はてなキーワード: ガンオタとは
ちょっと新しい感じのアニメが始まるようだなと思って少しばかり期待して見始めたのだけれど、
話の規模が大きいにもかかわらず広がりがなくて、見た場面ばかり出てくる。
だいたい、2クールもやってて、火星の人たちがどんな暮らしをしてんだか、まったく分からないのだ。
かといってセカイ系という割り切りもない。
設定がファーストガンダムにちょっと似ていて、自分はガンオタではないが、
「ああ、ガンダムってやっぱり良く出来てたんだなあ」という感想が湧いてくる。
「ガルガンティア」とか、話を小さくまとめて一定の成功をおさめた例は多いわけだけど……。
今、TVアニメで大きい話を作るのは時期尚早だったのかもしれない。
あれは高千穂さんの説明もかなり不親切だったのもあるよね。
あの問題で一番大事なのは、高千穂さんはガンダムは駄作とは一言も言ってないって事。そう、作品としてはむしろ評価してるんですよね。
ただ、SFではないよねって事。
実際、これは富野監督も認めてる話なんだけど、色んな部分が後付で、とにかく整合性が無いんですよ。SFにおいて、整合性は命と言っても良い。でも、それが全くない。これじゃ、SFとは呼べないのですよ。と、高千穂さんも正直に言っちゃえば良いのに、「センス・オブ・ワンダー」とか言い出したから、問題がこじれちゃったwww
http://anond.hatelabo.jp/20110718194251
>置き換えるとわかりやすいかな?
>例えば、単にガンダムのアニメ見まくってるだけのガンオタが、新しく始まったガンダムアニメに対して
>「今回は史上最高のガンダムを目指して行きますよ!」とか言い出したとしたらどうだろう。
>は?おめーがアニメ作ってるわけじゃねーだろ?と言いたくならないか?
彼らが実際に取る行動としたらDVDとかグッズにひたすら金を落す行為になるよね。
何をエンタテインメントとして楽しむかは自由だし、スポーツ見て盛り上がる気持ちもわかる。
でもやっぱそれを踏まえても、単に応援してるだけの人が「今日は勝ちに行きますよ!」とか言っちゃうのは理解できないなあ。
そういう奴はちょっと行き過ぎだとして、ファンコミュニティ内で諫めるような自浄作用があるならわかるけど、そういうわけでもなさそう。
うーん。本人はどういう気持ちでああいうこと言ってるんだろうなあ。
置き換えるとわかりやすいかな?
例えば、単にガンダムのアニメ見まくってるだけのガンオタが、新しく始まったガンダムアニメに対して
4組成立。おめでとう!
もちろん俺はカップル成立していない。
俺は男だから女の評価をするが、成立したカップルの女の子は以下
女の1番人気は24歳で服装も花柄のワンピースで笑顔も柔らかい感じの普通にかわいらしい人だった。
ちなみに今回参加した女の人でガチオタは4人ぐらい。
まど☆まぎ、化物、シュタゲ等の人気どころを書いてる人が3人。もちろん他の項目もいっぱい書いてて濃い自己紹介カードだった。
そういえば職業が声優ってやつが1人いた(もちろんガチオタ)。顔も中だが服装は流行の片方の肩出し(「微妙」から修正)。声は覚えてない。
こいつが2番人気になると思ったけど、意外に2番人気は30歳の普通の人だった。
趣味にアニメはなさげで、しかも特に可愛いわけではない不思議。
たぶん手に届きそう感がよかったんじゃないかとミサカはミサカは分析する。
発表のあった男の1番、2番人気は成立してた。
25歳未満が意外に多かった。びっくり。
あと忘れた
初動で目当ての女の子の隣りに行けた人はいいが、行けなかった人は最後まで話せなかった人も出ていたし。
途中で2回ぐらいシャッフルタイムがあればね。第3希望まで書かせるんだから。
(興味がないから覚えられないと言えばそうですが)だから回収はファーストインプレションの紙だけ千切って回収してほしかった。
http://anond.hatelabo.jp/20080721222220
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「∀以前」を濃縮しきっていて、「∀以後」を決定づけたという点では
外せないんだよなあ。長さも4クールだし。
ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、彼女との関係が崩れるかも。
この世界名作劇場的総まとめな作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、それでいて必要最小限の情報を彼女に
伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション能力」の試験としてはいいタスクだろうと思う。
アレって典型的な「オタクが考える一般人に受け入れられそうなアニメ(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには
一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「ガンオタとしてはこの二つは“腐女子向け”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
ある種のSFアニメオタが持ってる軌道エレベーター時代への憧憬と、スタジオオルフェ監修のオタ的な考証へのこだわりを
彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えていかにも水島精二な
「俺ガン(俺ガンとは - はてなダイアリーではなく、「俺がガンダムだ」の台詞)なださカッコよさ」を体現する刹那
