はてなキーワード: 偶然とは
とハイクあたりに書こうと旧暦などについて検索していたら、偶然、赤ちゃんの写真が引っかかった。
普段なら「はいはい育児ブログね」とスルーするものの何故か今回はクリック。
ブログのタイトルを見て驚いた。彼女は、子供の頃の私と同じ病気だった。
「同じ」と言っても私はすごく軽度で発覚3ヵ月で完治、その後20年健康。彼女はだいぶ大変な部類で、手術は成功したものの後遺症が残っているらしい。
そんな自分の悩みが一気に小さく見えてきたというか、「こんなことで星に願ってたら天の川に幾つ星があっても足りんわ」と思った。
これもきっと何かの縁、私の分の願い事は彼女にあげます。
彼女が元気になります様に。
Salyuの曲を聴くと、このアーティストのことを教えてくれた女のことを思い出す。
結局ダメだったんだけど、一緒にカラオケにいったときに歌っていて、それが印象に残っていて聞き始めたら、嵌った。
最初はあまり好きではなかったんだけど、何度か聞いてみて何とも名状し難い歌声に魅了されていた。いつの間にやらカラオケでその女が歌っていたときの歌声は頭の中からかき消されていて、Salyuの風変わとでもいうような歌声に置き換わっていた。印象が強いからか。
時間が経てば経つ程どんどんSalyuの歌を好きになっていって、もうそろそろCDを全部買い集めてしまいそうな勢い。そして、その歌を聴く度に嘗て付き合えるかもしれないと思っていたその女のことを思い出す。
未練がないなんて全く言い切れなくて、寧ろ大いにあるのだけれど随分長く引っ張るなあと自分でも妙に感心してしまう。そして結局まだその女のことはとても好きなんだけど、なんかバツが悪くて自分から連絡を入れたりはしないでいる。一度偶然あったときも碌に話もしないで別れたし。できればまたやり直して、付き合いたいと思うし、次は上手く振る舞えると思うんだけど、やっぱこのままでいいやと思ったりしてもう良く分からない。そしてこういう未練の中に生きるのも悪くはないかということで納得して今日も明日もいきていくのです。
あれは物語の構図が過去の思い出を思い出し感傷を呼び起こすようなものだからだと思う。
だれだって程度に差はあれど小、中で一度はこれは恋なのかと思うような感情を持った事はあるだろうし
高校時代には偶然帰るタイミングが合えば電車で降りる駅まで話をしながら一緒に帰るような異性の友人の一人くらいはいただろう。
しようとして出来なかった告白や送ろうとして送れなかったメールってのもあったはず。2部はそういう貴樹へ(視点女子を主人公と思わず貴樹をあくまで主人公と考える)自分を投影してしまい
最期の特別のない日常を送る主人公がでてきて更なる投影を行ってしまう。(現実で特別である人なんて少ないので)
こういう風に物語がたやすく自己の投影、およびそれに伴う過去の回顧が出来る構造で
最期の最期まで主人公が特別な存在にならないがゆえに自分は特別でないと改めて認識させられることにより鬱になるんだとおもう。
ちなみにこの仮定の前提としてどれだけ物語の主人公へ同一化するかは別として物語をみるって言う事は特別な状況を求めることだということを前提にもって欲しい。
職場のリーダーに、「おもしろい話をしないと2連休のシフトにしてあげない」と通告された。
非コミュでおもしろい話とは無縁の俺にとっては致命的だった。
ポイント制が導入されたのが先週だ。
仕事上のミスをすると減点され、おもしろい話をしてリーダーを笑わせると加点される。
まぁ実際にはポイントの記録はしてないし、冗談というか、話のネタとして導入しただけ。
2連休のシフトにしてあげない、というのも冗談だろう(そう信じたい)。
だけど、せっかくだからおもしろい話をして期待に応えたい。
どうすれば人を笑わせることができるのか…。
仕事しながらあれこれ考えたはみた。
事前に考えて仕込んでおいた単発のネタは偶然成功するかもしれないけど、継続して成功させることはできない。
人を笑わせるには、まずその場のコンテキストを把握しなくてはならない。
どういうキャラクターの誰と誰がいて、会話の流れはどうなっていて、今後どういうふうに流れていくのが自然かを把握する。
コンテキストを裏切ったり、ずらしたり、過去のコンテキストを引っ張り出してきて合流させたりすれば、笑いが生まれるのではないか。
