10年20年のロングスパンで眺めたら、被災地に限らず全国的に低下してるんじゃないか?と思う。
バラエティー番組、雛壇芸人番組も、情報の質としてはジャンクフードみたいな情報でしかないし、
時に「ヤラセ」も混じってるが、一応は「情報」の一種ではある。
適当に2倍速・10倍速でスキップ視聴すれば、まあ役に立つと言えば役に立つ。
※「ドラマには情報がない」と書いたが、変な話だが数十年前のドラマを視聴するなら「情報」は取れる。
先日社内旅行で植木等の昭和30年代ドラマをバス内視聴したが、
「当時はキャバレーが流行ってた」「当時はサラリーマンもビル屋上で昼休みにバレーボールしてた」と言う「情報」が取れた
そもそも、日本のテレビ局は、相変わらずドラマを製作し過ぎているのではないか?
ドラマが本格化して既に30年、40年経過しているのに、過去の膨大なドラマストックを有効活用する、という発想もない。
自分に言わせれば、1局について「1シーズンに1本だけ制作」して、
他は5年前・10年前・20年前・30年前のドラマをゴールデンタイムに堂々と再放送したら、
今はどの企業も「投下資本に対する利益回転率」を要求されるから、
一からドラマ制作しても、25年前のドラマを再放送しても、同じ利潤を得られるのなら、
それとも、ドラマ製作部門の首切りになるから、そこまで出来ないのか?
テレビ局はいわゆるF1層をメーンターゲットにしてるが、F1層にとって、25年前のドラマは「産まれてないか、記憶にない」。
だからF1層をターゲットに25年前ドラマを放映しても「既にこれ見た」とクレーム受けることなく、初モノ扱いしてもらえる
植木等時代のドラマは、まだ高度成長前だったから、画面に描かれてる生活は今より明らかに貧しい。
だが25年前ドラマなら、今との違いは「ネットやスマホがあるかないか」の違いだけで、他は現代とほぼ同じだから、
ということで、日本のテレビ局は「ドラマは新作を作り続けなきゃならない」というナゾの思い込みがあるようだが、
他にも日本のキー局のゴールデンタイムの編成には、目に見えないルールのようなものが存在する。
例えば「20:30スタート」「21:30スタート」の番組はない。
「何を当たり前のことを?」と思われそうだが、韓国ではドラマを「火曜日の夜に放映、次回作を木曜日の夜に放映」と
週2回ペースで放映するらしい。
なので日本も「番組はウィークリーが常識」の思い込みは捨てた方がいい
30年前は「ゴールデンタイムの番組は、いわゆる「ジャストタイム」、21:00や22:00にスタートする」が不文律だったが、
ニュースステーションが21:54開始で不文律破ったため、なし崩し的にジャストタイムルールはなくなった。
で、おまえはどれなんだよ?