の二人をはじめとして、オタ好きのするキャラを世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
たぶんこれを見た彼女は「○○○だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の主義主張が(先進国では)その後続いていないこと、これが中東では大人気になったこと、
全米ならドキュメンタリーになって、それが劇場で公開されてもおかしくはなさそうなのに、
00年代でこういうのがつくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
「やっぱりアニメは子供のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは「機動武闘伝Gガンダム」
でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかける3DCGへの思いが好きだから。
断腸の思いで削りに削ってそれでも「ガンダムシリーズ」の最長の全52話、っていう尺が、どうしても俺の心をつかんでしまうのは、
その「3DCG」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えてしまうから。
「ザコザコアワー」の長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、一方でこれが
富野や福田だったらきっちり全50話にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に頭下げて迷惑かけて全52話を作ってしまう、というあたり、どうしても
「自分の物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえSDガンダムがそういう作風でなかったとしても、
親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
今の若年層でZ見たことのある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
逆シャアよりも前の段階で、富野の哲学とかアニメ技法とかはこの作品で頂点に達していたとも言えて、
こういうクオリティの作品がテレビアニメでこの時代にかかっていたんだよ、というのは、
別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくアニメ好きとしては不思議に誇らしいし、
いわゆるブレンパワード以前の富野を知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
富野の「目」あるいは「絵づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、ということではなくて。
「終わらないガンダムシリーズに区切りをつける」的な感覚がオタには共通してあるのかなということを感じていて、
だからこそアニメ版『∀ガンダム』最終話は「ディアナ様、また明日」以外ではあり得なかったとも思う。
「人気シリーズ化したガンダムと共に生きる」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その「オタクの気分」の
終着点は逆襲のシャアにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも口にせずに、
単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういうヤンデレ風味の恋愛をこういうかたち(カテジナさん)でアニメ化して、それが非オタに受け入れられるか
気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。
9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にファーストを選んだ。
∀から始まってファーストで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、80年代以降のアニメ時代の先駆けと
なった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら
教えてください。
小林よしのりに感化されて軍拡マンセーしていた昔の俺みたいなオタクもいれば、
ヘルメットかぶってアキハバラ解放!とか叫んでたようなオタクだっている。
また、ガンオタでも作中で使われている技術や理論について語りたがる(エセ)理系オタクもいれば、
俺ニュータイプ論やシャア史を語りたがる(エセ)文系オタクだっている。
俺の身近なオタクにも、メンヘラさんやかまってちゃん、空気が著しく読めない奴(俺のことだけど)に、
陰謀論大好きさん、新興宗教ガチはまりさん……等、いろんなタイプがいて、
十把一絡げにオタクと言う分類わけをするのは難しいと思う。
だいたい元増田の言ってることなんて、どんな思想にも当てはまりそうなものだけどなぁ。
共産主義思想だってブルジョアジーを悪の枢軸に仕立て上げ(善悪二元論)、
搾取される労働者とやらに感情移入をして(感情移入と過度の思い入れ)、
歴史必然的にプロレタリア革命は起こると自身の暴力を正当化する(観念的空想、拗ね者意識、ルサンチマン)。
また、ヒトラーだってユダヤ人とその資本を絶対悪に仕立て上げ、
アーリア民族の優秀性を説いて、文化破壊者であるユダヤ人をぶっ潰せと喧伝したわけだ。
構図としては上の共産主義思想と大して変わらないんじゃないかなぁ?