まずはコンテキストを感じるのが基本となる。
これが安定して笑いをとる基本となる。
と、理屈は考えてみたけれど、実践するののなんと難しいことか。
もしかして理屈が抽象的で、実践で使うレベルにまで具体化できていないだけかもしれないが。
そもそも、実戦の場では、(少なくとも俺は)理屈で考えていたら追いつかない。
会話が終わってから、ああ言っておけばよかった、と思いつくこともあるけれど、あとの祭り。
ポイントが加点されることは滅多にない。
実戦で成功するには、やっぱり「Don't think, feel it !」ってことなんだろうか。
矛盾はしないかもしれないが、どう考えても一般的なフィクションという語の用法とは違うね。
「昔々、太郎と花子というものがおりました。太郎と花子は愛し合い、結婚し、子供を作り、そして死にました。おしまい」
思考実験として、こういうフィクションを誰かが書いて発表したとしよう。
日本の歴史上、太郎と花子という恋愛結婚をして子供を作ってなくなった夫婦はたぶん何組もいただろう。
その現実の一致/類似の発見をもってその物語はフィクションからノンフィクションに変化するのか? 普通はそういう使い方をしない。
むしろこの作品が仮に偶然に現実世界の特定人物名等と一致したとしてもフィクションであることを主張するために、「この作品はフィクションです」という注意書きはあるんじゃないのか。
これは純粋な思考実験だが、もっと長い物語で、現実と多少の齟齬があっても、それは脚色だ、と言い張ることは可能だろう。
たまたま捜査一課に十津川と亀井という名の実在警部と刑事がいて、たまたま西村京太郎作品とどこか似た事件を解決していたとして、それで西村京太郎作品がノンフィクションだったということにはならない。
最近こんなことがあった。
初対面の時には、華奢な体に白いワンピースがとても良く似合っていて、可愛いなとは思ったが
恋愛感情までは持たなかった。
そして、ネットゲームやオフ会で顔を会わすことも多くなり親しくなっていった。
去年の秋頃には、長年付き合っていた彼氏と別れたと聞いたので、それからは月一以上のペースで
デートをしていたんだ。5月頃には、毎週会うようになっていたし
手作りのお菓子やらなにやらも貰っていたし、家族の写真やらも見せてもらって
普通の友達以上の仲になった。
そして、さっさと告白して付き合うことができれば良かったのだろうが
7月は仕事がやたらに忙しく、土日も疲れやら、以前仕事で一緒だった人との付き合いで
その女の子に連絡すら取れてなかったんだ。
仕事のめどがついてきたので、今週の月曜日に花火の誘いのメールを出した訳だ。
そしたら、「ごめんね。彼氏にプロポーズされたんだ。」と返事が来たんだよ。
おそらく、連絡が取れてなかった一ヶ月の間に彼氏ができて、そこまで話が進んだのだろうけど
玉砕覚悟で、さっさと告白しちゃえばこんな惨めの思いもしなくて済んでいたはず。
うすのろ具合が頭に来る。
次はアグレッシブにいかないとな。
今の状態を維持したら、頭がおかしくなりそうだ。
早く恋の相手を見つけなくては。
ほんとの幸せを考えたときに愛し愛されたいって考えるようになったのは椎名林檎ですが皆さんお元気ですが?こんばんわ、僕です。僕は元気です。
エヴァ→ヱヴァの変化とか、最近の若者が自動車を買わないとかいう出来事からなんか思ったことをつらつらと書きますね。
たぶん、これから、本当に低コストで個人の幸福を追求しようと思った時になる仕事って、AV男優か調理師か、あとはなんか二ートみたいな、そんな仕事になると思う。ビルゲイツよりも加藤鷹になりたい。そんな時代はすぐそばまで来ているのだよ青年。それはここ10年くらいの動きの中で。
ここ10年で急激にコストが下がったものと言えば、出会いや、コミュニケーションやそして承認のコスト。ツイッターやインターネットとかその他なんかゲームとかほにゃららで個人と個人が理解し合ったり承認しあったりするのが非常にたやすくなりました。今、この2009年の日本で暮らしてる人間には信じられないだろうけれども、ひとの覚えをちょっと良くしようとかもてたいとかいう理由で300万円とかする車をローンで買ってしまう19の若者がかつてこの日本にもいたのです。なんだよそれ。エウリアンで絵が6枚は買えるよ!!
