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はてなキーワード: 七夕とは

2011-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20111001020941

彼らが自分の私利私欲のためにスポーツを始めたとでも?

むしろ私利私欲以外に何があるんだ?

七夕短冊に「さっかーせんしゅになりたい」と書く(いや別にサッカーじゃなくてもいいけどさ)

幼児の動機が私利私欲以外にある訳ないだろ。

2011-08-15

新たな恋の予感 結婚しちゃうかも

俺、素人童貞、年齢=彼女暦ほぼなし。デートはあるけど、手をつないだくらい。いつもいい人で終わる。振られまくり男だ。

俺の恋バナをするからコメント勇気をくれ。

お盆休みがずれたので、4日間休みを使って東北に行った。

8月8日被災地石巻災害ボランティアの最終日、石巻から仙台へ。

行ったことがある奴はわかるけど、結構たくさんボランティアっているんだ。

ボランティアが終わったというハイテンションがあったかもしれない。

ボランティアをした場所とは違うグループだったんだけど、気になってかわいいなと思っていた子に思い切って仙台七夕を見てみないかと誘った。

ま、ナンパだな。上ずった声で緊張した。

同じボランティア同士、息があったというか、ノリでOKをもらった。

半ば強引だったかも。きっとキモイなんて思われていたかもしれない。

ちょうどその子も帰る日程だったので、バスで一緒に仙台へ。

宿は仙台に着いてから探すことにした。

宿はどこのホテルもいっぱいだったけど、たまたまツインキャンセルで空いていたんだ。

手を出さないという約束でそのツインに。

ロッカーで荷物預けて、商店街七夕を見たり、匂当台公園音楽を聴いたり楽しかった。

祭都仙台ありがとう

駅へ戻ってホテルチェックイン

牛タンを食べて、ホテルに戻って、シャワーを浴びて、寝た。

本当に手を出さなかったんだ。歩いているときは手もつながなかったし。

 

少し寝た後、夜中に起きてしまった。

 

悪いとは思ったが、

 

 

その子の寝顔を見て一人でオナニーした。

暑かったからか、ブラジャーが見えていたし、パンツまで手が届きそうで。

かわいい寝顔に息子が興奮してしまったんだ。

チンチン出しながらティッシュを探していると、その子、起きちゃった。

目が合って見つかった。

キャッと驚かれた。

事情を説明し、手を出さなかったし、いい人だから、いいよと言ってそのままエッチした。

どうせ一夜かぎりだと思ったし、中田氏した。

悪いとは思ったが、中田氏したのは内緒にした。

朝起きて、もう一発した。もちろん中田氏した。

チェックアウトの時間が近づいたので、急いで身支度して、駅でバイバイした。

俺はどうせ一夜限りだと思っていたし、こんな俺には無理な女の子だとわかっていた。

みんなからは不釣合いだと言われるに決まっている。

彼女新幹線東京へ。

俺は、その後、高速バス福島の友人宅に寄って東京へ戻った。

実は、お互いに素性についてはあまり話していなかった。

メアドだって交換していなかった。というより高速バスに乗り遅れないように急いでいたから忘れていた。俺の携帯番号を書いたレシートを渡していたけれど連絡はなかった。 

 

やっぱりと思った。俺には無理な女の子だよな。あんなにかわいい子 夢だったんだ。

翌週、お盆前のこと。

その子が俺の会社派遣社員として職場入社してきて、お互いにガチビックリ

その子も、最初、俺だとわからなかったみたいだ。ウソーって。

連絡がとれなかったのは携帯番号を書いたレシートを亡くしてしまっていたとのこと。

今、俺は有頂天。あんなにかわいい子と毎日会えるなんて。

今ここ

 

これって恋のドラマのはじまり

それとも恋のトラウマのはじまりか。

2011-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20110716224134

横だが動く七夕って正直オマケじゃね?

東北六魂祭(初日)が失敗した理由

各種報道にもあるように、安全を確保できなかったため、パレードで竿頭とねぶたを巡行できなかった。

理由には警備の不備があるわけだけど、なぜ警備の不備が起きたのか。

それはひとえに、仙台市(民)にパレード型の祭のノウハウが無かったことによる。

 

仙台七夕にせよ定禅寺ストリートジャズフェスティバルにせよ、観光客が(終日)歩いて見て回る祭。それゆえこれらの警備では、見られる側を中心とした警備になる。

他方、パレードでは観光客は主として歩道を占拠し止まって見、しかし少なからざる移動客を整理する必要がある。だから交通整理こそが命。

今回の祭では、パレードであるにもかかわらず交通整理の人数が驚くほど少なく、その割に運営側の居場所にはそこそこの人数が残っていた。

10万人の人出を予想していたとのことで、今日の実際の人数がどの程度であったかはまだわからないが、人数の見積もりよりもむしろその人数が(仙台七夕と違い)密集するという想定が、不足していたのだろうと思う。

七夕等の成功体験却って失敗を招いたのだとすれば、それはチリ地震津波成功体験で逃げ遅れたのと近い構図が読み取れ、皮肉にすら思え。

ともあれ仙台七夕以外の祭はパレード型であり、他県には警備の知恵があるはずなので、(プライドの高い)仙台人がそうした知恵を借りれるか、明日の祭は見ものである

 