これはべつにオタクじゃなくても当てはまるだろうという指摘があるとすればそれはその通りだが、ここで対象をオタクに限定したのは、筆者自身がいわゆるオタクであり、オタクのなかに見られる論理と心理について、ほかの集団のそれについてよりもよく見知っているという理由による。したがってここで例示したものは、あくまでそれがオタクにおいて比較的傾向的に強く見られるという筆者の観察に基づいている。
ってあるけど、俺が上に挙げたような点は、一般的に見られる普遍的な傾向であって(当時はみんな熱狂してたしね☆)、
”オタクにおいて”比較的傾向的に強くは見られるっていうのは違うんじゃないかと思う。
俺の私見では、現実の問題について語る素人が増えただけだと思うんだよね。
今まで政治問題なんてのは一部のインテリがどっか遠い場所で語るくらいだったのが、
インターネットの普及によって俺たち庶民にもそういうことを語る機会が生まれたわけだ。
で、そのインターネットにいち早く接触したのが、元来機械好きでリアル交友の少ない(笑)オタクたちだった。
オタクたちの遊び場であった匿名、あるいは非匿名の掲示板では時期的に偶然にも右翼タカ派の言説が多く、
彼らはそれに染まっただけだと思うんだ。
つまり”オタクだから”そういう考え方をしているのではなく、”たまたまオタクが”そういう考え方にいち早く染まったんじゃないかなーと。
「対女性スキル」を言い出した元増田だけれども。「非モテ」の人には色々言われると思うから増田のままで言わせてもらうよ。悪いね。
主題は「非モテ」ってなんなの? です。
うん、正直そう思うところはある。ただ、男性の前なら普通にできるのに、女性を前にすると同じことができなくなるって人はいると思うけど。
だから、本当の「非モテ」なんていないのよ。逆に本当の「非モテ」は対人スキル0で、他の人のことはどうでもいいから「非モテ」なんて考え自体が出てこないと思う。
でも自称「非モテ」さんって自分のことをそう言うでしょ。
オレなんてダメだ的な。そりゃ立ちすくんで何もしなければどんな結果も得られないって。
「モテ」たいなら努力しなきゃ。友人に小太りで顔も不細工なやつがいたけど、大学時代そいつは二股三股はあたりまえって生活してたよ。
なんでなのか疑問だったから色々聞いてみたけど、私の結論は「そこまでしてモテたくない」だったけどね。
価値観なんて人それぞれでしょ。自分の価値観にしたがって生きていて、それが「キモい」って言われちゃうのは悲しいことだけど、それが自分の価値観でそれにしたがって生きてるならどっかはあきらめなきゃ。その価値観にしたがって生きる事は他の人にとって「キモい」んだって。
「キモい」って言われたくないなら「キモくない」人の価値観にあわせなきゃ。
そりゃGacktみたいにガンオタなのに…って人はいるよ。でも彼はガンオタでも「ビジュアル系」の価値観で生きてるでしょ。
顔の造詣はともかく、体鍛えてる?歌のためにのどに気をつけたりしてる?そういう一般にアピールできる価値観も持って生きてるから、彼はガンオタでも受け入れられるんだって。顔じゃないの。
「キモい」って言われる価値観で生きているまま誰かに「モテ」たいってなら、どこかにいる青い鳥を探すしかないよね。でも青い鳥を探すのも努力が必要だよ。寄ってくるのを待つって?「非モテ」を自称して自分を卑下する人のどこに魅力がある?
『皆は「キモい」っていうけど、受け入れてくれる人がいるはず』って思うなら、「キモい」っていわれる事は受け入れなきゃいけないじゃん。
仕方ないよ、「キモい」んだからさ。
「キモい」とも言われたくない、でもそのままを受け入れて欲しいってどんなわがままよって話になるじゃん。
じゃぁ弱者はどうすればいいのか、って思うのはわかる。弱者は死ねというのかとね。
でもさ、この場合「弱者」って何よ?それは本当に自分ではどうにもならなくって誰かの助けが無ければどうにもならない「弱者」なの?