結局人の幸福っていうのは他人とのコミュニケーションや承認で、睡眠欲、性欲、食欲の三大欲求以外の欲求の社会的欲求って結局他人との密なコミュニケーションが取れればそれでよくなるっつーシロモノなわけでしょう、で、近年、その他人とのコミットに対するコストがブロッコリー株やGONZO株くらいだだ下がりしているわけですよ。
社長になりたい理由だって他人から尊敬されたいからだし、代議士になりたいのだって人から頼りにされたいから。お金が欲しいのだってお金を持ってるといろいろとみんなやさしくしたりちやほやしてくれるからじゃないですか。いい車に乗るんだってそうすると女の子が寄ってくるからだし。
で、今から20年くらい前はそういう「社会的に自分のポジションをあげること=承認を得られる」っていう分かりやすい構図で、だからみんな、頑張って仕事したり、頑張ってなんかいろいろやったりしたりしたわけですよ社長になりたいとか偉くなりたいとか。末は博士か大臣か。逆にいうと、そのころは他人から承認を得るためには、多大なコストを払わないとならなかったわけなんですね、大変ですね生きるって。
だけど、なんかコミュニケーションツールが広がって、そのコミュニケーションのコストが暴落。そうなると、もう、頑張って自分の社会的な身分を上げないでも、満足な分の承認が得られるようになりました。ちょっと歌を歌ってニコニコで流したり、踊ってみたりするくらいで血のにじむような苦労をしないでもある程度ハッピーになれるようになったんですよ。これはいいことですよ。昔は山の中で偶然見つけられる物だったマイタケが大量生産できるようになったみたいに、昔は高価だった“承認”が非常に安価になりました。ありむーだってはてなで大絶賛だ!!彼なんか20年前だと宮崎エンド以外のエンドは考えられませんよ!!
まあ、そんな感じで。
社会的欲求のコストが下がると、相対的に3大欲求の価値が上がってくるわけですよ。で。
まあ、タイトルみたいにAV男優とか、調理師とか、仕事自身が3大欲求とか直接気持ちイイ仕事に就ける人間が勝ち組なのかもねって話。
経団連の代表みたいなあのうんこが腐ったみたいな自己主張をごりごろとするようなくそみたいな仕事をするくらいだったら、園原りかちゃんのま○こをなめてる方がよっぽどいいよね!!
園原りかちゃん大好きです!!!
今から28年前(だと思った)の夏にも部分食があった。
その当時俺は札幌に住んでいて、そこでこの部分食を体験している。北海道地方では、1/3くらいが欠ける食だったと記憶している。
その年の夏は、とても暑くて、まぁ当時の俺は暑い夏が好きだったので、いい夏だと思っていた。
で、日食の日。
太陽が欠け始めると、辺りが不思議な感じに薄暗くなり始め、それに伴い、今まで静かだったのに俄にざわざわと風が吹き始める。
完全に食に入った(という言い方でいいのかな)ときには、結構薄暗く、これが、空は青空なのに薄暗いという、夕方でもなく昼間でもない神秘的な感じ。
で、本題はここから。
ところが、日食が終わってみると、空はどんよりと曇ってしまっている(と記憶している。雨が降ったかどうかまでは覚えていないが、もしかしたら降ったかも知れない)。つまり日食の前後で天候が急変した。
それだけではない。
その夏は、その日を境に天候は荒れ、結局冷夏かそれに近い状態になってしまった。暑い夏があっけなく終わってしまってとてもがっかりしているのを覚えているので、日食の日を境にして天候が急変したことは、間違いないと思う。
俺は専門家ではないので詳しいことは分からないが、あれかな、日食により太陽から届く熱量が一時的に下がり、気温が急変したために大気の流れが変わり、その後の天候の変化を招いた、とかね。
これが当たっていれば、今回の日食では東京地方でも太陽の2/3以上が欠けるらしいので、相当な天候の変化が発生する可能性があるということになるが。
まぁ、28年前の事例はただの偶然かも知れないし、ちょっと調べたところでは、日食で気温が変化する(これは当然)のはよく見かけるが、その後の天候まで変わってしまうという記述は、いまのところ見つかっていない。
いずれにせよ、答えは22日を過ぎれば分かるわけで。
複数の新人プログラマーを見ていると、大抵はまともにデバッグが出来ない。
原因を予想できず、検証もできず、力業で偶然発見するというお粗末さである。
また、ある3000人アンケートでは一部を全体と認識してしまう人間が実に7割以上もいる事が分かる。
(http://find.2ch.net/enq/result.php/35633)
(現実の世界では全てを把握することは不可能に近く、一部で全体のイメージをとらえようとすることは妥当ではある)
デバッグできない理由は、この実世界の曖昧さをプログラムに対する認識に持ち込んでいるからではないだろうか?