っていうかこの祭は成功しても仙台一人勝ちなので(青森市さんマジごめんなさい)、成功して「これで他の祭は見に行かなくていいや」ってなるよりは、失敗して「やっぱ五所川原に行かねば!(違」ってなった方が良いのかもしれない。

2011-07-09

[][]七月七日展東京千疋屋ギャラリー

『七月七日展 ― 衣服造形/コンセプチュアル・クローズ』を見た。

 

七夕節句」をテーマとした針仕事アート展。

眞田岳彦氏の弟子(?)の作品が中心らしい。

それほど期待しないで行ったのだけど、なかなか良かった。

アート素人の私が、 

印象に残った作品の感想をいくつかメモ

 

宮園夕加さんの、ボタンボタンホールの距離を天の川見立てて、

その間をカササギが結んでいる作品がとっても面白かった。

伝説では、天の川の橋渡しをするのはカササギの役目なんだそうだ。

テーマの「針仕事」と「七夕」が無理なく融合されてて、それを一番うまく表現してる作品だったと思う。

単純に、見た目がかわいいのも良い。

今回のベスト

 

奥村絵美さんの作品も良かった。これも一見してとてもかわいい

人間を一本の「まち針」として捉えるというコンセプト。

粘土と針でつくられたたくさんの小さな人間が、それぞれに環境を仮止めしている。

「針を自分自身の比喩とする、っていうアイディアはありだな」って私自身展示を見る前に

考えていたのだけど、縫い物をやらない私にはそこで「まち針」という発想は出なかった。

でも言われてみれば納得、でした。

仮止めされる「環境」の部分を何かもっと表現できそうかも、とも思ったけど。

 

後藤有紀さんの作品。

良かったとストレートに言えるタイプの作品ではないけど、好きだ。「コンセプチュアル」。

麻紙に印刷した写真に写った人間女性)をぬりつぶすように、

糸が縫い付けられている。タイトルは『誰でもない肖像』。

写真の上から縫う技法は、有名な清川あさみさんを思い出させる。

けど、写真女性制作者の針仕事によって「誰でもなく」されてしまうことには一体

どういう意味があるのか。あるいは針仕事で加工される前から彼女は誰でもないのか。

 

写真に写る私は、そこに縫い付けられている限りでの人間であって、無限のあり方を

可能的にもつ自由な実存としての私ではない、だから「誰でもない」…?

 

制作者はこの展示のチラシで、針仕事について、「私たちの存在を露にし、生き生きとさせる」と書いてる。

こんなことを言われると、私としては、ハイデガー技術論を持ち出して、その中に「針仕事」の

ポジティブな位置づけを探して色々言いたくなってしまうけど、結局のところ、その言葉と、

制作者自身の作品との関連はよく見えない。

う~ん。

 

写真に写っているのは過去の私である。それは過去のその時点に縫い付けられている限りでの

私であって、現在の私とは異なっているし、通時的無限定の私とも異なっている。だから

過去において確かにそれは私だったが、いまや「誰でもない」…?

 

からないけど、こうして考えるのは楽しいのだ。

 

あと2つくらい気になる作品はあったけど、作者名も作品名も覚えてないので割愛。

帰りにブリジストン美術館に寄ろうと思ったら展示替え中で休館だった。

でも今日は楽しかった!

 

(エス)

 

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衣服造形/コンセプチュアル・クローズ

7月7日展  -針仕事に願いをこめた37名のデザインアート小作品展-

会期 7月4日(月)~7月9日(土) 10.:30~18:30(最終日のみ17:00まで)

入場無料

会場:千疋屋ギャラリー

104-0031 東京都中央区京橋1-1-9 2F

TEL 03-3281-0320 FAX 03-3281-0366

http://www.senbikiya.co.jp/

 

出展作家

大江よう 今村滋男 藤谷さやか 末延晋太郎 久保田玲奈 関美来 飯田亜希子 土井直也

永井俊平 山口真代 宮田明日鹿 山中周子 宮園夕加 佐藤綾 松田かや 三上司 加藤ゆき子

桑田麻弓 後藤有紀 奥村絵美 平尾菜美 アーヴィン=ヒバ=アリ 小平由実 西村洵子 平井幸恵

盧暎雅 島田彩子 池田のぞみ 山本佳那 長鶴司 林凡乃 大八木富士

二宮とみ 山本美穂子 小山田紀子 渡部和代 眞田岳彦

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Sanada Studio Inc. (サナダスタジオ)-眞田岳彦のデザイン事務所

PRISM STAFF BLOG: 七月七日展

京橋「千疋屋ギャラリー」で「七月七日展」を観る。 - マスヒロ食時記

のどか@暦 : 七月七日展 針仕事にこめるおもい

 

