それは分かる
ポリコレの先導者がネオリベ的価値観とラディカル家父長的社会主義を使い分けたりするせいで、事態の混迷に拍車がかかってるな
何の取り柄もない無能なおっさんが労働市場から排除され、女性達の需要を碌に満たせない低スペック男は結婚市場から脱落してもやむを得ないけど、おっさんよりも頭が悪く更に低スペな障害者にも労働と子育ての喜びを授けよ、みたいな支離滅裂なことになる
長女は今日学校で、大の仲良しのお友達から手紙をもらった。それは特別お洒落な封筒や便箋を用いたものではなくて、折紙の裏に本文が書かれていて、表に宛名と長女の似顔絵が書いてあり、セロテープを貼りまくって封をしてある、そんな子供らしい手仕事によるお手紙だった。
素敵なお手紙をもらって良かったね、と長女に言ったら、長女は
「先生がね、学校にこういうのは持ってきちゃダメだって。これが最後のお手紙にしてねっていうの」
と言う。
いや、学校に勉強に必要の無いものを持ってきちゃいけない決まりがあるのは知ってるけど、これもダメなん?っていう。想像の斜め上行く厳格さ加減に驚いた。
子供達のお手紙交換は長女が幼稚園の頃も盛んに行われていたが、盛んに行われ過ぎててお洒落なレターセットや文房具を用意するのが地味に負担だとか、子供に代筆させられるのが面倒、それに家庭の教育方針や子供の成長あるいは生まれ持った能力により、文字習得具合や作文能力に甚大な格差が生じててしんどいとか、保護者的には結構辛い遊びではあった。
だが幼稚園の先生方は、色々保護者を悩ますものではあるが、子供達が自発的に文章でのコミュニケーションを取ろうとする事はよい事であり、過剰にならないように見守りつつ自由にやらせてあげようというスタンスだった。
なお、長女の通った園は公立幼稚園なので、市内の公立保育園や小学校中学校と教育方針については一応連係がついているという話なのだが。
幼稚園保育園のうちは、子供達は個性や自主性を尊重されのびのびと育てられてきたのに、小学校になった途端に規則にがんじがらめにされてしまう。
手紙禁止の件のほかに引いたことといえば、給食の時は一切の会話を禁じる、という規則だ。一つの教室内で二十数名の子供達が疎遠な関係でもないのにそれぞれの席で黙々と食べているって異様な光景じゃね?
まぁ、長女の入学から半年経たずして、あの小学校はそういう所であり保護者が何を言おうが絶対変わらないというのは悟ったので、手紙禁止の事はもう諦めた。
長女や長女の親友が、この件で手紙を書く事自体を嫌いになったりとか、文章を書くということが学校の授業や宿題の中でしか出来ないものだと思い込んだりとかしないと良いなと思う。
さすがに相手がキョドってたら脈アリだと分かるでしょ………
歯茎と歯と間に歯垢がたまりがちだからよく磨くよう指導されたなぁ。
後は歯間ブラシ。これはマジ。使ってないやつは絶対使ったほうがいい。
どれだけ歯垢取れてないのかがよくわかる。
なんでお前も沈んでんだよ
うんこ好きにうれしいうんこのうまい旨味と、うんこを感じるうんこ紅茶。
常温で飲んでもクリアな味の優れた製糞技術で作られた伝統のうんこ工場特注うんこティーです。
おいしい入れ方
ストレート 0分
たしかに影響がどうのこうのは一番文系の論文でやっちゃいけない決まりだったはずではある。因果関係の説明は証明が難しいので困難を極めると。でも単なるエンタメだしそういう軽いノリもアリなのでは?
スマホのせいじゃないよ?
は?消えろ。