一部の状況でしか確認していないのに全ての状況で正しく動くと思いこむからどこが悪いのか見当もつかない。
確認していないことと確認したことの区別があいまいだからちゃんと問題の切り分けをしていくことが出来ない。
よくネット右翼はオタクだといわれる。そうした主張に対し偏見だという声がある。別にオタクでもいいじゃないかと思うのだけれども、どうもオタクだ思われたくないらしい。それならAmazonのレビューを公開しないほうがいい。オタクとわかるから。
http://www.amazon.co.jp/gp/pdp/profile/A300NO7WOQNI2T/
この人のドラクエの評価が悪かったから、どんなゲームにどんな評価してるのか調べてたら偶然発見してしまった。「ロロナのアトリエ」「テイルズオブバーサス」に高評価を与えている一方、「反日マスコミの真実 2009」「とてつもない日本」を高評価している。「とてつもない日本」のレビューはどうみてもネット右翼。
民主党がどのような政策をしようとしているのか
全て理解してる方はいるのでしょうか?
に踊らされてる方が多いと思います。
民主党に勝たせるためです。
今の不景気、各国家は自国民のために与野党協力し、景気対策をしています
当然、成立するまで時間がかかります。
偏見を持つのはよくないのだけど、こういうことがあるとやはりネット右翼と呼ばれる人たちはオタクなんだろうなと思ってしまう。オタクだ思われたくないのならAmazonのレビューを公開しないほうがいい。
tour du france第二ステージで、日本人選手が5位に。
始まっていた。
過去に日本人選手は二人参加しているが、今年のツールには、いきなり二人も参加していた。しかも、そのうちの一人がステージ5位に入っている。
総合優勝が一番価値があるのはあたりまえであるが、山岳賞やスプリント賞、新人賞に並んで価値があるとされているのが、ステージ優勝である。毎日のステージ毎にその日一番にゴールに入った人をステージ優勝者とするのであるが、世界でトップクラスのロードレーサーを相手に一位を取るのは、毎日一人発生するとはいえ、その一人になる為には、実力だけでなく運も必要となる。
体格や筋肉のつけ方によっては、ステージ優勝だけを狙うスプリンターに特化するという選択もあるが、山岳ステージで足切りにあう危険性があり、完走出来なくなるのは、世界最高のロードレーサーとしては、恥辱と言える。
ステージ優勝を一度も取らなくても、総合優勝を取る事は理論的には可能であるが、総合優勝は、ステージ優勝を取れるだけの実力がある人が、運という偶然を否定して最高の価値を狙う為にあるモノであり、まず、ステージ優勝をしてみせて、実力をアピールしなければならない。
自転車は、欧州で生まれたとされている。自転車によるロードレースは欧州の文化の一つとなっている。文化を理解するには、それを極める必要がある。パクリや猿真似と言われようとも、理解するには、体験し、学ばなければならない。
いずれ日本人選手がステージ優勝を体験する時も来るであろうが、今回の二人には、レースを楽しみ、足切りにあわずにシャンゼリゼを走り抜け、完走という体験を学んできて欲しいものである。
すべての人の遺伝子は完全に同一であり
売り言葉に買い言葉で悪いが、もしすべての人のすべての遺伝子が完全に同一ならば、すべての人が同じ顔・同じ背格好・同じ指紋じゃなきゃおかしいでしょ。
横ツッコミですが、遺伝子が同じでも指紋は同一にはなりません。一卵性双生児でも指紋は異なります(似てはいる)。おそらく発生時における偶然のパラメータがかなり効いているのでしょう。
人の性質は遺伝子による先天的形質だけでは決定されず、多分に後天的に決定される要素があり、指紋は後者が支配的ということです。
バブルがはじけて 疲弊して 世紀末で
生きにくいと感じる人たちが増えてきていて
でも精神病っぽい話題なんてまだ表だって人と話せなくて
そんな世の中で、あの時代の人たちの心情をあれほどうまく映像化した作品は無かった。