2011-07-06

度量が狭い男は頑張ってみたけど、やっぱり度量が狭かった。

人間として度量が狭いなぁと思い、

ここ数ヶ月、他人のためにしてあげたいことを積極的にしてきた。

特に彼女には、喜んでほしくて、色んなことをしてみた。

これらは別に見返りは求めない。

求めないはずなのだが、彼女は甘んじて、自分趣味に没頭し、

結果、私の誕生日すら忘れて、挙句、それを伝えたら何故か怒られる。

なんなのだろうか。

あの瞬間から愛情もないので、放置しておいてたら、

別に問題ない、とばかりに相手も連絡をよこさない。

今日趣味が一段落したのか、

七夕から遊んでくれ、とか連絡してきた。

世の中、変な奴が多い。

その相手をする私も変だと思う。

そういう人間を引きつけるってことは、私もそういう人間なんだ。きっと。

度量が狭いなぁ。

今夜・明晩を七夕というのはアホ、と言いたいが……

なかなかそういう流れにはならんよなあ……

2011-07-02

幼女万歳の詩

1月は正月幼女いっぱいー、振袖が見れるぞー、幼女万歳

2月は節分幼女いっぱいー、豆が食える食えるぞー、幼女万歳

3月はひなまつり幼女いっぱいー、アラレが食えるぞー、幼女万歳

4月は入学式幼女いっぱいー、ランドセルが眩しいー、幼女万歳

5月は連休幼女いっぱいー、流石こどもの日だぞー、幼女万歳

6月は梅雨幼女いっぱいー、傘に雨合羽だー、幼女万歳

7月は七夕幼女いっぱいー、浴衣見れる見れるぞー、幼女万歳

8月は夏休み幼女いっぱいー、花火大会もあるぞー、幼女万歳

9月は秋祭り幼女いっぱいー、太鼓叩く叩くぞー、幼女万歳

10月はハロウィン幼女いっぱいー、お菓子あげて悪戯ー、幼女万歳

11月は七五三幼女いっぱいー、ロリが増える増えるぞー、幼女万歳

12月はクリスマス幼女いっぱいー、俺がサンタさんだぞー、幼女万歳

2011-02-28

子供の頃の思い出って覚えているものか?

