はてなキーワード: 習慣とは
ひぐらしファンとして、放送自粛に嘆き悲しんでいる著者でありますが、マスコミの安易な報道にはもっと嘆き悲しんでいる所存です。ひぐらしが原因で少女が殺害?ふざけんなよてめぇぬっこぬっこにしてやんよ、ということで、マスコミの報道に対して初歩的統計学知識でもって批判してみたいと思います。以下は、専門家でもマスコミ関係者でもない一ひぐらしファンの戯言です。
何らかの原因と結果を説明する理論を実証するには実験をしなければいけません。実験とは、検証したい変数を限定し、その変数に大してなんらかの人工的な付加をかけることで、理論構築のための結果を導きだそうとすることです。例えば、"ポテトチップスを食べると体重が増える"という理論を実証したいのであれば、必要数の被験者に大してフォアグラ用のガチョウのようにポテトチップスを食べ続けさせれば良いわけです。しかし、実験をするに当たって気をつけなければならないことは、人口的に付加与える変数以外に結果に影響を及ぼし得るような他の変数が多数あると結果は歪曲されてしまう、ということです。たとえば、"ポテトチップスを食べると体重が増える"を実証する実験を行うに当たり、被験者が他に高カロリーの食べ物を食べていたり、運動不足であったりすると、検証したいポテトチップスと体重増加の原因-結果関係を検証することが困難です。なので、実験する人間は被験者に大して厳しく食事管理を行ったり、適度な運動が可能なような環境を用意することが必要です。実験において重要なことは、検証する変数を限定すること、環境を設定すること、といえます。
実験をすることはお金もかかりますし、手間もかかります。そもそも、変数を限定する環境に被験者を長時間拘束することは、検証内容によっては非常に困難になります。そこで、実験の代わりに観察という手段で理論の実証を試みることになります。観察の場合、サンプルとして選ばれた人たちは自然な環境で通常の生活をし、実験者が彼らに人工的な付加を与えることはありません。実験者は通常生活を営むサンプルから検証したい変数を含むデータを集め、それをもとに変数と結果の関係性を実証します。重要なのは、観察の場合は、検証している変数の他に結果に影響を及ぼし得る変数がたくさんあることです。"ポテトチップスを食べると体重が増える"を例にとると、観察では被験者からポテトチップスを頻繁に食べるという情報と体重を聞き出し、それらの関係性を検証していく訳です。しかし、ポテトチップスを頻繁に食べ、かつ太っているサンプルの人間が、他にも多くの太る原因となる生活習慣を踏襲していることは安易に想像できることであり、ポテトチップスを頻繁に食べることはたくさんの変数の一つでしかありません 。サンプルのデータを使った観察からはポテトチップスという変数と体重という変数は並列に位置し、二つは関係している、ということしか導きだせません。ポテトチップスを食べるからピザになる、のではなく、ピザだからポテトチップスを良く食べている、かもしれないのです。多数の変数が関わっている観察においては、原因と結果を引き出すことはできません。
ひぐらし自粛事件を以上のことをふまえて検証してみます。まず、京都16歳少女の父殺害事件から”ひぐらしのなく頃に”という作品が少女を殺害に導いた、という原因と結果の理論をたてることは、現時点の証拠不足により不可能です。少女が殺害に導いた変数は、父との関係・学校での人間関係など計り知れません。 上記で検証したように、原因と結果を検証するには変数を限定しなければならないのであり、マスコミが安易に検証できるものではありません。 以下の
「歪曲して事件に影響があったかのように報道した」説に賛成の人が多いだろう… 何か事件が起こると、浅い考察で原因を探すのが現在のマスコミのお得意分野であることも事実である。
という近添さんの発言を厳密に検証すると以上のようになります。
しかしマスコミは結構狡賢いもので、”ひぐらしのなく頃に”が殺人の原因になりましたよーとは言いません。あくまでも二つの事柄の関係性を繰り返し、オドロオドロしい音楽とナレーションにのせて報道することによって、視聴者側が自らの頭で二つの事柄の原因-結果関係を描いてしまいます(マスコミやテレビが放送するリアリティーと現実世界の二つを視聴者がごっちゃに考えてしまう、ということを説明するCultivation Theoryという理論もあります)。 マスコミが放送しているのは関係性の羅列でしかなく、原因と結果は厳密な検証が行われないと実証されない、というリタラシーを持って報道を読むことが必要です。
