はてなキーワード: 伝統とは
実際問題、いくら相撲はそういう世界なの!他の世界とは一線を規してるの!つっても、現代の社会の一部分である限り、影響は受けざるを得ないと思うけどね。元増田のような批判がくるのも当然だし、それを受け止めていくのは伝統を守るもんの義務だな。伝統を守りぬくことこそ、そんなに甘くねーべ。伝統伝統つっても、結局、その伝統だけ孤立して成り立ってるわけじゃないし。日本という基盤があって成り立ってるんだし。ましてや国際化しちゃってさ。逆に、自分達で外国人を受け入れ始めたんだから当然その分変わりうることも覚悟しておけと思うが。そんなすんなりいくわけねーじゃん。常識的に考えて。机上の空論の話じゃなくて実際問題、な。伝統だからつっても人間の首狩り儀式とか日本じゃ絶対無理なように、伝統だからなんでもオッケーってわけじゃない(現実問題として)。その辺、相撲業界といい高野連といい、空気読めよ、と思うね。反発来るに決まってるだろ、っつー。ただでさえ減少の一途を辿ってる伝統なのに、そんな事いってて大丈夫なのか?って感じ。消えそうなのに全然謙虚じゃないw落ちぶれて金もなくなった貴族みたいなんだよな……なんか。伝統守りたいならお前ら、もっと世界の波に媚びといたほうがいいんじゃないの、その伝統伝統!とか言って消えちゃってもしんねーよ?と人事ながら思う
これだけ価値観が多様化している現代なのに、心技体とか言って心の問題だと言っているけど、年寄りが自分の気に入らないのを強制してるだけじゃないの。若者を縛りつけてるだけじゃないの。
いや、多様化している現代、若者が行動や進路だけでなく価値観にもかなりの自由を得た現代、それを否定する気は毛頭ないのだけれど、相撲の世界はそうではないというだけ。
ほかがすべて自由な世界だからって、相撲の世界も変わらなくてはいけない理由もない。
伝統とはそういうものだし、理念もそういうもの。個人の自由がそれらに勝るとは思えない。無論個人には「その世界に入らない」という自由が残されている。花柳界のようにその世界に入らない自由すら与えられない世界もあるが。
規律の厳しい世界に自ら入って(改革をしようという目的もなく)おいて個人の自由を優先させる。様々な例で想像してみればわかると思うが、かなりの迷惑人物だよそれは。
http://res2ch.blog76.fc2.com/blog-entry-1659.html
334 :可愛い奥様:2007/06/26(火) 09:46:19 ID:raxdPvfD0
OLだった頃、会社で働いていた日本に超詳しいベルギー人が言ったことに納得してた。
日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。
外国文化に負けまいとしているのではなく、
世に意図的にインパクトを与えようとしているのでもなく、
今ここにいる同じ価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいと考える。
その結果、同じものを志す者同士の「これすごいだろ、おもしろいだろ」合戦が始まり、
そこで生み出される物が自然と研ぎ澄まされていく。
でもその競争は、敵対的なものではなく、お互いを尊敬しあいながら、静かに深く進行していく。
それがすごいものであることを知らされる。
ほとんどの日本人はその日が来るまで、自分たちが作り上げた物がすごいものとは知らない。
もろもろの伝統文化、芸能、電化製品、アニメ、他、みんな同じパターンで世界に広まっていった。
給湯室。
飯田さん、わたしの話しを少しきいてくれますかね?えぇ、そんなに長い話しじゃないです。
私は男性社員ですがよく給湯室に出入りしていました。
お茶がすきだったんですよ。単純に。
急須とかを買ったりして、駄菓子置き場とかをつくり我が城としていたんです。
わたしはそこで女性社員たちともなかよく談笑をしていました。
ところで会社には嫌われ者の社長や役員がいて、女性社員はみんな時期を問わずやめていく会社でした。
そうですね、もたない人で入社一ヶ月ぐらいで辞めていった人も何人もみています。
そんな会社の給湯室にいるとですね、怖い話しをよく聞くんですよ。
私がね、ほら、給湯室にいったタイミングでちょうどいれたてのコーヒーがあったんですよ。
お、いっこちょうだい。
って、いったら凄く慌てて「それは飲んじゃいけない!」って停めるんです。
「あとでちゃんと入れてあげるからこのコップは使っちゃダメだよ」って言うんですよ。
同じにみえるんですが、違うらしいのです。
灰皿を磨く用の雑巾で丁寧に練り上げられた作品なんだそうですよ。私おどろきましてね。
それ以来、会議などで偉いさんたちと一緒にいるときに出されるコーヒーが怖くて。
話しに聞くにぞうきんの絞り汁ぐらいは当然らしいですよ。
ほら、コーヒーって香りが強いから相当いれてもわからないらしいんです。
下剤を入れて盛り上がってる人たちも居ました。
ええ、それが伝統的におこなわれていたわけではないんですよ。
給湯室係りが完全に途絶えることもあったんですが、みんなたどり着くんです。
怖い会社でした。
私も飲んだんじゃないかって?