子供の頃のいい思い出なんかほとんどない。

思い出されるのは嫌な思い出ばかりだ。特に親戚がらみでの…

でも当時はそれに対して何も感じていなかったことの方が多かった…

いや何も感じていなかったと思う。




田舎に行くと必ず同年代子供同士で体力比べをさせられた。

理由はわからない。そして、その後に必ず田舎の叔父さんにうちの母親が怒っていた。

「そんなことしないでくれ」


・親戚一同で旅行に行ったとき。1人が迷子になり全員で探した

振り出しに戻る…わけじゃないけど最初にいた場所迷子になった子が戻っていた。

「なんだこんなところにいたのか」と私は発言した。怒られた。

「こんなところ」は意外な場所にいたなという意味だったのに、

「こんなところ」を変な場所に嫌がってという意味で受け取られたようだ。


小学生の時、七夕か何かに掲げる短冊に皆で同じことを書こうという話なった。

いい大学を目指そう」なんてことを…

そのとおりに書いたのは自分だけ。他の人間は全く違うことを書いていた。

馬鹿にされた。父母会でも言われたそうだ。


小学生の時、同級生の家に遊びに行きファミコン野球ゲームをやることになった。

メンバーを分けることになり僕は1人だけ。あとはゲームを持っている子のチームとなった。


小学生の時、集団で遠出。同級生の家に一斉に戻ることになった。

自分1人だけ戻っていた。あとの人は公園で遊んでいた。待てど暮らせどやってこない。

普通にその公園の横を通って自分の家に帰った。


中学時代。親戚一同で旅行に行った最後。腫れ物に触るような感じで扱われた…記憶がある。


中学時代。ボーリングカラオケだとそういうもので遊び始めるような時期に、「経験無いだろ」

はなから決め付けられていた。「ああっ、あるよ」と言い返していたが未経験。誘われていくことになっても

自分抜きで話が進んでいたことがあった。


中学時代の修学旅行遠足。「こういうところ来たことがないだろ」と散々言われまくっていた。

旅行遊園地など…事実そうではあったが…


高校受験希望校は合格したが、理解不明の理由をつけられて一番行きたくないところに行かされた。


・高校時代。いやここに至るまでずーっとそうだったような気がするが、自分から友達を作ろうとすることをしてこなかった。

中学時代まではそれでも仲良くしている人はいた。けれど、学校どまりだったと思う。高校時代は、こうした状況に加えて

行きたくない気持ちが勝っていたのでずーっとぼっちで、ごくまれに誘われても断ってしまっていた。理由はわからない。


・高校時代。法事が立て続けにある。親戚連中の親族自慢ばかりを聞かされる。

両親はそれをどんな気持ちで聞いていたんだろう。


大学時代アルバイト中心。サークルには、、、入学式ときに顔を出してみただけでそれっきり。アルバイト中心であっても

友達づくりをすることはしない。その場限りの関係。なんとなく親しくなる。そんな感じ。


大学時代。「浪人なんかしやがって。どこそこのうちは有名大学に入ったのに。現役で」と散々言われる。

高校受験時に自分から希望を奪っておいてよくいうなと思ったが、じっと我慢の子。一浪で入学した大学は知る人ぞ知るという

有名でもなく無名でもなく偏差値もどちらかといえば多少はいいほうの部類に入るかどうかというようなところ。


・で、最近。机の中身とかPCの中身とか見たとしか思えない会話をいまさらしてくる両親。性癖までばれてるんだろうか。

それに気がついていたるところに鍵とパスワードをかけた。いびつな親子関係。


・思いつくままここまで書いてみたが、自分から人に話そうとしない。中学時代に「魔女の宅急便パン屋オヤジたいだ」と言われて

よくわからなかったが、「ああそういうことだったのね」と今更ながら気がついた。




全てはい経験だったとは思うが、よくここまで覚えているものだとも思う。

家庭環境自分の知らない何かがあったんだろうか…

あと、自分ってアスペっぽい気がするんだが

2010-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20100922163833


アケマスがヒットしたから箱マスが作られたわけではない。

アケマスが稼動する前からすでに箱マスは開発が始まっていたのは公式の年表ですでに知られていることだ。

また、L4UのDLCについてだが、こちらは七夕革命のときに中のデータを見たという人の話をきけば、

衣装の説明文のデータ」はある程度入ったそうだ。

http://blog.livedoor.jp/makotcollection/archives/51562977.html

もう手遅れだと思う。

2010-08-25

2010年8月25日水曜日) 「さようなら

忘れもしない今年の5月18日武蔵野赤十字病院循環器科医師から次のような宣告を受けた。「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽運命だった。普段から心底思ってはいた。「いつ死んでも仕方ない」とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIPET-CTなどの精密機器検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、「ちゃんと死ぬための用意」にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書最後サインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。「はぁ…やっと死ねる」なにしろ、その二日前に救急武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。私は自宅で死にたい。周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。「死ぬってのも悪くないかもな」理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。ただ、一つだけどうしても気に入らない。「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。「やれやれカレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。死の世界シーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。死ぬのもツライよ。断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。ところが。肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。ありゃ?ある意味、こう思った。「死にそびれたか(笑)」その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師看護師ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。実はガンのことはごくごく身の回り人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメ世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。それに、骨への転移への影響で下半身麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏わがままも理解してやっていただきたい。だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。自分の生きた世界を愛している。そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。いま死について思うのはこういうこと。「残念としかいいようがないな」本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。両親とマッドハウス丸山さんだ。今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。「すいません、こんな姿になってしまいました…」丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいになった。怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画夢みる機械」のことだ。映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。何せ今 敏原作脚本キャラクター世界観設定、絵コンテ音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。もちろん、作画監督美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。けれど少しは理解もしてやって欲しい。だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、「大丈夫。なんとでもするから心配ない」とのこと。泣けた。もう号泣。これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。今回も同じだ。私も進歩がない。丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。今 敏アニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。一大決心をして親に会うことにした。両親だって会いたがっていた。しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。私は本当に幸せだった。ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。「私、最後までちゃんと伴走するからね」その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。「私の妻はすごいぞ」今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。何から何まで、本当に世話になった。で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

------------------------------------------------------------

http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565

無断転載しました。ごめんなさい。

2010-07-13

涙目

すっかり旬をはずしてしまいましたが。



小学生が書いた七夕飾りの短冊を見た。




「早くクリスマスが来ますように」って書いてあった。



その下にはサンタの絵が描いてあって”Merry X’mas!”とか何とかフキダシが。

あんまりだ、と少し悲しくなった。

2010-07-08

七夕から生まれるビジネスチャンス

今日七夕。今自分地域では雨が降っています

七夕の夜に雨が降ると織姫彦星を分かつ天の川の水かさが増し会えなくなるそうです。

さしずめこの雨は2人の流す涙といったところでしょうか。

もし晴れて2人が逢い引きをしてたら今ごろ何してるんだろうなぁ。恋人同士が1年ぶりに会ってやることと言えば…

Wikipediaにも織姫彦星はめでたく夫婦となったが「夫婦生活」が楽しく、2人は仕事をしなくなってしまったとあります。

まぁほどほどにね。ということで。

さてこう考えると七夕恋人のためのイベントになりうることが分かりますね。

クリスマス並のビジネスチャンスが産まれること間違いなし。ちょうど季節も真逆だし。

実際に七夕は「近年の台湾では、バレンタインデーと同様に男女がプレゼントを交換する日とされている。」らしいですよ。(Wikipediaより)

マスコミキャンペーンを張れば日本でも定着すると思います。

手始めに「織姫彦星も使ってる 笹の葉印のコンド○ム」を発売ですね。(←これが書きたかった)