更にマスコミは事件が起こると事件の一般化を試みます。”ひぐらしのなく頃に”を見ていた少女が父親を殺害した、よってかような作品を見ている人間は殺人者予備軍、というような図式です。しかし、個々の事件のようなケーススタディーにおいては、事件の構造的解析を行うことはできても、その事件から社会的な構造を描き、実証することはできません。サンプル数が1しかない検証内容なんて鼻糞くらいの価値しかありません。マスコミの報道を読むには、検証にはどれくらいのサンプルが使われているのかを注意深くまた批判的に見ていく必要があります。マスコミがよく使うメタ分析(既に行われている研究結果などを使って実証していくこと。専門家の話というのはこれに当たります)も視聴者自らが論文に当たって理論の検証を行うのが良いのかもしれません。あるある大辞典はメタ分析を適当に並べ立てて原因と結果をでっちあげた報道の悪いケースです。
エセ科学議論が一時期はやりましたが、エセ科学的な検証方法は科学以外の様々な議論に当てはまります。議論において、原因と結果を実証することは最も難しく、マスコミが行うような一夜漬けの検証では不可能といっても良いでしょう。しかし、マスコミの 原因-結果関係をでっちあげる安易な報道は強力な影響力をもっており、間違ったリアリティーを視聴者に植え付けます。マスコミの報道を反証するのに個々の事件に対する知識や専門的な知識はいりません。議論を批判するには、ちょっとした議論形式の知識と申し訳程度の統計学の知識で十分です。lovelovedogさんが似たようなスタンスでブログを書いてはりますね。マスコミのメタ分析に対するメタメタ分析(なんのこっちゃ) でもってばしばしっと文句をつけていくのが、健全たる市民としての義務だと思います。
とてもいい傾向だ。
でも、困った人だなと思えるような人は例外なくタバコを吸う。
こいつらがいけない。
あのマナーのなってない奴らはいつまで我が物顔なんだ。
しかも悪びれもない。
満員電車の中で痴漢をする男が少数であるにもかかわらず他の男が悩まされる。
そんな中痴漢が罪悪感なくニヘラニヘラしてたら同性からもとっちめるべきではないのか?
アメリカで拳銃を根絶することができないのか?せめて銃犯罪はなくせないか。
フランスで人の車に当てて車をとめる習慣は根絶することができないのか?せめて器物破損はとめられないか。
たばこを禁止することはできないのか?せめてたばこのポイ捨はするな。
許可された場所で吸ってくれ。
大量のレジ袋がレジ袋の中にためられている.くれるから貰ってくるのだと言う.
ただ捨てるのが勿体無いから再利用して捨てるのだという.それをリサイクルだと言う.
これすごいなあ。そのレジ袋を1つ2つ、買い物に持っていくという発想もないのか。それだけですむのにね。
買い物から帰ってきて、買ったものをレジ袋から出すでしょ。
空になったレジ袋をたたんだら、どっかにしまうんじゃなくて、いつも持って出るカバンなり何なりにひょいと入れてみようよ。
うちはマイバッグやレジ袋をスーパーに持参する習慣がすっかり身についたけど、これだってなんとなく始めたら続いてるだけであって、環境がどうこうとかふだんは考えない。
犬を飼ってる人はふんの始末にレジ袋を使うから、いつもレジ袋不足にあえいでいるって聞いたことがある。
実際どうなの? 犬を飼ってる増田さん。
10年以上前にアメリカに住んでて、中学校に通ってたけど、ピリオドの後はスペース二つと教わった。
教師の主義なのか、学校のルールなのか、地域の習慣なのか何なのかは全くわからん。
HTMLだと じゃないと2スペースはくっついちゃうから不便だよね。
これすごい!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%88%E5%BB%B6%E3%81%B0%E3%81%97
このページをプリントアウトして、マーカーを引きながら読んでみた。
以下、名言集
簡単な意思決定は、習慣の力で容易に曲げられてしまうから、古い習慣と競合できるようになるまでは、習慣として実行しなければならないかもしれない。
人的能力とは、5つの要素から成る: 心の強さ、正しく方向付けられた思考、時間管理技術、習慣に対するコントロール、問題解決能力である。
あなたの部屋にある古いものを捨てよう。それらは古い人格を思い出させるものだからだ。
ある意味、先延ばしは物事を始められない習慣である。 それはアクションではなく、むしろアクションの欠如である。そして習慣ではなく、むしろ物事を始めるという習慣の欠如である。もし物事を始める習慣が身に付いたら、始められないということはもはや問題にはならない。逃避ではなく正しいタスクについて適用する限り、始めるということは、先延ばしにすることの逆である。
ソーシャルブックマークがある今、「気に入った」ウェブサイトをいちいちブラウザのお気に入りにしまっておくと、キリがない。
興味深いけど、今は読む気にならないとか。
自分に合いそうなXX入門だけど、今は門をたたく必要がなさそうだとか。