人と社会・他者っていうテーマはやはり普遍的だったし、それに至る演出力が類い希だった。
ただのオタ層を越えてOLとかリーマンとかにもうけるような存在になっていったのは事実。
テーマ性でもってエヴァに感動する人は心情の書き方・演出に心うたれてる人が多いと思う。
「アンタ私のこと何も知らないじゃない」
「だってアスカは何も言わない、何も言わないのに分かってくれなんて無理だよ。」
今年地元に戻ってきたんだけど、小中高の同級生に会うのが苦手。というかなんか怖くて会えない。
mixi経由で連絡してきてくれた友達もいるけど、ネット上の繋がりにとどめています。
小中高の自分は、オタク丸出しでダサくてモサくて身もふたもないおブスさん。
おまけに家がドケチなので皆が持っているような物を持っていなくて、劣等感の裏返しで勉強だけは必死でやってテストの点数でプライド保ってました。
地元では高学歴とされる首都圏の大学に入って、お洒落デビュー。気の合う恋人もできて、昔の劣等感は大分解消されています。
でも、昔の知り合いに会うのが怖い。
いろいろ考えてみるんですが、しっくりくる理由が見つからないので困ってます。
同じような感覚の人いるのかな?
それなのに、昔の知り合いと顔を会わせる用事ができてしまった。ネット知人経由で偶然にも。
逃げたいけど今さら断れない、他人の空似作戦も無理、どうしよう。
→「休養、予定されていた公演が中止」
というのはよくある流れだ。
でも、公演を楽しみにしていた観客からしてみれば迷惑なことじゃないか?
いや、おめでたいことではあると思うし、
できてしまったものは仕方ないと思うけど、
それ以前に相手の男(と、本人)は何も考えなかったのかね?と思うね。
狙ってもできないことはあるし、事故みたいなこともあるとしても、
中田氏しなかったらできるわけないでしょ。
そうしたらどうなるか、という想像力が足らない気がするんだが?
それで実際に被害を受ける利害関係者もいるわけだし(スタッフとか)。
じゃあ、
「『子供ができることを想定して最初から休んどけ』とでも言うのか?」
と怒られそうな気もするけど、まあその通り。
昔からの「物事の順番」として
があったわけでしょ。
それには、こうした合理的な理由もあったんじゃないか、と思う。
(それが全てにおいて正しいわけでもないが)
考えすぎると少子化するんだろうし、
よく考えてみよう。合コンというものは友人・知人のつながりでセッティングされるものだ。
友人・知人というのは基本的には自分と似たり寄ったりの性格、ルックス、学歴、経済状況の持ち主だ。
彼ら・彼女らが紹介してくれる合コン相手というのもまた、彼ら・彼女らと似た人たちだ…
もし偶然にも、そうでないアッパークラスな人たちが合コンに参加してきた場合、
増田自身が場違いな女、歯牙にもかけられない女になっていたたまれないだろう。
つまり、合コンには増田の所属している分野や自身のレベルに応じた人たちが来ているということに
増田は気づいていなくて、いま文句を垂れている。
せめて自分で別の釣堀に出かけていくくらいの行動はしないと。
不器用でかわいそうな男だったんだな、くらいに思っておいたほうが、あなたも幸せになれると思う。元カレとつきあっていた過去にこだわらないで。いい加減あなた自身を許してあげましょうよ。相手と訣別する最後の瞬間まで、あなたはその元カレに応えてあげたんだから。
http://anond.hatelabo.jp/20090622194830
それ、相手も全く同じことやってるとおもう。
こんなに不安になったのは何か理由があるはずだ。偶然なんてないんだ。→"あなたが魅力的だから"だ、ってね。ほんとは、"あなたが魅力的だから"他人にとられないか、惚れてるから不安だ。ってとこなんだろうけど。
思考パターンが受け身的で、女性なんだよ、その元カレも。だけどさ、行動パターンは男そのもので、攻める一方でしょ。その上、何かの規範にとりつかれてる。
不安なのは本当は、捨てられるのが怖いからで、"大好きだから捨てたりなんかしないよ。安心して。"ってことを求めていたんだと思う。実感したかったんだと思う。