2010-07-07

七夕なのでニッチビジネス展開をしているホームページ比較してみた

今までSOHOでやっていたWeb制作の事業を法人化することになったので、

最近税理士紹介のサイトを色々と調べている。

ついでなので色々なサイト比較してみた。

税理士紹介ビスカス

http://www.all-senmonka.jp/

コードXHTMLCSS

使用CMS:不明、まさかのベタHTMLブログからのRSSのみで更新

使用アクセス解析:独自PHPGoogle Analytics

===所感

たぶん業界最大手の風格。電話番号のゴロあわせがいまいち意味不明

全体的なデザインとしては流行に左右されない白ベース。おそらくYahoo

リニューアルされた頃に流行った900px周辺のデザインの頃に作られたもの。

仕方ないことだが中年男性証明写真みたいな顔が並んでるのでちょっと怖い。

税理士紹介センター

http://www.zeijimu.com/

コードXHTMLCSS

使用CMS:不明、まさかのベタHTMLブログからのRSSのみで更新

使用アクセス解析Google Analytics

===所感

ランディングページ万歳!といった作り。JQueryの必要性がいまいち見えない。

SEOにかなり力を入れている→その効果もクライアントへのフィードバック

個人情報保護方針の記載の中の「クッキー」がカタカナなのがかわいい

顧問無料.com

URL:http://komonryo.com/

コードXHTMLCSS

使用CMS:MTくさいなぁと思ってたら案の定。

使用アクセス解析Google Analytics、Lapis、mogura。多い。

===所感

ランディングページとコーポレートサイトの中間みたいなデザイン

というか途中から方針変更したのか?パーツによって質にバラツキ有り。

紹介料じゃなくて顧問料が無料ってなんかすごい。

総評

他にも色々みてみたけどなんか全体的にあんまりWEBに力を入れてなさそうな

雰囲気。外注先に投げました!納品されました!OK!って感じ。

そういうもんなのかしら。

くやしいけど、僕は男なんだな

さっき息子の保育園の送りを済ましたんだけど、今日七夕ということで、保育園の1階ロビーには色とりどりの短冊をぶら下げた笹が飾ってあった。

うちにも事前に短冊が配られていて、笹に飾ってくださいねと保育士さんから言われていたんだけど、昨日の夜まで忘れていて、やっと願い事を書いて持ってきたところだった。

息子の短冊をぶら下げる前に、他の子のを見て見ようかと思い、いろいろ目線を動かして見ると、「看護婦さんになりたい」「お花屋さんになりたい」といった女の子のかわいらしい願い事のほかに、男の子の願望丸出しの短冊がたくさん目に入ってきた。

「ごせいじゃー」

スパイダーマン

「だぶる」 ダブル仮面ライダーWのことか。

キュアマリン  けんた」 ・・・これにGOサインを出す親はおおらかでいいな。がんばれけんた君。

やっぱりみんな男の子なんだなあ。

昨夜も、息子の好きなように願い事言わせて一緒に手を添えて書いたんだけど、大喜びで一緒に書く俺と息子を横目に、妻にはなんとなくあきらめの様子が漂っていた。

そんなことを思い出しながら俺は息子と一緒に、息子の願いのこもった短冊を飾った。



ガンダム



くやしいけど、僕は男なんだな。

短冊に大書されたいびつなカタカナを見て、俺はそうつぶやいた。

2010-02-10

涼宮ハルヒの消失を見て議論した

ハルヒを見てきたので、深夜2時くらいまで友達と日高屋ラーメン食いながら議論した。以下ネタバレを含む。

  • 一番の疑問点

パラレルワールドでない世界(連続的な世界)において変化しているという前提にたってみるとおかしなことが出てくる。

物語時系列世界列の流れは、

12/18以前 普段の生活

12/18当日 世界が不連続になっている(長門による世界改変)

12/21夕方 3年前の七夕に戻る(長門による)

3年前7/7夜 3年後の12/18早朝に戻る(みくるによる)

12/18早朝 世界改変(長門)

12/18早朝 世界改変(未来キョン)

12/21 病室で起きる

という流れだ。ここでひとつルールとなっているのが、世界パラレルワールドではなく、連続的な世界だということだ。なので、もし過去に戻らなければならない場合、その過去は一意に定まっているという特徴を持っている。なので、もし3年前から今現在までの間の過去に戻りたい場合、その戻る世界は改変された世界となってしまう。つまり、12/18に直接は戻れないということだ。

そう考えると、今までの憂鬱などで出てきたみくる(大人)は、「1回3年前以上の過去に戻ってから、さらに未来ワープする」という面倒くさい方法をとっていることになる。本当にそんな方法をとっているのかが疑問。

あと疑問:

ハルヒ長門古泉みくる普通の人であった世界で、なぜか朝倉だけキョンを刺した。この世界連続性から言えば、キョンを刺したあとに学校に行ってキョン挨拶したのか?

最初と最後の起き方が同じだったのは同じ世界だから?

  • 古泉の書いた模式図がおかしい

模式図によれば、世界が波線で書かれたいたが、あれは接線ベクトル積分すると元の世界よりも長い時間過ごすことになる。これは微分形式を用いれば説明できるらしい。参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%AE%E5%88%86%E5%BD%A2%E5%BC%8F

2009-08-07

地元今日七夕です。

ハイクあたりに書こうと旧暦などについて検索していたら、偶然赤ちゃん写真が引っかかった。

普段なら「はいはい育児ブログね」とスルーするものの何故か今回はクリック

ブログタイトルを見て驚いた。彼女は、子供の頃の私と同じ病気だった。

「同じ」と言っても私はすごく軽度で発覚3ヵ月で完治、その後20年健康彼女はだいぶ大変な部類で、手術は成功したものの後遺症が残っているらしい。



最近仕事が上手く行かなかったり恋愛でも悩みが尽きないけど

そんな自分の悩みが一気に小さく見えてきたというか、「こんなことで星に願ってたら天の川に幾つ星があっても足りんわ」と思った。

これもきっと何かの縁、私の分の願い事は彼女にあげます。

彼女が元気になります様に。

私は星に頼らず自分努力します。

2009-07-10

「超時空七夕ソニック」に関する感想やらのまとめ

すっごくよかった!のでとりあえずまとめてみる!