ええ、否定はできません。だけど彼女たちに分け与えた駄菓子で私の命は買えたとおもっています。
真実はわかりませんけどね。
お茶ぐらい自分でいれます。
たまにはいれてあげます。
それだけで命が買えるならやすいもんじゃないですか。
http://anond.hatelabo.jp/20070704174546
戦後すぐ「当用」漢字が制定されたけど、「当用」と名付けられたのは、近い将来漢字を全廃してカナのみorローマ字のみにする予定からなのだとか。
その前段階として、
おいおい、何を言ってんだ。
勝者に擦り寄れば可愛がってくれると思ってるの?
中国に勢いがあるからって、国際政治とクラス内のカーストを同じレベルで語るなよ…
中国と共存できる間柄じゃないね。
確かにアメリカ切って中国に!と主張する馬鹿者も多いけど、それじゃ属国では済まなくなるんだよ。
まず間違いなく植民地にされる。
「それが何か」とか言いそうだけど、独裁国家に植民地化されたら今の暮らしなんて出来ないから。
中国の苛烈さを知らんのか?
それに遠交近攻というのは国際戦略の要よ。
国境接した隣国とは国益がぶつかりすぎて仲良くすることなんて無理。
ロシアなんか、終戦間際に相互不可侵条約を破って多くの日本人をシベリア抑留させた。
ドサクサ紛れに北方領土も持っていって知らん顔。
勢いで言うなら今はインドだよ。中国とも潜在的に敵対してるし、敵の敵は味方という発想で。
オーストラリアとはこの前安保条約結んだし、アメリカをバックにして東南アジア+オセアニア+インドから中国を包囲する。
あとウクライナに援助してロシアを背後から牽制。このへんが現実的な外交戦略だろう。
javascriptで存在するほとんどのオブジェクトの実体はハッシュだよ。
var arr = [0,1,2,3];
とかをみると配列(人によってはリスト)に見えると思う。でも実際は違うんだ。
これは
var has = {0:0,1:1,2:2,3:3};
と基本的には等価なんだ。ただちょっと束縛されているメソッド(インターフェイス)が違うだけ。
ためしに
arr[4] = 4; arr['x'] = 'string'; arr[-1] = -1;
としてみよう。
Firebugで確認してみると[0, 1, 2, undefined, 4]というような値がかえってくるよ。
でもarr[-1]やarr['x']の値は保存されてないのかな?そんなことはないちゃんとアクセスできるんだ。
それどころかarr.xで'string'がかえってくるんだ。
別の例を見てみよう。
var fx = function(){}; fx[0] = 'somestring';
こうするとfx[0]に'somestring'が束縛される。
つまりfunctionも一つのハッシュだったんだ。
これでほとんどのものがハッシュだということが解ってくれたかな?