これはいつか作るかもしれないプレゼンの資料に使えそうだ、とか。
以後必要になったらこのページは必見だけど、このページ覚えておけるか自信ないなーってのが多い。
こういうのをブラウザのブックマークに入れても、どうせ溜まりに溜めて、見ることなく「OLD」フォルダにぶち込んでしまうのがオチだ。
・・・・という需要に対応するため、理想的なシステムを模索していたのだが、現在運用しているのが理想系に近い気がする。
というか、みんなこんなことやってるんだろうけど、ぜひご意見を。
まず必要なものは、GMailのアカウント。 常用してるやつでも、サブでも、使ってなくても。どれでも、邪魔になることはない。次に、GMailのアカウントで登録した、「あとで読む」のブックマークレット。 僕はコメント入り、コメントなし両方つかってる。
インフラの用意ができたら、運営に向けての用意。
コメントなしであとで読む、コメントありであとで読むを、僕はそれぞれ「★」「☆」という名前にして、Firefoxのツールバーに入れている。ちなみに、▼はケータイにあとで読も、とういことにしている。
ツールーバーは
←→×File Edit View....Helphttp://www.hogehoge.com]⇒[G 検索] Π★Π☆Π▼
このようにカスタマイズしてる。アイコンを小さく表示する、でコンパクトに収まる。
で、何か興味をそそられたものがあったら、読み終わってからとりあえず「Π★」のボタンをクリック。 次のタブに進む間に、あとで読むのリロードが終わってる。 これを習慣にする。 すぐそこのワンクリックなのだから、まったく骨にならない。
そして、あとで読むの記事はGMailのアカウントに送られ、フィルターによって、受信箱には表示されずに、ラベル欄の「★ウェブクリップ」のカウンタをあげるだけになる。
なにか読みたいものができたら、「★ウェブクリップ」を表示して、GMailお得意の検索をかけるだけ。 あとで読むしたウェブサイトのテキストはすべてインデックスされているから、関連する用語を連ねていけば必ず出てくる。
共有したくなったら、FwしたらOK。
先日、会社の人たちが社員旅行でサイパンに行ってきたのである。
僕は中途採用で7月に入社したばかりだったので、旅行には不参加であった。
旅行にでる前に「現地では何して遊ぶんですか?」と聞いてみると「うーん、女買うとかかな」などと言っていた。
ちょっと驚いたが、冗談なのかなと思い込んで、愛想笑いなどをしていた。(ちなみに社員は社長も含めた男性ばかり10人くらいのグループである)
だが旅行から帰ってきた人たちの話を聞くと、それは冗談などではなかった。毎晩現地の中国人売春婦達と夜を共にしてきたという。
そういうことを何の恥ずかしげも無く喜々として語るのである。
僕にはそれが信じられなかった。楽しげにそのことを語る社員達を心の中で軽蔑した。
旅行以前にも同じように僕を落胆させる出来事があった。
あるとき社員の方々が僕の入社歓迎会を開いてくれた。遠方から通勤する人が多い会社であったので、当然車で来ている人も多かった。
当然代行やタクシーで帰るのであろうと思った。
しかしそうではなかった。
彼らは当然の如く飲酒運転をし、当然のごとく僕をその車に乗せようとしたのである。(2次会(キャバレー)に行こうとしていた)
(ちなみにこのとき、僕は気分が悪いフリをしてその場を逃れた)
「信じられない・・・」
いい人たちばかりと思っていたのだが、このとき僕の中でこの会社の、社員のイメージが一気に落ちた。
サイパンの買春の件もそうだが。習慣と集団意識は怖いもので、例え世間一般で「悪」とされていることであっても、大勢が集まればその集団の中で架空に合法化されてしまうのである。
飲酒運転の取り締まりが厳しくなった昨今だが、それがいまだに無くならない原因を垣間見た気がした。
ここで僕が言いたいことはひとつ、この会社に残るべきか、去るべきかということである。
このような人たちが集う会社ではあるが、僕と他の社員との関係は申し分の無いものであると思う。仕事はまだまだであるが、だんだんとやり方を覚えてきていて、先輩方からも期待されている存在であると思う。
しかし、上記のことを心の内にしまっておきながら、今後僕は平生とした態度でこの会社や社員達とつきあっていけるのだろうかと思うのである。
いつかは僕もそのような違法犯罪行為に(ただの付き合いという名目で)加担させられてしまうかもしれない。それを思うと怖くて夜も眠れないのである。
★☆★☆★ 問題 ★☆★☆★
2.あなたはニッケル電池ほどのサイズに縮んでしまう。質量は今現在のオリジナルの密度を維持している。そしてあなたはガラスのミキサーに投げ込まれる。ミキサーの刃は60秒で動き出す。さぁ、あなたはどうする?