追記していきます。他にもあったら教えて!

ステージ上の人

May'n

http://ameblo.jp/mayn-blog/entry-10295530244.html

http://ameblo.jp/mayn-blog/entry-10296064433.html

中島愛

http://stblog.stardust-web.net/nakajimamegumi/comment/?entry_id=11255&_s=ce0ea6c0c41d5d9b158d716c873154b0

Steve Conte

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2488533999

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2495420935

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2496210183

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2505110284

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2515197542

http://twitter.com/SteveConteNYC/status/2517005885

http://twitpic.com/9fyab

http://thecontes.com/biosteve.asp

Day Three: In Tokyo for Yoko Kanno Concert

The show @ Saitama Super Arena was absolutely incredible...3 hours long! It was a real mix of J-pop, symphonic, musician's music (jazz-rock, funk, etc) and beautiful ballads. I sang The Garden Of Everything duet w/ Maya Sakamoto - @ rehearsals I was having a rough time memorizing the crazy words (even more trippy than Hendrix or Lennon) but in the end I nailed it. When I did "Could You Bite The Hand" the crowd went nuts clapping in time throughout the song, just my acoustic guitar and 17,000 people! It was the biggest crowd I've ever "fronted" before - what a rush man. When I got to Call Me, Call Me they were like putty in my hands. Later in the show I came back and did a killer version of Rain as a duet w/ Mai Yamane. It was really good to see everyone again....I only wish we could do this more often.

Day Two: In Tokyo for Yoko Kanno Concert

The 1st rehearsal was a trip, lots of staging, etc. The first time I appear onstage I perform 3 songs in a row starting with a duet w/ Maya Sakamoto "The Garden Of Everything". We start out on opposite ends of a long stage and move toward each other by the end. As I reach the other side of the stage with my wireless microphone, an acoustic guitar and mic stand rise up from out of the floor, I strap on the guitar and do "Could You Bite The Hand?" - When I'm done I set the guitar back down, it disappears into the floor with the mic stand and I finish with "Call Me, Call Me" backed by the Warsaw Philharmonic Orchestra. Pretty Awesome. Later in the show I come back for a duet of "Rain" with Mai Yamane and back her up on "Gonna Knock A Little Harder". It's gonna be an amazing show!

Day One: In Tokyo for Yoko Kanno Concert

Happy July 4th! I am just now waking up in Tokyo. On the plane there were many people wearing surgical masks and constantly washing with Purell. It was a 12 hour flight so I slept a bit, worked on learning the words for Yoko's concert that I'm singing on here and watched some movies/tv. Typical boring flight. When I got in to Narita airport my contact, Cherry met me and took me to where I"m staying - Hotel Sunroute Plaza in Shinjuku section of Tokyo. After I cleaned up we went out for something to eat and although I had my heart set on sushi she took me to a place called Momma's - a homestyle Japanese place that serves little dishes of different stuff, like their version of tapas. Anyway, I did have some octopus sashimi...but also uni flavored tofu, raw scallop and a strange salad with lettuce, red pepper raw tuna & octopus, raisins, cashews & cheese. When I got back to the hotel and passed out right after. I just awoke to white skies and bizzare shaped buildings outside my window. Now I'm off to have an equally adventurous breakfast...

篠崎正嗣

http://masachan4994.blog116.fc2.com/blog-entry-585.html

http://masachan4994.blog116.fc2.com/blog-entry-586.html

http://masachan4994.blog116.fc2.com/blog-entry-587.html

http://masachan4994.blog116.fc2.com/blog-entry-588.html (音楽進行表アリ)

キョウコ

http://mtye.at.webry.info/200907/article_3.html

著名人

田中公平

http://ameblo.jp/kenokun/entry-10295617849.html

http://ameblo.jp/kenokun/entry-10296258517.html

新居昭乃

http://ameblo.jp/viridianroom/entry-10295550961.html

やっちゃん(ケット・シー)

http://blog.livedoor.jp/seventheffect/archives/51188788.html

http://blog.livedoor.jp/seventheffect/archives/51189153.html

http://blog.livedoor.jp/seventheffect/archives/51189529.html

山寺宏一

http://hollywood-express.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-50db-1.html

豊口めぐみ

http://toyoguchi-megumi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-d828.html

野島裕史

http://nojima.jugem.jp/?eid=102

遠藤綾

http://blog.excite.co.jp/endo-aya/11480636/

多田 葵

http://yaplog.jp/tada_aoi/archive/1479

あきまん

http://blog.livedoor.jp/akiman7/archives/51893646.html

2009-07-01

七夕

新暦だと梅雨真っ最中だからほとんど会えないんだよなあ

つらいなあ

2009-05-15

疲れたときに自分を励ます名言自分用)

自分幸せ自分と同じ社会に生きる無数の他人の幸せとつながっている」

佐藤学東京大学大学院教授

「帰って家族を大切にしてあげて下さい」(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)

マザーテレサカトリック教会の修道女、修道会「神の愛の宣教者会」の創立者)