ハッシュじゃないのは文字列とか数字とかそいういシンプルなものだけなんだ。
ハッシュへはhash[name]でアクセスすることが出来る。
それ以外にもnameが演算子や空白を含まなくて頭が数字でない場合はhash.nameでアクセスできるんだ。
これでhash[name]が関数だったらhash.name(args)とできるよ。まるでメソッドみたいだね。
関数には名前を付けなくても使用可能だよ。
function(x){return x+x}(2); -> 4
関数宣言の書き方って次見たいの覚えてる人が多いんじゃないかな?
function funcname(args){ do something};
でもこれはsystax sugerだってことを知ってほしい。
上でも使ってるんだけど。
var funcname = function(args){ do something};
と等価になる。もちろんどちらの書き方でもかまわないよ。
ただ、(無名)関数を宣言してそれをfuncnameに束縛しているっていうことを理解しておくと便利だよ。
javascriptはレキシカルスコープを採用してるんだ。
レキシカルスコープなんていうと難しく感じるかもしれないけど、結構単純なんだ。
var x = 'global'; var fx1 = function(){return x}; var fx2 = function(){var x = 'local';return x}
これの実行結果は以下になるよ。
fx1() -> 'global' fx2() -> 'local' fx1() -> 'global'
fx2の変数xはほかの場所に影響しないんだ。これは関数の中と外ではスコープが違うからなんだ。
でも以下のような場合に注意してほしいな。
var x = 'global'; var fx1 = function(){return x}; var fx2 = function(){x = 'local';return x}
fx1() -> 'global' fx2() -> 'local' fx1() -> 'local'
fx2は自分のスコープに変数xがないからその外側スコープに探しに出かけたんだ。
つまり宣言文varはそのスコープに新しい名前を登場させる機能なんだよ。
別の場合を見てみようね。
var x = 'global'; var fx1 = function(){ var x = 'local'; return function(){return x} }; var fx2 = fx1();
x -> 'global' fx2() -> 'local'
この例だとfx2()の値がlocalになってるね。
なぜなら外側スコープっていうのは関数を評価した場所じゃなくて、関数を定義した場所の外側なんだ。
一つ上の例では実際に関数を返り値にしているね。
var fx1 = function(){ var x = 0; return function(){ x = x+1; return x; } }; var fx2 = fx1(); var fx3 = fx1();
fx2() -> 1 fx2() -> 2 fx2() -> 3 fx3() -> 1 fx3() -> 2
fx2とfx3の値が違うのはそれぞれ別の関数が作られるからだよ。
こんな風に関数が状態を持つことも出来るんだ。クロージャーとよんだりするよ。
関数がハッシュを使って複数の関数を返すとこんなことも出来るよ。
var fx = function(){ var x = 0; return { 'up':function(){ x = x+1; return x; }, 'down':function(){ x = x-1; return x; } } }; var obj = fx();
obj.up(); -> 1 obj.up(); -> 2 obj.down(); -> 1 obj.down(); -> 0
thisという機能があるよう。ちょっとだけつかってみるね。
var x = 0; var add = function(n){this.x = this.x + n; return this.x}; var mul = function(n){this.x = this.x * n; return this.x}; var obj = {'x':0,'do':add};
add(1); -> 1 add(1); -> 2 mul(2); -> 4 obj.do(); -> 1 obj.do(); -> 2 obj.do = mul; obj.do(); -> 4
thisは評価された場所によって値がかわるよ。
objの中にいるときはobj.xを扱うし、グローバルにいるときはグローバルのxを扱うんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070620200618を改訂してみたよ。
このぶんしょうがjavascriptを覚える上の一助になるとうれしいんだ。
あとここでつかってるハッシュは伝統的な意味。連想配列のことね。
突っ込みも大歓迎だよ。
ThinkCに参加した人たちからは評価が高い白田氏の演説だけど、ギレン・ザビの演説級だと僕は思う。たくさんの人が知った方がいいと思うし、もっと評価されていいはずだ。一部で議事録もあがっているようだけど、現場の勢いはあんなものではなかったから僕の記録を公開することにした。それに今回のフォーラムは公開されないと聞いたから。
もしかしたら実際の発言とは多少異なっているかもしれない。そこのところは僕も危ぶんでいる。とはいえ、面白さとか迫力とかだったらある程度までちゃんと再現できてると思う。以下の記録を読んでくれて、白田氏の熱さが伝われば幸い。
...「制度改正ができるものならやってみろ」ということでしたが...