3.シアトルのすべての窓ガラスを洗浄するとして、あなたはいくら請求しますか?
4.マシンのスタックがメモリ内で増えるか減るかしているのをどのようにして見つけ出しますか?
5.あなたの8歳の甥にデータベースについて3つの文で説明しなさい
6.時計の長針と短針は一日に何回重なりますか?
7.あなたはA地点からB地点に行かなくてはならない。そこに到着できるかどうかは知りません。どうしますか?
8.シャツでいっぱいの戸棚があるとします。特定のシャツを見つけるのは非常に難しいです。簡単にシャツを見つけるためにどのように整理しますか?
9.この村には100組の夫婦がいて、夫は全員浮気しています。妻は全員、自分の夫以外が浮気していることは知っています。そしてこの村の掟では浮気や姦通は許されていません。また、どの妻も自分の夫が浮気していると知ればすぐに自分の夫を殺すという掟があります。この村の女達は掟には背きません。ある日、村の女王が言いました。この村には浮気をしている男が少なくとも1人はいる。さて、この村に何が起きますか?
10.ある国では人々は生まれてくる子には男の子だけを欲しがりました。そのため、どの家族も男の子を産むまで子供を作り続けました。この国では男の子と女の子の人口比率はどうなりますか?
11.高速道路で30分間に自動車が存在する確率が0.95である場合、10分間では確率はどれぐらいになりますか?(確率は一定であると仮定します)
12.時計を見ると3時15分でした。長針と短針の間の角度は?(ゼロではありません)
13.4人の人々がぐらぐらするロープの吊り橋を渡って夜にキャンプへ戻る必要があります。不幸にも懐中電灯は一つしかなく、17分しか使えません。吊り橋は懐中電灯なしで渡るにはあまりにも危険で、吊り橋は同時に2人しか渡れません。しかも、各人は歩くスピードが違います。ある者は橋を渡るために1分かかり、別の者は2分かかり、3番目の者は5分かかり、最後の者は10分かかります。どのようにすれば17分で全員が渡りきることができますか?
14.あなたは友人たちなどとパーティをしており、全員であなたを含めて10人います。友人の一人が賭を提案してきました。あなたと同じ誕生日の人がこの中にいればあなたは1ドルもらえます。あなたと同じ誕生日の人がいない場合には友人が2ドルもらいます。あなたはこの賭を受け入れますか?
16.あなたは同じサイズのボールを8つもっています。そのうち7つは同じ重さですが、1つはほかのものよりもわずかに重いです。秤を2回だけ使ってこのわずかに重いボールを見つけるにはどうすればいいですか?
17.5人の海賊がいて、彼らは1位から5位にまでランク分けされています。1位の海賊は100枚の金貨をどのように分けるかというプランを提案する権利があります。残りの海賊はこのプランに投票する権利があり、賛成が半分に満たない場合には1位の海賊は殺されます。1位の海賊の分け前を最大にしてなおかつ彼が生き残るにはどうすればいいですか?(ヒント:一人の海賊は結局、金貨の98%で終わる
★☆★☆★ 解答 ★☆★☆★
1.ググレカス
2.ググレカス
3.ググレカス
4.ググレカス
5.ググレカス
6.ググレカス
7.ググレカス
8.ググレカス
9.ググレカス
10ググレカス
11.ググレカス
12.ググレカス
13ググレカス
14.ググレカス
15.ググレカス
16.ググレカス
17.ググレカス
,.-─ ─-、─-、
, イ)ィ -─ ──- 、ミヽ
ノ /,.-‐'"´ `ヾj ii / Λ
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ノ/,/ミ三ニヲ´ ゛、ノi!
