はてなキーワード: ボクっ子とは
「Vになることを勧められたい人」が、知人に2人いて、言っちゃあなんだけどキツい増田です
なりたければ素直に「なりたい」って言ってくれたら応援しやすいのに、チラッと見てくる感じがキツい
「知人」である2人は、もともとネットで知り合って、リアルでも遊ぶようになったネッ友なんだけど、最近は「友人」と呼ぶのもキツいぐらいキツい
ので、愚痴らせてほしい
この2人とは共通の趣味(音楽)で知り合ったんだけど、お互いに陰キャでオタクでもあったから、所謂インターネット老人会とかもしょっちゅうやって盛り上がる仲だったんだ
側から見たらキショくなるぐらいネット用語使って、そこに居心地のよさを感じる自分もキショいんだろうけど、キショいって思われてもいいやってぐらい自分も楽しくやってたつもり
知人をAさん、Bさんとする
楽しくやってたとはいえ、2人とも友人になってからはまだ1年弱なんだけど
2人とも自分より少し歳上(30代前半)でさ
Aさんが数ヶ月前、「受肉したいな」って言ったんだよ
自分は「おもろいじゃん、ええやん」って返した
もっとなんか言ってあげればよかったのかもしれないけど、それからというもの、「俺がVだったら」とか「あのVtuberはこれぐらい稼いでるらしい」とか「友人にVになったやつがいるんだけど」とか、深読みのしすぎかもしれないんだけどチラつかせてくるようになって、だるい
自分もV観るの好き、なんだったらVのファンアートを描いたりするぐらい好きで、
縁あって個人のVさんたちとも関わるようになったし、X(旧Twitter)でスペース開いたり開いてもらったりして喋るようにもなったけど、喋ってるとAさんもスピーカーに上がってきて、なんか知らんけどVさんたちの前ではイケボ風味で喋るんだよな Aさん
自分の前ではそんな風に喋ったりしないのに
そういうの見ちゃってから、スピーカーに上げたりしないようにしてるし、あんまり喋らんようにしてる
Vさんの前だと、Aさんには悪いけど言ってることが正味おもんないし(前はそんなことなかったのに)、そぐわないタイミングで「昔はツイキャスしてて〇〇人の前で〇〇してました」とか、謎エピっつうか謎マウント挟んでくるようになった。
Aさんにとって初めましてのVさんの前で、Aさんが「Vの活動内容分かってます」風の喋りをするのがキツすぎる(これはBさんもやる)
自分が嫌だなと感じることは、自分が我慢すればいいけど、あまりリスペクトになってないリスペクトの示しを目の前でされるのはキツい
Bさんはもっとしんどくて、なんか
ガワがあれば聞きやすいかもしれないけど、本当に申し訳ないんだけど、実際のツラを知ってる30代のショタボイスを聞かされるのはキツい
この感覚分かってくれる人がいるかわからないんだけど、学生の時教室で「やけにうまぶった鼻歌」聴かせてくるやついなかった?