そんなこと10年前からやってきたんですよ!
博士論文で、著作権制度が産業保護奨励政策としての独占にすぎないことを明らかにした(1)。
博士論文の内容をくだいて一般向けにした、わかりやすい解説も書いた(2)。
あちらこちらの講演で語った。
雑誌記事で一般に訴えた。
オンライン記事でみなに訴えた(3)。
審議会に出て言いたいことを言ってきた。
ロージナ茶会という組織も作った──茶会はすでに解散してしまいましたが──。
パブリック・コメントも出した(4)。
私一人でできることは、ずっとやってきたんだ!
それでも、誰もついてきてくれないから...
いまだに、こんな議論を続けなければならないんじゃないですか。
法律論では、なんにも先に進まないことは、もうわかってますよ。
...この会場の誰が、私を援けてくれるんですか?
誰が、私と一緒に著作権制度の議論に本気で取り組んでくれるんですか?
最近は、茶会のメンバーですら、私の書いた記事にコメントくれなくなった(苦笑。
そこら辺(運営側)の人たちも、最近さりげなーく私の発言を無視するようになった。
それでも、一人でも、一歩でも先に進まなければいけないから、
こうしてここで喋っているんですよ!
会場から「白田の主張は偏ってるんじゃないか」というご指摘がありましたが...
そんなことは百も承知でやってんですよ!
日本の学界の主流である、ドイツやフランスの著作権理論がどんなものかは、よく知っています。
しかし私の博士論文では、イギリスの著作権制度がそれらに先行し、強い影響を与えたことを明らかにしている。私の研究では、産業保護策としての独占の付与が先んじ、その後、著作者の財産権だの、著作者の人格権だのといった主張がくっついてきたことを明らかにしている。
私はその研究に5年かけたんだ。貴重な若い時間を費やしたんだ。
だから、著作権制度が所有権や人格権を本質とするという主張については、賛成できない。さらに言えば、知的所有権のみならず所有権という概念それ自体があやふやであることもまた、岩波から出た論文集の中で指摘している(5)。
もちろん、こうした考えは学界では異端だろうし、支持者もいないだろうことは知っている。
しかし... 世間の大勢が、著作権は「天才を保護する権利だ」とか「創作者の心情を保護する権利だ」などと言ってるからといって、自分が5年かけて確認したことを、「著作権制度は、本質的に産業保護を目的とした独占にすぎない」という自らの主張を、曲げることは学者としてできない。世間の大勢を慮って自説を曲げることを曲学阿世という。首をくくられても自説を叫ぶのが学者なんじゃないですか?
いいですか... 社会のほとんどの人が「著作権は天才の権利だ」と信じて、それを強化拡大しようとする側にいるとき、シーソーは、圧倒的に権利強化の側に重く傾く。そのとき、たとえ100mの空高くはじき飛ばされようと、誰かがシーソーの反対側に立たなければ均衡など維持できないではないですか。
ローレンス・レッシグは、憲法学者でありながら、なぜ著作権制度について問題意識をもち、闘っているのか!