{V /ミ三二,イ , -─ Yソ
レ'/三二彡イ .:ィこラ ;:こラ j{
V;;;::. ;ヲヾ!V ー '′ i ー ' ソ
Vニミ( 入 、 r j ,′
ヾミ、`ゝ ` ー--‐'ゞニ<‐-イ
ヽ ヽ -''ニニ‐ /
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ヽ _ _ 」
ググレカス [ gugurecus ]
(西暦一世紀前半??没年不明)
ググレカス(Gugurecus, 生没年未詳)は、古代ローマの思想家。
帝政ローマの時代に現在のアルバニアあたりで生まれたといわれている。父は役人で、家の巨大な書斎にはあらゆる本が並べられていた。このため物心ついた頃から興味を持ったものは何でも検索する習慣がつき、13歳頃からはほぼ一日中図書館で過ごすようになった。それ以来さまざまな発見をしては、それを地元の図書館で検索するという日々を続けていた。
だが20代になると、故郷の図書館の蔵書はすべて制覇したのか、図書館通いに飽きてしまいローマに移住する。ローマでも毎日多くの事柄を発見しては図書館で検索しており、その探究心と教養を買われて役人として出世する。何でも知っていたググレカスは人々の注目を集めたが、やがて図書館で少し調べればわかるような事柄を質問されると即座に「ググれカス」という返答をすることが習慣となってしまった。このため人々の反感を買い、ググレカスはローマで孤独に一生を終えた。
当時の人々からは憎まれたが、人が多様な物事に興味関心を持つことの自然さや、それらの物事について検索する楽しみを見出した思想家として知られている。 なお、その祖父、モックーログ(mokuron 生没年未詳)は、脳の構造に目録がにていることを発見し、それが意志を持つのではないかと警戒した。
http://anond.hatelabo.jp/20070901160249
会社の近くにあるコーヒーショップに、通勤途中に寄ってカフェラテを買うのが私の朝の日課だった。
注文は決まってカフェラテのラージ。持ちにくいのでいつも紙袋にいれてもらって、折り目に指をひっかけて会社まで持って行く。長い間その習慣を続けていると、店員によって紙袋の口の折り方に上手下手があることに気づいた。
お客さんが多くて焦っているから折り方が雑になって、ぐしゃぐしゃになってしまう店員。きれいに折り畳むんだけど、折り方が浅すぎて、重心がぐらぐらしてしまう店員。
3cmくらいで2回折り、角を直角に折ると丁度指がかけやすく、重心も安定して持ちやすいということを気づかせてくれたのは彼女だった。
いつから彼女がその店でアルバイトをはじめたのかは記憶にない。気がつけばいつも高いカウンター越しに彼女のことを見るようになっていた。
彼女は他の店員よりもテキパキと動く。仕事に無駄がなく、ひとつひとつの動作がキビキビとしている。ショートカットで、目が小さくて、背が低くて全体的にコンパクトな印象。すごい美人とか可愛いというわけではない。他の店員がモタモタしていると、さりげなくフォローに入っている。いつもきちんと声を出して応対している。
1ヶ月経ち、2ヶ月経ち、段々と私は「今日も彼女が紙袋を手渡してくれるといいな」と思うようになってきた。毎朝彼女の働く姿を見てから会社に行くと気分がよかった。
そして2月14日のバレンタインデー、そのコーヒーショップでは、常連のお客さん向けに、チョコレートを手渡すサービスをやっていた。
そんなことは知らない私は、レジでにこりと笑った彼女が小さな袋を「よかったらこれどうぞ」と手渡してくれたのに驚いて、モゴモゴと変な言葉で御礼を言った。
店を出て、通勤途中で包みを開く。そこには小さなチョコレートと一緒に、名刺くらいのサイズのカードが入っていた。手書きで「毎日来ていただいてどうもありがとうございます。カフェラテと一緒に召し上がってくださいね」と書かれていた。かわいい字だった。
恋に落ちた。
……しかし残念なことに私は女性であり、同性を恋愛対象としていない。
でも私がもし男性だったら、すごい勢いで彼女にアタックをし、そして振られていたところだろう。
彼女は今でもあそこでテキパキと働いているだろうか。
あるとき、アメリカ人とキューバ人とアフリカ人とヨーロッパ人を集めた会議が行われました。司会者は、皆を前にしてこう切り出します。
「今日は、第三世界における食糧不足について、みんなの意見を言ってもらいたい」
ここまで聞いて、キューバ人が手を挙げます。「意見? 何ですかそれは。そんな言葉は聞いたことがないのですが……」。キューバでは社会主義政権が敷かれており、意見をいう習慣がないというわけです。
次にアフリカ人が手を挙げます。「食糧? 何ですかそれは?」。ヨーロッパ人も手を挙げます。「不足? そんな言葉聞いたことがないよ」。対照的な両者ということになります。
みんなが戸惑いの表情を見せる中、最後にアメリカ人が手を挙げて、こう言いました。
「……第三世界って何?」
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0706/20/news078.html
英単語いらなくない?