自分がめちゃくちゃ性格悪いのかもしんない、自信ない、性格悪いならごめんだけど自分はあれがめちゃくちゃ苦手だった
「かわいいじゃん、Vなれば?」とか言っても、いや〜、とか、企画は思いつくけどね、とか言う
しんどすぎる
個人にせよ企業にせよ、Vはなりたい人たちがとっととなってるんだし、なりたいならなればいい、やってみればいいと思う
数字とか悩むのは二の次で、やってみないとわからないことを、背中押され待ちされんのはキツい
対面で話してる分には自分が回避できるからまだいいけど、特にスペースでそれされると、聞いてるかもしれないVさんに失礼すぎてキツすぎる
令和にもなって、「いい声だね!声優になったら?」みたいな気の使い方したくない、こえ部はもう無いっつうのにさ
もっとキツいのはAさんもBさんも自分でスペース開かないで、増田のスペースで承認欲求を満たしに来ること
これは100%憶測だけど、AさんもBさんも10代のうちにネットで若干の成功を収めてるから、その頃に得た「承認」がまた味わいたくて、今、「Vになりたい」という形でぶり返してるんだと思う
なればいい マジでなればいいと思う
勝手になって欲しい
勝手になれないんだったら、Vは向いてないと思う
ボクっ子には、ずっとボクでいてほしい。
厳しいご褒美パートで敗北するの好き
どすけべJK好き。一作目が一番好き。小馬鹿にされながら搾り取られたい
笑われながら射精するの好き
オナニーを強制させられててやめていいよとなった後もシコシコ続ける展開好き
敗北するの好き。オナニーまでさせてもらえる
年上のお姉さんか、ボクっ子がキミと呼ぶのはOK
「女を説得なんかできない。女を説得できると思っている時点で、お前はまだ若い」
仰るとおりです先生。
「説得」っていうのはつまり「理屈で攻める」であって、理屈の通用しない相手に向かって「説得」をしようってのは無茶である。
昨日の日記に照らすと僕はおそらく「説得できるような女」を求めているのであって、それというのはじつに無茶な要求であろう。
この言葉を教えてくれた相手が、もう一つ興味深い話をしてくれた。
それは「新興宗教にはまってしまった友人」の話。
彼は実際にその宗教団体を訪れ、儀式を見聞きし、「これはまずいだろう」と思って、友人を「説得」しようと試みたらしい。「これは真っ当な宗教じゃない。いわゆる“怪しげな新興宗教”だ」と。
が、「そういうことじゃないんだよなぁ」とか「やっぱり神ってのはいると思うし」とか、よくわからない、的外れな、「理屈じゃないんだよ」という類のことを言って、聴く耳を持たなかったようだ。
「女を説得することはできない」という話から、宗教の話に流れたのは、もしかしたら必然があったのかもしれない。
「みんな自分の聖書を一冊ずつ持ってんの」とは、川本真琴さんの『早退』という曲の、サビに出てくるフレーズだ。二番では「みんな自分の神様そっと隠し持ってんの」になる。この曲は初期(1stのころ)の彼女の曲の中では最も“スゴイ”曲かもしれない。残念ながらアルバムには未収録で、1stシングル『愛の才能』のカップリングでしか聴くことはできないが。(DVD『早退』でライブは見られます。)
ここに出てくる「みんな」というのは「十代半ば~せいぜい二十代前半くらいまでの女の子」を指すのだと“思える”。それは川本真琴さんという若い女性が歌っているからそう感じるだけかもしれない。歌詞の一人称は「ぼく」だから。しかし「~てんの」などに見られる口調(文体)は明らかに女の子のそれで、いわゆる「ボクっ子」もしくは性的に転倒がある人の歌なんじゃないかとも思わされる。(そう考えるとまた深みが出てくる。)
まあこの歌における「みんな」が誰をさすのかは、解釈の幅として置いておくとして、「自分の聖書」「自分の神様」という表現はそれにしても衝撃的だ。僕の思うに、女の子ってのはたぶんみんな「自分の聖書や神様」を持ってんだろうなあ。だから「説得」がきかないんだ。
理屈じゃなくて、信仰のほうを大事にするからね。だから自分のついた嘘を本当だと思い込むことができるし、事実をねじ曲げて自分なりの真実を作り上げることだって簡単にできる。
男が「理屈」という武器を持って、彼女たちの「聖書」や「神様」に対抗することは、はっきり言って無謀だと思う。超存在の前に文明は無力である。もしかしたら「聖書」や「神様」は、男たちが作り上げた「理屈」というシステムに、女が対抗するための、最後の防衛手段なのかもしれない。
そうであるとしたら、僕たちはいつまでも「理屈」などというものを振りかざしているだけではいけないのだ。じゃあどうすればいいんだろう、ってのは、僕はまだ若いのでわからないみたいだ。
本当に天然なのはボクっ子に決まってるだろ。
と書いていて、ふと思ったことなんだが
俺俺!やボクっ子は居ても、「自分」って使う女の人は見ないよな
あと、朕ってつかう奴もすくな・・・
おっと誰かが来たみたいなので、あとで続きを書く
本当に天然なのはボクっ子に決まってるだろ。
と書いていて、ふと思ったことなんだが
俺俺!やボクっ子は居ても、「自分」って使う女の人は見ないよな
あと、朕ってつかう奴もすくな・・・
おっと誰かが来たみたいなので、あとで続きを書く