いじめるみたいにしてたのは、元カレ流の愛情表現か、甘えたいという気持ちの発露だったんだと。それがすれ違ってる。不器用なんだよ。
あなたに"包容"してほしかったんだと思う。男のくせに。
asahi.com(朝日新聞社):ナマ足「もうださい」 女子高生はロンスカブーム 奈良 - 社会
http://www.asahi.com/national/update/0621/OSK200906200188.html
上の記事についての2chの反応やブコメを見るに、あまりにも勘違いしているヤツが多いので言及してみる。
記事の画像は、どう見てもスケバンのような不良路線ではなく、上品・清楚なお嬢様路線だ。
というか、現代の女子高生から見たって、スケバンはダサいだろ…
というわけで、これは30年前のスケバンの再来ではなく、もっと時代を遡った、戦前の女学生の再来だ↓
ttp://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/images/toppic/toppic0703.jpg
昨今の流行としては、大正ロマン・昭和モダニズムブームに加え、○○の品格、茶髪→黒髪、ホストクラブ→執事喫茶、肉食系→草食系などなど、上品で落ち着いた雰囲気のものが流行る傾向にある。
だから、ここらで制服のスカート丈が長くなるのは、自然な流れだと思う。
次に、大根足を隠すために丈を長くしているんだろという勘違い。
過去、女子高生の大根足を隠すために編み出されたものといえば…そうだね、ルーズソックスだね。
そしてルーズソックスには、ミニスカートでないと様にならない。
つまり、一昔前のミニスカ+ルーズソックスという組み合わせのほうが、大根足でも何とか「見れる」ようにする組み合わせだった。
逆に、膝が隠れるくらいの長さのスカートを穿く場合は、キュッと締まった足首でないと様にならない。
その為、ロング丈の場合の靴下は、膨張職の白ではなく、引き締め効果のある黒か紺が良いということになる。
ルーズソックスが廃れて黒か紺のハイソックスが主流になったということは、次の段階では必然、その靴下が似合うロンスカが流行するということになる。
これまた自然な流れだな。
あと、奈良というところに引っかかっている人が多いようだが、このロンスカ流行の発祥地は神戸だ。
まあ、この記事だけ見ると、「奈良という田舎の一部地域での流行」と勘違いしてしまいがちだが、神戸→大阪→奈良の順で広まりを見せているということだな。
あと、奈良の北西部は大阪や京都の衛星都市になっているから、奈良自体は田舎でも、そこに住む人間の多くは、大阪で働いて遊んで奈良に寝に帰るという、割と都会的な生活を送っている。
加えて、奈良という地域の特性が、このロンスカの流行を受け入れる土壌になっていると思う。
上でも言った通り、奈良は大阪・京都の衛星都市なので、奈良に「郊外の一戸建て」を購入する金持ちが多い。
特に、元記事に出ている近鉄大和西大寺駅から西側は高級住宅街で、関西の大企業幹部が邸宅を構えていたりする。
実際、奈良県民の貯蓄高は全国的に見ても高く、そのせいか奈良は教育に金を掛ける傾向があり、高校偏差値も全国トップクラスで、東大・京大合格者の数も多い。
奈良にももちろんDQN校はあるが、全国的に見るとお育ちの良い子が多く、清楚・上品志向になる子が多いのも頷ける。
まあ何が言いたいのかというと、ロンスカ最高!ってことだな。
露出度さえ高ければ良いってヤツはわかってない。
いくら綺麗な足でも、いつも見えてたら、そのうち見慣れて飽きてくるのが人間ってもんですよ。
普段は一見隠しているようで、動いたときに偶然チラッと見えるってのが至上。
着物だってそう。普通にしていれば素足が見えないようになっているけど、階段上るときに、裾と足袋の間から素足が覗く。
それが本当の色気ってもんだよ。
画面に表示される文字が伝える思いなんて真偽さえわからないけれど
少しだけ祈りましょう。
前向きに生きようとするあなたの明日が良い日になりますように。