発展途上国に住みはじめて、歯を大切にするようになった。
なにより、この国で歯医者に行きたくない。
事故や病気はしょうがない、けど歯なら自分で防げると思ったから。
糸だけで売ってるデンタルフロスを買い始めた。
使ってみると、太さがちょっと細い感じ。
他のデンタルフロスを買ってみた。
毎日磨く。
いやー、すごくよくとれる。
きちんと歯は磨いてるつもりだったんだけど。
それでもとれない歯間の汚れってあるもんだね。
白い歯垢が臭い。
こんなものが口に入っていたのかと思うほど臭い。
この臭いをかぐと、毎日磨くモチベーションがでてくる。
今夜も磨こう。
日本の老人はどうしてあんなにパワフルでないのだろう
一種の欧米コンプかもしれないけど欧米のじーちゃんばーちゃんはやけに若いやけにパワフル。そんで前向き。
正直日本の老人を見ても「あぁ…俺もあんなんになってしまうのか…」と思うだけでちっとも憧れられないが
欧米の老人なんか見てると結構憧れたりする。あんな余生を送りたいぜ!みたいな。
あと日本人って一番長生きするくせに、やたら超早いうちから「もう年だから」とか言うよね。まあ俺もつい言っちゃうんだけど。
海外行ってたとき、そんな事言う人は全然いなくて、寧ろ年なんかに負けるかHAHAHA!てな奴が(ほんとテンプレどおりで笑ったけど)普通に多い。あのパワフルさは何?肉?肉食ってるから?
ともあれ外人のパワフルさって羨ましいな
何かやっぱりいちいち欧米のもんはよく見えるんだよね
でも、実際暮らして楽なのは日本なんだけど。日本のほうがいいからとかじゃなく、単純に、日本習慣が染み付いちゃってるから。
初めから欧米に生まれてたらなあ……
都内の古くからやってる看板店にいってみそー
寿司をハシなんかでつまみやがって・・! てやんでぇ! べらぼうめ!出て行きやがれ!!
っていわれるよ!!
と、言うことはないけど、いいお店でカウンターで食うときにハシで食ってると
教えてくれるおやっさんもいるとおもうよ。何度か見聞きしたことがあるな。
すし屋さんはフレンドリーな爺さんが大将なことがおおいからね。
そんなラーメン屋さんみたい下品な指摘はないとおもうけど。
で、聞いたことないの?
落語のお題目になってるぐらい古くからの慣わしだよ。東京の方の慣わしだからかな。
もしかしたらこっちの方だけの習慣なのかもしれないね。
ちょっと探してみた。
http://www.sushiwalking.com/manner/index.html
寿司をひっくり返すようにしてネタを下にして人差し指と中指で支え、舌の上にネタが来るように口に運ぶのが正しい食べ方といわれています。この掴み方は、醤油に漬けるときシャリを崩さないので見た目にも美しく食べることが出来るのです。
もともと寿司は庶民のくいものだから、手でつまんで、表の荒縄で手をちょちょいと拭いてくのがならわしさ!
もしかしたらたこ焼きが高級食になる日もくるかもね。
えーなにそれー!?