彼の本、『コモンズ』には、こういう一節があった。
──連邦議員が、少数の利益や既得権ではなく、一般的な福利を尊重すると考えることが頭がおかしいのなら、連邦最高裁が、形式的な法律の適用ではなく、われわれの自由や幸福について配慮すると考えることが頭がおかしいのなら、いますぐキチガイを増やさなければならない──
というものだ。したがって、私は百も承知で偏った議論を展開している。それは、それが全体としての均衡を維持するのに必要だと考えているからだ。
(1) 白田氏の唯一の学術論文である『コピーライトの史的展開』 知的財産研究叢書2, 信山社 のことらしい。
(2) ネットワークでは良く知られた『もう一つの著作権の話』青空文庫 のことのようだ。
(3) このあたり、氏のWebサイト『白田の情報法研究報告』でだいたい読める。
(4) 「知的財産推進計画2006」の見直しに関する意見募集にも提出している
(5) 知的所有について, 『[rakuten:book:11350650:title]』 第3巻 情報, pp. 85--105 のことらしい。
連邦最高裁が「自由や幸福について配慮すると考えることが頭がおかしい」という部分についてだけど、実際の記述は、『Free Culture』p. 313 にあった。引用すると以下のとおり。
でも、政府の役割が「バランスを追求する」ことであるべきだというのがバカげていると言うのであれば、わたしはバカの側に分類してほしい。というのも、そうなったらこれがかなり深刻な問題になってきたということだからだ。もし政府がバランスを追求しようとせず、政府が単に最強のロビイストたちの道具でしかないということが誰の目にも明らかになっていて、政府に別の基準を要求するのがバカげていて、政府がウソではなく真実を語るよう求めるという発想がおめでたいのであれば、世界最強の民主主義だったはずのアメリカは、いったいどうなっちゃったというのだ。
政府高官が真実をしゃべると期待するのは頭がおかしいのかもしれない。政府の政策が、強力な利益団体のお手盛り以上の何かだと信じるのは頭がおかしいのかもしれない。歴史を通じてずっとアメリカの伝統であったもの――自由な文化――を守ろうと論じるのは頭がおかしいのかもしれない。
それが頭がおかしいのなら、キチガイをもっと増やさなきゃいけない。それもすぐに。
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伝統派映画評論 d:id:samurai_kung_fu!!
難読idの巨人! d:id:suVene!
……ッッ どーやらもう一名は超大作インモラルフリーシナリオゲーム「はてなRPG(仮)」 を作っている様ですが、完成次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
いや本当。万年筆って高い・おっさん臭い・手入れが面倒ってイメージがあったんだけど、無印で千円だったんで試しに買ってみたら、これが良すぎ。
まず、書くのが楽しい。紙にサラサラって滑らせるだけで、それっぽく上手に書ける。横書きでアルファベット筆記体をたくさん書く人はやめられないと思うよ。日本語を書くときもちょっとプチ文豪気分が味わえる。ちょっとした伝統ってのを手軽に味わえるね。こりゃ万年筆にハマる人がいるのもわかるわ。まあ、本当に高いやつはもっとすごい書き味してるけど、値段のわりに無印のはいい。
それからインクが黒くて読みやすい。けっこうベットリつくんで、書いてすぐ触ったりすると手が汚れるくらい。乾くと色が変わってとても読みやすくなる。インクを詰め替えて使えるから、ランニングコストも安い(このインクカートリッジもヨーロッパで主流のやつだから、モンブランのやつとか入れて遊べる)。
デザインもいい。モンブランとかアウロラとか悪くないし欲しいけど、なんつうかどうしてもいかにも成金なイメージがあって抵抗がある(ただし、パーカーは別)。蒔絵万年筆なんて最悪の部類だよ。あれはヤクザの持ち物。でも無印のはアルミの単なる棒で、そういうイメージがないのがいい。ミニマリズムの極致。まあ長時間握ってると指が痛くなるけど、おっさん万年筆を持ち歩くよりはマシ。