「やっぱり修行で得た力というのは他人のために使うものだと私は思います」

「・・・傷つき迷える者たちへ・・・敗北とは傷つき倒れることではありません。そうした時に自分を見失ったときのことを言うのです。強く心を持ちなさい。あせらずもう一度じっくりと自分の使命と力量を考えなおしてみなさい。自分にできることはいくつもない。一人一人がもてる最善の力を尽くす時、たとえ状況が絶望の淵でも必ずや勝利への光明が見えるでしょう・・・!」

「何もしなければまさに何もはじまらないでしょう?・・・ジタバタしかできないなら方法はひとつ・・・!!みなさん!ジタバタしましょう!!」

アバン=デ=ジニュアール3世(三条陸原作)と稲田浩司(作画)による漫画及びそれを原作とするアニメDRAGON QUEST -ダイの大冒険-』に登場する架空の人物)

少年をよく眺めてください。裁判所に悩む人が居なくなれば裁判所は冷たい箱になってしまいます。」

「あなたには少年事件はつまらなく見えるのかも知れない。確かに声の届かない子供達は多い。何も身につけていない絶望的な子供達も多い。しかし長く少年達を眺めていると判ってくることもあります。」

「多かれ少なかれ、みんな虐められた過去を持っている。小さな子は大きな子に。力のある子は頭のいい子に、女は普通の男に、普通の男は強い男に、強い男は組織に、組織はより強い組織に・・原因を辿っていくと尽きない。」

「私は普通人間です。でも少年法を使えばその連環を断ち切れるかも知れない。貴方は知らないだけですよ。その恐ろしい輪の中から抜け出せた時に、人がどんな顔で笑うかを・・。」

桑田義雄(毛利甚八作・魚戸おさむ画の青年漫画家栽の人」に登場する架空の人物)

世界中のことテレビでざっと見てわかった気になったって、そんなのウソだぜ!世界は目で見える姿の何十倍、何百倍も広いんだ!それに比べりゃ怖い夢も、ハデな超能力も、小せえよ!ごくごく一部だよ!」

南丸洋二(岩明均による伝奇漫画作品七夕の国」に登場する架空の人物)

ファシストになるより豚のほうがまだマシさ」

ポルコ・ロッソスタジオジブリ制作日本長編アニメーション作品紅の豚」に登場する架空キャラクター

「ぼくがまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心を持っていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。「人を批判したいような気持ちが起きた場合にはだな」と、父は言うのである「この世の中の人がみんなお前と同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思い出してみるのだ」」

ジェイ・ギャツビーアメリカ作家F・スコット・フィッツジェラルド執筆1925年出版された小説「グレート・ギャッツビー」に登場する架空の人物)

「だが、世界の死の乱舞のなかからも、まわりの雨まじりの夕空を焦がしている陰惨なヒステリックな焔のなかからも、いつか愛が誕生するだろうか?」

1924年出版されたトーマス・マンによる長編小説魔の山」より)

2009-03-14

選挙近い選挙近い選挙近いぞ

選挙近い選挙近い選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

1月は正月選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

2月は豆まき選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

3月はひな祭り選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

4月は花見選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

5月は子供の日で選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

6月は田植えで選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

7月は七夕選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

8月は暑いから選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

9月は台風選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

10月は運動会選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

11月は何でもないけど選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

12月はドサクサで選挙近いぞ 選挙近い近いぞ 選挙近いぞ

2009-01-09

「いいこにしますから、おとうさんをかえしてください。」

保険屋が作ってきた提案書の裏表紙に書いてあった。

エッセイコンテスト作品だそうな。

『願いを短冊に』

東京都 35歳 (会社員

 

私には四歳になる娘がいます。

その娘が最近、文字を教えてほしいとせがむので簡単なものを教えました。

それから何日かたったある日、

娘の通う幼稚園先生から電話がありました。

先生七夕に飾る短冊に願い事をみんなに書かせたら私の娘は

 

「いいこにしますから、おとうさんをかえしてください。」

 

と書いたそうです。

 

私は去年、交通事故で夫を亡くしています。

私はそれからパート仕事をはじめ、生活費の一部に充てています。

私の場合、夫が生命保険に入っていたので、なんとか生活できますが、

もし、夫が生命保険に入っていなかったらと考えると、ぞっとします。

夫は私にお金のありがたみを教えてくれました。

 

私はパートの帰りに娘を迎えに幼稚園へ行きました。

そこには、先生の言っていた七夕飾りがありました。

色とりどりの短冊を笹の葉に結んである竹は短冊の重みでしなっていました。

私は一番目立つところに、夕べ書いた短冊を結びつけました。

 