楊枝って歯をシーシーするものでしょ?文明人なんだから箸つかおうよ!
そんな風にやりとりされる日がくるのだ!
後輩たちにつきあって飲み会。一緒に散々騒いでゲラゲラ笑って、ぐったりした帰り道。楽しかったよありがとう、と社交辞令半分で送ったメールに返信されてきた、先輩への儀礼溢れるメールをニヤニヤしながら読んでいたのに、急に泣けてきて、それがなぜだか分からなくて、びっくりしながら恐ろしくなる。これは何だ、これは何だ。一体どうしたって言うんだ。ボロボロ泣きながら、そんな自分を心配してる自分。みんなとワイワイ騒いだ後で、独りになると寂しい気がする。そんなことなら、小さく溜息でもついて、テレビ付けたり、本読み始めたり、買い物に出かけたりすれば、それでやり過ごせる程度のことのはず。
だけどこれは違う。胸を締め付けられるほど悲しくて、何が悲しいのか分からない。みんな楽しそうに生きてるのに、自分はこうして独りだから? 同年代のみんなは結婚したり、子供がいたり、会社を経営したり、それぞれ何者かになりつつあるのに、中途半端な自分はそのうち身の置き場がなくなりそうだから?
いろいろとそう言うもっともらしい原因を列挙して、更に突き詰める。寂しいのか。単純に寂しいんだ。誰かそばにいて欲しいんだ。だから最近急に友達作りに励んでみたり、久々に旧友と連絡取ったりしてるんだ。でも、そんな事じゃ満たされないことが分かるから、素に戻って泣けてくるんだ……。
……嘘だ。全部嘘だ。この年代にありがちな悩みだとか、新聞のコラムや雑誌の記事にでもありそうな、そういうことにしておきたいだけだ。本当は違う。独り言言う癖なんか無いのに「…そうじゃない、違う!」と口から否定の言葉がこぼれるほど、認めるのを恐れているだけだ。
寂しいのはその通り。だけど、理由は違う。みんなとワイワイ騒いでいても、本当に会いたいのはその中の一人だけだ。呼ばれてもいない飲み会に性懲りもなく顔出して、その人がいないととたんにどうでも良くなる。今日はテンション低いんですね、などど鬱陶しいツッコミを入れられるのを防ぐために、いつもにも増して明るく、元気に。
たまに呼び出して、ニ人で食事する。先輩におごってもらってラッキー。気軽にそう思ってもらえるように気を付けながら。今度行く合コンの話とか、最近はまってることとか、できるだけ他愛もない話で。頻度が高くなりすぎて鬱陶しく思われないように、必死で調整する。それでも週に一回は呼び出してしまう。全然たまにじゃない。抑制、利いてないよ。でも足りない。
じゃあ、と別れるときには次にいつ会えるかで頭がいっぱい。その場で次の約束を取り付けたいのを必死で抑える。時間ある? と電話するときには、その日は都合が悪くて、と断られたときにこちらのがっかりが電話越しに伝わらないように、あらかじめ断られる想定で何回も明るい電話の切り方を頭の中で繰り返しておく。そのせいでOKだった時の方が、こちらのテンションが低いくらい。内心と正反対。
「この間借りた本、面白くって、はまり気味です。あの作家が書いた他の本、今読んでるんですよ」
「へえ、そりゃ良かった。返してもらうのも面倒だから、あの本あげるよ。捨てるなり、ブックオフに売っ払うなりしといて」
これでほんの少しでも、自分の痕跡を残せたかも知れない。いつか自分のことを忘れても、あの作家の作品は読んだことがあると思い返すたびに、自分のことも思い出してくれるんじゃないか。本当はそんなジャンルの本、読む習慣無いんだよ。一緒に食事ながら話してる間に、ヒリヒリするほど敏感に張り巡らせたアンテナで集めた情報で、この作家ならきっと気に入ると思って、初めて読んで、それから貸した。外してなかった。どうでも良さそうに返事したけど、本当は、身体中がジンジンするほど、うれしい。
「そうだ、今度何人か集めますから、飲みましょうよ」
「え、なんで」
「なにかとお世話になってるし、仕事大変そうだし、よく分かんないですけど」
「なんだそりゃ」
眉をしかめて苦笑しなから、申し出を聞く。天にも昇る気持ちだ。自分のためにそんなこと企画してくれるなんて。苦笑いの仮面を付けたまま、日程決めて、仕事の段取り付けて、当日を待つ。その日のために生きているような、数日間。