そして、何よりも一番大切なのは「安い」ってこと。千円ですよ。万年筆として破格の安さだと思う。これぐらい安いと、なくしたり盗られたりするのを恐れずに外に持ち歩いて使える。便利。やっぱり文房具は使ってナンボですよ。おいらは定番のモレスキン、ではなくて、無印の黒手帳と一緒に持ってメモとったりスケッチ描いたり一句ひねったりしてる。紙はやっぱり便利だなあ。
まあ安いと言っても、おいら「極黒」インク&コンバータとか買ったりしてるんですでに万年筆本体よりも金を使ってるんだよね。これは万年筆道楽に走る人がいるのもわかるなあ。足を突っ込んだらきりがない。まあ、千円だし、だまされたと思って買ってみたらいいよ。それじゃ。
それは多分直接的にギリシャ神話やそれをインポートしたローマ神話の神々を持ち出すより、更にそいつらをキリスト教がインポートした「聖人信仰」で説明する方が通じやすいんじゃないかなー。ああプロテスタントはダメなんだろうが。
おまえらだって職業やイベントや感情や街に守護聖人つけてるだろ? 俺らはそいつらを「神」って呼んでるだけさ、とかね。
そもそも欧米人にだって「神社に行ったら手は合わせますよ」程度の信仰しか持ち合わせてない人もいるようだし。あまり連中の宗教心にビビるこたーないと思う。思想や文化の根底としての宗教には十分注意を払っておいたほうがいいけどね。
あと、ヨーロッパ人の信仰心はところに寄ってまちまちって事情もあるし、宗教というよりは伝統文化として崇敬してるってパターンもある。日本でも三社で神輿担ぐ人がみんな神道の敬虔な信者ってわけでもないでしょ? 鳥居は足蹴にしませんよぐらいの意識+文化への愛だけでも十分「熱狂的な」宗教イベントは実行されるわけですよ(もちろん「し得る」というだけで、純粋な信仰心の塊みたいな宗教イベントも残っているが)。
だからどっちかっつーと純粋な信仰心で駆動してる度合いはアメリカ人の方が強かったりする。欧州にとっちゃキリスト教は文化だが、アメリカにとっちゃキリスト教は勝ち得た自由だとかなんとか。ただ、この辺は身の回りレベルでは結構納得できるんだけど本当に国民全体にそういう傾向があるかは良く分からんな。まあ「進化論反対!」とかいう連中はあまり欧州からは出てこないってのは覚えといて良いかも。
あと言葉の生まれも違うし。「家事手伝い」はガチで使われてた昔に生まれたけど、「自宅警備員」なんて最近ネタ的に作られた言葉じゃん。前提・背景が違いすぎるから、比べてもあんまり意味ないと思う。
その生まれの違いが面白いと思うのです。
「家事手伝い」は主に女性を指す言葉なのだけど、それはなぜかと言うと、そういう立場の人に女性の方が圧倒的に多かったから。そういう立場ってのはつまり学生の期間を終えても定職に就かず親と一緒に暮らすっていう立場ね。それが女性には許容されていたし、望んでいる女性もいたのだろうと思う。
それが今では大学生は誰も彼も就職活動して、正社員にならないとダメッ! みたいな雰囲気になってるし、それに伴って「家事手伝い」という言葉に恥ずかしいという意識がついてくるようになったのではなかろうか。
で、就職氷河期とかで定職についてない若者が増えて、それをひっくるめて呼びたいという必要に合わせて行政的に使われるのがニートという言葉。もちろんニートって自称するのは恥ずかしいから、婉曲的に表現することが出来ないだろうかと考えた時に、女性に対しては伝統的に使われてきた「家事手伝い」という言葉があって、「ニートじゃなくて家事手伝いっ!」って言うことが出来るわけです、女性は。
ところが男性にはそれが無い。 "学生の期間を終えても定職に就かず親と一緒に暮らすっていう立場の男性" はニートと呼ばれるしかないわけですよ。そこへ登場した「自宅警備員」。事ここに至ってようやく男性は女性と同じ権利を持ちえたわけです。けれど哀しいかな「自宅警備員」には登場からネタとしての意味合いが大きい。「家事手伝い」はまだ少しは通用するのに。
ここら辺がなんかオモシロ哀しいなあ、と思うのです。
今思ったけど、自営業かなんかだったら「家業手伝い」で通用するわけだ。この「家事」「家業」の違いらへんとかもなんかモニョモニョ……