パパありがとう。わたしもあいたい。」


これって。

泣けるコピペでよく見るヤツの改変じゃないか。

って思ってちょっとググって見た。

この「エッセイ」は2003年のものらしい。エッセイコンテスト最優秀賞。

http://www.seiho.or.jp/activity/essay/h15/2003-1.html


で、よく見るコピペは、日付が確認できる古そうなところで2002年3月。

105 名前: 名無しの心子知らず 投稿日: 02/03/12 02:10

4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、

どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。

ある日、娘の通っている保育園先生から電話があった。

「○○ちゃんから、神様手紙を届けてほしいって言われたんです」 こっそりと中を読んでみたら、

「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」

と書いてあったそうだ。

旦那は去年、交通事故で他界した。

字を覚えたかったのは、神様手紙を書くためだったんだ・・・

受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。

「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ〓」

最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。

娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。

まぁ、ホントにコピペのほうが古いのかとか、「エッセイ」はコピペを改変したものなのかなんてのはわからんのだが、

しかしあれだ、「エッセイ」の方は生命保険のくだりがまるっとムダな印象。


ちなみにエッセイコンテスト最優秀賞の賞金は20万円らしい。

2008-12-29

理系大学院修士エウレカセブンを見ているが、どうも、こういうSFを見ていると、無性に腹が立つ。最初、何で腹が立つのかわからなかったけど、ようやくわかったわ。

SF世界では、主人公の「気持ち」で世界が変わる。実際の科学では、自分の気持ちなんて関係ない。科学にあこがれようが、科学世界を変えたかろうが、いい論文を書きたかろうが、いい実験結果を得たかろうが、自分の「気持ち」とは関係ない。

関係あるのは、論理的に正しいかどうかだけだ。それを支えるのは、才能と金と環境だ。

SFを見ていると、「いい加減、こういう幻想子供に見せて、科学に夢を持たせるのはやめろ!」といいたくなる。結局、科学っていうのは一部の優秀な人間だけのものなのだ。優秀な人間頭が悪い人間あざ笑うための道具に過ぎないんだ。頭の悪い無能な人間は、優秀な人間を恨み、羨みながらも、彼らが論理的には正しいことを言っていることを認めなければならない。嫉妬と憎悪というのは、科学に最も似合う言葉だと思う。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

それでも、論理的に正しいものは認めなくちゃいけない。その恨みと嫉妬とやりきれなさが科学の美しさだと思う。SFでは、年端もいかない少年が、世界を救ったりするけれど、そんなヒーロー科学には、ごく一部しか存在しない。ヒーローになりたい人間は、科学者以外のものを好きになるべきだ。科学者ヒーローではない。

まぁ、嫌だったらSF見なきゃいいんだけどさ。こういう幻想を見ていると、憎悪がふつふつと湧き上がる。

追記:

なんだか、まとまりなく、てきとーに書いてしまって申し訳ない。

要するに言いたかったことは、「子供に下手に夢とか希望とか熱意とか見せんじゃねぇよ。世の中挫折する人が大半で、夢とか希望とか強固に持っていると挫折するのが辛くなったり挫折を認められずに時間ばっかりたっちゃったりするぜ」ってことなんだが・・・それってSF関係ないよね、うん。エウレカセブンにも直接関係ないのだから、言及すべきでなかった。申し訳ないなぁ。

作品としてみると、エウレカセブンは洗練されていていい作品だと思うよ。

エウレカセブン見ながら、あ、この部分的に似ていると思った作品

エヴァンゲリオン

 まぁ、比較しちゃうよねぇ。人とロボット精神的につながらないとうまく動かないという発想とか、いざとなったらロボットの方が意志をもって助けてくれるところとか、後は一部のグロいシーンが似ているな、と思った。が、似ているなと思っただけで伝えようとしているものは全然違うと思う。

風の谷のナウシカ

 最初のトラパーの波を読むエウレカ風を読むナウシカレントン技術者)→アスベル工房の街ペジテの王子)、対応そのままやん、と最初に思った。

映画ファイナルファンタジー

 惑星が意志を持っている点とか、抗体コーラリアンファントムとか、似ているなぁ、と思った。

惑星ソラリス

 星に知性があって、死んだはずの姉さんや父さんが表れるというのは、惑星ソラリスだろ。エウレカセブンは、一言で言うなら「スカブコーラルによって地球惑星ソラリス化する話」なんじゃないかなぁ。

七夕の国

 この作品は知っている人、すごい少ないんじゃなかろうか・・・マンガ寄生獣」の岩明均マンガ作品抗体コーラリアンが出た時に、建物や人が材質に関係なく球状に穴が開くシーンがいくつかあるけど、これ見たとき、「七夕の国」だ!!と思った。いや、似てるってだけで、参考にしているとは思えないが。

http://tod.cocolog-nifty.com/diary/2006/04/post_6919.html

この感想、すごい。俺も、理系ならこういう簡潔な感想が書きたかった。

まだまだ、誤解しているところが多かったなぁ。

ちょっと理解がおかしかったところがあったし、変にエウレカセブンに言及して申し訳ないなぁ、と思っている。

2008-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20081228133849

でもさあ、「クリスマスぅ? ケッ!」ていう人種にとっては天国じゃね? そこ。

クリスマスのとこはバレンタインでも七夕でも代用可。

つまり見方によっては天国になるんで、一概に「問題点」と言い切っちゃうのはどうかと。

2008-07-08

ささのはさらさら

近所のスーパーに、誰でも書いていいですよ〜みたいな、七夕の短冊を飾っているコーナーがあった。

みうらじゅん神社でムカつく絵馬を探すような気分で、私も短冊を読んでいった。

『おにいちゃんが受験合格します様に』

『ままが やせます ように』

『○○としあわせになれますよーに』

など、そこそこかわいらしい願いが書いてあった。


そして一枚、不穏なムードを放っている短冊を見つけた。

そこには、

『臣根』

と書いてあった。

私は、一瞬悩んだ。

あ、そういうことか、と、気付いた瞬間、心の底から苦笑して、そして泣いた。

 

 

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