迎えた当日。気の置けない数人と一緒に、飲んで、しゃべって、久々にカラオケ行って、朝まで。バカ騒ぎしながらも、自分に気を遣ってくれてるのが伝わってくる。何人かいる中で、自分にだけ気を遣ってくれている。歌の合間、会話の合間に「次、どうしたいですか」と決して言葉には出さず、さりげなく目線で自分の気持ちを探ってくる。それがこんなに気持ち良いものだったとは。もう何年も忘れていた。何だろう、爪の間から遡ってくるように、じんわりと痺れてくるような感覚。まともに目を合わせちゃいけない。泣き出すか、もっと大変なことをしでかしてしまうか、とにかく身を任せちゃ駄目だ。壊れる。
死ぬほど笑って、疲れて解散。帰りに、参加してくれた全員にありがとうのメールを送っておく。入れ違いに、一通のメールが届いている。あの人からだ。簡単な、お礼と体調を気遣う内容。徹夜させたのはそっちだろ! と憎まれ口を返信しながら、涙が止まらない。ありがとう、ありがとう、どうして君はそんなに残酷なんですか。出会ってからちょっとしたことで簡単に笑うようになってしまいました。ささいなことでも嬉しくてしかたないと思うようになりました。自分が怒っていることにも、悲しんでいることにも気付いてしまうようになりました。許せない、許せない、正気の私を返してください。こんなことには、こんなことにだけはなりたくなかったのに。
泣いている理由なんて、考えなければ良かった。
終わらせよう。こんなことは。目を瞑って、時間が過ぎて、やり過ごせるようになるのを待とう。いくつか交わしたささいな約束も、抑えが利かなくて大げさになりすぎたメールも、気軽な優しさに満ちたそれへの返信も、時間さえ経てば、思い返しても苦笑いで済ませられるはず。装うんじゃなくて、本当の苦笑いで。今までだって、そうしてきた。今度もできるはず。そうするしかない、そうするしかないんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070807203014
こんな話があったので便乗。
自然に生えてくるものを剃るというのに抵抗があり耐えられなかったのだ。
剃るまでは髭もそんなに濃くなかったし。
そんな俺も、大学生にもなると剃る必要があるシチュエーションに出会う。
バイトの類とか就活でも当然無精髭は遠慮されるのでなおさらだった。
生やしたとしても癖髭気味なのでとても綺麗に生えそろわないのも悩みだった。
そこで嫌々髭を剃るが、皮膚が薄く色白のせいか普通のどんな電気ひげそりで剃っても青々としている。
それじゃ剃る意味がないというか逆にみっともないので色々試し、深剃りできるT字カミソリを色々試した。
皮膚が弱いのもあり、血だらけになりながら髭を剃っていたのを思い出す。
就職して社会人になってからも、さすがに剃らないわけにはいかず、毎日剃っていた。
だがやはり血だらけ。しかもストレスで肌が荒れた日も剃らないわけにはいかず更に血だらけになっていた。
皮膚はボロボロになり、この1年ほどだけで一気に10歳分ぐらい皮膚が老けたとおもうし実際老けてみられた。
と色々あって、髭剃り自体がトラウマになるぐらい嫌だった。髭を剃る風習なんて誰が考えたのだと本気で呪った。
脱毛も考えたけど、完全に髭をなくすのは難しいのと、リスクを考えると得策じゃないと思った。
今でも毎日恐怖に怯えながら髭剃りをしているし、だいぶ慣れても未だによく血も出る。
髭をガンガン平気で剃れる奴がうらやましいし、髭がない女はもっとうらやましい。
更にうらやましいのは、髭を好きなように生やしていても何の社会生活上の不都合もない人たちである。
そこは自制しなよ・・・太りたくないんでしょ?それとも本気でそうは思ってないんじゃない?
さいですね、すんません。
夕飯下ごしらえ→旦那帰ってくるまで仕事(在宅)→旦那帰ってくる→作って夕食
ってのが一連の習慣になっててなかなか…。
仕事時間から組みなおさねば。
http://anond.hatelabo.jp/20070804000349
大事にしたいなあと思ってるんですけどねー。
実際大事に出来ているかどうかは自分じゃなかなか分かりませんよね。